ちょっとは笑って! ホマレちゃん!   作:調味のみりん

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前回までのあらすじ。

入学早々一人飯をキメるホマレちゃん。
声をかけてきてくれたゴールドシチーとオセロ勝負で負け、選抜レースに出場する。そこでは堂々の1着をもぎ取ったが……。







5.トレーナーを捕まえろ!

 

 

 

 

『パパ! まって、待ってよ! くるまの下にアリさんの行列がある!』

 

『ん? あぁ──』

 

『このまま走らせたら、つぶしちゃうよ』

 

『……お前は小さな事ばっかり気がつくな』

 

 

『えっ?』

 

 

『もっと周りの子みたいに、さ。──出来ないのか。そんな小さなこと、気にしても仕方ないだろう』

 

『でも──でも……』

 

 

 

 ◆

 

 

 

 時は、シロツメホマレの選抜レースの当日。

 時刻は昼過ぎ。

 

「はぁ……」

 

 トレセン学園の自販機前では、若いスーツの女が缶コーヒーを握り、ベンチで項垂れていた。

 緩くウェーブのかかった黒髪は、連動するように揺れている。

 

 彼女の名前は愛川(みなかわ)ナツノ。

 まだまだ新人と呼べる、中央のトレーナーであった。

 

「随分なため息ね」

 

 背後から凛とした声がかかる。

 愛川は、びくり、と体を震わせて振り返った。すると、そこには眼鏡をかけた女性が立っていた。

 

「ひぇ……。と、東条先輩。こ、こんにちは」

 

 そこに居たのは、彼女の先輩トレーナー。

 トレセン学園きってのチーム『リギル』を率いる辣腕トレーナー、東条ハナであった。

 

「こんにちは。調子はどうかしら」

 

「え、えっとー……。あはは……」

 

 声をかけられた愛川は指で頬を掻いた。

 そして言葉を探すように目を右に左に移し、目の前の東条の迫力に負け、下を見た。

 

「ゴメンナサイ」

 

「まったく、何故謝るのかしら」

 

 その東条の声に、更にぎゅっと缶コーヒーを握りしめた。

 地面には、五月の草花が青々としていた。

 

「貴女はもっと自信を持ちなさい。成績だって良かったんだから」

「成績だけですよぅ……」

 

 東条の声に愛川が情けない声で応じるが、東条はそれを気にした風もない。

 いつものことだったから。

 

「専攻していたもので一番だったじゃない。──確か」

 

「臨床心理です……」

 

 その時、ピロンと電子音が鳴る。

 愛川はチラリと腰に視線をやった。どうやら東条の携帯かららしい。彼女はポケットから素早く携帯を取り出し、一瞥するとまた元に戻した。

 

「うぅっ……センパ〜い……」

 

 情け無い声を出しながら、愛川は上目がちに見上げる。

 眼前の東条は鋭い目つきだった。

 

「そりゃあ、勉強も頑張りましたよ。必要だと思ったことは何だってやりました」

 

 校舎の中で、弾んだ声がする。

 きっとお昼をとっているウマ娘の子だろう。

 

「でも、でもぉ……やっぱり凄い人ばっか見てたら、尻込みしちゃいますって〜」

 

 そんな音を耳に、愛川は頭を抱えた。

 艶のある黒髪は指に沿って形を歪めた。

 

「やっぱり、トレーナー向いてなかったのかな……」

 

 そう蚊の鳴くような声で呟けば、周囲の空気が変わった。

 慌てて愛川は東条に目線を合わせると、先ほどよりいっそう鋭い視線で愛川を見ていた。

 

「そのバッジを付けている限り、そんな事を言うことは許さないわ。未来の担当の子にも、貴女自身にも」

 

「あっ……」

 

 ぴしゃり、という音が似合う東条の声に、愛川は喉が引き攣るのを感じた。そうして無意識に胸のバッジに手を触れ、自分の言ったことに気がついた。

 

「すみません」

 

 愛川は素早く頭を下げる。

 今までの、萎びた態度ではない真摯な動きだった。

 その様子に、東条は一つ息をして、眼鏡を外した。それと同時に、硬かった雰囲気も霧散する。

 

「貴女の問題はその自信のなさね」

 

 その声に、愛川は顔を上げる。

 その表情には、悔いるような、苦々しいような、そんな色が浮かんでいた。

 

「彼の容体は?」

 

 話題を変えるように東条が言う。

 その空気を察したのか、愛川は少し表情筋を緩めた。

 

