エリアゼロの調査録   作:聖成 家康

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弐『地這羽』

 ここに住むポケモンは、アーマーガアやリキキリンといった、地上ではあまり見かけないポケモンばかりだ。

 

 アーマーガアに何度か襲われたが、手持ちのポケモンで応戦できるレベルであった。

 

 見たところ、食物にできるポケモンが見当たらない。

 手持ちにミガルーサがおり、彼の肉を食べれば空腹は満たせるが、恐らく長くは持たないだろう。

 

 餓死で生涯の幕を閉じる――。

 

 シディアはぶるぶると首を横に振るった。

 調査員たるもの、いついかなる時でも死ぬ事を前提にして考えてはいけないのだ。

 自分にはこの子達(ポケモン)がついてる、とポーチを握りしめてシワを作り、シディアは深く息を吐いた。

 

 

「ウガァァ!!」

 

 けたたましい一声に身体が震え、反射的に振り向く。

 するとそこには、二対の大きな羽を羽ばたかせ、白い体毛を靡かせる虫ポケモン――ウルガモスがこちらをじっと見つめていた。

 

「……襲ってこない……?」

 

 ウルガモスは基本凶暴な性格。見るからに弱そうな細い人間がいたら、迷いもなく襲いかかるだろうに。

 落ち着いて観察していると、奴の身体に異変を発見する。

 

 ぽたぽたと、地面に滲みを作る緑の体液、人間でいうところの血液が、腹部辺りから垂れ流れているのだ。

 

「怪我をしてるの……?」

「ウガァ!!」

 

 怪我をしている割には威勢がいい。

 まだやる気はあるようだった。

 

 少し胸は痛むが、やむを得ず、彼女はポケモンを繰り出した。

 

「行って、ドンファン」

 

 繰り出されたポケモン、ドンファンは地面に着地するや否や、凄まじい振動を辺りに迸らせる。

 

 ウルガモスは錯乱状態に陥り、体液をまき散らしながら飛び回る。

 

「……? 何かがおかしい……」

 

 ドンファンを押しやって、彼女の方へ飛んできたウルガモスを、何かが襲った。

 

 

 ウルガモスは、瞬く間に地面に這い蹲り、聞いたことも無いような、悲鳴に近い甲高い声を轟かせる。

 

 彼に“何かが”覆いかぶさっていた。

 二枚の羽、毛に覆われた身体。

 

 一瞬、共食いかのように見えた。しかし、よく見れば、それはウルガモスとは別の存在であった。

 

 

 本来、ウルガモスには存在しない筈の脚が四本生えており、それで地に足をついている。

 そこだけ除けば、ウルガモスと何ら変わりない姿だった。

 

 その地を這う蟲は、ウルガモスに喰らいついた。

 虚しく鳴くウルガモスの体毛が飛び散り、皮膚の裂かれる音、骨の砕かれる音が悲惨に鳴り響く。

 

 シディアは思わず口を押さえる。

 

 幾多も目にしてきた、普遍的な自然の光景の筈なのに――その地を這う蟲が喰らう姿はあまりに荒々しくて、堪らなく恐ろしかったのだ。

 

 

「……! ドンファン! じしん!」

 

 まだ助けられる――そう思った彼女は、ドンファンに攻撃を命令する。

 地面へと打ち付けられる強靭な鼻。その先端からヒビが入り、地を這う蟲を凄まじい揺れが襲った。

 

 されど、その蟲は飛び跳ねて回避し、まるでウルガモスを盾にするかのようにして後退した。

 

「あ……」

 

 岩の破片がウルガモスを貫いた。

 

 もうピクリとも動かなかった。

 

 

 こちらを敵だと認知した蟲は、容赦なくドンファンへと飛びかかってくる。

 ドンファンが自慢の鼻で奴を振り払うと、再び地震を引き起こして攻撃。

 

 諸に食らったが、あまり効いてる様子は見られなかった。

 しかし接近できた今、別の技へと切り替えるチャンスだ。

 

「ドンファン、がんせきふうじ!」

 

 鼻を大地に突き刺し、三つの岩塊を掘り出して地を這う蟲へ飛ばす。

 

 されど、その岩石は奴の強烈な蹴りによって全て粉砕され無力化された。

 

(やはりウルガモス()()()()のか……?)

