NARUTO世界に転生したけど何か違う   作:野摸

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12 瘴霧に燼灰・後編

 

 煙霧を切り裂き、目映いばかりの火焔が網膜を照らす。仕込まれた誘爆は轟音を立て、一帯の海面を沸かした。

 

 酸を含んだ蒸気は酷い刺激を伴い、喉も肺も蝕む毒となって辺りに充満していく。

 

 しかし、それでは終わらなかった。

 

(え……?)

 

 炎の勢いが止まらない。

 

(どうなっ、て……)

 

 誘爆で拡散し相手を焼き尽くす筈の熱が、光が、流れを得てその形を変える。

 

 まるで生き物のように炎を飲み込み、前進し、勢いを増していくソレ。

 

 豪焔の揺らめきの奥。何かが、此方を捉え狙いを持って首をもたげた。

 

(──ヒ、)

 

 燃え盛る流動は大きな渦を纏い、その本性を顕にする。

 

 

 ──三つ首の、火龍……! 

 

 

「そんな、何で──」

 

 あれが、術? 馬鹿な。炎は燃え広がるものだ! それが収束してあまつさえ意思を持つなんて! 

 

 

「!!」

 

 

 ニゲロ

 

 

 考える余裕はない。

 

 ただただ、上方と左右の三方向から迫る死の予感から逃れたくて。空気を奪う圧倒的な光と熱量が肌を焼く感覚が恐ろしくて。

 

 

 

 ──ザプ……! 

 

 

 

 海水だけが、味方だった。

 

 

 

 

 ───

 

 

 

 

 味方の筈だった。

 

 

 

 

 ───

 

 

 標的を失った炎弾は、一度その場でぐるりと旋回し、舞い上がるようにその軌道を変えた。弧を描いた炎は、酸の靄も塵も問答無用で巻き込み焼却してしまう。

 

 交わり重なる形はやがて輪郭を失い、大きな塊となって一層激しく燃え盛る。

 

 そしてついには術者の制御を離れ──その熱本来の在り方に戻ろうと、はるか上空へと昇っていった。

 

 

 ───

 

 

 暗い暗い水底にすがる宛があるわけもなく。ただ呆然と水面を見上げ、光が離れて行くのを見送るしかなかった。

 

 火龍の熱から逃れたい一心で深く潜りすぎた。体が重い。息が、肺が苦しいのは、水圧によるものだけではなかった。

 

 水面に影が差す。

 

(やられ、た……!)

 

 制御が切れてしまった溶遁を差し向けることはできそうにない。大海の荒波は無慈悲なまでにその痕跡を容易く揉み消していった。

 

 締め付けは更に強まり、口から泡が逃げていく。とうとう指一本も動かせなくなった。

 

 全てがあの女の手中に収まっていく。

 

 そうやってまた、世界を引っくり返される。

 

 

 ───

 

 

「──ふぅ、ぐ……ゲホ、ケホッ!」

 

 シンと静まった林に、激しく噎せ込む声が響いていた。本能は新鮮な空気を求め、くノ一を生かそうと必死に足掻いている。

 

 纏わり付いていた海水も、今やただの水溜まりだ。

 

 大きな呼吸を繰り返すも、未だくノ一に起き上がる気配はない。拘束の解けた体は重力のまま、力無くその四肢を投げ出していた。

 

「落ち着いた?」 

 

 スバルの平坦な声が、確かな存在感で空気を揺らす。

 

 何歩分も空間を挟んで尚どこにも溶けず、声は降りかかるようにくノ一……メイの耳へと届いていた。

 

「……」

 

 僅かに首を傾け、メイはゆっくりと視線を上げる。あからさまにスバルを観察するばかりで、問いかけには答えなかった。

 

 スバルも微動だにせず、隔たりは依然として埋まらない。

 

 そこだけ時間が止まったかのような沈黙が続く。

 

「……何故、あのまま殺さなかった?」 

 

