『バズリ・ニュース!』
元気な掛け声と共に、若い女性アナウンサー2人がポーズをとる。
中央に置かれた画面にはポップな文字で『バズリ・ニュース!』と表示されていた。
『さあ、今週ネットを中心に話題になったニュースやトピックをお届けするこのコーナー』
ショートヘアの女性が笑顔で言う。
もう1人のロングヘアーの女性は拍手をしていた。
『今週の話題はこの3つ──激カワ! 赤ちゃん犬の奮闘、老舗カレー店で起きた事件、トレセン学園に着ぐるみ出現!? です!』
◆
『いやー、まさかあんなにほっこりする結末だとは思いませんでしたー』
ロングヘアーの女性は驚きを表情に作って、笑った。
ショートヘアの女性は、奥のスタッフに目線をやると頷く。
『続いては、こちら! ウマッターでバズった動画!』
◆
『────』
『わあ! 着ぐるみが出てきたと思ったら頭が取れて……』
『中からウマ娘が出てきましたね。話題になっているのは、この子のとある特徴にもあるんですよ』
ショートカットの女性が神妙な顔を作って尋ねる。
ロングヘアーのアナウンサーは困惑を顔に浮かべた。
『えっ? 何ですか?』
『よく見てください。彼女』
画面を注視するロングヘアーの女性。
『あっ? 片手……なんですか?」
『そうなんです! 史上初めて、義手で入学したウマ娘なんですって』
『ええー!? トレセン学園って、日本のトップの学校ですよね! すごーい!』
『彼女のような存在がこれまで居なかった、という事はやはり走るのは難しいんですかね?』
司会をするようなショートヘアのアナウンサーがもう1人の女性の方に目配せをする。
『そこで府中大学にてスポーツ科学を研究されている後藤教授にお聞きしましょう。──後藤教授、こんにちは』
『ハイ、こんにちは』
画面に表示されたのは、初老の男性。
頭髪は寂しくなっていたが、目には理知的なものを宿していた。
『さっそくですが、彼女。片手だけで走るということは……すこし触れづらい話題かも知れませんが。難しいのでしょうか』
ショートヘアのアナウンサーは声をやや硬くして尋ねる。
画面の男性は瞬きをすると、首を縦に振った。
『ええ、まず、走る時には“バランス“というものが非常に重要になってきます。陸上選手なんて、走る姿勢がすごく良いですよね。これはその分エネルギーのロスが少なく、効率よく力を全身に伝えられるからというのが理由の一つなんです』
教授は一呼吸を置く。
アナウンサーの女性2人は続きを聞くような姿勢をとった。
『そしてね、腕ですよ。これは地面への踏み込みの力に影響します。強く踏み込めば、それだけ反発力が生じて、前への推進力になる。よく腕を振れ、なんて言われるわけです。それが片方ないんです。そりゃ、力も半分になりますよ。──いや、半分どころか姿勢の維持に通常より力を使わないといけない訳ですから。その差は両手の人と比べると確かにあるでしょうね。ましてやトゥインクルシリーズなんてプロの世界ですから』
すらすらと。言葉を連ねる男性にアナウンサーの2人は感嘆の声を漏らした。
澱みなく紡がれる説明は、男性がその分野の専門家であると如実に示していた。
『なるほど。やはり挑戦的なモノなんですね』
ショートヘアの女性は話をまとめるように言う。
画面の教授は『ええ』と同意した。
『実際に、いくつか彼女について賛否の声が上がっていることもあります』
ショートヘアの女性は手元のタブレットに視線を落とす。
『──“通常よりも転倒した際のリスクが高い“。“周りのウマ娘への精神的影響“などですね』
その通りと、画面の男性は首を振る。
『うーん、なかなか難しい立場にあることも事実。──ですが、彼女の走りには元気を貰えるのでぜひ頑張って欲しいですね!』
ロングヘアーのアナウンサーが明るく言う。
ショートヘアのアナウンサーも、画面の教授も『そうですね』と続けた。
『では、後藤教授。ありがとうございました』
