NARUTO世界に転生したけど何か違う   作:野摸

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18 瑕

 

 アオイは、三代目火影の意図を量りあぐねていた。“試験中に抜け忍・大蛇丸が現れ、そのせいでアンコが倒れた”……と、イビキから通達されたばかりだった。

 

 里中で要警戒の状況なのではなかったか? 

 

 何故下忍二人にこんな場を設ける? 

 

 何を目的にしている? 

 

「……私達同士で試合をせよ、ということですか? 今から?」

「そうじゃな。後の予選同様ルールは設けず、お前達の思うようにやってみるとよい」

 

 三代目は言葉を続けない。既に伝えるべきことは伝えたとでもいうように、アオイ達を見下ろしている。

 

 隣のマシロが小さく息を吐く。

 

「承知しました。精一杯、頑張らせていただきます」

「!」

 

 聞こえたのはあっさりとした了承だった。アオイは話を呑み込みきれず、思わずマシロの横顔を凝視してしまう。そんなアオイの困惑に気付いてもマシロは宥めるように笑うばかりだ。

 

「……乗り気なの?」

「ええ、折角の機会ですから。どうかアオイも“本気”で相手してくれませんか?」

 

 言葉の意味を咀嚼するうちに会場の空気も、目の前の三代目の存在さえも遠のく感覚があった。いつになく積極的なマシロの様子に、意識が強く囚われる。

 

「体術での対戦なんてどうでしょう?」

 

 再び提案が重なった。アオイの鈍い反応に、マシロは困ったように首を傾げている。

 

「……」 

 

 マシロは戦いたいと言う……なら、自分は? 

 

「駄目ですか?」

 

 何か答えなくては話が進まない。断る理由も、無い。

 

「……分かった。マシロがそれでいいのなら」

 

 結局、アオイが口にしたのはそんな言葉だった。

 

「ありがとうございます……実は、ずっと忍組手に憧れてまして」

「そっかぁ」

 

 その場で相対する二人を他所に、上忍達はギャラリーへと上がって行き、階下へいくつもの視線が注がれる。その気配に、見えない檻を隔てたような錯覚すら覚えた。

 

「……私はこういうのちょっと苦手かな」

 

 無論、内側に入れられているのは自分達の方だ。

 

 向かいのマシロは、マスクを触りながら何か思案している。いつかの戦略を組み立てている時の雰囲気に思えた、が……

 

「でしたら──この対戦中、僕を仲間と思わなくて結構ですよ」

「え?」

 

 マシロが対立の印を結び、構えを取る。アオイも釣られて同じように構え、マシロを見据える。

 

 知っている相手はそこにいなかった。いや、知らないふりをしていた。

 

 “……僕の目、今どうなってます? 

 

 “マシロだが……最近どことなく雰囲気変わってないか? やけに強気になった、ていうか

 

 この期に及びようやっと、アオイはマシロの言う“本気”の意味を理解した。

 

(私、は……)

 

 遅れてきた自分の気持ちが心を締め上げる……この場に望むものなんて、何も無かった。

 

 

 ───

 

 

「……それでは──始め!」

 

 三代目の合図と同時に、アオイは反射的に後方へと飛び退っていた。マシロは何もせず、その様子をじっと観察している。明らかに不満そうだ。

 

「あなたの方が強いのに、随分及び腰ですね」

「これだって私の“本気”だから」

 

 かつての演習でも実戦でも、結局マシロの雷遁の術が決定打だった。人目のある中、写輪眼こそ使わないだろうが、無くたって安易に近付けやしない。

 

 ──“いっそ不満ぶち撒けるのも……

 

 いよいよ見限られたか、という不安に血の気の引く感覚がする。仲間として背中を預けるならともかく……仲間でないマシロを相手にするのは、はっきり言って、怖い。

 

 マシロが床を蹴り、距離を詰める……が、アオイも同じだけ離れて間合いは変わらない。回り込み壁際へ寄せればその壁を蹴って翻り、アオイはまた場の中央へ戻ってしまう。

 

「これでは組手になりませんよ」

「……鍛錬なら歓迎だったんだけどな」

 

 三代目はルール無用と、マシロは体術で戦おうと言った。そしてマシロの本気とは……きっと何か、()()()()()を置き去りにすること。

 

 怖いからと言って、いつまでも同じ場所で鬼ごっこする訳にもいかなかった。だからこそ確かめなくては。 

 

「マシロは、何でそんなにやる気なの? ──潰し合いが、したいの?」

 

