ありふれていた月のマスターで世界最強   作:sahala

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 ああ、執筆活動こそが仕事のストレスを癒してくれる………。
 逆を言えば、ストレスを感じなければ執筆も滞るから、労働はやはり尊いという事ですな(笑)


第十二話『オルクスメイキュウ』

 オルクス大迷宮は地下に降りれば降りる程、魔物達は強力になっていく。第六十五階層にいたベヒモスも、かつての最強の冒険者達を返り討ちにしており、それよりも更に下の階層となれば最早人間では太刀打ち出来ないレベルに達していた。ここまで来れるとしたら異世界から来た勇者達くらいだが、今の彼等ではまだレベル不足だ。

 しかし———英霊の力をその身に宿した白野達は、難なく駆け抜けていた。

 

「フッ———!」

 

 セイバーの姿となった白野は大剣でバッファローの様な魔物を斬り裂く。白野と絶命した魔物の横を擦り抜ける様に、二体目のバッファロー型の魔物が後方にいる香織に突進していく。

 

「香織、氷天を!」

「えっと、確か………こう!」

 

 キツネ耳を生やした香織は突進(attack)してきたバッファローに氷天(スキル)を使った。手にした呪符から巨大な氷柱が発射されて、バッファローを氷漬けにして足止めした。

 

「雫ちゃん!」

「八重樫流———(きらめき)(ふたつ)!!」

 

 氷漬けになったバッファローに、雫の陰陽剣改め陰陽刀が奔る。

 八重樫流の基本型である横薙ぎの一閃を二刀流で行い、バッファローは氷漬けのまま横一文字に斬り裂かれた。

 

「ふう………大分、二刀流にも慣れてきたかしら?」

「お疲れ様、雫」

 

 周囲に敵がいなくなった事を確認して、雫が張り詰めていた緊張感を解す様にゆっくりと息を吐いた。

 

「香織もお疲れ様。キャスターの戦い方が、大分身に付いてきたみたいだね」

「うん! それにしても英霊さんって凄いんだね。普段の私なら、ここまで戦えないのに」

 

 香織が目の前で氷漬けになったバッファローを見ながら、興奮した様に話す。

 英霊が憑依して彼等のステータスやスキルが使える様になった白野達は、オルクス大迷宮の下層を難なく進んでいた。立ち往生していたワイバーンの巣も、崖から鹿の様に駆け降りて行って近くの横穴まで移動して、彼等はオルクス大迷宮の通常の階層へと戻れたのだ。

 

「これも白野くんのお陰だよ。白野くんが的確に指示してくれるから、段々この英霊(ひと)の戦い方が分かってきちゃった」

「それは良かった。とはいえ、油断は禁物だ。元となる英霊を知っているから言うけど、まだ100パーセントの力を引き出しているとは言えない。それでも前よりステータスが圧倒的に伸びてはいるけど、身体を動かしているのはあくまでも香織達自身だ。檜山がうっかり発動させたトラップみたいに、一つのミスで致命傷を負う事もあるから注意して進もう」

「う………わ、分かった」

 

 真剣な眼差しを向ける白野に、少しだけ浮かれていた精神を引き締める様に香織は頷いた。月の聖杯戦争の記憶を取り戻した白野は、かつてアリーナ(ダンジョン)で英霊達と駆け抜けた時の記憶も思い出していた。その時の経験が今のハジメの捜索にも活かされており、香織は経験者のアドバイスを素直に聞く新人の様な気持ちで白野の言う事を真剣に聞いていた。

 

「雫、そっちはどう? 疲労とか溜まって………雫?」

 

 白野は声を掛けても返事をしない雫を不審に思って目を向ける。そこには———。

 

「とりあえず、これって牛肉になるのかしら? これがあれば………あとさっき手に入れた歩きキノコを使って、あとは———」

 

 バッファロー達を見ながら、今夜の献立を考える雫。その背中に白野は頼れるおかん(エプロンボーイ)を見た気がした。

 

「わぁ………雫ちゃん、すっかりお母さんが板に付いている」

「だからおかんって呼ばない! とにかく、今後の為にも調理スキルを上げる事は必須でしょう?」

「うん、すごく助かってる。そこには素直にお礼を言うよ。でもさ………何で魔物の調理の仕方にそんなに詳しいんだ?」

「私もよく分からないわよ。意識しなくても手が勝手に動くというか………あと私の中にいる英霊が、アルビオン? とかいう地下ダンジョンにいた時の経験だそうよ?」

「………ねえ、白野くん。雫ちゃんの英霊さんって、伝説のコックさんとかなの?」

「いや、そんなわけ無い………ハズ」

 

