NARUTO世界に転生したけど何か違う   作:野摸

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今回より新章になります。


中忍試験編
14 試験準備


 

 ある日の午後。木ノ葉隠れの里、木々に囲まれた訓練場の一角にて。

 

オイ……おいおいおい、聞いたかよ

 

 休憩中の三班が、近々開催される中忍試験について何やら話している。

 

 聞こえるのは期待、懐疑、憐憫……

 

 良くも悪くも、彼らの関心は後輩達(ルーキー)に向いているらしい。

 

 

 ───

 

 

 同じく休憩中のアオイは、その様子を端からぼうっと眺めていた。

 

「っていうかさー」

「んあ?」

 

 ふとテンテンがこちら……四班のいる方を振り返る。視線に気付いたヒノメが口に含んでいた飲料を飲み込んだ。

 

「今日のヒノメ、やけに静かじゃない? 体調悪いわけじゃないんでしょ。何かあったの?」

 

 言いながら、テンテンはマシロにも視線を向ける。「何か企んでいるのか?」と探るような目だ。リーも不思議そうにして一緒に頷いている。

 

「あー、リーの喋りが気になって仕方ねェんだ」

 

 アオイが指摘するか悩んだことを、ヒノメはいとも簡単に口にした。

 

 藪蛇を察したテンテンの口元が引きつる。

 

「その口調だと三下っぽくね?」

「えっ……」

 

 

 ──ガツンッ!

 

 

 テンテンがヒノメを鉄拳で締め、目に見えて落ち込んでしまったリーを宥めること少々。

 

「敬語キャラが、マシロと被ってるので良い機会だと思って……」

「言われてみれば、確かに?」

「くだらん」

 

 ポツポツと訳を話すリーに、マシロやネジの反応は正反対だ。一応アオイもフォローを入れる。

 

「リーはそのままでキャラ立ってると思うよ」

「あーうん、それそれ」

 

 そしてどうにもヒノメはいい加減に話している気がする。どこか様子見しているようで、テンテンの言うように確かに妙だった。

 

(……?)

 

 アオイが内心首を傾げているうちにテンテンがずい、とヒノメの顔を覗き込む。

 

「リーの口調は好きにやらせときゃいいの! それより、ヒノメが何か誤魔化してるの、もう分かってるんだからね?」

「そんな気はないって、ただ──」

 

 テンテンに詰められ、ヒノメは降参とばかりに手を上げる。言葉に迷っていた。しかし結局……

 

話せること無いんだ。オレら受験しねーから

 

 感情の見えない声と顔で、きっぱり自分達の立ち位置を告げた。

 

「えぇ!?」

「……」

 

 一度は信じ難いという目をされる。しかしヒノメにだって嘘を吐く理由は無い。

 

 三者の視線を受けアオイが頷きを返した。

 

「そんな……何で早く言わないの?」

「それは本当、ごめんね」

 

 予想出来ていたとはいえ、テンテン達の残念そうな顔に申し訳なさが募る。ただ、アオイにも言い出しづらい理由はあった。

 

 チラと視線を向ければネジが興味深そうにしているのが分かってしまう。

 

「スバル先生が運営側いるからオレらが受験するのはコーヘーセーに欠けるんだと」

「どうだか。お前達が受験に値しないというだけじゃないのか?」

「うっせェばーか」

 

 やはりこうなった。こればかりは伝え方の問題では無さそうだ。

 

 正直、ネジの指摘も読めていた。何せ自分達が真っ先にそう思ってしまったのだから。

 

「……受験こそしませんが、開催補助という名目で試験会場に顔は出します」

「じゃあじゃあ、もう内容分かってたり……?」

「そうですね。でも、言えませんよ?」

 

 マシロは指を口元に当て薄く笑う。途端、リーが何か閃いたように顔を上げた。

 

「! 事前に内容を聞き出すのも、試験の一貫ということですか?」

「普通に違いますのでお止めください」

 

 こっちは斜め上の反応だ。

 

 アオイは小さく息を吐いて「どうしようね」と溢す。テンテンも納得と呆れの様子で肩を落とすのだった。

 

 

 ───

 

 

 四班にとって中忍試験は、既に進行中の長期行事だった。

 

 スバルと共に、寝耳に水の状態で始まった試験開催までの裏方準備。

 

 スバルは試験期間中の警備のため、今頃は抱えた案件を大至急で片付けている頃だろう。

 

 遡ること約二週間。

 

 担当上忍不在で通常任務に出ることも出来ず、では自分達の鍛錬に入ろうか、と考えていた矢先。

 