「悪くは……ないみたいです。また追い返されちゃいましたけど」

 

 そう言って眉を下げる。

 愛川のその顔に、東条は僅かに目元を下げた。

 

「相変わらずね」

 

 

 ◆

 

 

 数分の後、東条は一言ふたこと話をして去っていった。

 愛川は頬を二回、三回と叩いた。

 

「……よし!」

 

 飲み終わった缶コーヒーをゴミ箱に入れ、立ち上がる。

 握られた拳には彼女なりの決意が表れていた。

 

「選抜レース、きっとスカウトしてみせる……!」

 

 当然彼女にも、憧れはある。

 幼い頃、落ち込んだ時に目にしたレースの輝きを。

 笑顔で手を振るウマ娘を、よく覚えている。

 

 だからこその決意だった。

 

 時刻は昼過ぎ。

 あと数時間後には、最初のレースが始まる。

 愛川は目線をレース場に合わせ、歩き出した。

 

「…………出来る、かなぁ……」

 

 その背筋は、数歩で曲がってしまったが。

 

 

 

 ◆

 

 

『まもなく、選抜レースを開始します。第一レースに出場する方は、準備を────』

 

 グラウンドを見下ろすようにある、立ち見の場所では何人ものトレーナーが集まっていた。

 そして熱心に視線を下に投げかけながら、選抜レースが始まる時を今か今かと待っている。

 

「なぁ、もう声かける子は決めてんのか?」

 

「やっぱり、この子だろうな。公開されてるタイムも上々、本人の気質も相まって期待しない方がおかしいよ」

 

「いやいや、第三レースに出る彼女も──」

 

 トレーナー達が見るのは、当然出走するウマ娘。その中でも前々から期待や、話題になっていた子を中心に見ている。

 

 中堅どころのトレーナーなどは、話題に上がっていないウマ娘の身体の仕上がり具合までも参考に議論をしていた。

 

「あ、あぅ……」

 

 その中で、愛川は少し下がった位置でそれを見ていた。

 周りのトレーナーの話を聞きながら、話題に上がったウマ娘を素早く見つけては注目してみると、成程。言われるだけの事はある。

『上』へといく凄みが感じられた。

 

(そういう子は、ちゃんとトレーナー選べるかな)

 

 有力なウマ娘には複数のトレーナーから声がかかる。

 だからこそ、そこで“選ぶ“能力が必要になるのだが、まだ年若いウマ娘には難しいこともある。

 愛川はそんなことを考えていた。

 

 

「愛川さん、どうですか。気にかけている子は居ますか」

 

 すると、一回りほど年齢が上のトレーナーから声がかかる。彼はにこにことしながら世間話のように話をふってきた。

 

「そ、そうですね。第二レースの四番の子なんて素晴らしいと思います。筋肉のバランスが良く取れていて、教官の元のメニューだと大腿直筋はあそこまでにはならない筈なので、自分の足りない所を理解する力と自制心が強い子なのかな、と……。あれはスプリンター向きかな? いや、でも……」

 

「……やっぱり、凄いですね」

 

「いっ、いえ……。まだ担当も持てませんし……」

 

 男性トレーナーは若干目を見開くと、『流石ですね』と言って、またふらりとどこかに行ってしまう。そういう情報の集め方をするクレバーなトレーナーも居る。

 

 愛川は気にしないことにして、再びグラウンドに目線を戻す。

 

 

 

 

 その時、ふと、目を奪われる子が居た。

 

 

 

 小柄なウマ娘だった。

 

 

 

 淡い小麦色の髪に、鋭い目つき。体つきは取り立てて誉めそやす所は見つからないが、不思議と目が離せない。

 

 他のトレーナーは、前から話題になっていたウマ娘や、先ほど登場したゴールドシチーを見ていて、彼女を見つめる人は居ない。

 

 彼女を注視しているのは、愛川だけのようだった。

 

 

(なん、だろう……左肩に何かしてる? 矯正具? それにしては全体的というか……)

 

 

 ちょっとした違和感に気がついたが、それはあくまでよく観察した後。

 愛川は、なぜあの子に目を取られたのか分からないまま、レース開始を待った。

 

 

 ◆

 

 

『先頭は依然変わらず最後の直線へ! このまま逃げ切るのか!? それとも──っと誰か来た! 大外から誰かが回って来ました!』

 

 

 端的に言えば、そのウマ娘は強かった。

 たった片腕だけで、いや。むしろ片手だからこそ目を疑うような加速で前のウマ娘を次々と抜かしていく。

 

