──ウォオオ……!!
林中に威勢の良い声が響いている。競うように木に掛け登っては落ちてを繰り返す下忍二人は、もう無我夢中といった様子だった。
元々センスのあるサスケは勿論、ナルトの方もサクラからもらったアドバイスが効いているらしい。幹に付けた傷は先程より疎らになっている。この分ならコントロールの感覚をものにするのはそう遠くないだろう。
既にコントロールを得意とするサクラには橋の方でタズナの護衛に当たってもらっている。サクラの知力と安定感は七班にとって有難いものだ。あとはスタミナさえなんとかなればこちらも将来有望といえよう。
体を松葉杖で支えながら踵を返し、カカシはゆっくりと元来た道を引き返す。部下達については期待と安堵で肩の荷が降りたような心境だ。裏腹に、自身の体調だけはままならない。
「……さて、待たせたな。“引き継ぎ”って訳じゃ無いようだが、一体どういう用件だ?」
背後に気配があるのは分かっていた。敵意もなく木の影に佇むだけの彼らはカカシ一人に用事があるようだ。
「──こんにちは、カカシ先生」
「情報共有が必要かと思ったの……消耗したようね」
ひょっこりと顔を覗かせたのは、四班の美空マシロとむつらスバルだった。他の下忍二人は見当たらない。
「マシロ君か。どうして君がここに?」
ナルト達の一期上とはいえ、マシロも経験の浅い下忍である。何か訳ありのようだが、本人の認識の程が気に掛かった。
マシロが目で上司に伺いを立てるが、スバルは構わないと言うように頷くだけだ。躾の賜物か元々の気質か、普段から上下関係がはっきりしているのが窺える。
「四班は少し前からガトーカンパニーへ潜入調査中なんです」
ガトーの悪行は火の国でも無視出来ない程になっていた。彼ら四班は、現在火の国と波の国の共同調査という名目で波の国に滞在し身を潜めている。調査はおおよそ火の国主導で進んでいるが、波の国側は調査結果を共有することを条件として国内での活動全てを黙認しているとのこと。
調査内容はガトーカンパニーの経営状況と活動規模の把握がメイン。そして通商の妨害工作も任されているらしく、上は本格的にガトーを排斥する方針のようだ。
マシロは自分の記憶を確かめるように経緯を順に説明していく。
「ちょうどアオイとヒノメが船や貨物に細工中でして……僕は先生の方を少しずつお手伝いさせてもらってるところです」
『こんな感じですかね?』と再び自分を伺うマシロに、スバルは何か思うところがあるようだが、結局それを口にすることは無かった。
「状況は大体そんなところ。他に暗部が控えているけど、そちらは気にしなくていい」
「……成る程。それでオレが再不斬と交戦したのを聞いて様子を見に来た、と……」
下忍に説明できる範囲ながら、カカシにもその背景を察するのは容易い。一人納得して頷いていれば、美空の少年は気遣うようにカカシを見上げていた。
スバルの肩を借りて移動した先。タズナ宅の軒下でマシロが医療忍術を施そうとするが、カカシが負ったのはかすり傷ばかりですぐに治療は済んでしまう。肝心の体調にさほど変わりはない。
「単なる怪我なら僕でも治せます。けど……」
「もう慣れたもんだよ」
カカシ自身が鈍ったというのも否定できないが、写輪眼使用後はどうしてもこうなる。昔は度々もどかしさを覚えたものだ。今となってはもう割り切るしかないと、色々開き直ってしまったが。
「……写輪眼って何なんですかね」
「! まさか……」
マシロが溢した呟きの意味するところに気付いて、スバルの方を見やれば黙って頷かれた。本当にこのくノ一は自分の言いたいことしか言わない。呆れているカカシを見て、マシロが力なく笑うのがマスク越しで分かった。
「先日開眼したばかりで使い道もよく分かってないんです」
「そうか……ま、オレから言えるのは焦らないこと。それ位だ」
「気を付けます」
とても素直な返事に少しやりづらさを覚える。自分の部下と大違いだが、これが四班では普通なのだろうか。よくスバルの下忍選抜を越えて来れたなと思わないでもない。
そんなところで海の方を眺めていたスバルがカカシに向き直った。今からが本題のようだ。
「あなたが回復するまでこちらで夜警はしておく……再不斬以外にも一人手練れがいるかもしれない。そちらはより慎重よ。気配はするけど私達にまだ姿も見せていないわ」
