ありふれていた月のマスターで世界最強   作:sahala

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 今回はちょっと難産だったなあ。ともあれ、どうにか書き上がりました。


第十三話「魔人族の内情」

 白野達は壁の中の空洞にいた人間———魔人族の女性を前にして驚愕していた。

 

「魔人族って………本物なのかしら?」

「少なくとも教会の人間が教えてくれた特徴と一致はするね」

「南雲くんじゃ………ない?」

 

 雫が訝しむ横で呆然とした声を上げる香織に、白野はすまない気持ちになる。ここまで地下八十九階にいる生命反応がハジメだと信じていただけに、落胆は激しいのだろう。こんな事ならば、野営跡に感じていた違和感を正直に話すべきだったと思ったが、もはや後の祭りだ。

 

「この人………怪我をしているわね」

 

 雰囲気を変える為に雫が目の前の女性を観察しだした。

 魔人族の女性は、中世ヨーロッパ程度の文明に見えるトータスには似つかわしくない近代的な———むしろ地球にある様な———軍服を着ており、腹には服の上から乱暴に包帯が巻かれていた。その包帯も血が滲んでおり、褐色の肌でありながらはっきりと分かるくらい顔色が悪かった。目を閉じて苦しそうに呼吸を繰り返す様は、放って置けば命は長くないと思わせるには十分だった。

 

「………どうする?」

「どうすると言われても………」

 

 白野と雫は困惑した表情で顔を見合わせた。人道的精神を優先させるなら、ここで助けるべきだろう。しかし、相手は魔人族。さすがに聖教教会の神官達がしきりに言っていた様な『人肉を好んで食べ、暴力を何よりも愛する野蛮な種族』とは見えないものの、一応はハイリヒ王国に属する白野達にとっては敵国の人間となる。治療して目が覚めたら、逆に襲ってくる可能性もある以上は迂闊に動く事は出来なかった。

 

「………助けてあげよう」

 

 白野達が振り向く。そこには先程までハジメがいなかった事にショックを受けていた香織が、今は決意した様な力強い目線で立っていた。

 

「香織………でも、この人は………」

「分かっているよ、雫ちゃん。治した途端、私達の敵になるかもしれないんだよね? でも………それでも助けてあげたいの」

 

 迷いながらも窘めようとする雫に対して、香織は一歩も引く気も無い様だった。

 

「白野くん。今までの生命反応がこの人の物なら、この人は何日もずっとこの場から動いていなかったんだよね?」

「………ああ、そうなるな」

「きっと、この人も助けを求めていたと思うの。暗い迷宮の中で、何日も。助けが来るかどうか全く分からないけど、生きたいという一心で」

 

 それは、白野が目覚める前にワイバーンの巣穴で立ち往生していた香織が抱いていた想いであり———きっと、彼女の想い人も抱いている想いだ。それ故に香織は会った事もない相手でありながら、魔人族の女性も壮絶な思いをして今まで隠れていたのだと想像できてしまった。

 だからこそ———助けたい、と本能的に思ったのだ。

 

「甘い事を言っているのは理解してる。でも………相手が敵だから、という理由で生きるのに必死な人を見殺しにするなんて真似は、私はしたくない。私は………“治癒師”として、死ぬ人は一人でも減らしたいの!」

 

 それは、トータスに来て“治癒師”という天職に目覚めた香織の矜持であり、彼女の魂の根源から来る思いなのだろう。今も王国にいたら、万人を癒す聖女などと呼ばれる様になったかもしれない。

 

「………はぁ。言っても聞かないわよね、香織は」

 

 しばらくして、雫が観念した様に首を振った。

 

「まあまあ。確かに不安はあるけど、香織の提案は悪いものじゃないよ」

「白野くん………」

「もしかしたら、この人が南雲を見かけた可能性だってゼロじゃないからね」

「あ………そう、そうだよ! きっと南雲くんの居場所を知っているかも!」

「いま思い付きました、という顔をしないの。別に私は反対しないから」

 

