ここの読者からすれば他の二次創作でも何度も見たお決まりの展開だし、こっちも書きたいシーンが早く書けるので。
「いやああああぁぁぁぁあああっ!? 南雲くん!!」
ガラガラと橋が崩れ落ちる。それと同時に地球でいう所のトリケラトプスに似た魔物が奈落へと落ちていき———そのすぐ側で魔法の炎が直撃して、煙を上げながら南雲ハジメが共に奈落へ落ちていく。それに香織は悲痛な叫び声を上げた。
ハジメが落ちていく瞬間がまるでスローモーションの様にクラスメイト達の目に焼き付いた。誰もが初めて見る人間の死の瞬間というものに、言葉を失って凝視していた。
「………!」
しかし———白野は気付いてしまった。誰もがショックで顔色を失った中、一人だけ愉悦の笑みを浮かべていた人間がいた事に。
***
「香織っ、ダメよ! 香織!」
「落ち着くんだ! 南雲はもう駄目だ! 君まで死ぬ気か!?」
今にもハジメを追って身投げしそうな香織を雫と光輝が必死に抑えつける。しかし、光輝の言葉が却って逆効果だった。香織は華奢な身体の何処にそんな力があったのか、二人を振り解きかねない勢いで暴れ始めた。
「放して! 放して! 南雲くんが! 私が、私が守るって約束したの! だから……!」
「香織、取り乱したら駄目だ! 南雲はもう死んだんだ!!」
「南雲くんはまだ死んでない!! 助けに行かなくちゃ!! 離してよぉぉぉっ!!」
自分の腕も折りかねない勢いで尚も暴れる香織を見兼ねて、メルドが近付く。気絶させる為に手刀を構えようとし———。
バンッ!!
爆竹を破裂させた様な音が辺りに鳴り響く。クラスメイト達はおろか、暴れていた香織もビクッとして身をすくめた。
「———落ち着いて。香織」
爆音の正体———手から魔法を破裂させた白野は、座り込んだままの香織と目を合わせる様に膝をついて、静かに話しかけた。
「ここはまだ迷宮———それもトラップで飛ばされて、俺達の今のレベルでは敵わない魔物達がいる階層だ。ここで騒いだら、魔物達を余計に呼び寄せる事になってしまう」
「でも! だからこそ、南雲くんを早く助けないと———!」
「分かっている。でも待って欲しい。いま、他の皆はトラウムソルジャー達との戦闘で消耗し切っているんだ」
ハッと香織はクラスメイト達を振り向いた。彼等は皆が満身創痍で、肩で息をしている者が多かった。中には強力な魔物との戦闘で心が折れて、「もう嫌、嫌……」と隣りの友人に支えて貰いながら泣き出している者までいる始末だ。
———彼等が今、こんな状況に陥ったのには理由があった。
それはクラスメイトの一人が、迂闊にも迷宮のトラップを作動させてオルクス迷宮の地下六十五階まで飛ばされてしまい、そこで凶悪な魔物———ベヒモス、そしてトラウムソルジャー達の群れに挟み撃ちにされたのだ。狼狽えるクラスメイト達の中、白野とハジメが必死にトラウムソルジャー達をどうにか駆逐している中———香織はベヒモスの前でオロオロとしてしまっていた。
実のところ、今こそ“勇者"として戦う時だ! と鼻息を荒くした光輝が、メルドの制止も聞かずに戦おうとして撤退が遅れたのが実情だ。しかし、香織はメルドの言う通りに後ろに退がるべきと思いながらも、幼馴染である光輝を見捨てて逃げる事も出来ず、どうするべきか迷ってしまった。
その結果———光輝達では倒し切る事が出来ず、一人の心優しいクラスメイトが彼等の撤退の為に身体を張り———奈落へと落ちてしまった。
(私が……私が、ベヒモスの前でモタモタしていたから……!)
