NARUTO世界に転生したけど何か違う   作:野摸

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タイトル回収? ナルトも登場。きっとここまでがプロローグ。


5 解離と帰着

 未来というのは、まだ確定していない可能性の話でしかない。昔は無邪気にそう信じていた。しかし進んで行く現実の中に“記憶”との共通点を見つける度、そんな楽観的な考え方は出来なくなっていった。出来なくなってしまった。

 

 自分という存在がこの世界で普通に生きている以上記憶──否、未来予知の出来損ないのような知識は、ハリにとって捨てることも叶わない手に余る“異物”でしかなかった。

 

(なんで……どうしてアオイがそこにいるの……!)

 

 他人から制約を受けることはあっても、自分に他人の行動を決める権利などない。頭では分かっているのに、つい恨めしく感じてしまう。

 

 “知らないことも分からないことも恐ろしいが、その理由を知ってしまうのも怖い”

 

 人にとって普遍的な未知と未来への恐怖は、ハリとっては殊更に精神を削る死活問題であった。

 

 しかし()()()にとっては──

 

(おっと、そうなんのか……)

 

 手にもったペンをクルクルと弄びながら、ヒノメはその眼でもって渦中の子供(うずまきナルト)の動向を覗き見ていた。シンと静まり返った自室にて卓上の蛍光灯だけが頼りなく部屋を照らしている。

 

 間もなく現れたイルカが大人らしく二人を叱りつける。当然声は聞こえない。しかしその表情や距離感だけで彼らが親しい仲だとはすぐ分かった。さあ、落ち着く暇もないうちに悪役(ミズキ)の登場だ。

 

(どうすんの、アオイ)

 

 ヒノメは物語を批評する観客のような視点で、他人の行動や感情を娯楽同然に楽しんでいる。その口元には自然と軽薄な笑みが浮かんでいた。

 

(この忍界で、お前は一体何者?)

 

 他人事そのもののな態度で、重苦しい胸の痛みにも気付いていない。籠の中の子供(日向ヒノメ)は、まだ自身がどれほど滑稽な存在であるかを理解できていなかった。

 

 

 ──

 

 

(なんで、どうして)

 

 イルカに深々と刺さるクナイがその敵意をはっきりと示している。ナルトが語る経緯とその人の言動の矛盾、そして目の前の状況と照らしても疑う余地はない。だけど、それでも嘘だと思いたかった。

 

(ミズキ、先生……)

 

 君は優秀だとよく誉めてもらった。クラスメイトと馴染まない自分を案じてくれていた。面倒見のいい、優しい人の筈だった。

 

「ナルト、巻物を渡せ」

 

 だが現実のミズキは、アオイの方を無感情に一瞥だけしてそう言い放つ。どこまでも冷酷な声に望みは砕かれた。状況が分かっていないナルトに対し、イルカが端的にミズキの所業を説明する。

 

 アオイの思うような人物はそこにはいない。悪意が人の形をしているだけ。アオイが身構えたのを見て、ナルトもはっきりそれを認識した。そんな二人を見て何が面白いのか、ミズキが口の端を吊り上げる。

 

「健気なもんだなァ。だが、ソイツは親の仇だぞ?」

「は……?」

 

 思わずナルトとミズキとを見比べるが、まるで意味が分からない。

 

「本当のことを教えてやるよ!」

「バ、バカよせ!」

 

 皮肉にも、イルカがその先を必死に止めようとするのが反ってミズキの言葉に信憑性を持たせていた。

 

 ミズキの言う『本当のこと』──箝口令が敷かれ公言されない真実。それは十二年に起きた事件と、その結果。封印された九尾の妖狐こそがナルトの正体だと、だからお前はバケ狐としてみんなに憎まれ毛嫌いされるのだと。語る全てでナルトを否定し、嘲笑う。

 

「……」

「!」

 

 負の感情に支配されたナルトから漏れ出るチャクラに、アオイはゾッと嫌なもの感じる。そして完全に常軌を逸したミズキの捲し立てる言葉と異様なチャクラの両方に気圧されてしまう。森に木霊する下卑た笑い声が更に精神を揺さぶり萎縮させる。

 

