死んだはずの妹からメールが来た   作:宮比岩斗

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3章 守るべきもの

 刀を持ったモデルくんこと北御門、そして神を名乗る樹神という女性との邂逅、その後を語ろうと思う。

 

 巡回していた警察に北御門が銃刀法違反で手錠を掛けられた。

 

 バカみたいな話であるが、本当の話である。格好良く登場して、女性に説教されて締まりなく、警察に捕まるなんてオチもつけた。モデルではなくコメディアンの方が向いているのではなかろうか。

 

 残念ながら前科はつくことはなかった。

 

 手錠を掛けられたまでは事実ではあるが、そこに樹神さんが介入して事なきを得た形だ。警察も樹神さんの顔を見るなり、お偉いさんだと気付いたらしく北御門に対して横暴だった口調がへりくだるものへと変化した。

 

 この土地における天樹会は、法で縛られない程度には力ある宗教らしい。

 

 警察が去ったあと、俺は色々問い質そうとした。

 

 だが樹神さんにそれを止められる。今日は遅いから日を改めようということらしい。子供はもう寝る時間で、夜更しは美容の大敵、ということで押し切られた。押し切られてしまうぐらいの陽の者であった。

 

 次会う日取りを決め、その日は解散の運びとなった。

 

 とは言っても俺はバイト先に戻るだけだったが。

 

 バイト先では妹と桜庭が俺の帰りを待っていた。送り狼しなくて偉い、などと人をケダモノのように茶化してきたりした。下手に心配かけるべきではないと思い、襲われたことを漏らさないようのらりくらり躱していると妹が唸る。

 

「にーちゃんさ、何かあった?」

 

 元々勘の鋭い子であった。動物的勘に類する何かを持っていた。昔から俺に何かあると一番に気付くのはいつも妹だった。隠し事をすると人は何か普段とは異なる挙動をしてしまうのだろう。それを妹は直感で見抜いてしまう。

 

「なにもないけどどうかしたか」

 

 だが論理的思考がズタボロで落第点が平均点な妹は隠し事をしたことはわかっても、何を隠したかまでは推理できない。延々と二択問題を出されたりすれば逃げ場はないが、阿呆に回る知恵などありはしない。そもそも知恵が回るほど賢いのならば阿呆などとは呼ばれない。

 

「うーん、なんだろ。にーちゃんが気持ち悪い」

 

「気持ち悪いとはなんだ。これほどできた兄は地球上探しても他にはいなだろうに」

 

 隠し通そう。

 

 あの少女の目的は神に至ること。そのために記憶をを奪っている。そして、妹を殺した存在ではないという。少女の言うことを信じるならば、妹を狙わないように協定を結ぶことも可能ということになる。

 

 そのためには俺が少女の仲間になる選択肢を取らねばならない。その場合、工藤さんの記憶を取り戻したい桜庭と敵対することになる。少女の口振りからして、一度奪った記憶を元に戻すのは難しいのだろう。この事実もまた桜庭には伝え難い。

 

 ゆえに情報を全て俺自身でせき止め、よりよい解決策を探したい。

 

 誰を犠牲にして、何を求めるのか。

 

 明日、天樹会に一人で乗り込み、情報を得て、それを模索する他ない。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 天樹会の本拠地は雑居ビルである。ビル一棟丸ごと借りているらしく、各階で宗教法人としての活動を行っているようであった。

 

 樹神という女性から会おうと言われた場所はこのビルである。話は通しておくから時間になったら、受付のねーちゃんに誰それと伝えれば通すように言っておくとのことであった。だが、乗り込むぞという意気込みが強すぎて、時間よりも早く到着してしまう失態を犯していた。

 

 北御門を呼び出そうとも考えたが、妹に話を聞かれたくないゆえ携帯は自宅に置いてきたので連絡を取りようがない。

 

 一階はエレベーターフロアらしく、そこを少しばかり覗いてどこかで時間を潰そうと考えていたら見知らぬおばさんに肩を叩かれる。

 

