オリ主が神里綾華お嬢様からいい感じの重たい感情を向けられるだけのお話 作:第一第二第三降臨者
「あー…死にそう…」
森の中をふらふらと歩く。視界が霞んで前後もおぼつかない。
何故こうなったのだろう。ふと思い返す。
俺は…勘八久二郎は鬼滅の刃の世界に転生したただの一般モブ隊士であった。
家が鬼殺隊に代々剣士を排出する名家で、俺は幼い頃から厳しい修行を課された。そうして魂に至るまで刻み込まれたのは『雷の呼吸』だ。
なまじっか覚えが良かったのもあって、やれ神童だやれ天才だと褒め囃され、俺は齢12で鬼殺隊に放り込まれた。正気かよまだガキだぞ畜生、と親に何度恨みを覚えたことか。
そりゃあ、俺は鬼滅の刃という作品は好きだ。全ての呼吸の全ての技の名前や特徴をそらんじれるくらいにはのめり込んでいた。
だが、実際に転生するほどのめり込みたいと誰が言った。鬼滅の刃の世界は現代人の俺にとってはどこまでも過酷なものなのだ。
鬼滅の刃の舞台は大正。そして大正といえばようやっと電気が使われるようになった時代。便所はボットントイレが普通だし、こたつやエアコンは無いし、スマフォもない。あいにくこうした不便さを楽しめるような感性は持ちあわせていない。
鑑賞する分には大正ロマンを感じられて非常に良いが、実際にそこで生きるとなると話が変わる。
その上鬼と戦わなければならない。鬼は残酷で残忍なもの。関わるだけで気が滅入るような出来事が満載だし、実際に戦うとなるといつ死んでもおかしくないという緊張感が精神をゴリゴリ消耗させる。
今日だってそうだ。やたら霧の濃ゆい山で鬼と戦いなんとか勝ったと思ったら、右も左もわからず完全に迷ってしまい、俺は数日が経った現在もこの山から出られないでいた。
「はあ、どうしてこうなった…」
持っていた食料も全て尽きて、水ももう無い。つまり、俺はそろそろ死ぬということだ。
最初は敵の血鬼術か何かだと思っていたが、鬼の気配はどこにもない。
あ、ちなみに俺は転生特典か何かは知らないが、第六感が異常に発達している。要は『直感A』ってやつだ。未来予知にも迫る直感力を俺は持っている。公式チートの博麗の巫女だとか、必殺の槍を避けるなんかよく食う王様とか、そのあたりと同じ力だ。
そんな俺の勘が言っている。ここに鬼はいない。
じゃあ、何が起こっているのかと聞かれれば困るのだが。
「あ、もう無理…」
俺は猛烈なめまいがして道端に座り込み、そしてそのまま目を閉じた。
もう、疲れたよパトラッシュ。まさか二度目の人生がこんな形で幕を閉じようとは…無念なり。
意識がゆっくりと暗闇に溶けていくのを感じながら、俺は眠りに落ちたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「っ、離してください!」
「離すわけがなかろう。神里家のご令嬢様よ」
暗闇の中を、ぼんやりと声が響き渡った。
声、というよりもそれは騒ぎに近い。なにやらトラブルが起きているようだ。遠くてなんと言っているかは聞こえないが、物騒な雰囲気が漂っている。
「依頼主がお姫様をお待ちだ。観念して拙者らについてくる事だな。痛い目に遭わされたくはないだろう?」
「い、いや…」
おいおい、これはまじでヤバそうだ。声は2つ聞こえてくる。幼い少女の声と野太い男の声。
どう考えても事案です、本当にありがとうございました。
ってやってる場合じゃない。俺は夢の中に沈んでいた意識を無理やり浮上させ、立ち上がった。無理やり起きた所為かぐわんぐわんと視界が回る。
目をこじ開けるとそこにはどう考えても堅気ではない身なりをした怪しい男が、少女の手を強く握って狼藉を働いている光景が広がっていた。更に周りには男の仲間が数人で取り囲んでおり、物々しい雰囲気に包まれている。
俺が立ち上がったことで、視線が集まってくる。
「ちっ、見られておったか」
「見られちゃあ仕方ねエ、死んでもらおうか」
「運がなかったなあ、坊主!」
ん?よく見るとこいつら、全員帯刀してないか?