 

『先頭はシロツメホマレ! シロツメホマレです!』

 

 大仰なほど、振られた腕は振り子のように。

 力強く空気を切り裂いて進んでいく。

 

 緻密に調整されたふみ足は、ゼンマイ仕掛けのように。

 一歩一歩、加速をすっ飛ばして、蹴り上げていく。

 

 

 ──ああ、なんて。

 

 

『大外から全員を抜き去って、今ッ、ゴォォォール!!』

 

 

 ぎらぎらと燃える緑の瞳は、辺りにいたトレーナーとウマ娘を閉口させるほどの圧力を放っている。

 その目に見つめられたウマ娘は、ちいさく悲鳴を上げていた。

 

 

『信じられません! いつの間に上がって来ていたのでしょうか!?』

 

 

 ──今まで見たことが無いくらい。

 

 

『いつの間に加速をしたのでしょうか!? 紛れもなく、期待のウマ娘です!』

 

 

 ──なんて

 

 

 

 

 

 ──寂しそうに走る子だろう。

 

 

 

 

『シロツメホマレです! このレースを制したのはシロツメホマレでした!!』

 

 

 

 それが、彼女を初めて見た時だった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

「なかなかやるわね」

 

 ぱち、ぱち、と。

 昼の中庭には、いつかと同じ駒の音が響いていた。

 

「そっちこそ」

 

 時は選抜レースから数日後。

 麗らかな春の日差しの、日陰になる場所で。

 彼女は相変わらず一人で、今度は将棋をやっていた。

 

「…………」

 

 その様を、手にパンの袋を持ちながら眺めていたのは、金の髪のウマ娘。ゴールドシチーは、まるっきりデジャビュのような光景に自分の目を疑った。

 

 否、全てが同じという訳ではない。

 場所は、校舎裏から中庭の端の端の方に移動しているし、やっているのはオセロから将棋に変わっている。

 

 だが、それにしたって状況が似通り過ぎである。

 

「あら、ゴールドシチー」

 

 違ったのは。

 

「あなたもお昼かしら」

 

 シロツメホマレが、相手が“ゴールドシチー“と分かった上で声をかけてきたこと。ほんのすこし、彼女の鋭い目つきが緩んだこと。

 

 ゴールドシチーはため息を吐いて、彼女の元へ歩き出した。

 

 

 

 ◆

 

 

「そういえば」

 

 また無言で食事の時間が続いたあと、シロツメホマレは唐突に切り出した。それと同時に、将棋盤に傾けていた体をグイッと起こして、ゴールドシチーを見つめる。

 

「な、何?」

 

 あまりに突然の行動、かつ圧のある目線までついている。

 ゴールドシチーは少しのけぞって答えた。

 

「おめでとう。契約、出来たわね」

 

 シロツメホマレはそんな祝福を口にした。

 

 

 

 トゥインクル・シリーズで開催されるレースにはトレーナー契約を結んだウマ娘のみがエントリー出来る。

 つまるところ、選抜レース後にトレーナーと契約を結べたゴールドシチーは、その切符を手に入れた、ということなのだ。

 

 ゴールドシチーは二、三度瞬きをして、状況が飲み込めたのか頷いた。

 

「ありがと。アンタは? 声、かけられてたっしょ?」

 

 そう返せば、シロツメホマレは動きを止める。

 そして何か思い出すように顎に手を当てた。

 

「声だけよ。チームに見学に来ないかって」

 

 まさか選抜レースを1着であるのに、そんな対応だとは。ゴールドシチーは無意識にちらりとシロツメホマレの左腕を見た。

 そこには、側から見ては分からないくらい、器用に動く義手がある。

 

 ゴールドシチーは目線を意識的に切った。

 

 

 

 シロツメホマレの抱える課題は、多い。

 

 片腕のランナーなど、トレセン学園には前例のない事であった。

 だからこそ、それだけ、彼女に合わせた対応が必要となる。

 

 新人トレーナーであれば、その特異さに一歩引いてしまい、声をかけず。中堅トレーナーであれば、今まで培ったデータや経験が通じないかもしれないと手を引いてしまう。

 ベテラントレーナーならば、わざわざ無名の彼女を担当する必要はない。

 

 加えて選抜レースは、確かに公式のレースではあるが、トゥインクル・シリーズで走る前のウマ娘の実力にすぎない。それで1着を取ったところで、もちろん凄いだろうが手放しで賞賛できる程のものでもなかったのだ。

 

「出られればそれで良いと思っていたけれど」

 

