※後書きに四班の立ち絵あります。苦手な方はご注意下さい。
今回行う演習のルールは至ってシンプルだ。
“三対三のチーム戦をこなしつつ、相手方の担当上忍から鈴を奪うこと"
鈴は腰に吊り下げているだけの、少し手を伸ばせば簡単に取れる仕様だ。相手の接近を許せばすぐにでも勝敗が決まる。
上忍にはかなりのハンデが設定され、およそ直径五メートルの範囲でしか動けず忍術や瞬身の術は使用禁止となる。当然だが戦力として数えることはできない。
下忍は相手上忍の鈴を狙いつつ、自分達の上忍を護衛しなくてはならない。演習場の環境を利用することは勿論、命に関わらない限りは忍・体・幻の何を使用してもよいとする。
つまるところ、状況判断や連携といったチームの総合力が試される演習といえるだろう。
勝った方の班はささやかな景品が貰えるらしい。しかし、そんなものが無くとも下忍達の意気込みは十分だ。
「ここまでで質問があるもの、挙手!」
「ハイ!」
初めに手を挙げたのはリーだった。指先まで伸びた姿勢は見ていて清々しい。
「よしきたリー! 何でも言ってみろ!」
「押忍! 先生方には、どれ程の力で相手をしていただけるのでしょうか?!」
意欲的な質問にガイが感極まる中、スバルとリーはお互いから視線を外さずにいる。
一瞬、そこだけ妙な緊張が走った。
「勿論全力に決まっているだろう! なあスバル?」
「そうね」
ルールに“上忍も本気で相手をする”が追加された。リーからスバルへの要求と言ってもいい。
四班側の難易度が上がったのか、そうでないのかは不明だ。
「温度差すげぇな」
「そっちは静か過ぎじゃない?」
このままガイとリーのノリで質疑応答は完結するのかと思いきや、意外にもネジが手を挙げた。
「オレからも一ついいか?」
「! どうしたネジ? 何が聞きたい?」
「演習中、どちらかのチーム全員が行動不能になった場合でも鈴取りは必要か?」
ヒノメがギッとネジを睨み、マシロも苛立ちを隠せず身動ぎした。そちらには見向きもせずネジはリー同様、ただスバルの反応に注視している。
「必要よ。終了条件はあくまでも“鈴の獲得”とする」
「うむ、最後まで気を引き締めて臨むように!」
上忍相手に挑発は通用しない……が、アオイがこの空気に耐えられなかった。
「ハイ」
「質問どうぞ」
「その……景品ってなんだろうと、思って……」
咄嗟に思い付いたことを口にしたはいいが、どうにも無理がある。
「ささやか……」
「食べ物とか?」
だがヒノメとテンテンは拾ってくれた。
「まあ粗品ね。色違いのTシャツ」
「おー?」
微妙なチョイスだ。
「おっと……言い忘れていたが『焼肉Q』で予約していてな、演習の後は食べ放題だ!」
「うそ、やったー!」
「ゴチになりまーす!」
アオイにとっても意外な情報だ。これで少しは気が紛れたりしないだろうか。
「他に聞きたいことは?」
スバルが全体に確認を取るが、それ以上の質問は出なかった。
「なら、ここからはチームに別れて作戦会議としましょうか」
──
解散後、ネジとヒノメで再び衝突が起こりそうになったものの、時間が惜しい他四名に阻止されしぶしぶ引きずられていった。
そうして両班は演習場の端と端に別れ、上忍の動ける範囲である“本陣”を設定した。
時刻は夕方に差し掛かっている。
準備を完了させてまもなく、下忍達は笛の合図で行動を開始したのであった。
──
「おー……全員でこっち来てんな。だろうと思ったぜ」
白眼を発動させたヒノメが吐き捨てるように言う。
現在、アオイとヒノメは三班の本陣を目指し林を横切って進んでいた。すでに辺りはだいぶ薄暗い。
マシロはスバルの護衛として本陣前で待機中である。得手不得手で役割を決めるとどうしてもこの配置になってしまうのだが、そのことは三班でも織込み済みらしい。
「『チーム全員が行動不能に』って、本気だと思う?」
「本気本気。あいつからしたらいい機会だろ……つまり、こっちも遠慮はいらないってこと」
前を向いたままヒノメが冗談めかして言うが、その声音はどこか硬い。彼らは最初から人数有利を確信し、迷いなくこちらに向かっていた。
「なに、マシロがヘマしないでアオイも無事なら勝ったも同然よ」
「期待外れだったらごめんね」
大まかな方針があるとはいえ、当然三班の方が上手なら大失敗に終わってもおかしくはない。それでもヒノメは「その時はその時だ」とあっけらかんと笑っている。
「アオイはあんま気負わない! 腕試しだと思って気楽にな」
「うん……」
アオイが予防線を張ろうにも、ヒノメはさして勝敗にこだわりがなかった。元々楽観的なのか達観しているのか、下忍として活動を始めて以来その態度は変わらない。
