キャラごとに情報量違うので書く側も勘違いしてないかちょっと不安。今後もし問題があったら予告なく修正入れる可能性があります。
※後書きにイラスト有り。
「なあ、いい加減機嫌直せよ」
あまり広くはない部屋の中、沈黙に耐えかねたヒノメが俯いたままのマシロに厳しい声を向ける。どうやって話しかけようかと躊躇していたアオイには真似できない直球さであった。
「……別に機嫌が悪いとかじゃないですよ。気持ちの整理がつかないだけで」
顔を上げる気配はないが、膝に抱え込んだ茶色の毛玉を撫でるマシロの手付きは落ち着いたものだ。膝上の毛玉……耳のリボンが特徴のトラは、のんきに喉を鳴らしマシロの手に擦り寄っている。
その光景自体は微笑ましいが、見ている側の心中は穏やかではなかった。
「だったら尚更、今のうちに言葉にして認識共有しとかないとだろ。任務前に要らんわだかまり残す意味ねぇよ」
「マダム相手で疲れてしまって。話くらいは聞けますから二人で始めておいてください」
「お前が当事者だっつうの……ったく」
マダム・しじみ──大名の妻にして今回の任務における大名の意向の伝令役であり、トラの飼い主その人である。
顔合わせの際に一目で気に入られたマシロは、その独特な勢いに気圧されマダムの個人的な興味の餌食となってしまったのだ。三代目が本題のために助け船を出さなければあとどれだけ拘束されていたか分からない。あれはまさしく嵐のようなひと時であった。
現在四班はスバルが会議の傍聴のためここにはおらず、下忍三人は応接室のような個室で待機を命じられている。
尚、アオイ達の事情について開示されてからは一刻も経っていない。
そんな中でマダムから預かったトラはマシロにとって唯一の癒しなのだ。彼女が抱えていたトラが一目散にマシロの方へ寄って行ったのは何か通じるものがあったのかもしれない。
「アオイはどうだ。いきなりマシロが兄貴になった感想は?」
手で何か刻む仕草をしつつ、ヒノメが一先ずといったようにアオイへと向き直る。真剣そのものだが、最初からマシロが無視できない話題を持ってくる辺り容赦がなかった。
「……正直に言うと、“納得”かな。驚きはしたけど……言われてみたらマシロとお父さんが結構似てる気がしてさ。癖毛だけど、お父さんは目も髪も黒なんだよね」
ゆっくり言葉を選びながら、アオイは改めて写真の中の父親を思い浮かべる。丁度、写輪眼を見せたの時のマシロなら印象も近い。
(でもそれより……)
「真面目で落ち着いてるからかな? 元々マシロの事は“お兄さんっぽい”って思ってて……うん、私からすれば違和感ないね。これで弟ならどうか分からないけど」
「真面目?」
「私は真面目だと思ってるよ?」
ヒノメは胡乱げにしているが、アオイはヒノメの事も真面目だと認識している。
「ん-……でもそうか、親父さんとは共通点があると。あ、ちなみにマスミさんの写真はこんな感じだな」
言葉を飲み込んだヒノメはふと何か思いついたように印を結ぶ。机上に現れたのは分身と変化の併用で作った幻影の写真立てだった。
写真には白い髪を三つ編みにした女性が笑顔で写りこんでいる。マシロの母親として見たらそうと分かる顔立ちをしていたが……
「私とは似てないね」
「オレも母親とは似てねェし、そんなもんだろ」
幻影を消したヒノメがこだわりなく言う。
「……随分冷静ですね。受け入れるのが早いというか」
ぽつりと、真意の読めない声が耳に届いた。ようやく顔を上げたマシロはアオイの方を向いている。
「元々色んな情報が欲しくて忍者目指してたし……」
「それで『一人前になりたい』か?」
「そう、情報を扱う側になったらお父さんの事知れるかなって……でも気持ちが追い付いてないのもあるかな」