やはりこの任務、一筋縄では終われそうにない。
「お前でそれなら、あの少年とは別だろうな」
「追い忍の?」
「ああ。その少年が再不斬の死体を持ち去ったんだが、恐らく仲間だろう。再不斬も仮死状態にされただけで生きているとオレは踏んでる」
まんまとしてやられたと思ったが、それで助かったのかもしれない。スバルの言う気配をカカシはまだ察知していなかった。あの時もし他の上忍クラスが控えていたのだとしたら、分が悪いどころではなかった筈だ。
「……待てよ、まさか本当に追い忍と抜け忍が結託していたりもあり得るか? 再不斬の額宛てに傷は無かった。何かしら計画の為に動いている線も……」
残りの戦力が霧にしては慎重なのが何とも不気味だ。元々再不斬の里抜けはクーデターの失敗によるものだと聞いている。まだ霧隠れの内部に同志が居残り、今の再不斬に助力しようとしているなら──
「可能性はゼロではないでしょうね。ただ、今考えても仕方ないわ」
カカシの思考に待ったを掛けるように、スバルはきっぱりと言い切った。ナルトとは似付かぬ青色と視線がかち合う。
「こちらから仕掛ける訳にもいかないし、相手の狙いが何であれ今は守りを固める時よ。私達もよく警戒しておく。だからカカシ、あなたは療養と今後の護衛に専念してほしい」
“あくまで今は情報共有のみ。それ以上は私の領分だ”
言外にスバルの戦場からは締め出しを喰らった。一所懸命を説きたいのか、満足に動けない自分を気遣っているのかは定かではない。
「……分かった。そこまで言うなら任せるぞ」
寡黙で無愛想だが、スバルの仕事に対する姿勢は買っている。対応の迅速さ正確さは背中を預けるのに不足もない。だが一方で、その在り方に窮屈さを覚えることはあった。
(ま、譲れないものがある以上
カカシは、三代目がこの任務に自分達七班を送り込んだ理由が分かった気がしていた。
「ところで、調査の方は良いのか?」
「ええ。報告にも上げるけど、肝心のガトーはかなり怠慢なようよ」
「大企業の社長にしては杜撰というか、素人目でも先行き不安というか」
「そんな人間に雇われて……」
再不斬が生きていたとして、辿る先に明るい未来があるとは到底思えなかった。そして尚更、そんな男のために自分達がやられてやる訳にはいかない。
「あの橋とタズナさんはこの国の要……どうかそちらはよろしくね」
「ああ」
対立する忍の流儀がぶつかる時、その余波がもたらすものは計り知れない。隠れ里を持たぬ緩衝国にも、この先の明暗を分ける分岐点は刻一刻と迫っていた。
──
後輩達の修行と四班の夜番が始まって早六日目の未明。
アオイ達の見回りの傍らで、うずまきナルトは今日も文字通り寝る間も惜しんで木登りに没頭している。もうじき太陽も昇ろうかという時刻だが本人はまるで気付いていないだろう。合間に休憩を取っていたかも定かではない。
「毎晩毎晩、どんな体力してんだあのチビ」
マシロと途中交代のヒノメが驚いていたのは最初だけだ。今や呆れの心境で、ナルトの様子を確認してから撤収するのがここ数日のお決まりになっていた。夜番明けで休息を欲する自分が甘えな訳でないと、誰に言うでもない弁明がヒノメの脳内で流れている。
「私も負けてられないな」
ナルトの修行の成果は着実に形となっていた。体力は勿論、それを引き出す集中力だって大したものだ。きっとあの日の多重影分身もこんな体当たりで習得したのだろうと想像できる。今ナルトの背中を押しているのは、前進しているという確かな自覚なのかもしれない。
そんな事を思いながらアオイは静かに対抗心を燃やしていたが、この後の時間は『絶対寝ろ』と厳命されているので少々焦れったさが募っている。
「壁登りなら付き合うぞ?」
だからヒノメのからかうような申し出にも大真面目に頷いた。
「そうだね。一回体力ギリギリまでこなしておきたいかも」
「おう……帰ったらな」
火の国から波の国まで水面歩行で渡り切った者の一回が、ヒノメの思う一回と同じな筈がない。自分から誘っておいてヒノメは既に後悔を覚えたが、嬉しそうにするアオイに「やっぱ無し」は出来なかった。
(こうなりゃマシロも道連れに……)
「いいですね、やりましょうか」
「良い返事しやがる……」
