NARUTO世界に転生したけど何か違う   作:野摸

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15 中忍選抜試験・開始

 

 

 その日、アカデミーには各隠れ里の下忍達が一堂に会していた。とりどりの格好はしていても、どこかソワソワと落ち着きが無いのは皆同じだ。

 

 上着のフードを目深に被り、所在無い手はポケットに押し込んで、アオイは廊下を行く受験者達を見送っていく。

 

 そうしていれば、当然主催である木ノ葉隠れの額当てを着けた者と頻繁にすれ違う訳だが……

 

(髪色が見えなきゃ十分だね)

 

 事前に顔写真で人相を確認し、分かってはいた。他のチームは殆ど初対面の者ばかり。目立つ色さえ無ければ、水戸門アオイが溶け込むのだって不自由は無かった。

 

 例外といえば、同期の三班くらいのものだ。

 

「いたいた」 

 

 テンテンが、アオイを見つけてスススっと歩み寄ってきた。三班の男達はアオイの中途半端な格好に何とも言えない顔をしている。

 

「見つかっちゃった……調子はどう?」

「バッチリ! 他の二人はもう会場?」

「ううん、そろそろ戻って来るんじゃないかな……あ、ほら」

 

 窓の外に、マシロが入り口をくぐろうとするのが見えた。その到着を待っていたら、廊下の端に身を寄せたリーとネジが何やら話し込んでいる。

 

「……ってこうして見ると……ですね……」

「それがどうした」

「いえ……」

 

 チラッとこちらを窺うリーと、バッチリ目が合った。

 

「ああ、いえ! 何でもありませんので、お気になさらず!」

「……ふーん?」

「皆さんお揃いで……どうかされました?」

 

 そうこうしてるうちにマシロが合流する。校庭を散策していたヒノメとは別行動だったらしい。

 

「なんでもない。ヒノメは?」

「それが……一度落ち合った後、またふらっと何処かへ行ってしまって。まあ会場にいれば会えると思います」

「もう、そんな猫みたいに」

 

 とは言ったものの、会場入りには少々手間取りそうだ。

 

「あいつら、こんな所で何を立ち止まっている?」

 

 ネジが目を向ける先……廊下の向こうには、先程までは無かった人集りが出来上がっていた。

 

 

 ───

 

 

「……何やってんだ、あいつら」

 

 呆れた声がしたと思えば、何食わぬ顔したヒノメが会場方面の廊下から顔を覗かせた。

 

「先輩方の洗礼ですよ」

 

 声は抑え、四班は隅で見物の構えである。

 

「目立ちたくないんだって、リーが……」

「どこがだ。ノリノリじゃねーか」

 

 向こうで丁度、()()に殴られたリーが倒れ込むところだった。事前に仕込んだ顔料が程よく悲壮さを演出している。

 

 今度はテンテンも殴られたが、明らかに加減されていた。三班は既に関門を通過した側だ。しかし、それを理解する観客は現れなかった。

 

 誰か違和感に気付いた者はいないかと、アオイが周りを見渡したその時。

 

(……!)

 

 奥の方から、よく目立つオレンジ色が目に飛び込んで来た。 

 

「……来たか」

 

 ヒノメが合図のように口にする。それはアオイが思うのと全く同じタイミングだった。

 

 

 ───

 

 

「あ、ヒノメ! なーに、その格好? イメチェン?」

「おう。次の試験までの期間限定でな」

 

 今日のヒノメは、普段のポニーテールを低い位置で結い直し、赤い装束の上から暗色の羽織を着込んでいる。まさしくお忍びスタイルであった。

 

「──で、結局リーの奴は何がしたかったんだ?」

「知ーらない。確認したいことがあるから先に行ってろ、だって」

 

 リーの突発的な公開告白とその玉砕っぷりを、テンテンは既に忘却したことにするらしい。これも優しさの一つだろうか。アオイには分からない。

 

「うちはサスケにご執心みたいですが……ああやって、晒し上げるような真似はやめてください。感じが悪い」

「お前に関係ないだろ。なんだ、“良い子ちゃん”には刺激が強かったか?」

 

 マシロの言葉にネジは聞く耳を持たない。刺激に当てられているのがどちらなのかは微妙なところだ。

 

「ねえねえ、あのサスケって子。ちょっと昔のアオイに似てなかった?」

「あんな挑発的じゃなかったと思うけどなぁ」

「……」

 

 マシロはそれ以上何も言わず、ヒノメは反応すらもしなかった。

 