マシロについてはともかく、両親の話は未だ現実味がないままだ。アオイは自分に流れる一族の血というものにもいまいちピンと来ていない。きっとマシロと比べたら血縁というものに疎いのだろう。
「母さんの使った禁術や、美空一族の状況については興味ありますか?」
「興味というか、知らなきゃ気が済まないと思う」
「真相解明には乗り気って訳だ」
「うん」
(おかげで方針が定まったよ)
この探求心がどこから来るのかアオイ自身もよく分からない。だが命を懸けても良いと思えるような欲求なのは確かだった。
「……僕も、考えていることは同じです。自分達の事を他人に預ける気もありません。アオイほどすぐに割り切れはしませんが」
「じゃあ何で引っかかってんだ? 今はそれ言っとけよ」
尋問のようにマシロを詰めるヒノメだが、マシロが抱えている感情にはもう見当がついているらしい。その口振りには余裕があった。誰の為だか、分かっていて本人の口から言わせようとしている。
マシロは観念したように肩を落とした。困った時に口元を手で覆う癖はマスク越しでも関係ないようだ。どう話したものかと考え込む間でアオイの方が気まずい。
「……血の繋がった存在が身近にいるって僕としては結構衝撃だったんですよ。アオイと双子だなんて、想像もしてなかった」
「嫌だった?」
「いいえ、ただ……」
ため息を挟んでもう一度アオイと目を合わせた時、今度のマシロは笑っていた。
「自分の弱さが余計嫌になった。アオイみたいに強く在りたかった」
「……」
「嬉しいのと同じ位、苦しいんです」
アオイが返答に困って何も言えずにいる中、ヒノメは苛立たしそうに大きく舌打ちする。
「ここまできて回りくどいぞ。はっきり言えよ、“嫌われるのが怖い”って」
「!」
「嫌う?」
ヒノメの言葉を確かめようとアオイは今一度マシロの方を見るが、あからさまに目を逸らされた。
「妹とか関係無く、コイツは元からアオイのこと好いてる。失望されたり避けられたりが一番堪える位にな」
「好き?」
「人として、人としてですよ! 女性だと思ったことは──あ……」
これは聞かなかったことにした方が良いのだろうか。
「マシロ?」
「語るに落ちるタイプ~」
「違、違くて──「ニャ」……トラ君……!」
膝に居着いていたトラがあんまりなタイミングで去ってしまい、マシロはいよいよ動揺した人間のお手本のような反応をしている。今まで見た中で最も弱り切っていた。
もう見てられない。
「大丈夫、分かってるから。性別なんて関係ないってことでしょ?」
「……はい」
声は弱々しいものの頷きは深い。先程のあれは事故だ。そうしておこう。
「さっき私マシロが弟っぽくないって言ったけど、そんな事ないね。当たり前の事だけど、やっぱり同い年だなって思っちゃった」
「呆れましたか?」
「ちょっとは。でも……」
ふと、部屋の隅で欠伸をするトラの姿が目に映った。
アオイの口元が自然と綻ぶ。兄妹で見た目は似ていなくとも、内面の方は通じるものがあったらしい。
「お互い様だよ。私は大事にしてくれる人のこと嫌いになんかなれないし、その人達にがっかりされるのはすごく怖い事だと思う」
「それ、は……」
「私は二人のことも、先生のことも大好きだよ。だから頑張ろうって思える」
マシロだけでなくヒノメまでもが予想外という顔で固まった。自分にまで言及すると思っていなかったのか、気が抜けたようにきょとんとしている。
「……良かったな、マシロ。お前の妹はお前を上手く転がしてくれそうだぞ」
「ええ、そうみたいです」
「転がす?」
「励ますのが上手いって話」
「本当?」
ヒノメはニィと笑うだけだ。一体ヒノメの中で自分はどう思われているのか、アオイはそれ以上を聞かないことにした。
「それで言ったら、ヒノメが積極的に会話回してくれて助かったよ。私は最初の一言で悩んで動けなかった」
