Fate/DebiRion.   作:遥野みしん

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97.対峙

「ひゃぁぁぁー! 一人狙い禁止ですってちょっと! 怒りますよ、怒りますからね! やだやだっ、あぁっ、このぉ、やめてよぉー、やめなさいったらー!」

 

 悲鳴を上げる夜見れなを背に乗せ、巨大な鳩がぐんぐん夜空を上昇する。夜見の背後でおもちぃなたちが爆発するが、夜見の焦りは収まらない。鳩が急旋回し、夜見は鳩の背に顔を埋めてしがみつく。元々の進行方向に配置されていたおもちぃなたちが次々虚空に消えていくのを見て、夜見は半ば恐慌状態に陥っていた。

 

 旋回の後、急降下を始めた鳩に必死にしがみつく夜見に、声をかける者があった。

 

「ねえねえ。見てよ。上だよ。ねえ、こっちこっち」

 

 正面から来る風の抵抗の中で夜見が顔を上げると、男が笑顔で見下ろしていた。男は急降下する鳩の背中に事もなく二本の足で立っていたのだ。男は剣持刀也だった。

 

「き、気持ち悪いっ!」

 

 夜見の顔からサッと血の気が引く。

 

「いや、そういうのいいんで。ところで前々から夜見れなさんにお話ししたいことがありましてね」

「誰だよお前ー、乗るなよー、夜見のだぞぉ!」

 

 剣持の言葉を無視して夜見は剣持のすねにパンチを繰り出す。剣持は鞘に入った刀でパンチをあしらいながら続けた。

 

「貴方のそれ、すごくいいですね。何でも椎名さんとの共同開発だとか」

「オラオラ! すねに傷つけてあげるよぉ、どーせお前、すねに傷持つ身なんだろ―!」

「夜見さん、うちに来ませんか?」

「オラオラオ……えぇぁ⁉ 今なんて言いました⁉」

 

 夜見はパンチを止め、視線をすねから顔の方にまで引き上げた。

 

「うん、だから夜見さん。虚空教に来てくださいよ。待遇は幹部扱いということで、保障させて頂きますよ」

「で、でも、宗教勧誘とか……夜見、ちょっと困っちゃいます」

 

 気まずそうに断ろうとする夜見を押しとどめて剣持は弁解する。

 

「いいですか、虚空教の幹部はみな、表向きは信者ということになってますが、実際はただの用心棒に近い。理想の実現に向けて力を貸してくれている同志というところでしょうか。だから各々普段は好き勝手やっているし、僕もそれを咎めない。どうです? 悪い条件ではないと思います。夜見さん、僕はあなたにも力を貸していただきたい」

 

 剣持は夜見に手を差し伸べる。

 

「もし提案を受け入れてくれるなら、貴方から僕の手に触れて、この戦場からは去っていただけないですかね。迎えは後から寄越します」

 

 夜見は差し出された手を眉をひそめて見つめ、尋ねた。

 

「一つだけ、いいですか?」

「ええ、なんでもどうぞ」

「その、剣持さんの掲げる理想っていうのは何なんですか?」

「それは……」

 

 剣持は言いかけて、視線を背後にやった。

 

「どうした、魔使」

 

 そこには息を切らして鳥の背中に掴まる魔使の姿があった。

 

「はぁ、はぁ、剣持先輩……伏見先輩があまり長く持たないかも……! 早めに片付けて助けに来きてほしいって……」

「え、ガクくんが? 嘘、夕陽リリじゃなくて?」

「はい!」

「そうですか……それは困ったなあ」

 

 剣持は夜見れなの方に向き直った。

 

「すみません、事情が変わったものですから、手短にお聞かせください。もし僕らの掲げる理想がこれ以上ないほど素晴らしいものだとして、夜見さん、貴方は僕たちに力を貸してくれるんですか?」

 

 夜見は申し訳なさそうに顔を背けた。剣持は目を薄くして尋ねる。

 

「……理由を聞いても構いませんか?」

「剣持さんの理想が正しいものであっても、それでたくさんの人たちのこと……夜見のお友だちを、傷つけてきたから……とかですか?」

 