海辺の林に置いた仮拠点にて。皆の朝食を用意してくれていたマシロも提案にはすこぶる乗り気であった。こちらはチャクラ云々より、端から体力作りのためだと思っている。
なんだかんだマシロも自主鍛練で順調にスタミナを伸ばしていた。意欲的で何よりだ、その気力を分けてくれないか。
スープの器片手にそんなことを思っていれば、一部始終を見守っていたスバルから労うように肩を叩かれる。からかうような目が「差し入れは任せろ」と言っていた。
こうなりゃ自棄だ。欲しいものは強請れるだけ強請ってやる。
一気に煽ったスープが疲れた体に染みた。飲み干して一息ついたヒノメの視界の先、霧の向こうでは丁度朝日が顔を覗かせたらしい。辺り一帯を照らす光が、今は無性に眩しく感じた。
──
食事が済むと、後始末もそこそこに意見交換の朝会議が始まった。空きっ腹が満たされたせいで頭はあまり回らない。それでも六回目となれば進行も慣れたものだ。
「……で、結局初日のアレ以来こっちには干渉無しと」
適当な枝で地面を引っ掻きながら、ヒノメは特に収穫の無かったこの数日を振り返る。自分達の指針がぼやけた状態が続いて意気は低迷してしまっていた。
四班で夜警を引き受けた初日の晩こそゴロツキ達は現れている。タズナの護衛が機能しているかの確認の為に送り込まれた下っ端の集団だ。しかしその集団を返り討ちにして以降、ガトーが襲撃を仕掛けてくることは一切無かった。
「何かに向けて温存してるとしか……」
初日の襲撃を返り討ちにし尋問したアオイとマシロ曰く『全く手応えがない』。一番警戒していた忍の襲撃は企てた形跡すら見当たらないままだ。
とはいえ動きが無いのはあくまでタズナの周囲に限った話であった。
丁度、七班と再不斬が衝突した翌日からのことだ。ガトーカンパニーの貨物船が国外から商材でも物資でもない人間──それも柄の悪い連中ばかりを運んできたのは。
おかげで今は人目が増えすぎて、潜入調査も難しくなっている。同時にガトーカンパニーの本業はストップしており、せっかくの工作も無意味になってしまっていた。
ヒノメが確認したが、用意した人数で自分達を探すような素振りは無かった。潜入がバレたのではなく、別の目的の為にガトーは人員を補充している。
「人手が要る何か……橋の解体でもさせる気でしょうか」
「ガトーがその気ならさっさと爆弾でも使いそうじゃね?」
「なら暴力で人々を完全に従えて、言いなりにさせるとか」
ガトーの目的に想像はつけど、現状ではその具体的な手段に予測が立てられない。
「……先に全滅させられたら良いのに」
連日の徒労と眠気にやられたアオイが短絡的な方法を口にするが、それは再不斬にこちらの存在を知らせる下策だ。しかし一度口にしてしまうと他の方法が思い付かない位には魅力的だった。
下忍だけでは話が行き詰まって来たところ、静観していたスバルがようやく口を開く。
「会社の資金繰りや以前からある噂を併せて考えると……ガトーはこの国から忍者を全員、排除しようと考えているかもしれない」
「全員? 再不斬も?」
ガトーの野望を阻もうとする木ノ葉の忍が邪魔なのは当然だが、配下である再不斬を切り捨てる理由が分からない。
「ガトーは“忍者を信用していない”し、過去において“雇った忍者に最終的な報酬を払っていない”可能性がある」
過去の傾向から推し量るに、ガトーはどこまでも自分本位でカネにがめつい。そしてゴロツキやチンピラのような輩を便利に思って、忍には駒としての価値を置いていないという。雇い主としては劣悪も良いところだ。
「消耗させて後ろからグサッてか。契約外のオレらにも気付けてない癖に」
「気付いていないからこそだと思いますよ」
「……あれ、じゃあもう一人は?」
四班が波の国に上陸したその日から、接触なしにずっと潜伏を続けている謎の手練れ。スバルの推測が正しいなら、その者はガトーと全く連携していない
「確か……霧の追い忍ではないか、と言っていたような」
「そうね。私も同意見だけど、再不斬と結託はしていないと思う。直接援助をする気もないし、そもそも再不斬達との接触を避けている。追い忍の立場のまま様子見しているらしいわ」
敵の敵は味方と言うが、この場合はそう単純ではない。再不斬のタズナ殺しを容認する時点で主義が相容れないことは分かっている。
