煙霧を切り裂き、目映いばかりの火焔が網膜を照らす。仕込まれた誘爆は轟音を立て、一帯の海面を沸かした。
酸を含んだ蒸気は酷い刺激を伴い、喉も肺も蝕む毒となって辺りに充満していく。
しかし、それでは終わらなかった。
(え……?)
炎の勢いが止まらない。
(どうなっ、て……)
誘爆で拡散し相手を焼き尽くす筈の熱が、光が、流れを得てその形を変える。
まるで生き物のように炎を飲み込み、前進し、勢いを増していくソレ。
豪焔の揺らめきの奥。何かが、此方を捉え狙いを持って首をもたげた。
(──ヒ、)
燃え盛る流動は大きな渦を纏い、その本性を顕にする。
──三つ首の、火龍……!
「そんな、何で──」
あれが、術? 馬鹿な。炎は燃え広がるものだ! それが収束してあまつさえ意思を持つなんて!
「!!」
ニゲロ
考える余裕はない。
ただただ、上方と左右の三方向から迫る死の予感から逃れたくて。空気を奪う圧倒的な光と熱量が肌を焼く感覚が恐ろしくて。
──ザプ……!
海水だけが、味方だった。
───
味方の筈だった。
───
標的を失った炎弾は、一度その場でぐるりと旋回し、舞い上がるようにその軌道を変えた。弧を描いた炎は、酸の靄も塵も問答無用で巻き込み焼却してしまう。
交わり重なる形はやがて輪郭を失い、大きな塊となって一層激しく燃え盛る。
そしてついには術者の制御を離れ──その熱本来の在り方に戻ろうと、はるか上空へと昇っていった。
───
暗い暗い水底にすがる宛があるわけもなく。ただ呆然と水面を見上げ、光が離れて行くのを見送るしかなかった。
火龍の熱から逃れたい一心で深く潜りすぎた。体が重い。息が、肺が苦しいのは、水圧によるものだけではなかった。
水面に影が差す。
(やられ、た……!)
制御が切れてしまった溶遁を差し向けることはできそうにない。大海の荒波は無慈悲なまでにその痕跡を容易く揉み消していった。
締め付けは更に強まり、口から泡が逃げていく。とうとう指一本も動かせなくなった。
全てがあの女の手中に収まっていく。
そうやってまた、世界を引っくり返される。
───
「──ふぅ、ぐ……ゲホ、ケホッ!」
シンと静まった林に、激しく噎せ込む声が響いていた。本能は新鮮な空気を求め、くノ一を生かそうと必死に足掻いている。
纏わり付いていた海水も、今やただの水溜まりだ。
大きな呼吸を繰り返すも、未だくノ一に起き上がる気配はない。拘束の解けた体は重力のまま、力無くその四肢を投げ出していた。
「落ち着いた?」
スバルの平坦な声が、確かな存在感で空気を揺らす。
何歩分も空間を挟んで尚どこにも溶けず、声は降りかかるようにくノ一……メイの耳へと届いていた。
「……」
僅かに首を傾け、メイはゆっくりと視線を上げる。あからさまにスバルを観察するばかりで、問いかけには答えなかった。
スバルも微動だにせず、隔たりは依然として埋まらない。
そこだけ時間が止まったかのような沈黙が続く。
「……何故、あのまま殺さなかった?」
結局、痺れを切らしたのはメイの方だった。声はスバルに対抗するように淡々と。眼差しは非難混じりでも、理性を保っている。
スバルは、一切の迷いなく思うままを述べた。
「追い忍を殺せば里が動く。余計な混乱を招くだけでしょう」
単純に。切実に。