 アオイの問い掛けに、マシロは意外そうにして大きく首を振った。

 

「潰す? ……いいえ。僕は、真っ向勝負でどこまで通用するのか、確かめたいだけです!」

 

 声を精一杯響かせたその言葉は、確かにマシロの本心のようだった……それ故に解せない。

 

「どうして、体術を指定したの?」

 

 これまでの鍛錬でも、マシロが組手に参加したことは一度も無かった。精力的に打ち込んで来たマシロの本領は、どう考えても“忍術”だ。

 

 アオイの率直な疑問に、マシロは力無く笑う。

 

()()()()()と言ったでしょう……それでは、理由になりませんか?」

「!」

 

 理屈じゃない。積み重ねてきた研鑽の裏にあった思いが、得手不得手の括りで割り切れなかった感情が、この機会に姿を現しただけ。

 

「……ううん、十分だよ」

 

 もしかしたら、自分はマシロを傷付けるかもしれない。マシロの心を酷く踏みにじるかも──

 

(違う。私は、そんな殊勝な人間じゃない)

 

 古い記憶が脳裏を過ぎる。アオイはそれ以上考えるのを止めた。勝手に疑い、勝手に根負けした気分だった。

 

「じゃあ、雷遁は使わないってことでいい?」

「まさかソレを警戒して……ああでも、使いはします」

「やっぱり──」

「ですがご心配なく」

 

 壁際に立っていたはずの、マシロの姿が掻き消える。

 

「ッ!?」

 

 次の瞬間、もう目前にいた。空気の揺れが遅れて伝わる。

 

「感電なんてさせません。そんなつまらないことは、したくないので」

「……!」

 

 決して侮ったつもりはないが……相手は、想定以上の好敵手らしい。

 

 驚きと同時に、アオイの口元には笑みが浮かんでいた。マシロはその顔に気付き……また、笑いかけて見せるのだった。

 

 

 ───

 

 

 見合って刹那、初動を仕掛けたのはマシロだ。速い踏み込み、からの鋭い拳がアオイ目掛けて振り抜かれる。

 

 ──バチィ! 

 

 鞭打つような音を立て、その拳は顔の真横でアオイの掌に収まった。端から当てるつもりのない一撃だ。受け止められたマシロの方が驚いている。

 

「今度は避けないんですね?」

「わざとなのは見えてるよ」

「成る程──くッ! ……」

 

 アオイが掴む手を引き込み、そのまま、マシロの片足を蹴り払う。前転で受け身を取るしかないマシロに体勢を整える間も与えず、アオイは蹴りで追撃を仕掛けた。

 

 腕のガードはなんとか間に合っていた。しかし圧倒的に踏ん張りが足りない。 

 

 マシロの身体が慣性を殺せず床を転がる。その勢いを利用し、更に飛び下がり距離を取った。自分の方を向いて佇むアオイを睨め上げながら、マシロは次を警戒しつつ立ち上がる。

 

「……力加減なんて考えてる場合じゃないか」

 

 分かっていた筈だ。その華奢な見かけを侮ったが最後、油断を刈り取られた受験者がどれだけいたか……

 

 アオイが首を傾げる。

 

「さっきの勢いはどうしたの?」

 

 声からはもうすっかり温度が引いていた。研ぎ澄まされた気配から伝わる緊張感は“本気”のソレだ。

 

「まだまだ、これからです!」

 

 瞬間的な加速で、アオイの興味を引き出すのは成功した。マシロにとって本番はここからだった。

 

(僕は……僕にとって君は……)

 

 その答えが見つかることを願いながら、マシロは不要な思考を一つずつ手放していく。そうして、全身に巡るチャクラの感覚に身を委ねるのだった。

 

 

 ───

 

 

(あらあら、いかにも温室育ちってところね)

 

 ……冷めた態度で壁に凭れる音の上忍は、分かりやすく関心が薄かった。

 

 

 ───

 

 

 いつぶりだろう、組手が楽しいと思えたのは。

 

 チャクラコントロールが回り始めた途端、マシロの動きは格段に良くなった。 

 

 速い上に、一発一発が重い。緩急でこちらを惑わす駆け引きすら覚え始めている。アオイが攻勢を仕掛けに寄っても怯むどころか、反撃を返す気満々だった。

 

 アオイは今、自分がどんな顔をしているかも分からない。視線はずっとマシロだけを追っていた。目を離すのが惜しい程、マシロの動きはみるみる内に洗練されていく。

 

 攻防中の節々に既視感は覚えたが、この模擬戦で写輪眼は一度も使われていない……つまり学習能力は、マシロ持ち前のもの。

 

(見ただけでこれなら、鍛錬したら……!)