「あら、あなた天樹会に興味あるの? おばさんが一緒についてってあげるわよ」

 

 そう言うやいなや、俺の腕を引っ張り、タイミング悪く開いたエレベーターにそのまま連れ込まれてしまった。エレベーター内でおばさんに「興味ないです」と断りを入れるも「だいじょーぶ。うちは他の新興宗教と違って、江戸から続く老舗だから!」と押し切られた。

 

 中高年は人の話を聞かないという特性があるらしい。いくら俺が否定し続けても「だいじょうぶよ~」と聞く耳をもたない。掴まれた腕を振りほどくという手もあったが、このあと樹神さんと会うのにそこの信者と揉め事を起こしたくない思惑もある。

 

 あれよあれよと新規会員説明会らしき場所に「追加で一人ね!」と放り込まれ、俺はパンフレットの山を手渡された。

 

 俺が最後の一人だったらしく、席に着くと同時に説明が始まった。

 

 説明された内容は、以前調べた内容と大きく変わらないようであった。ボランティア活動が主であり、他には地域活性化を目的とした活動もしているという。顔役という部分は地域活性化で担っているのだろう。

 

 周囲の参加者を見渡す。

 

 十数人程度の参加者がいるようだが、若い人はいなかった。

 

 皆さん、中高年以上で身なりのよろしい方が多いように思えた。あまりにバシッと決めている方が多いので、これは新規事業説明会の場か社交界に類する一般市民には知る機会のない何かなのではないかと勘ぐってしまう。

 

 あまりに周囲を見回していたら隣の席のダンディなオジサマに「君、気が散るからあまりキョロキョロするものじゃない」と注意されてしまった。

 

 このオジサマも例に漏れず、むしろ舐められないようにという思いが先走っているようで、ブランド物らしきシルエットが素晴らしいスーツに、腐れ大学生の俺でも名前ぐらいは知っている老舗メーカーの腕時計をつけていた。全身で総額幾らになるか、しがない大学生の俺には想像もつかない。

 

 説明会の一環であるオリエンテーションでは、参加者同士が自己紹介する場が設けられていた。

 

 ここが参加者にとっては本番だったらしく、一通りの自己紹介が終わると商談が始まってしまう。自らの会社がどんなことをしているのかを語っていたのは、自己PRだったのだ。ちなみに俺の自己紹介の時は、学生ベンチャーか何かだと期待されていたのか、ただの学生と言ったら目に見えるほど落胆されてしまった。

 

 無理矢理連れてこられて落胆されるなんて理不尽の極みである。

 

 その後は俺はいないものとして商談が進み、商談もひと段落つくと、話題は将来的に会長やその周辺と懇意にできる人が現れるのかというものだった。話している内容から察するに、街の顔役と親しくなれば商売をする上ではとても便利というものだった。

 

 その話に加わる気もなかったが、周囲のオジ様達は軽んじていいという評価が下った俺に勝ち誇った顔や大げさに呆れた表情を見せてくる。

 

「みなさま、本日は珍しく会長がいらっしゃいますので挨拶をしていただきたいと思います。再度ご着席していただき、少々お待ちください」

 

 司会進行の指示に従い、元いた席に座る。

 

 それから一分ほどして、会場の扉が開かれる。レディーススーツの樹神さんが会場に入り、登壇する。ハイトーンのグラデーションカラーの髪とレディーススーツ、颯爽と歩く姿が噛み合ってまるでランウェイを歩くモデルのようであった。

 

「天樹会会長務めさせていただいております、樹神真紀です。本日は説明会にお越しいただき――ってキミ、ここでなにやっとんの?」

 

 樹神さんが俺を指差す。

 

「信者の方に放り込まれました」

 

「あーもうそれは悪いことしたわ。彼らに悪気はないねん。許してやってくれへんか」

 

「出て行くタイミングなかったので参加してましたが、もう出てってもいいですか?」

 