恐怖で泣き出しているクラスメイト達を見て、香織の中で痛烈な罪悪感がのし掛かる。光輝のせいだ、と言い張る事は彼女の精神がよしとしなかった。自分達の撤退が遅くなったから、ハジメは奈落へ落ちて、クラスメイト達は余計な恐怖を味わう事となったのだ。
「……南雲は絶対に見捨てない。でも、今は他の皆の事も考えないといけない。香織にとって残酷かもしれないけど……ここで、二次災害を引き起こすわけにいかないんだ」
「白野くん、でも———」
尚も食い下がろうとした香織だが、白野を見て気付いた。
彼は———手の皮を食い破って血が滴るくらい、拳を握り締めていた。
白野自身、自分の言葉に決して納得はしていないのだろう。しかし、彼は努めて冷静な表情で、皆が生き残る為の提案をしたのだ。
彼の壮絶な姿を見て言葉を失う香織に、雫が話しかける。
「香織……南雲くんを……彼が心配なのは、私も一緒よ。でも、今は脱出を優先させないと……ここで更に犠牲を出したら、それこそ彼の決死の努力が無駄になるわ」
奈落まで底が見えないくらいに深い。あの状況で落ちて、生きている可能性は限りなくゼロだろう。しかし、あえて雫はそれに言及はしなかった。
「だから……お願い。今は一緒に脱出しましょう? 貴方もいなくなったら、私は……!」
「雫ちゃん……」
長年の幼馴染の少女の手は小さく震えていた。雫もたった今、生命の危機に晒されて恐怖が心を過ったのだろう。それなのに、自分の安全よりも親友である自分の身を案じていたのだ。
その事に気付き、香織は———泣きそうな顔になりながらも、小さく頷いた。
「……うん……分かったよ。ごめん、雫ちゃん……ごめんね……!」
「香織……!」
初恋の人が奈落に消えてしまった事、クラスメイト達を危険な目に遭わせてしまった申し訳なさ、自分をそこまで心配してくれた親友のありがたさ……それらの感情がごちゃ混ぜになり、ポロポロと泣き出した香織を雫が抱き締める。
まるで映画のワンシーンの様に横入りするのが躊躇われる光景だ———しかし、空気を読まないかの様に香織達に声を掛けたものがいた。
「大丈夫だ、香織! 君の事は俺がこれからも守るから、君は泣かなくて良いんだ!」
泣いている香織に光輝は光り輝く様な笑顔で話し掛ける。
彼の中では、“クラスメイトの一人が命を落とした事で動揺してしまった少女を元気付けよう"という善意で占められていた。
「南雲の事は残念だったけど、香織が思い悩む事じゃない! 奴の事に囚われないで、香織は前を向いて進もう! 俺がいるから大丈夫だ!」
「光輝、黙りなさい!」
あまりに無神経な発言に、雫が怒りの目線で睨む。
だが、光輝はそんな雫の態度にこそ疑問に思った様だ。
「雫。気が立っているのは分かるけど、俺は香織の為に言っているんだ。南雲が事故死したのは仕方ない事で———」
「いや……あれは事故なんかじゃない」
え? と皆が声を上げた———ただ一人を除いて。
白野は皆の視線が集まる中、その人物に声を掛けた。
「……檜山。何故、あの時に南雲に魔法弾を当てた?」
「な……お、お、俺は知らねえよ!!」
白野が静かに———しかし、怒りを感じさせる声でその人物こと檜山大介を名指しすると、彼はギョッとした顔になって否定した。
メルドは厳しい顔になり、白野に問い質す。
「白野……その話は本当か? 告発となると、冗談や間違いでは済まされんぞ?」
「そ、そうだ! あの時、やたらめったらに撃ってて誰が何の魔法弾を撃ったかなんて、分かる筈ねえだろ!? 南雲に当てた火球を撃ったのは別の奴かもしれねえだろ!! なあ!?」
同じくハジメの撤退を援護する為に魔法を撃ったクラスメイト達を見回し、檜山は叫ぶ。周りの生徒達は自分の魔法がハジメが落ちる原因になったかもしれないと思い、檜山の視線からサッと目を逸らした。しかし———。
「檜山……どうしてハジメに当たった魔法が、火球だと知っているんだ?」
「………あ?」
「俺は魔法が当たったとしか、言っていない。それなのに———何故、火球だと知っていた?」