「まあか・な・り強引ですけどね~」
「うっせ、嫌なら自分から動いとけ」
「ははは」
──
「あれ? そういや誕生日……」
「今更変えるのも嫌だからこれまで通りがいいな」
「それは残念」
──
「──と、違う違う。オレが話しておきたかった本題はもっと別!」
「写輪眼についてでしょう?」
仕切り直そうとするヒノメに、落ち着きを取り戻したマシロは分かっていると頷きを返した。話が早い。
「チームの下忍二人が瞳術持ちなんて、狙う側からしたらカモでしかない。オレは最悪呪印があるが、これは日向流だしな……マシロはそもそも、人前で使わないやり方で自衛した方が良いんじゃねェかと思う訳よ」
ヒノメはつらつらと自分の考えを語る。自他問わず命に関わる問題だった。
「どうせお偉方は把握してる。それで自分から公表するのはリスクしかないだろ? オレなら下忍でいる間は言いたくない」
そして小さな声で『隊長クラスになったら言わねェと信用問題になりそうだが』と付け加える。
リスク、信用。人が嫌い避けたいものと、信じて頼りとすること。平たく考えるとどちらも評価や可能性の話でしかないこと。
「……写輪眼って私にもあるのかな」
「体質だから、正直分からん。もしそうなったら瞳術チームとして運用されそうだな」
苦笑いでヒノメはその状況を想像している。
「自分で信用してる人に伝えておく等は構いませんか? あまり隠し事って得意じゃないので」
「それはお前の判断に任せるが……忍なんだから隠密は頑張れよ」
「僕ではもう持て余してます」
「い、潔い……」
マシロは提案に納得こそしているものの、実際に可能かは別だと完全に開き直っていた。
「アオイが開眼していれば有効活用出来たでしょうに」
「たられば言うな。誰も最初から使いこなせるとは思ってねェよ、要特訓だ」
「何がどれくらい見えるとか、確認しておかない?」
アオイは写輪眼の能力が凄いことは知っていても何が凄いかまでは詳しくない。強力故に畏怖された能力というものに単純な興味があった。
「そうだな……二人で後出しじゃんけんやってみろ。わざと負けるやつ。普通のと写輪眼とでどれくらい違うか比べてみようぜ」
「久々だなぁ」
アオイが先手を担い、まずは自然な状態で十回ほど繰り返す。八回成功だった。次に写輪眼を出してもらい大きく速度を上げてまた十回を繰り返した。すると……
「全部、成功……」
「迷いなしか」
反応が速いという言葉では温い。事前に打ち合わせしたかのような淀みなさでアオイが十連勝してしまった。アオイから見ても同時に繰り出しているのではと錯覚しそうな程だ。
「出した手の順番も覚えましたよ」
「そら印見たら術も分かるわな」
出していた白眼をしまい、ヒノメは何やら考え込んでいる。
「チャクラが脳に作用して……ん、逆か? でも今のだと……」
「ヒノメ?」
「いや、動体視力と判断能力って別だろ? どっちもキレが増すのは何でだろうなって」
同じ瞳術でも白眼とは勝手が違うらしい。アオイにはよく分からない領域だった。
「僕的に言葉で表現すると……情報の取捨選択と身体への伝達がチャクラで補強されているんだと思います。普段無意識に沈んでいる部分が意識に上ってくる感覚があって、その中で必要な情報同士を結び付けるのが容易に行えるので、身体を動かして望んだ通りの動作を取るのも滞りなく行えます。記憶の処理も同様に、必要な情報を抜き出し並べて記録するまでが意識に沿う形で行われているので、想起するのにも都合よく保持しておけるようになってる訳ですね」
「んん……?」
マシロが何か大事なことを話しているのに途中から内容が頭に入ってこない。
(眼が、というよりチャクラの働き……ヒノメの幻術みたいな事が起こってる?)
