妄想箱   作:房太郎

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1話

「ひっどい環境だな、荒野だから土地が痩せてるのは分かるけど、空気に妙な味がする」

『味?ちょっと想像しにくいな』

「金属と排気ガスかな……放射線量も、もしかすると俺たちが知る地球よりも高くなってるかもな」

『まともな飯あるんだろうか』

「……うわあ、考えたくねえ」

 

ナイトシティの郊外、バッドランズを歩く人の姿があった、この時代には少数派だが、ゼロではない生身の人間だ、武器らしい武器も見られない、これでは襲ってくれと言っているようなものだ。

 

「俺たちの居た時代から見ると、世紀末感ひでーなあ」

『どうでも良いけど2000年過ぎてからも荒廃した世界のこと世紀末って言っちゃうよな』

「わかる」

 

独り言のように何かを話しているが、通信インプラントによる会話ではない、ここではない別の何処か、遠くから言葉が届いている。

あまり細かく拡大できない航空写真と、GPS機能のナビゲーションのように、少しあやふやな感じで……その声は行くべき先を示していた。

 

「ようやく道路が見えた。標識もあったし、多分このまま……うわ」

『こっちから見ると道は合ってる。どした?』

「変なのに見つかった」

 

広大なバッドランズには、ノーマッドと呼ばれる無法者がたむろしている、もっともそれは国や企業が宣伝したイメージではあるが、無法者と呼ばれるだけの実態もある。

特にレイスと呼ばれる一派は、ノーマッドからも抜け出した、危険極まりない連中だった。それに目をつけられたのだ。

 

「なんだあ、こんな所にガキ一人で、迷子か?」

「おいおいナイトシティから追い出されたのか、うちに連れてってやろうか?」

 

グオン、と音を立てて車が近寄り、中から小馬鹿にした態度を隠さずに、二人組が声をかけてきた。

彼らは特徴的なマスクを装着し、体にも特徴的な模様があった、よく見ればそれは機械であり、この世界では人間が機械を埋め込み、または機械に交換することで、人間以上の力を容易に出せる世界らしい。

 

「あー、歩くのが好きなんだ。お構いなく。……で、ちょっと聞いていいかな、ナイトシティはこの道でいいのかな?」

 

二人組は、ハハ、と小さく笑い車から降りた。荒野を走るにはお似合いの、大きいタイヤを装着したバン型の車は、扉を開けずとも血の匂いを漂わせている。

そして二人のうち一人の視線は、なんらかのスキャナーであろうと感じられた。

 

「生身か?おいおい、マジで生身かよ」

「なんだって、何も持ってねえのか」

「何にも反応しねえな、どこかと契約してる感じじゃねえ……契約しててもやることは変わらないがよ」

「そりゃそうだ、はははっ」

 

契約、という言葉が何を示すのか分からないが、ボディーガードや救出部隊みたいなものだろう。思わずこの世界の治安の悪さにため息が出た。

 

「はぁー……。しょーがねえなあ。遭遇しちまったからな、一応、正当防衛だからな」

 

少年はそう言うと、自分に銃口を向けた二人組に向けて、腕を振った。

 

 

 

パパン!と音が鳴る。バンの中で動きを封じられ、縛られていた女がいた、レイスから情報を抜き取る仕事に失敗し、捕縛された傭兵の女だった。

銃声にしては軽いと思ったが、自分と同じように誰かが捕まったのか、それか殺されたと思った。

もし捕らえられたのが同じ傭兵なら、協力か取引で脱走できるだろうか……いや、それは楽観的すぎる考え方だ。

しかし、現実はより楽観的なものだったらしい。

 

「おーい、生きてます?」

 

 

…………

 

 