 結局、痺れを切らしたのはメイの方だった。声はスバルに対抗するように淡々と。眼差しは非難混じりでも、理性を保っている。

 

 スバルは、一切の迷いなく思うままを述べた。

 

「追い忍を殺せば里が動く。余計な混乱を招くだけでしょう」

 

 単純に。切実に。

 

 忍の隠れ里が、戦力の柱を失ったまま放置するなどあり得ない。失踪したのが機密を守る側の追い忍であれば尚更だ。どれだけ伏せようと、追い忍と木ノ葉とを結ぶ状況証拠は揃っている。

 

 火薬庫に火種を持ち込めばどうなるか──考えるまでもない。

 

「──……それ以前に、私には対立する理由も任務抜きに殺しを負う義理も無い」

 

 それだけ。

 

 きっぱりと告げられたスバルの持論に、酷く呆れた様子でメイが鼻を鳴らす。

 

「任務のためならガトー(クズ)でも護衛するって?」

「そうなるわね」

 

 見た目と裏腹にどこまでも模範的で、つまらない女。

 

「ッ……、お前がいなきゃ、彼らは戦わなくたって大金を手に入れられたのに……!」

 

 今日に至るまで、何度も何度も邪魔された。秘密裏にガトーの首を掻くことは叶わなかった。

 

「こちらからすれば時期尚早だった……頭を失くした手足は厄介よ。個人のために集団犯罪を助長させる訳にはいかないわ」

 

 次の頭を巡ってまた抗争が起こり、誰かがその皺寄せを受ける。計画的に要点を抑えなければ根絶は夢のまた夢。夢で終わらせないためには、誰かが駒を進めなくてはならない。

 

 どこまでも、理想のために。

 

「……」

 

 無言のままメイは上体を持ち上げ、改めてスバルをじっと見つめる。

 

 そして、薄く笑った。

 

「私の相手は国だったって訳ね」

「対立する理由は無いと言った筈よ」

「簡単に言ってくれる……」

 

 

 ───

 

 

 やれやれと首を振るメイに主張するように、スバルが一歩前に出る。視線がはっきりと交わった。

 

「任務通りならここで話は終わり。だけど、まだ猶予は残ってる」

「……何が言いたい?」

 

 メイの声が一層鋭さを増すもスバルは取り合わない。あくまでも自身の主張を続けた。

 

「仲間の助命のため協力してほしい。それなら利害は一致するでしょう」

 

 渡りに船の誘い。だが──

 

「無駄よ」

 

 提案を撥ね除け、メイはまた微かに笑う。その口ぶりは既に決めていたかのように淀みなかった。

 

「再不斬が追い忍を信用する訳ないじゃない。あんたのお仲間は助かっても、私一人殺されるのがオチだわ」

 

 そうならないために木ノ葉の下忍を人質に取ろうとした。そうすれば一目で信じてもらえる筈だった。

 

 メイは緩慢な動作で身を起こすが、それだけだ。

 

「没交渉なら、あなたを眠らせた上でここに置いていく」

「……」

 

 脅しですら無い。仲間の安全のためなら、スバルにはそれが然るべき対応だ。

 

 いっそ建前を投げ捨ててしまえたら。そんな思考が頭を過っても、まだ迷いは捨てられない。

 

 また一歩スバルが近付く。

 

「これが最後。あなたの望みは?」

「……彼らが生きていてくれるなら、なんでもいい……」

 

 その言葉に嘘は無かった。

 

 

 ───

 

 

「あなたの要求全てを認める訳にはいかない。仲間が優先なのは私も同じよ。でもここで……()()してくれるなら、こちらもその分融通を利かす用意がある」

 

 譲れない一線さえ越えられなければ、要点さえ抑えられれば、他はどうだっていいのだろう。

 

 その姿は拘りのないお人好しにも、鷹揚にも、傲慢にも映る。

 

「それが木ノ葉のやり方?」

「……おおよそは」

 

 即答でも断定でもない。何かと何かを比較する為の、演じるにも偽るにも向かない間が確かにあった。

 

「フン……そんなだから舐められるのよ」

「それはまあ、一意見として上げておく」

 

 どこまでが本気か、社交辞令か。何故自分に声を掛ける? 共に進んだ先でお前は何を得られる? 