「この挨拶終わったら例の件、すぐ行くから待ってて。なんなら敏樹はもう待たせてあるから」

 

 樹神さんが近くの信者に指示を出して、俺は応接間に案内されることになった。

 

 説明会の会場から出て行く際にちらりと後ろに目を遣る。

 

 まさか俺が会長と知り合いだったとは思わなかったのであろう。目を大きく見開いたり、口から力がぬけてアホ面をかましたり、など多種多様な愕然とする様を観察できた。

 

 通された部屋には北御門が待機していた。まだ約束の時間までは早かったからか俺の顔を見て、そのままの動きで壁にかかっていた時計を見ていた。

 

「早かったね。時間通りに来るものだと思ってたよ」

 

「俺もその予定のはずだったんだけどな」

 

 そうボヤいたら案内してくれた人が「この人、何かの手違いで説明会に参加するハメになって、先ほど会長がその姿を見て驚いていました」と苦笑した。

 

「あぁ……あれに参加したんだ。いい気しなかったでしょ」

 

 気まずそうな顔をされた。

 

 どうやら北御門もあの説明会が厄介な面々の交流の場になっていることは認識しているようであった。

 

「袖の下渡しそうな奴らばっかだったな」

 

「宗教法人を名乗ってはいるものの、実態は慈善活動団体みたいなものだから渡されても困るけどね」

 

「その割には会長にお近づきになりたいって参加者全員言ってたぞ」

 

「幹部になりたいんだろうね。街の顔役として引っ張りだこだから、経営者からすれば魅力的なんだろうね」

 

「そう聞くと悪徳宗教にしか聞こえないぞ」

 

「安心して彼らは幹部にはなれないから。なれるのは会長が本物の神様だって知っている中でもごく一部。今の幹部にも経営者はいるけど、そういう人は元から会長が本物の神様って知ってる人だから」

 

「それを隠して金蔓を説明会に参加させるとか、悪徳というかズルいな」

 

「え、あ、そ、そうなの……かな?」

 

 頭を捻る北御門。

 

「あ、でも! 三刀くんなら幹部候補として迎え入れられるよ」

 

 その提案は部屋に入ってきた人物によって却下されることになる。

 

「やめとき! 宗教なんてうっさんくさいもの。そんなんなくても人は生きていけるんやから」

 

 脱いだジャケットを肩に背負って登場した樹神さん。ジャケットを北御門に投げて渡し「疲れたぁー」とボスんとソファに腰掛ける。

 

「あー何度やっても人前に立って話すの苦手やわー」

 

 正面に座った樹神さん。説明会のシャンと鈴が鳴るような立ち振る舞いは彼女の本来の性格からかけ離れているのだろう。畳の上で寝転がり、座布団を丸めて昼寝するような着飾らなさが彼女本来の持ち味なのだろう。

 

 その横に座る北御門は立ち上がり、ジャケットを畳む。手際も、その出来も綺麗なものであった。普段からやらされ慣れているのがその所作から伺えた。

 

「宗教法人の会長が、宗教を胡散臭いとか言ったらお終いですよ」

 

 苦言を呈すのは北御門。

 

「こちとら神さんがぎょーさんいた時代の先輩方に、自分の教えからかけ離れたものになってるって愚痴られた身にもなってみぃ。阿呆らしくなるで。果ては神々が去った時代に神の声を聞いたなんて嘯く輩の多いこと! おかげで神様自らが道を違えないように目を光らせてる天樹会まで変な目で見られて、マジで阿呆くさくてしゃーないわ」

 

 なかなか明け透けな方らしい。

 

「それに数百年ぶりに神さんが生まれるから指導役任されたと思ったら、こない厄介なことになってるしで、もー面倒!」

 

 樹神さんはソファの背に両腕を回し、足をだらりと伸ばして天井を仰ぎ見た。

 

「樹神さん、その数百年ぶりに生まれる神というのはあの少女のことですか?」

 

 数秒の間があった。

 

「そうともいうし、そうではないとも言えるなぁ」

 

