TS転生先でSenkaされてもしぶとく生きる 作:テレホマン
グランリーフ王国の北にある寒村。そこが、僕の生まれた村だった。
家は代々農家で、両親と2歳年上の兄という構成の、4人家族だ。
小さい頃から、何となくだが兄との扱いの差を感じていた。
食事の量が、兄よりも少ないのだ。種類が多い時は、兄の方が一品多かったりする。
それ以外にも、日常のちょっとした事でも、兄の都合を優先される事が多かった。
その事を常々不満に思っており、一度そのことを指摘してごねた事がある。
その結果は、
「お前は、余計な事は考えずに家と兄に尽くせ。それが次男の役割だ。分かったか!」
「村の外は、魔物が沢山いる怖い所なのよ。お願いだから、お父さんのいう事を聞いて」
それ以降、事あるごとに両親から、家と後継ぎである兄に尽くせと言われて育った。
次第に、僕はこの村に生まれた次男なら、それが当たり前の生き方なんだと思うようになった。
兄の都合を優先するのも、食事が兄より少ないのも、着る物や道具が兄のお下がりなのも、
農作業や家畜の世話が兄より分担が多いのも、雑用を兄は一切やらず全部僕がやるのも。
全部全部全部、当たり前の事なのだ。
次男なら、父と兄の言う事に従い、家の為に身を粉にして働くのは当たり前の事なのだ。
これからもずっと、家の為に生きるのが当たり前なのだ。
村から逃げ出すなんて考えたこともない。沢山いる魔物に襲われて、死ぬだけだ。
そうして生きてきた中で、「僕だけの初めて」が一つもない事に気付いた。
僕の初めては、何もかもが全て、兄の初めてを後追いしているだけなのだ。
産声も、母乳も、愛情も、見るのも、聞くのも、着る物も、遊ぶ物も、何もかも。
その事は、今の自分の境遇が正しいものであると思わせるには十分だった。
そんな中、兄も経験した事のない「僕だけの初めて」ができた。
村で猟師をしている、ボーグ爺さんの孫娘ラリサと友達になった事だ。
兄には、特に付き合いのある異性の友達はいないようだった。
彼女と知り合ったのは、僕が彼女の家の近くにある、荒れ地を開墾し始めた事が
こんな僕にも1つだけ取り柄があった様で、小さい頃から体力と力だけは大人顔負けだった。
なので、普段の仕事が終わった後に、新しい畑を作るべくせっせと開墾していた。
しかしそこは酷い荒れ地で、枯れた大きな根っこや石・岩が沢山あり、作業は遅々として進まなかった。
毎日遅くまで、1人で開墾作業をしている僕を見て、気になって話しかけてきたようだ。
ラリサは、僕の1歳年下だ。感情表現が豊かで、ころころと表情が変わり愛らしい。
彼女は畑から取り除いた大きな石の上に座り、開墾する僕を眺めながら話をするのを好んだ。
僕も、そんな彼女と話をする時だけは、気持ちが安らぐのを感じていた。
そんな彼女の両親、ボーグ爺さんの息子夫婦は、既に他界している。
母親がラリサを身篭った年は、大型の魔物の移動でもあったのか、山や森は不猟の年だった。
父親は焦ったのか、猟師の先達であるボーグ爺さんの意見を聞かず、次第に長時間の猟を行うようになっていった。
そして、文字通り帰らぬ人となった。
息子を探し回った爺さんは、その死に様を多くは語らなかったそうだ。
……多分、見るも無惨な死に方をしていたんだと思う。
夫の死を受けて、母親は気鬱を患い、塞ぎ込む様になった。
爺さんも色々と手を尽くした様だが、一向に良くならず身も心も衰弱していった。
そして、そんな彼女は出産の負荷に耐えられず、ラリサを産んだ後に亡くなった。
ボーグ爺さんは、悲嘆にくれたんだと思う。
元々寡黙で人付き合いの少ない人だったが、この後は輪をかけて酷くなった。
暫くは村の女達がラリサの世話を手伝ったが、ある程度まで育つと次第に疎遠になっていった。
そんな感じだったので、僕はボーグ爺さん一家の存在を知らなかった。
なので、初めてここに来た時はあの家は無人だと思っており、休憩時に中に入ってみたのだ。
そうしたら、まだ小さいラリサと出くわして大泣きされてしまった。
多分、物盗りとかそういった類の人間だと思われたんだろう。
急いで外に出たけど、話に行く勇気が無かったのでそのまま開墾作業に戻った。
それ以降、作業中はずっと何処からか視線を感じる様になった。
それから1か月後位だろうか、ラリサから話しかけられ、誤解が解けて仲良くなったのだ。
そんな彼女から話を聞いたのか、ある日ボーグ爺さんに話しかけられた。
そうしたら気に入って貰えたのか、狩人の技術を教えて貰える事になった。
午前中に家の分担を済ませ、午後から開墾作業をしていたので、時間は有り余っていた。
開墾作業そっちのけで、爺さんの弟子として行動を共にする様になった。
狩人の仕事は、想像以上に危険と隣り合わせだった。
狩猟の対象である、魔物のテリトリーに入って戦わなければならないからだ。
そして食べる為の狩猟だけではなく、村の防衛や魔物の間引きも兼ねている重要な仕事だった。
状況把握や行動分析、逃走や追跡、気配の消し方といった自分の身を守る方法から、
効率的な罠の仕掛け方、各魔物の習性や弱点、攻撃手段やタイミングといった戦い方、
魔物の解体の仕方、可食部、食べ方、そして亡骸の処理方法といった生活に関する事まで。