『ありがとうございました』
『続いてはこのコーナ───』
◆
「なぁ……!?」
男は箸をからん、と取り落とす。そして言葉にならないという風に、口をぱくぱくとさせた。
「冴木さーん、点滴交換しますねーって、どうしたんですかそんなに目を見開いて」
そこに看護師が扉を開けて入ってきた。
問われた男は、震える指で画面を指した。
男の朝食であるご飯の蓋がその拍子に少しズレる。
「ホマレが……ホマレがテレビに出とる……!」
「えー? うわー! あの子ですよねー? 懐かしいー」
看護師がテレビを覗き込むと、声を上げた。
だが、冴木はそちらに目線を一切向けない。
彼は未だ衝撃から復帰できていなかった。
「まだ連絡とか取られてるんですかー?」
そう、尋ねられた時にやっと冴木は正気を取り戻した。
そしてちょっと苦々しいような表情で告げる。
「毎週決まった時間にテレビ電話がかかってくる」
仲良いですねー、と看護師は続けながら点滴の替えを手に取る。
そして冴木の腕に繋がった管の接続部分をすこしいじると、テキパキと交換を始めた。
その間も冴木は熱心にテレビを見ている。
そしてちょうど、点滴の交換が終わり、看護師がキャスターに備え付けのパソコンに何か打ち終わった後。
シロツメホマレが出ていたコーナーが終わったのか、冴木はガバッと顔を上げた。
「美優ちゃん、今のうちに新聞取っときぃ!」
ぐっ、と握り拳を作るようなポーズ。
いきなり目がギラギラと光り出した様子に看護師は困惑しつつも目尻を下げた。
「あいつがG1取ったときに、俺の名前が新聞に載るでぇ! あーっはっは! っごほっ、ごほっ……」
「っとと。大丈夫ですかー?」
看護師はすぐさま冴木の背中に手を当てると優しくさすった。
幸い咳はすぐに治り、冴木は耳を赤くした。
「興奮しすぎたわ……恥ずかし」
「先生に言ってお薬出してもらいましょうかー?」
冴木の顔色を確認するように、すこし覗き込んで聞く。
しかし、異常は特に見つからなかったのか、すぐに離れた。
「頼んまあ」
ちょっとバツが悪いのか、俯き加減に言う冴木。
看護師はキーボードを叩くと、何か思いついたように顔を斜め上に上げた。
「はいー。──というか、冴木さん」
「おん?」
「新聞に載るのって“今“のトレーナーさんなんじゃないですかー?」
「…………確かに!?」
◆
◆
「しまった」
シロツメホマレは呟いた。
場所はトレセン学園、カフェテリア。
時間はちょうどお昼時。
彼女は片手で器用に人参ハンバーグの乗ったトレーを持ちながら立ち尽くしていた。
「今日は、いないわ」
彼女の言う、居ないとはゴールドシチーのこと。
その日は午前中に、なにかモデルのあれやこれやがあったらしく不在だった。
午後の練習には絶対参加するらしい。
そう言う日は時々あるが、そんな時、シロツメホマレはカフェテリアに来ないでどこか人気の少ない所で食べていたのだ。
だが、今日に限ってボーッとしていたのか、トレーを受け取ってからその事に気がつく事態。
仕方がないので、端の席を取ると脚で椅子を引いて座った。
「いただきます」
片手だけで手を合わせる。
そして箸を使ってハンバーグをもそもそ、と食べ始めた。
左手は使わず机の上に置いてあるだけだ。
「……」
シロツメホマレは無言で口を動かし続ける。
「あっ!」
すると、そこに明るい声が飛んでくる。
その出所に目を向けると、パッチリとした瞳をもつウマ娘がシロツメホマレを見て驚いた表情をしていた。
「いっつもシチーと一緒にいる子じゃーん」
そのウマ娘──トーセンジョーダンは口元を緩めて笑う。
「なに? 今日はひとり?」
「午後には戻ると言ってたわ」
そうシロツメホマレが返せば、目の前の少女はウンウンと頷いた。手でご飯の乗ったトレーがカチャカチャと音を立てている。
「あー! 言ってた言ってた。てことは午後まであたしらボッチじゃん」