「要は発動中脳での処理能力自体が上がってると……精神的に負担でかくねぇか?」
「大きいでしょうね。便利だとしても頼りたくはないです」
「私じゃ無理そう……」
アオイは聞いてるだけでげんなりした。マシロも負担の方を考慮し持て余すと言っていたのだろう。
「さーて、どう鍛えたもんか」
「今は止してくださいよ」
考え事を始めているヒノメは、今話して起きたいことは大方話終えたようだ。アオイとしてはそろそろ気分転換をしたい頃である。
「……もう一回後出しじゃんけんやらない? 私もわざと負ける方やってみたい」
「あ、じゃあオレもやろ」
「今度は僕が先に出しますね」
いつの間にかトラも寄ってきて三人のじゃんけんを見守っている。
そうして続くはあいこ、あいこ、あいこ……マシロの成功率は元々高かったようだ。頭で分かっているのにどうしてもアオイの手は勝つ方を出してしまう。結果としてヒノメに惨敗であった。
「意外だな……」
「これもしかして自分に負けてる?」
アホを見る眼でトラがアオイを見上げていた。
──
二人に付き合ってもらい、アオイが何とか自分の癖を矯正出来た頃。
代わり映えのない光景に飽きたトラがゆるゆると扉に近付き、こじ開けるかのような動きで何度も前足を押し付けている。
「引っ掻いちゃダメだよ」
「ニャーン」
アオイが近付いてもトラは逃げない。それどころか鳴き声で何やらアピールしてきた。猫の言葉は分からないが、これが「開けてくれ」との主張だとは分かる。
「お腹すいてるんでしょうか?」
「アオイ、ソイツが脱走しないよう抱えておいてくれ。そろそろマダムが戻ってくる」
「……意外と重たい」
トラはけろっとした様子で腕に収まってくれるが、不馴れなアオイの方が緊張ものだ。見かねたマシロが交代しようとした時、丁度扉の向こう側で人の気配があった。
「お待たせ~トラちゃん、良い子にしてたかしらァ?」
「はい、ここに──「ニャーン♡」……ったい」
マダム・しじみを認識した途端、トラはあっさり腕から飛び降りていった。さながら分かれる前の再演、今度は立場が逆だ。飼い主の元に戻るのだから問題はないが、何か釈然としない。
「やられたようね」
「!」
下忍達は皆してマダムに気を取られていたが、その後ろにはこちらを見守るスバルがいた。
「もう話は終わりですか?」
「いえ、まだ掛かるわ。貴方達にも顔合わせしておいて欲しい人がいてね。それで呼びに来たの
……マダム、私達はこれで失礼しますが、どうぞごゆっくりなさってください」
「ええ。トラちゃんの相手、ありがとうね~」
トラはマダムからおやつをもらいながら、機嫌よくウニャウニャ言っていた。四班は彼らに別れを告げまた別室へと移動する。
「現金なヤツだったな」
「まさしく猫って感じ」
「ははは……」
腕の引っ掻き傷をマシロに治してもらいながら話していると、先導していたスバルが微かに笑っているのが背中から伝わってきた。と言っても目的の部屋の前で入室の断りを入れる様子はいつも通り淡々としている。
「……どうぞ」
返ってきたのは、明らかに居心地が悪そうな年配の男性の声のだった。
「お待たせいたしました」
「なんじゃ、部下というからワシはてっきり……」
通された先で待っていたのは一人の眼鏡を掛けた老人だ。少々アルコールの匂いが気になる。体格は良いが一般人らしい。肩身狭そうに緊張していた所、新たにやってきたのが子供三人と見て露骨にホッとした様子だ。
「こちら、波の国からお越しになったタズナさんよ。これから波の国の地理や現状について教えてくださるから、しっかり頭に叩き込むように」
「よろしくお願いいたします」
「おー、どこから話したもんか……ん?」
自分の荷物から紙の束を取り出していたタズナが、ふとこちらの方を向いた。正確にはアオイの隣にいるヒノメ一人を注視している。
