現在/過去が頻繁に切り替わって読みづらいかもしれません。
「“普段使わない用具入れ”って何処だよ。生徒だってろくに知らねェだろそんなの!」
「うるさい、一々騒ぐな」
朝早く、登校してくる生徒もいないガランとした
指示書の内容が大まかなのは、校舎の規模や構造などを書き記していないことによる。届けてくれた教員は、下忍達の顔ぶれを見て『お前達なら問題ないな』とそそくさ職員室に戻ってしまった。本来口頭で説明する筈だったのを、日向の二人に丸投げした結果だと当人達は睨んでいる。
「校舎の西側にそれっぽいの無かった? 確かに一度も使ってるところ見たことないかも」
「あー、これか? これだわ」
「“資料と備品の保管場所”は二階だっけ?」
「おそらく。先生が出入りするの見かけた覚えがあります」
「鍛練場とグラウンドは時間を掛けなくて良い。それより書棚周りが手間だ」
「じゃあ僕行きますよ」
そんな調子で指示書の解読()も終わり、各々の希望を調整したところでようやく活動が始まった。六人を二人一組で分け、それぞれ担当箇所に散らばる。
校舎外の清掃をネジとリー、校舎内の清掃と図書館の書棚の整理をヒノメとマシロ、そしてその他物品の整備や運搬をテンテンとアオイが引き受けていた。
「アオイ、何か良いことあった?」
「ちょうど心配事が一段落して……分かりやすかった?」
「やっぱり動きが軽快だもん。逆に、ネジ達は超機嫌悪かったけど」
「二人ともさっさと終わらせたくて協調出来てたねェ」
「そうそう。やれば出来るのになァ」
荷物を抱え移動しながらの雑談が盛り上がる。生徒だった頃には存在しなかった二人の様子だった。
「でも、大分マシになった気がしない? アオイ程ではないけど、チーム組んでからやっぱり人となりが分かりやすくなったし」
「うん……まあ私のは単なる人見知りで……今更だけど本当にごめんね」
「気にしてないから大丈夫。思い出したら結構面白いし! ネジだって、いつかそうなるって思えるもの」
屈託ないテンテンの朗らかさには救われる。苦い記憶は忘れてほしいような気もするが、そんな感覚も共通の時間を過ごした仲間ならではのものだろうか。
「一年かあ……」
ちょうど自分達が使っていた教室の側を通り掛けながら、説明会の日のことを思い出す。班分けされたばかりで、ただの二人と一人の集まりだった頃。当時は大変な思いをした気がするのに、振り替えってみれば笑い話にできる。そんな日の始まり。
──
水戸門アオイ。実態はともかくご意見番の孫娘として知られているエリート。他人に興味を示さず、ほとんど愛想もない。それでも教師陣からの覚えはめでたく、何でも当たり前のようにこなす様子がムカつくと毛嫌いされるタイプの優等生。自然と女子の集団から孤立しているアオイは男子から見ても当然近寄りがたい存在だった。
だからその日も、賑やかな教室の中でアオイの周囲に人はいなかった。
「隣いいか?」
「……?」
そんなアオイに声を掛けるのは同じく孤立しているネジであった。こちらは実力主義を以て人を見下しているが、同じ“エリート”として名前が挙がるアオイには少々気安いところがある。そんな主席と次席の並びに少しの邪推を持って関心を向ける者は何人かいた。
アオイは反応薄く、ネジを注視する。しかしすぐに興味を無くしたように読んでいた本へと戻っていった。
「別にいいけど……なんのつもり?」
「何でもいいだろう。空いていたから偶々だ」
「そんなこと聞いてない」
“あなたヒノメでしょ”
互いにしか聞こえない小声でアオイが指摘する。ネジの顔が意外、という様子で確かに表情を変えた。大当たりだ。しかし、正体を言い当てられてもヒノメは変化の術を保ったままであった。
「よく分かったな。慣れているのか?」
「あなたが分かりやすいんだよ……なんでそのままなの?」
「これには深い理由があってだな」
声を抑えて、心なしか親密にも見える距離感。なんの話だと、聞き耳を立てる者もいる。心無く冷やかす者もいた。
「いいわねーエリート様は。もう余裕綽々って感じ?」
「何の話?」
女子の集団、そのうちの一人が嫌味な笑みを浮かべている。クラス内では要領が良く、くノ一上位のリーダー格。教師のいない空間では、どうしても勝てない相手であるアオイを目の仇にしている。
「とぼけなくていいでしょ。色恋に現抜かす暇があって羨ましいって誉めてんのに」
「興味ないよ。あなたが勝手に早とちりしてるだけ」
アオイは平然と返すが、リーダー格と同調する周囲はその態度がまた気に食わない。それが伝染して教室の空気も最悪だ。これだから女子は怖いよな。そう内心愚痴りながら、どう口を挟んだものかヒノメはネジの言動を模倣しようと頭を働かせる。が、しかし。
「誰が誰と付き合おうがあんたに関係ないでしょ。そうやって、自分のことを疎かにするから
「!」
背後から思わぬ援護が飛んだ。後ろの席に着席していたテンテンが、余裕たっぷりに笑っている。いつもは火に油を注ぐようなタイプでは無い筈だが。一体どういうつもりなのか。
「何舐めた口聞いてんのよぶりっ子! 偶々得意分野引いたからって調子乗らないでくれ……る?」
集団内の一人が負けじと言い返そうとするが、視界に入った人物を前にしてその勢いが止まってしまう。
──ガツンッ!