 剣持はよく頷いて、差し出した手を引き、刀の鞘にかけて言った。

 

「なるほど、もっともな理由ですよ」

 

 剣持が刀を抜いたとき、森に頭から突っ込む寸前だった鳥は急激に体を持ち上げて水平に保ち、木々の上すれすれを飛び始める。

 

 魔使は悲鳴を上げながら鳥の背にしがみつき、剣持は顔色一つ変えずに立っている。

 一方夜見は鳥の尾の方へ跳ぶと、帽子に手を突っ込み、おもちぃなやら亀の甲羅やらバナナの皮など掴んだものをひたすら剣持向けて投げ始める。

 

 剣持はそれらを刀で消したり足で消し飛ばしたりしながら夜見の方へ歩みを進めていく。夜見はパニックになって辺りを見回し、そこにいた魔使マオに目を止めた。

 

「マオマオ! そうだよ、マオマオがいるじゃん! ほら、そろそろいいんじゃない? ね? うぅ、早くー!」

 

 突然振られた魔使マオは顔を青褪めさせてそっぽを向き、口笛を吹く。

 

「あー、僕分身でーす。何言ってるのかわかりませーん」

「人でなしー!」

「人じゃないでーす」

 

 二人が言い合っている間にも剣持は夜見へと歩み寄っていた。いよいよ追い詰められた夜見は一瞬その顔に恐怖を滲ませるが、すぐにパッと表情を明るくする。

 不審に思った剣持が夜見の視線を追おうとしたとき、剣持の視界を巨大な黒い影が横切った。

 

「夜見さん、手を!」

 

 ライダーのよく通る声は確かに夜見に届いた。ライダーの宝具でもある怪馬ブケファラスは宙を踏みつけて空を翔け、夜見の鳥とすれ違う。すれ違いざま、夜見の伸ばした手を花畑チャイカが掴み、馬上へと引っ張り上げた。

 

「あ……え?」

 

 夜見のいなくなった鳥の背中で魔使が間の抜けた声を上げた。剣持は遠ざかっていく黒馬を見て、「やられましたね」と漏らす。

 

 水平に保っていた鳥の背中が急激に傾き始めた。魔使はバランスを崩して浮き上がり、剣持の背中にぶつかって悲鳴を上げる間もなく消滅した。剣持を乗せた鳥は木々の枝葉を抜け、地面に正面衝突する。

 

―――

 

 巨大な鳥は目をぐるぐる回して横たわっていた。次には鳥は風船のように破裂し、その姿を小鳥に変えて空へと飛んでいった。

 

 飛び去っていく鳥を見上げながら、剣持はぶつぶつ呟いていた。

 

「狙いはよかったと思うんだけどな。まさか助けに来るとは。仲間といっしょであることに拘りがある……? じゃあ、次は夜見を餌にしてライダーを……」

 

 剣持は首を横に振る。

 

「いや、まさかね。いくら切羽詰まってても、そこまでしたらただのカスじゃん。美学のかけらもない……」

 

 剣持の独り言が止まる。剣持は耳を澄まして何かを聞き取ろうとしていた。

 

 悲鳴だ。どんどん大きくなっていく。吹っ飛ばされてる? っていうかこの声……。剣持はこちらへ飛ばされてくるであろう人物を受け止めるために、片手を前に突き出した。

 

「どわァァァァァァっ!」

 

 ものすごい勢いで吹っ飛ばされてきた伏見ガクを剣持は受け止める。衝撃はなく、受け止められた伏見も混乱したように辺りを見回す。そして剣持と目を合わせると、にっこりと笑って見せた。

 

「あ、刀也さん! ピーッス! そっちの調子はどうですか?」

「どうって、普通だけど。そっちは?」

「あ、こっちも普通ですね。ハイ」

 

 目も逸らさずに言ってのけた伏見に、剣持は思わず声を荒げて言った。

 

