ありふれていた月のマスターで世界最強   作:sahala

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 明日からまた仕事か……まあ、生きる為には働かなくてはならないので頑張りますよ、と。


第九話『覚醒(真)』

 奈落の底を目掛けて、ワイバーンが飛ぶ。

 鉤爪でしっかりと掴まれ、垂直に下降していく様子はまるで遊園地のアトラクションだ。しかし、香織と雫は全く楽しい気分になれず、襲い掛かる風圧に気絶しない様に意識を保つので精一杯だった。

 

「ぐっ……!」

 

 白野は背中を振り下ろされない様に爪を立てて掴む。雫達がワイバーンの鉤爪という安全ベルトがあるのに対して、白野は生身でジェットコースターにしがみついている様なものだ。幸いにもワイバーンは背中にいる白野の事など大した事は無いと思っているのか、振り解こうとはしなかった為に何とかしがみついている事が出来た。

 やがて、ワイバーンは目的の場所に着いてスピードを緩めた。そこは奈落の底への途中、断崖絶壁の中で空いた天然の横穴だった。ワイバーンは横穴の中に入ると、まるで投げ込む様に雫達を放した。

 

「きゃあっ!?」

「アイタッ!?」

「雫! 香織!」

 

 摺鉢状になった地面に雫達が落とされたのを見て、白野もワイバーンの背中から地面に飛び降りる。地面までかなりの高さがあったが、迷う事はなかった。

 

「うぐっ!?」

 

 着地の時の衝撃で足が痛くなったが、白野は我慢して雫達に駆け寄る。

 

「大丈夫か!?」

「白野……ええ、大丈夫よ」

 

 雫が香織を助け起こしながら、ゆっくりと立ち上がる。二人は擦り傷程度しか負っておらず、その事に白野は安堵の溜息を吐いた。しかし、不意に第三者の声が響く。

 

「だ、誰だ!? 誰かいやがるのか!!」

 

 聞き覚えのある声に白野達は振り向く。そこに———雫達より先にワイバーンに連れ去られた檜山が血走った目で白野達を見ていた。

 

「檜山くん!? 貴方、さっきは……!」

「香織、待って!」

 

 檜山の姿を見た途端、香織は再び怒りの形相になる。それを見て雫は必死に香織を抑えた。

 

「し、白崎!? それに岸波達も! へ……へへ、丁度良かった。おい、お前ら! 早く俺を助けろよ!」

「貴方は……!」

 

 先程の事など忘れたかの様に卑屈な笑みを浮かべて言ってくる檜山に、雫も嫌悪感を顕にする。

 

「な、何だよ。さっきの事は……ちょっとした誤解だろ? 天之河も俺を無罪と言ってくれたから、あの無能……じゃなくて、南雲も俺がやったって決まったわけじゃないだろ?」

 

 ハジメを蔑める発言に香織が射殺さんばかりに睨みつける。だが、檜山は香織の怒りを向けられながらも白野達へ媚びる様な視線を向けていた。

 

「そ、そんな事よりよぉ、さっきのワイバーンにここに連れて来られたんだよ。お前達もそうなんだろ? だったらさ、脱出しなきゃいけないという目的は同じだから仲間だよな! なぁ、だから俺を助けてくれるよな!?」

「あなたという人は……どこまで下衆なの!」

 

 図々しいにも程がある檜山の態度に、雫は手を震わせる。香織を抑えていなければ、斬り掛かりかねない勢いだった。白野も厳しい顔で檜山を睨む。

 

『ビャア! ビャア!』

 

 不意にワイバーンの鳴き声が響く。檜山はビクッと震え、白野達は辺りを見回した。鳴き声は徐々に大きく、そして多数頭の声が重なっていく。それは白野達がいるすり鉢状の地面の周り———無数に空いた横穴から響いてくる様だった。

 

「まさか、よね……?」

「ね、ねえ。ここって……」

 

 雫と香織が息を呑みながら呟く。彼女達を引き継ぐ様に、白野はその予想を口にする。

 

「ここは……ワイバーンの巣だ!」

 