「ぐだぐだと見苦しい……おい、よくも人の顔で遊んでくれたな? 女装野郎」
「あ」
現れた本物のネジによる鉄拳制裁が決まり、机へ顔をぶつけた拍子にヒノメの変化があっさり解除される。元の言動も格好も男子に混じって違和感の無かったヒノメ。その見違えた姿に周りの反応はそれはもう様々だった。
「え、え? 何その格好! 可愛くなってる!」
「きも! 下忍デビューでもする気?」
『えっあれヒノメか?』『見た目ならアリだな!』なんて、好奇の声もちらほら聞こえる。今や教室中の意識がヒノメに集まっていた。
(……そういうこと)
袖がひらひらと揺れる淡い朱色の着物。切り揃えた前髪以外はハーフアップにし、長い髪は背中にさらさらと流れている。
可愛いお嬢さんにも見えなくはない格好は、一見するとよく似合っている。ただ、本人の趣味では無いのだろう。ネジを恨めしく睨み付ける顔にたおやかさは欠片もない。
「いってェなクソが! デビューでも女装でもねェわ!」
「いい!?」
あくまで不本意だと主張した。そして無遠慮に近付いて来た男子にはギロリと白眼で威嚇を飛ばしている。しかしそれを気にせず近寄ってくる猛者が一人いた。
「外まで聞こえてましたよ……何かありました?」
「ま、マシロくん?」
珍しくマスクを外したマシロがふらりと現れ、柔和な顔で笑い掛ける。先程の剣幕を何処へやったのか、女子の集団はすす、としおらしくなった。この教室ではよく見られる光景である。
「えと、ヒノメがね……」
「ああ、いきなり女形にされて不服なんですよ。ね?」
「オレは女形! いいなお前ら!」
何も解決していないが、ヒノメがその発言で随所を指差し偉そうにふんぞり返っている。
「リー、おはようございます。こっちの席空いてますよ」
「マシロ! おはようございます!」
『ヒノメは懲りませんね』などと宣いながら、教室を見渡してキョロキョロしていたリーに声掛けし、マシロはヒノメの隣にしれっと着席する。
これでもうこの話はお仕舞い。場の空気を有耶無耶にすることにかけて彼の右に出る者はいなかった。
「相変わらずね~」
「腹黒め」
「褒め言葉として受け取っておきます」
間もなくやって来たミズキが説明を始めた頃。アオイ達はマスクを普通に付け直すマシロを視界の端で捉えていた。
──
「今ヒノメがネジに変化してたら、すぐには気付けないかも」
「えー、逆じゃない?」
すっかり馴染んだアオイが、自信のない声でそう言う。テンテンからすれば「角が取れた」よりも「柔くなった」と表現する方がしっくり来る。自信がないからこそ対人で壁を作る必要があったのだとは後から理解した。
「前は声で分かったけど、ヒノメもお互いの距離感とかもう分かりきってるし。手強い気がする」
自信のなさは、自分に対する厳しさの裏返しだった。こういった視点はアオイがくノ一でトップになるのに一役買っていたのかもしれない。
「……なるほどね。そういう考え方もあるんだ」
「テンテン、私だけかもしれないから真面目に考えちゃだめだよ」
テンテンの納得の声に、やはりアオイはやんわりと自分の考えを否定しようとする。そこまで心配せずとも、テンテンとて鵜呑みにせず参考程度に留めることはできる。
「いいじゃない、いつか役立つかもしれないし」
「だから心配しないで」というつもりで笑い掛けると、アオイは『だといいな』と言ってまた困ったように笑った。
──
説明会が終わり、全体で班分けが発表された。ミズキの話では班一つに力が集中しないよう、バランスを均等にしてあるとのことだ。それを素直に受け取らない者もいれば成績のことをあげつらう者も中にはいた。
そんな中では冷静だった、近くに居合わせた六人はそのまま三班と四班というチームでやっていくことに決まった。
「これから、どうぞよろしくお願いします!」