「殺す気も助ける気もない様子見……日和ってんのか?」
「ひよ?」
「上司と再不斬のどっちにつくかで追い忍自身も決めかねてそうだなって」
上司──血霧の里の頂点に立つ水影。聞き及ぶ情報だけで木ノ葉の三代目とまるでスタンスが違うと想像出来る組織の頭。
「ここまで迷う時点で気持ちは傾いているでしょう。遊撃に入ってくる想定でいた方がいいかと」
気配ばかりで姿を見たこともないのに、その人物が複雑な状態でいることが想像出来てしまう。
想像が外れているなら、霧隠れがより大きな計画のために動いているということだ。その場合下忍では手に余るので仮定からは外す。
「追い忍が再不斬の援護をするとしたら、どこへ仕掛けてくるかな」
「こっちでは絞れんだろ。索敵で出遅れないようにするっきゃない」
「出来そうですか?」
「……霧がキツいな」
忍術はおろか自然現象だって侮れない。ヒノメの白眼は未だ追い忍の姿を捉えられておらず、今日の視界でも散々手を焼いていた。
上陸時もいち早く気配を察知したのはスバルだった。追い忍は霧隠れの術で自分の居場所を隠しながらこちらを窺い一定距離以上は近付いて来ない。スバルやスバルの影分身が気配に気付けば即撤退を繰り返している。
「最初に邪魔な影分身を消しに来るとして、次の手は僕らの対応次第で変わって来るでしょうね」
「邪魔臭いのはそっちじゃーい……」
大名は暗部、橋と橋職人は七班……今やフリーとなった四班の守備範囲は謂わば“波の国”それ自体かもしれない。考えると、ガトーの影響力に振り回されっぱなしだ。最初に任務を言い渡されたあの日が遠い昔のように思える。
ふとアオイが顔を上げれば、ヒノメの横顔が目に入った。寝不足と白眼の酷使が続くせいか表情からは活力が失われている。当てもなく広域を警戒し続けるのはやはり負担が重いのだ。
(……焦ったらいけないのは分かってるけど)
消耗していく感覚と積み重なる不安が心に巣食って離れない。それを振り切るためにも何か行動したいのに状況はそれを許さなかった。
複雑に入り組んだ事情に呑まれないよう頭で思考を整理するアオイの脳裏に、ふとナルトの顔が浮かんだ。あの利かん坊は、この国でも自分のやりたいように生きている。
国だの里だの思想だの……人を分ける枠組みは色々あるが、誰もがその枠へ綺麗に収まる訳じゃない。そんな重なりや絡まりの中で、自分のすべきことを見失わないために出来ることは何だろう。
(“気に食わない”を指針にするのもありなのかな)
度が過ぎればガトーのように他者を踏みにじるようになるだろう。だが、そんな人間に立ち向かうためにはこちらも強い自我を持たなくては負けてしまう。
何が大事で何がそうでないか、アオイは心の中で輪郭をなぞるように線を引いていく。
「……あー、ダメだ。横になりたい。休みたい」
「私も、そろそろ……」
夜番明け二人のギブアップを受けて、マシロは無理もないと苦笑した。そしてもう大事な情報は交換出来ている筈だと、脇に立つスバルを見上げる。
「お開きにしましょう。私は昼まで見回りに出る。その間アオイとヒノメは仮眠を、マシロは見張りをお願い」
「お任せください」
二人以上に働いているだろうにスバルから疲労した様子は窺えない。焦燥や気負いも感じなかった。
「相手も味方も早くケリを付けたいと思っているのは同じ……もし私が不在の間に敵襲があれば、これを使って」
「?」
そう言い残し、スバルは何処かへと姿を消した。もそもそと寝袋を広げる二人の傍らで、マシロは木の根に腰を落ち着ける。その手には小さな巻物が握られていた。
「何をどこまで、か……」
『おやすみ』の声を最後に辺りは静まり返って遠くでは細波の音が響いている。まるでこの場に一人きりになったような感覚は、考え事をするには丁度良い。
預かった巻物に目を通しつつ、マシロは自分の持つ術とその制限にも思考を回す。果たして敵に自分の忍術は通用するのだろうか。
(違うな、敵う敵わないじゃない。どこまで食らいつけるかだ)
予断を許さない状況下でも最善を勝ち取らなくてはならないのだ。今だけじゃない、今後の任務だってそれはずっと同じ。
(臨機応変でも行き当たりばったりでも試されるのは地力……なら、今の僕に出来ることは?)
