……でもやっぱりパンチが足りないよなぁ(ボソッ)
今回、もしかしたら後日に「月の聖杯戦争の回想」をまた入れるかもしれません。本当はそっちが書き上がってからの方が良いのだけど、自分の執筆リズムを崩さない為にも今の内に投稿したかったので。
「ヘルシャー帝国が落ちただと……!?」
ハイリヒ王国城内の会議場。国王エリヒドを中心とした重臣達は早馬を飛ばして齎された情報に激震が走った。
「は、はっ! ヘルシャー帝国皇帝ガハルド陛下ならびにバイアス第一皇子は戦死! その他の皇族の方々は行方が分からず生死不明!
「なんという事だ………」
「ガハルド陛下が……トレイシー……」
エリヒド王は力なく呟いた。その横で娘であるリリアーナが親交のあった帝国皇女・トレイシーの身を案じていたが、重臣達の耳には入らなかった。
「兵士どころか女子供すら皆殺しにするとは、まさに悪魔の所業だ! エヒト神の名に掛けて、奴等をこれ以上のさばらせるなど、あってはならない事だ!」
「だが、どうする? 帝国は軍事力で言えば我が国以上だったのだぞ。“英雄"の天職を持ったガハルド陛下ですら討ち取られるとは……」
「そもそも魔人族達はどうやって我が国やヘルシャー帝国に入り込んだのだ!? ましてや帝国を滅ぼせる程の大軍ならば目立つ筈だぞ! 国境警備兵達は昼寝でもしていたというのか!?」
「そ、それが……ヘルシャー帝国において確認されたのは小隊程度の魔人族で、その……奴等に味方をしていた見た事の無い衣服の人間二人に、帝国軍は皆殺しにされたと……」
「馬鹿な! そんな事がある筈がありません! それこそ敵の欺瞞作戦です!」
会議場にいる王国の重臣達は一斉に喋り出す。今までの様な村や都市が滅んだのとはわけが違うのだ。歴史は王国に圧倒的に劣っていても、トータスの人間族の中で最大の軍事力を誇っていた帝国の滅亡は、彼等を混乱の坩堝に叩き落とすには十分過ぎたのだ。
「静まれ! 皆、静まるのだ!」
紛糾する会議場にエリヒド王の声が響く。
「皆、ヘルシャー帝国の滅亡に混乱しているのは分かる。余も悪夢を見ているのではないか、と自らの頭を疑うくらいである。だが、我等はエヒト様より先祖代々からお預かりしている地を守らねばならぬ」
エリヒド王の重苦しい声に重臣達は口を閉じた。静まり返った会議場に向けて、エリヒド王は言葉を発する。
「ここで国を導く我等が取り乱して如何とする。まずは魔人族の侵攻に備えて、軍備を整える事が先決であろう」
「は、はっ! 失礼致しました! しかし……我等に勝ち目はあるのでしょうか? “英雄"の天職を授かっていたガハルド陛下すら倒した者達に……?」
「むぅ………」
誰もが不安そうな表情で見てきて、エリヒドは唸り声を上げる。そこへ———。
「ご心配には及びませぬ」
ガチャリ、と扉を開ける音と共に、聖教教会の最高指導者である大司教・イシュタルが神殿騎士を伴って会議場に入って来た。
「こ、これはイシュタル猊下!」
重臣達は慌てて席を立ち、イシュタルに対して礼をする。エリヒドもまた同じ様にイシュタルに敬意を示し、リリアーナは複雑そうな表情を一瞬だけ浮かべながらも父王に倣った。
イシュタルは「楽にしてよい」という様に手を振ると、会議場の者達はようやく席に座り直した。
「我々にはエヒト神が異界の地より遣わした“神の使徒"様方がいらっしゃるではありませぬか。しかも、その内のお一人は“勇者"の天職を授かったとか。彼等がいらっしゃる限り、魔人族など恐るるに足りませぬ」
「おお、そうだ! 我等には勇者様がいた!」
「勇者様ならば残虐な魔人族達など殲滅して下さる筈だ!」
イシュタルの言葉に重臣達は希望を見出した様に一斉に騒ぎ出す。
本来ならば、大の大人達が二十歳にも満たない少年達に国の命運を託そうとするなど、正気の沙汰では無いだろう。
しかし、ハイリヒ王国では———エヒト神を信仰する聖教教会の影響力が強いこの国では“エヒト神が召喚した勇者”というのは効果が絶大だった。