 ミズキがその手裏剣を振りかぶるのを見て、アオイはただ恐怖した。冷静ならば当然ナルトが標的で、ナルトの近くにいる自分が動いていればその一撃は免れた筈なのに。

 

「イルカせん、せ……?」

 

 殺意そのものの大手裏剣は、ナルトを庇ったイルカの背に突き刺さっていた。飛び散った血と内臓をやられ口から垂れる血とが、その傷の深さを物語る。

 

「ぐっ……」

 

 イルカの中で、憎しみよりも同情心が勝ったのだ。寂しい、苦しい。 誰か認めてほしい。自分を、見て欲しい。孤独を背負う子供に、かつての自分を重ねていた。

 

“オレがもっとしっかりしてりゃ、こんな思いさせずにすんだのに”

 

 それは血と涙を流しながらの告白であり、大人としての謝罪だった。だがナルトはイルカの心に応えることができない。それは長年に渡る里の冷遇が生んだ歪な結果である。

 

 ナルトがその場から遁走する。呼び掛けも無意味だ。アオイはナルトを追おうとして、しかし深手のイルカにも目をやった。

 

「アオイ、頼む……!」

 

 “ナルトを守ってくれ”

 

 ほとんど理解する前に身体は動いていた。でもイルカの目はそう言っていた筈だと、アオイは自分が感じたものを信じたかった。

 

 

 ──

 

 

「着いてくんな、ってば……!」

「駄目、一人は危ないの!」

 

 木々を蹴り着けて遠く遠くへ行こうとするナルトは、アオイのことも拒絶した。しかしどうしてもアオイを撒けないのでそのまま奇妙な並走を続けている。

 

「“危ない”なのは、オレなんだ……ろッ!」

 

 この状況に痺れを切らしたナルトが、とうとう実力行使を仕掛ける。巻物を投げつけた挙げ句空中で取っ組み合いになり、二人はドタドタと地面に転がった。それでもナルトが優勢だったのは一瞬で、技量差によりあっという間にアオイに抑え込まれてしまう。

 

「これで満足?」

「くそ、くそ」

「もう逃げないようとしないで」

 

 逃げられないと諦めたのか、アオイが手を緩めてもナルトが払い除けることはない。チャクラこそ異様なものを感じたが、下忍のアオイに抑え込まれるナルトは結局ただの子供同然だった。悪態を吐く姿だって、先程のミズキと比べればずっとずっと可愛げがある。そして何よりその心は傷付いて動揺していた。

 

「……アオイだって聞いただろ? オレが……オレのせいで……親が……」

 

 アオイが拾い直した巻物を両腕で抱え込み、ナルトは口ごもりながらミズキの言った話を持ち出す。躊躇って最後まで言えない時点で、アオイとしては十分な気持ちだった。

 

「……ナルトは、その時のこと覚えてる? やっぱり封印されてムカついた?」

「知るかそんなの!」

「だよねェ」

「ハァ?」

 

 売り言葉に買い言葉。行儀の悪い喧嘩の手法だが、必要なことは引き出せるものだ。

 

「九尾の妖狐って古い時代からの生き物で、うんと長生きらしいよ? 今のナルトにはそんな“格”全っ然見当たらないけどね!」

「な!……オレってば火影になる男だぞ!? 格だってあるに決まってらァ!」

 

 見え透いた挑発にムキになってしまうナルトは、やはり昔からよく知っている幼馴染だった。意地っ張りで、わがままで、夢見がちな子供。

 

 勝手に納得がいき、一人で笑ってしまう。ナルトがうわ、と引いたのが見えて、一拍間を置いて気を取り直す。アオイの真剣な様子に、ナルトも神妙な顔で聞き入った。

 

「……私ね、昔のこと覚えてなくてまだまだ弱っちいなら、やっぱり“九尾の妖狐”とナルトは別物なんじゃないかなって思うんだ」

「……どういうことだってばよ?」

「火影になるか、バケ狐になるか、ナルトは選べるってこと」

「!」

 

 それならやはり、本人のなりたい方へと背中を押してやりたい。勇気づけてやりたい。

 

「だから、──!」

 

 二人が元来た方角から人の声が聞こえた。ナルトと自分の身体を木陰に押し込み、アオイはじっと息を殺す。

 