 四班の下忍達は試験官に呼び出され、なし崩し的にその準備と調整に駆り出されることになったのである。

 

 

 ───

 

 

 とある日の午前。ガランと空いたアカデミーの教室は、日当たりもよく長閑な空気が流れていた。

 

 ヒノメは窓際の机で寝そべって日光浴を楽しんでいる。在学していた頃にもよく見られた光景だ。昔と同じ仕草が微笑ましい。

 

 そんなヒノメを放って、アオイとマシロは何となしに黒板付近へ落ち着いていた。

 

「……何の呼び出しだと思う?」

「さあ……今更授業、なんてことはないでしょうけど」

 

 マシロは携帯していたペンとメモ帳が使えるか確認している。

 

 アオイは鍛錬のつもりで出てきてそのまま、筆記具は持ってきていない。迂闊だったかと、いっそ職員室で何か借りて来ようか迷い始めた頃。

 

「そろそろ来るぜ、おっかないのが」

 

 頬に若干跡をつけたヒノメが、そそくさとアオイ達の後ろに腰を降ろす。

 

「おっかない?」

「見りゃ分かるって」

 

 アオイが心構えをする間もなく、引き戸が開いた。

 

 と、同時に───

 

「!」

「……反応したか」

 

 反射で掴み取ったはいいが、アオイの内心は遅れて竦み上がっていた。

 

 加速の付いた物体は鉛筆だった。先の尖った方でないとは言え、随分な挨拶である。

 

 額目掛けてそれを投げ付けて来たのは、黒いコートを着込み顔に大きな傷のある男性だった。体格も立派で、威圧感がすごい……これは確かにおっかない。

 

「これから、お前達の()()()()を行う」

 

 男性は入ってくるや否や厳しい口調で言い放った。

 

「席順を縦一列に座り直せ。白眼のお前は一番前だ」

 

 問答無用。

 

 口答えを許さぬ圧に従い、先頭からヒノメ、アオイ、マシロが順に座る。

 

 裏返された用紙を前に、間もなく検査は始まった。

 

 

 ───

 

 

「──そこまでだ。書くのを止めろ」

 

 始まった時と同様、終わりも唐突に告げられた。

 

 アオイは半ば放心気味に答案を後から前へ流していく。設問の一つも、解けなかった。

 

 前後の二人が迷いなく筆記を走らせている中、アオイは問題文と睨めっこするだけで終わっていた。明らかな不出来だ。

 

「なあ、これ──」

誰が喋っていいと言った? オレが良いと言うまで私語は慎め」

「……へーい」

 

 振り返って何か言おうとしたヒノメは、舌打ちを堪えたようだった。男性がこの場で採点を始めるのを、頬杖をついて眺めている。後からでも不満たらたらの表情が目に浮かんだ。

 

 そんな中で、ペンの動きは規則的だった。

 

 一枚、二枚、と確認が完了し、後に回した最後の一枚でピタと動きが止まる。

 

 ───ビッ!

 

 紙の斜め下から上へ一直線が走った。

 

「愚図が……」

 

 どう考えても、アオイの答案だ。

 

「一体、どういうつもりだ? ……そこのお前、立て」

 

 指と眼光がこちらを向いた。アオイはなるべく小さい動きでさっさと立ち上がる。

 

 何処から詰められるのだろう、と現実逃避の思考が脳裏に浮かんだ。

 

 ズンズンと歩み寄って来た男性が、そのままバンッ!とアオイの眼前に用紙を叩き付けた。アオイとしても、ゼロ点は初めてだ。

 

「すみません。解き方が分からなくて──」

「“すみません”じゃない。解き方が分からない、だと? 甘えたことを……忍者舐めてんのか?」

 

 結果に弁明の余地は無い。

 

「舐めていた訳ではありません。確かに、仲間に頼り切りで()()()でした。ご期待に応えられず申し訳ありません」

 

 何を答えても言い訳になりそうだ。未だに何を求められているかも分からない。このままなら罰則でも発生するのだろうか。

 

 こちらを見下ろす男性を見つめ返し、反応を窺う。

 

 男性は黙り込み、一度目を細めたかと思えば……

 

 にかっと、笑った。

 

 

 ───

 

 

「ここいらにしておくか。悪いな、座っていいぞ」

 

 男性の雰囲気がガラッと変わった。威圧感は霧散し、むしろ朗らかにも見える。件の答案はそのままだ。

 

 これは……試されていた?

