曇らせ剣士シド   作:埴輪庭

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屑は死んでもなおらない

 剣士シドは呪われている。

 輪廻の呪いという歴史上でも彼以外確認されていない極めて希少な呪いである。

 この呪いは死んだ時に起動する。

 本来昇天するべき魂は呪いの縛鎖に囚われ、輪廻するのだ。

 

 輪廻するとどうなるのか。

 意識はそのままに新たな肉体を得る事になる。

 要するに生まれ変わりだ。

 

 それの何処が呪いかと思うかもしれないが、“終わらぬ生”が地獄か天国であるかなどは語るまでもないだろう。

 

 だがシドの場合は違った。

 シドの場合は天国であった。

 

 なぜなら彼は曇らせるのが好きだからだ。

 曇らせるとは、一体なにか?

 

 それは……

 

 

 ◆

 

 魔物の大群を前に1人の剣士が立ちはだかっている。浅黒い肌、銀髪、精鍛な顔立ちをしている剣士だった。

 

 彼の前には無数の魔物がいる。

 第四次人魔大戦が終結し、魔王が討滅されても世界に散らばった魔族やその尖兵の脅威は未だ残っている。

 ただこの規模の残党は珍しい。 

 

 大群は彼から10メートルほどの距離で止まり、彼を囲っている。

 彼は大群の先頭にいる魔将を見据えた。

 

 魔将は剣士に向けて声を上げた。

 

『おのれ人間め!ただの1人で立ちはだかるとは不遜也!!死して悔いよ!!!』

 

 その言葉を皮切りに魔物達は一斉に彼に襲いかかった。迫り来る魔物達を見ても彼は微動だにしない。彼が纏う闘気が一際強まると同時に剣を振り下ろした。

 

 すると、次の瞬間、彼の姿は消えた。

 否、消えたように見えただけだ。

 正確には残像を残しながら超高速で移動していたのだ。

 

 魔物達の視界では残像が消えてすぐに彼が現れたようにしか見えなかっただろう。

 それだけならいいのだが、彼の移動速度は異常だった。

 

 常人には認識すらできない速度で動く剣士の猛攻の前に次々と魔物達が倒れていく。

 数にして3000以上いた魔物達であったが、みるみるうちにその数を減じていく。

 

 それほどの膂力、機動力はどこから生み出しているのか?

 

 それは彼の命である。

 彼は命をくべて魔力を取り出しているのだ。

 一振り毎に切り裂かれる魔物であるが、同時に彼自身の肉体からも血が噴き上がる。

 

 既に片目はその視力を失っていた。

 だがシドはそれで良いとおもった。

 着実な死への道程は、シドの“望み”に直結している。

 

 彼は自身の体の限界が近いことを悟っていた。

 故に、最後の一撃を放つ積もりであった。

 シドは渾身の力を込め、剣を一閃する。

 

 ――我が命を薪と焼べ、照らせ明星

 ――東より来たりて万物を焼灼せよ

 

 シドの剣から金色に煌く斬撃が放たれた。

 それは音を置き去りにし、一瞬にして目標へと到達し―――爆散した。

 シドの攻撃によって辺り一面が爆炎に包まれる。

 斬撃が爆発するなど普通はありえない。

 つまりそれは斬撃ではなく、シドの術である。

 そう、シドは術剣士なのだ。

 

 術剣士とは術も使えば剣も使う剣士の事である。

 基本的にはどっちつかずの中途半端な業前になってしまいがちの術剣士であるが、シドの場合は少々事情が異なる。

 彼は星命術を使う。

 

 命を運ぶは運命。

 運命は星の並びに垣間見える。

 命というかけがえの無いものを代償に、遥か天空に座す星辰の力を引き出す、それが星命術。

 

 魔将の強力な抗魔結界をもってしても、シドの命を触媒として起動した術撃を防ぎ得なかった。

 

 しかし代償は大きい。

 シドの命はもはや一晩も持たぬであろう。

 

 しかし彼にはまだやるべき事がある。

 それは先程守った街に置いてきた1人の少女…エステラに会わなければならない。

 