忍の隠れ里が、戦力の柱を失ったまま放置するなどあり得ない。失踪したのが機密を守る側の追い忍であれば尚更だ。どれだけ伏せようと、追い忍と木ノ葉とを結ぶ状況証拠は揃っている。
火薬庫に火種を持ち込めばどうなるか──考えるまでもない。
「──……それ以前に、私には対立する理由も任務抜きに殺しを負う義理も無い」
それだけ。
きっぱりと告げられたスバルの持論に、酷く呆れた様子でメイが鼻を鳴らす。
「任務のためなら
「そうなるわね」
見た目と裏腹にどこまでも模範的で、つまらない女。
「ッ……、お前がいなきゃ、彼らは戦わなくたって大金を手に入れられたのに……!」
今日に至るまで、何度も何度も邪魔された。秘密裏にガトーの首を掻くことは叶わなかった。
「こちらからすれば時期尚早だった……頭を失くした手足は厄介よ。個人のために集団犯罪を助長させる訳にはいかないわ」
次の頭を巡ってまた抗争が起こり、誰かがその皺寄せを受ける。計画的に要点を抑えなければ根絶は夢のまた夢。夢で終わらせないためには、誰かが駒を進めなくてはならない。
どこまでも、理想のために。
「……」
無言のままメイは上体を持ち上げ、改めてスバルをじっと見つめる。
そして、薄く笑った。
「私の相手は国だったって訳ね」
「対立する理由は無いと言った筈よ」
「簡単に言ってくれる……」
───
やれやれと首を振るメイに主張するように、スバルが一歩前に出る。視線がはっきりと交わった。
「任務通りならここで話は終わり。だけど、まだ猶予は残ってる」
「……何が言いたい?」
メイの声が一層鋭さを増すもスバルは取り合わない。あくまでも自身の主張を続けた。
「仲間の助命のため協力してほしい。それなら利害は一致するでしょう」
渡りに船の誘い。だが──
「無駄よ」
提案を撥ね除け、メイはまた微かに笑う。その口ぶりは既に決めていたかのように淀みなかった。
「再不斬が追い忍を信用する訳ないじゃない。あんたのお仲間は助かっても、私一人殺されるのがオチだわ」
そうならないために木ノ葉の下忍を人質に取ろうとした。そうすれば一目で信じてもらえる筈だった。
メイは緩慢な動作で身を起こすが、それだけだ。
「没交渉なら、あなたを眠らせた上でここに置いていく」
「……」
脅しですら無い。仲間の安全のためなら、スバルにはそれが然るべき対応だ。
いっそ建前を投げ捨ててしまえたら。そんな思考が頭を過っても、まだ迷いは捨てられない。
また一歩スバルが近付く。
「これが最後。あなたの望みは?」
「……彼らが生きていてくれるなら、なんでもいい……」
その言葉に嘘は無かった。
───
「あなたの要求全てを認める訳にはいかない。仲間が優先なのは私も同じよ。でもここで……
譲れない一線さえ越えられなければ、要点さえ抑えられれば、他はどうだっていいのだろう。
その姿は拘りのないお人好しにも、鷹揚にも、傲慢にも映る。
「それが木ノ葉のやり方?」
「……おおよそは」
即答でも断定でもない。何かと何かを比較する為の、演じるにも偽るにも向かない間が確かにあった。
「フン……そんなだから舐められるのよ」
「それはまあ、一意見として上げておく」
どこまでが本気か、社交辞令か。何故自分に声を掛ける? 共に進んだ先でお前は何を得られる?