 

「お前達ももう話して良いからな。協力に感謝する」

「お眼鏡に適いましたか?」

「ああ」

 

 協力。

 

 どういう意味だとマシロを振り返れば「流石ですね」と褒められた。どうも素直には喜べない。

 

 教壇前に戻った男性はヒノメとマシロの答案も返していく。

 

「今解いてもらった問題は、知能検査なんてものじゃない。中忍選抜試験で使う“小道具”だ。本来下忍レベルで解答できるようには作っていないんだが……まさか、全問正解されてしまうとはな」

「イェーイ」

 

 ヒノメが誇らしげにくるっとこちらを向いた。

 

「やっぱりヒノメも頭脳派?」

「コレに関しちゃ解き方知ってるかどうかだぜ」

 

 ヒノメ本人はなんでも無いように言うが、抜き打ちで出題されて正答出来るなら、それは実力だ。

 

 背後のマシロは余裕そのもので笑っている。

 

「“小道具”ということは……筆記試験の体で別の項目を試すということですか? 丁度今、アオイの反応を見たように?」

「そういうことだ

 

──おっと、自己紹介が遅れたな。オレは森乃イビキ、特別上忍だ。今度の中忍試験では第一の試験で試験官を任された。普段は、“情報を扱う”部隊で隊長をやっている」

「……尋問とか?」

「フフ、どうだろうなぁ」

 

 アオイとしては十中八九そうだと思いつつ、それ以上の追求は止めた。

 

「お前達に協力してもらって、今時の下忍の傾向を知りたかったんだが……ふむ……」

「?」

 

 物足りないのか、何やら考え始めたイビキがふと教室を見渡した。

 

「今が本番の試験だと仮定する」

 

 真剣な面持ちでチョークを手に取り、何やら書き付けていく。それは筆記試験ではおなじみの、題目と試験時間、諸々の注意事項だった。

 

「事前の説明では普通の筆記試験と通達され、チームの合計点数を競うように促された。だが問題内容はご存知の通り、下忍に解けるようなものではない……さて、アオイよ」

 

 なんだか妙な気に入られ方をした気がする。

 

「この試験はチーム全員で合格しなくてはならないルールがある。つまり、今のような正答ゼロでは確実に仲間の足を引っ張ってしまうだろう。試験中は座席がバラバラで仲間の点数を窺うこともまず不可能だ。

 

……この場合、お前が取るべき行動はなんだと思う?」

 

 仮定の中でも現実的に起こりうる状況だ。現状、試験会場の様子や他の受験者の詳細は不明。だとすれば……

 

「まずは周囲を窺います。他の受験者がどれ位回答出来ているかは、筆記の音や仕草で分かるでしょうから」

「妥当だな……それで? 周りもろくに回答出来ていないと分かれば安心か?」

「いえ、その場合……むしろ回答出来ている人は目立つ筈……」

 

 今回のように、アオイが一人だけ解けていない状況とは逆だ。

 

 点数が欲しいのに、取れない。そうやって追い詰められた人間は……残念ながら、時として不正に走る。

 

 アカデミー時代のアオイは、カンニングされる側だった。そうしてカンニングがバレた者も、バレなかった……いや、見逃された者も両方知っている。

 

 カンニングが出来るのは、忍としての能力が優れている者ばかりだった。カンニングに必要なのは計画より機転、そしてそれを平然と遂行する度胸だ。

 

 中忍試験に志願してくる者はどうだ? 窮地に立たされた時の自分は?

 

「……」

「どうした? まさか、カンニングするとは言わないよな?」

 

 違う。

 

 カンニングは要るかもしれない。だが()()()()()、この試験官の想定範囲だ。

 

「……カンニング行為にペナルティがあるのなら控えます」

 

 カンニング先が正答とも限らない。それを判別出来るだけの知力がそもそも無いのだ。誤答を掴まされれば点数は稼げない上にリスクばかり負う羽目になる。

 

 そっちの方が足を引っ張ってしまう。

 

「二人が私以上に状況を把握しているでしょうから……私自身は、余計なことをするより二人の出方を待つのが最善だと思います」

 

 どうせ他力本願なら仲間に頼った方が余程いい。それで駄目ならそこまでだ。諦めもつく。

 

「それじゃあ結局、お前は何もしないと?」

「はい。実際の配置はどうなるかは分かりませんが、今考えられる範囲なら……やっぱり、頼り切りのままになるかと」

 

 

 ───

 

 

 アオイの結論にシン……と場が静まり返る。

 

 ヒノメが呆れたように肩を落とした。

 

「アオイの度胸は買ってるけどな……どっちにしろ筆記試験はフェイクだぞ?」

「……あ」

 

 どうしようもない間抜けを晒した。

 

 イビキはアオイの言葉を吟味した上で、またくつくつと愉快そうに笑っている。

 

「誘導も巧みでしたね」

「剛柔使い分けされんのこえーわ」

「お前達はうちの部隊でもやっていけそうだな」

「早い早い」

 

 ばつの悪い思いはしたが、二人の冷静さには救われた。

 

「……試験の参考になれば幸いですけど……そもそも、何を試そうとされていたんですか?」

 

 イビキは、アオイの問いに何故か意外そうにする。それはこちらの思いだ。二人と同等に見られでもしたら反って不味い。

 

 まず、知能を見る試験ではない。ならば忍としての技術? 咄嗟の判断能力か? それともチームとしての完成度?