 雑談もそこそこに、五人は連れ立って三〇一号室へと滑り込んでいく。

 

 

 ───

 

 

 広々として見えた三〇一号室……通称“講堂”は、今や総勢百を越える受験者を収容する事態となっていた。 

 

「……多いなぁ」

 

 空いている座席に腰を落ち着ける中、テンテンが小さく呟くのが聞こえる。

 

 何せ、木ノ葉だけで二十九チームもの推薦が出ているのだ。アオイも最初、顔写真に目を通すだけで一苦労だった覚えがある。

 

 ……だからこそ、()の持ち出した情報は妙だった。

 

 ヒノメが俯き、白眼の発動を隠しながらアオイとマシロにも視覚を共有する。それだけ彼……薬師カブトの出した(カード)はどうにもおかしい。

 

 書かれた数字が、あまりに正確過ぎた。受験側の下忍にしては詳細に知り過ぎている。

 

「どこで仕入れたンだか」

 

 情報源としてあり得るのは、彼らの担当上忍だろうか。それはそれでどうなんだ、とアオイが思案していたその時──

 

 唐突に大きな大きなナルトの宣言が講堂全体に響き渡り、アオイの思考を掻き消した。

 

(あんのバカ……!)

 

 全く、やってくれる。全方位に自ら喧嘩を売りに掛かるとは。

 

 売った本人はすかさず春野サクラに締められているが、一度点いた導火線はもう止まらない。

 

 荒々しい気配が、頭上を飛び越えて行く。

 

 カブトに過小評価されたと取った音隠れチームは、自分達を誇示するのに夢中だ。

 

 イビキ達試験官が現れるまで、その場は音忍の独壇場かに思えた。

 

 だが……

 

(──!)

 

 試験官の圧に従わない存在は浮いていたのかもしれない。

 

 ナルトの声にアオイが背後の様子を窺った時……確かに、薬師カブトがこちらを見ていたように思う。

 

 受験者でない自分達を、確認していた? 

 

 動揺を悟られまいとゆっくり視線を外す。

 

「ヒノメ、彼って……」

「眼鏡のネタか?」

「そうだけどそうじゃなくて」

 

 半ば勘でしかない。言葉が要領を得ないアオイに、ヒノメは「後で聞く」と落ち着かせるように囁いた。

 

 まもなく試験が始まる中、アオイは受験者並の緊張感を持ったまま、会場の最後列に着席する。

 

 筆記にナルトが立ち向かえるのかも気になるが、試験の運営そのものに裏が無いかも不安になってきた。

 

(何事も無く終わりますように……)

 

 悪い予感は自分の早とちりでありますように。

 

 こんな時になって、頼りにして来た自分の感覚を否定したくなるとは思わないアオイだった。

 

 

 ───

 

 

 試験官達の醸し出す圧は、下忍達を大人しくさせるのに大層有効だった。

 

 試験用紙の全体配布が済み、監視員がそれぞれ位置に着く。ヒノメは最前列、マシロは中央辺り、そしてアオイは最後列の配置だ。

 

(頑張れ、ヒノメ……)

 

 遠い背中に心の中でエールを送る。

 

 白眼による補助を期待され、試験の間ヒノメにはとてつもない多忙が約束されている。今日から五日間、ヒノメに休まる暇は殆ど無いだろう。

 

 対してマシロやアオイは、この第一の試験でほぼフリーであった。落差が酷い。

 

(……さて)

 

 最も遠いアオイの頷きで、イビキが確認を済ませた。チョークを手に「質問は受け付けない」と前置きした上で、会場に轟かせるようにルール説明を開始する。

 

 

 ───

 

 

 試験問題は全十問で、一問につき一点。三人一組のチームで合計点を競い、満点は三十点である。

 

 試験中、カンニング等の不正が発覚すれば()()()()()()()となる。

 

 チーム内の一人でもゼロ点になれば、その時点でチームの三人まとめて不合格が確定する。

 

 ……この試験は、減点方式を採用している。

 

 

 ───

 

 

 説明に、受験者達が困惑に困惑を重ねているのが後ろ姿でもよく分かる。

 

 そんな心情など置き去りに、狙い通りに──いよいよ、試験が始まった。

 

(集団の空気ってすぐ感染するなぁ)

 

 想定外の懸念に動揺しているのはアオイもだ。先程の胸騒ぎも、彼らの不安が感染っているだけなのかもしれない。

 

 この待機時間で、一旦落ち着かなくては。

 