ここまで話して尚、当初からある薄気味悪い印象は拭えない。
「……」
ああ、でも……
「もう、分かったわよ! あんたに着いていけばいいんでしょう?」
不思議と、これ以上拒む気にはならなかった。
───
「それで? どう割り込むつもり?」
「現場に飛んで、そこから考える」
ここまで交わしてきた問答が嘘のように、スバルは性急に言い放った。
「は? ノープランってこと?」
ギョッとしたメイが思わず聞き質すも、スバルはただ首を振って否定する。
実際のところメイの指摘はそう外れてもいない。スバルにとっても不味い状況なのは確かだ。
スタスタとメイに近寄りながら、橋の方角に意識を向けた。
現在の状況──まだ誰も死んでいない、まだ巻き返せる。
(下手に救援を約束しなくて正解だった)
手立てを考える段階などとうに過ぎている。今はただ場を制圧し彼らを保護することに専念しなくては。
もはや一言一句口にする時間すら惜しい。
「……アナタも感知タイプだったって訳ね。方針は?」
「意表を突ければそれでいい。カカシの対応力なら説明しなくてもなんとかなる」
乱入してしまえば、場の均衡は傾くのみ。
事情を大まかにでも伝えておいたカカシと違い、再不斬達はこちらを認識していない。まったくの孤立無援で、
(数だけでも三対二、勝算は……)
感覚の中に一瞬、異質なチャクラが混じ──いや、流れた。これは……
「! ──現場に直行する、備えて!」
「……」
スバルの鋭い声が飛ぶ。メイも既に腹を決めていた。
移動のためと伸ばした手が引き込まれる。そのまま、音もなく絡め取られた。
自分を凝視するスバルに、メイは唇の僅かな動きで言葉を紡ぐ。
“ありがとう”
場違いなほど穏やかな笑みに困惑する。
そこに、嘘は見当たらなかった。
───
隙だらけのまま、呆気に取られたスバルはあまりに無防備だ。
「駄目じゃない、戦場で油断しちゃ」
少しだけ胸のすく思いがして、メイはつい笑ってしまう。
意味が分からないと、スバルは凍った顔付きで雄弁に語っている。最初からこうだったら、少しは許せたのかもしれない。
しかしもう、遅かった。発動した術は不可逆に身体を侵し、内側から壊していく。
「……霧の沽券にかけて……アナタには、ここで死んでもらう」
これでいい。願いも思いも、ここに置いて行くから。
これで……今度こそ、お仕舞。
───
「──ッ、……」
心臓そのものをやられたわけじゃない。ただ、心臓を起点に雪崩込んできた異物が全身を這い回り、喰い荒らされるのが体感で分かる。
骨、筋肉、関節、神経……感覚ある隙間という隙間を抉るように痛みが襲う。
異物がより深く潜ろうと、肺から血液を塗り替え始めた。悲鳴すら出ない。息も、吸えない。
いっそ踞り身を屈めてしまいたかった。だが他でもないメイに抑え込まれ、痛みを逃すことも叶わない。
海水に濡れた髪がスバルの頬に張り付く。
端から見れば熱烈な抱擁に映りそうだが、その実逃さないための強い拘束だ。
「痛い? 苦しい?」
耳元でメイの甘ったるい声がする。
「追い忍部隊の奥義、“蓮鎖の呪”……この呪いは一度発動したら双方死ぬまで止まらないわ。身体は崩れて死体も残らないのよ」
『便利でしょう?』と続けるメイの声を、スバルの意識は拾わない。
スバルが凝視していたのはメイの肩口だ。滲むように模様……呪印が浮かんだと思えば、それは一箇所に収束し
パックリと、内側から張り裂けた。
熟した実が弾けるように、あっさりと。めくれあがった裂傷から血が濁々と溢れ流れていく。
(──これ、は……)
肩に集中していた違和感を目の当たりにした。
冷や汗とも血ともつかぬ滴が地面を染める。広がる血溜まりはもうどちらのものとも言えなかった。
また一つ、裂け目が広がる。
「お前のような化け物を野放しにしておく訳にはいかないの……悪く思わないでね」
───
レンサ、連鎖。身体の同調、自己破壊、呪い……
──封印による、道連れ。
「……!」
対象から奪った魂の一部を媒介に、術者と対象の肉体を連動させ、双方に同等の苦痛を与える術。
肉体の崩壊は相手側で起こっている。肉体から魂を引き剥がし、元の形を保てなくさせている。それに、こちらを巻き込んでいる。
(ああ、そう……)
筋道は、はっきり見えた。ノイズは消えた。これでようやく息がつける。
「……あの子達に、謝らないと……」
「“私が不甲斐なくてごめんなさい”って? そんなこと、考えなくていいのに」
“どうせもう、終わりなのだから”
「……ハァ……」
思わず溜息が出る。どうにも話が噛み合わない。伝わらない、通じない。
己の失策を、見積もりの甘さを認めよう。子供達の元へ帰るためにも、この呪いとやらは解体しつくさねばならない。
(……世話の焼ける)
心臓が一際強く脈打ち、己を主張した。行場の無かった指先は無意識にメイを掴み、その形を捉える。
あれだけの苦痛も忘れ、スバルの意識はその苦痛をもたらした呪印の根源を辿っていく。
どれだけ近くに在ろうと、メイのことはもう眼中になかった。
───
「……」
静かだ。
弱音を溢したかと思えば、それきりスバルは沈黙を貫いたまま。ついに観念したのか。
(そうよだって、もうじきに……)
何も起きていない。筈なのに、落ち着かない。不快な胸騒ぎが止まらない。死を迎えるとはこんな──
……待て。何も、起きていない?
