本来ならオルクス迷宮編が終わった時に書こうと思った展開だけど、別にいま書いても問題無いなと判断しました。
大陸の南北を遮る様に広がるハルツィナ樹海———そこにフェアベルゲンという亜人族の国がある。亜人族はトータスにおいて生まれながらにして魔力を持たない為に、『神の奇跡である魔法を使えない劣等種』として人間族や魔人族から差別されていた。彼等が両種族から逃れる様に霧深い樹海の中で隠れ潜む様に暮らす様になったのも、無理からぬ事であった。
だが、そこで全ての亜人族達が虐げられている者同士で協力しながら生きているかというと———残念ながら否であった。フェアベルゲンが閉鎖的な環境である為か、亜人族達は各々の一族ごとに纏まり、自分達より弱い部族に対しては威丈高に出るなど亜人族達の中でも上下関係が生まれていたのだ。
その中でもハウリア族と呼ばれる兎人族達は、亜人族達の中で最下位に位置していた。熊人族や虎人族の様に力強い筋力は無く、一族の気質として争い事を好まない臆病な者が多い事もあり、他の亜人族達から見下されていたのだ。それでもフェアベルゲンの中で生きていけるだけマシではあっただろう。しかし———つい最近、ハウリア族はフェアベルゲンから追放されてしまった。
切っ掛けはハウリア族の中で亜人族でありながら『魔力操作』の技能を持った少女が生まれた事だ。亜人族の中で魔力を持って生まれた赤子は“忌み子”として速やかに間引くのが掟だった。魔力を持たない亜人族の中で魔法を使える者が部族に出れば、その一族が力に溺れて暴走した時に他の亜人族達には止められないからとされている———実際は権力に固執した長老会の一部が作った建前なわけだが。
ところが、赤子を殺す事が偲びなかったハウリア族はその赤子を他の部族達から隠して育てていたのだ。十数年間に渡って赤子———シア・ハウリアはハウリア族の皆から家族同然に育てられ、とうとうシアの存在がフェアベルゲンの長老会に露見してしまった時も、家族が処断されるくらいならとハウリア族達は皆でフェアベルゲンから出て行く事を決意したのだ。
これに対してフェアベルゲンの長老会は掟を破ったハウリア族に怒りを抱いたものの、特に追っ手を差し向けたりはしなかった。
ハウリア族など亜人族の中で最弱の部族。フェアベルゲンから出て行ったなら、魔物や奴隷狩りをしている人間達によってすぐに死ぬだろう。よって、自分達が手を下すまでもないというのが長老会全体の見解だった。
そして———その見解は大きく裏切られた。
***
「ハァ……ハァ……!」
樹海の中を一人の人間族の男が走る。その男は庶民では相当な無理をしないと購入できないであろう立派な鎧を身に纏っていた。それもその筈、彼が着ている鎧に刻まれている紋章はヘルシャー帝国の正規軍を示す物———彼は“元”・ヘルシャー帝国の騎士だった。
「ハァ……ハァ、ぐっ……!」
ほんの先週、ヘルシャー帝国の首都は魔人族達によって殲滅された。男が率いる隊は偶然首都から離れて任務を行っていた為に災厄から免れていたのだが、首都が皇帝もろとも滅んでしまった事実は変わらない。まだ無事な街や村はあるものの、事実上で帝国は滅亡したのだ。しかも運が悪い事に彼の実家は首都にあり、もはや帰る場所すら無くした彼は亡国の騎士となっていた。
実家の家族が魔人族によって滅ぼされた事に怒りなどない。元々、皇帝直属の近衛騎士となった兄ばかりを褒め称えて自分を冷遇した両親達など、むしろ消えてせいせいしたと思っているくらいだ。
だが、国もろとも自分の家や仕事が無くなってしまった事は問題だった。そうして彼は食い扶持を稼ぐ為に、部下達と共に奴隷狩りをする事にしたのだ。元々、ヘルシャー帝国は樹海からたまに出て来る亜人族を捕まえて奴隷として売り飛ばす事を頻繁にやっており、亜人族の奴隷は貴族や金持ちの好事家に高く売れるのだ。噂ではハイリヒ王国でも亜人族を闇オークションにかけている場所があると聞く。
そして亜人族を探して樹海の中をウロウロしていた彼等だったが———とうとう兎人族の少女を見つけたのだ。兎人族は愛玩奴隷として帝国では人気が高く、ましてその少女は亜人族では珍しい水色がかった銀髪だった。
あれは高く売れる。そう確信した男は、部下達と共に銀髪の兎人族を追った。兎人族の少女が走る度に露出の多い服で纏った豊かな胸は遠目でも分かるくらい揺れる。
あれ程の身体ならば必ずや通常の倍、いや三倍の値段で売れる。なんならあれをどこぞの領主に差し出し、その領主の騎士として再び返り咲くだって可能だ。いや、いっそあの奴隷を売って得た資金を元手に貴族の地位を買って財産を築いても良い。
そう考える男の表情は凶悪そのもので、部下達もまた同じ様な下卑た笑みを浮かべていた。彼等は捕まえた時に
「ハァ、ハァ……! ヒィッ……!」
だが———どこで歯車が狂ったのだろうか? 兎人族の少女を追う内に部下が一人、また一人と姿を消したのだ。異変に気付いた時にはもう手遅れだった。木々の間に見えない様にツヤ消しされた
「どうして……どうして私が、こんな目に……!」
相手は亜人族の中でも最弱の兎人族の筈だ。亜人族など帝国では奴隷として酷使するのが当然だった筈だ。それなのにどうして自分は逃げ回っているのか? こんな罠だらけの樹海の中を延々と彷徨う羽目になっているのは………何かの間違いの筈だ!