 どうか、これ以上この子が傷付きませんように。祈りなのか決心なのかも分からない心情で、アオイは自分達のを見極めようとその姿に目を凝らした。

 

 

 ──

 

 

 ミズキは語る。ナルトが自分と同じだと。バケ狐として人を欺き、力を欲してそれを利用する気なのだと。

 

 その勝手な言い草を、イルカが笑い飛ばした。

 

『バケ狐ならな』

 

 ナルトは人を苦しめるようなバケ狐じゃない。木ノ葉隠れの里の未来を担う、大事な生徒だ。

 

 お前とは違う。

 

 ナルトの口から嗚咽が漏れる。真っ直ぐなイルカの声は、その言葉は、確かに本人へと届いていた。理屈よりも“お前を信じている”という思いが何より心を揺さぶるのだ。肩を震わせて泣くナルトにアオイももらい泣きしそうになる。

 

(ああ、でも)

 

 あまりにも堂々と啖呵を切ったことで、ミズキの標的がイルカに変わってしまった。傷の深いイルカはぐったりとして立ち上がることも出来ないでいる。このままではむざむざミズキに殺されてしまう。そんなの駄目だ。そんなこと許してたまるか。

 

(行かなきゃ──)

 

 前に出ようとするアオイを何かがグッと引っ張った。ナルトの手がアオイの腕を掴んでいる。何の真似だと振り返れば、逆に青の眼差しに射抜かれてしまう。もう涙は拭い去った後だった。

 

「オレがやる」

 

 無茶だと思った。だが手にも負けない力強さでナルトの言葉はアオイをその場へと縫い止める。どちらもイルカを助けたい気持ちは同じだった。

 

「でも……!」

「言ったろ、すっげー術があるって」

 

 反射的に言い返そうとするアオイをナルトは巻物を掲げることで黙らせた。悪戯を思い付いた時の顔でニィと笑う姿はしかし今まで見せた中で最も冷静で、その目には揺るぎない意志が宿っていた。

 

 再びミズキを睨み付ける横顔にもう迷いはない。

 

 ミズキが凶器を振り被り、イルカを襲う。またとなく大きな隙が生まれた。

 

『アオイはそこで見ててくれ』

 

 

 ──

 

 

 決着はとても呆気ないものだった。ミズキは今や情けなく地面に転がり、それを見下ろすのはナルトである。

 

 ナルトの言った『すっげー術』。その特徴的な印はアオイも知っていたが、その術の規模には度肝を抜かれてしまった。辺り一面に数えきれない人数のナルト、ナルト、ナルト……その全てに実体がある分身に囲まれ、ミズキは為す術もなく一方的にタコ殴りにされたのだ。

 

 忍術に秀でたマシロだって出せる影分身はほんの数体だ。ナルトはそれを短時間とはいえ“多重影分身”として運用して見せた。その事実が意味するものに、アオイは思わず身震いする。同時に何故普通の分身の術があれだけ下手なのかも不思議に思った。

 

 担任だった男の見る影もない姿を呆然と眺める。どんなもんだと誇らしげにするナルトに、今は『凄いね』と精一杯笑い掛けるしかない。無邪気に喜ぶナルトとこちらを気遣うイルカの間で、言い表せない感情は確かに存在した。

 

「ナルト、ちょっとこっち来い」

 

 そうした中、ふと何か思い付いたようにイルカがナルトへ声を掛け、そのまま目を瞑るように促した。

 

「!」

 

 イルカに目配せされ、アオイは訝しげにするナルトの瞼を手で覆う。まるで、悪戯を仕掛ける側に立ったような。

 

「先生……まだ?」

「よし! もう目開けていいぞ……」

 

 イルカの手がナルトの頭から離れたのを確認してから、アオイもナルトから一歩距離を取る。おずおずと目を開けるナルトを見るうちに思わず笑みが零れた。使い込まれた額宛てが光に照らされる。

 

 “卒業おめでとう”

 

 言えた。言うことが出来た。きっと今は、これだけでいい。

 

(良かった……あ──)

 

 アオイが安堵に胸を撫で下ろすのも束の間だった。視界の端で倒れていたミズキが身動ぎし、憎悪そのものの目でナルトを捉える。不味い、と思ったその刹那、黒い外套がアオイの視界に割り込んだ。

 