 試験用紙を表に向け、アオイもその内容を確認する。第一から九問は以前見た問題と全く同じものだ。

 

 唯一違うのは、第十問目。

 

(これが、別れ道……)

 

 筆記試験がフェイクなのは以前と同じ。能動的なカンニングより下手に動かず待機した方がリスクが低いのも、アオイからすれば同じ。

 

『十問目は本番のお楽しみだ。お前達も、受験者達と一緒に考えてみるといい』

 

 最後の打ち合わせで、イビキはそう言っていた。真意は定かでないが、悪い気はしなかった。

 

(……取り敢えず、一問だけでも解いてみよう)

 

 どうせ時間なら余らせている。

 

 仲間から習った付け焼き刃の知識を引っ張り出し、アオイもまた、試験問題と向き合い始めるのであった。

 

 

 ───

 

 

 四方八方を受験者に囲まれたマシロが、一通り答案を作り終えた頃。

 

 会場の両脇で監視員達が目を光らせる中、マシロの存在は謂わば餌だった。そしてもう、その役割は終了したも同然。

 

(……こうなってしまうと、暇だ)

 

 マシロは鉛筆を置いて、椅子の背もたれに体重を預けた。第十問が出題されるまでには、まだまだ時間がある。

 

 前方に見えるヒノメは試験開始時と同じ姿勢のまま、背後の監視に勤しんでいるらしかった。

 

 彼女が楽を出来るよう、もっと失格が増えやしないかと、冷えた思考が頭をもたげる。周囲のカンニングは思ったより低レベルだった。

 

 その気配が、いい加減煩わしい。

 

 そんなささくれだった心を落ち着けようと、マシロは静かに深呼吸を繰り返す。

 

 ふと、打ち合わせの合間に交わしたイビキとの会話を思い出した。

 

『なんだか下忍選抜を思い出しますね。こう、追い詰め方が』

『スバルも大概容赦ない方だ。それで認められたお前達なら余裕かもしれないな?』

『……だといいんですけど』

 

 その場は曖昧に流したが、記憶の古傷は二度と御免だと固辞している。マシロにとって下忍選抜時の方が過酷だったのは間違いない。

 

 仲間に庇われ、仲間が傷付く様を特等席で味わったあの日を……マシロは今でも、はっきりと覚えている。

 

(あの人、ほんと……)

 

 脳裏に浮かぶのは、やはりあの女上忍の顔であった。

 

 

 ───

 

 

 選抜の合格を告げられたその後……ヒノメとアオイ両名の怪我の治療は、マシロが請け負った。

 

 治療している間に痺れを切らしたヒノメが、さっさとスバルの自己紹介を求めたり、逆にアオイはろくに喋ろうとしなかったり。

 

 マシロ自身は……ただただ早く作業を完了させようと必死だった。

 

 スバルはといえば、木に寄り掛かかって、用意していたような言葉を並べるばかりだった。

 

「名前はむつらスバル。任務に支障を来さないなら呼び方や口調は好きにして頂戴。私から特に語れる経歴もないから、実力についてはあなた達で確かめてほしい……そんなところかしら」

 

 名前しか分からない自己紹介だった。今にしてみれば、スバルなりの歩み寄りが滲んだ言葉だったのだが、当時のマシロには酷く無責任に映ったものだ。

 

「あっそ。じゃあ好きにするけど……何が得意とか無いの?」

「チャクラの感知」

「へェ」

 

 最低限必要な情報だけ引き出せればそれでヨシ、とヒノメの割り切りは早かった。

 

 治療も済んで自分達が自己紹介をする段になっても、アオイは静かなまま俯いている。

 

「水戸門アオイ……得意なのは体術くらい」

「夢とか目標とかある?」

「……一人前になりたい、とか」

「ホォ」

 

 スバルに倣ったかという程の簡素な紹介だった。訥々と話す様子は見るからに消極的で、暗い。

 

「今日のところは合否の通達と、正式な下忍登録の処理までよ。任務については明日から説明する」

「本当に、合格でいいんだよな?」

「泣こうが喚こうが今更撤回はしないわ」

「……まあ、いいや。これからよろしく」 

 

 あの頃からずっと、場を回すのはヒノメの役割だった。

 

 

 ───

 

 

「……これからの任務について、先生と相談してきます。お二人は先に帰っていてください」 

 

 

 ───

 

 

 建前を言い残しヒノメ達に背を向ける。別れたばかりのスバルは、変わらずその場に佇んでいた。

 