 少しだけ呆れ顔になった雫は、意識を失ったままの魔人族の女性に近寄った。

 

「とりあえず、口が利ける程度に回復させましょう。その上で、こちらに敵対する意思があるなら———残念だけど容赦は出来ないわ」

 

 手の中に陰陽刀を投影しながら、雫は香織に向かってはっきりと宣言した。雫とて平和な日本で生まれ育った女子だ。人殺しなど出来るなら経験したいとは思わない。しかし、この異世界ではそうは言ってもいられない。教会は口八丁で誤魔化しているが、召喚されたクラスメイト達を魔人族との戦争で役立つ駒にしたいという思惑に気付いていた雫は、武道に生きる者の心構えとして常在戦場の覚悟をしていた。

 

「………分かった」

 

 香織もまた、そんな悲壮なまでの覚悟をした雫の心意気を悟る。白野もまた、月の聖杯戦争を生き抜いたマスターとして何も言わなかった。

 

「………香織が良ければ、俺が治そうか?」

「ううん、ちょっと試したい事があるから私がやるよ」

 

 白野がコードキャストを使おうとするのを香織は丁重に断る。

 魔人族の女性の横にペタンと座った。

 

(白野くんから聞いた話だと………私に力を貸してくれる英霊さんは、玉藻の前さん。天照大御神の分身みたいなもの、と言ってたよね)

 

 日本三大妖怪の一体であり、そして日本人ならその名を知らぬ者はいない程の神様の分身体と聞き、香織も最初は度肝を抜かれていた。しかし、白野からキャスター(玉藻の前)としての戦い方などを聞き出し、ハジメを探し出す為に寝る間も惜しんで鍛練を続けた結果、香織は自身の中にいる英霊と少しずつ慣れ親しんでいく様な気がしていた。

 

(玉藻の前さん………貴女の力、使わせて貰います!)

 

 手元に今の香織の武器であり、玉藻の前の宝具———八咫鏡が現れる。香織が意識を集中させると、八咫鏡はクルクルと回りながら魔人族の女性の上に浮かんだ。

 

「出雲の神よ、かの者に今一度力を———」

 

 唱えるのは天職である“治癒師”の呪文。しかし、玉藻の前と融合した香織は詠唱をアレンジして英霊としての能力も引き出しやすい様にしていた。狐の耳と尻尾を生やした今の香織が呪文を唱える姿は、まるで稲荷神に仕える巫女の様であった。

 

「“焦天・水天日光”!」

 

 八咫鏡から光が出る。穏やかな陽光の様に暖かい光が魔人族の女性に降り注ぎ、普通の回復魔法では治癒しきれない傷がみるみると塞がっていく。

 

「これは………そうか、玉藻の前の宝具は魂と生命力を活性化させるものだったな」

 

 元の宝具からすれば、本来性能の極一部しか発揮出来ていないだろう。しかし、香織なりに英霊の力を使い熟す為に“天職”と組み合わせた姿を見て、白野は無茶を重ね気味だった彼女の努力は決して無駄ではなかった事を知った。

 

「う、うう………」

 

 香織の“焦天・水天日光”を受けて、傷が癒えて顔色も良くなってきた魔人族の女性は呻き声を上げた。苦しそうに閉じられた目がボンヤリと開いていく。

 

「アタシは……確か魔物に襲われて、ここに逃げて………?」

 

 直前の記憶を辿る様にうわ言を呟いていた魔人族の女性だが、自分のすぐ側にいる白野達を見て、目を見開いた。

 

「人間………! それに亜人族まで………っ」

「え? あの、私は亜人族というわけじゃなくて、この耳は英霊さんが憑いているからで———!」

「動かないで!」

 