 その人物はミズキの頭を容赦なく押さえ込み、同時にアオイにも手を伸ばす。

 

 「ッしゃあ一楽のラーメン! な、アオイも……アレ?」

 

 ナルトが振り返った時、そこにはもう誰もおらず、何もなかった。

 

 キョロキョロと辺りを見回すナルトに、イルカは『ミズキを連れて行ってくれたんだ』と宥めてそう説明した。『水くせーヤツ!』という憤慨する言葉に返事はない。その場にあるのは朝日の眩しさだけであった。

 

 

 ──

 

 

「とんだ朝になったようね、アオイ」

「……先生?」

 

 ミズキとの間に割り込んだ人物は、よくよく聞き慣れた声をしていた。気付けば周囲の風景はガラリと変わり、自分達の位置関係はそのままにどこかの屋内に移動していることに気付く。内装の様子を見るに恐らく火影邸の一室だろうと当たりを付けた。

 

 黒い外套のフードに動物を象った白い面。その人物はミズキから離れると、どこからか封印の書を取り出して傍らの机へと丁寧に置いた。一度その声を聞いたら、ゆったりした所作がスバルのものにしか見えなくなってしまう。何故。何故。何故。

 

「色々言いたいことはある。けど一先ずお疲れ様」

「うん……私も聞きたいことがあるよ、先生」

「奇遇ね。でもそれは三代目の前で話しましょうか」

 

 噂に聞く暗部だろうか。自分達は凶行を働いた忍者学校(アカデミー)教師と、その場に居合わせた下忍だ。ここで尋問でも始めるのか。しかし一番の当事者と被害者といえる二人がいない。なら話すこととは。雰囲気は穏やかながら、要領が不明で掴み所がない。

 

「三代目は『ナルトについて正確なことを教えておきたい』とのことよ。勿論程々にね」

「!」

 

 アオイの疑問を一つ先回りしてスバルが言い、そして未だ床に倒れ込んだままのミズキにも目を向ける。ミズキは意識明瞭な割に立ち上がる気配も、この状況に抗議することもなかった。それでも目だけはスバルに殺意を向けている。その様子にアオイは何か不自然なものを感じた。

 

「揃っておるようじゃの」

「三代目!」

 

 紫煙を漂わせながら現れた三代目が、一仕事終えてきたあとの鷹揚さでパイプを燻らせる。その仕事とは組織の頭としての指揮伝達に他ならない。

 

「アオイはそう固くならんでいい。ほれ、リラックスせい」

「はあ……」

「ナルトの方はイルカを連れて一楽に直行しおったわ。全くもって人騒がせなヤツじゃて」

 

 そう言いつつ三代目はやれやれと一人席に着く。重傷の身体でサービス精神を発揮するイルカに、内心でアオイは手を合わせた。

 

 部屋の中央、その机上にはいかにもな水晶玉が鎮座している。最初から気になってはいたが、やはり三代目のものらしい。それに手を翳して覗き込んでいる姿を幻視する。まさか、これで様子見を……

 

「さて、どこから話したものか」

 

 水晶玉については何も言及されないまま話が進む。

 

 アオイも知っているあらましとしては、里の機密を盗み出そうとした首謀者がミズキであり、ナルトはミズキに唆されその実行犯に仕立て上げられたのだという。

 

 ミズキには前々から疑惑が上がっていたが、中々証拠を見せないのでしばらく泳がせていたところだったとのこと。里の警備が緩む機会を眈々と狙い、都合のいい子供を見つけたのを好機に思い企みを実行したのだ。品行方正な教師の裏の顔があまりにも残念すぎる。

 

 ただ込み入った事情を除けば単純な因果関係だ。ミズキがいてナルトがいて、その対応をする周囲。改めて考えると騙した方も騙された方もそれぞれ非があるな、と変に冷たい感想を抱いてしまう。

 

 ナルトが無事に卒業試験を合格出来ていれば、端から巻き込まれずに済んだ。でも、その場合ミズキは別の機会を待って同じように誰かを傷付けていたのかもしれない。今回はイルカが被害者だが誰一人死んではおらず、おそらくミズキ以外にお咎めもない。これが所謂『結果オーライ』というものだろうか。

 