爺さんから色々大事なことを教えて貰ったが、最も役に立ったのは食事だ。
畑仕事をする様になってから、家の食事だけでは全然足りなくなり、何時もお腹を空かせていた。
その事を訴えようにも、昔の様に
そんな僕を哀れに思ったのか、それとも想像以上に僕が役に立っていたのか。
捕まえた獲物をラリサに料理して貰い、三人でお腹一杯になるまで食べるのが恒例行事になった。
大きい獲物も僕が担いで移動できるので、現地で解体する必要がなく速やかに帰れるのだ。
取れたての心臓や肝臓は、それはそれはもう美味だった。
殆ど僕が食べていたと思うので、僕の為にしてくれていた事なのだ。
……この人達が本当の家族だったら、どんなに良かったか。
「このままお爺ちゃんの跡を継いで、私と一緒にずっとここで暮らそうよ」
僕の気持ちを知ってか知らずか、ラリサはそう言ってくれていた。
だけど、僕の人生は僕だけの人生じゃなかった。
次男である僕に決定権はない、家長である父か兄が決める事なのだ。
決まって僕がそう答えると、ラリサは何時も悲しそうな顔をした。
食事の効果は絶大で、お腹一杯食べれる様になってからは、体力と気力の充実を実感した。
何時もぼんやりと霞が掛かって思考が纏まらない頭は、ハッキリとする様になった。
体力や力は誰も相手にならなくなったし、脱走した暴れ家畜の突進も受け止められる様になった。
受け止めた後に軽く頭をぶん殴ってやれば、大抵は大人しく従うようになった。
魔物の突進を受け止めたことは、まだない。
怪我をするリスクが無く、一方的に殺せるのならそっちの方が良いからだ。
でも、必要な時に咄嗟に動ける様に、心の準備だけはしていた。
だが、そんな心の準備は無駄になった。
ボーグ爺さんが、病に倒れたのだ。
村の神父の診察では、老衰と合わさり峠は越えられないだろうとのこと。
この時、僕は15歳でラリサは14歳だった。
村の集会で、狩人の跡継ぎについて話し合われた。
狩人の仕事は、死と隣り合わせなので基本的になりたい奴はいない。
爺さんは、僕とラリサを一緒にして後を継がせる様に言ってくれたようだった。
しかし、それに猛烈に反対したのが僕の父だった。
桁外れの労働力を持っていた僕が、支配下から抜けるのを嫌がったのだろう。
事実、僕のお陰で村で最も広い畑を持っており、影響力は大きく増加していた。
それを笠に着た父兄の振る舞いは傍若無人で、村の中では嫌われていた。
話し合いの結果、近くの村からある狩人の一家が移住してくることになった。
家を明け渡す事になったラリサは、僕の家が預かる事になったのだ。
この時に、僕はラリサの手を取って村から逃げ出すべきだった。
魔物は、僕にとってもう怖いだけの存在ではなくなっていたのだから。
村から出て、他の村でも生計を立てていく
でも、小さい頃から従うように言われ続けた僕は、その考えを持つことが出来なかった。
ラリサが僕の家に来た日、父と兄は僕に夕方まで帰ってこない様に言った。
家の決まりとラリサの役割を説明するのと、歓迎会の準備をする為という話だった。
僕は言われた通り、家畜の世話と農作業をし、歓迎会用の獲物を一匹担いで夕方に戻った。
すると、家の少し手前でぼーっとしているラリサを見つけた。
僕が話しかけると、ラリサは泣きそうな顔をした後に、怪我をしたかの様な不自然な足取りで、
小走りで家の中に入っていった。
少しすると、兄がニヤニヤしながら出てきた。
「ちゃんと言い付けを守ったようだな。おっ、歓迎会用の肉か? 何時も悪ぃな」
「……いえ。それより、ラリサの様子が変だったようですが」
「あぁ、あれか。お前の幼馴染、
最初、意味が理解できなかった。
ラリサが最高? 当たり前だ。ラリサは容姿も可憐で、性格も明るくて一緒に居ると心地よい。
そんな事を考えたが、先程のラリサの泣き顔、不自然な足取り、何時もより勝ち誇った兄の顔。
それらを組み合わせて考えて――――血の気が引いた。
手の力が緩み、担いでいた獲物がドスンと音を立てて地面に落ちた。
体が震え、呼吸が浅くなる。それでも、それでも兄を信じて兄の顔を見る。
しかしそこにあったのは、人間とは思えない禍々しい悪魔の笑みだった。
「その顔が見たかったァ……! 俺に嫉妬するそ・の・顔がぁ! ヒャハハハハハハ!!
あぁ^~たまらねぇぜ。今、どんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち?」
「……いえ、何でも、無いです」
何とか声を絞り出して、それだけを答えた。
重い足取りで家に入り、母に獲物をどこに置けばよいか聞いた。
その時の、痛ましいものをみるような母の視線が印象的だった。
その日のその後は、記憶が残っていない。
翌朝に父に呼び出され、ラリサが兄の嫁になる事を告げられた。
その時には、もう諦めが全身を支配しており、やっぱりなという感情だけだった。
僕だけの初めては、やっぱり無かったのだ。
全て、兄に取られるのだ。全て、兄の後を歩く事しか許されないのだ。
もう、僕には何も残っていないのだ。
あれ程楽しみにしていたラリサとの顔合わせが、その日から苦痛になった。
そんな日々の中、徴兵の知らせが来たのは1か月後のことだった。