ミズキが昼休憩を告げて出ていった頃。その熱意と裏腹に伸びない実力を揶揄して“熱血落ちこぼれ君”という酷い渾名を付けられた少年は、今後への期待を胸にチームメイトとなった二人に折り目正しい挨拶で歩み寄ろうとする。しかし、現実は非情だった。
「お前がいてもいなくても大して変わらないと思うがな」
「……ッ!」
「ちょっとネジ、流石にそれは……」
周囲から冷笑とリーを揶揄する声が上がる。誰もリーに味方する者はいない。残念ながら、ここはそんな教室だ。
リーは苦しげに口を引き結ぶとそのまま何も言わず立ち去った。テンテンが呼び止めても止まらない。
“ホント、なんでアレで卒業できたんだろ?”
“大体試験だって変だったし、絶対贔屓あったよね”
教室を出るか出ないかの境で、そんな声が聞こえた。残った五人に微妙な沈黙が降りている。いち早く動いたのはアオイで、自らも教室を出るべく席を立とうとしていた。
「ねえアオイ、よかったら一緒にお昼行かない?」
気づいたテンテンが、ふと前の席にいたアオイを誘う。アオイが振り返ってテンテンを見つめる。出てきたのははっきりとした拒絶だった。
「行かない。同じ班のネジでも誘ったら?」
「オレに振るな」
すげない返事にテンテンが肩を落とす中、見ていられなくなったマシロが横から声を掛ける。
「四班として誘ったら、あなたは来てくれますか?」
「行かないよ。お昼くらい一人でゆっくりしたい」
「じゃあ最初からそう言えよ」
ヒノメからきつめの声があがっても、アオイは淡々としている。
「行く気がないとは最初から言ってる」
「『理由があるからごめんね、行けない』まで伝えろってこと! 成績いいくせに会話も出来ないのか?」
「……“仲良くする気がないから”こうしてるのに」
アオイの言い様にヒノメが思わず真顔になる。これはだめだ。何処までも平行線を辿りそうな予感に軽く目眩がした。この状態でチームなんてやっていける気がしない。今日の今日まで他者への深入りを避けた自分の判断を呪った。
「いいよ、ヒノメ……アオイも引き留めてごめんね。もう大丈夫だから」
テンテンがそう言ったのを最後に、アオイは今度こそ教室を出て行った。
「なんだアイツ」
「……何か言いたいことがありそうですね、ネジ?」
目敏いマシロに指摘され、ネジは愉快そうに鼻で笑う。人に巻き込むなと言いつつ、一部始終を眺めていたのはどういう了見だろうか。
「無駄なことをしていると思っただけだ。端から捕まえる相手を間違ってる」
「それはどういう……」
マシロが詳しく聞き出そうとするが、ネジはそれに構わず行ってしまった。『高みの見物気取りか』と吐き捨てながら、ヒノメは残されたテンテンに昼食の誘いを持ち掛けるのであった。
──
ヒノメとテンテンに遠慮してそれとなく席を外したマシロは、見晴らしの良い二階で昼食をとっていた。天気は良いが、あまり気分はよろしくない。建物の陰になっていた軒先に教室で別れたばかりのネジという先客がいたからだ。
既にお互いの存在には気付いてしまっていたが、今更移動するのは負けな気がする。そんな気持ちで無言のまま、二人は自分の腹を満たすことに集中していた。
「……あ」
食べ終わりに水分で口を潤していると、視界の先によく目立つ青色を見付けた。アオイが、敷地内を散歩を楽しむような足取りでゆっくり歩いている。それだけならマシロだってそこまで気にすることはなかった。
(あんな風に、笑えたのか)
一瞬だが、何かに気を取られたように自然な笑みで笑っていた。いつも冷めた目で周りを見て、つまらなそうな顔をしていたアオイがだ。よく見れば教室にいるよりずっと明るい表情をしている。
「ネジ、聞きたいことが」
「……何だ、今更」
瞑想の邪魔をしてしまったらしく、ネジは鬱陶しそうにしている。目を開けたことでアオイの姿を視認したのか、『アイツか』とマシロの関心に気付いたようだった。
「アオイのスタンスは……彼女は、あなたとは違いますよね?」
「さあな。逆に聞くが、違ったらどうなんだ?」