“勇者様ならば我々の危機も救える”、“勇者様ならば邪悪な魔人族達に鉄鎚を下せる”。
まさに救いを求める信徒の様に、重臣達は異世界から来た少年達に縋っていた。
「今こそ、勇者様の下に我々人間族は一致団結する時なのです。つきましては———勇者様を旗頭にして、“聖戦遠征軍”を結成すべきでしょう」
おお! と重臣達は色めき立った。
“聖戦遠征軍”。
それは聖教教会の号令で招集され、“エヒト神に唾を吐く異端者達に神威を思い知らせる”事を目的とした大規模な軍勢だった。
過去に何度か結成された事はあったが、魔人族の予想以上の激しい抵抗で戦況が泥沼化したり、戦争期間が長くなって戦費の維持が難しくなった等の理由で解散に追い込まれていた。
しかし、今回は今までとは違う。こちらには“勇者”達がいるのだ。我々は今度こそ邪悪な魔人族達を討ち滅ぼし、人間族は平定した世を取り戻せるのだ、と誰もが期待していた。
「国王陛下、今こそ聖戦の発令を。エヒト神が遣わした勇者様の御旗の下に軍を集め、邪悪なる魔人族とその手先達を討ち滅ぼす時が来たのです!」
「う、うむ……しかし……」
「お待ち下さい!」
イシュタルの宣言に苦い表情になるエリヒドに代わって、リリアーナが声を上げる。
「おや? 如何されましたかな、リリアーナ王女。よもやエヒト神の御意志に異論を唱えられると?」
「いいえ、イシュタル猊下。魔人族の侵攻は今もこの国で起きている事。我が国を守る為に軍を発足する事に異論などありません」
“聖戦”の発令をさらりとエヒト神の意志と置き換えて脅しをかける様なイシュタルだが、リリアーナは一歩も退く姿勢を見せなかった。
「ですが、光輝様達はまだこの国に来てから一週間しか経っておりません。まだレベルも低く、いま無理に魔人族達との戦争に駆り出しても勝利を掴めないのでは無いですか?」
「しかし、エヒト神の御加護を受けた勇者様方ならば、必ずや魔人族達を討ち滅ぼせ———」
「ならばこそ。万全を期すべきでは無いのですか?」
イシュタルの言葉を被せる様にリリアーナは先に述べる。
「ここで万が一、光輝様達が命を落とす事があれば、我々は最後の希望すら失う事になります。そうなれば国民達の不安と混乱は大きくなり、聖教遠征軍の維持すら難しくなるでしょう。当然ながら、そんな状態で魔人族達の侵攻を防ぐなど夢のまた夢の話です。あの時にああしていれば……そんな台詞を言わなくて済む様に、まずは光輝様達のレベルアップに務めるべきでは無いでしょうか?」
リリアーナの意見に冷静さを取り戻し、重臣達は「う、うむ。確かに……」、「王女様の仰る通りです」などと言い出す。そんな彼等を見て、イシュタルが一瞬だけ舌打ちしそうな顔になったのをリリアーナは見逃さなかった。
(焦っておられるのですね? イシュタル猊下……)
聖教教会・大司教イシュタル・ランゴバルド。
この国どころか人間族の宗教組織の頂点に立ち、発言の影響力は国王すら上回ると言われるイシュタルだが、彼にもアキレス腱があった。
現在の教会組織では活発となった魔人族の侵攻に対して、高齢なイシュタルよりも若くて力強い教会のリーダーが求められる様になり、大司教の選挙会議を求める声が上がっているそうだ。
それ以前にもイシュタルは大司教の座に就く為に、自分の対立候補になりそうだったシモン・リベラールを辺境の地に追いやったなどと黒い噂が絶えず、そういった理由から彼の味方となる者も多くはない。今、大司教の選挙会議が行われれば、イシュタルは間違いなく失脚するだろう。
今回、エヒト神から神託が下ったというのは彼にとってまさしく福音だったのだろう。他人を蹴落としまで手に入れた大司教の座を手放してなるものか、と異世界の若者達を出汁にして自分の名声を高めようという狙いがリリアーナには看破できていた。
(彼等は……雫達は、貴方の権力を守る為の道具ではありませんわ)