 あの赤い弓兵は正義の味方を体現した無銘の英霊だった筈だ。マトリクスで明らかにした情報の筈なのに、白野は少しだけ自信が無くなってきていた。

 

「馬鹿な事を言ってないで、食べれそうな部位を解体しましょう。それと、そろそろ夜七時になるから野営準備に入るわよ」

「え? もうそんな時間? ………ねえ、雫ちゃん。今日はもう少しだけ進まない?」

「駄目よ、香織。これでも結構なハイペースで進んでいるわ。ちゃんと食事と睡眠を取らなければ、いざという時に身が保たなくなるわよ」

「それは……そうだけど………」

 

 香織があまり納得していなそうな声を出す。だが、その目の下には隠し切れない隈の跡があった。恐らくハジメが心配で、休息にあてるべき時間も満足に休めていないのだろう。だからこそ、白野は雫に賛同する様に手元にコードキャストのマップを表示させた。

 

「………まだ地下の階層にある生命反応は途切れてない。香織、いくら英霊の力を手に入れたといっても精神そのものは人間のままなんだ。適度に休息を取らないと、精神の疲労は溜まる一方だよ」

「………うん、そうだよね」

 

 友人二人の説得を受けて、香織はようやく頷いた。ハジメの事は心配だが、せっかくの再会の時に香織の身に何かあったのでは台無しだ。白野と雫は、自分の身を案じているからこそ休息はキチンと取るべきだと言ってる事くらい、香織は理解出来ていた。

 白野はさっそく、コードキャストでこの世界の魔法である“錬成”を再現する。迷宮の壁に人が通れる程度の穴が開き、更に魔力を通して急造で四人用のテントぐらいの広さの部屋を作った。

 そこへ雫がその辺で落ちていた石で竈を作り、料理の準備を始めた。

 

投影開始(トレース・オン)

 

 段々と使い慣れてきた投影魔術で、フライパンや鍋、包丁などを出していく。手に入れた魔物の肉を白野に無毒化して貰い、それらを熟練の包丁捌きで調理する。水魔法で空気中の水分を集めて飲料水を作ると、サバイバル中とは思えない程に立派な食事が出来た。

 

「はい。今日はちょっと奮発してみたから、しっかり食べてちょうだい」

 

 いただきます、と手を合わせて三人は夕食を食べ始めた。

 

「ん、これは………」

 

 一口食べ、白野は味付けに気付いた。一体どうやったのか、食材が違うから完全に同じというわけではないが和風料理に近い味付けだったのだ。

 

「おいしい………あれ? 何でかな………ごめんね、急に、涙が出てきちゃったっ………」

「私も二週間以上は御無沙汰だったもの、無理は無いわ。まだまだ先は長いんだから、たくさん食べて、ゆっくり休んで体力をつけましょう」

「うん……うん……っ」

 

 懐かしい味に郷愁の想いが溢れたのか、香織は泣きながらも残さずに食べた。食べ終わった頃には張り詰めていた精神が緩み、睡魔に抗えずに夢の世界へと旅立っていた。

 

「………ありがとう、雫」

 

 夕食の片付けをしながら、白野は言った。

 

「香織の張り詰めていた心を解す為に、わざわざ和食にしたんだよな」

「この子ってば………一度決めたら、周りどころか自分も顧みないでドンドン突っ走っていくのだもの」

 

 あどけない寝顔を見せる香織を優しく撫でながら、雫は困った顔で微笑む。

 

「香織の事を気にかけてくれたと言うなら白野もよ。香織に南雲君が無事でいる可能性を示す為に、わざわざ“錬成”でキャンプ地を作っているのでしょう?」

「………バレたか」

 

 白野は苦笑しながら頷いた。定期的に確認しているが、マップで示した人間の反応は()()()()()()()()()()()()()()()()()

 きっとハジメは天職で使える“錬成”で壁に穴を掘り、魔物から隠れているのかもしれない。彼のステータスを考えると、それが一番妥当な方法だろう。そう考えた白野は、それを実践して香織に示したのだ。

 

「香織ってば、睡眠時間も削って英霊の力の使い方に慣れようとしていたみたい。このまま行っていたら、どこかで無茶が祟って倒れていたわ。だから、無理やりでも休息を取らせる必要があったの」

「うん、そうだな」

「………ねえ、白野。一つ、聞いていい?」

 

 雫は自分の膝を抱えながら、ポツリと呟く。

 

「私達さ………帰れるわよね? 皆で地球に、帰れるよね?」

 

