「これは槍…己が妖怪を支配するために必要な道具だ。確か…妖怪どもの中には、これを”獣の槍”と呼ぶやつもいるな」
禍王の周囲に紫色をした禍々しい妖気が渦を巻くように集約していき、その体へ吸収される。禍王の後頭部と首周りからぞわぞわと黒く長い鬣が伸び、彼の目つきが獣のように鋭くなった。
明らかに異様な変貌を遂げた禍王を前に、霊夢は思わず膝をついてしまう。何故かはわからないが、禍王が獣の槍と呼んだあの武器に対して本能的に恐れを抱いてしまっている。
が、隣にいる新子はそんなことはなかった。新子だけは冷静に、禍王の変貌を観察することが出来た。あの黒い鬣──いや、人間とは生える位置が違うだけで髪の毛なのだろう──と、野獣のように黄色く鋭くなった双眼は霊夢の変化と少し似ていると感じた。ただ、霊夢は髪が白く、眼の色は深紅だ。
「さて…はじめよう、己とキサマらの戦いを──!」
禍王は足を踏み出し、ズンズンとふたりへ歩み寄りながら獣の槍を携えた腕を上げ、振り下ろす。霊夢はただでさえデカい禍王の巨体が、その覇気と自らの恐怖によってさらに山のように大きく見え、威圧されるもなんとか後ろへ飛び退いた。
ガキン!
新子は自らの所持する金棒“カンダチ”を振るい、一撃を受け止める。
「クコココココ!やはりやるな、キサマ!」
「くっ…!」
しかし、跳ね返されてしまう新子。
その時、その後ろから霊夢が飛び出し、再び体をタイヤのように回転させ青い炎を纏った状態で体当たりを仕掛けた。
「いつまでも私がビビってると思ってんじゃねぇわよ!」
霊夢は恐怖をかき消し、完全にものとした妖怪の力を使って攻撃する。当たれば、先ほどのように禍王に対しては有効なダメージを与えられるはずだ。
が、禍王は獣の槍を装備した右腕を霊夢へ向け、迎撃を構えを取る。
「!?」
たったそれだけで霊夢はただならぬ悪寒を感じ、回転を止めて再び後ろへ下がる。
「あぁ…?おいさっきから何やってんだ!」
新子がその様子を見ながら苛立って声をかける。
「クコココ…まあ言ってやるな、その巫女は相当この槍が恐ろしいと見える」
「んなわけねーでしょ!だれがそんな爪楊枝にビビってるって~~!?」
霊夢はそう言いながら胸を張りだして息を吸い込み、目いっぱいの青い炎を口から吐き出した。それは槍が届かない位置から禍王に届き、その体に降りかかる。
「効かん」
確かにその炎は禍王の体に燃え移りはしたものの、なんと槍を振るわれた瞬間、まるで炎が実体を持ったかのように両断されたのだった。
「うそ!?」
さらに、禍王が背負っている銀色の武装から砲身が伸び、その砲口から青い電気の塊のようなエネルギー球が発射された。それは怯んだ霊夢へ直撃し、炸裂する。
「が…!」
「プラズマ砲だ、全身の水分が爆発して消し飛びそうになるだろ?」
霊夢は耐えがたい激痛に全身を襲われ、背中から地面へ落下する。
(強い…!近寄ればあの槍が…離れれば他の武装が厄介…!)
禍王は首をかしげながら、起き上がろうともがく霊夢を見つめる。その様子は何かを待っているようであったが、すぐに痺れを切らし、右腕の槍を構えて走り出す。
「はやく動け!動けなくなった者から狩られていくのが常だぞ!」
そして槍の一撃を振りかざした瞬間…
ガキィン!!
またしても前に割り込んだ新子の振るうカンダチが禍王を弾く。しかし、禍王はすぐに踵が地面に埋まるほど踏み込み、前へ飛び出して槍を横に振るう。
「やべぇ!」
新子は胴体を真っ二つに切断されるかと思ったが、なんと不思議なことに、禍王の槍は新子の体へ触れても一切傷つけることなく、まるで透き通るようにすり抜けた。結果、槍は新子の持っているカンダチのみに直撃し、カンダチは新子の手を離れて回転しながら吹っ飛んでしまう。
「クコココ!この槍は人間には当たらねぇんだ!」
そう言いながら放たれた禍王の蹴りが新子に命中し、新子は枯れ枝のように吹き飛ばされる。
そして、いよいよ禍王は霊夢へと迫り、獣の槍を勢いよく振るい、突き立てようとする。万事休す、この槍で突かれた瞬間、妖怪と化している今の霊夢はどうなってしまうかわからない!