からからと笑う少女にシロツメホマレが視線を向ける。
それを何と受け取ったのか、トーセンジョーダンは誤魔化すように続けた。
「いやー、あたしも色々ある的な? あ、前良い?」
無言で促すと、トーセンジョーダンはシロツメホマレの対面に座る。
彼女のお昼ご飯はナポリタンのようだった。
「てかこの前ウマッターでめちゃめちゃバズってたくね?」
そして箸でご飯に手をつける直前に、箸を上向きにしてシロツメホマレに尋ねた。
尋ねられた方は何のことか分からず眉間に皺を寄せる。
「あれ? もしかしてウマッターやらない感じ? ウマスタは? ウマトックも?」
ふるふる、と首を振って否定する。
柔らかい髪の毛が追随するようにサラサラと流れた。
「えー、ウソ。あたしが見てあげるから入れてみるー?」
「別に、いいわ。誰が喜ぶわけでもないし」
シロツメホマレはむっつりとした顔で答える。
トーセンジョーダンは軽い表情で眉を下げた。
「そんなコトないと思うケドなー」
その時、カフェテリアに設置されたテレビからキャッチなリズムを使った音楽が流れてくる。
そちらに目を向けると、どうやらファッションブランドのクリスマスセールのCMのようだった。
若い整った顔立ちの男女が手を繋いで踊っている。
「もうすぐ、クリスマスじゃん」
「そうね」
味噌汁を飲んで一呼吸置くように返事をする。
トーセンジョーダンはシロツメホマレの方を興味深そうに見てきた。
「誰かにプレゼントとかあげる感じー? あ、たしかトレーナーいたよね?」
「ええ」
──プレゼント。
考えたこともなかったな、とシロツメホマレは天井を見た。
品のいいネズミ色の石材が見える。
トレーナーと言ったら、愛川だろう。
最近は、やけに電話がかかってきたり、次のレースの調整をしていたりと忙しそうにしていた。
尚、次走はいくつかの選択肢から2月の寒椿賞が適当だろうと2人で話し合い決めた。
「あ、せっかくだから写真とってウマスタに上げない?」
話題の転換が激しいのか、トーセンジョーダンが携帯を構えて聞いてくる。彼女の食器に目を向ければ既に空になっていた。どうやらシロツメホマレが考え込んでいた間に食べ終わったようだ。
目線で『いい?』と訴えかけてくるウマ娘に、シロツメホマレもまた『どうぞ』と目で答えた。
特に否定する理由もなかった。
「ハイもうちょい寄ってー」
ウマスタ。
よく名前を耳にする。
全く気にしていないが、それでもこう、目の前で何かしているのを見ると、どう言うモノなのか少しは知りたくなった。
「ヤバ、全然表情変わらないじゃん」
だが、それは走りに関係あるのだろうか。
『約束』には意味のあることなのだろうか。
シロツメホマレは思考を追い払うようにコップを傾けた。
「これ上げたらシチー。ジェラるかもなー」
目の前で携帯を慣れた様子で操作する少女は、どこか楽しげに呟いた。
シロツメホマレには、何の事かてんで分からなかった。
◆
『IRISモール』
複合型のショッピングモールの名称である。
近年建てられた真新しいその建物は、一日で回ることが大変なほど広くさまざまな種類の店を中に備えていた。
トレセン学園から電車で3駅ほどの場所にあるそこは、12月の休日とあって多くの人で賑わっている。
その日のトレーニングが終わって、バスに揺られてやって来たシロツメホマレは、入り口近くに設置された案内板で足を止めると、しばし考え込んだ。
『ラッピング承りまーす!』
威勢のいい声がする。そこでは看板を持ったアルバイトが呼び込みを行っていた。
店内には赤と緑で飾り付けがなされていた。
どこもかしこも、きたる聖夜にむけて強かに商売をしているらしい。
シロツメホマレは迫力に押されて、知らず知らずのうちに拳に力を込めた。
◆
何も買えなかった。
いつくかの店を回った後、シロツメホマレは店に入った時と全く同じ格好で通路に出ることとなった。