「ミズキが吹聴して回ったせいでお前も含め、随分里の者達の不安を煽ってくれたようじゃ。皆にはナルトの“いたずら”として説明しておるが……まあミズキのことが知れるのは時間の問題じゃろうな」

 

 殺気立ってナルトを探していた大人達を思い出す。「ナルトが彼らに見つかってしまったら」と見ていたアオイは気が気でなかった。そんな状況が“いたずら”の一言で済むだと思うと、何だかやるせない。

 

 彼らの言動はナルトやアオイが知らなかった、ミズキが暴露しなければ知らないままだった事情によるものだ。そのせいでナルトは酷く傷付くことになってしまった。アオイ自身も里への認識が少々変わったのを感じている。

 

 そこでようやく合点がいった。

 

 だからこそ三代目はアオイを呼び出す必要があったのだ。変わってしまった認識を、偏った心を、より公平な立場から修正しようと思っているのだろう。それが俯瞰して状況を見守り、里の現状を誰より把握している里長としての判断らしい。

 

 ここで自分に求められている役割は、一体何だろう。

 

 

 ──

 

 

「お前を呼んで話したかったのは、ここからが本題になる」

 

 少女が眼差しが変わったことに、当然三代目も気付いている。この一年で大分丸くなったように思うが、元々アオイは人を寄せ付けない雰囲気を持つ子供であった。

 

 本来寂しがりの癖に進んで孤独を選ぶような困った性質。それが他者への警戒心故であるのは間違いなく、四班として過ごす中で改善傾向はあると聞いていた。ただその根は思っているよりも深いだろう。従順さと人間不信とがよくない両立を果たしている。

 

 そこに元担任の凶行とナルトに封印された九尾の情報を投げ込まれたのだ。その心境やいかなるものか。

 

「話の前に、聞いておきたいことはあるか?」

「……スバル先生は、いつからこの件に関わっていましたか?」

 

 少しでも不安を減らしたいのか、アオイがそう問うてくる。無理もない。現状最も近しい大人が暗部の顔で平然としているのは印象が悪かろう。

 

「ミズキについては以前より承知しておる。昼間の動きはお前達四班の方が優先で、事件発覚後はワシの下で有事に備え待機しておった。アオイの前に現れたのはもう備えが必要ないとワシが判断してからのことじゃ」

 

 有事とは、勿論ナルトの封印が解けて九尾が復活することである。スバルはその際に必要な結界術の補佐と各忍一族への連絡役を兼ねていた。水晶玉越しにアオイの姿が映った時はどう説明したものかと焦ったものだ。

 

「スバル、もう面は外してよい。ここからは上忍として話せ」

「はい」

 

 面の下の顔を見てアオイは驚いている。普段厳つい装いをしているのですっぴんは珍しいのだろう。

 

 そこからアオイに語ったのは、上忍クラスなら知っている内容だ。

 

 各国の隠れ里が保有する軍事力としての“尾獣”とその封印先であり器たる“人柱力”の関係性。木ノ葉隠れの里においてはそれが“九尾の妖狐”と“ナルト”であるのだと。

 

 圧倒的な力を持つが故に尾獣は人々から恐怖の対象となり、それを抱えて暴走するのではないかと人柱力は差別の対象になる。本来里のために存在する人柱力という役目は、軍事機密に直結するため詳細が説明されることは殆どなく、誤解や偏見を解消するのは難しい。

 

 その結果、ナルト一人に封印と周囲の不理解の両方を押し付けてしまっているのが里の実情だ。木ノ葉では十二年前の暴走の記憶が新しく、尾獣への悪感情はとても根強い。それでも“掟”により子供の世代はナルトを人柱力と知らないが、大人達の態度を見ればアオイのように違和感を抱くのは自然な話であった。

 

「……本人は、ナルトはどこまで知ってるんですか?」

 

 その思わず、といった声には首を横に振るしかない。ミズキの悪意によって聞かされた話がナルトの知る全てだ。イルカがいなければ最悪九尾が自由になっていた可能性がある。

 

「なんで、ナルトがそんな」

「それを知るには今のナルトやお前達にはまだ早い。しかしいずれ本人が知って、受け止めなくてはならん日がくる」

「……」

 

 十二年前の事件で散った英雄達。アオイの父親だって……

 