ハッとして、自分の指先に目を向けた。
呪印の広がりが、止まっている……?
気付いた途端、嫌悪に任せ腕の中のものを放り捨てた。違和感の正体に鳥肌が止まらない。
「忙しないわね」
そいつはよろめきもせず、平然と立っている。そんなのはおかしい、あってはならない!
「嘘よ、嘘、嘘……この術は、防ぎようなんて──」
「そう教わった?」
またあの見透かすような目に晒された。不快な不快な、物を観察するような冷めたあの目で、またこちらを……
「止め、……消えろ!」
この際自爆でもいい。
メイはただ目の前の存在を否定し、無かったことにしたい。その一心だった。
だが、もう許されない。
「大人しくして」
スバルの言葉が合図だったように、メイの身体が制御を失った。足が腕が、指先が、首が……どれだけ振り払おうとしても、型に填められたように動かせない。喉から漏れるのは空気だけ。辛うじて眼球だけは動かせたが、なんの慰めにもならなかった。
メイが見ていることも構わず、血で汚れた顔を悠長に拭って……スバルの素顔が顕になる。
やはり表情は無く、何も読み取れない。
人間の形をしただけの化け物がそこにいた。
───
奇妙な術だと思う。
対象との接触で発動する単純さの割に、殺しに至るまでが回りくどく陰湿。その上術者自身も命を落とす?
……どうにも非効率だ。『便利』には程遠い。
拷問好きが新しく開発した術、というならまだ分かる。少なくとも、目的は苦痛を与えることそのもので合っている。
しかし、徒らに魂を食い潰すことが目的でもなければ……この術は、既に骨子を失った残骸そのものだ。残骸にそれ以上の成長は見込めない。
(精神干渉までされていたら危うかった……)
しかし、杞憂だ。この術はやはり前提が欠けている。本来なら抵抗を抑える“別の術”と併用して真価を発揮する類だろうに。
その致命的な欠陥は、呪いを解体する取っ掛かりとしては最適だった。
問題は、“繋がり”そのもの。
断つことは難しい。時間をかけ術者を廃人に追いやる危険を冒すならともかく、取り込まれた分はもう諦めた方が現実的だ。
だから発想を変える。
魂の剥離が崩壊の原因であるのなら──肉体に縫い留め、離れないよう封じてしまえばいい。
方法はある。血も、触媒も、十分に揃っている。
必要なのは術者の魂へ触れるだけ。
そこから先は、ただの作業だ。
───
指先が柔らかくメイの頬に触れ、輪郭をなぞる。
メイではない何かを見つめながら、スバルは笑っていた。
───
裂傷が、呪印が、上書きされるように消えていく。いや、呑み込まれていく。
「応急処置として、封印を重ね掛けせてもらった。あなたの魂を肉体に縛り付けて、離れないようにね。そして肉体は、双方向の契約として私と生命力を共有する」
「私が先に死ねば、私の生命力はあなたのもの」
「あなたが先に死ねば……あなたの魂は私が回収する」
死よりも重い宣告。それを聞かされた側がどういう反応をするのか……まるで、まるで興味がないようだ。
まごうことなき悪魔が、ここにいる。
───
スバルの“処置”が終わり、金縛りが解けてもメイはしばらく動けなかった。
「こんな、ことが……」
あってはいけない。そう思いながら、何度振り切ろうとしてもこの女に回りこまれ、正面から認識を覆され突き付けられる。
どうして? どうして届かない?