 頭の狐耳を見て勘違いしたらしい魔人族の女性に香織が慌てて弁明しようとするが、雫は陰陽刀を構えながら鋭い声を出した。魔人族の女性が動くより先に、攻撃に移れる様に構えている雫と白野を見て———魔人族の女性は自嘲した笑みを浮かべた。

 

「………ああ、そうかい。アタシもとうとう年貢の納め時というわけか」

「変な真似はしない事ね。もしも香織に危害を加えたら、」

「いいよ………殺しなよ。もう、アタシも疲れちまったんだ。ここで飢え死にを待つくらいなら、いっそ一思いに()っておくれよ」

「…………え?」

 

 雫が困惑した声を上げる。何かしら敵意を向けてくると予想していた魔人族の女性は、まるで全てを諦め切った様な光の無い目で白野達を見つめていた。

 

「え、ええと………?」

「それにしてもアタシも運が無いね………いや、この大迷宮に行く様に命令を受けた時点で死んだも同然だったけど。それでも故郷の為と思って頑張ってきたけどさ………最初から、こんなの無理だったんだよ………っ」

「ちょっ、ちょっと待って。お願い、本当に待って」

 

 魔人族の女性は手足を力無く投げ出し、とうとう涙を流し始めた。これには予想外過ぎて、雫は構えていた陰陽刀をどうするべきか切先を迷わせた。香織もオロオロとしてしまう中、白野は静かに声を掛けた。

 

「その………少し話を聞かせてくれないか?」

 

 ***

 

「アタシは、ここには軍の命令で来たんだ………」

 

 魔人族の女性———カトレアはポツポツと語り始めた。香織によって最低限の傷は治癒されたが、それでも膝を抱えたまま小さく蹲っていた。

 

「オルクス大迷宮には神代魔法が眠っている可能性がある。それを調査しろ、って………」

「神代魔法………?」

 

 聞き慣れない単語に香織が首を傾げたが、聞き返すより先にカトレアが再び語り始めていた。

 

「でも………出来るわけなんて無かった。人員はアタシ一人だけ、ロクな装備も渡されず、敵国での潜入活動だというのに本国からの支援は無し。こんなのでどうしろというのさ」

「そんな………どうしてそんな事に? 貴女達の仲間は、貴女が失敗しても良いと思っているの?」

 

 想像以上に劣悪な環境に雫も驚きの声を上げていた。軍事に関して素人である雫にも、カトレアが置かれた環境が異常だと気付けていた。それを見て、白野は答えを推理した。

 

「失敗しても良い………むしろ、失敗して生きて帰らない事を望まれたんじゃないか?」

「鋭いね………そこの坊やの言う通りだよ。私は………半ば死にに行け、と命令されたのさ」

 

 雫と香織が絶句する中、カトレアはポツポツと語り始めた。

 

「あんた達も知ってるだろうけど………アタシの国、魔人国ガーランドは最近は戦争で次々と人間族の国や都市を滅ぼしているけどね。でも、アタシから言わせれば、あんなのはただの虐殺だ。戦えない女子供はおろか、妊婦の胎まで割いて中の赤ん坊まで殺せなんて………魔物だってもっとマシな殺し方するよ。そんな事を強要されて、頭がおかしくなっちまう奴も後を絶たないんだ………」

「な、何それ………どうして、そんな残酷な事を?」

「フリード様だよ………アタシ達の魔人族の英雄で、軍の最高司令官であるフリード・バクアー。あの方について行けば間違いない。一時期は本気でそう思えた………けれど、あの方はある日から変わっちまった。人間族は邪悪な猿だ、奴等を絶滅させてこそ魔人族は永遠の繁栄を約束される、我が国を救う為には人間族を絶滅させるしかない………そんな事を頻りに主張する様になって、軍全体に人間族は降伏しようが皆殺しにしろと命令しているんだ。正直、ついていけないよ………」

「………魔人族達は、そんな司令官に反抗しないのか?」

 

 白野が聞くと、カトレアは諦観した様に力無く笑った。

 