 

 何を以て、中忍相当とそれ以外を選り分ける?

 

「何を試す、か。そうだな……強いて言えば“人間性”ってやつだ」

「人間性……?」

 

 今ひとつピンと来ていないアオイはさておいて、イビキはヒノメとマシロにも目を向ける。

 

「より切実な本番ほど人の真価が浮き彫りになるもんだ。お前達を受験者として迎えられないのは残念だが……開催協力の助っ人とするには申し分ないだろうな」

「本題それか〜」

 

 露骨にげんなりするヒノメに、イビキは「これからよろしくな」とからかうように笑った。

 

 情報……時に機密を扱う職務上、軽々しく他人を信用する訳にはいかない。受け入れる為には、試さずにいられない。

 

(大人って大変だ)

 

 仕事前の交流で、アオイにも少しだけ“傾向”は知れた気がした。

 

 

 ───

 

 

 イビキが再び黒板に向かい、板書も交え説明を始めていく。

 

「お前達に頼むのは大まかに二つ」

 

 一つは、中忍試験開催までの期間、実際の“下忍”の目線で会場の下見や不備が無いかの確認業務。

 

 二つは、開催当日の受験者に混ざり、内側から進行をサポートする業務。

 

「……まあ早い話が雑用、と言うことだな」

 

 本日と試験当日の日付を端と端に置き、今後の大まかなスケジュールが順に並べられていく。

 

「明日以降は今日と同じ時刻、火影邸の資料室脇の会議室に集合とする。そこからは各指示に従ってくれ」

 

 参加申込みのある受験者の情報や関連資料の確認・共有、試験官達との打ち合わせも予定に組み込まれている。

 

 好奇心と一抹の不安を抑えつつ、アオイは黒板の内容を反芻した。やはり、今回の仕事は二人に頼る機会が多そうだ。

 

 普段従事する通常任務とは毛色の違う役割……下っ端ながら、組織運営の空気を肌で感じる機会になるだろう。

 

 自分は何を求められる? 何を、目にする? 

 

 アオイがそんなこと考えていれば、イビキがチョークをカツッと鳴らし、とある部分を強調した。

 

 “守秘義務”

 

「最後に……この情報は、上忍にも回っていない機密にあたる。当然口外なぞしようものなら処罰の対象にもなり、お前達の信頼にも傷が付くだろう」

 

 “役目に相応しい振る舞いを心掛けるように”

 

 一切の容赦ない眼差しが三人共に向けられる。これは、試す試さない以前の大前提だ。

 

 下忍達は改めて背筋を正し、イビキに応を返すのだった。

 

 

 ───

 

 

 事前に調べた、四班の書類上のデータは良くも悪くも「優等生」だった。担当上忍に直接内容確認をしてしまう程には、面白みがなかった。

 

 結局スバルは大したことは語らなかったが……イビキに対し、一つだけ念を押す。

 

『試すのは構わないけど、あまり虐めないようにね』

『お前も人の子だな。教え子は格別か?』

『そうよ。ガッカリはされたくないもの』

 

 それだけ言い残し、奴は然程臆した様子もなく去って行った。

 

 

 ───

 

 

 釘を刺された時は、甘いことを言い始めたと白けた気になったものだ。

 

 四班を預かるにあたって、下忍選抜時の様子や苦手な状況なども聞き出したが、それらの何がスバルの琴線に触れたのかも分からなかった。

 

 だが実際に会ってみれば印象は変わる。

 

 否を受け入れつつ真っ向からこちらを見据えるアオイも、仲間を信じながら理不尽に噛み付く用意は万端のヒノメも、眉一つ動かさず早々に意図を見抜いて静観に回ったマシロも……

 

 あれは、スバルと同類の“覚悟”を背負った者の目付きだ。

 

(この先潰れるとしたら自重だろうよ)

 

 それさえ回避すれば、将来的に里の要に食い込む人材になりうるだろう。そうなればいいと思える位には好感も持てる。

 

 まんまとスバルの目論見に嵌っていた。あいつのことだ、こうなることを見越しわざと情報を絞って寄越したに違いない。

 

(まあ、そうだな……)

 

 試されているのは、こちらも同じこと。“ガッカリ”はさせたくないものだ。今は確かにそう思える。

 

 下忍達の顔を思い浮かべながら、上機嫌に試験の計画表へ修正を書き加えていくイビキであった。

 

 

 ───

 

 

 翌日、指定通り会議室に赴いた四班を待ち受けていたのは、一つの書き置きだった。

 

 “第四十四演習場に集合!!”