 顔をコチラに向ける。

 

「あの子も神候補やし、あんたの妹さんも神候補の一人や」

 

「妹が神候補というのはどういうことだ」

 

「そのまんまの意味や。神になる候補の一人ってこと。ただ、誤解を恐れずに言わせてもらうなら、候補なんて生まれるはずはなくて、そのまま神になるはずやった」

 

「意味がわからないな」

 

 そこから樹神さんの解説は始まる。

 

 神というものは万物の概念に対して宿るが、宿るものは神代の時代に尽きており、新しい神は地域信仰などから生まれる弱々しい神だという。ただ、近代になり、初めてできた概念ができた。それがインターネットだという。インターネットが生まれ、概念が定まり、神が生まれる土壌ができるまで百余年。去年に新しい神が生まれるはずだったという。

 

 神というのは三つの出自がある。

 

 概念、それ自体が神になるもの。神代の神などがこれに当たる。

 

 妖怪や精霊など、超常的存在が神に至るもの。

 

 人が神に成るもの。

 

 その三つのうち、今回の事例でいくと精霊か人かどちらかが神になるものだと思われていたと樹神さんは語る。

 

 ただ、二柱の神候補が生まれるというアクシデントが発生した。

 

 これに関しては原因を調査中である。ただ、新しい概念が生まれにくくなり、次の神が最後の神となる可能性が高いため、様々な思惑が交差しているのではないかということだ。

 

「妹は生き返らないのですか?」

 

 これに対する答えはこうだ。

 

「肉体の復活という意味では無理やな。けど肉体の再構築という意味では可能」

 

 エネミーの少女。あの子は元々精霊であり、肉体を持たない存在である。神としての力を高めることで受肉という形で俺に接触を果たしたそうだ。つまりは妹も神としての力を高めれば、現実世界に復活することができるのだという。

 

「どうすれば力を高められるのですか?」

 

 人の感情を得ることが神の力を高めることに繋がるらしい。あの少女は記憶を奪うことで力を高めている。また、有名になったことで畏れという形で力を高めることもできているのだろうとのことだった。

 

 妹を復活させるには感情を手に入れるための手段が必要ということになる。少女のように記憶を奪うのが効率がいいとしても、その手段を妹は選ばないだろう。俺と違って人に優しいから。

 

 ならばどうするか、と頭を悩ませていると北御門が人差しを立てる。

 

「妹さんならアイドル活動が軌道に乗ればすぐに受肉できますよ!」

 

 畏れすらも力になるのならば、アイドルに対する憧れや感動も力になるというのは理屈が通る。

 

 しかし、なんだろう。

 

 妹を神にするため、アイドル活動を支援しなければならない。

 

 字面に起こすと、平行線を辿るはずの文字たちが正面衝突をしているような気がしてならなかった。

 

 妹を神にする。

 

 それは過程であり、俺の目的ではない。妹の肉体を取り戻すこと。元の生活と変わらない生活を、人として得られた人生を取り戻すことが俺の目的だ。人として暮らすことができなくなったとしても、それに近い生活を送ってもらいたい。兄としての望みでもある。

 

 あの少女は神に至らずとも受肉していた。ならば、そこそこの力を得る程度で神に至らずとも俺の望みは叶うのではないだろうか。もし神がどちらかしかなれずとも、あの少女と競合相手にならずに済む。その場合、桜庭と工藤さんのことは捨て置くことになるが、そもそもの目的が違うから物別れになっても仕方ないだろう。もっとも記憶を取り戻したくない工藤さんには感謝されそうな気もする。

 

「神様になることのメリット、デメリット。ならないことのメリット、デメリットは何かありますか?」

 

「んー神様のメリットかー、自分の領分に関しては色々都合がつくこと。残り少ない神やから国から色々特典もらえることぐらいやんな。ま、偉くなるってことで人間社会で営む上でのしがらみあるし、天上に帰ったお偉いさんから無茶振りされることがあんのがデメリットやな」