 シロツメホマレは空を見上げる。

 雲はまばらで、五月の澄み切った空はよく映えた。

 

 

 ──ダービー、楽しみにしとるで

 

 彼女の脳裏にふと過ったのは、そんな声。

 訛った声で話す男の顔が浮かんで、消えた。

 

「それは不義理に思えるのよ」

 

 シロツメホマレは目線を空に上げたまま戻さない。

 ゴールドシチーも釣られるように見上げるが、なんの変哲もない青だった。

 

「ちゃんと“見ている“人でないと。──不思議ね。どうしてかしら。どうしてそう思ったのかしら」

 

 淡い小麦の髪をかすかに揺らして、彼女は悩む。

 唸っているその様子に、ゴールドシチーは早々にパンの袋を片付けてくつろぐ姿勢に入っていた。

 

 

「そーいやさ、アンタ。怖がらせちゃった子? と話すとか言ってたじゃん」

 

 

 シロツメホマレは自分の世界に入ったきり、戻ってこない。それではする事も無いので、ゴールドシチーは携帯を触っていた。そしてwebサイトで将棋のルールを確認している途中、何かを思い出したように顔を上げた。

 

「どうなったの」

 

 ゴールドシチーの問いかけに、緑の瞳が揺れる。

 表情こそ変わらないが、確実に何か動揺に近い物を彼女が感じている証拠だった。

 

「あそこから」

 

 そうしてシロツメホマレは指を一つピンと立てる。

 その指はまっすぐに奥の校舎裏を指した。

 

 それをゴールドシチーが確認したあと、すぐに指をくるりと翻し、下を指差す。

 

「ここまで来たわ」

 

 

 ゴールドシチーは思わず頭を抱えた。

 

 

 確かに、この前と比べると幾分かカフェテリアには近づいている。

 だが、カフェテリアまであといくつベンチがあるだろうか。何度このちんまいウマ娘は悪あがきをするだろうか。

 

 ゴールドシチーにはなんとなく未来が想像できた。

 

「明日カフェテリアね」

 

 だからこそ、少しぶっきらぼうに言い放つ。

 チラリと横目で反応を伺えば、シロツメホマレは不思議そうな顔をしていた。

 

 ──明らかに伝わってない。ゴールドシチーは少し頬を赤くした。

 

 

「──っ! 一緒に食べようってこと!」

 

 

「──ああ。それは、なかなか温情ね」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ──ふとした拍子に懐かしい記憶が再生されることがある。

 

 それは、たいてい記憶の時と似た状況になった時とか、同じ動きをした時とか。

 とにかく、そんな時がある。

 

 

『よしっ、ホマレ。飯も食ったし、やるか』

 

 

 あれは、父がまだ入院をする前。

 ご飯を食べ終えると、父はよく“何かやろう“と持ちかけてきた。

 

 それはオセロだったり、囲碁だったり。

 ──将棋だったり。

 

 今に思えば、あれは父なりの気遣いだったのかもしれない。

 友達がなかなか出来ない彼女のために、気軽に誰かと出来る遊びを、と。

 

『王手よ』

『ははぁ、そりゃホマレ。二歩だ』

 

 あるいは、単に父が遊びたかっただけか。

 それもあるかもしれない。父は、楽しい事が好きな人だったから。

 

『強そうじゃない』

『や、反則なんだが』

 

 ちゃぶ台に盤を置いて、テレビのバラエティを流しながら過ぎていた時間は、もう遠く感じる。

 

『そんな目で見たってムダだぞー。ムダ』

『ひっくり返すわよ』

『おわっ、ヤメロヤメロ! 隙間に駒が入ったら取れないだろ!』

 

 父がいなくなってからは、一人で遊ぶようになった。

 だから、父の思惑通り運んだかどうかは、分からない。

 

 

 

 

 

「ん? 何? なんか付いてる?」

「いいえ」

 

 

 顔を上げて見れば、そこには薄青の瞳。

 昼下がりの陽光を浴びて、光る髪。

 

「そろそろ王手が出来そうね」

「自信ありすぎ。早いって」

 

 シロツメホマレは、すこし眩しそうに目を細めた。

 

 

 

 ◆

 

 

「参ったわ。完敗よ」

 

「王で攻め込んで来んなし」

 

「王は勇猛果敢なのよ」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

「いっそ、近づいてきた良さげなトレーナーを力ずくで捕えようかしら」

 

 何度か(一方的な)対局が終わったあと。

 シロツメホマレはバッグに将棋の盤を片しながらつぶやいた。

 