 

 ここまで話して尚、当初からある薄気味悪い印象は拭えない。

 

「……」

 

 ああ、でも……

 

「もう、分かったわよ! あんたに着いていけばいいんでしょう?」

 

 不思議と、これ以上拒む気にはならなかった。

 

 

 ───

 

 

「それで? どう割り込むつもり?」

「現場に飛んで、そこから考える」

 

 ここまで交わしてきた問答が嘘のように、スバルは性急に言い放った。

 

「は? ノープランってこと?」

 

 ギョッとしたメイが思わず聞き質すも、スバルはただ首を振って否定する。

 

 実際のところメイの指摘はそう外れてもいない。スバルにとっても不味い状況なのは確かだ。

 

 スタスタとメイに近寄りながら、橋の方角に意識を向けた。

 

 現在の状況──まだ誰も死んでいない、まだ巻き返せる。

 

(下手に救援を約束しなくて正解だった)

 

 手立てを考える段階などとうに過ぎている。今はただ場を制圧し彼らを保護することに専念しなくては。

 

 もはや一言一句口にする時間すら惜しい。

 

「……アナタも感知タイプだったって訳ね。方針は?」

「意表を突ければそれでいい。カカシの対応力なら説明しなくてもなんとかなる」

 

 乱入してしまえば、場の均衡は傾くのみ。

 

 事情を大まかにでも伝えておいたカカシと違い、再不斬達はこちらを認識していない。まったくの孤立無援で、ガトー(金づる)の見極めすらままならぬ程に視野も狭くなっている。

 

(数だけでも三対二、勝算は……)

 

 感覚の中に一瞬、異質なチャクラが混じ──いや、流れた。これは……

 

「! ──現場に直行する、備えて!」

「……」

 

 スバルの鋭い声が飛ぶ。メイも既に腹を決めていた。

 

 移動のためと伸ばした手が引き込まれる。そのまま、音もなく絡め取られた。

 

 自分を凝視するスバルに、メイは唇の僅かな動きで言葉を紡ぐ。

 

 

 “ありがとう”

 

 

 場違いなほど穏やかな笑みに困惑する。

 

 そこに、嘘は見当たらなかった。

 

 

 ───

 

 

 隙だらけのまま、呆気に取られたスバルはあまりに無防備だ。

 

「駄目じゃない、戦場で油断しちゃ」

 

 少しだけ胸のすく思いがして、メイはつい笑ってしまう。

 

 意味が分からないと、スバルは凍った顔付きで雄弁に語っている。最初からこうだったら、少しは許せたのかもしれない。

 

 しかしもう、遅かった。発動した術は不可逆に身体を侵し、内側から壊していく。

 

「……霧の沽券にかけて……アナタには、ここで死んでもらう」 

 

 これでいい。願いも思いも、ここに置いて行くから。

 

 これで……今度こそ、お仕舞。

 

 

 ───

 

 

「──ッ、……」

 

 心臓そのものをやられたわけじゃない。ただ、心臓を起点に雪崩込んできた異物が全身を這い回り、喰い荒らされるのが体感で分かる。

 

 骨、筋肉、関節、神経……感覚ある隙間という隙間を抉るように痛みが襲う。

 

 異物がより深く潜ろうと、肺から血液を塗り替え始めた。悲鳴すら出ない。息も、吸えない。

 

 いっそ踞り身を屈めてしまいたかった。だが他でもないメイに抑え込まれ、痛みを逃すことも叶わない。

 

 海水に濡れた髪がスバルの頬に張り付く。

 

 端から見れば熱烈な抱擁に映りそうだが、その実逃さないための強い拘束だ。

 

