「で、大親分ってなに?親分はアンタなんでしょ?」
里の路地裏を歩きながら、霊夢は前を歩く新子に尋ねた。
「ああ。その名の通り、アタシよりも上の大親分ってことだ。昔に助けられてな…それから世話になってんだ」
「ふーん…」
「ついたぞ」
新子は路地裏の建物の壁に張ってあった簾を退かす。すると、そこには壁と同じ白いペンキで塗られた戸があった。
「りんごは?」
戸の内側から声が聞こえた。霊夢は新子をちらりと見ると、新子はジャケットの内側から、先ほど基地の中で奪ったひとつの林檎を取り出した。
「皮が硬くて酸っぱいのがひとつ」
そう言うと、戸がカチリと音を立て、内側から開いた。新子はその中へ入り、霊夢も後を追う。中は至って普通の内装と間取りで、タバコの匂いが立ち込めている。
「あれ、アンタ…?」
その時、霊夢は内側の戸の端に誰かが座り込んでいるのに気付いた。それは痩せた女性で、頭に布を巻き、ボロい着物を纏っている。手には新子から渡されたであろうリンゴを持ち、暗い目つきで霊夢を見上げた。
何故かその女性に見覚えがあると感じた霊夢であったが…
「おい、行くぞ」
新子にそう言われて急かされたのでとりあえずその疑問は置いておくことにした
ふたりは軋む廊下を歩き、やがてとある一室の襖の前へたどり着いた。新子は身を低くしながら襖を開け、その奥へ入る。
「大親分!博麗の巫女を連れて来やした!マミゾウ大親分!」
部屋の真ん中にある囲炉裏の前で座椅子に腰かけ、葉巻を吸いながらこちらを向いたのは、なんとあの二ッ岩マミゾウであった。
「アンタ…マミゾウ!?」
マミゾウは狸の尻尾を引っ込めて人間に擬態していた。
「おい!言葉を慎めよ!」
新子が霊夢の頭を押さえつける。だが、マミゾウは煙を吐き出しながら笑った。
「ほっほっほっほ…新子、別によいわ。しかし久しぶりじゃのう博麗霊夢…博麗の巫女さんよ」
「何してんのよこんなところで…」
「この幻想郷が禍王の手によって陥落して以降、隠れておった」
3年前、幻想郷はマガノ国の支配下へ堕ちた。その際、多数の妖怪が消失したり姿を消したりしており、霊夢はマミゾウもそのような妖怪の一匹だと思っていたが、どうやら自分が気付かなかっただけでずっとここでならず者たちを束ねていたらしい。
「へぇ…」
「巫女さんよ、先ほどの戦い…見ておったぞ。昨日までの腑抜けた様子のお主とはえらい気迫が違ったが…何かあったのかの?」
マミゾウの眼鏡の奥から鋭い視線が霊夢に向けられる。だが、霊夢は何ともない様子で小さく微笑みながら言い返す。
「さぁ?別に何もないけど」
「そうか?あの巨大な化け物はなんじゃ?マガノ国の怪物に見えたが…よもや、あれが禍王本人であった…なんてことはないじゃろう?」
「ないわね」
「ほっほっほ…では、お主のあの姿はなんじゃ?随分と猛々しい妖気を身にまとっていたようじゃが…今までのお主が出来た芸当ではないはず。もしかすると、いつもお主の後をついていた小さな狐がいないことが、何か関係しておるのかのう?」
そう言ったマミゾウの言葉には真剣さと同時に問い詰めるような棘が含まれており、霊夢もそれを聞いて少し険しい顔になった。
「…それは」
「巫女よ、昨日までのお主は、正直言って牙どころか爪すら抜かれ、絶望の中で横たわるオオカミのようだった。しかし、今日のお主はどこか違う…お主から感じる覇気は炎がごとく燻っている。一体、何があった?いいや、それよりもずっと聞きたかったことがある…誰もが疑問に思いながらもお主に言い出せなかったことだ。皆、答えを聞かぬままこの地を去った…」
マミゾウはいよいよ本題に切り込む。
「お主、博麗霊夢は3年前、マガノ国で一体何を見たのじゃ?」
「…じゃあマミゾウ大親分、アタシはこれで…」
その時、新子はただならぬ雰囲気を感じてそそくさと部屋を出ようと背を向ける。