 

 一呼吸置いて「神様にならないこと場合は……」と口にしてから言い淀む。

 

「何か問題でも?」

 

「いやなぁ、メリットはしがらみがないこと。まー受肉してそっちで過ごすなら身分証明とか色々申請必要やけどな。デメリットは特に見当たらへん。つまり、神様にならへん、ことの方がお得なんや。そう考えたら今の立場放棄したくなってきたわ」

 

 北御門は「それだけはやめてくださいね」と釘をさす。

 

「えーもうウチがいなくても回るやろ」

 

「僕たちにはまだ会長が必要なんです」

 

 目の前がわちゃわちゃ言い合っている中、思考する。

 

 方針は定まった。

 

 妹を神にしない程度に力を高めて、受肉させる。

 

 あとは疑問の確認ぐらいでいいだろう。

 

「いくつか質問してもいいですか?」

 

「ええで」

 

「妹、少女、神に至る途中でどちらかしか生き残れないなどはありますか?」

 

「ない。余ってる神の座はまだ一つやから、早いもん勝ちではあるけどな」

 

 まだということは将来的に増える可能性があるということだろう。太陽神など、複数の神話で存在が確認できるものもある。ただ、最後の神になるという話もあったので、それは人からすれば果てしなく遠い未来の話なのだろう。

 

「先日の大会で、もし妹がエネミーに倒されていた場合、妹はどうなっていましたか?」

 

「あーウチも電脳世界で振るう神の力については専門外だから推測になるけどな。よくて元々少ない記憶の全てを失う。最悪、存在の消滅してたかも」

 

 あの戦いは全てが終わる可能性があった。妹は逃げる指示を無視して、戦いに参戦した。運良く撃退に成功したが、もし失敗していたら妹は消滅し、俺は一生自分を呪っていただろう。

 

「ま、妹ちゃんはまだ存在が不安定っぽいから怪しい精霊とかにだけ気を付けてれば大丈夫やろ。魂と記憶は紐づいてるから、記憶を奪われない限りは問題ないやろうし。普通にゲームしてて死ぬ分には記憶奪われるわけじゃないやろしな」

 

 ならばやはり少女との交渉は必要そうだ。

 

 しかし、そうなると一つどうしても知らなければならない情報がある。

 

「なぜ、少女は神になりたいのですか。話を聞く限り、なる理由がなさそうですが」

 

 樹神さんは腕を組み、唸る。

 

「……偉くなりたいんやろなぁ」

 

 思ったより俗な理由な気がしてきた。

 

「偉くなって何かできることがあるのですか?」

 

 仮にも神様になるのだ。権威とか目に見えない何かがあるのだろう。そうでもなければ偉くなって責任も増えるけど給料は増えないみたいな罰ゲーム人事のようなものに進んでなりたがるものはいないだろう。いるとするならば理想主義者か生粋のマゾヒストだけだ。

 

「いんや、ない!」

 

 これは何か目的があるかマゾヒストだと考えた方がいいのだろうか。

 

「せやけど、精霊だった彼女の噂聞くところによると、精霊らしくなく真面目で堅物だったみたいやから上昇志向はあったはずや。そもそも次の神になりたいってウチに自薦してきたぐらいやからな」

 

「……ちょっと待ってください。あの少女と以前から交友があったのですか?」

 

「交友っつーほどのもんでもないけどな。たまに業務連絡もらう程度の関係や」

 

「神様の組織がどうなってるのか知りませんが、少女をそのまま神にしてあげれば今回のこと起きなかったのではありませんか?」

 

「せやな。てかそこが謎やねん。ウチもやる気ある奴が神になるもんやと思ってたら、なんの関係もない嬢ちゃんも候補になったって聞いて驚いたわ。それにさっきの説明では省いたけど、人が神になるにはそもそも広く純粋に信仰の対象になるか、別の神様かそれに準ずる何かに見初められなアカンねん。一般人だった嬢ちゃんが候補になること自体が異例やわ」

