ちょっとは笑って! ホマレちゃん!   作:調味のみりん

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3 タイトルコール!
8.沈黙はときどき役に立たない。(上)


 

 

 

 

 

『あの子、まだ3歳だろ?』

 

 

 ずっと、靄の中にいるみたいだ。

 ぜんぶ霞がかって、掴めない。

 

 

『大人が話してる時もジッとこっち見て。理解してるような顔して……正直、ちょっと薄気味が悪いよ』

 

 

 会話が出来てる気がしない。

 言葉が伝わる感触がしない。

 

 

『笑ってるとこ、見たことあるか?』

『さあ?』

 

 

 ──じゃあ、何なら、伝えられる? 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「────! ……聞いてる?」

 

「ええ、たぶん」

 

 

 シロツメホマレは気のない返事をする。隣からは呆れた声がした。

 それに反応することなく、彼女は紙で出来た壁飾りを黙々と教室に飾り付けていった。

 

「初勝利おめでとって言ってんの」

 

「ありがとう」

 

 飾りを、高い所に飾るために登っていた椅子から降りながら答える。

 ちらりと横を見れば、ゴールドシチーはすこし怒ったような顔つきをしていた。

 たぶん、ずっとぼんやりとしていたことに対してだろう。

 

 沸点が意外と低いな。

 そんな風に思いながらシロツメホマレは窓の外に目を向けた。

 

 

 時期は秋。

 

 

 そろそろ聖蹄祭──所謂、秋のファン大感謝祭の時期が迫って来ていた。

 

 それは、トレセン学園で行われる、一般の学校で言う所の文化祭にあたる行事である。1番の違いは、訪れるのは保護者をはじめとして、在学中のウマ娘のファンであるという事だろうか。

 

 

「で、次のレースの予定とか決まってんの?」

 

 

 少し間をおいて、ゴールドシチーがぶっきらぼうに尋ねる。

 シロツメホマレは机の上の、糊やらハサミやらを片付けながら何でも無いかのように答えた。

 

「当分はお休みよ」

 

「……は?」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 時は、10月の中頃。シロツメホマレが初のレースを制した数日後のある日。

 レース後の諸々も終わって、通常の練習に戻ったあたり。

 

 

『それじゃあ、今日も頑張ろっか』

『ええ』

 

 愛川は、いつも通り、タブレットに目を通しながらシロツメホマレの状態を細かく分析していた。

 

『まずは柔軟から……ホマレちゃん』

 

 そして柔軟を始めようと、ジャージ姿で現れたシロツメホマレを見て手を止めた。

 顔色が、いつもと少し違う。

 

『おでこ、良い?』

 

 愛川はそう言って、手を伸ばす。シロツメホマレは素直に頭を差し出した。愛川は優しく額に触れる。

 彼女が感じた、その温度は、いくら自分の手が冷えていたとしても──

 

 

『熱い……』

 

 目の前の少女と目を合わせる。

 幸い他に鼻水などの症状は見て取れなかった。熱はあるが、まだそれだけのようだ。シロツメホマレはいつも通り仏頂面をしている。

 

『脚も良い?』

『どうぞ』

 

 再び許可を取り、彼女の脚にも触れる。

 過度な張り等はないが、やはり熱を持っている。()()()()()は問題は無いが、このままいけばどうなるか。

 

 愛川は渋い顔を作った。

 

『ホマレちゃん』

 

 名前を呼ばれたシロツメホマレは、表情を変えず愛川を見つめる。

 愛川は数瞬の葛藤の後、その視線にある決断を下した。

 

 

 

『暫くレースはお休みします』

 

 

 

 ◆

 

 

 熱発の原因は、レースによる過労。

 より正確に言うならば、レース前の負荷に対する疲労。

 

 

 原因はシロツメホマレの身体にあった。

 

 彼女の体は本格化こそ始めているが、いまだ成長の過程にある。

 加えて()()()()に酷く衰弱した経験からあまり丈夫とは言えない作りになってしまっていた。

 

 それだけに、レース前の()()の負担が大きすぎる。

 

 

 仮定の話をするのなら。

 

 もし彼女の本格化が今より少し先であったら。そうすれば十全に成長した身体はレース前の負荷にも耐えただろう。

 

 もし、彼女の身体がもう少し丈夫だったら。たとえ成長期であっても熱を出すまで疲労はしなかっただろう。

 