おいおい、鬼殺隊以外が刀を持ってたら普通に捕まるぞ。むしろ鬼殺隊もたまに捕まるぞ。そんな常識も知らないのか。
まあどう見ても野盗の類だろうし、知らないんだろうな。仕方ない、こういう奴らにはいくら口で言っても通じない。
鬼だから人を害すのではない。人に害をなすから鬼なのだ。つまりこいつらも、一種の鬼と言えよう。鬼殺隊の一般モブ隊士として見過ごせん。
「だめっ、逃げてください!」
「ふん、もう遅い!せめて刀の試し切りに役立ててくれよう!」
「姫が無駄に抵抗しなければ死なずにいたものを…よく脳裏に刻むが良い。己の愚かな行いで誰かが死ぬ様をな」
「だ、だめええええ!」
ああ、うるさい。頭がガンガンする。俺は刀を抜いて、それをゆるりと構えた。そして。
『雷の呼吸 弐ノ型 稲魂』
「ぐわああああああ!?」
「ひぃっ、な、なんだこりゃああああ!」
ほぼ同時、連続で放たれる5つの斬撃。雷がまとわりついたようにも見える圧倒的な存在感を放つ太刀筋が、奴らの刀を切り払い、衣服をズタボロに切り裂き、雷のような音を響かせた。
その間、わずか1秒ほど。それだけで5人はいた野盗達は、刀も装備もすべてを失っていた。
「…去れ」
睨みつける。次はない、と目で伝える。
「むう…!撤退、撤退せよ!」
「ひ、ひいいいいいい!」
「か、刀が…嘘だろ…」
「に、逃げろおおおお!」
あっという間に野盗達は消え去り、俺は少女と二人きりになった。
少女のポカンとした顔が見える。今気づいたが、この子すっげえ美人。もう数年もしたら、きっと美しく成長するのだろう。
氷のように透き通った白髪の美少女。そうそういるもんじゃないぞ、こんなレアな存在。一人のオタクとして、美少女の保全の義務を全うできて心底良かったと思う。
死ぬ前に、良い仕事ができて良かった。これで悔いは無い。
「…守れて、良かった…」
今度は気絶するように、俺は立ったまま眠りについたのだった。
□
神里家は衰退の一途を辿っていました。
それは、神里家長女である私、神里綾華にとって、あまりにも無情で、変えることのできない事実でした。
でも、それでも神里家に生まれたものならば最後まで諦めてはならないと、現在の当主…お兄様が血の滲むような努力を続け、その不条理を覆してくださいました。そんなお兄様に見習い、私もまた、神里家の長女として、その身分に見合った振る舞いを身につけなければならないのです。
その日は、ちょうどお兄様が屋敷を離れ、遠くへ公務の務めに行かれておりました。
どうにも天領奉行の方で怪しい動きがあるらしく、トーマも終末番の方々も出払っており、屋敷は私と、残った護衛の方たちしかおりませんでした。
そんな時に、狙ったかのように…いえ、実際に狙っていたのでしょう。
とある用事があり外に出て、鎮守の森に差し掛かったその時…突如として彼らは現れました。
野伏衆と呼ばれる集団。天領奉行の侍にも一つも物怖じせず斬りかかり、時に大きな事件を引き起こす危険な存在。
知識だけでは知っていましたが、実際に目の当たりにする彼らの凶悪さは想像以上のものでした。私を守ろうとしてくれた護衛を瞬く間に退け、乱暴に私の腕をつかんでがなりあげる。
震えた手で抜いた刀も、あっという間に弾かれてしまいました。
私は、お兄様に一回も白星をあげたことのない未熟者でした。母を失い、再開したばかりの剣術も…道場の内で武芸の才があると褒めそやされても、初めて立つ戦場では私はあまりに役立たずでした。
このまま、抵抗することもできずに神里の名に泥を塗ることになるのでしょうか。そんなことになるくらいならばいっそ…そんな、自暴自棄さえいだき始めた瞬間のことでした。
そこに、彼が立っていたのです。
見たことのない黒い異国風の装い。その上に紫色の羽織を身につけた少年。黒髪で、私と同い年でしょうか。顔立ちはかすかに幼く、短く適当に切られ、寝癖も立っている黒髪も相まって、どこか子供っぽく見えます。
野伏衆は一気に彼を取り囲み、そして危害を加えようとしました。野伏衆のリーダーの言葉を鵜呑みにするつもりはありませんが、この時私に向けられた一言は私の心に突き刺さりました。私の立ち居振る舞いのせいで誰かが傷つく…そのことが、とても恐ろしく感じて仕方なかったのです。
だからこそでしょう。次の瞬間、雷霆が落ちるが如き彼の剣さばき、その時の切ない表情が、私の目に、心に焼き付いたのは。
「すごい…」
心の底からこぼれ出た言葉でした。苛烈でいて、その実一つの無駄のない剣筋。そして何よりも、野伏衆に傷一つ負わしていないにも関わらず、せつなそうにするその彼の顔が、私にはとても美しいものに見えた。
野伏衆は瞬く間に装備を粉々に切り裂かれ、悲鳴を上げて逃げていきました。
そこに残ったのは、私と、彼の二人きり。
私は不思議と言葉を出せませんでした。本来なら、すぐにお礼を言わなければならないのに…私は、何故か彼からの言葉を待っていました。まるで、その瞬間が一日千秋に思えるほどに。
彼は私をぼんやりと眺めて、そしてゆったりと微笑んだのです。
「…守れて、良かった…」
私の胸に、これまで感じたことのないような高ぶりが生まれたのです。熱く切ない感情が、どっと流れ込んできて、私は言葉を失いました。
安堵したような、小さな笑顔。ああ、なんて、なんて綺麗なーーーー。
「あ!」
彼がゆっくりと倒れるのをみて、私はとっさに彼の体を抱きとめました。見てみると、彼は目を閉じて眠ってしまったようだとわかりました。
そして気が付きました。彼の身なりは立派なものでしたが、近くで見てみると全体的にボロボロで、薄汚れてしまっていたのです。
彼は、そんな状態で、見ず知らずの私を助けてくれた。私の無事を確認して、心底安心したような笑顔を見せてくれた。
ああ、どうしましょう。彼の体温を感じて、鼓動が高鳴るのを感じました。それは、私の知らない感情。でも、知識として、話だけでは知っているもの。
知りたい。名前を、どんなものが好きなのかを、どこから来て、何をするためにいるのかを。
名前も知らない彼に、私は心の底から恋をしてしまったようなのです。