ちゅーに・と・ぼっち! 作:†ダーク★リベリオン†
瑛理がライブハウス『STARRY』にてひとしきりライブを満喫した翌日のこと。
「うわぁ〜〜〜ん!! どうしようエリち!! 私、明日からどんな顔して生きていけばいいの〜!!?」
「うむ。いっちゃんよ、我が輩の大いなる胸に抱かれて嗚咽を溢すのは一向に構わんのだがちょっ、あのあんまり首絞めないであいだだだだ!!?」*1
瑛理は件の友人、喜多郁代の自宅において酸欠の憂き目に遭っていた。
とりあえず甘いものでも持っていけば喜ばれるだろうとお手製の洋梨コンポートを持ち寄った彼女を出迎えたのはまさかの無自覚コブラツイストであったのだ。
「あっ……! ごめんなさい、エリち!? 大丈夫!?」
「くっ……これが、
「大丈夫そうね」
喜多はほっとして胸を撫で下ろした。
もっと心配してくださってもいいんですよ?と瑛理は世の無情を嘆き悲しんだ。
「けほけほ……そ、それで、いっちゃんの妄念をヒトの言葉に置き換えるとこうなるわけか。『憧憬の光に目を灼かれた挙げ句、言の葉もなしに古巣を跡にした』……と」*3
「人間はそんな口語使わないけど。まぁその、大体その通り……かしらね」
喜多は居た堪れなさにそっと目を逸らした。
「ま、我が輩からは別にとやかく言の葉を紡ぐことはせんがな。ただ少しばかり残念だ。いっちゃんの魂をかけた饗宴だと聞きつけ、我が輩結構胸を躍らせていたのだが」*4
「うっ……面目次第もございません……」
心に罪悪感という名の矢がグッサリ突き刺さった喜多は項垂れた。
基本的に責任感の強い彼女にとって、友人の期待を裏切ってしまったことを非常に後ろめたく思っている。
あまり自由に使える余裕のない財布からわざわざチケットを買ってもらったのに肩透かしをさせてしまったことには、あまりの申し訳なさで穴があったら埋めてもらいたいくらいだ。
「いやまぁ、残念ではあったがそれほど気を落とすこともあるまい。いっちゃんの見栄っ張りと生真面目さが裏目に出ただけだ」
「えっ、私って見栄っ張りに見えてたの!?」
「普段はそこまでではない。大方、偶像を目の前にしていたが故に格好をつけたかっただけなのだろう? 学舎の同胞が相手であったとしたら素直に言い出せていただろうしな」*5
「うぐっ……」
図星を突かれ、喜多は呻き声を上げる。
確かに路上ライブで見惚れた他校の先輩にアタックするべく猪突猛進の勢いのままバンドに加入したわけで、格好悪いところは見せられないと意地を張った部分は大きい。
「相変わらずエグい見た目してるのに人を見る目は確かなんだから……」
「エグくないもん! ダークヒーローの正装だぞこれは!!」
「その制服ってダークヒーローイメージだったの!?」
どちらかと言うと女児アニメの追加戦士枠じゃないかと思う喜多である。
あとダークヒーローは制服なんか着ない!
なぜならば公的機関の制度に真っ向から抗うのがダークヒーローの本分なのだから!
「ところで時を巻き戻すが、この後の展開は如何とする? 諦めて舞台を降りるのか?」*6
「急にズバッと切り込んでくるわよねぇ……」
喜多は目を伏せて考える。
その瞳に普段の明るさはなく、仄暗い罪悪感が見て取れた。
「……うん。やっぱり私、『結束バンド』には居られないわ。酷い裏切りをしてしまったんだし」
「我が輩の見立てでは大事に至っているようには見えなかったぞ? 完熟マンゴー仮面でリズムバラバラリサイタルだったが」
「字面から場面を一切想像できないのだけれど」
喜多の脳裏にはミラーボールのサイケデリックな七色の光に照らされるよく熟れたマンゴーの顔をした謎の存在が軽快にギターを掻き鳴らしながらマイクスタンド片手に熱唱している光景が浮かんだ。
最悪だ。
インフルエンザの時に見る夢かよ。
真面目な話に水を差さないでもらいたいと思う喜多だが、当の瑛理は素面で持ってきたコンポートむしゃむしゃしているので思わず溜め息をついた。
相変わらずクセの強い子だ、と。
「ともかく! バンドっていうのは本当の家族以上にずっといて、一緒に夢を追いかけて……第二の家族って感じがするでしょう? でも私は……」
「なるほど。つまりいっちゃんは運命の共同体になりたかったのだな? しかし彼女達を欺き続けていた手前、そんな資格は己にはないのだと」*7
「そう……こんな無責任な私が先輩の娘になるだなんて烏滸がましかったのよ……」
瑛理は喜多の控えめに言って頭イカれている志望動機に、やっぱこいつクセ強すぎんだろと思った。
