TS転生先でSenkaされてもしぶとく生きる   作:テレホマン

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挿話・3 アレンの初陣(中編)

 父に呼び出された日の夜から、僕は家を抜け出して山や森で夜を明かすようになった。

何故なら、夜中に兄の部屋からラリサの声が聞こえてくる様な気がするのだ。

夜の兄の部屋に、ラリサが呼び出される意味なんて1つしかない。

 

 僕の脳が作り出した幻聴なのか、それともラリサが本当に部屋に居るのか。

それを確かめる勇気は僕にはなかったので、夜間は家から抜け出し早朝に戻る生活をしていた。

家族は僕に関心など無いのか、誰も不審に思う様子は無かった。

 

 普通に考えれば、魔物のテリトリーで夜を明かすなんて唯の自殺だ。

だが、そのまま家に居たら、それこそ自分で自分の喉を握り潰して死んでいたかも知れない。

 

 消えてしまいたいと思う自分と、このまま死んでたまるかと思う自分が常に争っている。

何も考える余裕がない位、自分を追い詰めないと頭がどうにかなりそうだった。

 

 それならば、家よりも魔物のテリトリーに居た方がマシに思えたのだ。

命の危機に全力で抗っても死ぬのなら、自殺じゃないし良いだろうとも思った。

ボーグ爺さんから教わった全ての技術を総動員し、全力を尽くしても死ぬのなら運命だ。

 

 色々と矛盾しているのかも知れないが、これでも僕は大真面目だ。

そんな、ただのやけっぱちとは幾分違う、言葉に出来ない煮えたぎる激情に支配されながら、

僕は山や森で夜を過ごした。

 

 はたから見れば、夜中に山や森に自殺しに入ったとしか見えないだろう。

でも僕にとってはそうではなく、意味のある行動だと確信していた。

この生まれて初めて味わう感情は、僕に何かを強く訴えかけているのだ。

 

 大事なものを失う愚かな選択をした自分になのか、大切なものを奪った父や兄になのか、

この理不尽な世の中になのか、その全てを見ておられる太陽神になのか。

意図は分からなかったが、とにかくそれは死ぬ一歩手前の所で僕を生かしてくれていた。

 

 

 

 夜の魔物のテリトリーは、新しい事だらけの世界だった。

数年間狩人をしていても、一度たりとも遭遇した事のない生物の姿や営み。

人型や獣型の魔物同士の、容赦のない弱肉強食の食物連鎖。

 

 そして、周囲一帯から絶え間なく感じる濃密な殺気!

殺気の濃度の違いで敵の位置を判別できないと、死角から奇襲される死に(まみ)れた空気。

 

 お前を殺す、という絶対的な意志を感じる。

そんな場所では、僕自身の問題に思考を割く余地など無かった。

 

 その中でも、人型の魔物の生態には非常に興味をそそられた。

奴等は獣型とは違い、明確な知能がある。道具や武器、罠を使い高度な連携もする。

何よりも面白いのは、人間と同じく油断や失敗をし、それが奴等だけでなく周囲の強化にも繋がっている点だ。

 

 奴等は驚いた事に多対一等の圧倒的優位な状況だと、相手を嬲り殺しにする傾向がある。

獲物を前に舌なめずり……狩人の身からすると、全くもって理解が出来ない。

 

 これは、獣型の魔物には見られない行動だ。

獣型の魔物は、獲物の心臓の鼓動が止まるまで攻撃を緩める事は無い。

殺す時は殺す、逃げる時は逃げると、即断即決で行動に迷いが無い。

 

 しかし、人型の魔物は何故か同じではない。

迷い、悩み、そして()()。それは、命を懸けた狩りでも変わらない。

 

 当然、獲物も強靭な生命力や攻撃力を持つ魔物なので、手痛い最後っ屁を食らう事がある。

運よく嬲り殺しから逃げおおせた、獣型の魔物も居たりするだろう。

 

 そんな、苦い経験をした回数の多い個体や群れ程、行動が洗練されていたり上位種の数が多い。

群れ単位で何かしらの経験が蓄積され、それが行動の変化や上位種誕生等の戦力増加に反映され、

食物連鎖での立ち位置を押し上げる事に繋がっているのかも知れない。

そして、より上位の敵に狙われたり襲ったりして、更に新しい経験が蓄積されていく。

 

 薬草を煮詰めると、残った液体はより効果が凝縮されているのと同じ事だろうか?