 その言葉が合図になった様に、横穴から一斉にワイバーン達が飛び出した。大きさは先程のワイバーンよりずっと小さいから、ワイバーンの雛や仔といった所だろうか? だが、数が尋常ではない。あっという間に白野達の視界は仔ワイバーン達で埋め尽くされた。

 

「香織!!」

「“聖絶”!」

 

 一斉に襲い掛かって来た仔ワイバーン達に白野と香織がドーム状に結界を展開する。二人分の“聖絶"に仔ワイバーン達は阻まれたが、大勢で光の壁を叩き壊す勢いで攻撃を始める。

 

「く、ぅっ……!」

「お、おい! どうすんだよ!? このままじゃジリ貧じゃねえか! 何とかしやがれ!!」

「うるさいわよ! 喚いてないで、あなたもどうするか考えなさいよ!!」

 

 檜山が無責任に騒ぐ中、雫も額から冷や汗を流しながら怒鳴り返した。光の壁は仔ワイバーン達がクチバシで次々とつつく為に削られ、このままでは保たない事は明白だった。

 

「……っ、頼みが、ある……!」

 

 白野は香織と共に襲い掛かる圧力に耐えながら、雫達に提案した。

 

「俺が、残った魔力でありったけの威力の広範囲魔法を撃つから……、雫と檜山は、出口を目指して一点集中で道を、開いてくれ……! 香織は……悪いけど、詠唱が終わるまでどうにか耐えてくれ……!」

「白野……!」

「はあ!? 出来るわけねえだろ!! 周りを見ろよ!! この数を突破出来ると思ってんのか!?」

 

 周りにワイバーン達に囲まれている状況で一か八かの賭けを強いられる事に、檜山は詰め寄る。しかし、白野は相手にする時間すらも惜しいかの様に息も絶え絶えに言った。

 

「頼む……! 全員でここから脱出するには、もうそれしか……!」

「白野くん……!」

「白野……ああ、もう! 分かったわよ! やるわよ、檜山! アンタも男なら覚悟を決めなさい!」

 

 白野の必死な顔を見て、香織と雫は決意を固めた様に頷く。未だに顔を真っ青にした檜山を余所に、香織は白野の分も肩代わりする為に“聖絶"の出力を高める。

 

「く、ああ……!」

「猛き神の紫電の鎚よ。大気を震わせ、敵を討て———!」

 

 香織が両手で杖を突っ張る様にして結界を維持する中、白野は王宮の訓練で習った中で最も威力のある広範囲魔法の詠唱を開始する。

 ガン! ガン! と仔ワイバーン達が香織の結界を破ろうと攻撃を繰り返す。白野は全身の血の気が引く様な脱力感に襲われながらも、惜しみなく自分の魔法陣に魔力を注いだ。

 

「“雷霆”————!」

『ビャアアアアアアアッ!!』

 

 詠唱を終えた白野の両手から、雷が迸る。雷撃は耳を劈く様な轟音と共に周りにいた仔ワイバーン達に襲い掛かり、雷撃を浴びた仔ワイバーン達は痙攣して動けなくなった。群れ全体で見ると一割にも満たない損耗にしかなってないが、白野を恐れて仔ワイバーン達は怯んだ様に距離を取った。その為にワイバーン達の包囲網が薄くなる。それと同時に限界を迎えた香織の“聖絶”が解かれる。

 

「くっ……今だ!」

「ええ! 香織は私が肩を貸すから、檜山は白野をお願い!」

 

 魔力を使い果たし、膝をつきそうになる香織と白野。雫が香織に肩を貸して立たせる中、檜山もまた白野へ駆け寄り———。

 

「———ひ、ひひっ。何だよ、逃げるのにもっと簡単な方法があるじゃねえか」

 

 え? と白野が聞き返そうとし————。

 

「オラッ、エサだ!」

 

 ドンッと白野は突き飛ばされる。魔力を失って極限の疲労状態となった白野はなす術なく、地面へと転がされた———仔ワイバーンの群れに向かって。

 

『ビャア! ビャア! ビャアアアアアッ!!』

「うわあああああっ!?」

「檜山アアアアァァァッ!!」

「へへ、あばよ! せいぜい囮になってくれよなっ!!」

 

 雫が殺意を込めた叫び声を上げる中、檜山は白野達に背を向けて一目散に走り出した。背後から転んだ白野へ群がる様な仔ワイバーン達の羽ばたき音が聞こえたが、振り向かずにワイバーンの巣の出口へと向かう。

 

(俺は———俺は生きるんだ! あの無能みてえに、こんな所で死んでたまるか!!)