「何か用?」

 

 マシロを見る目には何の感情も入っていない。

 

「いくつか、質問したいことがあります。お時間よろしいですか?」

「ええ。どうぞ」

 

 無表情に、無感動に。初対面から続くそんな振る舞いも、演技であれば良かったのに。

 

「……どうして、僕達を合格にしたんです?」

 

 合格を言い渡す直前、スバルは急に方針を変えたようだった。それまでは、冷然と三人を見下ろしていたのに。

 

「僕自身は何も出来ずにいたのに……スバル先生の基準や、決め手は、何だったんですか?」

 

 弱い自分と、自分を庇う彼女ら……その、どこが気に入った? 

 

 スバルは問いに対し、大きく首を振る。マシロが怪訝に思うのを見越したように、説明を始めた。

 

 スバルの口調に少しだけ、温度が宿る。

 

「……本来この選抜試験は、“チームワーク”を見るためのものよ。つまり、あなた達は最初から合格基準を満たしていた」

 

 自分の成功や保身のために動くような者は誰もいない。それは早々に分かっていたことだ。

 

「……どういうことですか? 本来、って……」

「お節介な大人から忠言があったの……“甘えを無くすために、死なない程度に追い詰めろ”って」

「! ……」

 

 忠言の内容に思わずゾッとする。誰がそう言っていたのか、知れたような気がする。

 

 ヒノメが癇癪混じりに毒突いていた──『クソ爺』と。

 

「私は、あなた達の“甘え”の有無については今でも分からないのだけど」

 

 スバルは言葉を続ける。

 

「このままでは“甘え”より先に、“信用”を無くしてしまいそうだと思ったの」

「だから合格にしたと? ……分かりませんね。あなたが個人感情を気にする必要など無いのでは?」

 

 少しだけ、カマをかけてやろうと思った。だがスバルは、マシロの意図を見透かしたように目を細める。

 

「組織は個人の寄せ集めよ。存続すれば必ず()()が起きる……将来を考えれば、遺恨は少ない方が良い」

 

 全体か、個人か。人の情を理解しているのか、いないのか……マシロには、スバルという人間が測れなかった。 

 

「『特に語れる経歴もない』と言ったでしょう。あなたが私を信じるかどうかは、今決めなくたっていい」

 

 また、スバルはあやふやなことを言う。

 

「──語りすぎたわね。今ので、あなたの質問に答えられていたかしら?」

「……あなたが“よく分からない人”であることが分かりました」

「思っていることを話すといつも言われるわ」

「そうでしょうとも」

 

 質疑応答が一段落した途端、何故だかどっと疲れが押し寄せた。上忍であることを差し置いても、スバルという個人を掴めた実感は皆無だ。

 

「他に質問は?」

「……試験中はどこまでが演技だったのかな、と……」

 

 今度の答えは、スバルにしてははっきりしていた。

 

「少なくとも、他人を痛め付ける趣味は無い」

「そうですか……」

 

 嗜好関係無く必要となればやる人だ。それだけは確信した。

 

 スバルという上忍へ他に何を聞こう、いっそ本当に任務について相談しておこうか。

 

 いつの間にかマシロは、自分がスバルの警戒に残っていたことを意識の隅へと追いやっていた。

 

「マシロ」

「? はい?」

「そろそろ私は戻るわ。医療班に合格のことも報告しておく……明日から、よろしくね」

 

 最後にマシロの肩をポンと叩き、スバルの姿は一瞬で掻き消えた。

 

 “スバルも、マシロが問いかけに戻ってくるのを待っていたのではないか? ”

 

 ……そう思い至ったのは、その日から暫く経ってからのことだった。

 

 

 ───

 

 

 マシロが顔を上げた時、周りの席からは随分と人が減っていた。

 

(余裕が、あれば良かったのに……)

 

 監視員の無情な通達に嘆く声が、まだ耳に残っている。

 

 

 ───

 

 

 試験開始から、そろそろ四十分が経過しようとしている。集団カンニングも落ち着き、次の出題に待機する者が増え始めた。

 

 アオイは鉛筆を置き、出来上がった自分の答案を眺める。

 

 結局九問とも埋まってしまった。

 

 答えと、解き方を知っていただけはある。ヒノメやマシロの答案を再現するだけなら、今のアオイでも難しくはないらしい。

 

(……もっと勉強しよう)

 

 ある意味これもカンニング。今度は自力で解けるようになりたい所存であった。

 