 

「げェ……」

 

 そこから約一週間。里で四班の姿を見た者はいない。

 

 マシロは人知れず、魔境の奥地で誕生日を迎える羽目になったのである。

 

 

 ───

 

 

 第二の試験で四班は、試験官みたらしアンコの指示で“救護側”として受験者に混ざることになっている。

 

 森自体はキャンプ中に馴染んだとはいえ、本番はそこに不確定要素が大量参戦……どう考えても、過酷な五日間になりそうで今から気が重い。

 

 そんなアオイの内心を知ってか知らずか、視線に気付いたマシロがフッと笑い、とある巻物を取り出した。そうして目の前のリーにもにっこり笑い掛ける。

 

「試験の内容についてはともかく、試験中に使えそうな物はお渡ししておきますね」

「使えそうな物、ですか?」

「ええ。お守り程度にはなりますが……四班から、医療パックです」

 

 マシロの様子に合点のいったテンテンが声を上げた。

 

「もー、それで黙ってたのね! ……でもいいの? 私達に肩入れなんかしたら、四班が怒られたり……」

「ヘーキヘーキ、実用品の差し入れくらいじゃなんともねェよ。持ち込みは無制限だしな」

 

 けらけらと笑い飛ばすヒノメを、ネジは疎ましそうに睨み付けた。

 

「他人事だと思って、適当言って無いだろうな」

 

 それはある意味いつも通りの態度だ。だが対するヒノメの反応は、違う。

 

「……疑うなら自分で注意書きでも読んどけよ。志願書、もう貰ってんだろ?」

 

 表情は消え、その声は限りなく冷静だ。

 

「言われるまでもない……」

 

 ネジもヒノメの違和感は拾っていたようだが、結局その場は医療パックの確認を優先した。

 

 

 ───

 

 

 テンテンの正面からの質問は、巧みにはぐらかされてしまった。ネジの指摘には、同じだけの冷ややかさで拒絶を示した。

 

 ヒノメの様子がおかしいことは分かるのに、アオイはその原因に見当が付かない。

 

 そんなことを考えていれば、不意にヒノメが振り返る。

 

「オレらは、どうする?」

 

 それは単なる昼食の誘いだったが……ヒノメの目は、確かにアオイを試すように笑っていた。

 

 

 ───

 

 

 試験前夜。日向一族の屋敷の一角……マシロの自室にて。

 

 部屋の主は机に向かい、黙々と薬の調合に励んでいた。

 

 その背後では、招かねざるヒノメが作業を手伝うでもなく居座っている。本棚から抜き取った小説を手に、時折ぶつくさと独り言を呟いていた。

 

「ヒノメ」

「……何?」

「好きでもないものを無理して読むくらいなら、早く寝てしまった方が良いと思いますよ」

 

 マシロが声を掛けても、ヒノメは顔も上げなかった。難しい顔したまま、ひたすらに文字を追っている。

 

 普段のヒノメなら小説に興味を示さないし、わざわざ手に取ったりもしない。何故今日に限ってそんならしくない行動を取るのか、マシロには分からなかった。

 

「眠れないのでしたら、写輪眼(奥の手)使いましょうか?」

「あー。アリだな、それも」

「冗談のつもりだったんですけどね……」

 

 駄目だ。これは相当参っている。

 

 マシロは薬匙を置いてヒノメに向き直る。ヒノメは先程から、いくつかのページを繰り返し往復しているらしかった。

 

「何か気になることがありました?」

「……慣用句に“胸に聞く”って言葉あるだろ。この話でも似たような意味で度々出てくんだけどさ……」

 

 本を閉じたヒノメか拳を作り自分の心臓のあたりを指し示した。

 

「それがイマイチ分からない。“自分に問いかける”ってどういうことなのか。心臓周りが生き物の要なのはそりゃ分かるが」

「……ふむ」

 

 らしくないなりに、真剣に考えていた。

 

 それは一般的な例えでもあり、小説独自の価値観に根差していた合言葉のようでもあった。

 

「これは僕なりの見解ですけど……胸の中にある心臓と肺って呼吸が行われる臓器じゃないですか」

 

