NARUTO世界に転生したけど何か違う   作:野摸

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17 篩の底

 

 ヒノメが目を覚ました時、すでに周囲は暗かった。

 

 マシロもアオイも次の準備は万端らしく、寝ぼけている間ヒノメはずっと二人に甲斐甲斐しく世話をされていた。日頃からは想像できないほど素直で大人しい様子に、二人がつい半笑いになっていたとは知らない。

 

 そうして夜が更けた頃、腹ごしらえや打ち合わせもそこそこに、四班は活動を再開する。

 

 試験終了が差し迫った今夜。巻物獲得を果たすため、あちこちで受験者同士の衝突が起きる……そう踏んでいたヒノメだったが、どうも風向きは違った。

 

 “後手に回るのはやめよう”

 

 打ち合わせの中でアオイが提案し、それが夜間における四班の方針になった。

 

 積極的に喧嘩を売るまでもない。四班に用があるようなチームは、端から崖っぷちにいる。

 

 “救護が必要になるまでもなく、望みを断つ”

 

 ……誰も明言こそしないが、つまりは、すこぶる冷徹な処理に手を付けようとしていた。

 

 数日前までは嫌厭したであろう発想を、今では四班の皆が然程抵抗なく受け入れている。

 

 その何とも言えぬ世知辛さに、一人星空を仰ぐマシロであった。

 

 

 ───

 

 

 いつの間にか、木々の暗がりも輪郭が浮き上がり、奥行きが分かるようになってきた。確認するまでもない。遠くの方で太陽が顔を覗かせたのだろう。

 

 塔はもう目と鼻の先だ。“夜明けまで”の約束通り、ヒノメの仕事はここで引き上げとなる。

 

「──んで、どんだけ集まったんだ?」

 

 最後の仕上げと、背後を確認していたヒノメが呆れたように尋ねる。

 

 塔付近に受験者チームが集結していたこともあり、今夜の任務はそれはもう、捗った。

 

「全部で六本、ちゃんと使えるのは二対だね」

「すっかりコレクターだな……」 

 

 地の利と情報が共に揃う以上、優位は揺るぎようがない。仕掛けられた全ての戦闘を制し、回収した巻物を並べていくアオイの所業……夜間の仕事ぶりは目に焼き付いている。

 

 戦った中には一本も巻物を持たないチームも、自ら機会をふいにしたチームもいた。四班からすれば……よく、盤面の整った一夜であった。

 

「ヒノメ、もういいでしょう?」

 

 何時までも背後を気にしているヒノメに、マシロが待ったを掛ける。ヒノメの方も、一晩中働き通しだ。

 

「わーったって──ぅ……ッ」

 

 白眼を解いた途端、ヒノメが呻いて木に凭れかかる。酷い顰め面で眉を寄せ、目も開けていられない。

 

「肩貸しますよ」

 

 申し出に「そこまでじゃない」と返そうとして、ヒノメは口を噤む。

 

 そしてふと、笑った。

 

()()()、塔まで頼む」

「……ええ」

 

 霞む視界の中、マシロが瞠目したことにヒノメは気付かない。ヒノメの謝罪が意図するところを、マシロは知らない。

 

 並んで歩く二人の後ろを、アオイが背を守るように着いていく。

 

 自分の幼馴染や三班のことを思い、今一度前方を見上げれば──差し込む朝日が、塔の形をはっきりと照らし出していた。

 

 

 ───

 

 

 二人の気配が再び森に消えたのを確認し、ヒノメは隠れるように扉を潜る。

 

 そのまま、糸が切れたように崩れ落ちた。

 

「──っ、ハハ……!」

 

 もう周囲はろくに見えやしない。頭痛も吐き気も酷いものだ。

 

(ざまぁねェ……)

 

 それでも仄暗い達成感に口元は自然と歪み、喉奥が漏れる息で震えた。

 

 知っているだけの他人の記憶と、自分達が森で過ごした五日間の記憶……その両方が止め処なく溢れては塗り替わっていく。

 

 己の小心を自覚し、己の意思で“未来”を受け入れ、“現実”を容認した。仲間の存在は言い訳に過ぎず、後戻りは叶わない。

 