 

 ──運が悪い。

 

 

 端的に言えばそれまでの事だった。

 むしろソレを愛川が早期に見抜いて、止められたことが僥倖ですらあった。

 

 

 

『私は……貴方を万全の状態でダービーに連れて行くから』

 

 

 しばし休みの宣言にシロツメホマレが同意したあと。

 愛川は俯き加減に言った。

 針でも飲んだような、苦しい声だった。

 

 

『だからっ……』

 

 

 ぽん、とシロツメホマレが愛川の腕を叩く。

 本来は肩を叩きたかったのだが、彼女の身長では愛川の肩まで手が届かなかった。

 

『…………っ!』

 

 

 愛川は顔を上げる。

 すぐそこには、左目に傷のある彼女がいる。

 今年度は、走らないと()()()決めた彼女がいる。

 

 

『ご、ごめんねぇ! ホマレちゃん……』

 

 

『気にしてないわ。あなた(トレーナー)が必要だと考えたから、そうしたんでしょう』

 

 

 これが顛末。

 シロツメホマレは、年内のレースは全て休み、体づくりに費やすこととなったのだ。

 

 

 ◆

 

 

「つまりは──」

 

 シロツメホマレは、話をまとめるように、ゴールドシチーに向き直る。さらりと彼女の髪が揺れた。

 

 そして右手を上げて、むん、と力瘤を作るようなポーズをとる。

 

 

「これをつけるのよ」

 

 

 そこにあるのは、普通と比べてもまだ薄い腕。

 心なしか、したり顔をする少女に、ブロンドのウマ娘は思わず嘆息した。

 

 

 

 

 

 

 

3 、タイトルコール! 始

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ファン感謝祭当日。

 

 シロツメホマレはふらふらと校内を歩き回っていた。

 クラスの仕事は既に終わっている。自分に割り当てられた仕事が終わり次第、クラスメイトとは特に会話もせずに、出て来たのだった。

 

 

『次、どこ回るー?』『あそこ行ってみない?』『あっ、あれエアグルーヴさんじゃない!?』

 

 

 校内は──学園中が今日は騒がしい。耳はざわめきをひっきりなしに拾っている。

 シロツメホマレは人の波をかき分けて、ひたすらに静かな所を探していた。

 

 

 今日一日中は、そこでジッとしていよう。

 

 そう考えながら。

 

 

 ふと、窓の外に目が向いた。

 晴れた中庭には、普段は見かけない中年の男性や、着飾った女性。小さな子供が駆け回っていた。その姿に、今日という日が特別なのだと否が応でも実感する。

 

 

 ──学園生の親も来ているのだろうか

 

 

 ふと浮かんだ考え。当然、来ているだろう。親元を離れた我が子の、生活する空間に触れる貴重な機会なのだから。

 シロツメホマレは目を閉じて浮かんだ考えを潰した。

 

 

 静かな所を探そう。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ()()を見つけたのは全くの偶然。

 

 一階の階段には、奥に用具を置く倉庫がある。それは小さいし、埃っぽい所なのでほとんど人が立ち入らない場所だ。

 

 だが、今日に限ってはそこに座り込んでいるウマ娘を見つけたのだ。

 

 上にある階段のせいで、人目につきづらい場所であるため、道行く人は誰も気が付かないようだった。

 そこに近づこうと一歩踏み出せば、外の喧騒から遮断されて静かな空気になった。

 

 

「どうしたの」

 

 

 シロツメホマレが声を掛ける。栃栗毛の彼女はゆっくり、重たそうに頭を上げた。額に髪が張り付いている。冷や汗かもしれない。

 顔色もあまり良いとは見えなかった。

 

「ちょっとフラフラしちゃって……」

 

 座り込んだ少女が頭を押さえながら呟く。そして立ちあがろうとして、シロツメホマレに止められた。

 

「急に立ち上がっちゃダメよ」

 

 

 そんな風に言うシロツメホマレに、彼女は目を合わせた。

 しかし、すぐに重力に負けたように瞼を下げる。

 

「10時からトレセン学園のキッズツアーがあって……」

 

 栃栗毛の少女は、横にあった物をぽん、と叩いた。

 廊下からは見えなかったが、なにか大きめの物が横にあるようだ。

 