 

 自分が魔法を撃って奈落へ落とした錬成師を思い出す。こんな場所で誰にも気付かれる事なく、死ぬのだけはごめんだった。ふと、その錬成師が死んだ理由が自分にある事を知って、殺意すら感じる怒りを向けてきた初恋の少女の事も思い出した。いま、その少女も白野達と同じ様に仔ワイバーン達に囲まれて、命を落とすだろう。

 

(お、お前が悪いんだからな……あんな無能なんかを気にかけるから、こんな事になったんだからな!)

 

 しかし、檜山は決して振り向かない。それどころか、あの夜に香織がハジメの部屋を訪れなければ、自分はハジメを殺そうとは思わなかったし、ひいてはこんな状況に陥らなかったと言い訳の様に自分に言い聞かせた。

 そうだ———自分は生きるのだ。誰だって、死にたくないと思うのは当然の権利だ。

 だから———これは当然の行動だ。仕方のない事だ。誰だって、同じ状況になったら自分の安全を第一に考える筈だ。

 

(そもそも、アイツらは俺があの無能を殺した事を知ってるんだ! だから、ここで死んでくれねえといけねえんだ!)

 

 もしも首尾よく迷宮から脱出したとして、その後の事について檜山に考えがあるわけではなかった。

 だが、王国に帰ったら「自分は助けようとしたけど、あの三人は手遅れだった」と言い張るつもりでいた。特に光輝相手ならば、土下座して涙ながらに訴えれば自分の言った事を信じるだろうと汚い打算もあった。クラスのリーダーであると同時に王国の勇者である光輝から許されれば、自分の罪はそれ以上の追及はされない筈だ。

 

(だから———こんな所で、くたばってたまるかぁああっ!!)

 

 仔ワイバーン達は全て白野達の方へ向かったのか、檜山は巣の出口まで襲われる事なく辿り着いた。断崖絶壁に作られた横穴なので、下は底の見えない奈落だった。

 

「クソが……やるしかねえのかよ!?」

 

 悪態を吐きながら、檜山は横穴から出て絶壁に手をかける。ロッククライミングなどやった事は無いが、それでも助かりたい一心で岩肌をよじ登る。幸いにも凹凸の多い岩肌であり、“神の使徒”として得た身体能力も手助けして檜山でも尺取り虫の様に遅いながらもどうにか登る事は出来た。

 

(俺は……俺は生きるんだ、絶対に!!)

 

 自分が元いた場所は見上げても見えない程に遠い。しかし、この時の檜山は生への執着心から限界以上の力を出す事が出来た。このままいけば、時間はかかるが絶壁を登り切る事だって可能だろう。

 

 しかし———そんな彼の生存を許すほど、死神は寛容では無かった。

 

『ビャア! ビャア! ビャア!』

 

 ハッと檜山は背後を振り向く。そこには自分を巣まで運んだワイバーン達———親ワイバーンの群れがいた。

 親ワイバーン達は逃げ出した()()を取り囲む様に旋回していた。

 

「く、くそ! どっか行けよ!! エサならアイツらで間に合っているだろ!?」

 

 絶壁にしがみついている為に武器を振るう事も出来ず、檜山は親ワイバーン達に怒鳴り散らす事しか出来ない。そんな檜山を親ワイバーン達はプテラノドンの様なクチバシでつつく様に襲い掛かる。

 

「や、やめろっ! やめろって言ってんだろっ!!」

 

 ワイバーン達につつかれ、檜山はどうにか振り払おうとして片手を振り回し———。

 

「あ———」

 

 バランスが崩れる。岩肌を掴んでいたもう片方の手が滑り、檜山の身体は背中から落ちて———奈落の底へと浮かび上がる。

 

