———ザシュッ。
炎を模った歪な大剣が、男の胸を貫いた。
「かはっ……ぐっ……!!」
ガードの為に構えていた白黒の双剣は大剣の前に砕かれ、男は吐き出しそうになった血反吐をどうにか呑み込んだ。
「……勝負、あったな」
真紅の舞踏衣装を纏った剣士は静かに呟く。いつもは薔薇が咲き誇る様な笑顔を絶やさない彼女も、この時ばかりは厳かな雰囲気だった。彼女が剣を引き抜き、男が膝をつくと同時に周りの景色が———無限の剣が突き刺さった荒野の光景が急速に薄れていく。そして———。
『ジリリリリリリリリリリッ!!』
けたたましい電子音と共に、真紅の剣士と男を隔てる様に半透明な赤い壁が迫り上がった。赤い壁は男と———その背後にいた少女を取り囲む様に迫り上がり、彼等は完全に壁が作った檻の中に閉じ込められた。
『勝者:■■■■。おめでとうございます』
辺りにアナウンサーの時報の様に無機質な電子音声が鳴り響く。
『■■戦争の規定に則り———敗者の
そして———男達の身体が、ボロボロと崩れ始めた。
「………っ!」
男達の身体が黒いノイズに侵されながら崩れる姿を見て、真紅の剣士の背後にいた少年が堪らない様に彼等を隔てる壁に駆け寄った。その表情は目の前の光景に涙が出そうになりながら———しかし、その結果を決して拒絶しないという様に目を背けなかった。
そんな少年に———男の背後にいた少女が、崩れそうな身体になりながらも歩み寄る。
「………俺は」
何を言うべきか。勝者となり、目の前の少女を結果的に死の運命を下した少年は、俯きながらも何か言葉にしようとした。
それを少女は小さく首を振る。
「———貴方は、悪くない」
少年は顔を上げる。そこには性別だけを反転させた様な、自分とそっくりな少女がいた。
「お互いに、生き残ろうと必死だった。ここで歩みを止めたくないと思っていた。その想いが……貴方の方が、ほんの少し上だった。ただ、それだけ」
「………ああ」
少女の言葉に、少年は頷いた。そして彼女もまた、自分と同じ想いでここまで戦って来たのだと知った。
少年はそっと、少女を隔てる壁に触れる。少女も同じ様に、そっと壁に触れた。
壁に阻まれながら、お互いの手と手が重なり合う。
「………さようなら、俺の半分」
静かに涙を流しながら、少年は別れを告げる。
「………どうか元気で。私の半分」
少女も涙を流しながら、別れを告げた。
そうして、お互いの半身に別れを告げ———少女は、自らの従者に振り返った。
「■■■■■……ごめん。私がもう少しマトモなマスターなら、こんな事には……」
「……謝る必要などないさ」
それまで黙っていた男が、少女の謝罪に首を振った。
「サー■ァントは、マスターを勝利させるもの。それが出来なかったのは、私の不徳の致す所だ。君こそ、こんな紛い物の英霊でここまでよく戦ってこれた。それだけは、誰にも否定できない君自身の足跡だ」
———彼は他の英霊の様に、人類史に偉大な功績を残した英霊ではなかった。
「正義の味方」という概念が、人のカタチを得た存在。
人々に認められなかった、名も無き無銘の英霊。それが彼だ。
世界一周を成し遂げた大海賊、史上最大の帝国を築き上げた王などの英霊に比べれば圧倒的に劣る存在であり、そんな彼を従者にして■■戦争で決勝戦まで駆け抜けた少女の軌跡こそが偉大だと男は語る。
だが、少女はやはり首を振る。
「そんな事はない。私がここまで来れたのは……あの選定の場で、■■■■■が手を取ってくれたから。決勝戦が終わっても身体が保つかどうかも怪しい私を見捨てずに、ここまでついて来てくれたから」
だから————もはやノイズに侵され、半分しか見えなくなった顔で、少女は精一杯の微笑みを見せた。
「———ありがとう。私の、正義の味方」
崩れ去る。
少女の身体が全てノイズに侵され、霊子の塵となって消え去った。
それを最後まで見つめ、自身の崩壊もすぐだと悟った男は勝者である少年に目を向ける。
「本来なら……マスターの死の原因となった君に、私は恨み言の一つでも言うべきだろうが……」
そういう男の眼差しは、言葉とは裏腹に穏やかだった。
彼は自分のマスターの半身でもある少年へ、歳の離れた兄の様に優しく語りかける。
「マスターは……あの少女は、選定の場で『この痛みが分からないまま、消える事は出来ない』と叫んでいた。その必死な叫びに私は応じたわけだが……これは誰にでも、おそらく君にも当て嵌まる事だ。理由が分からぬままに生きて、理由が分からぬままに戦い、理由が分からぬままに命を終える……それが人間だ。そしておそらく……それが君をここまで勝ち残らせた動機なのだと、私は思う」
男の独白に、少年は黙って聞いていた。まるで兄の教えを忘れない様に心に留めようとする様に。
黒いノイズが、男の全身を覆っていく。マスターを失った以上、彼もまた消去する運命にあった。
だからこそ、残された時間を男は目の前の少年に使った。
「答えは出すものではない。足跡として残るものだ。……行きたまえ。そして君の……叶うならば、マスターの疑問にも答えを出して欲しい。歩き続けたその先に、何があったかを……」
「……はい、必ず」
少年はしっかりと頷き、男の視線に真っ直ぐと応えた。
それを見て、男は———。
「———ああ、安心した」
そう言って、薄く笑って目を閉じて———彼もまた、霊子の塵となって消え失せた。
元ネタは竹箒日記のEXTELLA/zeroから。要するに、ウチのはくのんは三サーヴァント全員と何らかの縁を結んでいるのですよ。
もちろん、あの金ピカも……?