 今日この日の為に、エステラと親しくなろうと努力してきたといっても過言ではないからだ。

 だが、とシドは自身の体を眺めた。

 

(少し凄惨さが足りないな)

 

 腰から短刀を取り出し、体のあちこちを刺し、斬り裂き、抉りを入れた。

 見えなくなっていた瞳は抉り取る。

 過剰なまでの術起動により命は残りいくばくもない。痛覚などは既に麻痺している。

 そして自身の肉体を損ねる事への抵抗感は既にない。

 

 もう慣れているからだ。

 

 ◆

 

 シドは全身から血を滴らせ、エステラを待たせていた教会へ向かい、扉を開けた。

「……今、帰った。エステラ」

 

 そして、薄く笑みを浮かべ…倒れた。

 

 エステラは顔面を蒼白にさせ、倒れたシドに駆け寄る。

 そしてその手を両手で握り、大きな瞳一杯に涙を溜めた。

 

 彼女の中で渦巻く様々な感情。

 彼女の為に身を捧げてくれた男に対する申し訳なさ、喜び、愛しさ、絶望、悲しみ。

 そして男の命を奪った魔族への恨み、怒り…それは自身の力の無さにも向けられた。

 それら全てがない交ぜになり、大きな涙が一粒、シドの頬へと零れ落ちる。

 我慢はもうそこまでが限界だった。

 ぽろぽろと涙が何粒も零れ、シドの頬へ、額へ、唇へと落ちてゆく。

 

 それは消えゆく命の最後の輝きだったのかもしれない。

 シドの手ににわかに力が戻り、エステラの手を握り締めた。

 そして彼女は確かに聞いた、シドの声を。

 

 ――笑ってくれ、エステラ

 

 エステラは涙を零したまま、にっこりと笑った。

 それを見たシドは唇の端に笑みを浮かべ、そして二度と動かなくなった。

 

 ◆

 

 少女はエルフの姫で、名をエステラといった。

 その国を魔族の大群が襲った。そして不幸にも姫の父…現王の勢力は敗れた。

 

 そのままでは姫は魔族の慰みものとなるのみならず、場合によっては術的措置により意思を剥奪され政治的な道具にされてしまう。

 だから王は姫を王家の隠し通路から逃した。

 しかし姫は逃げていた所を運悪く魔族の奴隷商に襲われてしまったのだ。

 

 その時たまたま通りかかったシドが助け出した。

 魔族は魔法に長ける種族である。

 魔法は魔術とは違う種類の神秘だ。

 

 力のある言葉を組み合わせる事で世界の法則を直接操作する。

 

 魔術は違う。魔術とは法則改変ではなく、既に存在する逸話や伝承、法則から力を引き出すのだ。そして魔術よりも魔法のほうが遥かに速く、強い。

 

 要するに魔族とは物凄く強いのだ。

 そんな魔族が率いる一隊に急襲をかけて皆殺しにしてしまったシドの業前たるや。

 

「あ、あの、わたくしはエステラと申します。助けて頂いて有難う御座いました…」

 

 エステラの声には多分に怯えが含まれている。

 無機質な視線からは彼女を助ける事も殺す事も、彼にとっては等価である事を十二分に伝わってくる。

 

 彼はあくまでもきまぐれに助けただけであって、次の瞬間気まぐれに殺す事を決めたとしても不思議ではない…エステラはまるで生きた心地がしなかった。

 

「シドだ。貴女は森の民か。エルヘヴンの外に森の民が出てくるとは珍しい」

 

 エルヘヴンは森の民達の国家である。

 かつて森の民達には長命の加護があたえられていたが、その加護には穴があった。

 寿命が延びるのはいいが、肉体より先に精神が死ぬのだ。

 

 精神が死んだ森の民は狂を発し、魔物の如き存在へと堕す。

 

 しかしある時、加護を与えた元となる地神が何者かに滅ぼされ、森の民達に与えられた加護という名の呪いが解けた。

 