林の先の水平線はまだ靄がかって見渡せずにいる。それでも昇っていく朝日に照らされた体は確かに温まっていくのを感じていた。
──
マシロが読み終えた巻物をポーチにしまっていれば、妙に動くと思っていた寝袋の方からヒノメが這い出してきた。動きがまるで羽化する虫のようだ。誰が見ても気分が悪そうで相当参っているのが分かる。
「寝付けませんか?」
「それもあるけど、今は胃薬くれ」
「……いつからです?」
寝ているアオイを起こさないよう、抑えた声でのやり取りが始まった。
薬の効果が出るまでと、ヒノメはマシロの向かいに座り込む。アオイの前では見せたことがない弱りきった姿が痛々しい。
「もっと早く教えてくださいよ。我慢しても胃炎なんて悪化するだけでしょう」
「ツボ押しときゃいけるかなって思ったんだよ」
「僕が言ってるのは原因を減らす方です」
「それは……」
ヒノメは言葉に詰まり押し黙ってしまう。ばつが悪そうに目を反らす辺り、マシロの言いたいことは伝わっているし自分が非合理な判断をしていると分かっている。
「“言っても仕方ない”は無しでお願いしますね。人に相談するのとしないとでは大違いですから」
自身の至らなさとヒノメへの感情がない交ぜになって、ついついマシロの口調は説教臭くなる。皆の状態には気を配っていたつもりだった。それでも先入観や慣れは目を曇らせ、見落としを発生させてしまう。
「相談つっても、力不足を文字通り痛感してるとこだよ。そりゃ睡眠不足が響いてるのも確かだが」
「……問題は霧ですか?」
相手が先に霧を張らないのはこちらを観察するためだ。その目的が襲撃に切り替わったら、当然先に霧を仕掛けてくるだろう。そしてその事態に対応できるのはスバルしかいない。
ヒノメは白眼の扱いに自信があるからこそ、全く見渡せない状況が恐ろしいのかもしれない。来ると分かっていて何も対策出来ないのは性格的にも辛かろう。
「……そうだな。簡単に言ったら“もっと強くなりたい”って感じ。誰だってそうだろ?」
下手な慰めはいらないとばかりにヒノメはにっこり笑っている。その表情が酷く気障りだった。
「霧を晴らすことが出来たら、少しでも助けになりますかね」
「え? いや助かるけど、今から対策練るつもりか?」
「まだ試していないだけで考えはありますよ。十分見込みはあるかと」
マシロにしては楽観的な言葉に、ヒノメは何とも言えない顔をした。
「“生兵法は大怪我の基”……ってのは野暮か」
「怪我で済むなら安いのでは?」
「お前がそれ言うのかよ」
マシロの本気か冗談か分からない言いぐさにヒノメは反射的に指摘を入れる。らしくないにも程がある。しかし、考えてみればそれを言わせているのは自分の体たらくだ。
「……いっそ当たって砕けてみるのもアリかもな」
「ナシです砕けないでください」
「オメーさっきから言ってること滅茶苦茶!……あ」
ついいつもの調子で声を出してしまう。サッと背後を確認すれば、まさしく飛び起きたようなアオイがこちらを凝視しているところだった。
──
「ほんとごめん……」
「いいよもう、敵が来たとかじゃなくて良かった」
謝りながらアオイの寝袋にすがり付くヒノメと、そんなヒノメを宥めるアオイ。責任を感じているのかいないのかマシロは曖昧な笑みを浮かべて成り行きを見守っている。