 香織の為に作った和風の夕食だったが、作っている内に雫にも郷愁の念が浮かんだのだろう。学園では男勝りで凛とした表情がカッコいいと、女子達からすらも羨望の溜息を吐かれる雫だったが、今の雫は不安に怯える弱々しい少女の表情になっていた。

 

「………大丈夫」

 

 何の保証にもならないと知りながら、白野はあえてその台詞を言って雫の隣りに座った。

 

「大丈夫だ。俺は記憶を取り戻したし、今の雫達には英霊の力が宿った。だから大丈夫」

「本当に? 前より強くなったのは確かだけど、そんな事で本当に大丈夫? 地球にはどうやったら帰れるか、まだ分からないのに?」

「うん、大丈夫。雫には俺や香織がいるし、俺達には雫がいる。今日みたいに雫が香織の危ない所をフォローしてくれた様に、雫の危機には俺が助ける。そうやってお互い助け合えば、きっと大丈夫」

 

 白野は「大丈夫」と繰り返す。不安な雫の心を安心させる様に、何度も繰り返した。

 

「月の聖杯戦争も、俺みたいな凡人でも周りに助けられて何とかなったんだ。だから、雫なら大丈夫。雫に憑依したアーチャーがいるし、香織もいる。俺も微力ながら力を貸すから、きっと大丈夫」

「………うん、そうよね。私にはまだ香織や白野がいるもの。何もかも、無くなったわけじゃないわよね」

 

 雫はほんの少しだけ俯き、ようやく顔を上げた。

 

「ありがとうね、白野。お陰で、少し落ち着いたわ」

「気にしないで。記憶を取り戻しても、雫は俺の家族である事に変わらない。家族なのだから、支え合うのは当然だろう?」

「………うん、そうよね」

「さ、ちょっと早いけどもう寝よう。明日こそは地下89階にいるハジメを迎えに行こう」

「ええ。おやすみ、白野」

 

 片付けが終わり(といっても投影していた食器類を消しただけだが)、焚き火をつけたまま横になる。空気穴は確保している為、寝ている間に酸欠になる心配はない。更に壁の中に作ったキャンプ地なので魔物達も入って来れないので、地面に直接横になるしかないという点以外は割と快適に休む事が出来た。

 

(家族、か………)

 

 白野の寝息が聞こえてくる頃、雫はまだ燃えている焚き火を見ながらぼんやりと考える。

 

(うん、それは間違いなんてない。白野は大切な家族………前世が未来人だろうが、NPCだろうが関係なんてない。私は白野のお姉ちゃんだもの。でも………)

 

 地球では頻繁に頭痛を起こして倒れるから、雫はいつも白野の側にいる様にしていた。何かあっても、姉である自分が白野を守るのだと息巻いて。

 しかし、この世界に来てから白野は格段に変わっていた。病弱だった身体は嘘の様に強くなり、更には戦闘指揮において格別の才能を見せる様になった。

 

(話が分かれば当然よね。白野は前世で英霊達と命懸けの戦いをやってきたのだから。魔法なんてものがある世界だから、白野の中にある魔術回路というやつが刺激されたのかしら?)

 

 そして今、白野は自分の記憶を取り戻した。英霊の力を雫と香織に授ける様な特別な力を見せ、ここまでの戦闘も以前よりも的確な指示を出しながら戦っている。お陰で本来の雫達なら敵わない様な迷宮の魔物達との戦闘も、全く苦にならなかった。

 以前までは守ってあげないといけない、と思っていた弟分(白野)は、今や雫の前に立って先導してくれる力強い存在となっていた。

 

(白野の背中………いつの間に、あんなに大きくなったのかしら? 毎日見ていた筈なのに、ちっとも気付かなかったわ)

 

 そういった姿を見て、雫は自分の中で白野への見方が変化していく事に気付いてしまった。

 白野は自分にとって大切な存在。それは変わらない。

 しかし———それは本当に()()()()()()()()()()()

 ワイバーン達に襲われ、死を覚悟した時。まるでヒロインを救うヒーローの様に助けてくれた白野に感じた胸の高鳴りは———?