 生き物の基本的な活動だ。それが出来なくなったが最後──死に至る。

 

「あと、喉を震わせて声を発するためにも呼吸は必要ですよね。声が無くても意思表示は可能ですけど、あった方が疎通を取れます」

「それで?」

「呼吸のしやすい、しにくいという感覚は生き方の判断軸に成り得ると、僕は思います。勿論、基本というだけでそればっかりでは足りないでしょうけど……」

「……ふーん」

 

 マシロの展開した持論を、理屈としては納得したような顔をして、ヒノメはまだ何か考え込んでいる。

 

 もっと直感寄りの話の方が分かりやすいのかもしれない。

 

「その物語だと僕は“医療忍者のヒロイン”が好きでして──」

「雌ゴリラが?」

変に怒らせなければいい人でしょう……ヒノメは、気になる登場人物(キャラクター)はいました?」

「じゃあオレは“先生”だな。一番癖が無い」

 

 “先生”……教え子に理解を示す、清濁併せ呑んできた大人そのものだ。

 

「では、癖がある人物は嫌ですか?」

「嫌とまでは言わねぇけど、いちいち発言を汲むのが面倒だろ」

「あなたならそうでしょうね」

「ンだよ。さっきから、何が言いたい?」

 

 思わず笑ってしまえば、胡乱げな目で睨まれた。

 

「ヒノメは感情のような曖昧なものより、分かりやすく“役割”を果たす人が好きなんでしょう? その考え方や感覚が、あなたにとって自然だから」

「……」

「頑張るのは良いことですけど、無理はしないでくださいね」

 

 図星を付いてしまったようで、ヒノメは居心地悪そうに本の角で自分のこめかみを小突いている。それでも、怒った様子は無かった。

 

「……お前ってマジでアオイと血縁だよな。余計似てきたっつーか」

「そうですか? まあ、毎日のように話してますし」

「食えねェ奴らだ」

「褒め言葉ですね」

「ったく……」

 

 一息ついたヒノメは気を取り直したようにまた本に戻っていく。今度はもう、肩の力は抜けていた。

 

 残念ながら、世の中は白黒で語れるほど簡単には出来ていない。それはマシロも日々痛感するところである。

 

 そんな中……どうあっても、目の前の人間の浮き沈みには一喜一憂してしまうのだ。マシロは、そんな自分が嫌いではなかった。

 

 

 ───

 

 

 マシロが調合を済ませ、片付けに入る傍ら。ヒノメは部屋の隅ですっかりリラックスして寝そべっていた。

 

 同じ本を、今度は楽な姿勢で斜め読みしている。

 

「今更気に入ったとか?」

「別に、そんなんじゃねーよ」

  

 もうヒノメは放って、そろそろ風呂の支度でもしよう。

 

 マシロがそう考えていれば、障子の磨りガラスの向こうに連れ立った人影が浮かんだのに気付いた。

 

「夜分遅くにすまない。マシロ、今時間は空いてるか?」

え、兄貴?

「ええ、はい。少々お待ちくださいね」

 

 突然聞こえた兄の声に、ヒノメが慌てて身体を起こす。マシロが戸に向かう間に手早く襟を正す様子が横目で分かった。

 

「こんばんは、コウさん。それに──」

 

 コウの後ろには、意外な人物が控えている。

 

「きゅ、急にお仕掛けてごめんなさい……」

「……こんばんは」

 

 日向宗家のヒナタとハナビの姉妹が何やら、訳ありの様子でそこに立っていた。

 

 

 ───

 

 

「オレは外で控えております。ヒノメ、お前もこっちだ」

「はいよ……それでは失礼します」

 

 兄妹と姉妹がそれぞれ居所を変える。ハナビは、ヒノメの消えた障子の向こうを睨み付けていた。

 

「私に治療なんていりません。大体、姉さまは大げさなんです」

「……でも……」

 

 ヒナタが心配するハナビの状態。それは、身体中に浮かぶ斑点のような痣のことであった。

 

「これは……点穴を突いた跡、ですか?」

「! マシロ兄さんも分かるの?」

「にわか知識ですけどね。もしかして“修行の一環で残ったものだから、消すのが惜しい”……とか?」

「……うん」

 

 マシロはヒナタを窺う。妹のそんな事情は聞かされていなかったようで、かなりショックを受けているらしい。

 

「ハナビさん、僕は点穴の位置を勉強する他の方法を知ってるんです。良ければそちらを試してみるのも手かもしれませんよ」

「他の、方法?」

 

 マシロの語りかけにハナビは興味を示した。だが、どこか消極的にも見える。

 