 

 内心の昂揚を自覚していたアオイだが、ふとマシロの何とも言えない眼差しに気が付いた。これは、呆れられている……? 

 

「マシロ?」

「……いえ。楽しそうで、何より……」

 

 マシロがマスクを外し大きく息を吐く。よく見れば、かなり汗ばんでいるのが分かる。

 

「僕も楽しかった、です」

「……そろそろ終わりにする?」

 

 アオイは、そこでようやく三代目の指令で始まった模擬戦であることを思い出していた。体感では何分経過しているのかも分からない。

 

「そうですね……最後にもう少しだけ、お付き合い頂けますか?」

「うん」

 

 その時だった。

 

 ──ェ、ヒュ……

 

「……?」

 

 微かに、音が聞こえた。耳を澄ますが、アオイに音の出処は掴めない。

 

(空耳……?)

 

 向かいのマシロは変わらぬ様子で、既に自らのチャクラコントロールに意識を集中させている。細部まで神経を行き届かせる技巧。その繊細さは……どこか儀式のようですらあった。

 

「──行きます」

 

 ほどなくして、最後の調整が終わり、空気が再び緊張を取り戻す。

 

 どちらかの吐息が合図だったかのように、双方は同時に走り出していた。

 

 二人にはもう互いしか見えていない。警戒も恐怖も、取り巻く全てが置き去りになって行く。

 

 

 ───

 

 

 下忍達の攻防が一段と鋭さを増した。

 

 先程までの対戦は、長めのウォーミングアップとでも言うべきか……模擬戦としては目に余る、予定調和の演目のようであった。それが今ようやく、見られるものとして成立し始めている。しかし──

 

「マシロの方……悪くは無いが、どうにもチグハグだな。体力に見合った動きじゃねェ」

 

 二階ギャラリーの上忍達は、各々の評定を下すだけだ。

 

 対戦前の嫌な目付きが気になり、美空マシロを注視していたアスマだが、どうにも手放しで褒める言葉は見つからなかった。アイツは歪だと、勘が騒ぎ続けている。

 

「どーも“らしくない”のは最初からとして……」

 

 言いながら、カカシは目を細めてマシロを見下ろす。

 

 元から実力者であるアオイと、卓越したチャクラコントロールでアオイに追い縋るマシロ。受け流しを多用するあたり、どちらの下忍にもスバルの影響が透けて取れる。しかし妙だ。

 

 アスマの言うように、今この場のマシロは、本来の身体能力から明らかに逸脱した戦い方をしている。そんな不安定な状態を、あの計算ずくのスバルが肯定するとは思えない。

 

(まさか……見様見真似、か?)

 

 写輪眼による学習なら、それは可能だ。

 

「……ま、今のままどこまでやれるかな」

 

 マシロについての分析が一段落したところで、次に気掛かりなのはアオイの方だ。始めの警戒っぷりは何処へやら。マシロのキレが増す度に戦闘にのめり込んで行っているように思える。

 

(水を得た魚だな、ありゃ……)

 

 こちらも、中々癖のある性質(タチ)らしい。これ以上仕上がってくれるなよ……などと思いながら、カカシは一端のくノ一に近付く子供の様子を眺めていた。

 

 

 ───

 

 

 そして、気配は音もなく近付く。

 

「──うちの部下に受験資格は無い筈よ。これはどういう状況?」

「ンなもん、見たままだ……ったく、遅ェぞ」

 

 隣に女上忍……むつらスバルその人が並び、アスマは一つ肩の荷が降りたような心地であった。スバルは階下に目を向け珍しく眉を寄せている。よく見れば、あの厚化粧が見当たらない。

 

「マシロくん、明らか様子変だけどあっちが素だったりする訳?」

「半々」

「……」

 

 いつも以上に無愛想で端的な返答に、カカシは彼女の内心を探るのは止めた。

 

 当のスバルは、下忍達そのものを見ている訳では無いらしい。その目は階下を見下ろしこそすれ、どこか一点に向けられたものではないようだ。

 

 カカシが再び視線を戻した時、ちょうどマシロがアオイへ仕掛けに行くところだった。いい加減疲労の色が濃くなって、身のこなしは随分大味になっている。まだ余裕の見えるアオイは、正面から迎え撃とうと構えていた。

 

 が、しかし……

 

