れいむとシロ 【改】   作:ねっぷう

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第四話 「光臨」

マガノ国の兵士、その中でも人里に常駐し人々を統制する役目をおっている憲兵隊は、常に複数人の小隊で行動し、それぞれが大柄な体格を持ち、灰色の制服に身を包んでいる。腰には電気を放つ警棒と、背中にはライフル銃を携えている。彼らは隊ごとに若干の差異はあるが一様に兄弟のようにそっくりな体つきと顔をしており、顔に関しては眉上が隆起し、眉毛はなく、鼻が低く、人中の長い顔は類人猿を彷彿とさせる。

彼らが普通の人間とは違うことは誰が見てもわかる。彼らは里の人間は言わずもがな、多少の強さの妖怪であれば制圧できる強さを持ち、強大なマガノ国の一員である万能感に酔いしれていた。

 

 

しかし、それは今日を持って崩れ去ることとなる。

 

霊夢は襲い来る憲兵を次々と殴り飛ばし、鬼神が如き勢いで暴れまわる。マガノ国に使える兵士である憲兵は、普通の人間なら軽く制圧できる力と装備を持っているが、人数と武器によって我が物顔で幻想郷を闊歩する兵士であっても、博麗の巫女たる霊夢の膂力の前には及ばない。

 

「なんだあの巫女!今までの様子とまるで違うぞ!?」

 

尻込みした憲兵が叫ぶ。何十人とひしめいていた憲兵たちも、今では霊夢の攻撃によってノックダウンし、山のように積み重なっている。彼らが知っている博麗霊夢とは、いつも弱弱しく、瘦せていて、覇気がなく、辛気臭い雰囲気を纏ったうだつの上がらない女に過ぎなかった。しかし、今の霊夢はどうだろう。

これまでの弱弱しさは消え、まだ痩せてはいるもののその表情は自信に満ちており、今まで感じられなかった異様な覇気を纏っている。

 

「ええい、こうなったら…”クログマ”を連れてこい!」

 

「え!?」

 

ひとりの憲兵がそういうと、周りの者たちは驚いた声を上げる。

 

「いいのか…?あんな怪物を放ったら、俺たちもどうなるか…!」

 

「構わん!俺たちはヤツだけ外に出して基地に戻るんだよ!」

 

霊夢は、気付いたら憲兵たちが一目散に基地の中へ退散している様子を目の当たりにした。

 

「なに…?急に逃げちゃって」

 

困惑していると、新子が横で小さな声で言った。

 

「クログマ…だと…!?チッ、流石にまずい…おいアンタもずらかるぞ」

 

「え?なんで?」

 

「クログマっていやぁ、前に一度見かけたことがある!奴らが飼ってる猛獣だよ。だがただの動物じゃねぇ…マガノ国で改造されて暴れ狂うだけの殺戮マシーンに成り下がった化け物だ!」

 

新子が焦りながらそう語った瞬間、基地の方から低くくぐもった獣の雄たけびが響いた。同時に聞こえる憲兵たちの怒号と、何かが持ち上がるゴゴゴ…という音。

 

「来るぞ」

 

霊夢は真正面から基地を睨む。すると、開かれたシャッターの奥から巨大な影がのそりと姿を現した。それは鼻を嗅ぎ鳴らし、こちらに気付くと、二足で立ち上がり咆哮する。

 

「バオオオオオオオ!!」

 

恐ろしい巨大な熊のような風貌の怪物が、その巨体に見合わぬスピードで駆けてくる。全身が漆黒の体毛に覆われているが、その腕と頭部だけ毛が抜け落ち、不気味で筋肉質な素肌を露わにしている。

 

「面白いじゃない!あんなのは見たことないわ」

 

「おいおい…まさかやるつもりじゃねぇだろうな!?アタシはああいうのを散々見てきたんだ、恐ろしさも知ってる…!」

 

「じゃあアンタは黙って見てなさい。いくわよ、シロ」

 

霊夢はそれだけ呟くと、身を低く屈め、クラウチングスタートの姿勢を取る。さらに、霊夢の腰のあたりから純白の毛に覆われた尻尾のようなものが生え始める。

 

「テメェ、そりゃなんだ…?」

 

困惑している新子を尻目に、霊夢は向かってくるクログマに対して走り出した。風になびく黒髪が白く染まって長くなり、目は紅く輝き、口からはサメのように鋭く並んだ歯が覗く。

そしてさらに霊夢のスピードは高まり、全速力で疾走しているクログマと正面から激突した。

 

「バウウッ!?」

 

両者は勢いが止まって少し後ろへ下がる。クログマはすぐに立ち上がり、愚かにも接触してきた小さい人間を見下ろす。

異様なオーラを醸し出す霊夢は臆せず睨み返し、振り下ろされるクログマの腕による一撃を、こちらも手で防ごうとする。

 

「バカ!そんなことしても意味ねぇよ!腕ごと体がつぶれるぞ」

 

心配した新子が声を荒げる。

通常、山で遭遇するヒグマでさえ、人間を体を一撃でバラバラにする膂力を持っている。それの2倍以上の体躯を持ち、さらに発達した筋力、尖った鉄パイプのような爪…その威力は計り知れないだろう。

 

ガキンッ!

