ありふれていた月のマスターで世界最強   作:sahala

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 ついに書いてしまいました、EXTRAクロス。
 オルクス迷宮編まではこちらに専念しますが、本業はオバロクロスの方なので以降は不定期更新になる予定です。それを御了承の上でお読み下さい


プロローグ「平和な日常」

 とある夢を見る———。

 

 それは海の中の様な何処かの迷宮。

 前方には機械的な形状のモンスター達。鋭い牙が生え揃った物、ビームを連射してくる鳥、身の丈三メートルは超える巨人。

 どれもが人間を容易く殺せそうな怪物ではあるが、不思議と恐怖は無かった。傍らには、自分の剣となる存在が———。

 

 ピピピピ……!

 

 電子のアラーム音が聞こえる。意識が浮上して、脳が睡眠状態から覚醒状態へと移行していく。海の中のダンジョンの光景が薄れていき———岸波白野は目を覚ました。

 机、箪笥、そして本棚。白野の部屋にあてがわれた和室が寝起きのボーっとした目に映った。

 

「ふわぁ……」

 

 欠伸を一つして、二度寝の誘惑を断ち切ると白野は布団から起き上がる。目覚まし時計のアラームを止めて、布団を畳んで押し入れに入れると寝巻きを脱ぎ始めた。

 制服に着替えて、顔を洗う為に廊下に出る。純和風の廊下の外から、ヒュン、ヒュンと規則正しい音が聞こえた。白野は雨戸を開けて、庭の外に出た。

 

「二百八十一、二百八十ニ、二百八十三……」

 

 和風の広い庭には、一人の少女が竹刀の素振りをしていた。

 白野が起きる前から鍛錬をしていた肌は軽く上気し、朝日を浴びた艶やかな黒髪のポニーテールと共にキラキラと輝いて見えた。引き締まった身体と凛とした表情は、異性はおろか同性であっても溜息を漏らさずにはいられないだろう。

 白野は鍛錬の邪魔にならない様に、静かに少女へと近付いた。

 

「二百九十九、三百……! ふぅ……」

 

 日課の鍛錬が終わり、少女は竹刀を下ろして一息をつく。近くに置いていたタオルで汗を拭き———そこで初めて白野の存在に気付いた。彼女は親愛の笑みを浮かべながら、挨拶をした。

 

「あら……おはよう、白野。今日は身体の調子はどう?」

「おはよう、雫。今日はすこぶる健康だよ」

 

 白野も同居人である少女———八重樫雫に、穏やかに挨拶を返した。

 

 ***

 

 朝食を摂り、雫と共に白野は学校へ登校した。始業開始三十分前ぴったりに教室に来た二人に、三人の男女が近寄った。

 

「おはよう。雫ちゃん、白野くん」

「おっす、二人とも」

「おはよう。香織、龍太郎」

 

 先に挨拶をした黒髪の少女とガタイの良い少年に、白野は挨拶を返した。

 

 黒髪の少女は白崎香織。

 おっとりとタレ目がちな大きな瞳は優しげで、スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んだ美少女だ。実際、雫と共に「学園の二大女神」などと呼ばれ、本人の面倒見の良い性格もあって学年を問わずに人気のある女子生徒だ。

 

 ガタイの良い少年は坂上龍太郎。

 短く刈り込んだ髪、身長百九十センチメートルはありそうな大柄な体格で、鍛え込んだ筋肉が腕捲りした制服の上着から見えていた。彼は空手部の期待のエースであり、個人で全国大会の優勝経験もあるという猛者だ。熱血漢という言葉がぴったりと当てはまる彼は、いささか脳筋な所があるが頼れる偉丈夫として皆から親しまれていた。

 

「おはよう、雫。今日も白野の面倒を見て上げているのかい? まったく、雫は優しいな」

 

 最後に白野に、というより雫に対して挨拶した少年がいた。

 

 彼の名前は天之河光輝。

 身長百八十センチメートルのスラリとした体格に、サラサラとした茶髪。本人がいつも浮かべている甘いスマイルは、下手なアイドルも顔負けな容姿だ。しかもこの学園では定期試験で常にトップの成績を取り、小学生の頃から剣道の大会では負けなしという天が二物どころか三物も与えたかの様な少年だ。

 実際、週に一回は他校を含めて女子生徒達から告白を受けており、同年代の男子生徒からは完璧超人過ぎて嫉妬すら起きる気力も無いという有様だった。

 

「……おはよう、光輝」

 