 急にアオイが後ろに引いてマシロから距離を取る。表情は、驚愕に染まっていた。対するマシロは、当然のようにアオイを追うだけだ。

 

「もう止めだよ! じゃなきゃ……──マシロ!」

 

 嫌々と首を振るアオイの、悲鳴じみた声が響く。何が起きたと欄干から身を乗り出せば、その異音ははっきりと耳に付いた。

 

 ──ゼェー、ヒュ……ゼェ──

 

 マシロが肩を上下させる度に鳴るその異音は、本能的な忌避感を呼び起こすものだった。

 

「……喘鳴?」

 

 アオイは突然の出来事に戸惑い逃避するばかりで、マシロは呼吸もままならず倒れる寸前だ。既に模擬戦は成立していない。

 

「これもいい機会かしら」

「いや、それは呑気過ぎでしょ」

 

 零した言葉をカカシに詰られ、ようやくスバルは顔を上げる。想定より更に無表情の能面だった。これならいっそ嘆くなり憤るなりしていてくれた方がマシである。

 

 両脇の空気は意に介さず、アスマはただ下忍の動向を注視する。

 

「……で、ありゃ何だ?」

「殆ど生まれつきの持病。許容範囲は伸びた方よ」

「成る程な」

 

 スバルにとって想定内と分かれば、見方も変わるというもの。弱い兄と、強い妹。拗れるのも頷ける。

 

 マシロが遂に膝を折り、その場に崩れ落ちた。アオイももう、この状況に潰れかけだ。

 

 そんな中で興味を無くしたように眼鏡の男が一人、会場を後にする。

 

「せめて時と場所を選んで貰いてぇもんだが」

「全く」

 

 教え子達の苦しむ姿を視界に収めながらも、スバルの意識はその男の気配を追っていた。

 

「取り敢えず、大蛇丸の狙いはマシロでは無さそうね。御愁傷様」

「お前本当さァ……」

 

 ……前途多難なのは確実だ。どう対処したものか。

 

 

 ───

 

 

 一方ギャラリー向かいでは、そんな話を交わすカカシ達の様子を、軽く欠伸を堪えながら観察する音の上忍の姿があったという。

 

 

 ───

 

 

 眼前に映る光景に理解が追い付かなかった。

 

 マシロはまだ立ち上がろうと上体を支えている。だが努力も虚しく、その身体はくの字に崩れ落ちてしまった。アオイは我に返り咄嗟に駆け寄ろうとする。だが……

 

「ッ!? 何で……」

 

 苦痛に喘ぎながらも、マシロは躊躇なくホルダーに手を伸ばし、アオイ目掛けてクナイを投げ付けた。その鬼気迫る剣幕に思わず気圧されてしまう。

 

 それでも──例え拒絶されようとも、構っていられない。最早考える前にアオイが足を進めようとした時だった。

 

「今のそいつは仲間じゃないよ」

 

 背後から、声が掛かる。紛れもなくマシロの声だった。恐る恐る振り返れば、そこには平然とした様子のマシロがいる。胸騒ぎを煽る喘鳴は、今も聞こえ続けていた。

 

(まさ、か……)

 

 足元にクナイは見当たらない……クナイに扮していた方のマシロに、背後を取られていた。

 

「僕はまだ戦えるけど、どうする?」

 

 驚きに凍り付くアオイに、マシロはあくまで穏やかに問い掛けた。

 

「……ッ、……」

 

 アオイが返答に窮する間、おそらく影分身の方が苦しむ本体のマシロを見下ろす。その冷ややかな態度と他人事のような口振りに……アオイは、マシロが何を切り捨てようとしていたのかを悟ってしまった。

 

 ふ、と脱力し、アオイがゆっくりと影分身に向き直る。そして両手を挙げて見せた。

 

「……参り、ました」

 

 もっと他に言いたい事はある筈だった。しかし今は何も思い付かない。

 

「──そこまで!」

 

 影分身が反応を返すより早く、三代目の鋭い声が飛び終了の号令が掛かる。一瞬場が静まり返った後……誰かが救急班を呼びに行く声が慌ただしく響いていた。

 

 

 ───

 

 

「気は済んだ?」

「!」

 

 気が付けば、スバルが傍らに立っていた。スバルはアオイの方を一度覗き込んだものの、すぐに足元へ視線を落としてしまう。

 

「まあそれなりに……戻っていらしたんですね」

 

 そうやって本体の代わりに応える影分身には反応せず、スバルはその場に屈んで本体の方のマシロを注視していた。マシロは特に反応せず蹲ったままだ。

 