 可笑しい位、後悔は起こらなかった。

 

 知らぬ間に己の肩を抱き寄せ、言い知れぬ感覚に身を委ねていた。誰の目もないのをいいことに、誰にも見せられない顔で嗤う。

 

 どれだけの時間をそこで蹲っていただろう。あるいは、ほんの数秒だったかもしれない。

 

 ひとしきり息を吐き出してしまえば、ガランとした静寂の中にも人の気配があることに気付く。

 

(……そうだ、医務室行かねぇと……)

 

 ふらつく身体を今一度持ち上げ、ヒノメは這うように柱へと寄りかかった。脳裏に地図を描き、目当てまでの道のりに辟易する。

 

 頭上に掲げられていた文言を、思い出すことは無かった。

 

 

 ───

 

 

 塔内に設けられた医務室への道途中、中忍の誘導係とすれ違いそう経たぬ頃。

 

「ヒノメ!」

 

 壁伝いに廊下を行くヒノメへ、呼び止める声が掛かる。

 

「……イビキさん?」

「お前一人か? 他の二人はどうした?」

 

 イビキはヒノメの顔色を覗き込むように屈み、その反応の鈍りように思わず顔を顰めた。平静を装ってはいたが、矢継ぎ早の問い掛けには隠しきれない焦りが滲んでいる。

 

「二人はしっかり任務中。オレは白眼使い過ぎたから、先に休んでろって」

「らしいな……悪いが急ぎ話がある、医務室まで連れて行くぞ」

「わか──ッえ!?」

 

 ヒノメの足が宙を空振った。

 

 

 ───

 

 

「……ではこの件、中忍達にも通達してきます」

「うむ、よろしく頼む」

 

 コートを翻し去っていくイビキを見届け、三代目火影──猿飛ヒルゼンは紫煙と共に大きな息を吐いた。

 

大蛇丸(あやつ)の狙いはどこにある……)

 

 “私にとって肉体の寿命は短すぎる

 

 “──「不老不死の術」ですよ! 

 

 ヒルゼンの記憶に残る大蛇丸は……凄惨な人体実験の現場で、悪びれもせず佇んでいた姿である。

 

 他里の下忍に成り代わり、かつての教え子であるアンコをも己の意思表明の駒にする……その悪辣ぶりは健在であった。

 

「──それで? 次に打つ手は決まっているのか?」

 

 部屋の中央に鎮座する長椅子に腰掛け、イビキの報告を黙って聞いていた──志村ダンゾウが、悩ましげなヒルゼンに冷めた目を向ける。

 

「今考えておるところじゃ、そう急かすな」

「フン……考えるまでも無いだろう」

 

 大蛇丸本人が口にしたという言葉から、うちは一族の血統へ強い関心を抱いているのは確かだ。

 

 問題は“うちは一族の血を引く少年”に該当する下忍が二人いることだが……

 

「奴が中忍試験という場に価値を見出しているなら、こちらもその場を利用するまでだ。どちらにせよ“確認”は必要なのだからな」

「……何が言いたい?」

 

 ダンゾウの視線が、何かを探すように窓の外を向いた。

 

「もう一人を使え。正午には戻ってくる筈だ」

「! ……餌にする気か?」

「それは今更だろう。なに、そう悪い話でもあるまい」

「しかし……」

 

 ヒルゼンの非難めいた呻きは意に介さず、ダンゾウは静かに立ち上がり部屋を出て行こうとする。

 

「待て、まだワシは──」

「ヒルゼン」

 

 歩みを止め、ダンゾウが半歩だけ振り返った。

 

「既に非常事態となった以上選り好みは出来ん……()()後手に回るなど、ワシは御免だ」

「……」

「念の為、部下に森を巡回させておく。何かあれば報告が上がるだろう」

 

 それだけ言い残し、今度こそダンゾウは部屋を出て行った。ヒルゼンの深い溜息が霧散し、室内を重い静寂が覆う。 

 

(マスミの子を、あやつが欲しがるかどうか……)

 

 ヒノメ曰く、四班に接触した痕跡はない。そして大蛇丸が第二の試験初日に現れ、その目論見をアンコへ伝えたことを思えば……うちはサスケをより重視しているのは窺える。

 