どうしたら、お前は私を……
「まだ続ける?」
「……黙れ」
やはり嫌いだ。自分を認めないこいつが死ぬ程気に食わない。
”自分が全て正しい”なんて顔でこちらのやる事なす事踏み躙るこの女が、憎い。
また沸々と煮え立ちそうな怒りに、冷や水が飛ぶ。
「……少年の方は死んだわ。再不斬ももう、相当弱ってる」
思わずスバルの首に手が伸びる。今度は阻まれなかった。しかし無抵抗でもない。メイの腕にはスバルの手が添えられている。
「あなたに怒る資格は無いでしょう」
「怒る? お前を殺せないのが悔しいだけよ」
「……向ける相手を間違えている」
スバルは幾分呆れの浮かんだ顔でメイを見据えた。
こいつは、この期に及んでまだ講釈垂れようと言うのか。
「何が違うって? まさか里なんて言わないわよね?」
「自覚はあるのね」
「ッ! ……」
止めろ。それ以上は……
「だって、おかしいでしょう。人を生かせない組織に未来は──」
「黙れ! そっちの四代目よりはずっとマシよ! 尾獣だって手懐けてる! 老い先短い先代に頼り切りの奴らが、霧を語るな!」
「……」
言葉を詰まらせる様子は、メイの想像していた反応とは違う。
どこかぼんやりと目を伏せるそいつは、それまで見た中で一番人間の顔をしていた。
「……だからこそ、私はここで死んでいられない。あなたと心中なんてしてやれない。あなたを引き回してでも生きて、研鑽を積んで次に備えなければ……私は、先人達に顔向けできない……」
涙はないのにそれが泣き顔だと分かる。
「だから……『悪く思わないでね』」
既に涙は枯れたあとだった。
───
やっとこちらを見たと思ったら、コレだ。
こいつの歪さには到底敵わないと……素直に、そう思った。
───
「……事後処理に移るわ」
スバルが無慈悲に宣言する。既に忍としての仮面を被り直していた。
「あなたも自分の任務があるでしょう。ついでだから、送ってあげる」
どこまでもムカつく女だと思う。だが不思議と……その態度を受け入れている自分に気が付いていた。
差し出され手は無視して、メイはその肩に自分の手を乗せる。スバルは気にした様子もなく前を向いた。
焼き切れた心の行き先はまだ知らない。
取り零したという事実だけが、胸の内に留まっていた。
───
「!」
いち早くその気配に気付いたのはマシロだった。スバル達の酷い有様には瞠目したが、スバルが寄越した平静そのものの眼差しには一先ず安堵する。
今は状況確認が優先だろう。だから説明は、後できっちりしてもらう。
意識のないアオイを大事に抱え直し、マシロはこの場の静観に回る。
追い忍の一挙一動に注意を払ってはいても、心はヒノメと……ヒノメの視ているであろう橋の光景へと向いていた。
───
きっと自分は、今日の日を忘れないだろう。
失う恐怖と、何も得られない虚しさ。ちっぽけな自分の無力さも。
それら全ては、この眼に焼き付いていた。
───
もうすっかり、霧は晴れていた。木々の向こう、未完成の橋の上に人集りが見える。
それより手前には、小柄な……ガトーであった男の首無し死体と、そのそばで力尽きて倒れこむ再不斬の姿があった。
「ヒノメ、今の状況は?」
スバルの声が聞こえてもヒノメは白眼の態勢のまま、その状況を注視している。
「木ノ葉側に死者はいない。タズナさんも無事だ」
肉眼では見えない優先事項から報告を上げていく。
「……んで、ガトーが再不斬に首飛ばされて死んだ。今残党の処理を──いや、もう終わったな」
その先は白眼でなくとも分かった。橋の上から我先にと逃げ出すゴロツキ達の様子は、ここからならよく見える。
これなら心配いらない。
「……おかえり、せんせ──」
白眼を解いたヒノメが声のした方に顔を向け、固まった。
かつて無いほどずぶ濡れ血塗れのスバルと……その奥に、同じ状態のメイが並んでいる。
あまりに異様な光景に言葉を失う。
「……」
橋の上、ただ一点から目を離さず、メイがフラフラと木に寄りかかる。表情に覇気はない。顔色の悪さも相まってまるで亡霊のようだった。
誰も、何も言えない。
季節外れの雪が宙を舞った。
次回は波の国編のエピローグを予定しております。