 しかし、同世代の女子からすればウットリする様な甘いスマイルを向けられても、雫は特に反応を示さなかった。それどころか、心なしか表情が硬くなった様にも感じる。

 そんな雫に代わり、白野は光輝に挨拶する。

 

「おはよう、光輝」

「ん? ああ、おはよう。白野、今日は体調が良いみたいだけど、病気だからといって雫にいつまでも面倒を見させるのは良くないんじゃないか? 雫だって、いつまでも君と一緒に居られるわけじゃ無いのだから」

「光輝」

 

 彼なりの善意の忠告をした光輝だが、雫はいつもより少し低い声を出した。仲の良い者で無ければ気付けない程だが、その表情は少しピリピリとしていた。

 

「何度も言わせないで。白野の身体が弱いのは体質のせいで、白野自身に非は無いわ。私は家族として、白野を支えてあげたいと思っているの。貴方がしゃしゃり出る事じゃないの」

「雫、俺は二人の為に言っているんだ。白野のサポートの為に、君はあれだけ真剣にやっていた剣道部も辞めざる得なくなったじゃないか。雫の負担になっているのだから、白野はもう少し雫の都合を考えるべきだ。それに家族といっても、血の繋がりは———」

「あ、南雲くんが来た! 私、ちょっと行ってくるね!」

「え? お、おい、香織!」

 

 香織がどことなくわざとらしく声を上げながら、教室に入って来た背の低い冴えなそうな男子生徒に近寄り、それを光輝は慌てて追いかけた。

 光輝の()()は中途半端に終わった形になったが———白野は、ほんの少しだけ気落ちした様な顔になっていた。

 

「雫………」

「白野が後ろめたく思う事なんて無いわよ」

 

 どこか申し訳無さそうな白野に、雫は先んじて口にした。

 

「実家が道場だから剣道は家でも出来るし、保健委員もやり甲斐のある仕事だもの。むしろ、また倒れたなんてあった時の方が心配だもの」

 

 雫の目は気遣う様に優しく、その優しさが却って白野に申し訳ない気持ちを引き出していた。

 

 岸波白野。

 身長は170センチメートルくらい、太り過ぎても痩せ過ぎてもない中肉中背体型で、顔立ちにも目立つ物は無し。はっきり言って、光輝達の様な華のあるグループには不釣り合いな程に平凡を絵に描いた様な容姿の少年だ。

 

 そんな彼だが、現在は雫の実家である八重樫道場で暮らしていた。

 小学六年生の時に両親が交通事故で亡くなり、他に頼れる親類縁者も居なかった為に父親同士が竹馬の友だった八重樫家に引き取られる事になった()()()

 らしい、というのは、同じく事故に巻き込まれた白野自身はその事を全く覚えていないのだ。事故で奇跡的に生き残った白野だが、数ヶ月の昏睡を経て目覚めた時には記憶喪失になっていた。お陰で生前の両親の写真を見せられても、それが自分の親だとは認識出来なかった。

 

 そして———これが一番の問題なのだが。

 事故以来、白野は発作の様に頭痛や目眩がして、意識が突然無くなる事も多々あって日常生活にも支障をきたしていた。医者も手を尽くしたが、根本的な原因は結局判明せずに今まで至る。

 白野の新しい家族となった八重樫家の人々は、そんな手の掛かる白野を疎ましく思う事もなく、白野が出来る限り普通の生活が送られる様にサポートしてくれていた。雫が保健委員になったのもその為だ。彼女は病弱な白野を少しでもフォロー出来る様に、彼女は剣道部を辞めて保健委員に入ったのだ。

 

 しかし、雫が剣道部を辞めた事を快く思っていない者がいた。光輝はその一人だった。

 中学の剣道大会。

 男子の部で優勝した光輝は、女子の部では幼馴染の雫が優勝するものだと信じて疑わなかった。自分と雫が「八重樫流道場の期待の星達」として、取材でツーショットを撮られる姿まで想像する程に。

 ところが白野が階段を昇っている最中に意識を失って転落したと聞いて、雫は大会を途中棄権して病院に駆け付けたのだ。

 幸い白野の怪我は大事には至らなかったものの、それ以来、雫は剣道部を引退して白野のフォローを務める様になり、それが光輝には「白野の体調管理がなってないせいで、雫は大好きだった剣道部を辞める事になった」と見えていた。

 以来、持ち前の正義感から「白野はもっと自分で体調管理できる様に努力すべきだ!」と()()をしているのだが、雫からすれば余計なお世話も良いところだった。それ以来、雫は光輝を避ける様に話す機会を減らしているのだが、光輝は持ち前の前向きな性格から「雫は()()()()に過保護なんだなぁ」と解釈していた。