時は移り、バッドランズのモーテル、サンセット・モーテルで、助けられた女と、助けた少年の二人が、辛さ強めのブリトーを食べていた。

「好きね、それ。日本人もよく食べるの?」

「日本じゃまだあまり見ないな。食べたのはこっちに来てからだ。ここのブリトーが一番うまい。やり過ぎない辛さが気に入ってる」

「ふうん、ニンジャが気にいるなら、日本でも売れるわね」

「……それ、どうにかならねーの?」

「ピッタリじゃない、ニンジャ。アラサカに雇われてる訳でもなく、ナイトシティで救出依頼を好む、神出鬼没のソロ(傭兵)、興味を持たれて当然じゃない」

「忍者じゃないんだけどな。で、何か用があるんだろ?」

ブリトーを食べ終えた少年がそう聞くと、女は、躊躇いがちに目を逸らし、そしてビールを飲んだ。

「ぷは……、ああ、ええとね、私、ここを出ることにしたよ」

「出るって、まさか外に?」

「ええ、潮時だと思ってね。正直、あんたに助けられた後から、ちょっとケチがついてね。でも、考えてみたら殆ど私のミスだった。自分でも嫌になるほど焦ってたのよ」

「自分で、か。そう思うならそうなんだろうな。自覚できずに無茶をする奴なんてナイトシティには掃いて捨てるほど居る。生き残るやり方を変えられるなら、応援するよ」

「ありがとう。それでさ、一つ、頼みがあるんだ。エディーは払う、あんたに助けられた礼も受け取らなかったろう?だからさ、受けてくれない?」

 

少年は少し表情を変えた、よくない方にだ。このナイトシティでは、傭兵はフィクサーと呼ばれる言わば元締めから仕事を斡旋してもらう。個人から傭兵への直接依頼もあるが、よほどの信頼がなければ、依頼主か傭兵のどちらかが騙されて終わりだ。

 

「そんな顔しないで、私もわかってるし、それに、フィクサーには伝えにくい話だから」

「……言うだけ言ってみてくれ」

「あたしがボディーガードをしていた頃の知り合いだけどね、今は救急隊にいて、かなりのハードワークで子供を養ってるのさ」

 

話を聞くに従って、ナイトシティでは珍しい話に思えた。

ボディーガードとして働いてた頃、護衛対象の一人が、小さな子供を養っている母親だった。たまたま、移動中の襲撃で、護衛対象とか関係のない子供が怪我をした。

その時、誰もその子供を助けなかった、護衛対象のうち、その一人だけが走り出そうな気がしたので、ボディーガードとしては、服を掴んで止めざるをえなかった。

その後、移動中の車内で「辛そうだけど、あんたを守るのが私の仕事」と声をかけた、そこから二人は、顔を合わせるたびに話をするようになった。要は、気が合ったのだろう。

 

「そいつの子供がね、もうアカデミーに入ってるんだけど……やっぱり、納得できないんだろうね、自分の立場とか、貧乏とかに。あまり良くないアルバイトをしてるの知っちゃったけど、止めろとまでは言えなかった」

「……仕方ないさ。殺しばっかりやってたら、どこかで良いこともしたくなる。母親の期待を背負ってる分、どこかで抜け出したくもなる。同じだよ」

「そう思うかい?そう、そうだよ、私もそう思っちゃったんだ。それで私もナイトシティでの傭兵は潮時だと思ったのさ」

「そうか」

「それで、その子を気にかけてやって欲しいんだ。別に四六時中護衛しろとか、そんなんじゃない。偶然その子が何かに巻き込まれて、たまたまあんたがそれを知ったら、できれば助けてやって欲しいけどね」

「随分あやふやな依頼だなあ、でも、そういうのは嫌いじゃない。受けるよ」

「ありがとう、ニンジャが受けてくれるなら、安心できる。……本当に、ありがとう。あんたみたいな聖人が居たってこと、ナイトシティを出ても宣伝しておくから」

「それはマジでやめてくれ、本当に」

 

 

…………

 

 

少年は、サンセット・モーテルから車に乗って、遠くへと向かう女を見送った。

偶然助けたとはいえ、この世界がどんな世界なのかを教えてくれた人だ、できれば幸せになって欲しいと思う。

インプラントの説明を聞いて、つい「そこまでやるの!?」「拒絶反応とか大丈夫なのか?」としつこく質問してしまった時、どこまで無知なのかと笑われたのも良い思い出だ。

フィクサーを紹介してもらい、いくつかの仕事をこなしていくと、気を利かせて拳銃をプレゼントしてくれた。安物だからとは言われたが、治安の悪いこの町で、そういった気持ちを持つ人だと知れただけでも嬉しいと感じた。

だから、全力とはいかないが、頼みは聞くつもりだ。

 