起こされてしまったアオイだが、気怠そうにしながらも機嫌を悪くした様子はない。むしろ安心したことで、またいつでも眠れそうなほど脱力していた。
「私の方こそごめんね。しんどそうにしてるとは思ってたんだ。眠れない位辛いって思わなくて」
「いや隠してたのオレだし、変に意地張ってただけだし……」
「えらく素直じゃないですか」
「お前ちょっと黙れ」
ヒノメがギッと睨んでもマシロはどこ吹く風だ。そこに先程の気遣いは存在しない。
「眠れない、か……難しいね」
「二人は寝付き良いよなー、羨ましい」
「寝る前に考え事をする癖とかありません?」
「あるっちゃある」
「私は考え事してても勝手に眠くなるよ?」
「心身の緊張が解けずらいんでしょうか」
「真面目に考察してくれるなよ。恥ずかしいわ」
居心地悪そうにぐずぐず言っているヒノメをまた宥めようとして、アオイがふと動きを止めた。そしてヒノメの手を確かめるように両手で包み込む。
「体が冷えてるのかな。私の上着貸そうか?」
「え」
「……あー、そういう差もあるのか」
荷物の中から引っ張り出された黒い上着を手にヒノメが固まる。着るべきか上に掛けるべきか、そもそも使ってよいのかで戸惑っていた。
「毛布もあるので良かったら使って下さい」
「何だこの至れり尽くせり」
「隠してた分の反動じゃないですかね」
にっこり笑うマシロの、悪戯が成功したような顔が憎たらしい。何も言い返せないままヒノメは預かった上着を抱え込んだ。
使ってる洗剤は違うみたいだと、どうでも良いことが気になってしまった。
──
「マシロ、そういや先生から何か預かってなかったか?」
休息後、そろそろスバルが戻って来るであろう時間帯のこと。寝袋を畳むヒノメが、昼食の用意を始めたマシロへと声を掛ける。その声や顔色には大分活気が戻っていた。
「ああ……この巻物ですね。ちょっと特殊な口寄せの術式が刻んでありまして、使用すると先生にもそれが伝わる仕掛けなようですよ」
巻物は掌に収まるようなサイズ感だが、その効果は頼もしく感じる。スバルなら一瞬で飛んで来てくれるという確信がアオイにはあった。
「口寄せ? 便利だな、オレも見たい」
「どうも影分身の術を応用させたものらしくて──」
ヒノメとマシロが揃って巻物を覗き込む様子はとても真剣で、少々話に着いていけないながらも楽しそうな雰囲気なのはアオイにも分かった。
「もしかして、私のクナイに仕込んだものと近い術?」
「そうよ。興味があるなら追々教えるわ」
「いいの?」
しれっと戻って来ていたスバルと、気付いて自分から話し掛けるアオイと。そんな二人の話し声に顔を上げたヒノメが呆れの目を向ける。
「……マジで神出鬼没だな」
「学びがいがありそうですね」
自分達の上司は今日も底知れない。この先いつか、その深淵の奥を捉えることが出来るだろうか。どちらからともなく交わる白と黒の眼差しは互いに同じ思いを認めていた。
もうすっかり霧は晴れ、高く昇った太陽が水面に映り煌めいている。遠く海の向こうには、島の影が点在しているのが分かった。
ヒ「……これ男物じゃね?」(着た)
ア「デザインで選んじゃった」
マ(こだわりがあるのか無いのか微妙だな……)
次回は手練れさん()も出て決着な筈。
↓何となく調べてみたMBTI
アオイ→INFJ(提唱者)、マシロ→ISFJ(擁護者)、ヒノメ→ESTJ(幹部)、スバル→INTJ(建築家)……か?
※にわか知識なので信憑性は皆無です。