「そりゃあね………最初はいくらなんでもそこまでは、と意見した奴もいたさ。でも、フリード様はそんな風に意見した奴等を皆逮捕したのさ。形だけの軍事裁判が行われて、あとは処刑台へご案内ってね。中には自分の軍を率いてフリード様に反旗を翻した将軍もいたけど、最近になって見かける様になった“異界の使徒”とかいう奴等とフリード様が一緒になってそいつを粛正して、今じゃ誰も意見を言おうとする奴なんていないよ」

「“異界の使徒”………」

 

 白野はイシュタルの話を思い出した。魔人族に力を貸している人間達がいると聞いたが、それが“異界の使徒”なのだろうか?

 

「今じゃフリード様に賛同した奴くらいしか軍には残ってないよ………フリード様が頻りに人間族に撲滅を演説するから、最近はその思想に染まる奴も増えて、同じ温度で人間族を憎めない奴は「魔人族の恥だ!」なんて風潮も出来ちまったしね………」

「………貴女は? 魔人族は人間族とは敵対していると聞いたけど、貴女は人間族が憎くないの?」

 

 尋問というより、純粋な好奇心から雫は聞いた。もはや雫の中ではカトレアに対する警戒心は薄れていた。

 

「………アタシはさ、人間族とのハーフなんだ」

 

 突然の爆弾発言に白野達は驚いた。しかし、カトレアの独白は続く。

 

「アタシの故郷は人間族との国境の近くにあった村なんだ………死んじまった親父は、聖教教会に寄付金を納めなかっただとかで人間族の国を追われて、ウチの村の近くで行き倒れていたらしいんだ。村の人間はそんな親父に同情して、村に住まわせていたくらいだからさ………別にそこまで人間族の事が憎いとか、そんな事は思ってないよ」

「そう、だったのか………」

 

 トータスの人間族と魔人族は、お互いに神敵として憎しみ合う種族だと思っていたが、そう単純な話では無いらしい。ある程度は予想はしていたが、やはり聖教教会の言っていた事は大半は嘘なんじゃないか? と白野達は思い始めていた。

 

「でも………それが原因で、アタシの故郷は人間族と内通しているなんて容疑をかけられたんだ………!」

 

 ギリッと歯を食い縛りながら、カトレアは身体を小さく震わせた。

 

「私の恋人だった奴が………いつの間にかフリード様の思想に染まってて、私の事を密告して………! 故郷の村の連中は全員どこだか分からない強制収容所行き! 私も家族や村の連中の命が惜しかったら、忠誠を見せろと言われて、それで………!」

 

 涙すら滲ませ、カトレアは震える声で言った。

 話を聞く限り、今の魔人族達は過剰な民族主義に凝り固まった状態なのだろう。その為に純粋な魔人族ではないカトレアは差別され、とうとうこのオルクス大迷宮へ一人だけで探索しろという命令を下されたのだ。十中八九———帰って来れない事を望まれて。

 

「でも………もう疲れたよ」

 

 大きくため息を吐きながら、カトレアは力無く項垂れた。

 

「………強制収容所にいた母親が亡くなった、って昔の知り合いが報せてくれたんだ。もう何の為にこんな辛い事に耐えていたのか、それすらも分からなくなっちまった………」

 

 光の無くなった目で、カトレアは陰陽刀を持つ雫を見た。

 

「頼むよ………それで一思いに殺っておくれよ。そうすれば、もう苦しまなくて済むから………」

「そんな……でも………」

 

 雫の陰陽刀を持つ手が細かく震えた。いくら殺す覚悟をしていたとはいえ、こんな展開になるとは予想だにしていなかった。香織もまた、どう声を掛けるべきか分からず、雫とカトレアに目線を行ったり来たりさせていた。

 

「———お断りします」

 

 そんな中、白野の声が静かに響いた。

 