(単純な“嫌い”だけなら無関心でいられそうなのに)
アオイの知る限りネジに関わることだけが唯一例外だ。それもあって双方と距離感を測りかねている。
(いつかは分かるのかな)
「アオイ、大丈夫か? しんどい?」
思考が逸れに逸れたが、ヒノメの声で我に返った。最近不注意で迷惑を掛けてばかりいる。
「ううん、何でもない。そろそろ?」
「ああ、もう目の前だ。構えてくれ」
前方を睨み付けるようにしていたヒノメが、不意に視線を上げた。
「来るぞ!」
先手は頭上から放たれた無数の忍具による強襲だった。
手近な木を利用して回避するが、それを見越した影が二人に迫る。アオイはリー、ヒノメはネジの担当らしい。ならば鈴を狙いに行くのはテンテン──と思いきや、テンテンは背後からヒノメ一人を狙い口寄せの巻物を翻した。
「容赦無ェな!」
いくら視界が広いとは言え、目の前のネジに集中していたヒノメは一瞬反応が遅れた。ギリギリの所で飛んできた忍具を弾き飛ばし、慌てて距離を取る。
「あんた相手に遠慮なんてすると思う?」
「ワーコウエイダナー!」
「虚勢を張れるのも今のうちだぞ」
「お前嫌い!」
ヒノメの相手は柔拳使いの格上であるネジと忍具の口寄せで手数の豊富なテンテン──連携も取れている。はっきり言って勝ち目はごく薄い。
「……!」
「させませんよ」
援護に入ろうにも、アオイはリーのマークを振り切れずにいた。以前とは比べるまでもない、動きのキレは想定以上だ。
ヒット&アウェイを徹底されてこちらのペースに持ち込み辛い。どう動いてもヒノメの元へは寄らせてもらえず、距離を取る間もなく鋭い拳が飛んでくる。
「どいて!」
「いいえ、君の相手は僕です!」
このままリーと戦うか、それとも混戦へ持ち込むか。蹴りを躱しながら、アオイは次の手を決めかねた。策を練ろうにもリーの勢いで追い立てられてはままならない。どっち付かずでいたら、着々とヒノメのいる位置から引き離されていた。
「逃げ回るだけなんて、ズルいですよ! ちゃんと勝負してください!」
「チーム戦じゃなかったらね!」
ヒノメの方は決定打を貰いはしないが、完全にジリ貧だ。大方予想通りだったとは言え、不利な状況というのは余裕が無くなってくる。
(どうにか隙を……)
リーの成長ぶりが目覚ましいと言っても、まだまだ荒削りな部分はある。ようやく、その動きにも慣れてきた。
次の攻撃の気配を察知し背後に目を向ければ、リーがまさに打撃の体勢で腕を振りかぶっている。
(──ここ!)
絶好のチャンスだと、その間合いに滑り込んだ。
ここにきて急に距離を詰めるアオイに狙いを外され、リーの拳が大振りになる。
「!」
間髪入れずアオイがその腕を掴んてひねり上げ、伸びきった関節にクナイの底を叩き込んだ。角度も威力も申し分ない、衝撃がもろに刺さる。
「ぐっ……」
そのまま肩へ追撃を入れようとするも、リーが飛び下がる方が早く手応えは弱い。元々は対ネジを想定しているのか、動きがこなれていた。
顔をしかめるリーに次の攻撃を仕掛ける様子はなく、わずかだが打たれた腕を気にしている。
このまま抑えられるかも、とアオイが前向きになったその時。
「成る程……」
ふとリーが更に距離を取り、構えを解いてしゃがみこんだ。何のつもりかとアオイは様子見して動きを止めてしまう。
そしてくるっと、リーが方向転換した。
「あ」
(しまった、この位置取りは……)
サッと血の気が引く。
地面を蹴りつけたリーの向かう先には三人の姿があった。
ネジとテンテンに誘導されたのだろう、ヒノメがちょうどこちらに背中を晒している。
「ッ、ヒノメ! 後ろォ──!」
今更気付いたって遅い。リーの──否、三班の標的は最初から決まっていた。
「貰いましたよ!」
「!!?」
アオイの叫びは間に合わず、ヒノメは意識外から現れたリーの
「掛かったわね!」
そんな決定的な隙を逃さず、テンテンが分銅鎖でヒノメを縛り上げた。尻餅を付く間も与えぬ早業だ。後から駆け付けるアオイは一部始終を見届けるしかなかった。
「くそ、道理で……」
「悪いけど、あんたに動かれると困るのよ」
そう言うやいなや、テンテンとリーは二人掛かりでヒノメを近場の木に括り付ける。追加のワイヤーといい、実に手際が良い。
三班の狙いがヒノメであった以上、先程のリーの言動は全部ブラフだったようだ。アオイの癖を利用してヒノメから意識が逸れるのを待っていたのか。
「ここで大人しくしてて下さい」
「くっ、殺せ!」
「そういうノリいいから!」
「言わなきゃやってられんのよ!」