 前方を見れば、ヒノメも仕事が一段落したらしい。軽く伸びをして、一旦クールダウンの姿勢に入っている。そしてその手前、マシロの周りは失格が続出したのか、かなり見晴らしが良くなっていた。

 

 見慣れた背中が、視界に入る。

 

(あのナルトが……筆記試験をパスできるかも、なんて……)

 

 出て行く姿を目撃していないのだから、当然と言えば当然なのだが……いざその背中が見えると、やはり安心する。

 

 三班や他のルーキー達も無事だ。薬師カブトが当然のように残っていることに目を瞑れば、喜ばしい状態だといえる。

 

 受験者達の緊張を拾いつつ、アオイはいつの間にか笑っていた。

 

 アオイは自分の感性が馬鹿になったのかと思ったが、ふと今までのヒノメの指摘の数々を思い出す。案外、これが本性なのかもしれない。

 

(一緒に受験、したかったな……)

 

 まもなく第一の試験最後のふるい落としが始まろうとしている。

 

 もしも、はもう起こり得ない。

 

 今のアオイに出来るのは、どこまでも結果を見届けることだけであった。

 

 

 ───

 

 

 十三チームが脱落となり、受験者は残り三十八チームの百十四人。

 

 砂のカンクロウがカンペ作成に席を立ってからは数分が経った。

 

 イビキが監視終了の合図をヒノメに送る。あらかた粒は出揃ったとの判断だ。

 

 最後に、マシロとアオイの方を確認する。二人ともこちらを気にしているらしかったが、表情は対照的だ。

 

(あいつ、さっきまでカブトにビビってたくせに……)

 

 アオイの呑気にも映る様子に脱力する。

 

(取り敢えず、収穫はあったな)

 

 受験者のカンニング方法は中々に多様だった。お陰でヒノメ自身の引き出しも潤ったというもの。

 

 特にカンクロウの“傀儡の術”に、我愛羅の用いた“第三の眼”……その構造や生成過程は全て記憶している。技術ごと完全再現、とはならないだろうが、マシロあたりに意見を募れば面白い発想を出してくれるかもしれない。

 

 監視中、草隠れの忍に扮する大蛇丸も一応マークはしていたが……見ていてもただただ暇そう、という感想しか持てなかった。

 

 ……白眼でも、目を凝らさなければ人面の皮は見破れない。大蛇丸がわざわざ手間を掛けた変装してくる意味はあった。

 

(あー、やめやめ……)

 

 想定内の確認と、まだ知り得ぬ情報と。

 

 ヒノメにとって、第一の試験はひたすらに記録を回す観測の場で終わりそうである。

 

(……)

 

 時間となった。第十問目を出題すべく……イビキが、口を開く。

 

 

 ───

 

 

 あの日の言葉が蘇る。

 

お前の素質であれば、下忍を経る必要もなかろう

 

どうせ……どうせまた、オレらを見て笑ってんだろ!! 

 

もういいわ──三人とも、合格よ

 

『……え?』

 

 “もしも”を辿った先も悪いものでは無かったのかもしれない。

 

 だが、アオイにとっては“今”こそが正解なのだ。

 

 

 ──バリン! 

 

 

 ……余韻に浸る間もなく空気がぶち壊された。けたたましい音とともに窓ガラスが砕け散る。

 

アンタ達、喜んでる場合じゃないわよ!!! 

 

 そうして、第二試験官の声は高らかに響き渡った。

 

 

 ───

 

 

 みたらしアンコに先導され、受験者達が続々と会場を後にして行く。アカデミーの廊下には大勢のざわめきや足音が響いていた。

 

「さっきのガラス、大丈夫だった……?」

「別に、何ともねェよ」 

「ご無事なら何よりですけど」

 

 ヒノメの羽織に残るガラス片を視認しつつ、マシロが苦笑する。そうして四班は何食わぬ顔で彼らの最後尾に着いて行く。

 

「……思ったより残りましたね」

「あの金髪チビのおかげでな?」

 

 人生を賭けさせるようなイビキの二択に、真っ向から挑む意志を叩き付けたナルト。その度胸は他の受験者をも鼓舞するほどだった。

 

「っふふ……」

 

 思い出し笑いするアオイに、ヒノメが呆れた目を向ける。

 

「ったく……“追加ルール”覚えてるか?」

「覚えてるよ。十問目に不正解ならそれ以降の受験資格剥奪、だよね?」

 