「嘘つくんじゃねえよ! じゃあこの状況はどう説明つけんだ⁉ どうせ手加減して足元すくわれたんだろ? わかってんだぞ、こっちはよぉ!」

「いやいや違うんだって! 本当なんだって! ほら、やばい敵がすぐそこに!」

「ああ? んなもん報告には――」

 

 剣持は言いかけ、むすっとした表情で黙り込んだ。

 

 制服姿の少女が大鎌を肩に引っ提げ、こちらに歩いてくる。傍らには黄色い目をした悪魔がニヤニヤと笑いながら浮いている。簡素な報告しかなかったものの、剣持はそれ以上に少女のことを、悪魔のことを知っていた。

 

「どうしてかはわからないけど、なんとなく腑に落ちた」

 

 剣持はそう言って歩き出し、二人と対峙する。

 

 口火を切ったのは剣持だった。

 

「鷹宮リオンさんとでびでび・でびるさんですね。いやあ、こんなところで会えるとは。僕、こう見えてお二人のファンなんですよ」

 

 ニタリと笑って二人を迎えるように両手を広げた剣持を、二人はあからさまに警戒した表情で見つめる。鷹宮が尋ねた。

 

「どうして?」

「どうして……どうしてですって? それはもちろん、素晴らしいからですよ、お二人のキャラクターが」

 

 表情を曇らせた鷹宮リオンを置いて、剣持はつらつらと述べ始める。

 

「魔界からやってきた悪魔でびでび・でびる。何といってもまず愛らしい声、お姿、仕草。大雑把な性格ながら傷ついた人間を肯定してやる懐の深さ、その言葉の意外なほどの繊細さ、優しさ! 契約者たちに日常の鬱屈を壊すような小さな悪戯を推奨し、ご褒美に小さな願いまで叶えてあげている。そして、魔術師鷹宮リオン。でびでび・でびるをこの世に繋ぎとめる第一の契約者であり、無理矢理悪魔の動画配信に巻き込まれただけの箱入り令嬢……かと思いきや動画の配信や投稿に積極的な姿勢を見せ始め、二人の元気な姿をみんなに届けてくれる! その笑い声ときたら、聞いてるこっちの心まで晴れやかにさせてくれるんです。何か面白いことが起こっていることに気づいたとき、その場にいる誰かもそれに気づいて笑ったとき、貴方は相手と一緒に、こらえきれないといったように笑うんです。その気持ちよさときたらたまらない! あれはいずれ、癌にだって効くようになる! ねえ、僕、気づいたんですよ。貴方たちの動画を見ていると自然と頬が緩んでいる。安心感が湧いてくる。二人が出会ったこの世界線の存在は奇跡に違いない! ……きっと、貴方たちの動画に救われた人も多いでしょうね」

 

 みるみるうちに食中毒に当たったような顔へと変わっていく二人に苦笑し、剣持は自己紹介を始める。

 

「申し遅れました。虚空教という教団の教祖をやっています。剣持刀也ですよぉ。どうぞよろしくお願いしますね」

 

 そう言って差し出された手を鷹宮はじっと見下ろしたあと、再び剣持の顔の方へと視線を上げる。

 

「おやおや、知られてましたか。今のは軽い挨拶みたいなもんですから、気にしないでください」

 

 笑って手を引っ込めた剣持に対して、鷹宮はクラっときたのか頭を抑え、口許で呟く。

 

「まさか聖杯戦争の妨害に来た封印指定が虚空教だなんて……」

 

 ふよふよと悪魔が鷹宮の顔の横に漂ってきて尋ねる。

 

「ねえねえ、こいつってそんなにやばい奴なの?」

「でびちゃん……現代の魔術世界は二人の人間のせいで滅茶苦茶になってるの。こいつはその元凶の片割れってわけ」

「ふーん。じゃ僕ら負けるの?」

 

 悪魔が他人事のように聞いた。鷹宮は最初悩ましそうに、

 

「それなんだよねえ。どうしてかわかないんだけど……」

 

 そう言ったが、ちらりと剣持の方を見て笑って付け足した。

 

「全っ然、負ける気しないんだよねぇー」

 

 鷹宮は胸を張り、剣持と正面から向き合った。

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