ありふれていた月のマスターで世界最強   作:sahala

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 多分、これが年末最後の投稿になるかな? しかし、宣言通りに年末までにオルクス迷宮編を終わらせられなかったや。
 
 それでは皆様、良いお年を!



第八話「覚醒(偽)」

「いやああああっ!!」

「く、来るな! 来るんじゃねえ!」

 

 奈落より現れた翼竜の群れにクラスメイト達はパニックに陥っていた。

 翼竜———ワイバーン達のレベルはベヒモス程には高くない。異世界でチート能力を得たクラスメイト達なら、落ち着いて戦えば負ける事は無いだろう。

 しかし、彼等は既に先のトラウムソルジャー達やベヒモス相手にアイテムや魔力の大半を使い果たしてしまっていた。オマケに目の前でハジメが奈落に落ちた事で、今まで「異世界で世界を救う勇者の一人になった」という興奮で目を逸らしていた事———戦いの恐怖を認識してしまっていた。いかにトータスでは規格外なステータスを持っていようが、こうなってしまっては意味を為さない。メルドは大声で部下達やクラスメイト達の指揮を取ろうとしたが、クラスメイト達の大半は無闇矢鱈と逃げ惑ったり、武器を無茶苦茶に振り回そうとするなど統制の取れない状態に陥っていた。

 

「クソ! どけ! どきやがれ!」

「きゃあっ!?」

 

 ワイバーン達から逃げようとする檜山に突き飛ばされ、園部優花は床に転んでしまった。転んだ拍子に武器である投げナイフを落としてしまい、更に逃げ回る別の生徒によって投げナイフは優花から遠くへ蹴られてしまった。

 痛みに顔を顰めながらも立ち上がろうとし———そんな優花の頭上に陰が差した。

 

「あ………」

 

 上を見上げ、鉤爪を光らせるワイバーン。

 それを見て、優花は間の抜けた声しか出せなかった。

 襲い掛かるワイバーンの姿がスローモーションの様に見える。「ああ、これは死んだ」と他人事の様に優花は思い———。

 

 バチィッ———!!

 

『ビャアアアアッ!!』

 

 突然、優花の頭上で雷が奔った。威力が十分で無い為にワイバーンを驚かせただけだったが、ワイバーンは怯んだ様に優花から離れた。

 優花もすぐ頭上で起きた雷光に目が眩み、思わず両目を腕で覆ってしまい———唐突に身体を持ち上げられた。

 

「園部!!」

「え、え? な、何……?」

 

 急展開に頭がついていかない優花が目を開けると、白野の顔がすぐ近くにあった。

 

「岸波……? ええと……」

 

 視力が戻ってきて、優花はようやく自分の状況———同級生(白野)に抱き上げられている自分の姿を認識した。

 

「ふぇっ!?」

「大丈夫!? 怪我は?」

「ちょ、大丈夫! 大丈夫だから!」

 

 顔を覗き込んでくる白野に、優花は顔を真っ赤にしながら白野の腕から逃れる為にジタバタとする。

 

「優花!」

「優花っち!」

 

 ようやく白野の身体から離れると、親友である近藤妙子と宮崎奈々が優花に走り寄る。妙子の手には優花が落とした武器が握られていた。

 

「大丈夫!? これ、落としてた武器だよ!」

「あ、ありがとう」

「早く逃げよう! 岸波っちも、急いで!」

 

 未だにワイバーン達は生徒達を襲っていた。ワイバーン達はフクロウが鼠を捕まえる様に、生徒達を鉤爪で掴もうとしている為にまだ死傷者は出ていないが、それも時間の問題だろう。妙子と奈々も一刻も早く逃げ出したかったが、優花が危ない目にあっているのを見て急いで駆け寄ったのだ。

 

「そ、そうね……岸波も、私達と一緒に———」

「先に行っててくれ! でも慌てずに、メルドさんや騎士の人達の指示に従って撤退するんだ!」

「え? ちょっと、岸波!」

 

 優花が返事をするより先に、白野は再びワイバーンに襲われそうになっている生徒の助けに入る。その背中を優花は呼び止めようとして———ふとワイバーンの襲われた時の恐怖が頭をよぎった。

 

「ひっ……!!」

 

 あと一歩で、自分は無惨な死を遂げていたかもしれない。その事実が優花の身体を縛った。白野を呼び止める為に差し出そうとした手はブルブルと震えて、その場にぺたりと座り込んでしまう。

 

「優花っち……今は逃げよう! そんな状態じゃ無理だよ!」

「岸波君は……大丈夫だよ! “勇者”の天之河君より強いくらいなんだから!」

「う、うん………」

 

 親友二人に支えられながら、優花は上層への出口を目指して進み出す。

 優花は一度だけ、クラスメイト達を助ける為に奔走する白野の後ろ姿を見た。

 

(絶対に……絶対に、帰って来てよね!)