「アオイ、きっとこれからもナルトは辛い思いを沢山するじゃろう。だがワシは大事なことを学んで、成長してくれるとも信じておる……お前も、仲間の大切さは知っておるだろう?」

「……うん」

 

 ナルトの置かれた状況。その概要をアオイに話したのは、俯瞰的な視点で今の現在地を把握してほしいからだ。そしてこれからこの里でどう生きたいのか、自分なりの方針を見つけてほしい。

 

「あのバカのことを、どうか見守ってやってくれんか。次は下忍選抜が待っておるが……ま、あやつなら大丈夫じゃろ。多分」

 

 わざとおどけるように言って見せれば、アオイはおかしそうに安心したように笑った。

 

「もうルーキーとは言えないんだし、あなた達も後輩に負けように頑張らないとね」

「うん!」

 

 アオイとナルトについてはもう大丈夫だろうと思った。だがもう一人、どうしようもない大馬鹿者がここにはいる。

 

 

 ──

 

 

 アオイが明るい表情で退出していくのを見送り、今度はミズキへと向き直った。未だ金縛りによって身動きの一切が封じられている。発言すら許さぬスバルの容赦の無さが見てとれて、三代目は少し呆れてしまう。

 

「……さて、スバル。ミズキを立たせてやってくれんか。もう大分頭も冷えた頃じゃろうて」

「もう寝かしておきませんか?」

「犯した罪は無くならんが、心情くらいは聞いてやらんと」

 

 三代目の指示で、ようやく身体の自由が戻ったミズキはガバッとその身を起こす。一瞬逃走について考えたが、実力差は嫌という程理解している。もう逃げ場はどこにもない。

 

「……恩情のつもりか? 謝れと言うなら、何も言うことなんてない。さっさと殺せよ」

「……」

「待て、スバル。ワシがもう少し話したいんじゃ。頼む」

 

 すげなく言い放ち開き直るミズキ。その意識を締め落としかねないスバルを三代目が強く止める。どうせ尋問部隊に引き渡すにしても、その内心を今のうちに引き出しておきたい。一個人としてのミズキを知れるのはこれが最後かもしれず、そしてそれを引き出せるのがおそらくスバルだと三代目は思っている。

 

「ミズキよ……何が不満だった? 何故力にこだわった?」

「不満? 何もかもに決まってる……だから禁術でも手に入れて、全部ぶっ壊そうと思ったんだよ!」

 

 ミズキはまた興奮したように喚く。あまりに極端で、偏執的な思想だ。傍目には“良い先生”で通っていた筈なのに、この精神状態でよくも教師をやれていたものだと逆に感心してしまう。心の闇とは恐ろしい。

 

「どうせ使えないし、求めるだけ時間の無駄でしょうに」

「お前に何が分かる? 余所者の癖に全部手に入れて、高尚なつもりか? なあァ?」

「余所者のつもりはないけど……私だって何も手に入れてはいない」

「どこがだ!」

 

 ミズキの不満の一端は、嫉妬からくるものもあるのかもしれない。だとすればスバルとの相性は悪い。道理を重んじるスバルに男のプライド云々を説いても一蹴されかねないのだ。そして、スバルの方もミズキを相手にしたくない理由がある。

 

「……“スバルの夢が忍者学校(アカデミー)の先生”というのは、お前も聞いたことがあったかもしれんな」

「ッ、それがどうした!」

「子供達と接していれば分かるじゃろう。力が持ったところで皆が成りたいものになれる訳ではないし、一朝一夕に願いが叶うわけでもないことも。それでも皆懸命に生きておる。それを見てなんとも思わなかったのか?」

 

 少しだがミズキの反応に揺らぎがあった。しかしそれも一瞬のことで、三代目の語り掛けにはむしろ聞き飽きたと言わんばかりの失笑で返した。嫌に冷静さを取り戻しつつ、ミズキはその言葉を否定しようとする。何かを誤魔化そうとしているようにも見えた。こんな調子でも、罪悪感の欠片程は残っているのかもしれない。

 

「馬鹿馬鹿しい……ガキなんて綺麗事を言っておけばその気になるんだ。教師だって一定の仕事が出来りゃ務まるのに、夢もクソもあるか」

「でもあなたは綺麗事で生きられなかったし、仕事にやり甲斐を見出だせなかった……案外純粋だったりする?」

「このアマ……!」

 