「いいや、新子。お前さんも聞くのじゃ」
が、そうマミゾウに呼び止められると、新子は渋々といった様子で立ち止まる。
「わかったわ、全て話すわ。私がマガノ国での1週間、何を見たかを…」
…今から4年前、幻想郷は流星群に見舞われ多大なダメージを受けた。その時の混乱に乗じるように姿を現したのがマガノ国だった。
マガノ国はたびたび幻想郷を襲撃し、そのたびに妖怪の数が減っていった。それが1年続き、今から3年前、ついに幻想郷とマガノ国との全面対決へと発展した。
マガノ国は外の世界から呼び寄せたと思われる巨大な怪鳥や霊獣、そして粗悪だが屈強な兵士たちを幻想郷へ送り込んだ。
「おい、アイツら無敵か!?なんで味方に自分らごと攻撃させてんだ!?」
マガノ国の軍勢が強大だった要因は前述の巨大な怪物たちの猛攻はもちろん、とにかく数の多さにあった。そしてさらに、彼ら全員が恐れというものを知らなかったことにある。
ある程度の力を持つ妖怪にとっては、吹けば散るようなパワーしか持たない兵士たちであっても、彼らはいくら仲間が無惨に倒されようが恐怖というものを感じないため、文字通り全員が力尽きるまでこちらへ攻撃を繰り返してきた。さらに、そんな彼らが妖怪たちへ纏わりついて動きを封じ、その隙に怪物たちが味方の兵士もろとも妖怪たちを跡形も無く吹き飛ばすという手段まで取って来た。
恐怖を糧とする妖怪たちも思うように力を発揮できず、追いつめられる。しかし、そんな戦況を覆したのが人間たちである。博麗霊夢を筆頭とする異変解決のプロたちの参戦によってマガノ国軍は押し返され、いよいよ撤退を取らせることができた。
「霊夢、私はもうここまでだ…あとはお前にかかってるぞ!」
魔理沙はたまらずに去っていくマガノ国の軍勢を悔し気に睨みながら、霊夢へそう言った。既にこの戦いに出向いてきた者たちは全員疲弊し、もう敵を追撃するほどの余力は残されていなかった。
「…わかった!」
霊夢は烈火の如き勢いで敵を追い、マガノ国へ殴りこんでいった。皆が希望を託した。マガノ国による侵略を止めるには、この博麗の巫女たる霊夢の力が必要だと。
「頼む…」
「勝ってくれ、巫女…」
(許せないわ…毎日毎日マガノ国の奴らが騒ぎを起こすから、おちおち宴会もできやしない!野菜も魚も獲れなくなって、食うものにも困る日々…!ってか、そもそもこんな事態になってるってのに紫や賢者どもは何してんのよ!?)
「ここがマガノ国!?」
妖怪の山とその左右に連なる山脈を越えた先には、赤茶けた死の大地が広がっていた。いくつもの半円の形に窪んだクレーターがあり、そのくぼみの中に町のような建物がポツポツとあるのが見える。
その中にいくつか大きな建造物があり、古代のコロシアムを彷彿とさせるものや、周囲を竹で組まれた足場に囲まれた建築途中の何か、そして一番向こう側にあるひときわ巨大な銀色の不思議な形状をした城のような建造物。
霊夢はすぐにこのマガノ国という土地に根付く禍々しい邪気を感じ取り、その瞬間に全身の肌が粟立ち吐き気を催した。
(ここは…なんかヤバイ!全く理解の及ばない得体のしれない何かの悪意が渦巻いている…)
凄まじい悪寒。今すぐにでも引き返して、一刻も早くここを出たい。
だが、霊夢はそんな感情を何とか押し殺し、一番巨大な建物を目指して高速で空を飛ぶ。霊夢の勘が、あの建物に敵の首魁とされる禍王がいると告げていた。
「何を言ってんのよ博麗霊夢!!ここまで来たからにはやることはひとつ!禍王ってヤツをぶっ倒して、そのままマガノ国を壊滅させて幻想郷へ帰る!!」
霊夢は全身に真っ赤な霊力を纏い、大きく振りかぶったお祓い棒に七色の覇気を込める。そして、ぐんぐんと近づいてくる銀色の城目がけて振り下ろそうと渾身のパワーを発揮する。
…キンッ ギュオン!!