「あ、ああああああああぁぁぁぁぁああ————!!」

 

 嫉妬でクラスメイトを殺し、更にはクラスメイト達を見捨てて浅ましくも生き残ろうとした少年は、叫び声を上げながら奈落の底へと落ちていった———。

 

 ***

 

『ビャア! ビャア! ビャア!』

「どいて! どきなさいよ! 私の弟に何するのよ!!」

「痛っ! こっちに来ないでってばっ!!」

 

 檜山が奈落へ転落した頃、白野達の方は熾烈な状況になっていた。仔ワイバーン達は地面に倒れた白野へ容赦なく群がっていた。親ワイバーン達と違ってまだクチバシや歯は小さい為、白野の手足が食い千切られる様な事はないが、数の暴力の前に白野の身体の至る所から血が滲み出す。雫達は自分も噛まれるのを承知で、必死で剣や杖を振り回して追い払おうとしていた。

 

「いやああああああっ!」

「香織!?」

 

 親友が上げた悲鳴に雫は振り返ってしまう。魔力が尽きてしまい、走るのも儘ならないくらいの体力ながらどうにか戦っていた香織だが、とうとう限界が来てしまった。仔ワイバーン達が香織の腕に噛みついて引き倒し、今度は地面に倒れた彼女へ群がった。

 

「やめて! やめてよぉ! 私の家族と親友に、酷いことしないでよぉ!!」

 

 残った雫は剣を振り、どうにかして仔ワイバーン達を追い払おうとする。全滅の予感に———目の前で自分の大切な人達が無惨に死ぬ所を見るかもしれないという恐怖に、涙で顔がグチャグチャになりそうだった。

 

 そんな中———白野はボンヤリと宙を見ていた。

 

(何だ……この状況は……?)

 

 手足は仔ワイバーン達につつかれ、噛まれ、王宮から支給された装備が血で汚れていく。だが、それすらも他人事の様に白野は感じていた。

 

(この感じ……初めてじゃ、ない? 前にも、こんな事があった気が……)

 

 ビキッ、と白野の頭に頭痛が走る。白野は思わず頭を抑えた。

 

「白野———!」

 

 蹲った白野に雫が駆け寄る。

 

「しず、く……?」

「大丈夫———大丈夫だから! 死ぬ時は……一人ぼっちじゃないから! みんな……みんな一緒よ……!」

 

 記憶を失い、一人ぼっちになった自分の家族となってくれた少女は、泣きながらも精一杯の笑顔を作る。もはや助からないと悟ったのか、剣を捨てて両手で倒れている白野と香織を引き寄せた。離れ離れにならない様に二人を力一杯に抱き締めた背中に、仔ワイバーン達は容赦なくクチバシでつついていく。

 

「っ……、っ……!」

 

 雫の背中が赤く染まっていく。それでも雫は悲鳴を上げる事なく、白野達を庇う様にギュッと抱き締めた。

 

(あ……起き、ないと……! 雫の……家族の為に、起きないといけない、のに………!)

 

 頭でそれを理解しながらも、白野の頭痛は強くなっていく。意識を保つのにも精一杯の頭痛に耐えながら———白野の目には別の光景が映っていた。

 

(あ………)

 

 それは———ステンドグラスが並ぶ何処かの空間。

 そこに白野は力なく倒れ———周りには同じ様に倒れた無数の人間達。

 物言わぬ死体となった彼等を見た白野の心に恐怖は無い。

 ただ思ったのは———ここでは終われない、という想いだけだ。

 

(そう、だ……こんな所で、終われない……)

 

 眼球から火が出るどころではない。頭の中を棘だらけの昆虫が滅茶苦茶に這いずり回っている様だ。そんな頭痛を感じながらも、白野は立ち上がる為に力を込める。

 

(ここで終われない……自分の為にも……雫の為にも……! こんな所で消えたら……それこそ意味なんて無い……!)