 

(って、ないない。どれだけ単純なのよ、私は。そういうのは光輝でもう懲りているってば)

 

 かつては雫も自分を守ってくれる白馬の王子様に憧れていた。それを光輝に見出していた時期もあったが、とある事件でそれは儚い幻想なのだと思い知る羽目になった。あんな思いは二回も繰り返したくはない。

 

(そういえば白野が初めて家に来たのも、あの事件の後だったのよね………もう寝ましょう、明日も早いのだから)

 

 雫はそこで思考を打ち切り、焚き火に背を向けて目を閉じた。

 しかし———白野の事を考えている時だけ、何故か心地良い気分になった。

 

 ***

 

 翌日。一晩ぐっすりと寝て精神的に落ち着いたのか、香織は以前よりも顔色の良くなった顔で白野達にお礼を言った。

 ハジメの為に、そして次は必ず守れる様に、今やれる最善を尽くす。その為にも友人達を心配させる様な無茶はしない。

 熱意と冷静さを併せ持つ様になり、昨晩みたいなちょっとした拍子で崩れ落ちそうな不安定さは見られなくなった。そのお陰で一同は昨日よりも順調に迷宮内を進めていた。そして———。

 

「この階層に………南雲くんがいるの?」

「………ああ、間違いない。生命反応はこの近くだ」

 

 オルクス大迷宮・地下八十九階。

 そこに足を踏み入れ、白野の報告に香織は表情をパァッと明るくさせる。すぐにでも走り出したい様子だったが、以前の様に雫達を心配させない為に必死に気持ちを落ち着けようとしていた。

 

「良かった……南雲くん……!」

 

 マップに示された生命反応は未だに途切れる様子は無い。

 しかし———白野は何故か腑に落ちない顔をしていた。

 

「白野、何か気になる事でもあるの?」

「………あのさ、雫。オルクス大迷宮の過去最高の到達記録は地下65階なんだよな?」

「ええ、メルドさんはそう言っていたけど?」

 

 それがどうかしたの? と聞いてくる雫に、白野は少しだけ考え込む。

 ここに来るまで、白野達は自分達以外の野営の跡を見つけていた。「きっとハジメくんが残していった跡だよ!」と喜ぶ香織を見ていると、期待を裏切る様な事は言えなかった為に敢えて口にしなかったが、ここまで来てしまった以上は黙っているのも難しくなってきた。

 

(あの野営跡は、明らかに一週間以上前———ハジメが落ちるより前だ………でも、一体誰が? こんな奥地まで来れる人間が、この世界にもいたのか?)

 

 果たして、ハジメだと思っていた生命反応の正体は何者なのか? そして、それを香織に正直に伝えるべきなのか?

 白野が内心で迷っている間に、とうとう生命反応が示す場所まで辿り着いてしまった。それは迷宮のとある壁の中を示していた。

 

「南雲くん!」

「待って。俺が開ける………念の為、少し離れていてくれ」

 

 白野が前に出ながら、雫に目配せをした。それだけで雫は何が言いたいかを察した様だ。

 

「………分かったわ。気を付けてね、白野」

「雫ちゃん………?」

 

 二人の神妙な様子に違和感に気付いたのか、香織は興奮が醒めていた。香織を雫が背中に庇う様に後ろに下げたのを見て、白野は“錬成”のコードキャストを使った。

 ガコッと軽い音を立てて、壁の中の空洞が姿を表した。

 

「これは………!?」

 

 白野は驚いた声を上げる。

 空洞の中には一人の人間がいた。ただし、それはハジメではなかった。

 その人間は二十代くらいの女性であり、壁を壊した白野に気付く様子は無く、血の滲んだ包帯を腹に巻き付けて浅い呼吸をしながら目を閉じていた。

 一見すると軍服の様な格好の露出した部分からは褐色の肌が見え、燃える様な赤い髪からは———普通の人間ではあり得ない尖った耳が覗いていた。

 その特徴を持つ人間を———白野はハイリヒ王国の王城での座学で教わっていた。

 

「魔人……族………?」




>現在の雫達

 まだ100%の力は引き出せていません。サーヴァントで例えるとステータスオールE状態。戦い方を熟知している白野というブレインがいるからこそ、ここまで無双できるという感じです。

>不安な雫を慰める白野

 メッチャ書くのに苦労しました。無責任に大丈夫と言うだけなら、光輝と変わらないので。でもここで正直に「帰れるかどうか私にも分かりません」なんて言うのもどうよ? と思って、こんな形に。まあ、雫の心に寄り添っただけマシだという事で。

>雫の心の変化

 まあ、光輝という見た目「だけ」は理想の男の子に惚れていた経験があるから、単純な助けポは吊橋効果と断じそうな気はするんですよね……とりあえず彼女は白野を「家族として守るべき弟分」から、「いつの間にか頼れる相手になった」という変化が出来ました。

>地下八十九階の魔人族

 や〜っと書けたよ。そしてもうじき、割烹であらすじを書いていた分のストックが尽きるなあ。またプロットを書かないと。

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