「あなたが今まで苦しんでいたのは分かった。でも———だからといって、自殺の手伝いは出来ない」

「あんた………アタシの事なんてどうでもいいだろ? あんた達にとっちゃ、長年に渡って憎んでいた魔人族なんだしさ」

「生憎と俺達は地球———トータスじゃない異世界から来た人間なので。郷に入りては郷に従えというけど、民族の対立にまで従う気は無いと思っているよ」

「異世界? そうか………人間族が勇者を召喚したとか小耳に挟んだけど、あんた達が………」

「それ以前に———あなたは本当は死にたくないんじゃないのか?」

 

 白野の一言に、カトレアは虚をつかれた様に言葉を詰まらせた。

 

「馬鹿な………何を根拠に」

「実のところ、ここ数日はあなたの生命反応をずっと確認していたんだ。ここに立て籠っていた、あなたの反応をね」

 

 言葉の意味が分からず、不思議そうな顔をするカトレアに白野は話を続ける。

 

「確認してから数日………こちらも時間をかけてしまったと思ったけど、あなたの生命反応は途切れる事は無かった。あなたは魔物に囲まれて、逃げ場の無い場所に立て籠っても生きたいと思ったからじゃないか?」

「それは………ただ単に、魔物に喰われて死ぬのだけは御免だと思って………」

「———だとしても。自殺するだけなら、もっと簡単な方法はあった」

 

 白野は無言でカトレアの腰に挿してある短剣を指差す。

 

「あなたは死にたくなかったし、俺はあなたを殺したいとは思わない。せっかくの命だから、ここで捨てるには勿体なくないか?」

「そうだよ! ここで死ぬなんて、駄目だよ!」

 

 香織もまた、白野に同調する様に声を上げた。

 

「私達は望んでいた相手じゃないかもしれないけど………せっかく助けが来たのに、簡単に死ぬなんて言わないで! 貴女に死んで欲しいなんて、私は望んでいない!」

「………まあ、私だって望んで人斬りになりたいとは思わないわよ」

 

 陰陽刀の切先を下げながら、雫も溜息を吐いた。

 

「八重樫の剣は人を活かす剣………絶望している人の介錯に使うものじゃない。貴女を斬ったら、お祖父様に顔向け出来なくなりそうだから止めとくわ」

「あんた達………じゃあ、どうしろというんだい? 恋人に裏切られて、家族も居なくなって、国には居場所もない私はどうしたら………」

「………俺達を手伝ってくれないか?」

 

 え? とカトレアだけでなく、雫と香織も声を上げた。

 白野はカトレアに真剣な眼差しを向ける。

 

「俺達の友達が、この迷宮の何処かにいる筈なんだ。それを探す手伝いをして欲しいんだ」

「あ………そうだ、カトレアさん! 南雲くん………人間族の男の子を見ませんでしたか!? 黒い髪で、背はこのくらいで———」

「ちょっ、ちょっと待っておくれよ………あんた達、私を連れて行こうと言うのかい? 魔人族である、私を?」

 

 カトレアはまるで珍奇な生物を見る様な目で、白野を見た。トータスの常識からすれば、魔人族に情けをかけようとする人間族など有り得ないと思ったのだろう。しかし、白野は迷う様子も無く首を縦に振った。

 

「こうして出会ったのも何かの縁だと思う。あなたは本当は死にたくないし、俺達は殺したいと思わない。そしてここで見捨てたら、あなたは餓死する事になるから、やっぱり寝覚めが悪くなる。そうなると、一緒に来て貰うしか無いよな?」

「いや……でも………」

「それに俺達はこれから出口には向かわないで、さらに迷宮の奥へと行く事になるから、強力な魔物がウヨウヨといる場所に行く事になる。本当にどうしても死にたいというなら、俺達について行った方が死ぬ確率は高くなるかもしれないぞ?」

「ちょっと、縁起でも無い事を言わないでよ。私達が自殺志願者みたいに聞こえるじゃない」

 