 彼の日頃身に付けているボディバッグには、吸入薬が携帯されている筈だった。しかし本人にそれを取り出す様子がない。

 

「先生、私……」

 

 狼狽えて言葉の出ないアオイに、スバルははっきりと首を振る。

 

「今は専門家に任せましょうか」

 

 ちょうど救急班のスタッフが、担架を抱えて駆け付けてくるところだった。そうして手際よく容態確認が行われるのを見届けると、スバルは次に影分身に目を向けながら、しかし本体に命じる。

 

「影分身は残していきなさい。アオイと一緒にイビキの指示に従うこと」

 

 影分身は黙って頷いた。本体の自分を世話する者達に頭を下げ、スタスタとイビキの方へ歩いて行ってしまう。

 

 アオイはその背中を目で追うものの、ついては行かなかった。スバルはそんなアオイの肩を叩く。

 

「アオイ」

「……」

「全部終わったら、皆で帰っておいで」

「……っ、うん!」

 

 最後にトン、と背中を押し、アオイが駆け出して行くのを見送った。

 

「──して、スバル。頼んだものは?」

「完了しております」

「……そうか。ご苦労じゃった」

「……」

 

 三代目の労いに軽く一礼し、スバルはスタッフに運ばれて行くマシロを追う。そのまま会場を出て行くかと思えば、一度足を止めてギャラリーの方を振り返った。しかしそれも一瞬のことで、今度こそスバルは会場を後にする。

 

 視線の先にいたそいつは「子守ご苦労様」と言わんばかりに薄ら笑いを浮かべていた。

 

「……あの馬鹿は相変わらずだな」

「……」

 

 停滞していたものが、否応無く呑まれ流される。それが吉と出るか凶と出るのか、今の段階で判別することは叶わなかった。

 

 

 ───

 

 

「──ん、……ぁ?」

 

 久しぶりによく寝た、という感覚があった。

 

 頭はまだ重く、目を開けても周りはぼやけてよく見えない。自分が簡易なベッドに寝ていた事は分かった。寝る前に何をしていたのだったか……ヒノメは、米神を抑えながら一人記憶を辿る。

 

 そうだ。マシロ達と別れ、塔内を歩き、イビキにここ仮眠室まで連行され、聞き取りをされて……

 

(ああ、そのまま寝たんだったか……って──)

 

 ザッと室内を見渡し時計を探す。今は何時だ? 

 

 輪郭の境も怪しい中、目を凝らし、ヒノメは備え付けの棚の上に小さな置時計を見付けた。苦労して近寄り、時刻を確認すれば……既に午後二時半を過ぎている。

 

「アイツら、今どこに……」

 

 四班に課された任務は正午までとされていた筈だ。事後処理に時間がかかったとして、それでも、雑用の下忍二人ならとっくに戻って来て良い頃合いだった。

 

 動いて探しに行くべきか、入れ違いを避ける為に待機するかで躊躇する。今は重い体を引き摺って行くことも億劫だった。

 

 ベッドの端に腰掛けて淡々と進んでいく時計を睨みつける。

 

 じっと耳を澄ませても、付近に歩いてくる人間の気配は一向にない。

 

(──まさか、会場か?)

 

 どちらにせよ人はいる筈だ、と……長針が半分回った頃、痺れを切らしたヒノメは、結局仮眠室を抜け出してしまうのだった。

 

 

 ───

 

 

 フラフラとした足取りで壁を頼りに廊下を行く。

 

 予選会場の位置は分かるが、仮眠室からの道のりは少しあやふやだ。あまりの不便さに嫌でも日頃の視力頼りを自覚する。

 

 マシロかアオイか。いっそ中忍の誰でもいい。すれ違わないか……そう考える途中、ヒノメはふと足を止める。

 

 角を曲がった先に誰かいた。ぼやけた視界でも分かる。そいつはチームメイトでも木ノ葉の中忍などでもない。

 

(……しまった)

 

 あれだけ警戒していたくせに。すっかり失念していた。会場から離れたそいつは、この時間は悠々と単独行動をしているのではなかったか。

 

「へぇ。随分消耗しているようだね」

 

 ちょうどヒノメの行く手を遮るように、薬師カブトがこちらを見下ろしていた。

 

 焦るな。構うな。乗せられるな。

 

「……お構いなく。そこ通りたいから退いてくんない?」

「つれないな。森で話せなかった分、少し付き合ってくれてもいいんじゃないかい?」

「知らねぇよ」

 

