エリアゼロの調査録   作:聖成 家康

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四『邂逅』

 

 六角形の建物を後にし、シディアは先を急ぐことにした。

 

 ずっと下へ下へ進んでいて、ふと気になって上を見てみた。

 

 が、微かな希望を軽々と打ち砕いてくる絶壁が、遙か高くまで続いているだけであった。

 人を乗せて壁をよじ登れるポケモンでもいればいいのだが、そんなパワーのあるポケモンは手持ちにいないし、聞いたことがない。

 

 だが、こんな人工物があるということは、人がいる可能性が少なからずあるということ。

 下に行けば、その人に会えるかもしれない。

 

 それだけが、ほんの僅かな、一縷の光であった。

 

「もう……誰も失いたくない……」

 

 そう呟いて彼女は、こんもりと膨らんだ地面に突き立てられる木の棒に目をやった。

 

 

 下へ、下へ。

 

 大穴に吸い込まれるように降りていく。

 パルデアの大穴。

 

 あの建物に置かれてあった記録は、事実なのだろうか。

 テラスタルは此処から始まり、今も大陸全土に影響を及ぼしている。

 

 それに、あの異様なポケモン。

 あれが大陸へ出てきたら、きっと大変なことになる。

 

 容赦なくポケモンを殺すようなポケモンだ。

 生態系が乱れ、パルデアは混乱に陥ってしまうだろう。

 

 色々と思いを巡らせながら歩いていると、視線の先に何かが動いたのが見えた。

 

「……人……?」

 

 確かに人影であった。

 ほんの一瞬だったが、この目ではっきりと捉えた。

 

 人がいると分かった途端、疲弊し、歩くことすらままならなかった脚に活力が湧き上がってくる。

 人影が見えた方へと駆け出していき、岩陰を通り越して左折する。

 

 

 人がいる。

 

 これでようやく、何かが変わる。

 

 

 しかし、曲がった先には滝が上から垂れ流れる、上と変わらぬ空間が広がるだけであった。

 

 遂に可笑しくなったか――と、自分を半ば嘲笑いながら、くるいと方向転換したその時であった。

 

 

「ウオオオオオオッ!!」

 

 

 突如として身体の自由が封じられ、襲いかかる重圧により、地面に勢いよく押し倒された。

 

 後頭部を激しく強打し、視界がギラついた。

 

 荒い鼻息が聞え、目を凝らせば、こちらにのしかかっているのはポケモンではなく、“人”だった。

 

 ほぼ全裸に近い、原住民のような格好。

 荒々しく化粧を施したその顔は、人とは思えない程、野生に満ち溢れている。

 

「ウオオオオオオ!!」

 

 シディアの首筋を掴み、力を込めてくる。

 

「あが……がっ……」

 

 喉を襲う圧迫感に、枯れた声が漏れた。

 脚をバタつかせ藻掻くも、ただのわるあがきにしかならない。

 

 死にものぐるいで手にしたモンスターボールを放り投げ、ポケモンを繰り出す。

 

「ミガルゥゥサァァァ!!」

 

 天高くで繰り出されたミガルーサは、けたたましい鳴き声を上げながら、鋭利に研ぎ澄まされたヒレを刃のようにし、回転しつつ落下する。

 

 男の背中を切り裂くと、首から手は離されてシディアは拘束から解放される。

 

 真紅を滴らせながら後ろへ後ろへ下がる男は、狂気の形相でこちらを睨みつけている。

 

「フーッ……フーッ!!」

 

 歯を食い縛り、その隙間から呼吸するその様はまさに、追い詰められたポケモンそのものであった。

 

「ウオオオ!! ウオオオ!!」

 

 男が叫ぶと、崖上から二体のポケモンが降ってくる。

 

 一体は、この前上で対峙した地を這う蟲。

 もう一体は、レアコイルに酷似した、二本の細い脚で立っているポケモンらしき生物。

 

「従えている……こいつのポケモンなの……?」

 

 二体の生物は咆哮を上げ、完全にこちらを敵として認識している。

 

 ミガルーサは水上では輝けるが、地上では跳ねて移動するしかなくなり、自慢の機動力が皆無になる。

 されど、一度繰り出したからには、軽々と引くのはかえって危険だ。

 

(こっちも二体……! いや、もう……失いたくない……!)