 ゴールドシチーはありえない物を見る目でシロツメホマレを見た。

 

「絶対やめなよ。ソレ誘拐と同じだから」

「分かってるわよ。そのくらい」

 

 ゴールドシチーは訝しんだ。

 やらないと言った奴は大抵やる。そんな気がしたのだ。

 

「てか、駒ひとつ落ちてっし……あれ、この駒、なんか違うけど」

 

 ひょいと、しゃがんでベンチの下に落ちている駒を手渡す。

 だが、材質に違和感があり、まじまじと見つめた。

 

「それ手作り。ひとつ転んだ拍子に飛んでいったの」

 

「へぇ、器用なんだ──ってヤバッ」

 

 そう言った瞬間、スピーカーからチャイムの音が鳴る。

 ゴールドシチーは時計も確認せずに顔色を変えて校舎に走った。

 

「ほら、あそこの自販機の上に乗っちゃって──」

 

 そしてくるりと振り返り、未だのんびりと何処かを指差していたシロツメホマレを見つけると、慌てて戻ってくる。

 

「ほら行くよ!」

 

 遅刻はなるべくしたくない。

 至極真っ当な理由で、シロツメホマレを引きずって校舎まで走っていった。

 

「強引ね」

 

「アンタも走れ!」

 

 

 ◆

 

 

 

 放課後。

 日はだんだんと伸びてきて、未だ夕暮れにならない時刻。

 

 シロツメホマレは、ジッと自販機を睨んでいた。

 

 その視線の先には、わずかに端だけ見える“歩“の駒。

 自販機の上に乗っかってしまった物を見つめていた。

 

 

 一般的に自動販売機の高さは約183センチである。

 これはさまざまな過程を経て、ちょうど色んな家屋に収まりやすい高さとなったのだが、それは割愛。

 

 大事なのは、シロツメホマレでは届きそうもない、という事であった。

 ジャンプすればギリギリ届くのでは? そんなプライドで脚立は借りてきていない。

 

 故に、自販機と睨み合う時間だけが過ぎていた。

 

 

 

「あ、あのー。困ってたら取るけど……」

 

 

 すると背後から、控えめがちに声がかけられる。

 彼女が首を動かして見ると、緩いウェーブのかかったショートヘアーの若い女が立っていた。

 

 シロツメホマレがこくん、とひとつ頷くと、彼女はひょいと手を伸ばして駒を取ってしまう。女性にしてはなかなか身長が高いようだった。

 

「は、はい。どうぞ」

 

 そして、丁寧に、いっそ丁寧すぎるほど駒を慎重に持ってシロツメホマレへと差し出してくる。

 

 

 その手を彼女は──がしりと右手で掴んだ。

 

 

 ぴぃ!? と女の喉から笛のような声がする。

 

 

「これはありがとう。受け取るわ。それにしても、あなた。目が良いのね」

 

 女は突然のことで慌てたように手を振る。だが、仮にもウマ娘のパワーで抑えられた手は動きはしない。

 シロツメホマレは気にした風が無いように続けた。

 

「細かなところまで、よく見えるのね」

 

 これは、『機会』である。

 シロツメホマレは本能的にそう感じとっていた。

 

 

 何故か。

 

 

 普通シロツメホマレが自動販売機を睨んでたとしても、何を買おうか悩んでるか、買う物が中々決まらなくて不機嫌か。少なくとも彼女を見て困ってるなんて感想が出てくる人は、まず居ない。

 

 それを、目の前のトレーナーバッジを付けた女は一目見ただけで“困っている“と判断してみせたのだ。

 

 

 シロツメホマレの走りには定石が当てはまりにくい。当てはめられない。

 だからこそ、普通より故障の可能性を見落とさないようによく見る“目“が必要になってくる。

 

 否、故障だけでなく、普段のトレーニングすらも。

 

 

「担当ウマ娘は居るかしら」

 

「い、いないですぅ……!?」

 

 

 だからこそ、この優しく、目が良いトレーナーと巡り会ったのは『機会』であると考えた。

 

 

「今日からわたしが担当ウマ娘よ」

 

「えぇ!?」

 

 

 そして、これがシロツメホマレと、そのトレーナー。愛川ナツノのファーストコンタクト。

 

 後に、トゥインクル・シリーズを駆けた彼女の、トレーナーとの出会いであった。

 

 

「あなたが良ければ、よろしくね」

 

「え、えぇぇっ──!?」

 

 

 

 

 

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