 森の民達は発狂の恐怖に怯える事なく世界を旅し、人生を謳歌しはじめた。

 

 エルへブンはそんな森の民達が集い、作った国家である。

 

 ◆

 

 エステラはシドの声が想像よりずっと落ち着く声色だと思った。シドの低い声がエステラの耳朶を震わせると、なにやら何千年と生きた大樹に寄りかかっている様な安心感を覚えるのだ。

 

 1度安心感を覚えてしまったせいだろうか、エステラの口は軽妙にこれまでの事を紡いでいった。シドは彼女の言葉を遮る事なく黙って話を聞き、そして確認をするようにいくつか質問もしてきた。

 

 しばしの話合いの後、エステラはシドと近くの町まで同行する事になった。

 

 2人きりの旅だ。

 シドもエステラも性別も年齢も生き方も違っていたはずだと言うのに、不思議と気が合った。

 二人は野営中に色々な話をした。

 お互いが持つ知識、価値観、経験談、思想、興味。

 会話は尽きる事がなかった。

 

 町についた後、シドはエステラに言った。

 

 ――陳腐な言い方だが、エステラ。あなたとはとても気があう。俺の友人になってくれないだろうか?

 

 エステラは、私達はもう友人なのではないですか?と返したものだ。

 結局それからもエステラはシドに同行する様になった。

 

 町についたといってもエルフの姫が人間の町に1人ポイと放り出されてもどうしようもなかった、と言うのもあるが。

 旅をする中で次第に2人はお互いの距離を縮めていった。

 最初はよそよそしかった態度もいつしか砕けたものになっていた。

 

 だが、2人の関係が男女のそれへと変化する事はなかった。

 なぜならシドは決してエステラへ手を出そうとはしなかったのだ。

 それをシドの誠意であるとエステラは考え、彼への信用が膨れ上がっていく。

 

 そして、その日が来てしまった。

 ある町にたどり着いて旅の疲れを癒していた時、町は突如発生したスタンピードにより魔物達に瞬く間のうちに取り囲まれた。

 スタンピードとは魔物の異常発生により引き起こる暴走である。

 魔物達は余りに多かった。

 そして、町は老人たちばかりで戦えるものなどろくにいやしない。

 そう、シド達以外は。

 

 ◆

 

 町の物見台からシドが魔物達を眺めている。

 傍らのエステラも硬い表情を浮かべ、絶望の魔群をみやった。

 肩の力を抜け、とシドが水袋を渡す。

 礼をいい、水を飲むとエステラは少し落ち着いた様に見えた。

 

「妙だ。スタンピードにしては統率が取れている」

 

 シドの疑念はすぐに氷解した。

 指揮している者が居たのだ。

 それは、魔族。

 しかも高位魔族、魔将だ。

 まともなやり方ではシドとて敵わない相手…だが、シドが傍らを見るとエステラは強い覚悟を持ってこちらを見ていた。

 

 ――殉ずるつもりか。そこまで好かれたか。ふ、ふ

 

 シドは内心嗤う。

 エステラには話していない彼の性癖が満たされる予感がしたからだ。

 そう、まともにやってはシドとて敵わない。

 町は滅び、エステラも当然死ぬ。

 だが、それならばまともにやらなければ良い話だ。

 

「残れ、エステラ。奴等は俺が殺る」

 

 シドの言葉にエステラは激昂した。

 私もいきます、と。

 足手まといにはならないから、と。

 置いて行こうしても無駄です、と。

 共に生きようと言ってくれたではありませんか、と。

 

 最後は言った覚えはなかったが、それはともかく、シドはエステラに透明な笑みを浮かべた。

 今にも消え入りそうな、死すべき定めの者が浮かべるようなそれはとても綺麗で。

 エステラの意識が一瞬逸れた瞬間、急激な眠気で崩れ落ちた。

 

(あの時の、み、ず…シドさん、なん…で…) 

 

 意識を失う直前、シドがこぼした声がエステラの耳朶を打つ。

 ――愛する女を生かしてやりたいとおもうのが、男ってものだろう

 