 

 メブキジカの死に際が頭に浮かぶ。

 下手にポケモンを繰り出し、自分の指示不足であのような有様になることを、執拗に恐れているのだ。

 

 葛藤し、立ち止まっていると、左に異様な気配を察知した。

 

 

 視線だけ寄せると、そこに立っていたのは人――のようなロボット。

 華奢な体躯。だがそれ以前に、全身は黒紫色の機械で構成されており、顔は仮面で覆われており、瞳は白目である部分が黒く、瞳孔は真紫であった。

 

「っ……!」

「案ズルナ。私ハソナタノ味方ダ」

 

 そのロボットは言葉を発した。

 

「味方……?」

 

 とても信じられないが、今はそれより、あの野生の男に対する恐怖のほうが勝っていた。

 

 ロボットは見たことのない、“M”が書かれたボールを投げてポケモンを繰り出す。

 

 繰り出されたのは、ウルガモスを模した機械。もはや、ポケモンかすら怪しい。

 

「ドクガ、ウェーブ」

 

 ドクガと呼ばれたそのポケモンは、六つの無機質な翼を羽ばたかせて、己の足元を中心にヘドロの波を作り出す。

 波は地を這う蟲を飲み込み、その羽を、毛を、容赦なく紫で侵食した。

 

「ウオオオ! ウオオオ!」

 

 男がオコリザルのように胸を叩くと、地を這う蟲はドクガに向かって飛び掛かった。

 

「ドクガ、オーバー」

 

 刹那、空気が揺れ、草木が震え上がる。

 

 ドクガの身体を構成する装甲が盛り上がり、真っ赤なエネルギーが漏れ出す。

 そのエネルギーはやがて、二対の角へ収縮していき、紅蓮の劫火を解き放つ。

 

 地を這う蟲は、あっ、と言う間に灰となり、空気中に溶けていった。

 

 

「ミガルーサ、アクアカッター!」

 

 地上という不利な場でも、ぴちぴちと跳ねながら移動してみせ、目にも止まらぬ動きでレアコイルモドキの頭上へ跳ね上がる。

 

 尻尾をぐん、と捻り、水の刃で奴を攻撃する。

 効果は抜群のようで、奴の表皮が水を浴びた砂のように溶け、ぼとり、ぼとりと地面に落ちていく。

 

「ウッー!! ウゥゥ……! ウアァァァァ!!」

 

 ミガルーサを両腕でがっちりキャッチした男は、信じられない行動に出る。

 

 彼の身体に齧り付き、ブチブチブチ、と汚らしい音を掻き鳴らしながら、鱗諸共、身を引き千切ったのだ。

 

「っ……ぁ……」

 

 声を失った。

 血がドバドバ垂れ、ミガルーサが悶えている。

 

 彼には再生能力が備わっている。自身でみをけずることだってしばしばある。

 

 今恐怖しているのは、彼が食い千切られたからではない。

 

 ()()()()()()()ポケモンに喰らいつくその異常性に恐怖しているのだ。

 

「ドクガ、ウェーブ」

 

 再びヘドロウェーブを放つドクガ。

 砂のコイルには今一つな効果のようだが、反応を見るに、毒で侵す事には成功したらしい。

 

「ウガ……ウガウガ……!」

 

 男の方に目をやると、抱きかかえていたミガルーサは、もう何処にも見えなかった。

 

「ミガルーサ……? どこにいったの?」

 

 ――まさか、とは思ったが。

 

 男の口周りに付着する大量の血を見て、それを認めざるを得なかった。

 

「ドクガ、サザメケ」

 

 ドクガの両目が煌めいて、口らしき部位が可動し、音を立てながら大きく開く。

 そこから放たれる黄緑のエネルギーは、渦を成し、砂のコイルを穿つ。

 

 貫かれた砂のコイルは、文字通り砂になって緑の大地にこんもりと山を作り出した。

 

「ウゥ?! ウゥゥゥゥ!!」

 

「ドクガ、サザメケ」

 

 むしのさざめきを指示した仮面の男。

 

 緑のエネルギーが野生に満ちた狂人を貫いて、あっという間に亡き者へと変えてしまった。

 

 男が倒れ、仮面はこちらを向いた。

 

『言語レベルノ最適化実行中……』

 

 機械的にそう言った後、首だけ俯かせて、しばらく動かなくなる。

 

 甲高い金属音の後、仮面は顔を上げた。

 

「怪我はないか」

「へぇっ……?! あ、はい」

「私はブリトール。君の名は?」

「し、シディア……」

 

 ブリトールと名乗った仮面の男は、手を差し出してくる。

 

「え……」

「握手」

「あ、はい……」

 

 頭がごちゃごちゃしていた。

 彼と握手を交わし、シディアはようやく現実を受け入れる。

 

「ミガルーサ……!」

 

 ぽろぽろ、涙が零れ落ちてくる。

 また自分が不甲斐ないばかりに、自分を信じて戦ってくれたポケモンを殺してしまったのだ。

 

「あれは、君のポケモン?」

 

 シディアは頷く。涙を拭きながら、何度も嗚咽を繰り返しながら。

 

「あのポケモンは、誇らしそうだった。最後まで、食い尽くされる直前まで」

 

 亡骸すら無い。

 もう、あの冷たい身体を抱き締めてやることはできないのだ。

 

「泣くな、シディア」

 

 ブリトールは、瞳を細めてそう言った。

 




『頭がぐちゃぐちゃになって、文字を書くことですら体力を使う。また、私のポケモンが殺された。どこから来たのかも、人すらかも疑うような男に食い殺された。
ブリトールという、協力者になってくれそうな人物にも出会えたが、正直、喜ぶ気になれない』
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