「痣と同じ位置に、シールを貼るんです。白眼ならシールだって透かせるので、効果は同じですからね」

「……遊んでるって思われて、父上に叱られないかな」

「僕が提案した、とお伝え頂いても構いません」

 

 かつてその方法で技術を習得した実例がいる。ヒアシだって知っている筈だ。そして従来のやり方を踏襲するにはハナビはまだ幼な過ぎる。

 

「頑張れば頑張るだけハナビさんのお身体に痣が残るなんて、心苦しいです。きっと僕やヒナタさんだけでなく、周りの皆さんもそう思われるんじゃないでしょうか」

「……」

「私からもお願い、ハナビちゃん……」

 

 ハナビは二人からの説得と、痣の治療を受け入れた。情を盾にしたような丸め込みだったが、ハナビにはまだ反論するだけの言葉は思い付かないようだった。

 

 

 ───

 

 

 同じ頃の自分より、遥かに重圧と責任感に縛られている。かつてのマシロは自分の世話もままならないほど虚弱で、世間知らずだった。

 

(……七歳、か)

 

 廊下の方に戻って来る気配があった。マシロは自分から戸に寄り、名前を呼ぶ。

 

「ヒノメ、ちょっといいですか」

「もう良いのか?」

「ええ……あの、昔使ってたシールってまだ残ってます?」

「へへ、そう言うと思って持ってきたんだよ」

 

 開けた隙間から得意げな顔と見覚えのある台紙の束が覗く。思ったより保存状態が良かった。

 

「まさか」

 

 ハナビが嫌そうな声を上げる。視線の相手はヒノメだ。

 

「ハナビさん?」

「マシロ兄さん、私嫌です。こんな不良と同じやり方なんて」

「ふ、不良……?」

 

 ヒナタはハナビの言う意味が分からないようで、困ったように二人を見比べている。

 

 廊下側でコウが頭を抱えているのが分かった。たいしてヒノメはまるで他人事のように首を傾げている。

 

「だって──」

 

 ハナビの話によれば、先取り自習のために保管されていた古い教科書やテストの答案を見る機会があったらしい。その中で、圧倒的にヒノメの成績は適当で出来が悪く、悪印象がこびりついてしまった……とのことだ。

 

「何でこんな奴とマシロ兄さんが仲良くしてるのか、分かりませんが……私はこいつを信用できません」

「嫌われてますね……」

 

 ハナビの人一倍真面目な性格なら、その散々な結果達に嫌悪を抱いても仕方なかった。

 

「アカデミー時代はその……いや、弁解の余地もありません」

 

 ヒノメが正座のまま謝罪の礼を繰り出すも、それではハナビの気はおさまらない。

 

 両手をギュッと握りしめ、頭を振って、精一杯声を抑えている。

 

「一族の名に泥を塗るような真似して」

「父上はどうしてあんたを咎めないの」

「どうして、あんたは平気な顔していられるの」

 

 持ちうる語彙を総動員し、ヒノメを非難する。その様子は、我慢していたものが堰を切ったように溢れ出したようだった。

 

「……」

 

 何か言おうとした口が、何も言えずに引き結ばれる。

 

 純粋な言葉だ。だからこそ痛い。

 

「──私……いえ、()()は他人より面の皮が厚い。ご指摘の通りです」

 

 ヒノメは、取り繕うことを止めた。声は真面目腐って硬くなり、本来の冷静な一面が顔を覗かせる。

 

 その雰囲気の変わり様にハナビは一瞬たじろぐが、すぐまた毅然とヒノメを見据えた。

 

「……それで? あのふざけた成績は、どういうつもり?」

「そのままですよ。今にしてみれば浅はかな考えだと思いますが……当時のオレは、あの成績で問題無いと思っていたんです」

「問題無かったの?」

「いえ。昔も凄く怒られました。アカデミーの教師にも一族の大人にも……同級生達にも、情けないと馬鹿にされました」

 

 “名門”の肩書きは重い。当然はみ出し者への風当たりはキツかった。丁度今、こうしてハナビに問われた事は、過去にも経験済みなのだ。

 

 ハナビには理解出来ない。そんな状況を平然と語れる理由を。“面の皮が厚い”というだけで、全てやり過ごしてきたとでもいうのか。

 

 ヒノメはハナビの次の言葉を待っている。腹の中で何を考えているのやら、まるで分からない。

 

「……怖くは、なかったの?」

 

 ハナビは、怖い。無価値だと思われることも、失望されることも……

 

「それが正直、よく覚えていないんです。本当は怖かったのかもしれません。色々手探りしているうちに時間が過ぎていた、とでもいいましょうか」

 