マシロの問い掛けはとても漠然とした何かの確認であった。あまりに要領を得ない聞き方に、ネジはマシロの医療忍者でもある頭の出来を少々疑う。
「アオイが人を避ける理由が、僕と同じなら良いと思って」
独り言のような、あまりにも頼りない口調だった。振り返ってマシロを見上げれば、既に見えなくなったアオイを探すように遠くに目を凝らしている。幼い時分の、ヒノメの金魚の糞でしかなかった頃の弱々しいマシロを思い出す。
「フン……そもそもの能力差や、他人を必要とするお前とでは勝手が違う。的外れな同情なら煩わしいだけだぞ」
「……気を付けます。すみません、お邪魔しました」
マシロはここに来た時と同様に、立ち去るのも静かなものだった。そうして落ち着いた環境には戻ったものの、ネジが瞑想に戻るにはまだ少し時間が掛かりそうだ。
「……」
背筋を伸ばそうとして顔を上げる。見上げた空はどこまでも澄んだ快晴だった。
──
「ガイ先生を越える衝撃って、そうそうないと思うのよね」
「……今は慣れた?」
テンテンのしみじみ言った声に、アオイが反応する。作業の手は止めずに分担が出来ている。二人は現在手裏剣の的を交換中だった。普段使いの消耗品なので運び入れる数は多いが、この場での作業自体は少なくていい。
「どうだろ、やっぱりまだノリに付いてけない時もあるけど……勿論、自分の修行で必要なら別よ?」
「ふふ、テンテンはガッツあるからね」
しゃがみながら支柱の先を縦穴に沿わせる。綺麗に嵌まり穴の底で音が鳴った。
「でなきゃあのチームじゃやっていけないし! ……そっちはどんな感じ? 私スバル先生のこと、未だにちょっと分からなくて」
次の的を持ち上げ、寄り掛かかって強度を確かめる。問題無し。
「スバル先生は……印象通りというか、人によるというか……」
「なにそれ」
──
「なあガイ……もういい加減離してくれてもよくない? 重いのよ」
「しかしだな」
「これで遅刻したらもう語り種よね」
「あーはいはい……ったく、そんなだからモテないってのに」
「ばっか、カカシ! それは言わん約束だろうが!」
「言っても良いけど、先に結婚なり婚約なりはしてくれる?」
「いや重……」
他の上忍と思われる大人と同様に何人かの生徒が遠巻きに様子見していたが、そろそろ昼休憩も終わる頃だ。ちらほらと教室に戻ろうとする者にはアオイも混じっていた。
「スバル、後ろ後ろ」
「?」
「あそこにいるの、お前の担当の子だろ?」
そんなやり取りのあった、次の瞬間。
「水戸門アオイね」
「ッ!……」
上忍達にはもう意識を向けていなかったアオイが、まさに階段を上ろうとした直前だ。不意に肩に手の重みが乗って、先ほど見かけた女上忍の声がすぐ後ろで聞こえた。そこそこ距離が空いていたのに、一瞬で詰められている。
「四班は屋上集合よ。他の班員にもそう伝えておいて」
アオイが慌てて振り返った時には、女上忍はもう用は済んだとばかりに踵を返すところだった。気ままに離れて行く背中を見送りながら、アオイは一人呆然と立ち尽くす。
(あれが、上忍……)
横顔は髪で隠れて見えず、目に付いたのはピアスの多く並んだ耳ぐらい。その中で僅かに覗いた目元はとても黒く縁取られていた。ただ、そんなことよりもアオイはその上忍の底知れない雰囲気に呑まれてしまっている。
「あーあ、ビビらせちゃって。可哀想に」
我に返って階段をかけ上がっていくアオイを横目に、はたけカカシは少しわざとらしい口調でスバルを詰った。既にガイの腕からは抜け出し、壁に寄っ掛かって愛読書の『イチャイチャパラダイス』を開いている。通称イチャパラには誰も突っ込まず、神妙な顔のガイがカカシの言葉に同意した。
「大人しそうに見えたが、この調子で大丈夫か?」
始終無表情のスバルが何を考えているのかは分からない。積み重ねがある故にその内心の機微を察するのは難しかった。
「今は何とも。他の子との関係次第ね」