 

 バチバチ、と火花が飛び散る様な感覚と共に白野の目に新しい場面が映る。

 それは先程と同じ様な場所の光景だった。

 だが、自分の目の前には一人の少女が立っていた。

 職人が紡いだ様な金糸の様な髪を結い上げ、薔薇の様に絢爛な舞踏衣装を纏った少女は倒れた白野に何かを呟いていた。

 

(頼む———セ■バー)

 

 脳内の映像の少女に向かって、白野は精一杯に手を伸ばした。

 

(もう一度……もう一度、俺に力を貸してくれ———セイバー!!)

 

 記憶に無い筈の少女の名が何故か脳裏に浮かび上がった。

 少女———セイバーは、白野に向けてフッと笑って手を伸ばした———。

 

 ***

 

『あ〜あ、やっぱり。先輩は何処にいっても、先輩なんですねぇ……』

 

 ***

 

「な、何!?」

 

 死を覚悟して家族と親友を抱き締めていた雫は、思わずそう叫んでしまった。白野から急に爆発的な魔力が流れ出て、魔力の奔流は嵐の様に渦巻いて襲い掛かっていた仔ワイバーン達を押し返していたのだ。

 

「白野……くん……?」

 

 香織も痛みに耐えながら白野を見る。

 白野は雫の手から離れ、ゆっくりと起き上がる。

 空っぽになった筈の魔力は白野の身体から間欠泉の様にわきあがり、目は夢遊病の様に何処か虚だったがしっかりとした動きで仔ワイバーン達と対峙した。

 白野が片手をかざす。手から光が———数式の様な物が出て、白野の手にタロットカードの様な物が現れた。

 

「———code:install(英霊憑依)_saber」

 

 剣士の絵が描かれたカードから光が現れて、白野の身体を包み込む。雫達は思わず目を瞑り———次に目を開けた時、白野の装いは一変していた。

 肩には獅子を模した装飾。そして金の肩章。

 格の高い将軍、あるいは皇帝の様な真紅の衣装。

 手には揺らめく炎を形にした大剣。

 真紅の剣士と呼ぶに相応しい衣装を着て、白野が立っていた。

 

「白野……その格好は、一体……?」

『ビャアアアァァァッ!!』

 

 目の前で起きた展開に目を見開いて雫が問い掛け様としたが、仔ワイバーン達の鳴き声に遮られる。仔ワイバーン達は痺れを切らした様に———あるいは得体の知れない物に恐怖を覚えた様に、真紅の剣士となった白野へ向かって殺到する。

 

「————」

 

 ヒュンッ、と白野が大剣を一閃させ———飛び掛かった仔ワイバーン達は、一刀両断にされて地面に転がった。

 

「嘘……!?」

『ビャアアアァァァッ!!』

 

 香織が驚きの声を上げる中、仔ワイバーン達は仲間の死に怒りの声を上げる。目の前の人間を餌から排除すべき敵へと認識を変え、彼等は親から習った集団での狩りの仕方を思い出しながら白野へと襲い掛かる。

 

「————」

 

 だが、白野にはもはや爪もクチバシも届かない。まるで優雅に踊る様に白野は大剣を振り、襲い掛かる仔ワイバーン達を全て斬り伏せていた。その剣閃は“剣士”である雫の目をもっても見切れなかった。

 

「雫ちゃん……白野くんって、こんなに強かったの?」

「……いいえ。そもそも剣を振った事なんて無かった筈よ」

 

 香織は口をポカンと開けながら、目の前の光景をただ呆然と眺めていた。異世界に召喚されてからも、剣に関しては才能が無いと諦めていた姿が嘘の様に仔ワイバーン達を圧倒していた。その姿に雫も呆然と呟くしかなかった。

 

花散る(ロサ)———」

 

 白野は大剣を水平に構える。大剣はその形に呼応する様に激しい炎を宿した。

 

天幕(イクトゥス)!!」

 

 向かってくる仔ワイバーン達の間を擦り抜け、白野は大剣を横薙ぎに振るった。白野が通り過ぎた後、火花が薔薇の花弁の様に舞い———一瞬遅れて、大爆発を起こした。

 

『グビャアアアアアァァァッ!!』

「キャアアアアアッ!?」

 