「痛い? 苦しい?」

 

 耳元でメイの甘ったるい声がする。

 

「追い忍部隊の奥義、“蓮鎖の呪”……この呪いは一度発動したら双方死ぬまで止まらないわ。身体は崩れて死体も残らないのよ」

 

 『便利でしょう?』と続けるメイの声を、スバルの意識は拾わない。

 

 スバルが凝視していたのはメイの肩口だ。滲むように模様……呪印が浮かんだと思えば、それは一箇所に収束し

 

 パックリと、内側から張り裂けた。

 

 熟した実が弾けるように、あっさりと。めくれあがった裂傷から血が濁々と溢れ流れていく。

 

(──これ、は……)

 

 肩に集中していた違和感を目の当たりにした。()()()()()()()()()()()()()灼けたように熱を持ちながらスバルの装束を更に濃い色に染めていく。そしてまた、引き攣る感覚は全身の至る所で疼いていた。

 

 冷や汗とも血ともつかぬ滴が地面を染める。広がる血溜まりはもうどちらのものとも言えなかった。

 

 また一つ、裂け目が広がる。

 

「お前のような化け物を野放しにしておく訳にはいかないの……悪く思わないでね」

 

 

 ───

 

 

 レンサ、連鎖。身体の同調、自己破壊、呪い……

 

 ──封印による、道連れ。

 

「……!」

 

 対象から奪った魂の一部を媒介に、術者と対象の肉体を連動させ、双方に同等の苦痛を与える術。

 

 肉体の崩壊は相手側で起こっている。肉体から魂を引き剥がし、元の形を保てなくさせている。それに、こちらを巻き込んでいる。

 

(ああ、そう……)

 

 筋道は、はっきり見えた。ノイズは消えた。これでようやく息がつける。

 

「……あの子達に、謝らないと……」

「“私が不甲斐なくてごめんなさい”って? そんなこと、考えなくていいのに」

 

“どうせもう、終わりなのだから”

 

「……ハァ……」

 

 思わず溜息が出る。どうにも話が噛み合わない。伝わらない、通じない。

 

 己の失策を、見積もりの甘さを認めよう。子供達の元へ帰るためにも、この呪いとやらは解体しつくさねばならない。

 

(……世話の焼ける)

 

 心臓が一際強く脈打ち、己を主張した。行場の無かった指先は無意識にメイを掴み、その形を捉える。

 

 あれだけの苦痛も忘れ、スバルの意識はその苦痛をもたらした呪印の根源を辿っていく。

 

 どれだけ近くに在ろうと、メイのことはもう眼中になかった。

 

 

 ───

 

 

「……」

 

 静かだ。

 

 弱音を溢したかと思えば、それきりスバルは沈黙を貫いたまま。ついに観念したのか。

 

(そうよだって、もうじきに……)

 

 何も起きていない。筈なのに、落ち着かない。不快な胸騒ぎが止まらない。死を迎えるとはこんな──

 

 ……待て。何も、起きていない?

 

 ハッとして、自分の指先に目を向けた。

 

 呪印の広がりが、止まっている……? 

 

 気付いた途端、嫌悪に任せ腕の中のものを放り捨てた。違和感の正体に鳥肌が止まらない。

 

「忙しないわね」

 

 そいつはよろめきもせず、平然と立っている。そんなのはおかしい、あってはならない! 