元々チームメイトな訳でもない尖った個性の三名だが、揃うと奇妙に釣り合いが取れるらしい。全体を見守っていた経験豊富な上忍師の一人は、後輩にあたる若手達を見てそんな感想を抱いたという。
──
「わざと取っ付き難くしてて……丁寧で優しいけど、厳しくて容赦が無いのも本当だし……」
「なんか、聞いてるだけで混乱するぅー」
教え子であり部下であるアオイでその調子なら、テンテンが分からなくても無理はないかもしれない。テンテンが頭の中のスバル像を見直していたら、アオイが少し笑って『でもね』と付け加える。
「スバル先生もブレないなって思うよ。一定の軸がずっとある感じ」
「つまり、どっちも我の強い先生だったってことね?」
道理でガイ相手だろうとマイペースにしていられる筈だ。心臓に毛でも生えていそう、というテンテンの受けた印象はそれはそれで当たっているらしい。
「お陰で私も変われた気がする。四班の中で、ちゃんと叱ってもらえたし」
アオイが噛み締めるように思いを口に出す。
「大丈夫? 叱られ過ぎてない?」
「大丈夫だよ、多分……」
「それはそうと矯正中かもしれない」とは言えなかった。
──
昼休憩を挟んだからといって、ヒノメとアオイの確執が解消されることはない。それでも“仲良く”はせずとも、切り替えて必要な情報の交換くらいはできる。間に挟まれたマシロの態度は少し変わりつつも、表面的には落ち着いている……筈だった。
「あんっの上忍マジでなんなんだよ、やる気あんのか?」
「あの人は“無”そのものでしたけど、あなたも人の事は言えませんからね?」
「……誰か、試験内容の予想つく?」
配られたプリントをグシャグシャに握り込みながら、ヒノメはその顔を不快感丸出しに歪める。その感情の先は既に立ち去った女上忍へと向けられていた。
集合場所はどこの屋上とも指定されていなかったので一番近い場所に足を運んだ三人だ。問題はそこに現れた女上忍・むつらスバルが、アオイに負けないくらい情緒を軽視するタイプの大人であったことによる。
最低限名前を名乗るだけでヒノメが提案した自己紹介を『情報は貰っている』と一蹴し、自分の用件である“下忍選抜試験”の通達だけしてその場から早々に立ち去ってしまったのだ。
アオイの『仲良くする気がない』を更に進化させような、そんな悪夢のような時間だった。
「班のバランスは均等になっているらしいですし、個人の技量で左右される要素を問われるとは思いませんね。上忍の裁量で合否が決まるなら……例えば“根性”とか」
「根性?」
「例えばですよ」
マシロが自分の考えを述べる中、ヒノメは指を組みながら自分の置かれた状況について考え事をしていた。特に目ぼしい情報もないプリントは変わり果てた姿で袖の中に放り込まれている。
試験で必要とされることは分かっているし、“記憶”にあるガイ達三班の合格は一先ず疑っていない。ヒノメが問題視するのは“自分達にも合格の可能性が存在する”という事実だった。
(約三割なら二班分……名門一族は他の班にだっている……ただアオイがNo.2ってのがな)
元々マシロとは切っても切れぬ仲の幼馴染で、過酷な状況でもお互いを見捨てるようなことは無いと信頼している。つまり四班がチームとして出発したいなら、残りのアオイにチームワークの意識がなくてはならない。
白眼や医療忍術といった個性のあるヒノメとマシロに比べれば、アオイに特記事項は無いように思う。挙げるとすれば“水戸門”を背負っていることだが、アオイ本人がそれを笠に着た所は見たことがない。そして教師陣がどう思っているかはともかく、里の上役たる水戸門ホムラが身内の贔屓を容認するとは思えなかった。
(……むしろ“逆贔屓”はありそうだ)
“結果を出すのが当然で、出せないならそれまで”
どこかで聞いた厳格で息苦しい考え方と在り方が脳裏を過る。ヒノメは要領を掴んで気楽にやっている方だが、アオイはどうだろう。ヒノメの見立てではまともに抱え込んで消化出来ないタイプに思える。ああ、もしかしたら。
(潰れる寸前……?)