「これ……着て引率しないといけないの……」

 

 それは、暗がりでよく見えないが、“着ぐるみ“のようであった。

 学生が手作りしたのか作りは多少荒いが、丈夫そうである。

 

「だから……行かないと……」

 

 シロツメホマレはポケットから携帯を出して時間を確認した。

 10時まではあと十分ほど。

 彼女は顎に右手を当てると、少し考えた。

 

 

 ◆

 

「失礼します」

 

 そう言って、扉を行儀が悪いが足で開ける。

 中からは優しそうな雰囲気の女性がシロツメホマレ達を出迎えた。

 

「はーい……って、えぇ!? どうしたの!?」

 

 補足だが、シロツメホマレは気分が悪そうな少女を支えながら来ている。肩を貸して歩いているのだが、いかんせん体格差があり、見ようによっては大人が子供に覆い被さっているようにも見えた。

 

「分かりません」

 

 シロツメホマレはすこし不満そうに答えた。

 

 ◆

 

 

「それじゃあ、安静にね。着ぐるみは運んでおくわ。場所は?」

 

「西口の前……」

 

 ベッドに横たわった栃栗毛の少女は、ちょっと苦しそうに言う。

 場所は保健室。彼女が座り込んでいた場所が存外、保健室と近かったため、移動させてしまった方がいいと判断したのだ。

 

 最初はびっくりしていた養護教諭の先生は、奥で何かを書いている。

 

「何も考えず休んだほうがいいわ、先輩」

 

 シロツメホマレが声の調子を変えずに、扉に手をかけながら言う。

 そしてそのまま、返事は聞かず扉を開けて出ていった。

 なるべく静かに閉めようとしたが、ガラリとした音はどうしても廊下に鳴ってしまった。

 

 

 

 まだ、感謝祭の途中だ。

 

 

 すぐ横を、大きな花の飾りをつけた子が通り過ぎていく。

 騒がしい、騒がしい日だ。

 

 外を見る。雲もなく、薄めの青色がそこらに在った。

 

「戻らないと」

 

 

 ◆

 

 

 シロツメホマレは再び、階段奥のスペースに来た。

 そこには相変わらず、着ぐるみのようなものが動かず待っている。

 

 このデザインは何だろうか。

 頭はにっこり笑顔のニワトリのようなもので、胴体はトレセン学園の汎用のステージ衣装を着ている。

 なんとも異形だ。

 

 

 ちらりと、反対側の壁にあった時計を見る。

 

 

 ──10時まで、あと3分もない。

 

 

 この着ぐるみを着る予定だった少女は行けなくなってしまったから、せめてこれを、西口まで持って行こう。

 誰か別の人が着るだろうから。

 

 そんな思考でシロツメホマレは着ぐるみを運ぼうと掴んだ。

 しかし、大きなソレは、ずりずりと地面を擦った。

 

 

 運びづらい。

 変に凝ったトサカの部分だったり、尾羽の部分でスペースをかなり取っている。

 一応、重さは片手では持てる程度かもしれないが、それでは一箇所に圧力がかかりすぎて壊れる。

 引きずるにしても忍びない。

 

 どうやってこの着ぐるみもどきを、ちょっと離れている西口まで持っていくか。シロツメホマレは考えるように、首を傾ける。

 

 傾ける。

 

 

「ああ」

 

 

 そうして、首の角度が十度を超えたあたりで、閃いたような声を出した。

 

「着て行けばいいのね」

 

 名案の誕生だった。

 あくまで彼女にとっての。

 

 

 ◆

 

「あっ! いたいたー!! ホントよかったー! もう始まるから、ほらっ、早く早く!」

 

 そうして。

 着ぐるみを着て校内を歩いていたシロツメホマレは腕を掴まれて。

 

「もうすぐ始まっちゃうから!」

 

 明らかに人違い──否。()()違いをしているウマ娘に訂正をしようとするが。腕を掴むウマ娘は焦っているのか声が届かず。

 

 

「はーい! これからトレセン学園ツアーを始めまーす!」

 

 あれよあれよ、という間に、子供たちの前に連れ出され。

 

 

「助手はこのトレセンちゃん! よろしくねー」

 

 

 7人ほどの子供に囲まれて、囃し立てられる。

 

 

『よろしくお願いしまーす!』

 

 