———ガサッ。
「ひっ! だ、誰だ!? 出て来いっ!!」
不意に聞こえた葉擦れの音に、男は剣を抜いて辺りをキョロキョロと見回す。しかし、辺りを見回しても誰もいない。あるのは日の光も遮られる程に生い茂った木々ばかりだ。
「わ、私は元・ヘルシャー帝国の騎士だぞ! 騎士の誇りにかけて、正々堂々とした一騎打ちを所望する!!」
先程まで奴隷商に身を窶そうとしている事を棚に上げて、男はすぐ側にいるだろう相手に声を張り上げた。姿こそ見えないが、こちらを窺っている気配だけは否応なしに感じていた。
「こ、この様な卑怯な手段など畜生にも劣る行為だ! 貴様にも人間としての矜持が僅かでもあるなら、姿を表して堂々とたたか———ギャッ!?」
目を血走らせながら周りを忙しなく見回していた男だが、唐突に肩に走った痛みに悲鳴を上げた。見れば、肩に一本の矢が突き刺さっていた。
「ひ、卑怯者めっ! 騎士たる私の言葉を無視して矢を射るな、どっ………!?」
矢を引き抜こうとした男だが、唐突に身体が崩れ落ちる。矢が刺さった所を中心に、まるで毒が回る様に男の身体が痺れて立つ事すら難しくなったのだ。
『———卑怯で結構。誇りで敵が倒れてくれるなら、そりゃあ最強だ』
唐突に男に向かって声がかけられる。男は動かなくなっていく身体に鞭打って、なんとか声の方向に目を向ける。しかし、木々に邪魔されて声の出処が掴めなかった。
『でも悪いね、俺はキッチリと毒を盛って殺すリアリストなんでね。何より年端もいかない女の子を大勢で追い回していたアンタ等には言われたくないわ、マジで』
毒で霞がかっていく視界の中、それでも男はどうにか声の主を探そうとする。
そして———ようやくその人物を見つけた。
生い茂る木々———その中にあるイチイの木の枝の上。森に溶け込む様な緑の外套を羽織り、フードを目深く被った若い男の姿を。
「アンタも騎士様ならさあ、騎士道とやらに恥じない行動をすべきじゃねえの?」
嘲りと———どこか失望感を感じさせる声を響かせ、フードの男は弓を構える。
次の瞬間。元・騎士の男は眉間を撃ち抜かれて絶命した。
***
「終わりましたぜ、お嬢」
騎士の死体を担ぎ、樹海の広場に戻ったフードの男は先に来ていた兎人族の少女に声を掛けた。
「あ、ありがとうございます………」
「家族を守る為とはいえ、こんな作戦はこれっきりにして下さいや。いくらなんでもお嬢を囮にするなんて、気が気でいけねえんでね」
「あははは……大丈夫ですって。捕まる未来は
どうだか、とフードの男は溜息を吐く。兎人族の少女———シアの未来視に対して、彼はそれほど絶対的だと思っていなかった。
ひとまず、フードの男は死体を地面に下ろす。広場にはシアの他にも彼女の一族である兎人族達と———騎士の部下だった男達の死体があった。
「………これで全員なのですか?」
シアの父、カム・ハウリアがフードの男に問い掛ける。彼を含めて兎人族達は皆一様に顔をわざと泥で汚していたり、フードの男を真似て緑の装束を身に纏っていた。それ等がちょっとした森林迷彩になっており、樹海の中に紛れたら見つけるのに一苦労するだろう。ここに並んでいる死体の何人かは、彼等が樹海で隠れ潜みながら殺した者も含まれていた。
「ああ、これでアンタ等やお嬢を狙っていた奴等は全滅した筈だぜ」
「そうですか………しかしながら、我々を狙っていたとは気の毒な事をした」
「そりゃあ甘過ぎだ。こいつ等はお嬢達をとっ捕まえて売り飛ばしに来た悪党なんだ。悪意を持って襲ってくる連中相手に、捕まえてお説教してハイお終い、ってならんでしょうよ」
「いえ………分かっておりますとも」
「父様………」
どこか遣り切れなさを感じる父親に、シアは悲しそうに顔を歪ませた。争いが嫌いな兎人族だからこそ、自分達に襲い掛かった敵とはいえ命を殺める事に抵抗感がある筈だ。そんな父親達が自分の為に安全なフェアベルゲンを離れ、敵とはいえ人殺しをする羽目になった事にシアは罪の意識を抱いた。