他者の言動や心について全く意に介さない訳じゃない。何も感じていない訳じゃない。しかし自身の心が既に手一杯で、新しいことに手を伸ばす余裕が無くなってしまっているのだとしたら。
(……オレも、腹括る必要があるな)
そんなヒノメと何かを察したマシロがアイコンタクトで決意を共有する中、プリントに一人目を落とすアオイは何も気付くことはなかった。
「朝食抜き……確かに精神的な試験なのかも」
「血液検査じゃあるまいし……なあ?」
「破るなら自己責任でどうぞ」
──
「お二人さん! そっちはどうだ?」
廊下の先から溌剌とした声が聞こえた。階段の上から階下を覗けば、こちらにやって来るヒノメの姿が見える。
「もうちょっと! ヒノメの方はもう終わりー?」
「マシロの影分身様々だ、アイツは外の方見に行ってる!」
機嫌よく階段を上ってくるヒノメに、テンテンはすっと持っていた荷物の袋の一つを差し出す。ヒノメは素直に受け取りすかさず中身を確認した。
「おっけ、トイレ用だな。上の階ので良いのか?」
「うん……あ、そうだ! この後皆でお昼いこ? 色々聞きたいこともあるの」
「何だ? 聞きたいこと?」
妙に静なアオイに目を向ける。ヒノメに笑い掛けながらも何とも言えない微妙な顔をしていた。はて。
「……テンテンとね、ちゃんと下忍として認められた時の話してて」
忘れもしない“下忍選抜試験”の日の話題だと、ヒノメはアオイの言わんとすることに気付いた。そらそんな反応にもなる。
「三班はガイ先生と鬼ごっこしてたんだけど……四班の事って言いづらかったりする?」
「あー……上司による精神的・身体的苦痛でな」
「パワハラってこと!? 大丈夫だったの、ソレ!?」
多かれ少なかれあの時はどの班も大変な思いをしていただろうが、合格班であるヒノメ達にとっても軽くトラウマになった出来事である。
「……何で合格できたんだろうな」
「……私も分からない」
「そんなに?」
その経験を越えたからこそ今の四班があるのだが、必死過ぎて当時の記憶がどうもあやふやになっている。ただ、合否判定後の安堵感はよく思い出せた。
「尋問部隊のノリでアカデミー生脅すのは趣味悪ィよな」
──
「クソ、が……」
「まだそんな口を利く余裕があるの?」
呆れているというポーズを見せながら、無表情のままのスバルは地面に横たわる子供達を冷徹な眼差しで見下ろす。結局、こうなってしまった。
三代目から正式に四班の担当を任された後のこと。間もなくスバルは子供達の保護者から呼び出しを受けることになった。その用件は二者面談のようなかわいいものではない。
『死なない程度に追い詰めろ』
耳を疑うような内容を、両者は言葉は違えど同じ意図によって口にした。曰く『甘えを無くすため』だと。
『お前が生半可をするようなら、あやつらを下忍として認める訳にはいかない』
ホムラはそう言って、当日の試験を暗部に見張らせると宣言した。
『何故そうまでする必要があるのですか』
『元はと言えば、あの子が求めたことだ。目標までの過程を口で言い聞かせるだけでは足りない。自分が目指している目標がどれだけ過酷なものか……この選抜は、それを教えてやるには良い機会なのだ』
『……』
日向一族の長老も『アレがどれだけ持ち堪えられるか、試してほしい』と、ただただ親心を滲ませたような口振りで語っていた。彼らがスバルに依頼したのは「獅子の子落とし」の“獅子役”に他ならない。
『選びなさい。ここで一人生け贄役を決めるか、それとも三人まとめて忍者をやめるのか』
合格のために後まで続く遺恨を残すのか、友情をとって全員がチャンスを捨てるのか。その二択を強制するだけの権限が自分にあると嘯いた。
当然子供達は反発し、実力を示して三人での合格を認めさせると意気込んでいた。普通の試験ならこの時点でもう合格基準を満たしていたのかもしれない。
とはいえ、気持ちだけで上忍を卸すことなど不可能だ。