 元気な子供たちの声が揃う。

 シロツメホマレはそこで出しかけていた声を奥に潜めた。

 

 

 “着ぐるみは喋っちゃいけない“。だって“中の人は居ない“のだから。

 

 そんな妙なところで真面目さを発揮し、いよいよシロツメホマレは着ぐるみの中で天を仰いだ。

 

 

 ◆

 

 

「ったく、何処にも居ねーし」

 

 そろそろお昼も近くなる頃。

 ゴールドシチーは、両手にいっぱいの袋を持ってぼやいた。

 中には焼きそばだったり、おにぎりだったり。とにかくお昼ご飯が2人分入っていた。

 

「メッセにも反応ないし……」

 

 彼女が探していたのは、あの無愛想なウマ娘。

 お昼ご飯は本来クラスで受け取るのだが、彼女はいつのまにかいなくなっていて、受け取り損ねていた。それを届ける役目をゴールドシチーがかって出たのだ。

 

 ついでに彼女も、この後の体育館で行われる軽いトークショーのために早めにお昼休暇に入っている。

 

 

 

「──そして今から向かうのは屋内プールです! ここでは──」

 

 

 その時、ひときわ溌剌とした声が響いた。

 顔を向けると、学園の寮の前を先輩のウマ娘が子供たちを引き連れて歩いている所だった。

 手に持つ看板には『トレセン学園キッズツアー』とポップに書かれている。

 

 

「……何アレ。すっご……」

 

 その中でもひときわ異彩を放っていたのは、後を追随するずんぐりとした巨体。

 いわゆるマスコットのような着ぐるみであった。

 

 鳥なのか、ウマ娘なのか。

 モチーフが混在している様に、ゴールドシチーは目を瞬かせた。

 

「っていやいや。早くアイツ探さないと」

 

 思わず止まって見てしまった着ぐるみから、頭を振って視線を逸らす。きっと、あんな“ヤバい“ものを着ているなら、中の人も相応に“ヤバい“のだろう。そんな風に思いながらゴールドシチーは次の場所に足を向けようとして──

 

 

 

 見られている。

 確実に、着ぐるみがゴールドシチーを見ている。

 

 

 2、3人の子供に纏わりつかれながら、それらを一切気に介した様子はなく、少し離れた位置にいるゴールドシチーを見つめている。

 

「な、なに?」

 

 その視線にたじろぐように、足早に立ち去ろうとする。

 

 

 ──そこで、唐突にバカバカしい考えが頭に浮かんだ。

 

「……いや、あり得ないって」

 

 常識的に考えてふざけた考えだ。

 だが、妙に勘がソレが正しいと囁いてくる。

 

 ぶるり、とポケットの携帯が震えた。

 音は無かったので、たぶんアプリか何かの通知だろう。

 

 

「……」

 

 

 ゴールドシチーはおもむろに、自身の携帯を取り出し、シロツメホマレの連絡先を表示した。そして、それを見えるように着ぐるみに向かって掲げた。

 

 着ぐるみは、こくん、と頷いた。

 

 

 

 

 

「………………マジ?」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 シロツメホマレが。もともとそういう仕事をやる予定であの中に入っているのかもしれない。

 

 一瞬、そんな考えが脳裏に浮かんだが、すぐ否定された。

 

 彼女は既に今日の分の仕事を終わらせている。

 ゴールドシチーのクラスは、喫茶店のようなものをやっていたが、シロツメホマレは午前中に皿洗いなどの裏方仕事をやり切っている筈なのだ。

 

 

 ましてや、あの少女に“着ぐるみを着用し、マスコットになる“などと言うバイタリティがあるとは考えられない。

 

 というか、子供たちを引率しているウマ娘が、あの着ぐるみの中身がシロツメホマレだと知っていれば、別学年のウマ娘をあんなにバシバシ叩いたりしないはずである。

 

 

 

 つまり導き出される答えは──

 

 

 その時、ポコンと携帯にメッセージを知らせる音が鳴る。

 今度はちゃんと、連絡先の誰かからのようだった。

 

 

 

シロツメホマレ: たふけて 11:09

 

 

 

 ──確定した。

 シロツメホマレはあの中にいる。

 そして今、どうにかしてメッセージを送って来た。手元が見えないからか、誤字をしているが、それが彼女の状況を言葉以上に伝えていた。

 

