れいむとシロ 【改】   作:ねっぷう

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第九話 「絶望と倦怠の波」

捕らえられた霊夢は、両手を後ろで拘束され、目隠しをされたままどこかを歩かされた。

どれだけ歩いただろう…しばらくすると目隠しを外され、赤い光が視界に指す。すぐに明るさに目が慣れ、周囲を見渡す。

ここはどこかの部屋の中…床は畳、壁には灯りが灯されていて、ぼんやりとしている。だが、目の前の襖の奥で胡坐をかき、膝の上で肘を立て顎を乗せて佇む大きな影を見てギョッとした。

 

「アンタ…まさか」

 

でかい。座っている状態で霊夢の身長の倍くらい高い。ゆったりとした和服を羽織り、蛸のような外見の頭部の口元に連なる触手が揺れ、瞳の平べったい黄色い目がじっとこちらを見据えている。

 

「貴様が博麗霊夢か」

 

「禍王!!」

 

瞬時に理解した。ずっと、どこで何をしていても常に頭の片隅でその存在を感知していた。寝ているときでさえもずっと、その圧倒的すぎる生命力を嫌でも感じてしまっていた。

ようやく分かった、その正体こそが、この禍王。

霊夢は勢い良く飛び上がり、手を拘束する鎖は破壊できなかったが、ならばとドロップキックの要領で両足を向けて襲い掛かる。

 

「何してんだ、控えろ下郎が」

 

だが、突然空中で首を掴まれ、勢いよく床へ顔面から叩きつけられる。そのまま強く押さえつけられ、身動きが取れなくなる。

 

「離しなさい…ッ!」

 

自分を押さえつけているのは、マガノ国へやってきた直後に自分を蹴り飛ばした鰐女だ。

 

「クコココ…顔を上げさせろ、和邇渕(わにぶち)

 

禍王がそう言うと、和邇渕と呼ばれた鰐女は霊夢の後ろ髪を掴んでグイッと顔を引っ張り上げる。

 

「落ち着け、まずは話をしよう」

 

「落ち着けるわけないでしょ…!まずはアンタが先に手下どもを幻想郷から引上げさせなさい!」

 

霊夢は怒りの形相で歯を噛み締めながら禍王を睨む。

 

「まあ聞け、取引をしようじゃないか。その返答次第で、これからどうするか決めてやるぞ」

 

「取引ィ…!?」

 

「そうだ。博麗の巫女、お前は己の配下になれ!」

 

「はァ…!?」

 

霊夢の額やこめかみにピキピキと青筋が浮かび、ますます怒りを露わにする。禍王は一切それにかまう様子無く続ける。

 

「己たちの依頼で幻想郷の妖怪どもを退治するのだ。報酬は出す。いいだろ?」

 

「ざっけんじゃないわよ!どこまで私たちを馬鹿にすれば気が済むの!?」

 

「そうか。おい」

 

禍王はそう言うと、部屋の外を顎で指す。すると和邇渕が再び霊夢を引っ張り上げ、無理やり立ち上がらせる。

 

「いつっ…」

 

その時、右手に鋭い痛みを感じて視線を落とした。先ほど、和邇渕と共に自分を襲撃した片割れ…黒い外套とロングスカート、背中から翼を生やした凶悪な人相の妖怪が自分の指に噛みついていた。霊夢と目が遭うと、不気味に口の端を釣り上げて笑い、直後にブチッと勢いよく顎を引き、なんと霊夢の右手の人差し指と中指を嚙み千切った。

 

「うっ…くああっ…!」

 

両手を縛られているので傷口を押さえることも出来ず、髪を掴まれているのでその場で歯を噛み締めて痛みに呻くことしか出来ない霊夢。

 

窮奇(きゅうき)、まだ早い!いきなり指を千切るやつがあるか!」

 

「きひひひ…」

 

窮奇と呼ばれた黒い女は指を飲み込み、気味悪く笑った。

 

「全く、私の部屋で爪からやろうと思ったが…総督、この者をさっそく外へ連れて行って構いませんね?」

 

「クコココ!ああ、好きにしろ」

 

 

…その後、博麗霊夢は磔にされた状態でマガノ国中を引き回された。その最中に霊夢が目撃したのは、マガノ国が使役している巨大な怪物たち、それらと奴隷にされた人間や妖怪を無理やり戦わせる闘技場。そして、奴隷を使って途方もなく巨大な石の建造物を組み上げている光景…奴隷は鉄筋で骨組みを作り、石灰と石を混ぜた灰色の粘土をその周囲へ固め、一体何なのかもわからない石の塔を作っている。

 

(殺す…)

 

霊夢はそれらを見ながら、胸の内に憎悪を煮えたぎらせる。虫唾の走る気味の悪い怪物ども。そして何よりも、奴隷として無理やり働かされる人間や妖怪たちの中には見たことのある姿もチラホラあり、そんな彼らの姿を見ていると、強く実感するのだ。

 

(マガノ国は絶対に私がぶっ潰して、禍王も誰も全員ぶっ殺してやる…!!)