「そこの、赤い着物の嬢ちゃん」
「はい?」
「あんた、ジュズって知っとるか?」
「……人伝には聞いたことがあります」
唐突な問い掛けだったがヒノメには通じたらしい。ただし回答は最低限なものだった。
「そうか……いや、超スマンかった。気にせんでくれ。そうそう、これが波の国の全体図で──」
返事を聞いて残念そうにしたものの、タズナは気を取り直したように自国の地図を机上に並べる。一目で島国と分かるものから、同じ土地でも縮尺が違うものまで様々だ。かなり使い込まれた私物らしい。
「──この地図で言うとここからこう、開通する予定なんじゃ」
地図を指でなぞりながら、タズナは少し熱の入った声で自ら手掛ける橋の構想を語る。
国内におけるガトーカンパニーの横行と、悪化する状況に活力を失くしていく国民と。そんな状況を打破する為に島国国家が海運に頼らないで済む方法。それが橋による新規ルートの開拓で、橋の完成こそが波の国の希望なのだという。
まだ火の国の国内でしか活動経験がないアオイには、想像が追い付かない部分も多い。だが、その状況下に置かれたタズナが強く助けを求めていることはよく伝わってきた。
「ありがとうございます。これで我々も現地で活動するのに備えられます」
「しかし、こんなガキばっか連れてどうする? まさかわしの依頼でもそうなんか? 困るぞ、ちゃんとした大人でないと……」
事務的に話を終わらせようとするスバルへとすがるように、タズナは自分の不安を口にする。今回四班が担当する任務の依頼主は自国の大名であり、タズナではない。ここでのタズナはあくまで情報提供者でしかなかった。
「一人は上忍が付くと思いますが……ただその場合、依頼が最後まで遂行されるかどうかは担当者との交渉次第かと」
「何故じゃ? 前金なら支払っとる!」
タズナ個人の依頼には何か問題があるようだ。でなければこんな警告じみたことをスバルが言う必要がない。
「想定される危険度では忍者同士の戦闘が発生し得るからです。適正なランクでご依頼頂けないと、敵対者の実力によっては最悪全滅してしまう恐れもあります」
「ぜ、全滅……」
「担当者が“依頼内容に偽り有り”と判断すれば、途中で任務取り止めとなってもおかしくありません。それだけ事前の情報というのは忍者にとって重要なものなのです」
スバルが平然と言葉を並べる中、タズナは全滅という言葉に怯んでそれ以上抗議を続けることは出来なかった。そうしてただ悔しそうに拳を握り、俯いてしまう。
国全体が金銭的に貧しいのなら、当然個人だって依頼金を多くは支払えない。そんな相手方の事情は分かっているだろうに、なんとも融通が利かないと感じるやり取りだった。
「……分かった。あんたに言ってもしょうがないんじゃな?」
広げていた地図を黙々と纏め終えるとタズナは静かに席を立つ。
「本日はご足労頂きありがとうございました」
「お互い苦労するの」
その言葉を最後に、笠を被りながら部屋を出て行ってしまった。
──
「……あれで良かったのか、先生?」
静まり返った部屋の中、最初に言葉を発するのはやはりヒノメだ。
「三代目のことだから、悪いようにはしないでしょう」
「……」
スバルの答えはヒノメが聞きたいこととは違う。スバルも分かっていてはぐらかしていた。
「国が安定してから後払いじゃダメなんですかね? その方がお互い都合が良さそうですけど」
隠れ里として毎日大量の依頼を捌いているのなら、その場で毎回現金のやり取りをしてもいられない筈だ。そして恐らく報酬の支払いを待てないほど木ノ葉の財政は逼迫していない。
(……ううん、それ以前に)
橋作りは波の国主導で進めている事業なのだから、それに携わる職人が個人で護衛を依頼しなくてはならないというのも妙な話だ。