「…ッ!!?」
しかし、霊夢は突然側頭部へ強い衝撃を受け、視界が真っ白に染まった。何が起こったのか理解した時には、既に霊夢は銀色の城近くのクレーターの斜面にめり込む形で仰向けに突っ伏していた。
何が起こったのか…そう、空中より奇襲を仕掛けてきた何者かの飛び蹴りを喰らい、ここまで吹っ飛ばされてきたのだ。
「いった…」
背中が痛み、頭から血が流れてくる。
「おーおー、一体何者だお前は」
「…きひひひひっ」
その時、目の前に降りてきたのはふたりの見知らぬ女。最初に喋ったであろう方は、深い緑色の長い髪を三つ編みにし、黒いぴったりしたズボンと赤いシャツを纏い、腰の後ろからは四角く硬質な鱗に覆われたトカゲのような長い尻尾が見える。
もうひとりは、背中に大きな黒い翼を持ち、足元まで隠れる黒いロングスカートと外套を纏う、眉毛のない凶悪な目つきと釘のような歯が並んだ口を釣り上げて笑みを浮かべている女だった。
どちらも並々ならぬ妖力を放ち、妖怪としての格はかなり上澄み…もしも幻想郷にいたならば一度は目にするか存在に感づいたことがあるだろうレベルだ。それでも霊夢が初見だということは、恐らくこのふたりは外の世界からマガノ国へやって来た妖怪であるのだろう。
「…うおっ!?」
だが、霊夢は質問に答えることも怯むこともなく、先ほどまで溜めていた霊力を乗せたお祓い棒を振るった。自在に伸縮するそれはあのふたりの元まで届いた。
しかし、彼女らは身を翻してそれを躱す。霊夢はすかさず立ち上がり、もう一度攻撃をお見舞いしようと飛び上がった。
「おとなしく…しろ!!」
が、緑髪の妖怪はお祓い棒を掴んで受け止め、霊夢の腹へ強烈な蹴りを叩きこむ。続けて黒髪の妖怪がせき込んで怯んだ霊夢の首を掴み、そのまま空高く上昇し、その後一気に急降下して勢いづけたまま地面へ叩きつけた。
「ぐは…う…!」
霊夢は地面を転がり、泥だらけの姿でうつ伏せになる。緑髪の妖怪が霊夢に近寄り、髪の毛を掴んでその身体を無理やり持ち上げる。
「あ…!」
「おい、何だコイツは?見たところ人間らしいが」
(クソッ…体が動かない…!)
幻想郷での激しい戦いを終えてマガノ国へ直行してきた霊夢の体力は既に限界に近かった。確かにこのふたりは強いが、それでも霊夢が万全の状態であれば何とかすることもできたかもしれない。しかし、今の疲弊した霊夢ではこれ以上抵抗することもできなかった。
「まさか、こんなのがうわさに聞く博麗の巫女とやらか?…まあいいか、とりあえず…総督のところへ連れていくか」
この時の霊夢には、まだ隙を見て逃げ出して体力を回復させ、もう一度挑んでやろうという気概はあった。だが、これから先に見たものこそが、霊夢の心を折るには十分すぎる威力があったのだった…。