 そしてそんな兄・光輝の行動を見て、光輝の妹・美月は「雫お姉様の手を煩わせる軟弱な男」と白野の陰口を自分が会長を務める『八重樫雫非公認ファンクラブ』(通称ソウルシスターズ)の会員達に広め、白野は学校では「学園の二大女神の八重樫雫におんぶ抱っこされてる病弱な男子」と周りから認識される様になってしまった。(それで雫が光輝を尚更に避ける理由となったのだが、ここでは割愛する)

 

「そうだぜ、お前にだって良い所は一杯あるじゃねえか」

 

 龍太郎も白野を元気付ける様に肩を叩く。根が単純な彼は学園の噂話など意にも介さず、中学の時から新たな幼馴染になった白野を友人として接していた。いかに「男は度胸と体力!」と豪語する様な彼も、白野の体質を知っているだけに仕方ない事だと納得していた。

 

「数学とか歴史とか、時々光輝より良い点を取るぐらいだしよ。いつだったか俺の爺ちゃんと将棋をやった時に、完封勝利したじゃねえか。あれ以来、爺ちゃんが「次こそあの若造を打ち負かしてやるんじゃ!」って休みの日にも将棋の練習に付き合わせるしよぉ……。まあ、光輝も悪気があって言ってるわけじゃねえから、あんまり気にするなよ」

「……ありがとう、龍太郎」

 

 白野はほんの少しだけ微笑む。光輝も悪意があって言っているわけでは無い事は、それなりの付き合いから分かってはいた。それに、自分の体質が難儀なものだという事は白野自身が一番理解していた。雫は空気を変える様にパンと軽く手を叩く。

 

「さ、早く席に着きましょう。いつまでも立ち話をしているわけに行かないわ」

「なあ、白野。ものは相談なんだけどよ……今日、数学の小テストがあったよな? ここだけ覚えていれば、赤点は取らねえって範囲を教えてくれねえか?」

「え、えぇ……? 今日の小テストは一週間前から言われていた事だから、結構範囲が広かったと思うよ?」

「そこをなんとか! 部活が忙しくて、あんまり勉強してねえんだよ! また赤点取ったら、母ちゃんから大目玉を食らっちまう! お願いしますよ、白野大明神様〜!!」

「だから普段からキチンとやりなさいと私は言ったのに……白野、あまり甘やかさなくていいからね?」

「あー……まあ、龍太郎も大会が近くて練習が忙しかったのは確かだし……。とりあえず、範囲の確認から始めようか」

 

 苦笑しながら、白野は席に着くと数学の教科書を広げた。

 彼の日常は、概ね平和だった。

 

 ***

 

 時刻は午後三時をそろそろ回ろうかというところ。

 龍太郎がどうにか小テストを乗り切り、今日の最後の科目の授業を白野達は受けていた。隣の席では、朝に香織が挨拶に行った少年———南雲ハジメが眠そうにしながらも、両目を何とか開けて板書をしていた。

 

「では次のページ……岸波、読んでみろ」

「はい」

 

 教師から指名を受けて、白野は席から立ち上がる。

 そして急に———身体の平衡感覚が無くなった。

 

(あ、まずい………)

 

 咄嗟にそう思ったのも束の間、白野は目眩を感じて床に膝をついてしまった。カシャン、と机の上にあった筆箱が落ちる。

 

「おい、岸波。大丈夫か?」

「だ、大丈夫です……少し、ふらついただけですから……」

 

 どうにか机に手をついて頭からの転倒を免れた白野に、教師は心配そうに声を掛ける。とはいえ、白野の虚弱体質は職員室でも周知の事実であり、他の生徒達も「ああ、またか」と思ってあまり騒いでいない。

 

「気分が悪いなら、保健室で休んでなさい。一人で立てるか?」

「はい……すいません………」

 

 そう言って立ち上がる白野だが、足元がフラフラと覚束ない。そんな白野に保健委員の雫が素早く立ち上がった。

 

「先生、白……岸波君は私が保健室に連れて行きます」

「ああ、いや……ここは男子が肩を貸して連れて行った方が良いだろう。男子の保健委員はいるか?」

「え、えっと……僕です」

 

 ハジメが恐る恐るといった様子で手を上げた。それを見て、教師は頷くと指示を出した。

 

「南雲、岸波を連れて保健室まで行ってくれるか? 岸波は容態が落ち着いたら、そのまま帰っても良し。辛そうなら保護者に迎えに来て貰うから、保健室の先生に言う様に」

「……はい」

 