この間もヒノメはなんとか脱出しようと試みていたが、あの縛り方なら自力では解けないだろう。助けに入りたい気持ちは山々だが、既にアオイ自身がネジの標的になっており近寄る事が出来ない。
「ネジ!後のことは任せましたよ!」
「守りはよろしくねー!」
意気揚々と四班の本陣へ向かう二人を追えない己の不甲斐なさが恨めしい。自分の失態が相手チームの想定通りだと思うと尚更悔しかった。
テンテンのことだ、きっと本陣の周りには綿密に罠を仕掛けてあるに違いない。
それらを一つ一つ確認しながら進むにはアオイでは時間が掛かりすぎる。すでに出遅れてしまった今、ヒノメの協力無しでは鈴取りに挑戦できるかも危うい。
(ということは……)
「降参する気はないようだな」
避けては通れない壁がまさに目の前で立ち塞がっている。
「アオイー! そんな奴やっちまえー!」
「黙れ負け犬が」
期待と私怨の入り交じる声援を一蹴し、ネジは好戦的な笑みを浮かべた。
「こんなに上手くいくとは……足手まといがいると集中できないか? それとも、お前自身が鈍ったか?」
「計画通りにいって良かったね。まだ勝負はついてないよ」
「どうだかな」
話しながらネジの隙を伺うが、こちらへ向ける視線に油断はない。これで四班の勝機を絶てると思っているのか愉快そうなのが腹立たしい。
一方、押し黙って気配を殺すヒノメは既に周囲を探ることに切り替えていた。その表情に焦りや動揺は見られない。少しでも多く情報を得ようと集中する様子は真剣そのものだ。
勝ち負けに拘らないといった態度と、只では起きんとする執念深さは矛盾している気がするが、ヒノメの中では両立するらしい。
アオイにヒノメの内心など分からないが、不思議と自分の気持ちの整理は付けられた。
こちらの劣勢は想定内であり、反撃への前振りでもある。出だしで躓いたとはいえ、四班としてもここからが本番だ。
「私も、覚悟決めないとね!」
「!」
起爆札付きのクナイを力任せに放り上げ、爆発の直前にクナイだけを呼び戻した。通常よりも爆薬は控え目だがこの距離なら音は十分届く。
後はマシロの到着までネジの注意を引くことに専念すればいい。
「今更アイツに何ができるって?」
「あなたには思い付かないこと」
「……調子が出てきたな」
クナイを握り直し深呼吸を一つ。そうしてアオイは目の前の敵を見据えた。
──
くノ一二人が向かった方角、林の上で小さな爆発が起こった。アオイに持たせた起爆札によるものだ。その意味は「劣勢につき救援求む」。別の合図も用意していたが、そちらに出番は無いらしい。
川辺に置かれた本陣前にてマシロは一人ため息をついた。
マシロは生まれつき病弱で、まともに戦える体力がない。
身体能力の代わりに伸ばしたチャクラコントロールや忍術のセンスこそ認められてはいるものの、身
スバルの護衛という役割もマシロが前線に立てない故のものである。
そんなマシロが、相手の鈴取り役を返り討ちにした上でアオイの元へ急行しなくてはならなくなった。作戦が失敗した時点で負けたも同然。責任重大である。
「テンテンの口寄せの規模、また広がってそうですか?」
聞きながら、マシロは後方川の対岸に佇むスバルを振り返る。
「さあ。どう見積もっても今回のルールではこちらが不利でしょうね」
スバルは何らかの書類に目を通すばかりで、マシロには一瞥もくれない。どこまでも分かりやすく「自分で考えろ」と態度に出ている。
「それが分かってて全力を約束って三班の為の演習みたいですね。誰も噛ませなんてやりたくないのに」
「出来る範囲で最善を尽くせばそれは“全力”よ。結果の検討はそのあとでいい」
思わずこぼれた弱音に対してもスバルの返答は端的で取り付く島がない。この上忍は基本無表情で口数こそ少ないが、その分言外の意思表示ははっきりしていた。
「出来る範囲、ね」
『しけた面してんなよ。水辺はお前の領域なんだ、そう簡単に外れやしない』
ヒノメの激励を思い出し、少し気分を持ち直す。
(怪我してないといいけど)
ヒノメは精神面における四班の支柱であり、三班からは白眼使いの支援・妨害役として警戒されている。鈴取りの本命はアオイだが、最初に狙われるのはヒノメだろう。
ネジがあの食えない跳ねっ返りを野放しにするとは思えない。
(それにしても、アオイって……)
合図の起爆札は音が響けばそれで良いと伝えていたのだが、アオイは遠目で確認できるほど高い位置で爆発させていた。余程肩が強くないと出来ない芸当だ。
アオイはアカデミー時代より同年のくノ一では相手にならないほど素の体力や瞬発力で優れている。その中で腕力は普通だと本人が申告していたが、どうやら実力を隠して控えめに見せていたようだ。
(今は出し惜しみ出来ない──したくない?)