 

 妹はネットアイドルをやっていたが、俺らとコラボする以前は俺の耳にも届かない程度の認知度、ぶっちゃけ地下アイドル未満だ。そんなものが神になれるのなら、世の中神様だらけだ。もっともネットの世界は気軽に神呼びされる人は多いのだが。俺でさえ今や量産型アバターの神みたいな扱いをされてしまっている。

 

 だとすると見初められたというわけになるが、超常的存在のツテはエネミーの少女か樹神さんしかいない。その樹神さんも知らなそうなので少女に聞く他なさそうだ。

 

「聞きたいことは以上でええか?」

 

 出されたお茶を口に含む樹神さん。

 

「そういえば大したことはないんだがあの少女に名前はないのですか? 以前助けてもらった際に名付けしてくれと言われたのですが」

 

 そのお茶は喉元を通ることなく俺の顔面に吹きかけられることになった。プロレスの毒霧のように、それはもう器用に霧状にして吹き出したものである。おかげさまで顔面余すことなく涎が混ざった水滴が付着することになった。

 

 咽返る樹神さん。北御門がハンカチを俺に手渡し、樹神さんの背中を擦る。そのハンカチはえらく肌触りが良かった。

 

「いやーごめんなぁ。マジで驚いてしもて」

 

「名付けがですか?」

 

「せやな。名付けは神や精霊、妖怪みたいなもんにとっては大事な行為なんや」

 

 隣の北御門もそれは知らなかったらしく、へぇと関心を寄せる。

 

「僕も知らないことなので詳しく教えて頂いてもよろしいですか?」

 

「あー言う機会なかったもんな。ま、言うて難しいことやあらへん。名付けってのは己の在り方を縛り、力の方向性を定める行為のことや。自分で付けても、人から決めても、どちらでもええんやけど自分の名前だって認識することが大事なんや。同性なら親友の証みたいなもんやけど、異性に頼むのはもはや愛の告白みたいなもんやで」

 

 この世に生を受けて此の方十九年。

 

 どうやら気付かないうちに生まれて初めての告白をされていたらしい。

 

「いやーそんなことしてたとは。そりゃ口説き落とそうとしてるとこ邪魔されたらキレるわな」

 

 豪快に笑われた。

 

「まさかあの子がそないなことするなんて思いもよらんかったわ。初恋に振り回される気分はどうよ、色男さん?」

 

「恋愛弱者の俺には手心を加えて欲しい気分ですね」

 

「ウブな恋ってのを楽しんでみるのも存外ええもんやで」

 

 神様でも女性なので恋バナが好きなのだろう。今までよりも目を輝かせて、前のめり気味に会話を打ち返されていた。

 

「……樹神さんは妹と少女のどちらに神様になって欲しいのですか?」

 

 樹神さんは肩をすくめる。

 

「試してる訳でもないから素直に聞いてな。ウチは本当にどっちが神になってもかまへんのよ。どちらが神になっても、悪させん限り、その後にやることは変わらへんしな。だから中立の立場やね。ただ、犠牲は少なくしたいから動きはするし、今回の騒動の鍵になりそうな君は多くを知って判断してもらいたいからこうやって伝える場を設けたんや」

 

 俺の思惑などお見通しなのだろう。その上で犠牲を少なくしたいという向こうの要望も聞けた。ここでの犠牲者とは命を落とすもののことを指すのだろう。記憶の簒奪者となっている少女は工藤さんのような最初の犠牲者を除けば大した記憶は失っていない。これは樹神さんにとっては許容できる範囲だと考えられた。そうでなければ犠牲を少なくすると言う方針で、少女を放置するのは矛盾してしまう。

 

 ならば俺が取るべき選択肢は、少女を神とする物語だ。

 

 これは桜庭との決別を意味していた。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 天樹会での話し合いが終わって自宅に着く頃には、日も落ちて暗くなっていた。

 