 カブトの口振りでは、筆記試験の開始前には既に目を付けられていたことになる。 こちらの警戒は筒抜けであったらしい。

 

 カブトは確信を持って口を開く。

 

「いいや。よく知っているだろう、“日向の才媛”さん?」

 

 サイエン。その聞き馴染みのない呼び方にヒノメは心から反応に困った。

 

 どこから出た情報なのか、誰がそんな評価を下したのか。カブトが揺さぶりに適当な事を言っているのか。

 

「……アンタが何言ってんのか本当に分かんないんだけど」

「ハハ、惚けるのが上手いね」

 

 ヒノメの困惑は本物であったが、カブトにそんな事は関係無い。

 

 潜伏していた自分にいち早く疑惑を向けてきた下忍。そして自分と同様、目立たない振る舞いをし、追跡を許さぬ徹底した警戒ぶり……それだけでも興味が湧くというもの。

 

 探った末に、一体何が出て来るのだろうか。

 

「こんな所で立ち話もなんだし、場所を移さないかい?」

「……」

 

 ジリジリと後ずさるヒノメを観察しながらも、カブトは廊下の奥から近付く気配に気付いていた。十中八九、特に何の警戒もしていない中忍のものだ。

 

 そいつを上手く丸め込み、案内された医務室でヒノメへ探りを入れてやろうと画策する。が──

 

「!?」

「グエッ」

 

 雑に襟首を掴まれ、ヒノメの身体が後ろへよろけた。

 

「どこほっつき歩いてんだこのクソガキ! 手間かけさせやがって……」

「!」

 

 ヒノメは自分の耳を疑い、慌てて背後を窺う。特徴的な淡い色の髪は確かによく知っていた。

 

「な……何でアンタがここにいんだよ!?」

 

 そこにいたのは、ヒノメ達の“元”担任ミズキだった。

 

(……どうなっている?)

 

 現れた想定外の人物にカブトも驚きを隠せず、即座に様子見の姿勢へと切り替える。カブトが状況を見定める傍ら、ヒノメは中途半端な体勢で冷や汗が止まらなかった。

 

 どちらもロクでもない輩だ。どちらがまだマシか、程度の問題でしかない。前門の虎に後門の狼だ。

 

「どう転べば助かる?」とヒノメが成り行きに神経を尖らせている中、混乱の元たるミズキはヒノメの疑問には答えず、涼しい顔でカブトへと向き直る。

 

「──お前、受験者か? 何故ここにいる? 試験はどうした?」

 

 警戒するのが馬鹿らしい程、普通の問いかけだ。いっそ場違いですらあった。

 

「……ええと、僕ですか? 実は棄権してきた所なんです。それで医務室の場所をその子に教えてもらおうと思って」

 

 しかし腐っても相手は元アカデミー教師だ。なるべく自然に、特徴なく映るよう、カブトはすぐさま自身の振る舞いを調整する。己の偽の経歴をこんな木っ端に気取られるようではスパイの名折れである。

 

 そんな計算を知ってか知らずか、ミズキはカブトの言い分には特に突っ込まない。そして何の拘りもなく空いた方の手で廊下の向こうを指し示した。

 

「だったら、曲がった先の突き当りだ。オレはコイツに用があるので、これで失礼する」

「アハハ、お疲れ様です」

 

 あくまで助かったと、にこやかに。カブトはことを荒立てず、この場は大人しく下がることに決めた。興味の対象を逃すことは残念に思うが、仕方ない。そうして首根っこを掴まれたままの無様なヒノメを笑顔で見送る。

 

「……っ、」

 

(何だこの状況……!)

 

 ひらひらと自分に手を振るカブトを睨み付けながら……ヒノメは半ば無抵抗に、元来た道を引き摺られて行くのだった。

 

 

 ───

 

 

「おい、歩きにくいんだって! 引っ張んな!」

 

 口では抗いつつも、最初は大人しく引き摺られていたヒノメだった。しかし足が縺れ転びそうになっては、無理やり襟首ごと持ち上げられての繰り返しで、とうとうその我慢にも限界が来た。

 

「もう放せよ……放せって言ってンだろーが!」

「!」

 

 ヒノメはチャクラによる吸着でグッと床に足を留め、すかさず八卦空掌を構える。狙うは自分の襟首を掴む腕……の筈だったが、空掌が炸裂するよりも速く、ミズキはパッとその手を引っ込めてしまった。

 

 標的が無くなり、ヒノメは思わず舌打ちを零す。

 

