ドンファンに運んでもらい、辿り着いたのは謎の建物であった。
無機質な白い六角形。それが四つほど並べられた建物。
彼をボールに戻して、その建物に足を踏み入れる。
開いた自動ドアの先には、薄暗い部屋が広がっていた。
無機質な壁に囲まれて、タンクのような装置が奥に聳え立っている。
タンク前方にあるテーブルの上には、ノートや紙が散乱していた。
「人がいたの……?」
明らかに人工物だった。
エリアゼロで人が生活しているなど、あり得ない。立ち入ることすら難しいのに。
シディアはテーブルに散らばるノートを一冊手に取り、ペンライトを咥えてペラペラとページを捲る。
びっしりと、何かの記録が残されている目で追う程度にしていたのだが、気になる部分がいくつもあり、ついつい手が止まる。
「テラスタル……?!」
それは、パルデア独自の現象。
ポケモンの頭部へ結晶が作り出され、タイプが変わる不思議な現象だ。
原理は、どのトレーナーであれどいまいち理解していなかったが、このノートによればエリアゼロでのエネルギーを利用したものらしい。
「……つまりは、テラスタルオーブを作った人が
独り言を呟きながら、ノートを読み進めた。
――刹那、背筋を凄まじい悪寒が迸る。
最悪な気配を察知して振り返った時には、既に身体は床に伏せて、身動きが取れなくなっていた。
自身に覆い被さる存在を見て、絶句する。
それは、デリバードというポケモンに酷似した、機械。
電子版に映る瞳は、虚ろで恐ろしく、メタリックな赤い装甲は酷く冷たい。
そして、愛らしいフォルムの頭部が身体と分断し、バネのような物で繋がれゆらゆらと揺れている。
鉄の包を持ったそのポケモンは、身体を凍えさせる不気味な鳴き声を上げる。
鋼鉄の羽で、彼女の華奢な首を押さえつけ、絞め殺さんとばかりに圧迫する。
「か……は……」
奴の身体を殴るも、微動だにしない。
必死に藻掻いて、藻掻いて、ポーチから取り出したモンスターボールを奴の背後に投げる。
ボールから飛び出したポケモンが、鉄の包へ突進し、無機質な壁に凹みができる程に吹き飛ばした。
「けほっ……けほっ……」
彼女を気遣うメブキジカ。白い毛から仄かに漂う冷気が、火照った身体を鎮まらせてくれる。
「外に出よう、メブキジカ」
メブキジカを一度ボールへ戻し、外に出てからまた繰り出す。
鉄の包はすぐさま追いかけてきて、彼女らの前に立ち塞がる。
「メブキジカ、つるぎのまい!」
彼女の掛け声と共に、メブキジカは激しく、雄々しく舞い、精神を昂らせた。
「やるよ……しねんのずつき!」
メブキジカの二対の角の中心に、紫のエネルギーが集中する。
そのエネルギーを角に纏い、メブキジカは物凄いスピードで突進する。
空気が轟き、凄まじい風圧が辺りを駆け巡り、土埃を巻き起こす。
角は鉄の包を激しく穿つ。
されど奴の身体は強固で、大きく仰け反ったものの、油断をしていないからか二、三歩退いただけであった。
(デリバードはこおりタイプ……だけど)
地を這う蟲の例があると、とてもデリバードと全く同じだとは思えない。
しかも、彼女のメブキジカは、弱点をつける技が限りなく少なかった。
されど、ここで安易に引くのは危険だ。
「メブキジカ、もう一度つるぎのまい!」
メブキジカが再び、激しく舞を踊った。
だが鉄の包はそれを許さない。
大きく開かれた口から、凍てつく光線が放出され、隙だらけのメブキジカを穿つ。
攻撃は直撃かつ、急所に当たったようで、メブキジカは激しく血を吐きながら地面と激突する。
やがて、凍てついた冷気は硬化し、氷柱のように鋭い結晶と化し、メブキジカの腹を貫いた。
「…………!」
理解が追いつかず、彼のしなやかな身体が地にひれ伏してから、ようやく腹元から声が出る。
「メブキジカッ!!!!」
鉄の包は彼にトドメを刺そうと、再度れいとうビームを放つ。
「っ……ムウマージ! マジカルフレイム!」
命令と同時にボールを放ち、ポケモンを繰り出す。