そうだとすると、魔物を攻撃したなら、個体・群れに関わらず絶対に皆殺しが必要になる。

下手に生き残りがいると、それは他の群れに合流したりして経験を引き継ぐことになるだろう。

 

 この仮説は、僕に大きな衝撃と変化をもたらした。

ただの害獣と思われている魔物ですら、何かしら学び、自身の力と地位を向上させているのだ。

 

 迷い、悩み、遊び、そして過去の失敗から学ぶ。

その姿は、まるで人間のようではないか!

 

 それに対して、僕という存在は一体どうなのだろうか。

身体能力や狩人の技術は確かに向上しており、昔より格段に強くなっているのは間違いない。

 

 でも、僕は何時まで経っても父や兄の所有物のままだった。

そうあるべきと育てられてきたので、今までは違和感や疑問を感じなかった。

今の僕は、自分で考えて行動したフリをしているだけの、家畜と何ら変わらない。

主人の命令に唯々諾々と従うだけの、糞の詰まった肉袋だ。

 

 殺されると分かるまで、いや、殺される瞬間ですら自分の考えがあるのか自信が無い。

それは果たして、人間と言えるのだろうか。

 

 でも、この新しい世界を目にして、今までになかった新しい思考(疑念)が芽生えていた。

僕は、自分の頭で自分の為に何かをちゃんと考えた事があっただろうか?

父と兄の命令に唯々諾々と従うのは、本当に僕の為になるのだろうか。

家の為になる事と、僕の為になる事はイコールなのだろうか。

 

 自分の今までの境遇を、思いつく限り振り返って考える。

僕だけに厳しい父、兄との絶対的な格差、家への奉仕、そして奪われ続ける僕だけのもの。

それらを思い出していると、ふとある光景が思い浮かんだ。

 

 人型の魔物から、嬲り殺しの目に遭っている獣型の魔物だ。

普通の魔物なら、そんな状況でも反撃や生き残る機会を虎視眈々と狙っている。

 

 でも、その光景の中の魔物は違った。

どんなに酷い事をされても、ただじっと耐えて自分の命が尽きるのを待っているのだ。

今の状況が正しく仕方ないものであると、唯々それだけを考えて諦めている姿。

 

 嬲られている魔物の体は大きく、反撃する気さえあれば状況を打破出来るだろう。

でも、そうしようとはしない。彼の行動を制限するものは何もないというのに。

魔物の姿か? これが……。

 

 最初は戸惑っていたが、その不可解な光景がカチリと頭の中に納まった。

嬲られている魔物は僕、嬲っている魔物は父と兄だ。

 

 魔物にも劣る、畜生以下のどうしようもない出来損ない。

それが今の僕だと、心の底から理解できた。

 

「んふ、んふふ。くっくっく。あはっははははは!」

 

 生まれて初めて、大声を出して笑った。

まるで、おろしたての服に袖を通したかの様な心地良さだ。

僕は全てがお下がりだったが、兄は何時もこんな気持ちを味わっていたのか。

 

 心が、軽くなったように感じる。

僕を縛り付け、貶めていたナニカが少しずつ洗い流されているのかも知れない。

僕は、他ならぬ僕自身であって良いのだ。

 

 夜の森の中だというのに、その感情に身を任せて大声で笑う。

とても気持ち良いが、何故だか涙が止まらなかった。

その日は一晩中泣きながら笑い続けたが、魔物に襲われることは無かった。

 

 

 

 そんなこんなで1ヶ月程経った時、領主から徴兵の通達が来たらしい。

村の話し合いで、我が家からも1名出す事が決まった。

 

 父は随分と抵抗した様だが、本来は預かるだけのラリサを勝手に兄の嫁にした事により、

村中から強い反感を買ってしまい押し切る事が出来なかったようだ。

勿論、徴兵は僕が行くことになった。

 

 徴兵者の名簿が役人に提出されたら、集合場所の街までの移動は自由だった。

普通は徴兵者同士で固まって移動し、街で装備を貸し与えて貰うらしい。

 

 でも、僕にそんなものは必要ない。

僕には使い慣れた狩人の装備がある。技術がある。鍛えられた体がある。

そして何よりも、今の僕には自分で物事を決定する意思がある。

 

 なので出立の日は家に戻らず、そのまま一人でさっさと街へ向かった。

父や兄の有難い言葉なんて聞きたくもないし、ラリサとも顔を会わす気はなかった。

会ってしまうと、自分の決意が鈍ってしまいそうだから。

 

 

 僕は、戦争で生き残っても故郷に戻るつもりはない。

だから、これがラリサとの今生の別れになるのだ。

 

 

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