 

マガノ国への殺意を。

それから、霊夢は何日にも渡って晒され続けた。禍王は霊夢の心を折るために拷問紛いの扱いを強いているのだろうが、霊夢は罵声を浴びようが和邇渕や窮奇に痛めつけられようが裸に剥かれようが絶対に反逆心を鎮めることはなかった。

というのも、霊夢には確固たるとある確信があったからだ。それは、八雲紫の存在である。マガノ国の存在が幻想郷に広まり始めてから、紫は一切表へ出てきていない。霊夢の勘は、紫はマガノ国へ対抗する手段をどこかで用意し、備えているだろうと告げているのだ。

 

(紫が来ればそれをきっかけにして敵を叩ける!だから早く来なさいよ、紫…!)

 

紫が来ればこの現状を打開できる。例えば、永遠に夜が明けない異変の時も共に解決に乗り出したこともある。

希望はある。だから今は耐え忍ぶんだ…今に紫が…

 

「…え…」

 

だが、霊夢は目ざとく発見してしまったのだ。遠くにある禍王の城の屋根の上で、偉そうに片膝を立てて座り込む禍王と、その左右につく和邇渕と窮奇の姿。そして、彼らと共に霊夢をゴミでも見るかのような心底憐れんだ表情で見下ろす、紫の姿を。

 

「…紫」

 

紫は禍王や和邇渕らと共に明らかにこちらを見ながら嘲笑ってくる。

 

(そっか…)

 

霊夢の仕事は主に妖怪退治や異変解決。それらは紫を筆頭とする賢者たちが作ったルールに基づいてのものである。他でもないその紫本人が、幻想郷史上最大の危機をもたらしている大異変の親玉とつるみ、自分を見て笑っている。

幻想郷のルールそのものがそのような態度をとるのであれば、霊夢はそれに従うほかない。ここまでですり減っていた心の支えを崩された霊夢はその場で項垂れ、それ以降はどんな喧騒も言葉も頭に入ってこなかった。

 

 

「博麗の巫女、従う気になったか?」

 

禍王の部屋にて、禍王は座り込んだまま項垂れる霊夢に声をかける。霊夢は下を向いたまま一言も発さない。

そこへ和邇渕が近寄り、耳元で言う。

 

「契約しようじゃないか。お前は我々の依頼する妖怪を殺す。我々はそれに応じた報酬をくれてやる。いいだろう?これから幻想郷の人間どもは食い物すら自力で調達できなくなる!しかしお前だけは今まで通りの仕事をするだけで飯が保証されるんだ、こんな待遇はないぞ」

 

しかし、霊夢はやはり何も反応しない。

 

「まあ、お前に断るという選択肢はないだろうがな。見ただろ?既に百を超える数もの人間と妖怪がこのマガノ国で奴隷として使役されている。つまりはそれだけの人質がこっちにいるようなものなんだ。わかるよな?クハハハハ…」

 

そこで、ようやく霊夢は少しだけ顔を上げた。

目の前には片膝を立てて座り、ふんぞり返る禍王と、八雲紫と窮奇がそれに寄り添っている。

 

「…好きにしなさい」

 

「ははは、嬉しいよ、契約成立だな。それではさっそく仕事の依頼だ、お前がこの境地へ入ってきた時と同じ場所から幻想郷へ帰り、神社へ戻れ。その道中、近寄ってきた妖怪、目についた妖怪は一匹残らず始末しろ!」

 

「な…」

 

「前払いだ」

 

小さい声で反論しようとする霊夢に、和邇渕は報酬の前払いとして一握りの米と味噌を押し付けて黙らせた。

 

 

 

 

 

 

「おお、巫女が…博麗が帰って来たぞ!」

 

丸一週間が経過したころ、マガノ国との境目で霊夢を待っていた妖怪たちは、帰還した霊夢を出迎えた。かつては霊夢に退治され、敵対していたものも今回ばかりは霊夢の活躍を期待せざるを得なかった。

だが…霊夢は近寄る妖怪たちを圧倒的な力で薙ぎ払い、寄せ付けない。

 

「なぜだ、博麗の巫女!!」

 

「マガノ国の奴らを倒したんじゃないのか!?」

 

霊夢は何も答えず、神社へ向けて一直線に飛んでいく。突然の理不尽な仕打ちを受けて怒る妖怪、真相が気になる妖怪たちが彼女を追いかけるが、そんな彼らをも霊夢は吹き飛ばしていく。

 

「…なんでだ?一体お前に、何があったんだよ…」

 

同じく霊夢の期間を待ちわびていた霧雨魔理沙も、妖怪たちを蹴散らしてゆく霊夢の姿を遠目で見ながら絶望し、拳を握り締めるのだった。

 

 

 

──────────…

 

 

 

「…これが、私がマガノ国で見た全てだわ」

 

話を終えた霊夢。マミゾウは何も言わないが真剣な表情で頷き、新子は驚いた表情で震えている。

 

「な…テメェ、そんな目に遭って…たの…かよ…!?」

 

「霊夢よ」

 

マミゾウが口を開く。

 

「大体そんな事情だろうとは察していたが、そりゃあ…誰にも言えず、つらい思いをしたのう…」

 

その言葉を聞いた瞬間、霊夢の口元が歪み、目頭が熱くなってしまう。が、そのまま顔を上げてどうってことないように振舞う。

 

「いや…私が奴らに折れてしまったのは紛れもない事実!でも…私には大事な家族がいた。絶望と倦怠に沈んだ私に寄り添ってくれて…最期に、一緒に夢を叶えようって言ってくれた。だから私は絶対に夢を叶える!そのためにマガノ国は…絶対にぶっ壊してやるのよ!」

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