「この……! 名門が聞いて呆れるな。助けてやったんだぞ、礼儀はどうした?」

「相手が見知らぬ不審者から見知った不審者に変わっただけなんだッつーの!」

 

 肩で息をしながらミズキを睨みつけるヒノメだったが、ふと気付く。

 

「ちょっと待て、アンタ今……“助けた”って言った?」

 

 自分で不審者呼ばわりしたくせに、言葉一つで警戒を緩める辺り、妙な素直さがある。そんな間の抜けた元教え子の様子にミズキは鼻を鳴らし、呆れたように肩を竦める。その仕草がまたヒノメの癪に障った。

 

「……」

「何だ、余計な世話だったか?」

「余計も何も……あー、クソ! マジで意味わかんねェ……!」

 

 止めどない疑問や言葉が渋滞を起こし、ヒノメは苛立ちに頭を抱え、髪を掻き毟る。この男が教師時代は品行方正な“普通の担任”であったことなどすっかり忘れていた。

 

「お前……昔の方が利口そうだったのにな」

 

 そしてミズキはと言えば、子供を見下ろしながらしみじみと火に油を注ぐようなことを宣う。

 

「うるっさい! そもそも、誰のせいだと思って……」

 

 ヒノメも分かっている。この男と言い合いをしている場合ではない。そこまで分かっているのに、苛立ちが治まらない。ヒノメは熱を払うように頭を振り、激情を遮断すべく、一瞬息を止める。

 

「──もういい。それで、今更オレに何の用があるワケ? ミズキ先・生?」

 

 平気で塔内を彷徨くこの男の、現在の処遇が分かれば御の字。そこまでは至らずとも、要注意人物として探る意義はあるだろう。そんな腹積もりで、ヒノメはミズキへと向き直った。

 

「ガキが偉そうに……その体たらくで一人前気取りか。根性だけは認めてやるよ」

「ハン、謀反人には負けるっての」

「……」

 

 黙り込んだミズキの気配に、ヒノメも流石に切り込み過ぎたか、と身構える。この場で実力行使をされてはヒノメも無事では済まない。

 

 だが、意外なことにミズキに逆上したような気配はなかった。

 

「……今こうしてお前の相手をしているのも、罰の一環だ。分かったら、さっさとついて来い」

 

 ヒノメの言葉を冷静にいなし、ミズキはそのまま背を向けて歩き出す。違和感に首をひねりつつ、ヒノメは何も言わず壁を頼りにその後へ続くのだった。

 

 

 ───

 

 

 あれだけ気掛かりだったマシロとアオイの居所は、ミズキの口からあっさりと伝えられた。

 

 仲間同士の模擬戦を経て、マシロが発作を起こし倒れてしまった。帰還していたスバルがマシロを引き受け、そして残されたアオイはイビキの元で予選を見物することになった……と。廊下を歩く僅かな間に、それだけのことが知れた。

 

 何故ミズキが試験運営の詳細を把握しているのか、そもそもミズキが事実を語っているのか、ヒノメには確かめる術がない。しかし出鱈目と一蹴するには、マシロの顛末はヒノメにも心当たりのあるものだった。

 

(……あれだけ人に言っておいて、お前は……)

 

 アオイとの間にどんなやり取りがあったのかは知らないが、マシロの側で抑えが効かなかったのだろうことは経験則で分かる。奴は一度腹を決めたら、頑として聞く耳を持たないのだ。

 

「わざわざ中忍試験という場を選んで意地を発揮することも無いだろう」というぼやきは喉元で飲み込み、ヒノメは仮眠室の壁に凭れ掛かる。視線の先ではミズキが棚を漁り、何か探し取り出そうとしているところだった。

 

 ミズキの用件は、簡単だ。ヒノメが仲間二人の動向を気にしていたように、ヒノメの居所を気にする者がおり、それをミズキが実際に確認しに遣わされた、とのことである。

 

 ……ヒノメとしては、四班各々の居所を“誰”が気にしているのか聞き出したかったが、ミズキは「お前が知る必要は無い」の一点張りで、全く口を割る気が無いらしい。

 

 ヒノメがじっと背中を見張っていれば、ミズキは白い物を手に取り、こちらを振り向いた。

 

「何それ」

「包帯だ。巻いてやるから、そこ座れ」

 

 くるくると包帯を引き出しながら、ミズキが顎でベッドを示す。目元を覆う気なのだろうが、さもそれが当たり前のような素振りに困惑する。不気味な位、含みは感じなかった。

 