 爆発に巻き込まれ、仔ワイバーン達が次々と炎上する。雫達は迫り来る爆風に思わず目を瞑る。しかし、予想していた土煙や炎がいつまで経っても来ない。おそるおそる目を開けると———そこには光の膜を雫達の周りに展開させた白野の後ろ姿が見えた。

 

「code———protection_guard」

「白野……守ってくれたの?」

 

 雫が思わずそう問い掛けるが、白野は答えない。淡々と戦う様子はまるで戦闘機械を思わせた。

 

『ビャアアアァァァッ!!』

 

 巣の出口側から仔ワイバーン達より低音の鳴き声がいくつも響く。親ワイバーン達が異変を感じて巣へ戻って来たのだ。彼等は狩りの練習台として放り込んだ筈の人間によって、仔ワイバーン達が全滅している事に気付いた。

 

『ビャアアアッ! ビャアアアッ!!』

 

 自分の仔達を殺した人間を許すまじ、と怒りの雄叫びを上げる。全ての親ワイバーン達が白野へ向かって猛然と向かって来ていた。

 

「————」

 

 それを見て、白野は大剣から手を放す。大剣はまるで実体が解れた様に姿を消した。

 

「———構築式、演算完了。魔力、充填開始」

 

 どこか機械的な印象を受けるトーンで喋りながら、白野は両手に魔力を集中させた。両手に集中した魔力は冷気を帯び、そして———。

 

「code———freeze_all!」

 

 圧縮された冷気が解放される。冷気は吹雪となって、眼前まで迫っていた親ワイバーン達に容赦なく降り注ぐ。

 

『ビャ、ア、ア……!?』

 

 親ワイバーン達は僅かな悲鳴を上げると、たちまち凍り付いていった。そして数秒後———そこには一匹残らず氷の彫像へと変わった親ワイバーン達の姿があった。

 

「………すごい」

「雫ちゃん……私達、助かったって事かな……?」

 

 冷気の寒さで白い息を上げながら、二人はそう呟くしかなかった。

 巣にいる全てのワイバーンが駆逐され、雫達以外に動く物がいなくなった横穴の中。白野はゆっくりと雫達へ振り向く。

 

「白野……その、何が何やら……」

 

 目の前の急展開が飲み込めず、雫はよく知っている筈の弟分に何と声を掛ければ良いか分からなかった。だが、すぐに真っ先に言うべき事を思い出した。

 

「……ありがとうね。お陰で助かったわ」

 

 雫が微笑むのを見て、白野はゆっくりと頷き———突然、糸が切れた様に倒れた。

 

「白野!?」

「白野くん!」

 

 0と1の数字が光の様に舞い散り、白野の服装が元の冒険者姿に戻っていく。雫が慌てて白野の身体を支えた時、その弾みで白野のポケットからステータスプレートが落ちた。

 

『岸波白野 17歳 男 レベル:?

天職:月の裁定者

筋力:5000+?

体力:5000+?

耐性:5000+?

敏捷:5000+?

魔力:5000+?

魔耐:5000+?

技能:月の王権・コードキャスト(+英霊憑依)・全属性適性・予測演算・高速魔力回復・指揮適性・魔力感知・言語理解』




とりあえず山場まで一気に書きました。いやー、ようやく原作から外れた展開を書けます!(原作通りにやる気が無い人)

>檜山

 なんかあらすじ事よりゲス度が増した子。香織の事もあっさりと見捨てていますが、とある人から言われた事だけど檜山は「香織が好きなんじゃなくて、香織みたいな美少女に何となく惚れられる」という展開を期待していただけじゃないかな? 
 原作でも自分と光輝が釣り合う筈も無いから、光輝が香織の近くにいるのはまだ納得がいくと負け犬根性丸出しな事を思っているし、恵里の力を借りて香織を思い通りに動く死体人形に変えようとするなど香織の心とかどうでも良さそうな風に見えたので。

>白野(セイバー)

 格好的にはfgoのネロの第三再臨とカエサルの服をミックスした様な感じです。当初の予定とは異なり、プリヤみたいにインストールしながら戦う感じになるかなぁ?

 そんなわけでようやく力に目覚めた白野ですが、これからどうなるか? 
 待て、次回。

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