 尋問ならともかく、個人的な舌戦ならくノ一に軍配が上がるのも仕方がないのかもしれない。感情的になるとこう、いつの間にか丸め込まれ転がされるような。最近その口振りが教え子に影響を与えている気がして、何とも言えない気持ちになる。今はミズキが弱い立場なのもあって、網に追い込まれた魚を眺めるような心境だ。

 

「昔は真面目だったと思う。小心者で、プライドが高くてたまにちょっと面倒で……多分誰に聞いても似たようなことを言うでしょう」

「……」

「故人が報われずに、皆が忘れていくのが許せなかった?」

「知った、口を……!」

 

 問い掛けに対する反応がありありと肯定を示している。咄嗟だからこそ紛れもない本音が漏れたのだ。煽りに煽ったせいでミズキの激情がぶり返したが、スバルは動けないようまた拘束を仕掛けている。まあえげつない。尋問部隊へ引き渡す前に灰にするつもりか。

 

「ワシの方針に異を唱えたかった。しかし、その感情を誰とも共有出来ずに今日まで抱え込んでしまった……そうだな?」

「……オレからしたら、あのガキこそ疫病神だ。あの人がいなくなったのも、バケ狐の暴走を許したのだって……」

 

 ミズキは力なく項垂れる。そこにかつて少年だったミズキの姿が重なり、まるで身体だけが大人になってしまったように思えた。故人への執着は人を停滞も前進もさせる。隣にいるスバルが何を思っているかは分からない。青く暗い瞳がミズキの横顔を静かに映していた。

 

 

 ──

 

 

 人の去った部屋の中、考え事をしながらヒルゼンは一人パイプを吹かしている。

 

 “疫病神”と、ミズキはアオイを指して確かにそう言った。

 

 アオイは、ナルトとは違う意味で特殊な境遇にある。こちらは本人にまだ説明できていない。ヒルゼンはまだ伝える時でないと思っている。教えても、受け止めきれないと思っている。

 

 里のご意見番と呼ばれて久しい両名……アオイの名ばかりの養父水戸門ホムラや実質的な養母のうたたねコハルとの間に教育への考え方の相違があるように思う。ナルトや孫の問題行動を言われたら自分も耳が痛いが、一方でアオイは聞き分けがよすぎるのだ。個性と言えばそれまでかもしれないが、“普通の子供として育てる”という合意は果たしてどこまで履行されたのか。

 

(心配、じゃのう……)

 

 今日まで四班の面々を考慮しゆとりのある出張任務を多めに振っていたが、次のルーキーも上がってくるため今後は方針を変えることになるだろう。上忍歴の浅いスバルにはそろそろ実績を積ませたい。忍としての優秀さがアダになって経歴がまともに埋まらないなど、笑い話にもならないのだ。

 

(どうしたものか)

 

 組織運営の責任者として人員の配置に頭を悩ませつつ、ヒルゼンは大きなため息とともに煙を吐き出した。本来ならとっくに隠居生活を送れていただろうという虚しい空想も一緒に霧散してゆく。小言が無くなって以来煙草の量もすっかり増えてしまった。

 

 かつての英雄を、子供達を──家族を偲ぶ。

 

 そしてまた、あの無邪気な“悪戯小僧”の顔を思い出す。

 

「こうしてはおれんな」

 

 そう呟いて、ヒルゼンは三代目火影としての職務に戻っていった。

 

 

 ──

 

 

 誰かが小さく肩を叩いている。重い頭を持ち上げて目を開ければ、蛍光灯無しに部屋はもうすっかり明るくなっていた。目の前にあるのは布団でも枕でもなく机。肩に手を伸ばしていたのはマシロだった。

 

「……?……うそ──ッたァ!」

 

 ヒノメは状況を把握すると同時に立ち上がろうとするが、机に膝を強打し椅子に倒れ込んでしまう。ガタッと大きな音が響き、使っていたペンが足にぶつかり転がった。痛む箇所を抑えながら普通に拾い上げてしまったが、すぐ側でマシロが見ているのを思い出し気恥ずかしさを誤魔化すようにペンをペン立てへと突き立てる。