「……完全に見えなくしてどうすんだよ」

「お前が置き物だと一目で分かるだろ。ろくに見えない癖に、これ以上うろちょろされちゃ面倒だからな」

 

 ミズキの口振りには叔父含む分家の男衆や、中忍の試験官達のような気安さすらあった。ここで指示に従うか、抗うか……どちらが得策なのかヒノメには判断が付かない。

 

 それでも一つ確かに言える……ミズキが危害を加える気なら、機会はいくらでもあった。

 

「──仕方ねェな……じゃー、ちゃちゃっとお願いしまーす!」

「それが頼む側の態度か、馬鹿」

 

 ドカッと重力任せにベッドへ腰掛けるヒノメに、小言は通じない。そうして差し出した頭に一周、二周、と包帯が巻かれていく、が──

 

「ギャッ……」

「おい、暴れるな」

「声が笑ってんだよ!」

 

「油断したらコレだ!」と騒ぐヒノメに、ミズキは特に否定もせず淡々と作業を続ける。意趣返しなのか真面目にやった結果なのか、包帯がギチギチに巻かれた状態で処置は完了した。

 

 そう簡単にはズレも外れもしない仕上がりだ。目元の締め付けによる圧迫が気持ち悪い。

 

 眉を上げたり目の周りを動かしたりと、表情筋を駆使して微調整を図るヒノメであったが、傍から見れば変顔しているようにしか見えなかった。

 

「何ふざけて……ってこら、外すな!」

「違ぇよ緩めてんの! キツく巻き過ぎなんだよ!」

 

 ミズキに小突かれながらも、ヒノメはめげずに包帯を触り続ける。

 

 暫く包帯と格闘していたヒノメをよそに、ミズキの気配は部屋に留まり続けていた。目的が果たせたのならさっさと出て行けば良いものを。

 

「……何、用件は済んだんじゃないの?」

「お前が大人しくなるのを待ってんだよ」

「じゃあコレ巻き直して」

「断る」

 

 意味が分からない。

 

(待てよ、そういやコイツ……)

 

 イマイチ背後の事情も意図する所も読めないミズキだったが、先程交わした言葉の中で明確に気になることがあった。包帯を弄りながら、ヒノメは徐に切り出す。

 

「……アンタさっき『助けてやった』って言ってたけど、あれはどういう意味?」

 

 薬師カブトに対し多少なり警戒があっての物言いだろう。では、その警戒の()()はなんだ? 

 

「何だ改まって。どうも何も、お前が迷惑そうにしていたんだろ」

「フゥン。妙に親切だから、てっきり裏があるのかと思った」

「なら貸し一つだな……まあ、()()()アイツとは関わりたくなかったんだが」

 

 その独り言のような言葉に、ヒノメの包帯を触る手が止まる。

 

「そりゃまた、何で?」

「お前には関係無い」

 

 そしてまたピシャリと跳ね除けられた。性急だったか、と内心舌打ちする。表情が見えない中で取れる情報は殆ど無かった。

 

 ミズキも、これ以上留まったところで質問攻めに遭うだけだと理解したらしい。いよいよ部屋から出て行く気配がした。

 

「……ああそうだ。親切ついでに一つ忠告してやるよ」

「……?」

 

 それまでどこか淡々として起伏に乏しかったミズキの声に、人間らしい熱が……悪意が、戻った。ヒノメが自分に注意を向けるのを見計らったような間で、ミズキは言葉を続ける。

 

「──精々、水戸門アオイには用心することだな」

「!」

 

 それは吐き捨てるように投げ掛けられた、冷ややかな飛礫(つぶて)だった。

 

「は、……?」

 

 ヒノメには、ミズキがどんな表情でそれを言ったのか分からない。「どういう意味だ」と問い質したくても、ミズキは呼び声に応えない。

 

 シンと静まり返った部屋で、ヒノメの拍動だけが耳に響く。

 

(……アオイを、用心? ……)

 

 ミズキの“忠告”は、ヒノメの認識に取り返しのつかない(ひび)を入れた。

 

 一人なのを良いことにベッドに拳を叩き付ける。反動もそこそこに、僅かに内部の軋む音が聞こえただけだ。何もしないうちに勝手に息が逃げて行くのが煩わしい。

 

「結局、何も分かんねェままじゃねーか!!」

 

 喚き声が虚しく響いた。

 

(あのクソ野郎、余計な事言いやがって……!)

 

 また外を出歩く気にもならず、ヒノメは苛立ちのままベッドに倒れ込んでしまう。

 

 疑問に答えてくれる者は、ついに現れなかった。

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