 

 助けられたのに、自分は逃げ出した。

 その事実に罪悪感を感じながらも、優花は親友二人と共に撤退した。

 

 ***

 

「やあああああっ!!」

 

 光輝の斬撃がワイバーンを斬り裂く。聖光の斬撃は襲い掛かるワイバーンの胴体を真っ二つにして、ワイバーンは動かなくなる。

 

「くっ、数が多い……!」

「おい、光輝! このままじゃ、やべえって!」

 

 隣の龍太郎も拳から衝撃波を出して応戦しているが、次々と襲い掛かるワイバーン達に肩で息をしている状態だった。そんな龍太郎を“結界師”の鈴が“聖絶”で守るが、彼女も額から大粒の汗を流していた。

 

「う、う〜! これ以上は、鈴も魔力が保たないよぅ! どうしたらいい? ねえ、どうしたらいい!?」

「っ、待ってくれ! いま考えるから———」

「光輝!」

 

 光輝が現状打破の一手を考えようとした所で、彼に近付く地味な冒険者姿の少年がいた。

 

「岸波!? こんな所で何を———!」

「話は後! このままだと全滅だ! 力を貸してくれ!」

 

 白野に嫌悪感を込めて睨む光輝だが、白野の気迫に押されてつい怯んでしまう。そんな光輝を尻目に白野は鈴を話しかける。

 

「谷口、“聖絶”はあと何回やれそう?」

「え、えっと……規模にもよるけど、あと十回が限界かも!」

「分かった。足の遅い人や怪我をしてるクラスメイトに最優先で“聖絶”を使って———」

「いや、待て!」

 

 白野が指示しようとするのを遮り、光輝が鈴に向かって指示を出す。

 

「鈴! 残った魔力で俺を全力の補助魔法をかけてくれ! 龍太郎は鈴の護衛を頼む! 俺がワイバーン達を“神威”で吹き飛ばす!」

「え? え?」

「な———待つんだ、光輝! 今は撤退を最優先にすべきだ! 足を怪我して動けない人だっている!」

「だったら、尚更ここでワイバーン達を倒すべきだろう! 敵を早く片した方が、皆を守れる! それが出来るのは“勇者”である俺だけだ!」

「“勇者”なら敵を倒す事より、仲間達を守る事を優先すべきだろ!」

「うるさい! 天職もはっきりしないお前が偉そうに指図するな!」

「待てって、喧嘩してる場合じゃねえだろ二人とも!」

 

 言い争いをする二人を龍太郎がどうにか止めようとするが、光輝は白野の意見を頑として聞こうとしない。鈴も、どちらの指示に従えば良いのか分からずにオロオロとするしかなかった。

 

「う、うわああああああっ!!」

 

 後方から叫び声が上がり、ハッと白野達は振り向く。そこには今まで周りを突き飛ばしながら矢鱈滅多に逃げ回っていた檜山が、とうとうワイバーンの鉤爪に捕まって持ち上げられていた。

 

「檜山!」

 

 白野は捕まった檜山を見て、助ける為に走り出そうとする。しかし———。

 

「雫ちゃんを離して! 離してってば!!」

「香織! 私の事は良いから逃げてっ!!」

 

 ハッと別の方向を向くと、そこには魔力が尽きたのか、無謀にも杖でワイバーンに殴り掛かる香織がいて————そのワイバーンの足には、ガッチリと捕まえられた雫の姿があった。

 瞬間。白野は頭が沸騰する様に真っ白になる。

 

「しず、」

「雫! 香織! 待っていてくれ、いま俺が助ける!」

 

 白野より先に、光輝が動き出そうとする。しかしワイバーン達は捕まえた獲物を確保する事を優先しているかの様に雫に近寄ろうとする邪魔をして、光輝は中々前に進めないでいた。

 

「クソ、どけ! どくんだ! 雫達のピンチなんだ!」

「離せ! おい、離せよおおおぉぉおおおっ!!」

 

 光輝達の頭上を檜山をガッチリと掴んだワイバーンが通る。絶叫する檜山を掴みながら、ワイバーンは奈落へと急降下していった。

 

「檜山———!」

「お、おい! 檜山が連れ去られたって事は、雫もこのままじゃやべぇんじゃねえか!? 奈落に飛ばれたら追いつけねえぜ!!」

「シズシズ———!」

 

 龍太郎と鈴が焦燥した表情になる。しかし、彼等が必死に戦ってもワイバーン達の群れを中々突破できない。そんな中———。

 

「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ!」

 

 ゴウッと風が吹く。光輝は聖剣を大上段に構えて、詠唱を開始していた。放たれるのは今の光輝が撃てる最高の一撃である“神威”。ベヒモスを倒せはしなかったものの、手傷を負わせる事は出来たこの魔法ならば、ワイバーン達の群れを消失させる事は可能だろう。しかし———。

 

「待って、光輝! その攻撃だと、雫達まで———!」

「神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、 この世を聖浄で満たしたまえ!」

 

 白野が慌てて止めようとするが、光輝は白野を無視して詠唱を続ける。何より、既に聖剣に魔力が高まりつつある状態でキャンセルするなど、光輝には無理な芸当だった。

 そして高まりつつある魔力を見て、白野の戦術眼がこの後の未来図を導き出していた。

 

(駄目だ……! この威力だと、雫達ごと消し飛ばしてしまう! 光輝はその事に気付いてない———!)