 電気を点け、コンビニで買ってきた弁当をレンチンしていると置いていった携帯から「やーっと帰ってきた! 遅い!」という文句が飛び出した。

 

「おかえりなさいの一言ぐらいあっていいんじゃないか」

 

「うわーにーちゃんって案外亭主関白タイプ?」

 

 その画面を見ると電池残量が赤くなっていた。

 

「てかにーちゃんってば携帯忘れるとかドジなとこあんね」

 

 ケラケラと残り少ない携帯画面の中で腹を抱えて笑う。ピコンと携帯が充電を欲する通知を見せてきたので、そのまま充電器に指す。そしたら妹が「あぁぁぁ生き返るんじゃぁぁ」などとマッサージチェアに腰掛ける老人の如く声を震わす。その演技は真に迫り、喉仏にジジイが住んでいるようだった。

 

 ジジイが引っ込んだ喉仏で訊いてくる。

 

「今日どこ行ってたの?」

 

 これについては言う気がなかった。

 

 下手な言い訳をして妹の勘に触れてしまうのを避けたかった。だったら最初から言う気がない意思表示をしておくのがベターだというものだ。大した情報を与えなければ妹の知能では辿り着けないだろうと確信している。

 

「女の子とデートしてた」

 

「ダウト」

 

 驚きやしないと思っていたが反応一つ示してくれないのは少しばかり寂しい。

 

「にーちゃんさー、つまんない冗談やめなー。にーちゃんとデートしてくれる人なんてこの世に存在するわけないからさ」

 

「舞香さんや、少し辛辣過ぎやしないか」

 

「妹を放ってどこかへ行った人には当たっていいという判例があるのですよ」

 

「どこの妹独裁国家の判例だよ」

 

「シスター合衆国という、妹の妹による妹のための政治という妹絶対主義政治の原則を謳った国家のものですねー」

 

「人種問題よりも兄妹間格差が問題になってそうな国だな」

 

「だからにーちゃんは私に全てを曝け出す必要があるのですよ」

 

「残念ながらここは日本だ、馬鹿」

 

 ちょうどレンジから弁当が温まった音がして、取りに向かう。

 

「てかさー私にも言えない場所ってどこよ」

 

 背後から声が届く。

 

「男が女に言わずに出て行くとこなんて一か所に決まってるだろう」

 

 妹はその意味が分からないのか声は一旦途切れる。

 

 その間に机につき、弁当を食べ始める。

 

「風俗だよ、馬鹿」

 

「さいてー」

 

「だから言わなかったんだよ」

 

 これでわざわざどこ行ったか掘り返されることはないだろう。

 

「そんで風俗どうだった? カワイ子ちゃんに当たった? それともゲテモノ? てか風俗ってどういうプレイすんの? ソープってよく聞くけど風俗となんか違うの?」

 

 まさか風俗について深掘りされるとは思わかった。

 

 我が妹ながら頭がおかしい。これでネットアイドルやっているのだから、この世はもっとおかしい。

 

「にーちゃんが肉欲発散してきたって聞いたら、ないはずの肉欲が滾る~!」

 

 頭が悪い発言に頭が痛くなるも、訊いておかねばならないことがあった。

 

「やっぱり身体取り戻せるなら取り戻したいか?」

 

「そりゃそうでしょ!」

 

 妹の意思もそうであるならば少女と組む方針で進めて問題なさそうだ。

 

「そんでにーちゃんと一緒に風俗行って、にーちゃんがどんなプレイするか見学したい!」

 

「……兄妹で行く場所じゃねえよ」

 

 あまりの馬鹿さ加減に決意が揺らぎそうになってしまった。

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

 

 エネミーの少女と手を組む。

 

 そう決めたもののどこに行けば会えるのか、それを決めていなかったことに今更ながら気付く。あの少女はいつも決まって夜遅くに現れていた。ならば夜出歩けば会えるだろうという安直な考えのもと、安アパートから飛び出した。

 