「………大丈夫だ、シア」
そんな娘の自責の念を感じ取ったのか、カムは安心させる様に微笑む。
「我々は家族だ。家族を守る為に、時には心を鬼にして戦わねばならない。それだけの事なんだ」
「父様……でも………」
「それに悪い事ばかりじゃないさ。アサシンさんのお陰で、フェアベルゲンを出てから誰も死んでないんだ。我々がフェアベルゲンの外でも生きられる術を教えてくれたのもアサシンさん……そして彼を連れて来てくれたお前のお陰だよ」
「その通りだ」、「そうだよ、シアちゃん」、「元気出して、シアお姉ちゃん」と周りの兎人族達も頷く。
兎人族は亜人族の中で最弱の部族だ。最弱だからこそ———身を寄せ合い、一族全体が家族の様に助け合う事を信条としていた。安全なフェアベルゲンを出て行く事になった事に、シアに対して不満を言う者など皆無だった。
「みんな………ありがとうですぅ」
「さて、暗い話はこれまでだ! 彼等から必要な道具を頂くとしよう。その後に、しっかりと弔いをしてあげるんだ!」
空気を変える様に、カムは手を叩きながら号令を出す。ハウリア族達は一斉に動き出し、騎士達の死体から武器や装備など使えそうな物を次々と外していく。死体から剥ぎ取るという行為に罪悪感を顔に浮かべる者もいたが、手付きは淀みなく動いていた。
「………誰だよ、こいつ等が最弱とか言った奴」
手近な木に寄り掛かりながら、フードの男はボヤいた。
彼が来た当初、兎人族達は虫も殺せない程に気弱な者が多かったのは確かだ。
そんな事でなこの先に生き残れないと思ったフードの男は生前に培った技術———森に隠れながら戦う方法や罠の仕掛け方などを伝授する事にしたのだ。
当初は人殺しの技術に忌避感を覚えていた兎人族だったが、自分達の家族を守る為にはやるしかないと皆が一念発起した。震えそうになる手を精一杯抑え、魔物や奴隷狩りに来る人間達を何度も相手にしてきた結果、今やフードの男から見ても立派な森の狩人となっていた。その順応性の高さに、兎人族を最弱だと言った奴は目がおかしかったんじゃないか? と思い始めていた。
「ありがとうですぅ………アサシンさん」
フードの男の側にいつの間にかシアが近寄っていた。
「アサシンさんのお陰で、私も含めて皆が今日まで生きて来られました」
「そんな大袈裟に思う事ないんですがねえ………こちとらマスター無しに彷徨っていた所をお嬢に拾われた身なんでね。ギブアンドテイク、ってやつですよ」
「でも、やっぱりアサシンさんがいたからですぅ。やっぱり、私が視た未来の通り、貴方は私にとっての英雄なんです!」
一切の邪念もなく、シアはフードの男に向かってそう言った。その瞳は恩人に対する感謝と同時に、淡く熱い感情が見え隠れしていた。
「………英雄ねえ。森に隠れるのが上手いだけのコソ泥に、ちょっと持ち上げ過ぎだと思いますがねえ?」
フードの男は皮肉気に笑いながら、熱く見つめるシアに対してやれやれと天を仰いだ。
「ま、しがない盗賊崩れですがね。現界に貰っている魔力の分はきっちり働きますぜ。
「はい! これからよろしくですぅ!」
嬉しそうにウサ耳をパタパタさせるシアを見ながら、シャーウッドの森の義賊———異世界の地で
同年代の少女よりたわわに育ったシアの胸元には———刺青の様な三画の紋様が刻まれていた。
そんなわけでシアの所にロビンがいますよー、というだけのお話でした。そして何だかんだと面倒見の良いロビンさんのお陰で、本編ではハジメによって鍛えれたハウリア族が一足早くベトコン化してますよ、って話です。
ロビンについてはアサシンになったからと特別に宝具が変わるわけでもなく……というかアサシン用の宝具を作るのが面倒くさい(笑)
今になって思うと、シアがアサシンのサーヴァントと組むなら李老師とか、英霊化した切嗣でも良かったかなーと思わなくもないです。