稲妻を迸らせながら出てきたムウマージが、炎の渦を作り出して、竜巻の如く発射した。
粒子を散らしながら、二つの線が激しくせめぎ合う。
灼熱が凍てつく冷気をも焼き尽くし、鉄の包を焼き焦がした。
しかし、あまり効いていない様子であった。
「ムウマージ、チャージビーム!」
続け様に、稲妻迸る高圧電流を奴に向けて照射。
勢いよく空気を切り裂き、突き進んでゆく電子の数々が、鉄の包の躰へ到達する。
すると、凄まじい反応を引き起こし、黒煙を噴出しながら、鉄の包が爆散する。
ムウマージに庇われ、爆風を逃れたシディアは、奴の安否を確認する。
頭と体が、今度こそ分断されて、力なく横たわる奴の姿がそこにはあった。
倒せたのだ。
「っ……」
見るのが恐ろしくて、避けていた事をふと思い出す。
貫かれる瞬間のメブキジカの顔がフラッシュバックして、目眩がしてくる。
ゆっくりと振り返れば、そこには寄ってきたアーマーガアに啄まれる、メブキジカの亡骸が転がっていた。
抉れた腹から大量の血を流し、光無き瞳で虚空を見つめている。
「ぁ……」
血の気が引いた。
小さくて、可愛らしかったシキジカの頃から育ててきた。泣き虫だった彼との思い出が、ぼろぼろと崩れ落ちていく。
酷い。
野生のポケモンでも、荒々しい攻撃はするが、殺すまでには至らない。せいぜい立てなくなる程度の攻撃だ。
されど、あのポケモン――否、機械は違った。
殺すために攻撃した。あそこで冷気を結晶化させるなど、意図が無ければありえない。
「ぅ……ぁ……」
声に鳴らない悲鳴が滲み出てくる。
がくん、と膝から崩れ落ち、地面に蹲る。
ムウマージの暖かい手が、背中を撫でたのを感じた。
――ここにいたら、優しいこの子までも失ってしまうかもしれない。
そう思うと、途端に恐ろしくなった。
ムウマージも、ドンファンも、エルレイドも、大切な仲間だ。
自分の不甲斐なさに、涙が溢れてくる。
「ムマァ……」
蹲ったままの彼女を引っ張って、ムウマージは建物の中へ運んでやった。
その際、ムウマージはメブキジカの亡骸へ目をやった。
アーマーガアに、見るも無惨な姿になるまで食い荒らされた、目を背けたくなる光景であった。
けれども、どこか悲しげな表情で見つめる彼女には、ゴーストポケモンにしか見えない何かが、見えるのかもしれない。
言葉としてそれを表現できないムウマージは、シディアに慰めの言葉すら、掛けてやれないのだ。
◇
建物内のベッドで眠り呆けていたシディアは、むくりと身体を起こした。
この部屋は薄暗いためか、昼夜の感覚が狂ってしまう。今が夜なのかすらも分からない。
――ふと、メブキジカの姿が頭を過る。
目頭がみるみる内に熱くなって、後悔、罪悪感、悲哀、ありとあらゆる感情がぐちゃぐちゃになって、胸に詰まった。
「ムゥゥ?」
すぐ側で、ムウマージが心配そうに覗き込んでいたために、驚いて声を上げてしまう。
「驚かせたかしら」と目を細めて、小さな手で口元を覆った。
彼女に怪我はないようだった。
ムウマージは、初めは人が嫌いなポケモンだった。
子供であったムウマを虐待された挙げ句、何処かのトレーナーに捨てられた。
シディアが引き取ってからも、人嫌いは当然続いたが、何とか彼女だけには心を開くようになった。それどころか、シディアを我が子同然のように扱う。
「あぁ……私、ずっとここで寝てた? ごめんなさい、貴方もボールで休みたいでしょうに」
「ムウ……」
彼女をボールへ戻そうとすると、その胸元へ、すっ、と抱き寄せられた。
ゴーストポケモンは冷たい。けれど、何故だかそれが心地よい。
「……ありがとう」
『仲間のポケモンが一人死んでしまった。
その子を小さい頃から育ててきたからか、ショックが大きい。
エリアゼロに住むポケモンらしからぬ生物は、“本気で”殺しにかかってくる。温厚なデリバードに似た、鉄の包らしき生命体でさえ殺意は十二分にあった。
此処で生きられるのも、時間の問題だろう』