 雫がジト目で白野を睨むのを見ながら、カトレアは黙ってしまった。

 改めてカトレアは周りにいる人間達を見る。

 香織は初対面である筈なのに、真剣に自分の身を案じている事が分かった。今もついて来て欲しい、と目で訴えてくる。

 雫は警戒しながらも、彼等に反対する様子は無かった。今も剣を持ったままだが、カトレアに斬り掛かる様な素振りは全く見えない。

 白野は———この中で、カトレアは一番分からなかった。側から見ればお人好しな少年の筈なのに、この中では一番冷静にカトレアを観察している様な気がしていた。餌をチラつかせて交渉に持ち込んでいる様に思えたが、どう考えても彼に自分を助けるメリットがある様には思えなかった。

 

(一体、何なのさ。こいつは………? もしかして、こいつが人間族の勇者だったりするのかい?)

 

 魔人族の軍人として色々な人間を見てきたが、白野はその中のどれにも当て嵌まらない気がしていた。

 

「それで………どうする?」

「………ああ、もう。分かったよ、どうせあたしには帰る場所なんて無いんだしさ」

 

 気付いたらカトレアは頷いていた。自棄っぱちの様にブツクサ言いながら、差し出された手を取った。

 

「あんた達に協力するよ。その南雲とかいう人間を探すのを手伝ってやろうじゃないか」

「うん、ありがとう」

 

 あっさりと頷いて握手する白野を見て、カトレアはますます変な人間だ、と思っていた。

 

「じゃあ、その………カトレアさん、でいいのよね? 私達が来る前に、同じ歳くらいの人間の男の子を見ませんでしたか?」

「いや………浅い層はともかく、ここ一週間くらいはこの階層で寝泊まりしていたけど、あんた達以外に人間に会った覚えは無いよ」

 

 カトレアの返答に香織の表情が暗くなっていく。これでハジメ探索は振り出しに戻ってしまったのだから、当然といえば当然だ。

 

「香織、まだ諦めるのは早い」

「白野くん……でも………」

「ここに来るまでの間、それまでの階層もかなり細かく調べたけど、遺留品の一つも見つからなかったんだ。さすがに魔物だって、服や装備品まで食べるほど悪食では無い筈だ。むしろここまで見つからないなら、南雲はまだ奥にいる可能性の方が高い」

「………うん、そうだね」

 

 決して諦めようとしない白野を見て、香織は少しだけ元気になった様だ。それを見ながら、白野はコードキャストを起動させる。

 

(第八九階層の生命反応が南雲だと思っていたから、それより下の階層のマップは作っていなかった。前よりも下へと移動したから、今なら更に下層のマップも表示される筈………)

 

 もしも、これで人間の生命反応を拾えなかったら………そんな不安を押し殺し、白野は再び“code:view_map”を使う。初めて見るコードキャストにカトレアが驚く声が聞こえたが、白野は気に留めずに意識を集中させた。

 

(頼む……南雲………!)

 

 そして———祈りが通じた様に、白野のマップに新たな生命反応が現れた。

 

「———! 生命反応あり! ここより更に下の階層だ!」

「本当!? 今度こそ、南雲くんだよね!?」

「ああ、きっとな。でも———」

 

 新たな希望に光を見出した香織に対して、白野はマップを見ながら首を傾げた。それを見て雫は懸念する様な顔になる。

 

「白野? 何か………問題でもあったの?」

「なあ、雫。オルクス大迷宮は………全部で百層という話だったよな?」

「え? 確かメルドさんは、そう言っていたけど………」

 

「それなのに———百層目より下に、更に階層があるんだ。そこに生命反応がある」

 




>香織

 無理をして修行した分、英霊の力を雫より上手く使いこなしていました。

>カトレア

 予想していた人もいたけど、魔人族の正体は彼女でした。魔人族は原作でも扱いが不憫だったので、この小説ではその辺りを変える為に主人公側に魔人族のキャラを追加しました。

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