この国に来てから短い間ではあるが、新たな友人となったポニーテールの少女達の事を思い、リリアーナは彼等が十分な力も無いまま戦場に出される事を避けたかった。だからこそ、代案を用意する。
「国王陛下。勇者とお仲間の皆様のレベルはまだ低く、また聖戦遠征軍に結成するにも少し時間が掛かります。よって———私は彼等にオルクス迷宮で訓練してもらう事を提案いたします」
王都近郊のホルアドの町にあり、王国の冒険者達がこぞって行っているダンジョン。それがオルクス迷宮だった。下の階層に降りて行く程、魔物の強さは増していくが、浅い階層では駆け出しの冒険者でも何とかなる様な魔物しか出てこない為、王国の兵士達も訓練所として使用している程だ。
「うむ……確かにな。今はそれが一番良い選択であろう」
娘の進言に、エリヒドはゆっくりと頷いた。それを見て、重臣達もそれで決定したとばかりに居住まいを正す。唯一、イシュタルだけが何かを言いたそうにしていたが、リリアーナの提案は筋が通っている為に反論できず、押し黙る他無かった。
「かの勇者達……天之河光輝と、その仲間達には明日よりオルクス迷宮で訓練してもらうものとする。その間、我等は魔人族との戦に備えて軍備を整えるのだ」
***
それから三日後。
白野達はメルドに連れられ、オルクス迷宮の入り口に来ていた。白野の周りでは、王宮の宝物庫にあった国宝級の装備の数々を身に付けたクラスメイト達もいた。剣や杖、鎧やローブなどを装備した彼等は自分がファンタジーRPGのキャラクターになった様に興奮しており、何処か浮かれた空気が漂っていた。
そんな中、白野だけは落ち着いた様子で自分の装備品を調べていた。
「白野」
声を掛けられ、振り向くと雫が立っていた。
彼女はタイトなズボンに、ノースリーブのシャツという防御よりも動き易さを重視した服装で、腰にはシャムシールの様な刀身が湾曲した剣を帯びていた。
「いよいよね……緊張してない?」
「俺は大丈夫。雫は?」
「私? 私はもちろん、全然平気よ。切った張ったなんて、ある意味いつもの稽古でも慣れてるわよ」
そう言って微笑む雫だが、その手が細かく震えているのを白野は見逃さなかった。今日、初めて魔物と戦う———すなわち、命のやり取りをするのだ。他のクラスメイト達はまだその意味を理解出来てない者が大半だが、雫は剣道を通して祖父から真剣勝負の大切さを教わっており、自分の剣がいずれ人を殺さなくてはならなくなるという事に恐怖していた。白野に声を掛けたのも、自分の緊張感を和らげようとしているからだろう。
「……大丈夫」
あえて白野はその言葉を繰り返した。
「雫が手に負えない事は俺が力を貸す。雫に出来ない事は俺が力を貸す。だから、一人で抱え込まないで大丈夫だ」
「……ふぅ。白野にはお見通しだったというわけね」
「家族だからね。当然だよ、お姉ちゃん」
あえて昔の呼び名で呼ぶと、雫は恥ずかしそうに顔を背けた。それでも少しは緊張感が和らいだ様だった。
「それにしても……人の事は言えないけど、あなたも随分と軽装よね?」
そう指摘され、白野は自分の服をまじまじと見つめる。白野の装備はカーキ色のズボンに、腰には様々な道具袋。そして黒いボディプレートという、“神の使徒”にしてはかなり地味な服装だった。冒険者、あるいは探検家と言われた方がしっくりと来るだろう。
「う〜ん……でも剣とか結局はかっらきしだったから、鎧とか身に着けても邪魔になるだけだったし……魔法は使えたけど、だからといって魔法使いのローブとかより、こっちの方がしっくりと来るというか……」
「前々から思うけど、白野の服のセンスって本当に地味よね。今回は別にいいけど、年頃の男の子なんだからもう少しオシャレに気遣ってみたら?」
「うぐっ……こ、これでもインナーとか結構オシャレしてるつもりだけど………」
「……それって、前に洗濯の時に見たニコちゃんマークのTシャツの事?」
小さく頷く弟分を見て、雫は少しだけ遠い目をして悩む。
そういう見えない部分でワンポイントを出そうとするから地味なのよ、と伝えて良いものだろうか?