白野は冷たく檜山を睨む。それはいつもは温厚な性格の白野からは、考えられないくらいに冷たい怒りに満ちたものだった。
「ち、ちが……お、俺が得意なのは風属性だから、火球なんて撃って……」
「残念だけど……俺ははっきりと見ていた。あの時、君が詠唱していたのは火属性の魔法詠唱だ。みんな必死で、とにかく自分の得意属性で詠唱少なくして南雲を助けようとしていた。なのに……何故、君だけ自分の得意な属性じゃない魔法を撃った?」
「……そういえば、貴方。香織が南雲君に話しかけていた時、ずっと嫉妬した顔で南雲君を見ていたわよね?」
雫も白野の話を思い出し、檜山にそう問い詰める。すると檜山の顔面は蒼白になる。目はあちこちに泳ぎ、「ち、ちが……それは……」としどろもどろになった。それを見て、クラスメイト達は信じれない物を見る目で檜山を見た。檜山達の取り巻きさえ、「檜山……お、お前……!」と恐る恐ると距離を取った。
「あなた、が………」
押し殺した様に低い女の声が唐突に響く。それが香織のものだと誰も気付けなかったのは、香織のそんな声を誰も聞いた事が無かったからだ。
「あなたのせいで……南雲くんがああああっ!!」
「ひ、ひいいいぃぃぃっ!?」
「香織、駄目ッ!」
「放して! 放してよ、雫ちゃん! こんな、こんな人、殺してやる———!」
「やめて! こんなクズなんかの為に、人殺しにならないで! お願いよ、香織!」
怒り狂い、夜叉の様な形相で香織は檜山を絞め殺そうとし、雫が必死に抑えていた。それを見て、光輝は頭を混乱させていた。
(な……何だ? 何が起きているんだ?)
どうして清楚可憐な
(南雲が死んだのは残念だけど……それは仕方なかった事だろう? 香織はそんな事に囚われないで、前を進むべきなのに……)
自分の
それが光輝の思い描いていた未来像だった。だからこそ、それとは違う光景になった事に光輝は呆然とするしかなかった。
……天之河光輝の人生において、思う通りにならなかった事など数える程しかない。
才能故に少しの努力で望む結果を得られ、正義の弁護士だった祖父に憧れて常に『正しい事』をしてきた。だからこそ周りの大人達は自分を認めてくれているし、称賛をしてくれた。そう認識した光輝は、無意識のうちに『自分がやる事は正しく、頑張れば望み通りの結果になる』と錯覚してしまった。
今回、檜山という断罪すべき悪が目の前にいながらも、
そして———彼のご都合主義とも言える認識が、香織が豹変した分かりやすい理由に矛先を向けた。
「……岸波! どういうつもりだ!」
「……何の事か分からない。どういう意味だ?」
突然、光輝から敵意の目線を向けられた白野が戸惑う顔になったが、光輝は構わずに怒声を浴びせる。
「惚けるな! お前が憶測で檜山を犯人扱いしたから、香織が取り乱したんだ! 仲間割れをさせるなんて、人として最低の行いだ!」
「お、おい、光輝……そりゃねえだろ」
親の仇の様に白野を睨みつける光輝に、龍太郎が戸惑いながら止めに入る。
「どう見たって、檜山が南雲のヤツを———」
「龍太郎は黙っててくれ! 俺はいま、岸波に話をしているんだ!」
「そ……そうだ天之河の言う通りだ! アイツが……岸波が言ってるのはデタラメだ! 俺は何もしてねえ!」
檜山が千載一遇とばかりに光輝に乗っかる。その表情は卑怯な笑顔そのものだが、光輝はまるで気付いていなかった。
「やっぱり……! 仲間を犯人扱いして、場を収めようとするなんて卑怯者のやる事だ!」
「光輝、落ち着いてくれ。俺は後で犯人探しをしない為にも、真相をはっきりさせようと———」
「うるさい! もうお前の事なんて信用できるか!」
白野が落ち着かせようと話しかけてきたが、興奮した光輝の耳には入らない。
「お前みたいな卑怯者を……俺は絶対に認めないっ!」
「なっ………」
一方の白野は、光輝の言葉にショックを受けた様に立ち尽くした。
その姿に図星をつかれたから黙ったと判断して、光輝は更に言い募ろうとして———。