勝手に競争心の乏しい方だと思っていたが、ようやっと等身大のアオイを知れた気がする。マシロと何も変わらない、年相応の負けず嫌い。そしてまだ、四班の勝利を信じている。
あの気合の入った合図がアオイの呼び掛けだというなら、自分が応えない訳にはいかなかった。
「……破れかぶれでも、やれるだけやってみます」
マシロが前方の気配に意識を集中させたところで、スバルは書類から顔を上げた。
「ええ、期待してる」
アオイといい、スバルといい、この班のくノ一は揃って面倒くさい性格をしていた。
──
クナイ同士がかち合う音が響く中、ヒノメはテンテン主導で仕掛けられたであろう罠の位置と種類を調べていた。
仕掛け位置は通り道に集中し、その殆どは足止めと拘束系が占める。適当に横切ろうものなら片っ端から作動し身動きが取れなくなる代物ばかり。
一つ一つ解除などしていられない、短時間でよくもこれだけ用意したものだ。
(とりあえずこんなところか)
一通りの確認を終え、ヒノメは改めて自らを拘束するワイヤーと鎖に意識を戻した。
両腕は後ろに回され幹に沿うよう固定されており、辛うじて指が動かせるだけで印も組めない。
リーにスッ転ばされ隙は見せたものの、ヒノメだって激しく抵抗した。なのにこの完成度とは、生半可な捕縄術ではない。
(もう少しやりようあったぞ、オレ)
熱の引いた頭ならあれこれ考えを回せるのに、抑えの利かない直情が咄嗟の判断を狂わせる。これだから馬鹿扱いされた挙句、勢いを利用されてしまうのだ。
今こうしている間にもガイは悠々と自己鍛練に励んでいるのだろう。先程見た光景が再び浮かんで、思わず乾いた笑いがもれる。
(反省してる場合じゃねーや)
自力での脱出は絶望的である以上、現時点でヒノメに出来ることは二人を信じて待つことのみ。そう思って、すぐそばで戦っているアオイの様子を窺った。
(つい『やっちまえ』なんて言ったけど……本気にしてないよな?)
一旦離脱する手もあったはずなのに、それが出来ないアオイの不器用さに危機感を覚える。
救援要請を送ったあたり、今はマシロの到着までの陽動として交戦しているはず。だが当のアオイは一切の加減なしに、この場で決着させようかという勢いだ。おかげでネジもアオイの本気に見合った対応をせざる得なくなっていた。
そのネジの様子に、ヒノメと交戦した時はほんの準備運動でしかなかったと思い知らされる。アカデミーの頃より二人は別格扱いされてはいたが、卒業以来自分がその差を埋められているとはとても思えない。
(これで下忍同士のタイマンかよ……)
アオイが得意とするのはクナイで速攻を仕掛ける接近戦。そしてネジは柔拳で相手の攻撃を迎えうつ接近戦を得意とする。
戦闘スタイルの相性ならネジが有利、一方で地の利はアオイにあった。持ち前の速さを生かし、周囲に生える木々を足場に次から次へと飛び掛かって時にフェイントを挟み撹乱する。
おかげでネジは一瞬も気が抜けない。だがそれでも冷静だった。クナイ攻撃を自らもクナイで応戦しつつ、着実にダメージを返している。
アオイの表情が苦しげに見えたのは恐らく気のせいじゃない。やはりこの戦闘で体力的にも精神的にも消耗が激しいのはアオイだ。
いつくるかわからない救援に、どんどん積み重なる体へのダメージ。休みない足運びははほぼ反射的なもので、余計なことを考えたら最後攻勢も崩れてしまう。
ネジはそのタイミングを待ち構えていた。クナイさえ取り上げてしまえば、丸腰のアオイはもはや脅威でない。そう、自分の優位を確信している。
(来るなら早く来いマシロ!)
自分のせいで傷付いていくアオイをみるのが辛い。ネジの注意を引くという目的は十分に果たしているが、アオイ自身がやられてしまっては元も子ないのに。
マシロの到着が先か、終了を知らせるの笛の音が先か。いっそ戦う理由が無くなってしまえば──
「ぁ……」