 

「嘘よ、嘘、嘘……この術は、防ぎようなんて──」

「そう教わった?」

 

 またあの見透かすような目に晒された。不快な不快な、物を観察するような冷めたあの目で、またこちらを……

 

「止め、……消えろ!」

 

 この際自爆でもいい。

 

 メイはただ目の前の存在を否定し、無かったことにしたい。その一心だった。

 

 だが、もう許されない。

 

「大人しくして」

 

 スバルの言葉が合図だったように、メイの身体が制御を失った。足が腕が、指先が、首が……どれだけ振り払おうとしても、型に填められたように動かせない。喉から漏れるのは空気だけ。辛うじて眼球だけは動かせたが、なんの慰めにもならなかった。

 

 メイが見ていることも構わず、血で汚れた顔を悠長に拭って……スバルの素顔が顕になる。

 

 やはり表情は無く、何も読み取れない。

 

 人間の形をしただけの化け物がそこにいた。

 

 

 ───

 

 

 奇妙な術だと思う。

 

 対象との接触で発動する単純さの割に、殺しに至るまでが回りくどく陰湿。その上術者自身も命を落とす? 

 

 ……どうにも非効率だ。『便利』には程遠い。

 

 拷問好きが新しく開発した術、というならまだ分かる。少なくとも、目的は苦痛を与えることそのもので合っている。

 

 しかし、徒らに魂を食い潰すことが目的でもなければ……この術は、既に骨子を失った残骸そのものだ。残骸にそれ以上の成長は見込めない。

 

(精神干渉までされていたら危うかった……)

 

 しかし、杞憂だ。この術はやはり前提が欠けている。本来なら抵抗を抑える“別の術”と併用して真価を発揮する類だろうに。

 

 その致命的な欠陥は、呪いを解体する取っ掛かりとしては最適だった。

 

 問題は、“繋がり”そのもの。

 

 断つことは難しい。時間をかけ術者を廃人に追いやる危険を冒すならともかく、取り込まれた分はもう諦めた方が現実的だ。

 

 だから発想を変える。

 

 魂の剥離が崩壊の原因であるのなら──肉体に縫い留め、離れないよう封じてしまえばいい。

 

 方法はある。血も、触媒も、十分に揃っている。

 

 必要なのは術者の魂へ触れるだけ。

 

 そこから先は、ただの作業だ。

 

 

───

 

 

 指先が柔らかくメイの頬に触れ、輪郭をなぞる。 

 

 メイではない何かを見つめながら、スバルは笑っていた。 

 

 

 ─── 

 

 

 裂傷が、呪印が、上書きされるように消えていく。いや、呑み込まれていく。

 

「応急処置として、封印を重ね掛けせてもらった。あなたの魂を肉体に縛り付けて、離れないようにね。そして肉体は、双方向の契約として私と生命力を共有する」

 

「私が先に死ねば、私の生命力はあなたのもの」

 

「あなたが先に死ねば……あなたの魂は私が回収する」

 

 死よりも重い宣告。それを聞かされた側がどういう反応をするのか……まるで、まるで興味がないようだ。

 

 まごうことなき悪魔が、ここにいる。

 

 

 ───

 

 

 スバルの“処置”が終わり、金縛りが解けてもメイはしばらく動けなかった。 

 

「こんな、ことが……」 

 

 あってはいけない。そう思いながら、何度振り切ろうとしてもこの女に回りこまれ、正面から認識を覆され突き付けられる。 

 

 どうして? どうして届かない?  

 

 どうしたら、お前は私を…… 

 

「まだ続ける?」 

「……黙れ」 

 

 やはり嫌いだ。自分を認めないこいつが死ぬ程気に食わない。 

 ”自分が全て正しい”なんて顔でこちらのやる事なす事踏み躙るこの女が、憎い。 

 

 また沸々と煮え立ちそうな怒りに、冷や水が飛ぶ。 

 

「……少年の方は死んだわ。再不斬ももう、相当弱ってる」 

 

 思わずスバルの首に手が伸びる。今度は阻まれなかった。しかし無抵抗でもない。メイの腕にはスバルの手が添えられている。 

 

「あなたに怒る資格は無いでしょう」 

「怒る? お前を殺せないのが悔しいだけよ」 

「……向ける相手を間違えている」 

 

 スバルは幾分呆れの浮かんだ顔でメイを見据えた。

 

 こいつは、この期に及んでまだ講釈垂れようと言うのか。

 