 

「おはようございます。時間はまだ大丈夫ですけど……寝落ちですか」

「悪ィかよ」

 

 呆れの響きに反射的に噛みつくが、寝起きの機嫌で八つ当たりされてもマシロは涼しい顔だ。グロッキーなヒノメはさておき出しっぱなしのレポート用紙に目を向ける。見たところ進捗は宜しくないらしい。

 

「とりあえず支度と朝食から済ませましょうか」

 

 『急ぎでもないのに徹夜なんて』そう言いたいのを我慢して、マシロは淡々とこの後の段取りを頭で組み立てる。元々時間に厳しいのはヒノメの方なので遅刻はないだろうが、体調面が心配だ。どう考えてもヒノメは出張任務中の方が元気だった。

 

「んー……」

 

 緩慢な動作で箪笥に寄っていくヒノメを見届け部屋を後にした。最近、徐々にだが確かに幼馴染が変化していくのを感じている。元々の彼女は冷静で聡い人だった。だが今の姿はどうだろう。

 

 これが一過性のものであればいいと思いつつ、原因を解消できないものかと思案する。そうして食堂に続く廊下の角を曲がった際、もう一人の幼馴染と鉢合わせした。

 

「ああ、おはようございます……ネジ?」

「……お前か」

 

 ネジは声を掛けてやっとこちらに気付いた様子だった。いつもより険は無いが、だからこそ反応に違和感を覚える。

 

「そうだ、忍者学校(アカデミー)の清掃ですけど担当したい場所とかあります?」

「いきなり何の話だ」

「今日の予定の話ですよ」

 

 本日三班と四班の予定は共に忍者学校(アカデミー)周辺の美化活動が割り振られている。それが終われば後は自由……実質休みだ。

 

「特にない。やることは一緒だろう」

「そう……なら、サボる時は言ってください。担当代わります」

 

 マシロの申し出にネジは胡乱げにする。いつもの調子が出てきた。

 

「何のつもりだ」

「寝不足の人が減れば良いなと思いまして……まあ最終的には自分の為ですけど」

「お前の都合なんか知らない。そもそも、余計なお世話だ」

 

 『なら他の人に頼んでそれとなく気を遣ってもらいましょうか?』という言葉は飲み込んだ。それを言ってしまうと理不尽なのは自分になる。

 

「気が変わったら、また」

 

 遠退く背中にそう伝えるが、聞こえているかは分からない。廊下ですれ違う人は皆支度や仕事のために動いている。いつもの日常にいつもの風景だ。

 

 ままならないものだなと、遠くに目をやる。清掃日和の良い天気であった。

 




つ『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』

本作は“原作という知識が当てにならない世界線で生きる異物”の物語となります。これでも原作沿いな筈。


↓見なくても大丈夫なキャラ補足


・アオイはアカデミー卒業時点ではNo.2。この頃停滞気味だが潜在能力は高い。生活力はお察し。

・マシロは孤児で、物心つく前から親類筋日向一族の預かり。幼少期は重度の病弱だった。

・ヒノメは通称。しっかり呪印を刻まれているが態度がデカい。ハリと呼んで良いのは兄さんだけ。

・優しい常識人なテンテンは世話好きな設定からツッコミ属性を付与されてしまった。たくましくあれ。

・ネジがヒノメを毛嫌いするのは相性以前に「こいつおかしい」と直感が言っているから。現状ストレスがえぐい。

・リーの勘違いはほぼほぼヒノメの落ち度。四班に対抗心こそあるがとても健全な若者。逆に四班からは眩しい存在。

・静のスバル。ガイのノリに便乗することがある。メイクは不評。お口がナイフ。

・動のガイ。細かいことはスバルに投げがち。青春ノリは続くよどこまでも。

・三代目とイルカ先生。接し方に悩むことはあれども言うまでもなく子供達を大事に思っている。

・特別上忍組は上忍組と旧知の仲。ガイとスバルが担当上忍しているのに興味がある。ミズキ? まあ、うん……

・日向一族の人々。子供を可愛がりたい気持ちと各々の立場との間で板挟み。コミュニケーションは難しい。

・滅多刺しミズキ。果たしてその後どうなったのか。何か因縁を匂わせ退場。

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