奮闘も虚しく、この場にはお互いを庇うように踞る子供達と、それに無感動な大人しか存在しない。彼らの目に諦めの色は無かったが、そろそろ体力も限界に近い。スバルが全員を気絶させてアカデミーへ送り返すしかない、そう考えていた時だった。
「あんの、クソ爺が……!」
「じじい?」
立ち上がろうと手を付いていたヒノメが、文字通り血を吐くような憎悪を滲ませた声で誰かを罵倒する。摩擦にやられた指で地面に爪を立てる様子は、怒りと執念に取り憑かれていた。
「どうせ……どうせまた、オレらを見て笑ってんだろ!! なァ!!?」
「!」
ヒノメは癇癪のままに、握りしめた拳を地面に叩き付ける。苦しい絶叫が辺りに響いた。
「ヒノメ、落ち着いて……! このままだと、それこそ思う壺です!!」
「……ああ……そっか……」
ヒノメの感情が連鎖し、今度は別の一体感が子供達に芽生える。彼らはもう、スバルを認識しているかも怪しかった。もう全員が理不尽の正体に気付いて、理解してしまっている。スバルではその確信を誤魔化せるような段階には無かった。
「そうね……もういいわ」
「あ?」
「三人とも、合格よ」
「は、」
「……え?」
土に汚れ、細かい傷だらけになった顔がポカンとこちらを見上げている。紛れもなく自分の手で痛め付けた結果にも関わらず、なんて酷い有り様だと非難したくなる。こんな事を思う時点でもう“役”には戻れそうにはなかった。最初から試験など建前に等しい。そして介入した者の腹の内がバレているのなら、この茶番を続ける意味もない。
「怪我の治療をしないとね……それが終わったら、改めて自己紹介しましょう」
子供達が不思議そうに顔を見合わせる様子を見て、少しだけ表情を緩める。この試験でスバルに問われたのは、木ノ葉隠れの里で生きる上忍師としての覚悟だった。
──
「結局ミズキ先生とは会えなかったな~」
「忙しいんだろ、色々」
「……ね」
校舎内の作業が完了させ職員室を覗いた帰り道。
「飯どーする? オレ一楽の気分」
「いいわね、ラーメン! アオイはどう?」
「良いよ~……ん?」
「何よこれ、通り雨みたいじゃない」
屋外はバケツを引っくり返したような様子の水浸しだった。こんなことが出来るのはマシロの水遁しか思い付かない。
「どこにそんな余裕が……やっぱバテてんじゃねぇか」
「本当に何やってんの?」
掃除目的で水を使ったのは伺えるが、それにしても豪快である。迎えに行った先で男三人達が大仕事終えたような様子で涼んでいたのがアオイには印象的だった。
その午後、鍛練に身の入らない者が何人か出たという。
──
「じゃじゃーん! どうだ、カカシ人形!」
「初めなのに結構上手だねェ」
「何だよ、もっと他に言うことあるだろ!」
「……ソレ殴るの?」
「ダメーッ! もっとこう、オレのこだわりっぷりに注目しろってばよ!」
「ええ……」
ナルトがプリント片手にアオイの家を訪れたのは、説明会があった日の事だった。アオイの年の下忍選抜について聞かれたので、「自分を含め合格者は六名であり、はたけカカシは本当に同級生を不合格にしている」ことを教えてやる。
それで危機感に焦ったナルトが取った行動は「カカシを模した人形で特訓する」であった。
そうしてアオイの裁縫道具達が引っ張り出され、ナルトの驚異の集中力により『カカシ人形』が先程完成した。悪戯と変化で慣れているのか何となくでも特徴を捉えている。
それをこれから殴る蹴るするのかと周りの掃除をしながら微妙な気持ちになったが、アオイはふと大事なことを思い出した。そして人形を抱えるナルトに対してきちっとした声で告げる。
「特訓もいいけど、今のうちにちゃんと夕食食べておきなよ?」
「?」
「朝食抜き、絶対守った方がいいからね」
「お、おう……?」
説教でもないのに真面目腐った表情のアオイに何か妙なものを感じたが、ナルトはその真意がいまいちよく分からなかった。
プロット見ない方が筆進むのは何でだろうね。