「ちょ、ちょっと! センパ──」

 

 なんとかあの引率のウマ娘に気がつかせなければならない。そうして声をかけて、駆け出そうとした瞬間。

 

「あっ、あれって!」

「ゴールドシチーじゃん! うわ! 雑誌で見るよりヤバい!」

 

 彼女のファンに見つかった。

 別段、ファン感謝祭なのだから、ゴールドシチーのファンがいてもおかしくはない。だが、タイミングが良くなかった。

 

「すみません写真いいですかー?」

 

「あっ、ちょ」

 

 手を伸ばした先に見えた着ぐるみは、どんどんと遠ざかっていく。

 かと言ってファンを無下にするわけにもいかず、ゴールドシチーは足を止めざるを得なかった。

 

 

「スミマセン、写真は遠慮して貰えると……ってそうじゃなくて!」

 

 気がついた時には、既に視界からは子供たちも、着ぐるみも居なくなっていた。

 

 

 ◆

 

 

 

「うん! ひと通りは回ったね! みんなはトレセン学園のことがちょっと分かったかなー?」

 

 鹿毛の少女の声に、子供たちが元気な声を出す。

 どの子も、みな曇りのない笑顔を浮かべている。

 

「それじゃあ、次はメインイベントの──」

 

「ハアッ……ハアッ……」

 

 するとそこに、息を切らした、整った顔立ちのウマ娘が現れる。

 あまりに突然だったので、子供たちを引率していたウマ娘は目を白黒させた。

 

「あれ? ゴールドシチーさん? ど、どうしたの?」

 

 そんな声に、ゴールドシチーはひとつ息をして洗い呼吸を止めると、内緒話をするように鹿毛の少女に近づいた。

 

「……先輩、その、アレの中身」

 

 ぼそり、と。

 耳打ちをするように。目線だけ着ぐるみにやって呟く。

 

「別人です。先輩が思ってる人と」

 

「…………えっ?」

 

 

 

 ◆

 

 

「ほんっっとうにごめんなさい!」

 

 人目に付かない、校舎の陰で。

 引率をしていたウマ娘は頭を下げて手を合わせた。

 

 その対面には、頭部だけ着ぐるみを脱いだ状態のシロツメホマレがいる。

 

 

 ゴールドシチーが鹿毛のウマ娘にびっくりな事実を伝えたあと。

 彼女は子供たちを一時、ゴールドシチーに任せ、慌てて着ぐるみと共にここに来たのだ。

 

 

 そして恐る恐る、着ぐるみの頭部を取ると──にっこり顔の着ぐるみから出て来た、憮然とした表情のシロツメホマレに思わず『ひぇっ』と声を漏らしたのだった。

 

「それでなんだけど……ゴメン。あとちょっとだけ子供たち見ていてくれる? 私運営の所に行ってくるからさ」

 

「何かあるのかしら」

 

 申し訳なさそうに、そう頼み込むウマ娘に、シロツメホマレは首を傾げた。

 すると鹿毛のウマ娘はすこし眉を下げながら答える。

 

「このあと、エキシビジョンレースがあるでしょー?」

 

 シロツメホマレは記憶を漁る。

 確かに、そんな物があったような気がする。

 手作りの勝負服を纏って参加したり、仮装したり、何かの宣伝をしながら走るお祭りレースのようなものであった。

 

「もともと着ぐるみで、レースの直前に脱いで走るって言うパフォーマンスをしようとしてたの……」

 

 

 明かされた事実に、シロツメホマレは固まった。

 鹿毛のウマ娘はそれに気が付かず、心苦しそうに話す。

 

 

「これ以上、あなたに迷惑をかけるワケにもいかないから……」

 

 だから、参加の取り消しをしようというのだ。

 鹿毛のウマ娘はあくまでシロツメホマレを気遣うように、反省するような口調だった。

 

「ちょっと待って」

 

「えっ?」

 

 そして今にも駆けていきそうなウマ娘を、シロツメホマレが止めた。

 鹿毛のウマ娘がくるりと反転してシロツメホマレに向き直るのを確認すると、心底不思議そうに尋ねた。

 

「みんなの前で、()()脱ぐ予定だったのよね」

 

「う、うん」

 

「それって──」

 

 

 

 

 

 

「──それって、中に誰か()()()()ってバレるじゃない」

 