 春先と言っても夜は冷え込むため、薄手のジャケットを羽織ったのだが今日は殊更冷え込み、早々に後悔した。持ってきていた携帯で外の気温を調べるとやはりいつも以上に冷え込んでいた。

 

 そこら辺を一周していなかったら帰ろう。

 

 そう決めて歩く。

 

 今頃、妹はストレスが増えるだけの超高難度ゲームの配信でもしている頃だろう。操作性も悪ければ、一つのミスで積み上げてきたものをすべて失い最初からを強制されるゲームだ。セーブなんて優しい機能はついていない。そんなゲームで今日もまた絶叫をあげて、切れ散らかしている頃だろう。

 

 先日、少女と北御門が対峙した公園の近くを覗く。

 

 滑り台とブランコがあるだけの小さな公園の中、弱々しい街灯に照らされた一人の少女が佇んでいた。

 

「あら、奇遇ね」

 

 少女は俺に気付くと艶やか笑みを送ってくる。

 

「子供はもう家に帰る時間だぞ」

 

「では家まで送ってくださる? もっとも帰る家なんてありませんけど」

 

 少女がブランコにいざない、先に腰掛ける。

 

 俺もその隣に座る。

 

「それでは先日の返事を聞かせてくださるかしら?」

 

「その前に一つ聞かせてくれ。手を組んだら妹に手を出さないと約束できるか?」

 

「ふふ、妹さんが大事なのね。いいわ、あたしの邪魔をしなければ手を出さないであげる」

 

「なら俺からはなんの問題もない。手を組もう」

 

 握手するために手を差し出す。

 

「あら、この手は駄目よ。あたしの好みの形じゃないわ」

 

 少女はブランコから降り、俺に片膝をつくように指導される。

 

「あたしの騎士。あたしに名をつけてくれないかしら」

 

 名付けとはその力を縛り、方向性を定めるもの。

 

 ならば少女が神に少しでも近づけるものを決めておきたい。

 

 義憤、鬱憤、怨嗟。これらが痛いほど分かるといった。

 

 彼女は俺を自愛的で自虐的だと理解した。

 

 怒りの言葉、自愛的で自虐的な言葉、それらが彼女の名に相応しい。

 

「――アンジェラ。それが君の名前だ」

 

 少女は微笑を浮かべる。

 

「由来を聞かせて?」

 

「怒りの言葉、アングリー。自愛的で自虐的な言葉、ジェラシー。それらを掛け合わせた言葉だ。七つの大罪のうち、二つを取り、俺らの繋がりを示した」

 

「素敵な名前。とても気に入ったわ」

 

 アンジェラは跪く俺の両肩それぞれに手を優しく触れる。

 

「貴方をあたしの――アンジェラの騎士に命じます」

 

 こうして叙任式は終わった。

 

 アンジェラの騎士となったらしいが、何一つ変化はなかった。

 

 アンジェラが言うにはアンジェラ自身が神に至ることで神使としての役目ができるのだが、それ以前ではあまり意味のない役職らしい。言ってしまえばこの行為は青田買いに近しいものとのことだ。唾をつけたのだから手を出すなよ、という牽制だとも言った。

 

 誰に対するものなのだと尋ねると「あたしの邪魔をする存在たちよ」と答えた。

 

 それを深掘りしようとしたら「ここでドジっ子な騎士さんに一つ豆知識を披露させて」と遮られる。

 

「七つの大罪での嫉妬の英訳はジェラシーではなく、エンヴィよ。ジェラシーは自分の望むものが第三者に奪われた時に感じる憎悪。対してエンヴィは望ましい相手を見てそうなりたいという思いね」

 

「すまない。知識不足だった。名付けをやり直した方がいいか?」

 

「いいえ、それには及ばないわ。エンヴィではなくジェラシーだったところが特に気に入ったのだもの」

 

 くすくすとおかしそうに口元を押さえるアンジェラ。

 

 彼女の仕草はとても可愛らしい。

 

 弱い街灯に照らされるその姿は、月光を浴びる本物のお姫様のようであった。

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