何を買えばいいのか、どれがいいのか。
そういう物をあまり考えたことが無い彼女には分からなかった。
『あそこ良かったよねー!』
『ね! 雰囲気イイし!』
若い女性の二人組が、紙袋を手に歩いてくる。
目線をその2人の先にやると、見たこともない店が見えた。2人はそこから出て来たようだった。ブラウンを基調とした店構えだ。
メジャーな店は回り終わり、もはや打つ手なしのシロツメホマレは、その店に足を向けることにした。
◆
そこは、趣のある雑貨店だった。
どれも真新しい感じのモール内ではすこし別の世界のように思える。
中に入ってみると、木目の床とすりガラスの飾りが真っ先に目に入った。
整えられた棚には、イヤリングだとか、置物だとか、砂時計なんかもおいてある。
それらをゆっくり、検分するように見て回る。
ダミーの植物の植木鉢や、海の写真が飾られた額縁が呼吸をするみたいに、店内に溶け込んでいた。
「何か、お探しですか?」
店の奥から声がかかる。
シロツメホマレは耳を立ててそちらを向いた。
「よろしければお手伝いしますよ」
40から50代に差し掛かるかという年齢の男性だった。
口元に、清潔な髭を蓄えて丸メガネをかけている。
その佇まいから店主であるとすぐに分かった。
「クリスマスプレゼントを」
シロツメホマレが無表情に答える。
男性はにこりと笑った。
「いいですね、どなたへ?」
「わたしのトレーナー……お世話になっている人よ」
男性は手元のテープを置くと、カウンターから出て店内を歩き始める。メガネの奥の目線をあちこちにやりながら、何か考えているようだった。
「でしたらこちらの普段使いがしやすい物など……」
男性はそこで言葉を切った。
そして後ろをついて来ていたシロツメホマレの方へと振り返る。
「どんなものがお好みとかは、ありますか?」
落ち着いた声だった。
ゆっくりと、一言一言噛み含めるように発音する喋り方がそう感じさせるのかも知れない。
「……分からないの」
反射的にシロツメホマレは答えた。
そして目線を思わず下にやる。
床の木目があざ笑うように彼女を見ていた。
「ずっとお世話になってるのに、何も知らないのよ」
すこし背筋の曲がって発せられた言葉は、まるで後悔するかのような響きを持っている。
思わず肩に力が入った。カチ、と義手が鳴いた。
「いつもそう。わたしは何処まで行っても独りよがりだわ。──走る理由だってそう」
シロツメホマレは顔を上げた。
そして話を静かに聞いていた男性にすみません、と言って踵を返し始めた。
「お邪魔しました」
「買われないんですか? きっと
彼女が店の出口でそう言えば、間髪入れず、低音の声で引き留められる。
その声に動きを止めたシロツメホマレを見て、男性は目を細めた。
「もうすぐ──あそこに飾ってある時計、見えますか? あれが鳴るんですよ。可愛い鳩が出て来ますよ。よろしければ、ぜひ」
◆
「プレゼントとは、良いものです」
男性はぽつり、と切り出した。
シロツメホマレはそれを、店内の端に寄って黙って聞いていた。
目線の先には木製の、漆のような光沢のある壁掛け時計がチクタクと時を進めていた。
「誰かのためを思って行動したことは、なかなか無駄にはならないものですよ」
「──その誰かが」
独り言のような声。
それでも、男性はしっかりと聞き取ったらしくシロツメホマレの方を一瞬見て、また時計に視線を戻した。
「その誰かが、もう死んだ人でも?」
「ええ」
静かで、力強い肯定だった。
「“想い“は、人が死んでも消えません。受け取る人が居なくなっても、自然に消えたりはしません」
「そういうものかしら」
不思議そうに聞き返せば、男性は『はは』と笑った。
ポーン、ポーンと時計が鳴って、鳩が中から飛び出して来た。
「そういうものです。──想いの中に、強い感情が。そこに必死さがあれば。結果は伴わなくても、想った時に少しでも行動できたなら──」