「いい加減にしないか!!」
ガンッ! と剣の切先で地面を殴りつける音と共に、メルドの怒声が響く。
「こんな所で言い争いをしている場合か! お前達はこの迷宮へ死にに来たのか!? それならここで好きなだけ言い争っていろ!」
「メルドさん! ですから、こんな事をしでかす岸波なんか———」
「黙れ光輝! お前はしばらく口を閉じていろ!!」
「な、何でですか!? 俺はただ、本当の事を———」
いつも生徒達の兄貴分として優しい顔を見せていたメルドだが、今は厳格な軍人そのものの顔で光輝を睨みつける。その凄みに、光輝も言葉を詰まらせた。
「この事は王国に戻り次第、徹底的に調査をするものとする! 今はそれ以上の追及は許さん! 分かったならば、即座に迷宮から脱出するぞ!」
有無を言わせない口調に、生徒達は従うしかなかった。隣りの友人と私語を交える事もなく、上層への階段へ歩き出した。
そんな中———檜山はホッとした様な顔になった。
「香織、雫。行こう」
光輝は白野の近くにいた雫達に近寄る。
「岸波みたいな卑怯者といると、君達まで同類に見られてしまう。雫、いくら君の家の
パンッ、と音が響く。
「……話しかけないで」
光輝は差し伸ばしたのに振り払われた手を信じれない様に見つめた。
そんな光輝を雫は嫌悪感を隠す事なく睨む。
「私の家族を……それに親友が傷付く事をよく平気な顔で言えたわね? そんな人だとは、思わなかったわ」
「な、何を言っているんだ? 雫、落ち着くんだ! 君はちょっと気が立って———」
「おい、行こうぜ。今はそっとしておいてやれって」
「ちょっと待ってくれ、龍太郎! 話はまだ、」
尚も言い募ろうとする光輝を龍太郎が引き摺っていく。
それでようやく白野達の周りは静かになった。
「……ごめんなさい、香織」
雫は未だに自分の腕の中にいる香織にすまなそうな顔になった。
「光輝が……彼があんなに自分本位で、他人の気持ちを思い遣らない性格だったなんて……。道場の門下生として、恥ずかしい限りだわ」
「……ううん、雫ちゃんが謝る事じゃないよ。光輝くんは……本当に困った人だから」
香織は静かに首を振る。八重樫道場には『門下生となった者は家族同然。家族は見捨ててはならない』というモットーがある事は知っている。しかし、だからといって光輝のやらかした事に対して、道場主の娘だからと雫に責任を追及するのは違うだろう。
「……ごめんなさい」
それでも、雫は謝罪する。『幼馴染だから』、『門下生として見捨てるわけにもいかないから』。そんな理由で光輝を庇い続けた結果、彼が増長する理由になったかもしれないから。
続いて、雫は先程から奈落を見ながら立ち尽くしている自分の家族を見る。
「白野……貴方も気にする事なんてないわ。光輝の言う事なんて、真に受けるだけ損———」
「待って」
白野は雫の言葉を遮り、奈落に目を向ける。
それはショックで立ち尽くしているわけでなく———。
「何か……近付いてくる!」
「何かって……?」
雫が問い質そうとしたが、その疑問は聞くまでもなかった。
奈落の暗闇から、鳥が羽ばたく様な音が徐々に大きくなってくる。
その音に雫達はおろか、メルドやクラスメイト達も思わず足を止めて振り向き————。
『ビャア! ビャア! ビャア!』
けたたましい鳴き声と共に、奈落の底から地球で喩えるならプテラノドンに似た生物が何匹も飛び上がってきた。
「なっ……ワイバーンだと!? こんな時に———!」
メルドが瞠目しながら声を上げると同時に、翼竜達は一斉に人間達へ襲い掛かった。
>光輝
彼は更生します! 彼は更生します! 彼は更生します!
初心を忘れない様に、大事な事は三回(ry)
書くたびに思うのだけど……彼の性格で、どうやって学校の人気者になれたのか? 真面目に病名のつく精神状態だと思うんですよね、光輝は。
まあ……ここまで荒れているのは、一応の理由付けはしますけどね。
>翼竜達
話の途中だがワイバーンだ!
これこそ様式美。