(……結局、あやつがどこまで知っておるかじゃ)

 

 美空マシロに興味を示さないと分かれば、それは僥倖だ。だがもし()()()()()()()()──

 

 指先が、またパイプに触れた。

 

 全貌も見えぬ“最悪”を回避したいばかりに、足元がお座なりになってしまう。何度危機を越えようと、いつだって抜けや漏れを無くす事は叶わなかった。

 

 ヒルゼンの手が、今度はすっかり馴染みとなった笠に伸びる。

 

「……スバルを遣いにやったのは早計じゃったのォ」

 

 溢れた呟きに応える者も今はいない。ヒルゼンの腹は決まり……残すところは、“機”を待つばかりであった。

 

 

 ───

 

 

 印を組む腕を模した巨像が、場を治めるように壁面一つを占めていた。その像を背に、三代目火影が壇上から全体を見渡している。

 

 太陽が真上を過ぎた頃の塔内部。その開けた会場では何十人もの上忍達が勢揃いし、皆一様に様子見の空気を醸し出していた。

 

 “部下の合否は、他勢力の仕上がりは? ”

 

 何を探ろうにも、まずは確かな情報が要る。

 

 上がった報告を書き付け、名簿を捲る手は淀み無く。そうやってイビキが発表する内容を取りまとめる傍ら、この場で二人だけの下忍アオイとマシロは、なんとも居心地悪そうにその身を寄せ合っている。

 

 一方、第二の試験の担当であった筈のアンコの姿はない。

 

 最初に違和感を拾ったのは、十班の担当上忍である夕日紅だった。

 

 八班の猿飛アスマに小さく目配せを送るも、アスマは気付いているのかいないのか、イビキを睨むように見据えたままでいる。

 

 アスマの隣にいるカカシの方が反応し、首を振る。“知っているが、今話す気は無い”と言ったところか。

 

(何か、あったのね)

 

 出そうになった溜息を呑み込み、紅が意識を前方へ戻し暫く。

 

 ──名簿が二つの束に分かたれた。イビキの方で情報が出揃ったらしい。

 

「では、発表する」

 

 既に試験通過の確認されたチームから、続々と上忍の名前が呼ばれていく。

 

 紅やガイの名は早々に呼ばれ、片や安堵に片や満足げに表情を緩めた。

 

 しかし、周りはそうもいかない。

 

 死傷者を出したチーム、出さぬまでも脱落が確定しているチーム……それが分かって、あからさまに取り乱す者はいない。だが例え上忍であろうと、部下の状況に少なからず動揺を見せていた。

 

「──以上。この時点で合否不明のチームは、試験終了後改めて発表させてもらう」

 

 続いてイビキは、用の済んだ上忍達へ向け退場を促す。

 

 中忍の部下に数枚の資料を預けその後の案内を託し、ガイ達には別室に控える部下の居所を教え、大人数を粛々と捌いていく。

 

 大半は苦々しい顔で、そそくさとどこか足早にその場を後にする。

 

 立ち去る前、ガイはアオイ達に一度笑いかけ、紅も控えめにそちらを振り返った。下忍にしては落ち着いて、しっかりしているらしい。

 

 その様子に一先ず変わった所はない。紅は気を取り直し、ガイの背中を押すように、また自分も部下を労いに向かうのだった。

 

 

 ───

 

 

 イビキにより首尾良く人の捌けた会場だが、それでも未だ合否不明チームの上忍が数名、そして既に名前を呼ばれたにも関わらず、その場から動かない上忍も数名、居残っている。

 

 その多くは他里の者であるものの、中にはアスマとカカシの姿もあった。

 

 人数が減ったとはいえ、各々様子見の態度は変わらず……いや、むしろ先程より探り合いの緊張は高まっている。

 

(チッ、まだ多いな……)

 

 アスマが何となしを装い周りを伺う隣で、カカシの方は視線だけやって人数を確認したきり、意識は既にある一点へと集中していた。

 

 この二人は名前を呼ばれずの居残りである。しかし、部下の試験通過については事前にイビキから知らされている。その事実は掛け値なしに喜ばしい。

 

 問題は、同時に聞かされた──手配書S級の抜け忍・大蛇丸出現の通達だ。

 