 ヒノメの回答はあやふやだが、かと言ってふざけている訳では無かった。

 

「……気付いた頃にはオレの成績について気にする者は殆どいませんでした。いつのまにか、それが当たり前になっていたんです」

 

 時が過ぎる感覚については経験や主観に頼るしかない。ハナビにはまだ、想像のつかない境地である。

 

 ヒノメは自分の胸に手を置いた。

 

「“日向一の跳ねっ返り”。それがオレを表す言葉です。その評価は、今もそのまま続いています」

「……」

「一つの称号みたいで、オレは気に入ってますよ」

「馬鹿じゃないの?」

「確かに馬鹿かもしれません。それでも、埋もれるよりはずっといい」

 

 ヒノメはそこで始めてハナビから視線を外し、膝の上に置いた手を見つめた。

 

「オレは、どこまで行っても分家です。宗家の方々ほどの責任は負えません。その代わり、宗家の立場では出来ないことを試して模索することができます……オレのこの在り方で成果が出るかは分かりません。何の意味も無く終わるかもしれない」

 

 前例が無い以上誰も、何も、保証などしない。できやしない。

 

「“尖兵”に成れれば良いんですが……」

 

 少し笑って、ヒノメが顔を上げる。

 

「オレがくたばったら“やっぱり、あいつは馬鹿だった”って笑ってください。そんな奴もいたと、たまに思い出して頂けたら十分です」

 

 その様子は、胸の内を晒し安堵しているようにも見えた。

 

 

 ───

 

 

「──とまあ、そんな訳で……過去の成績についてはご容赦してもらえたらな、と……」

 

 ヒノメは場を和ませようと今更軽い口調に切り替えるが、告白を受けた周りはそれどころではない。

 

「ヒノメ」

 

 ここまで黙って聞いていたマシロが、口を開く。

 

「真面目過ぎて、気持ち悪いです」

 

 直球の暴言が飛び出し、ヒノメの口元が引き攣った。少しだけ姿勢を崩しマシロを睨みつけるが、当のマシロは素知らぬ顔でハナビ達に向き直った。

 

 殊更安心させるように笑う。

 

「色んな人が色んな事を言いますが……どうか、ご自愛くださいね」 

 

 言いながら、ヒノメから受け取った台紙の端を揃えハナビに手渡す。

 

「陰ながら、応援しております」

 

 

 ───

 

 

「テメェ人のことボロカス言っておいて、何が『ご自愛くださいね』だ、オイ」

 

 宗家の姉妹とコウが去った部屋には、まだヒノメが居座っている。マシロとしてはいい加減追い返したくなってきた。 

 

「……あなたの言葉を僕やコウさん、ヒナタさんがどんな思いで聞いてたか、分かります?」

 

 ヒノメとしてはハナビとの一対一のつもりだったのだろうが……いや、だとしても幼い子には酷な話をしていたように思う。

 

「あなたの言ったことは一つの正論ですよ。それは確かです」

「でも“正論だけじゃ意味が無い”って言うんだろ」

「早合点は止めてください。僕が言いたいのは──」

 

 一瞬、躊躇が交じる。

 

「僕は、綺麗にまとまった“良い子ちゃん”よりいつもの“跳ねっ返り”の方が好きなんです」

「……はァ?」

 

 本気で意味が分からないという顔をされた。流石ヒノメだ。変に受け取られることはなかった。

 

「残った結果が散々だとしても、僕は昔のあなたを“浅はか”とも“馬鹿”とも思いません。思いたくも、ありません」

「さっきから何……?」

「……」

 

 マシロがおもむろに瞼を閉じ、次に開けた時……そこには赤い眼が浮かんでいた。

 

「いやいやいや……なんで今写輪眼出すんだよ、それはおかしいだろ」

「もっとしっかり見ておきたくて……そう嫌わないでください。あなただって、しょっちゅう白眼を使うじゃないですか」

「臨戦状態に見えんだって、ソレ」

「……ある意味、そうですよ」

 

 写輪眼は間もなく解かれた。マシロの黒い目が今一度ヒノメを覗く。

 

「何か見えたのかよ」

「いいえ。ただ、覚えていたかったので」

「?」

 

 マシロにはもう、説明する気が無かった。

 

「そろそろ寝る支度にします。ほらヒノメも、早く部屋に戻ってください。明日から忙しいんですから」

「お前今日情緒どうした?」

 

 無理矢理会話を切って、風呂の用意を始めるれば、ヒノメは諦めたように部屋を後にする。

 

「……おやすみなさい」

 

 遠のく背中に声を掛けた時、手を上げて応じる姿があった。

 

 

 





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