 教師の指示に白野は頷くと、ハジメに肩を貸して貰いながら教室を後にした。

 

 ***

 

「ごめん、南雲。毎度毎度、君に迷惑をかけて……」

「良いよ、謝らなくて。岸波君の身体が大変なのは、今に始まった話じゃないし……」

 

 保健室への道すがら、白野はハジメに謝った。しかし、白野に肩を貸しながらハジメは気にしてない様に笑った。

 

「それにさ。さっきの授業はちょっとだけ眠かったから、良い眠気覚ましになったよ」

「……ごめん」

 

 少しだけ戯けるハジメだが、白野の顔色は優れない。目眩のせいだというのもあるが、ハジメに授業を中断させてまで保健室へ付き添って貰っている事に申し訳なく思っていた。

 その様子にハジメは内心で溜息を吐いた。

 

(そんなに謝る事じゃないんだけどな……)

 

 ハジメは「趣味の合間に人生」を座右の銘にしており、両親の様に将来はゲームクリエイターやイラストレーターになりたい彼にとって、学校は履歴書に書く為に通っている程度という認識だった。保健委員になったのも、生徒は必ず部活か委員会に入る事を校則で義務付けられていて、保健委員なら放課後に拘束される日が少ないと思ったから立候補しただけだ。

 

(まぁ、岸波君を見ているとさすがに授業中に寝るのはどうなの? と思う様になったけどさ……)

 

 以前は親の仕事の手伝いや新作ゲームなどで夜更かしを頻繁にしていたハジメだが、隣りの席で保健室通いになっても真面目に授業を受けようと頑張っている白野を見ていると、病気でもないのに授業中に居眠りするのが恥ずかしい気がしてきたのだ。

 それ以降、ハジメは生活態度を改めて、両親の仕事も締め切り前で余裕が無い時以外は手伝わずに学業に専念するなど、健康的な生活を送る様になっていた。今では学園二大女神の香織に何故かよく話しかけられる事を面白く思っていない一部の生徒達以外、ハジメを悪く言う人間はいなくなっていた。とはいえ、それを白野に伝えた所で何の慰めにもならないだろう。

 

 ハジメに送って貰い、白野はようやく保健室に着いた。養護教諭はもはや常連と化しつつある白野を見て納得した様に頷き、白野をベッドに横になる様に言うと、ハジメを教室に帰らせた。

 

「とりあえず、あと三十分で放課後になるから大人しく休んでいなさい。鞄は八重樫さんに持って来て貰うから」

 

 それだけ言うと、用事があると言って養護教諭は立ち去ってしまった。

 一人残された白野は、真っ白なシーツの上で身体を横たえる。

 

「ふう………」

 

 思わず、溜息が出てしまう。この発作は突然起こり、下手をすれば一日中起き上がれない日もあるが、調子が良ければ十分程度で治る事もあった。頭痛を抑える様に指で目蓋を揉んでいると、つい、朝に光輝に言われた事を思い出してしまう。

 

「いつまでも雫に迷惑をかけられない、か……分かってるさ、そんな事」

 

 今、白野達は高校一年生。あと二年もすれば、進学や就職の為に将来の進路を決めなくてはならない。

 白野は自分の身体の事もあり、まだ将来について具体像が浮かび上がらなかった。だが、雫には雫の未来があるのだ。今の様に同じ学校に通って、白野のフォローが出来る日など残り少ないだろう。

 白野は雫を含めた八重樫家の人々が好きだ。記憶を無くしてしまった自分を血の繋がりは無いが息子として受け入れてくれた彼等を、白野も本当の家族の様に慕っている。

 だからこそ、自分の身体が恨めしい。大切な家族達に、少なからず負担をかけてしまっている事を白野は後ろめたく思っていた。

 

 そんな事を考えている白野だが、目を閉じている為か少しウトウトとしてきた。頭痛を引かせる為にも、白野は睡魔に身を委ねる。

 

(……ああ、またこの夢か)

 

 明晰夢というのだろうか。眠った筈の白野は、意識だけが別の場所にいた。

 海の底の迷宮、桜が舞い散る迷宮、そして何処までも広がっていそうな新天地(エクステラ)……夢の中の白野は、それらの光景を勇ましく駆けて行くのだ。隣には、はっきりと認識できないが誰かがいる気がする。

 

(俺も……こんな夢みたいに、元気に走り回れたらな……)

 

 どこか他人事の様に思いながら、授業を終えた雫が迎えに来るまで白野は夢の中で駆け抜けていた。

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