 ◆

 

 シドは眠ったエステラを抱きかかえ、教会へつれていった。

 そして事情を話し、預かってもらう様に頼み込み、教会を出て行く。

 教会の牧師は去っていくシドの背に修羅を見た。

 

 ◆◆◆

 

 戦いを終え、エステラに抱きかかえられながら命の火を消さんとするシドは、涙を一杯に瞳に浮かべるエステラを見て歓喜していた。

 これこれ、これが見たかったのだ、と呵呵大笑していた。

 なぜならシドという男は非常に歪んだ性癖をもっていたからだ。

 

 自らを慕う女性が悲しみで涙する姿にとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとても興奮してしまう。

 だが、それは自身が殴ったり罵倒したり、そういうことをしたいという意味ではない。

 

 簡単に言えば、長い時間を掛けて親しくなっていき、互いに抱くその感情が尊いものとなった時、危機的状況から相手を守って目の前で死んでやるのだ。

 そう、丁度今の様に。

 

 恐らくエステラはこの事を生涯忘れないであろう。

 忘れさせないためにこれまでエステラに優しく、理解を示し、また時には叱咤し…愛に似た何かを育んできたのだから!

 

 何より素晴らしいのは、自身の感情も激しく動くと言うことである。

 

 何度も何度も何度も繰り返される輪廻転生により、シドの精神は酷く磨耗してしまっていた。

 肉体的な痛みを痛みと認識できないほどの磨耗だ、常人ならばとっくに廃人となっている。

 だがシドは酷い性癖のせいで人間性を保っていた。

 

 今回シドは死んだが、またすぐ転生するだろう。

 1年もしないうちにシドは再び転生する。

 そしてまた同じ事を繰り返すのだ。

 

 ――次はどんな出会いが待っているだろうか…?

 

 シドはウキウキワクワクしながら死んでいった。

 後の事を何も考えずに…。

 

 ◆

 

 エステラはシドの亡骸を見つめていた。

 彼が死んだ事が信じられなかった。

 信じたくなかったのかもしれない。

 まだ話したい事が沢山あったのだ。

 もっと一緒に居たかったのだ。

 だから、きっとこれは悪い夢なのだと思った。

 

 ――目を覚ませば、シドさんは隣に居てくれますよね?

 

 しかし、目を覚ます、とはどうすればいいのだろうか。

 ああそうか、こうすればいい…

 

 エステラはシドの腰に差してあった短刀を取り出し、それを静かに首にあてる。

 

「いま行きますね、シドさん」

 

 一息に喉を突こうとしたその時、激しく突き飛ばされる。

 みれば教会の牧師が息を荒げながらエステラの自刎を阻止したのだ。

 

「あなたが!あなたがそんなんじゃあ彼が救われない!彼は…彼はこの町を守るためだけじゃなく、あなたを守るためにただ1人魔物に立ち向かったのです!なのに、なのに…」

 

 老牧師は喘ぎ、呻き、言葉を続けようとするが出来ない。

 

 ――魔物?

 ――そうだ、魔物が…彼を、シドさんを殺した

 ――許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない

 

 俯いていたエステラは顔をあげた。

 老牧師はヒッと声をあげる。

 美しく儚げであった少女の瞳に黒い炎が宿っていたからだ。

 少女は、エステラはシドを除く全てが憎かった。

 弱い己、シドを助けてくれなかった人間達、なによりシドを殺した魔物、魔族!

 何もかもを灰にしてやりたいと少女は願う。

 

 これが後世、黒炎の魔女と呼ばれる災厄級の魔術師が力を求めるに至ったきっかけとなる出来事であった。

 シドという変態はこんなかんじで女性を狂わせ、世界の歴史を狂わせていっている。

 はっきりいってシドはすぐに滅ぼさないといけない存在なのだが、問題が1つある。

 それは彼自身がやたら強い上に、殺してもまたすぐ転生するという事だ。

 

 馬鹿は死ななきゃ治らないとは良く聞くが、屑は死んでも治らないのである。

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