 若干の棘を感じながら、アオイがヒノメを見返した。ヒノメはそのままジィっとアオイを凝視して……結局、諦めたように溜息を吐いてしまう。

 

「二人が“受ける”なら、私も“受ける”よ?」

「……逞しくなったようで」

「コイツは今更だ」

 

 アオイの選択は変わらない。あの十問目は、アオイの望みも浮き彫りにした。

 

 マシロも、先程の試験には思うことがあったようだ。

 

「僕は、一生下忍でも構いやしませんよ。命懸けなのは今だってそうです」

 

 手で口元を覆い何か考え込んだかと思えば、腹を決めたように意思を口にする。

 

 きっぱりした言葉、いや宣言だ。アオイには潔さに映ったが、ヒノメは違ったらしい。

 

「お前は技能で買われる側じゃねェの?」

「……野暮なことを言わないでください」

 

 口調にはどこか緊張感が滲んでいる。

 

 マシロは、アオイ以上に真剣だ。しかし、ヒノメも茶化してなどいなかった。

 

「野暮で結構。良いもん持ってんだから活かせって話だよ、分かるだろ?」

「……」

 

 もう何度目か、廊下の角を曲がった時。マシロが遠くを見て首を振った。ちょうど、西日の眩しい頃合いだった。

 

 集団の歩みが廊下を抜け、校庭へと溢れ出す。

 

 そこには既に部下の様子を見に来た上忍達の姿があった。

 

 一際目を引くのは全身タイツと大きな身振りの男──ガイである。

 

 リーやテンテンが揃ってVサインを掲げれば、感極まった様子で全力のガッツポーズを返していた。

 

 ルーキーの担当上忍達はガイを横目に少し呆れながらも、部下の試験通過には安堵したようだ。

 

 ナルト達も、得意げに笑っていた。

 

 この場に他里の上忍は殆どいない。主催里ならではの光景だろうか。

 

「ふーん? ま、今のうちに精々喜んでおきなさい! 次で振り落としてやるから!!」

 

 アンコが振り返って受験者、そして上忍達の双方へ宣言する。通過の喜びと程よい緊張感が混ざりあう空気は、とても前向きだった。

 

 だが……

 

「──アンコさん、お待ちください! 

 

 その空気は、どうにも長続きはしないらしい。

 

 

 ───

 

 

 

 制服姿の中忍が、真っ直ぐアンコに駆け寄った。試験結果を報告しに行った筈の彼が、そのままとんぼ返りして来たらしい。

 

「ちょっと、何? 手短にね」

「ハイ! ……スケジュール変更の通達です。第二の試験の開始を、明日の午後からにするように──と……」

 

 持ち帰って来た連絡は、アンコの裁量を越えた決定だった。

 

「……ハァ……分かったわ、報告ありがと」

 

 伝令役に文句を付けても仕方ない。アンコは一度上忍達の方を睨んでから、改めて受験者達を見渡した。

 

「聞いての通りよ……明日の正午、またここに集合してもらうわ。遅れて来たらそのまま失格ね! ───じゃあ、解散!!」

 

 アンコは言葉とともに煙玉をぶちまけ、現れた時と同じ位の勢いで立ち去って行った。

 

 案内役兼説明役だった試験官が消えては、行く先など分からない。

 

 煙が晴れるまで、残された側はしばらく呆然としていたが、状況を飲み込んでからは当然不満の声があちこちから上がった。

 

 しかし、そんなどうしようもなさはたった一人の声で吹き飛んでしまう。

 

「そうか、ならちょうどいい……鍛錬の続きだ! お前達、行くぞォ!」

「ハイッ!」

 

 いち早く校門へダッシュしていく師弟の勢いは眩しかった。

 

「ちょっ、今から!?」

「……まあいい」

 

 テンテンやネジも呆れながら着いて行く。テンテンが振り返るのを手を振って見送る四班であった。

 

 ……目立ちたくない、とは何だったのか。

 

 三班の一抜けが合図だったように、他の受験者達もそれぞれの帰路に付いて行く。

 

 

 ───

 

 

 ガイ達の背中を見送ったナルトが、ふと後ろを向いた時……そこには誰もいなかった。

 

「どうかした?」

 

 サクラがつられたように振り返る。特に何もない。よく見慣れた、アカデミーの校庭だ。

 

「んーん、なんでもないってばよ!」

 

 “また明日ね

 

 ……結局幼馴染の姿は一度も見つからないままその日が終わり、第一の試験は幕を閉じたのであった。

 

 

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