「何が違うって? まさか里なんて言わないわよね?」

「自覚はあるのね」

「ッ! ……」

 

 止めろ。それ以上は……

 

「だって、おかしいでしょう。人を生かせない組織に未来は──」

「黙れ! そっちの四代目よりはずっとマシよ! 尾獣だって手懐けてる! 老い先短い先代に頼り切りの奴らが、霧を語るな!」

 

「……」

 

 言葉を詰まらせる様子は、メイの想像していた反応とは違う。

 

 どこかぼんやりと目を伏せるそいつは、それまで見た中で一番人間の顔をしていた。

 

「……だからこそ、私はここで死んでいられない。あなたと心中なんてしてやれない。あなたを引き回してでも生きて、研鑽を積んで次に備えなければ……私は、先人達に顔向けできない……」

 

 涙はないのにそれが泣き顔だと分かる。

 

「だから……『悪く思わないでね』」

 

 既に涙は枯れたあとだった。

 

 

 ───

 

 

 やっとこちらを見たと思ったら、コレだ。

 

 こいつの歪さには到底敵わないと……素直に、そう思った。

 

 

 ───

 

 

「……事後処理に移るわ」

 

 スバルが無慈悲に宣言する。既に忍としての仮面を被り直していた。

 

「あなたも自分の任務があるでしょう。ついでだから、送ってあげる」

 

 どこまでもムカつく女だと思う。だが不思議と……その態度を受け入れている自分に気が付いていた。

 

 差し出され手は無視して、メイはその肩に自分の手を乗せる。スバルは気にした様子もなく前を向いた。

 

 焼き切れた心の行き先はまだ知らない。

 

 取り零したという事実だけが、胸の内に留まっていた。

 

 

 ───

 

 

「!」

 

 いち早くその気配に気付いたのはマシロだった。スバル達の酷い有様には瞠目したが、スバルが寄越した平静そのものの眼差しには一先ず安堵する。

 

 今は状況確認が優先だろう。だから説明は、後できっちりしてもらう。

 

 意識のないアオイを大事に抱え直し、マシロはこの場の静観に回る。

 

 追い忍の一挙一動に注意を払ってはいても、心はヒノメと……ヒノメの視ているであろう橋の光景へと向いていた。

 

 

 ───

 

 

 きっと自分は、今日の日を忘れないだろう。

 

 失う恐怖と、何も得られない虚しさ。ちっぽけな自分の無力さも。

 

 それら全ては、この眼に焼き付いていた。

 

 

 ───

 

 

 もうすっかり、霧は晴れていた。木々の向こう、未完成の橋の上に人集りが見える。

 

 それより手前には、小柄な……ガトーであった男の首無し死体と、そのそばで力尽きて倒れこむ再不斬の姿があった。

 

「ヒノメ、今の状況は?」

 

 スバルの声が聞こえてもヒノメは白眼の態勢のまま、その状況を注視している。

 

「木ノ葉側に死者はいない。タズナさんも無事だ」

 

 肉眼では見えない優先事項から報告を上げていく。

 

「……んで、ガトーが再不斬に首飛ばされて死んだ。今残党の処理を──いや、もう終わったな」

 

 その先は白眼でなくとも分かった。橋の上から我先にと逃げ出すゴロツキ達の様子は、ここからならよく見える。

 

 これなら心配いらない。

 

「……おかえり、せんせ──」

 

 白眼を解いたヒノメが声のした方に顔を向け、固まった。

 

 かつて無いほどずぶ濡れ血塗れのスバルと……その奥に、同じ状態のメイが並んでいる。

 

 あまりに異様な光景に言葉を失う。

 

「……」

 

 橋の上、ただ一点から目を離さず、メイがフラフラと木に寄りかかる。表情に覇気はない。顔色の悪さも相まってまるで亡霊のようだった。

 

 誰も、何も言えない。

 

 季節外れの雪が宙を舞った。

 




次回は波の国編のエピローグを予定しております。

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