男性はカウンターに戻った。
そして、シロツメホマレの方をみると小さく笑みを作る。
「どこかで繋がりますよ」
まるで、子供を見守る親のような。
そんな温かさがそこにはあった。
「これにするわ」
シロツメホマレは近くの棚に置かれていた物を手に取る。そしてそれをカウンターに置いた。
「はい、ありがとうございます」
果たしてそれは、ネクタイピンであった。
細い金具の先が四葉のクローバーの形をしている。
いつもスーツの愛川に似合うと思った末の選択だった。
「──私には娘が居ましてね。六年前に事故で亡くなったんですが」
突然とも言えるタイミングで男性が切り出す。
昔を懐かしむ口調だった。
男性はネクタイピンを緩衝材の入った小さな箱に入れて、ラッピングをしていく。
「就職のお祝いに何かプレゼントを渡そうと思ったんです」
リボンを切る鋏の独特の音がする。
シロツメホマレはその作業を黙って見ていた。
「娘がスーツに袖を通す3日前でした」
男性はカウンターの下から紙袋を取り出した。
ちょうど、彼女が店の前で見た二人組が持っていたものと同じデザインだ。
「ですから、そうですね。私のプレゼントは、まあ、無意味になりました」
男性は丁寧に、ネクタイピンの入った小さな箱を閉める。
「何を渡そうか、どれが似合うか吟味した時間も、色々と調べた時間も全部無駄になりました」
喋りながらも、その動きに澱みは無かった。
紙袋の中に小箱が収まる。
「でもね。それがきっかけで、こうして店を構える事になったんです」
最後に全体を見て、男性は『よし』と小さく口の中で言った。
そしてカウンター越しに、両手で紙袋をシロツメホマレに手渡す。
「繋がりますよ。きっと。誰かに」
その言葉には、彼の人生の質量が載っているように聞こえた。
シロツメホマレはそれを、しっかりと両手を上げて受け取った。
◆
プシュウ、とバスの扉が閉まる音がする。
発進してすぐに曲がり角に消えたバスを見送ってシロツメホマレは歩き始めた。
ショッピングモールからの帰り道。
バス停がトレセン学園から少し離れていたので、10分ほど歩く必要がある。
ウマ娘たる彼女が走ればすぐだが、危険なのでそんなことはしない。
ゆっくりとでいいから、事故のないように道を進む。
道を歩きながら、シロツメホマレは紙袋から小箱を取り出す。そして少しの間、しげしげと眺めた。
だが、すぐに小箱を紙袋に戻す。
道なりを、自転車に気をつけながら歩く。
チリンチリンと、反対側でベルの音がした。
少しすると、また気になったかのように小箱を紙袋から取り出して眺める。そして傷がつかないようにそうっと戻す。
「あのっ、シロツメホマレさんですよね?」
そんなことをしていると、後ろから声がかけられた。
振り返ると、手に何か機械を持った男が駆け寄ってくる所だった。
「ええ」
「あ、どうも。週刊ハスズミの記者です」
そう言って男は名刺を差し出す。
シロツメホマレは不思議そうな顔をしながらそれを受け取った。
男はキョロキョロと周りを見渡して、ハンカチで額の汗を拭った。そして腕時計をちらりとみると、一瞬険しい顔をする。
だが、対面の少女に気が付かれる前にその表情をすぐに霧散させた。
「早速で申し訳ないんですが、噂についてぜひお聞きしたく」
「ウワサ?」
「あれ? ご存じでない?」
首を傾げるシロツメホマレに、男は困惑した様子になる。
そして小声で『あまりネットとか見ないのかな……?』と疑問を解消するように呟いた。
「まあ、良いです。それじゃあ、改めてお聞きしますね」
男が手に持った小型の機械をシロツメホマレに向ける。
少女は男から発せられるであろう言葉を待った。
「あなたが──」
ガァガァと烏ががなり立てる。
冷たい風がひゅうとあたりを撫でた。
「──あなたが不正にトレセン学園に入学したのではないか、という噂についてです」
「…………は?」
歯車が、音を立てて廻っていた。