ピピピピピ…
だが、突然耳に甲高い電子音が鳴り響いたと思った瞬間、禍王の動きがピタリと止まる。目の前の霊夢と、少し離れた場所で倒れている新子が困惑していると、禍王はスッと普通の立ち姿になり、左腕に装着されている手甲を触って操作する。
「なんのつもりだ?いいところだったんだが」
そして手甲に向かってそう語り掛ける。
「…ああ、そうだが…この辺で打ち止めにしておくか」
そう言うと手甲を操作して何者かとの通信を切り、右腕の獣の槍を引っ込める。黒い鬣がその場で千切れて地面に落ちて溶けるようにして消失し、目つきも元に戻り、全身から漏れ出ていた禍々しい妖気も消える。
「命拾いしたな、勝負はお預けだ。己は帰るぞ…キサマらがマガノ国と呼ぶ場所へな」
「なぜ…?」
「さてな。おい、さっき己が言ったことは覚えてるか?巫女よ、幻想郷を救いたくば己の野望を全て打ち砕き、己を討ち果たして見せろ!己はマガノ国にて待つ!」
「ええ、せいぜいマガノ国で首を洗って待ってなさい!すぐにアンタの企み全部ぶっ壊して、アンタごとマガノ国を幻想郷から追い出してやるわ!」
霊夢は立ち上がり、まっすぐに禍王と向き合い、その目を睨みながら豪語した。両者はしばし睨み合っていたが、やがて禍王が笑った。
「クコココココココ…!ああ、やってみろ!この世に不可能なことは何ひとつないからな。せいぜい強くなれ」
「当り前よ…!」
禍王は霊夢の返答を聞くと背中を向け、背中の武装から猛烈な突風を一瞬のみ噴射し、ドンッと大砲のような音と衝撃と共にマガノ国のある方角へと飛び去って行った。
「く…ハァ…!」
霊夢はその場で膝をつき、変身を解く。白い髪が途中で千切れて短くなって黒くなり、目や爪の変化、腰から伸びる白い尾も元に戻る。
「いてて…なんだったんだよ全く…」
新子もジャケットについた砂を払いながら呟いた。霊夢は息を整えてすぐに立ち上がり、後ろにある憲兵隊の基地を見る。
「オイ、テメェの所為でアタシまでなんか巻き込まれちまったじゃねぇか!おい聞いてんのか!?」
新子が霊夢の胸ぐらをつかみながらそう怒鳴るが、霊夢はもう先ほどの出来事についてはいったん頭から追いやっていた。さらに、霊夢の腹から大きな虫の音が鳴ったので新子は少しドン引きながら手を離した。
「私、もとは腹いっぱい食べるためにここに来たんだった」
「ああ?…って、おいまさか…」
「母ちゃん、お腹すいたよー!」
「泣き言を言わないで!そろそろ憲兵さんが来る時間だから、またおこぼれを貰えるから…」
「いつもあれくらいじゃ足りないよ!」
「でも遅いわねぇ、憲兵さんたち…」
「ああ、あんな奴らでも俺たちが生きてくにゃいてくんなきゃ困っちまう…!」
人里で起こった騒ぎが落ち着いたころ、また何か別の物事によるざわめきが起こっているのに人々は気付いた。
「今度は何の騒ぎだ?」
「な、なんかでっかい荷車が来たぞ」
人々が目にしたものは、家よりもうず高く荷物を積まれた何台もの荷車だった。主に里の中でも荒くれ者として知られるガラの悪い男たちが何人もかかって荷車を押している。
「おいテメェら!見てねぇで持ってけるだけ持ってけ!」
荷車を押す男たちが周囲の人々へ向けて怒鳴る。
「持ってけって言われても…そりゃ一体なんだい?」
「食いもんさ。この荷車に積んであるもの、全部食いもんだとよ!」
「ええ?そんな馬鹿な…そんな量をどうやって手に入れたってんだい!」
「俺たちが知るかよ…!ただ、俺たちは親分にこれを配って回れって言われただけだからな」
ひとりが恐る恐る荷車に近寄り、荷物を覆っている布をめくって中身を確認する。その瞬間、その人は声を上げて尻もちをついた。
「ほんとだ…!中に…食べ物が…!」
「ほんとかよ…!」
「これほんとに貰っていいのかい…?」
「だからいいって言ってるだろ!親分にそう言われたんだよ!」
人々は一斉に荷車に駆け寄り、一斉に布を外した。すると、その下に隠されていたものは、やはり大量の食糧だった。米や味噌、野菜に果物、さらには干した魚や肉、樽に入ったきれいな水まで様々な食べ物が見える。
人々は荒くれどもが見張る中、信じられない出来事に遭遇したような顔で両手に持てるだけの食料を持って立ち去っていく。中には我慢できずにその場で野菜や干し魚に食らいつく者もおり、小さな子供たちもリンゴやブドウを頬張っている。
「おいしーい!」
「お、オラ、肉なんて1年ぶり…!」
「飲んでも飲みつくせねぇほどの水!水っ腹なったの久々だ!」
突然降ってわいた、食べても食べつくせないほどの量の食料を手に入れた里の人々は思い思いに腹を満たす。
その様子を、建物の屋根の上から新子と霊夢が眺めていた。
「結果的にできたからよかったがよォ、憲兵全員ぶっ倒して貯めてる食いもん全部奪うなんて思いつくか?アタシらでもそんな盗賊みてぇな真似しねぇぞ」
新子も骨のついた干し肉を齧り、咀嚼しながら霊夢にそう言った。霊夢も屋根の傾斜で寝そべりながら、口の中から魚の骨を抜き取る。
「まず腹ごしらえしないと何事もうまくいかないでしょ。憲兵ぶっ倒すのも食べ物配るのもただのついでよ」
霊夢と新子は憲兵が全滅した基地の中から貯蓄されていた食料をありったけ引っ張り出し、荷車へ積み込んだ。その後に新子が子分の荒くれ者たちを呼び寄せ、これを運ばせたのだ。
「あの食料全部マガノ国で作られたモンだと思うが…なかなかうめぇな」
「でしょうね。マガノ国は幻想郷の品種や生き物を独占して養殖してる。使ってる水も本来は幻想郷に湧いてくるものよ。でも本当の幻想郷の恵みはこんなもんじゃないわよ、すぐに私が前みたいにみんなが好きなだけ飲み食いできる幻想郷に戻して見せる」
「それがアンタの目的か?あんな派手に禍王とやり合ったんだ…ほかに何かあるんじゃねぇのか?」
「それは…」
霊夢が何かを話そうとしたとき、新子の元へ子分に一人が現れ、小声で何かを伝えた。
「…そうか、わかった」
「どうしたの?」
「博麗霊夢、アンタも一緒にアタシと来い。“大親分”が話をしたいんだと」