 

 ウルガモスは本来、いわタイプの技には為す術がない筈である。

 それをあのように一蹴できるとなると、奴は単にウルガモスに()()ポケモンと言うことになる。

 

「やるよドンファン……ほのおのキバ!」

 

 一かバチかの賭けだ。

 

 いわが半減のタイプを持っている事は確かだが、見た目から察するに、奴は明らかにむしタイプ。

 ならばほのおは抜群の筈である。

 

 

 ドンファンが走り、地を這う蟲に灼熱纏う牙を剥き出しにする。

 

 奴の羽に噛みつくと、地を這う蟲はけたたましい悲鳴を上げて、噛みついたドンファンを振り払う。

 

 

 炎の燃え移った羽をしきりに羽ばたかせながら、その蟲は崖の下へ飛び降りてしまった。

 

 

「……ふぅぅぅ」

 

 彼女は膝から崩れ落ち、大きく息を吐いた。

 

 調査員のポケモンバトルは命懸けだ。こちらも生きるか死ぬか、分からないのだから。

 

「ドンファン……私、ちゃんとやれてた?」

「ファーン」

 

 ドンファンは鼻を上げ、彼女の頭の上にそれを乗せた。

 彼がよくやる、構ってくれ、の合図である。

 

「……ドンファンはいい子ね。あなたに聞いたら、なんでも肯定してくれそう」

「ファン」

 

 ポケモンとヒトの言葉で会話できたらいいのに、と度々思う。

 心と心で通じ合っていると言えど、目に見える変化だけでは、大雑把な感情しか読み取れない。

 

 言葉は偉大だ。それでいて、恐ろしくもある。

 言葉一つで未来が変わってしまう。

 

 ――あぁ、あの時、あんな事を言わなければ。

 と後悔する日が、人にはいずれ訪れる。

 

 誰もが体験するのに、誰にとっても辛い経験だ。

 

 

 ドンファンが鼻をぐりぐりと強く押し付けてきた。過去の余韻に浸って、暗い顔をしていたからだろうか。

 

「あ……ごめんなさい。早く抜ける方法、探さないとね」

「ファーン」

 

 そう言って、自分の鼻で背中を示すドンファン。

 

「え、乗らせてくれるの?」

 

 ドンファンはその強靭な身体を見て、調査に役立ちそうだと思い、他人から譲り受けたポケモンだ。

 丹精込めて、昔から育ててきたポケモンの一匹であるが、その背中に乗ったことなど一度もなかった。

 

「わ、私重たいよ。ボールの中で休んでて」

「ファンファーン!」

 

 ドンファンは彼女の言い分など聞かず、問答無用で鼻を巻き付け、背中の上にひょいと乗せた。

 確かに足は疲れていて、まだ頭を打った後遺症が残ってはいた。

 やはり、言葉なんていらないのかもしれない。言葉がなくても、彼は自分の事を気にかけてくれたのだから。

 

 逞しくて、暖かい、ドンファンのごつごつとした背中の上で、シディアはそんな事を思っていた。

 

「こんなに大きくなったんだ。小さかったのにね」

 

 彼を嘲笑うように言うと、ドンファンはゆっくりと歩き始めた。

 その錚々たる姿には、流石のアーマーガアも近づこうとはしなかった。

 

 時折揺れるドンファンの身体に身を委ねながら、シディアは連続して不運に見舞われた身体をしっかりと休めるのだった。

 未開の地で気を抜くなど言語道断ではあるが、彼の背中の上だと、何だか全てを任せられる気がしたのだ。

 

 

 ベッドのように思えてきたドンファンの背中の上で、彼女は先程のポケモンらしき生物との対峙を思い返した。

 

(似ていた……確かに。ウルガモスにそっくりだった)

 

 ウルガモスのようで、ウルガモスではない――。

 西三番エリアで出会った、ドンファンに酷似した機械といい、そういうポケモンばかりと出会う。

 

 このエリアゼロには、どんな秘密が隠されているのか。

 好奇心のない彼女にとって、それはどうでも良い事であった。

 

 

(ここから抜け出さないと、この子達まで失ってしまう……)




その2
『エリアゼロに迷い込んでからしばらく経ち、不思議な生物に遭遇した。
その生物は、形容するならば“立ったウルガモス”。
羽があるのに地を這っている、ポケモンと呼べるかも怪しい生物だ。まさに地を這う羽。
エリアゼロには、果たして何があるのだろう……。
私には関係ない。早く抜け出さなくては』
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