「? そうだよ?」

 

 鹿毛のウマ娘は当たり前のことを聞かれて面食らうように返事をした。

 

「どうして」

 

 困惑するシロツメホマレに、鹿毛のウマ娘が困惑すると言う可笑しな状況が生まれる。鹿毛のウマ娘はなんとか説明を捻り出そうと唸った。

 そして5秒ほどかけて悩んだ後、戸惑いながら話し始める。

 

「えっと、変身? ヒーローみたいなもので……。何年か前に先輩がやってて、それが子供たちにすっごく好評だったらしいから」

 

 変身ヒーロー。それは言葉通り何かに変身して戦うような物だろう。

 シロツメホマレは頷いた。

 だが、それにしたって逆じゃないのか。脱いで元に戻って変身なのか。

 

 

「……」

 

 無言でシロツメホマレが目を閉じる。

 

 ちょうど、子供たちの笑い声が風に乗って聞こえた。

 きっとゴールドシチーが上手いこととりなしてくれているのだろう。

 

 

 そうして、ぴくりと耳を動かすと直ぐに目を開けると、そうっと建物の陰から子供たちの様子を伺った。

 彼ら彼女らは、みんなこの後の予定(レース)を知っているらしく、ワクワクとした表情をしている。

 

 おもむろにシロツメホマレは鹿毛のウマ娘に向き直ると、無造作に携帯を取り出した。そしてそれを慣れない様子で操作し始める。

 対面するウマ娘は、目の前の少女の行動にすこし混乱していた。

 

 

 やがて、電話のコール音が鳴り響き、二コール目で相手の声がした。

 

『どうしたの? ホマレちゃん』

 

「この後のレース、エキシビジョンのやつ。あるわよね」

 

『うん』

 

 相手は、優しそうな声をした女性だった。

 口ぶりから察するに、彼女のトレーナーだろうか。

 鹿毛のウマ娘は考えた。

 

「それに予定外の空きが出たのよ」

 

 シロツメホマレは平坦な口調で言う。

 相手の女性は慣れているのか、動じた様子はなかった。

 

 

 

 

「そう、だから、ナツノ。()()()()

 

 

『分かった。シューズ持って行くね』

 

 

 

 その後、一言二言話した後、シロツメホマレは電話切った。

 さわさわ、と木枯らしに飛ばされて、色落ちした葉っぱが飛んでくる。

 

「先輩」

 

 そして鹿毛のウマ娘の目を見つめ、呼びかける。

 浅緑の瞳が、すこし光って見えた。

 

 

「選手交代よ」

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「ほんっっとにありがと──! 巻き込んじゃっただけじゃなくて、子供たちのためにも走ってくれるなんて……」

 

 鹿毛のウマ娘は再び頭を深々と下げ、感謝の気持ちを伝えた。目元は少し潤んでいるかもしれない。

 だが、シロツメホマレは気難しそうな顔をする。眉間には皺が少しよって、その感情をありありと表していた。

 

 

「そんなんじゃないわ」

 

 

 そして着ぐるみの頭を被り直しながらぴしゃりと言い放つ。

 

「えっ、じゃあなんで……?」

 

 あまりに硬い声が飛んできたので、鹿毛のウマ娘は思わず聞き返した。

 その問いに対して、子供たちの所に戻ろうとしていたシロツメホマレは足を止めた。

 

「何でって……」

 

 困惑だった。

 

 不思議な困惑の仕方だった。

 まるで、無邪気な子供に『どうして空は青いのか』と聞かれて、答えに詰まってしまう大人のような。

 

 

「…………分からないわ」

 

 喉の奥から、なんとか放った言葉を置いて再び歩き出す。

 すると程なくして、マスコットが戻って来た事に対する子供たちの歓声が聞こえてきた。

 

「“分からない“って……」

 

 静かになった、建物の陰で残された少女が呟く。

 その目には、笑顔の子供たちに囲まれた着ぐるみが映っていた。

 

 元気な男の子に抱きつかれる。すこし内気な女の子に手の端を掴まれる。みんなに囲まれている。それに対し特に反応を返す事はなく、だが嫌がる素振りをする事もなく。

 

「ホントかなぁ」

 

 それを見て鹿毛のウマ娘は呟く。

 そして彼女もまた、子供たちの元へ足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

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