「雫ちゃん! 白野くん!」
そんな二人にパタパタと香織が駆け寄ってきた。彼女は水色を基調とした法衣を身に付け、天職である“治癒師”に合った服装だった。
「いよいよだね! 一緒に頑張ろうね!」
「うん、そうだね。それにしても香織、随分と元気そうだったけど何かあった?」
「ふふ、内緒だよ♪ でも昨日の夜、ちょっといい事があったの!」
どこか照れながらも機嫌の良い香織に首を傾げていると、雫が耳打ちにする様に小声で囁いてきた。
「香織、昨夜にこっそりと南雲君の部屋に行ったのよ」
「………なんと」
白野も驚いて、そう呟いてしまう。香織がハジメに対して好意を持ってる事は雫から聞いていたが、まさかそこまで大胆な行動に出ていたとは。
(まあ、制服から南雲の通っていた中学を特定したと聞いた時よりはマシ……か? あの時はさすがに友人をストーカー容疑で通報したくなかったしなぁ)
そんな事をしみじみと思いながら、後方にいるハジメに目を向けると、ちょうどハジメと目が合った。そこで白野は少しだけからかって、ハジメを見ながら香織を少しだけ指差す。ハジメは真っ赤な顔で、バッと明後日の方向を向いてしまった。それを近くにいたクラスメイトは「何だコイツ?」と言いたげな目線を向けていた。
(ふふふ、照れてる照れてる……ん? あれは……)
ハジメを見ていた白野だが、そこでふと違和感に気付いた。それは自分が配置されている前線寄りの地点。そこで隊列の最後方にいるハジメをわざわざ見ている人間がいた。
(あれは……檜山?)
それはクラス内では不良グループで知れ渡っており、いつも教室でハジメに絡んでは、香織がすぐ近くに寄ると誤魔化す様な愛想笑いを浮かべる檜山大介だった。
彼は憎々しげな表情でハジメを睨んでおり、その瞳に暗い光がある事に白野は気付いていた。
(何だ? いつもの様子にしては、何かおかしい……?)
この時、白野は何故か彼がハジメに向けている感情が分かってしまった。それは、ついこの間まで平和な学生だった自分達には決して出せない感情であり———そして、それを感知できてしまう事に白野自身も戸惑っていた。
(殺意……? どうしてそんなものを檜山が抱いているなんて、俺は分かるんだ?)
気のせいだ、と思おうとした。しかし、どうしても頭の中の警鐘を消す事は出来ない。白野は周りのクラスメイト達と別の意味で緊張感を覚えながら、オルクス迷宮の入り口はゆっくりと開かれていった———。
>聖戦遠征軍
オバロクロスを読んでくれている方なら、既に知っているであろうオリジナル設定。ここでもやっちゃいました。実際、トータスでも十字軍運動みたいに過去に大規模な遠征をやろうとしたとは思うんですよね。黒幕的にも戦争を煽れるから丁度良いだろうし。
この作品の場合、イシュタルが自分の権力に執着するクズとなったので光輝を旗頭にやろうとしていました。というか原作でも「エヒトの狂信者で愛子に教会ごと吹き飛ばされた人」ぐらいの印象しかないから、こういうキャラ付けをしたくなっちゃうんですよ……。
>白野の現在の格好
イメージ的にはエクステラリンクの探検服。あれに上半身に軽装鎧を着せた感じ。まあ、さすがに学生服でダンジョンに行かせるのはね……。