 

 雫達も同じ事に気付いたのか、ギョッとした様子で光輝を見ていた。しかし、当の光輝はそれに気付かずに()()()()()()()に魔力を高めていた。

 

(このままじゃ、雫達が危ない! どうしたらいい……どうしたらいい!?)

 

 発動中の詠唱を止める様な魔法など、王宮ではまだ習っていない。ここで光輝を突き飛ばしたりして詠唱を止めようとしても、聖剣の()()が近くにいる龍太郎達に当たってしまう。白野が必死に思考を回転させる中、光輝の詠唱は完成していく。

 

「神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえ ———“神、」

「止めろおおぉぉぉおおおおおおっ!!」

 

 光輝が聖剣を振り下ろす直後。白野は無我夢中で手を伸ばした。

 それは咄嗟の行動で、魔法も何の詠唱もなく、魔力を込めた手を突き出しただけだった。

 しかし————不可思議な事が起こった。

 全身の回路が熱くなる感覚と同時に、白野の手から急に光が漏れ出した。それはトータスの魔法陣とは全く異なる紋様———0と1で形成した数列の様な紋様を浮かばせ、光輝の聖剣に絡みつく。

 

「な、何だ!?」

 

 突然、自分の聖剣に纏わり付いた術式に光輝が驚きの声を上げる。すると———。

 

 パキンッ。

 

 ガラスが割れる様な音と共に、光輝の聖剣に渦巻いていた魔力が消失した。先程まで聖なる光のエネルギーで高まっていた聖剣は、魔法陣が消えると同時に何事も無かった様に元の状態に戻っていた。

 

「どうしたんだ!? どうして“神威”の魔力が突然無くなった!?」

「白野……お前、今………?」

 

 突然の事態に光輝が混乱する中、一部始終を見ていた龍太郎が信じれない物を見る様な目で白野を見ていた。

 

「あ………え………?」

 

 白野は———同じ様な目で、聖剣と自分の手を交互に見る。いま、自分が何をやったのか、白野自身も分かっていなかった。

 

「キャアアアアアァァァッ!!」

「離して! 離してってば!!」

 

 ハッと白野はようやく正気に戻る。そこでは白野達の今し方の行動などお構い無しという様に、雫を掴んでいたワイバーンが飛び立とうとしていた。何度も杖で殴ってきたから鬱陶しいと思ったのか、いつの間にかもう片方の足で香織も掴んでいた。

 

「雫、香織! クソォォォォ!!」

 

 光輝が再び聖剣に魔力を貯めようとする。しかし、詠唱の長さから見て間に合わないのは明白だった。

 その瞬間———再び白野の全身が沸騰する様に熱くなる。

 熱くなった身体は脳を活性化させ、白野は目の前の光景が急にスローモーションになった様に感じていた。

 

(見える………)

 

 スローモーションになった世界で、白野は気付いた。

 目の前で雫達と自分を隔てるワイバーンの群れ。

 しかし、その中でまるで稲妻の様に走れるコースがある。

 

(見える……! ここだ———!)

 

 か細く、ほんの一瞬だけの走行ルート。

 だが、そのルートに白野は迷いなく走り出した。

 

「へ? ちょっ、はくのん!?」

 

 背後で鈴が驚いた声を出したが、白野は応える暇すら惜しかった。

 身体が熱い。足に電流が走った様に動く。

 まるでアメフトのランニングバックの様に、白野はワイバーン達を擦り抜けて全力で走る。

 視界の先では、今まさに雫達を連れて奈落へ降りようとしたワイバーンが見えてきた。

 

「白野!?」

「白野くん!」

 

 信じられないスピードで走る白野の姿を雫達は驚いて見つめる。だが、ワイバーンの方が早かった。翼を大きく広げると、奈落へ向かって飛び立つ。

 

「っ、間に———合え———!」

 

 次の瞬間。白野はドンッと大きく跳躍し———奈落へ向かって躊躇なく飛び降りた。

 

「な————」

 

 それを龍太郎は驚愕して見つめる。彼が見つめる中、白野はワイバーンの背中にしがみつき————。

 

「は———白野ォォォォオオオオオッ!!」

 

 龍太郎が絶叫する中、白野達の姿は奈落の中へ消えていった。


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