 里に出現しただけでも戒厳令ものだと言うのに、ことの発覚が中忍試験の真っ只中。それもうちはの少年を欲し、そのために試験続行を強要してきたという。

 

 この時点で看過出来るものではないが、大蛇丸ほどの男が人材だけを目的にするとは到底思えない。

 

 教え子の試験に水を差された苛立ちもさることながら、陰謀の全容が見えないまま、潜り込んだ脅威を警戒しなくてはならないのも鬱陶しい。それに──

 

『何でまた、オレまで呼び出した?』

『三代目のお達しだからな……お前だからこそだろう』

 

 蘇った言葉に、アスマはまた内心で舌打ちを溢した。

 

(……ん?)

 

 しかしふいに、目に付いたものが意識をさらう。アスマがその違和感を形にしようと首を捻っていれば、隣のカカシから怪訝そうな声が掛かる。

 

「何唸ってんの」

「いやアイツ──」

 

 言葉は続かない。

 

 ちょうど、三代目火影が咳払いで場の注意を引いたのだ。アスマは仕方なしに先を示そうとした顎を引っ込めた。

 

「美空マシロ、水戸門アオイの両名は前へ」 

 

 壁際にちんまり並んでいた下忍達がパッと顔を上げる。青髪の方が分かりやすく驚いていた。だがそれも一瞬のことで、いかにも厳めしく呼ぶ声と視線に、促されるまま壇の前へ吸い寄せられて行く。

 

 三人一組(スリーマンセル)のチームでもなく、何の説明もなしにそこにいた場違いな下忍達。当然誰もが違和感として把握していた。

 

 そのことは本人らも分かっているのだろう。動きは控え目だが足早でぎこちない。

 

 会場中の注目を浴びる下忍を壇上から見比べ、三代目火影は小さく頷いた。

 

「“二人とも、任務ご苦労”……と言いたいところじゃが。最後に一つ、確かめたいことがあってのォ」

 

 眼前の子らへ語りかけるような口調で、その実会場の全員に聞かせるように声を発する。

 

「“曲がりなりにも試験中の森で五日間を生き残ったお前達は、その他のチームに比肩しうるか? ”とな」

 

「──それを今、この場で測ろうと思う」

 

 つまり、試験外で執り行なう模擬戦のお達しだった。「だったら最初から受験させておけ」と、アスマは喉元まで言葉が出掛かる。何とも陰気で、まどろっこしい。

 

(……そういうことかよ)

 

 どうもアスマは、スバルの代理としてここに置かれたらしかった。

 

 下忍達が会場中央で対面するのを合図に、残っていた上忍達はニ階ギャラリーに移り見物の構えだ。他と同じように欄干に寄りかかり、アスマはどこか懐かしく思いながら階下を見下ろす。

 

 本音を言えば、アスマは期待していたのだ。かつて通った、自分達の中忍試験と同じ空気を。今度は担当上忍の立場で笑っていられることを。

 

 しかしまあ、現実は違った。

 

 下忍達は階下で小さく何か言葉を交わしている。容貌を見ても兄妹だとはにわかに信じ難い。噂だけなら水戸門アオイの方が出来るようだが、美空マシロも忍術の才覚は認められているという。

 

 ……所詮スバルを介さぬ情報だ。どこまで真に受けたものか。

 

「興味がないって言ったら嘘になる、が……」

 

 カカシの呟きの先は考えないようにした。これ以上の面倒ごとは御免こうむる。

 

 ちょうど向かいに立った兄の方が、マスクを触りながら何か考え込んでいた。だがそれもすぐに終わり、アスマの内心も知らず、そいつはどこかリラックスしたように正面に立つ妹へと向き直る。

 

 シカマル達と一期違うだけで、随分大人びているのかと思っていた。だが──

 

 行儀よく忍組手の構えを取る双方の間に、僅かな緊張が走る。

 

(……勘弁してくれ)

 

 出来れば見間違えか、何も気付かぬままでおりたかった。

 

 そいつの静かな振る舞いの芯にあったのは……聞いていたのとは裏腹な、真っ暗闇の眼差しであった。

 




※今回の投稿を機に、作品内容に合わせタグを整理しました。
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