少年は空を見上げた。宇宙の、さらに先の、世界の壁の向こうに届くようにイメージして、声を出した。

すると、この世界では他の誰にも聞こえない返答が来る。

「あー、聞こえるか。生活拠点を街中に移すことになりそうだ」

『おっ、何かあったのか』

「ちょっとな、俺ぐらいの歳の子が良くない道に進みそうになってるらしい。護衛になるか、先回りして危険を減らすか……まずは見守りって感じだな」

『へえ、誰かを始末するよりマシだな』

「結果として始末することにもなりそうだけどな……この世界、命が軽い」

『それは仕方ないさ。それに、元々の目的地は街の中みたいだからな、いい機会じゃないか』

「それはそうなんだけどな。街中は荒野と違う意味で空気悪猪が、ちょっとなあ。それにやりたくない種類の仕事斡旋されてもなあ」

『いつも通り、殺しは無しで救出で仕事を受ければいいさ』

「ダコタさんには無理言ったけど、他のフィクサーにそれ通じるかな。変に生意気だと思われても困るんだが」

『そのダコタさんに伝えてもらえばいいだろ、ニンジャが受ける仕事は殺しがタブーだ、って』

「割とマジでやめてくれ」

『でもさ、その世界というかその街、本名よりも通称の方が通りやすいんだろ?それなら藤田浩之って名乗るより良いんじゃないか』

「うっせ、お前の代わりに人修羅って名乗ってやろうか」

『俺が行った時に面倒になるからやめてくれ』

「って言うか、良く考えたら人修羅がこの世界に降りた方が良かったんじゃないか?体の模様とツノはインプラントだと思われるだろ」

『順番だろ順番。前回俺だったから今は浩之の番』

「そりゃそうだ。はあ、じゃあそろそろ行くか……また連絡する」

『やり過ぎないよう、気をつけろよ』

 

 

不思議な通話を切り上げて、少年は、街へと足をすすめた。

「サイバーウエア、インプラント、か。マルチだったらどう思ったかな……」

少年の名は、藤田浩之。人修羅と呼んだ相手と同様、元は普通の人間だったが、今は違っていた。

 

 

 

…………

 

 

ジャパンタウンの一角、H8メガビルディングの近くの駐車場で、屋台に集まった人々が思い思いに酒を飲み、宴会芸を披露し、楽しんでいる。

そこには浮かない顔をした少年と、いかにも全身をサイバーウエアに換装した風態の大男が、並んで座っていた。

「まあ、初めてにしちゃ上出来だったな」

「合格かい?」

大男は、この業界では名の知れた傭兵だ。生きるか死ぬか、ギリギリの境界線を走り抜けるようなその生き様を、エッジランナーと呼ぶそうだが、この男はそれに相応しいと言えるだろう。名をメインという。

「面倒見てやってもいいぜ。……だが忘れんな、この世界で最後に頼れるのは自分だけだ」

と、ビールを飲みながら言う。

「死にたくなけりゃ、早く一人前になれ」

メインの大きな手が、ぽん、と少年の頭に乗せられた、つい先ほどその腕に仕込まれたランチャーで、人を血煙に変えたばかりとは思えない、優しい手だった。

恐れよりも、安心が勝った。

「分かった」

少年の瞳に、メインについて行くという決意が、うっすらと浮かんだ。

 

「ああ……それとだ、お前面倒な……」

メインが何かを言いかけた時、一台の車が駐車場で楽しむ人々の間に割り込んできた。

「クッソ……」

車から降りてきた男は、この周辺では力があると言われるフィクサーだった。少年は、そのフィクサーと、メインの会話を聞いて不思議に思った。

あれほど強いメインでも、そのフィクサーには頭が上がらないのだろうか?

気がつけば、周囲で酒を飲んでいた人々も、声を上げず静かになっている。

それほどの何かがあるのか?と。

 

話が終わり、納得いかないという態度で、メインが捨て台詞を吐く。

「今のは?」

「ファラデー、今回の仕事を持ってきた。この辺りじゃナンバーワンのフィクサーだ」

「あんたが一番上だと思ってた」

「現場を仕切るのは俺だ、だが奴らは金を払う。この世界じゃ、金があるほど上って訳だ。……シンプルでいいだろう?」

メインは、少年に背を向け、歩く。

「難しく考えるな、今日は楽しめ!」

「ああ、そうするよ。あ、そういやさっき何か言いかけてなかった?」

「ん? そうだ、お前とルーシーがカーチェイスしている間に、連絡があった。“デイビッド・マルティネスに会わせてもらいたい”とな。お前か、グロリアの知り合いだったのか?」

「はっ?ニンジャ??」

「ずいぶん丁寧に接触してきたぜ……噂のニンジャ、どんな奴か見てみたいもんだ」

 

 

 

「だからニンジャとは名乗ってねえって……」

 

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