「立場が違うと考え方も変わる……波の国にとっての都合は私達が考えるものとは違う。事前に危険性の説明はしてあった。それでもその条件を呑んで選択をしたのはあちら……木ノ葉は出された依頼を受理したまでよ」
「何が起きても自己責任ってこと?」
積極的に個人で話を完結させてしまおうとしているようだ。いつでも切り捨てられてしまいそうな危うさがある。
「組織力のない小国ならではね。そして波の国の状態を考えるなら、タズナさんの行動がガトーに対する最後の抵抗にもなりかねない」
「そんな……」
非情な見立てに誰も二の句を継げないでいるのを見かねて、スバルは安心させるように少し微笑む。
「現場の判断は柔軟よ。それに私達だって任務の合間に護衛のサポートは出来る」
「任務が最後まで遂行されるとお考えですか?」
「護衛と外交は並行して進めるのが定石ね」
三代目の裁量を信じているのだろう。何も心配事が無いかのようにきっぱりと言う。アオイ達には通じる理由でも、タズナ相手に説明するには少し説得力に欠けるのかもしれない。
「……まあ、ここで腹割って話すまでの信頼関係は無いか」
「何を何処までという匙加減はずっと悩み続けるものよ。それでいいの」
「そうなの?」
スバルの云わんとすることが分からない。アオイとしては葛藤の苦しさはなるべく味わいたくないものだ。
「『疑い迷えそして心は殺すな』……誰が何を言おうと、自分で見て聞いて考える事を忘れないで」
「……」
「状況に慣れるなって?」
「僕はもっと落ち着きたいです……」
「当然悩み過ぎもよくない」
早速各々悩んだ様子の下忍達に、スバルは手を鳴らしてサッと空気を切り替える。
「事前の話し合いはここまで。今から夕方の出発までは自由時間よ。支度の内容や仮眠を取る等は各自の判断に任せる。今はまだ滞在期間の目処は立っていないから、物資の現地調達が必要になる可能性も忘れないように」
──
スバルと別れて火影邸を出た頃、アオイ達は三人揃って解放感からつい脱力してしまった。まだ昼前なのに疲労感がとんでもない。
「あれ、そう言えば……タズナさんが言ってた“ジュズ”って何のことだったの?」
「婆ちゃんの名前だよ。何でタズナさんが知ってたのかは分からんが」
先程は最低限しか答えなかったヒノメだが、アオイが聞いたら何でもないように教えてくれた。
「ジュズさんの任務先で知り合ったか、タズナさんが火の国から波の国に移り住んだ人だったか……それ位しか思い付きませんね」
「だなー」
適当な相槌を打つヒノメを見ていて、どうもヒノメ自身に関わることには興味が薄いように思う。アオイには一つ気掛かりなことがあった。
「ヒノメは、美空一族の事情云々には興味あるんだっけ?」
「ある、けど……なんか不味かったか?」
そう言われたのが意外、という顔のヒノメと見つめ合いになる。そのうち同じ方向に首を傾けてしまい、つい笑ってしまった。
「ううん……私としては心強いけど、そこまで甘えていいのかなって思っちゃって」
「いいよ、全然。むしろオレは好きでやってる」
三代目の前では『荷が重い』と言っていたように思うが、どちらがヒノメの本心だろうか。
「日向の事情を優先する分には僕は構いませんよ。好奇心を満たせない方がヒノメにはストレスでしょうし」
「お前はオレを何だと思ってんだ」
「環境への興味関心がとても強い」
「……それはそうだが」
否定せず微妙な顔で黙り込むヒノメをよそに、マシロとアオイが目配せする。どちらもヒノメの負担を案じているのは同じだった。
「ヒノメが無理してないなら良いんだけど……」
「しないしない。ヤバイと思ったらすぐ引くって」
「二言は無しですよ」
アオイの探求心とヒノメの好奇心。似て非なるものの筈だが、根っこあるものは同じ欲求ではないか。期待とも予感ともつかない心境で、アオイはふとそんなことを思った。