どの界隈でも類って友を呼ぶんですね。
「まぁ、この際いっちゃんのフェチズムには目を瞑ろう」
「別に性癖ではないけど。だって先輩と一番密接で深い愛情を育める関係を築きたいだけだし」
「よっぽどヤベェよ。ともかく、我が輩が告げられるのはこのまま蝙蝠の如き有り様を続けるのならば間違いなく後悔する、ということだけだ」*8
瑛理はベッドの上に無造作に置いてあるギターに目線を移す。
喜多は几帳面なところがあるので楽器を片付けずにほっぽり出しているというのは考えづらい。
おそらくバンドから逃げ出してしまった今でもギターの練習に打ち込んでいるのだろう。
それはつまり潔く身を引くことも、かと言って再びバンドのメンバーと向かい合うことも決断しきれていないということになるのではないだろうか。
そんな状況は彼女自身が一番辛いんじゃないかと瑛理は思う。
「後悔……かぁ」
「うむ。闘争か、逃走か。いっちゃんはそのどちらを取れば己の心を救えるのか測りかねているのだろう。だが優柔不断、閉明塞聡の先達たる我が輩の前世に言わせるならば、何事も中途半端は身を滅ぼすものよ」*9
「……じゃあ私、これからどうしたらいいかしら」
「簡単だ。頭をバカにして考えれば良い! 難しく悩まず、前にでも後ろにでも、己の走りたい道を考えなしに走れば良いのだ。転倒するのは考えんでもいい。いっちゃんには横に立って支えてくれる同胞が大勢いるのだから。少なくともここに一人、な!」*10
瑛理は中学の折、孤立していたところを同じクラスになったばかりの喜多に声をかけられたことを切っ掛けに意気投合し、いつの間にか無二の親友となっていた。
誰に対してでも臆さず積極的に関わっていける喜多にとって、腫れ物のように扱われている瑛理に話しかけることなど、彼女にしてみればなんでもない当たり前の行為だったのかもしれないが、瑛理にとってはこの上ない救いに違いなかった。
今の瑛理がクラスで孤立していても学校を楽しいと思えるのは喜多のおかげであり、自分に光を当ててくれた喜多のことを瑛理は子供の頃に憧れたヒーローのように尊敬しているし、彼女が困っているとしたら陰ながら支えてあげるのがダークヒーローである己の務めだと自負している。
そうして喜多には幸せな人生を歩んで欲しいと思っている。
後悔の一片もない選択をしてほしいと思っている。
「いっちゃんは真面目だから、戦いに背を向ける己を戒めている。それは間違いなく美徳でもあるが、いつも戦い続けていては心が疲れてしまうぞ」
「……ふふ。エリちは、私が逃げても応援してくれる?」
「勿論だとも! 我が輩こそは厨二の冠位を戴く者! その道において我が輩に敵う者はないのだからな!!」*11
「あはは! 何それ!」
喜多はドヤ顔でポージングを決めながら格好に似合わぬネガティヴ発言を堂々と宣う瑛理の姿につい吹き出してしまう。
「フハハハ、安堵するがいい! 我が輩、いっちゃんがどんな選択を取ろうとも必ず味方でいることを誓おう! 前に進むも後ろに進むも、胸を張って突っ切るが良い!!」
「うん。ありがと、エリち! なんだかちょっと元気出てきたわ! よーし、私もコンポート食べちゃう!」
「うむ! 自信作だ、とくと召し上がると良いぞ! フハハハ!!」
やっぱり喜多には快活な笑顔が似合う、と瑛理は思った。
☆☆☆
それから喜多宅にて大コスプレ大会が開催された後、瑛理は帰路についた。
喜多には「逃げてもいい。自分は何があっても味方になるから」と言った手前ではあるが、結局は前に向かって進むのだろうと瑛理は思っている。
自分と違って芯の強い彼女なら、時間はかかれども切っ掛け一つで容易く壁を乗り越えてしまうだろう、と。
だから自分がやるべきなのは、友達として彼女が壁を乗り越えるまで心を支えてあげることだった。
正直、説教臭かったかなと内心で頭を抱えているのだが、面倒くさくなったので気にしないことにする。
瑛理は問題の先送りと不法投棄には磐石の自信があった。
ともかく最低限のフォローはできたと思うことにして、瑛理はスマホを取り出し通話を繋げる。
これも余計なお節介だろうし、ウザい行為だとは自分でも思うが、瑛理は友人が厄介になる先をどうしても案じずにはいられなかった。
友愛がちょっと重いところがあるのが欠点だと自覚してのことなので今更ではあるのだが。
「あっ、
丁度新しくバイトも入れたかったし……と心の中で弁明しつつ、瑛理は鞄からライブハウスに設置されていたバイト募集のチラシを取り出すのだった。