 

しかし、クログマの腕は鋼鉄にピッケルを振り下ろした時のように跳ね返された。

 

「な…!」

 

驚く新子。

反動で思わず後ろへ下がってしまうクログマだが、すぐに前のめりになり、素早い動作で霊夢の上へ覆いかぶさり、両腕で捕えつつ頭部を嚙み砕こうと嚙みついた。

 

「痛いわね」

 

が、ゴリゴリと音が鳴るだけで霊夢の体は折れも砕けもしなかった。霊夢はクログマの喉元の肉を掴み、下へと引っ張る。クログマの口が霊夢の頭から外れ、次の瞬間、その巨体が地面に叩き付けられた。

 

「マジか…!」

 

「バオオオオオ…!!」

 

クログマは頭を揺さぶりながら再度起き上がり、コケにされた怒りのままによだれをまき散らしながら両腕を上げて吠える。凄まじい声量と迫力に新子は思わず耳をふさぎ、基地の中へ逃げ込んだはずの憲兵も恐怖した。

しかし、クログマはハッと気付いて咆哮を止める。目の前にいるはずの霊夢がいない。

 

「悪いわね」

 

霊夢はクログマの頭上で片足を目いっぱいに振り上げていた。額から血の筋が流れているものの、それ以外はほとんどダメージも受けていない状態だった。

 

「動物だろうが誰だろうが、私とシロの邪魔するなら…消えて頂戴」

 

次の瞬間、巨大なハンマーを振り下ろしたが如き衝撃がクログマの脳天へ叩き付けられた。それは頑丈な頭蓋を打ち砕き、全身の髄まで振動が達し…クログマは顎を地面に叩き付けるように地に伏せ、舌を出したまま一切動かなくなった。

あたりを静寂が支配し、乾いた風が吹く音が鳴る。

 

「…お前、すげぇな…」

 

霊夢の戦いぶりを見ていた新子が呟いた。霊夢は、目を閉じて深呼吸すると髪の毛や尻尾、体の変化が元に戻ってゆく。

 

「その力は一体…?話にだけ聞いてる博麗の巫女の力…じゃあなさそうだぜ…」

 

「まあ…いろいろあったのよ」

 

「…そうか。って、おいおい…!」

 

霊夢と新子がそう会話していると、基地の中から残りの憲兵たちがやってくる。10人もいない程の人数だが、それぞれが警棒や銃を構え、汗をかきながら少し怯えた様子でこちらを睨む。

 

「観念しろよ…!」

 

「クログマとの戦闘で弱っているはずだ、畳みかけるぞ…」

 

そうは言われるが、確かに霊夢は額から血を流してはいるが、それ以外に怪我もないし、そもこんなものは傷のうちに入らない。あと数分もすれば塞がって治癒するだろう。

 

「くそ、どうしたもんか…!」

 

新子も拳を握りながら焦った表情でつぶやく。霊夢はやれやれと小さくため息を吐くと、残りの憲兵を始末しようと腕を上げた…

 

ドン…

 

瞬間、どこか遠くの方で大きな音が鳴り、微かな振動が足元に届いた。何かを打ち上げる大砲のような音だった。

 

「なんだ…?」

 

憲兵たちも困惑し、辺りを見渡す。

 

ヒュルルルルル…

 

そして、続けて聞こえるのは何かが空を切って飛ぶ音だった。新子も上を見上げ、その空を飛んでいる何かを見ようとする。

だが、霊夢は緊張した顔で一点を見つめていた。さっきの音と振動の発生源は、北の妖怪の山のはるか向こう側からだった。そこは今や誰もが知っている…そう、マガノ国だった。

 

ドシャアアン!

 

高速で霊夢と新子の目の前に墜落してきた巨大な物体が地面へ衝突し、地面が揺れ、凄まじい衝撃と土を巻き上げる。その真下に居た憲兵たちは潰されて消し飛ばされていた。

 

「何なんだよ一体!」

 

「まさか…」

 

濛々と立ち込める土煙の奥で、大きな”何か”が、ゆっくりと穴の中から立ち上がる。それは一跨ぎで穴の縁を登り、霊夢と新子を見下ろす。

 

「クコココココココ…」

 

それは喉から顫動音を鳴らし、薄くなっていく煙の中から姿を現す。普通の人間4人分ほどもある背丈とそれに見合う筋肉質な体格を持つ人型で、黒い袴を履き、上半身は両肩にベルトのようなものを巻いてあるだけ。そして、頭部には黒い金属製のヘルメットを被り、その顔を覆っている。

 

「…禍王!!」

 

霊夢は、倒すべき怨敵の名を叫んだ。


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