エリアゼロの調査録   作:聖成 家康

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六 『記憶』

 

 

 小さい頃、洞窟で迷子になった事があった。

 

 暗くて、暗くて。何処を探しても出口が見当たらなくて、泣き喚くしか出来なくなった。

 

 そんな時偶然すれ違ったのが、凄腕の調査員――今の師匠となる人だった。

 

 

「そうか、迷子か。出口に連れて行ってやろう。私の手を離すなよ」

 

 

 デルビルだらけの暗闇の中でのその人の姿ほど、頼もしいものを見たことがない。

 

 そして暗闇が光に変わった時、その人の全貌がよく見えた。

 思ってたより年を取っていたが、格好良かった。

 貫禄のある皺に、素敵な笑顔。

 優良企業で働く実の父親にすら感じなかった“憧れ”を、その人に抱いた。

 

 

 

「あ、あの……」

 

 か弱い声を絞り出して、その人に聞いた。

 

「おじさんみたいな人に、どうやったらなれますか……?」

 

 その人はうーむ、と喉を唸らせ、子供の質問に長い時間悩んでくれた。

 

「俺は調査員だからな、どうやったら俺みたいになれるか、と聞かれても、調査員になれとしか言いようがない」

 

 小さな私と視線を合わせると、分厚くて大きな手を頭に乗せてきた。その時の温かな感覚は、何度頭を洗ってもこびりついて離れない。

 

「お嬢ちゃんはきっといい調査員になれるぞ。普通の子供は、あんなところに入ろうなんて思わねぇ。調査員に大切なのは、誰をも凌駕する“好奇心”だからな」

 

 にっ、と笑った師匠の顔は、誰の笑顔よりも素敵だった。

 多分あの時、私が今くらいの精神を持っていたら、惚れていただろう。

 

 それくらい、師匠は私の憧れだ。

 

 

 

 暫くして、十歳になった私は家を出て、師匠に弟子入りした。調査員としては勿論、トレーナーとして、稽古をつけてもらうために。

 

「こいつはラルトス。いじっぱりだが、根はいいやつだ。育てるのは苦労するぞ」

 

 エルレイドとなるラルトスと出会ったのも、その頃だ。

 師匠の言う通り、彼を育てるのに多大な苦労がかかった。

 言う事を聞かなかったり、私に向かって技を打ったり、さぼったり。

 けれど、そうやってゆっくり育てたからか、溜まっていく愛情はどのポケモンよりも多かった。

 

 

 

 師匠からは沢山の事を学んだ。

 

 ポケモンのこと、パルデアのこと、人のこと。

 調査員である以前に、師匠は人間として完成した人であった。

 豊富な知識と大きな器。師匠と過ごした毎日は過酷ながら、楽しかった。あの頃が一番輝いていたとも言える。

 

「シディア、いいか? ポケモンは怖い生き物でもある。人間を簡単に殺せる」

「でもなぁ、恨んじゃあいけねぇ。トレーナーである以上、ポケモンはどんな時も好きでいなきゃならない。そうじゃないと、そいつにも見放されてしまうぞ」

 

 師匠からそう言われた時、エルレイドが何故か自慢げにポーズを取ったのを、鮮明に覚えている。

 

 師匠の言葉を大切にしてきた。だから、こうして調査員を続けてこれたのだ。

 

 

 

 でも、ある日師匠は、突然私の前から姿を消した。

 

 師匠は死んだ――未熟ながら、あの頃の私はすぐにその事実を察した。

 

 その死因は呆気なかった。調査中、ミガルーサの群れに遭遇し、仲間を庇って……師匠らしいといえば、師匠らしい。

 

 それから私は、どんな調査であれ積極的に――否、半ば義務とも言える感覚を胸に熟していった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「どう? 落差激しくて嫌になるでしょ」

 

 ベッドに二人並び、シディアは昔話をブリドールに聞かせていた。

 ブリドールは、哀れみとも取れるような潤んだ瞳で、こちらを見つめている。

 

「そうか。君のお師匠は、良い人だったんだね。私も会ってみたかった」

 

 こつん、こつん、と四連続で靴裏が鉄に当たる音が響く。

 

 シディアはボックスから転送したモンスターボールを握りしめる。

 

 師匠の教えを守って、ここまでやってきた。それはこれからも変わらないつもりだった。

 

 けれど、その気持ちが揺るぎつつある。 

 ――許してください、師匠。

 

 記憶の中の師匠は、彼女の中で笑ったままだった。

 その顔しか、印象に残っていないのだ。

 

「行こう。先程も言ったが、ここから先は厳しくなるぞ」

「分かってる。もう覚悟はできてるよ」

 

 シディアはキャップを深々と被り、彼と共に建物を出た。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 エリアゼロの洞窟内に、二人は足を踏み入れる。

 彼はここの構造をよく知っているらしく、下までの近道を教えてくれたが、初年の彼女には理解し難いものだった。

 とりあえずは、彼に着いていけば事足りるだろう。

 

 早速、二人を一体のポケモンが襲う。

 

 キョジオーン。身体が塩でできた、巨大な体格のポケモン。

 

 震える我が身を押さえ、シディアはポケモンを繰り出す。

 

 解き放たれるは桃色の鳥。

 優雅に翼を広げ降り立ったカラミンゴは、キョジオーンに対し威嚇する。

 

 ブリトールは、相も変わらずドクガを繰り出し、冷徹な命令を言い放つ。

 

「カラミンゴ、インファイト!」

「ドクガ、エナジー」

 

 桃色と碧色の軌道が交差し、春の終わりを告げるような景色が、キョジオーンの前に出来上がる。

 塩の破片が飛び散り、キョジオーンは堪らず退散していった。

 

「やはり君は強いな、君もね」

 

 ブリトールはシディアとカラミンゴに視線を送った。

 ぐわぁ、と大きく鳴いたカラミンゴは、得意げであった。

 

 彼はよく自分のことを褒めてくれるな、とシディアは不思議な感覚に浸っていた。

 求めていた筈なのに、いざ手にしてみれば大したことがない。

 

 ふと、熱くなった目頭をぐっと押さえる。

 

 ネガティブなのはいつもの事だが、ここに来てからは度を超えている。

 

 

 ――瞬間。ほんの一瞬だ。背後から背筋の凍るような悍ましい気配を感じ、ばっと前進し振り向く。

 

 岩陰から飛び出てきたのは、プリン――のパラドックスポケモン。

 丸いピンクの体躯以外、共通点がない。尻尾のような部位が、ふさふさと靡いている。

 

「サケブシッポか。シディア、気をつけて」

 

 ドクガを繰り出しながら、シディアに忠告する。

 シディアは新たに迎え入れたポケモン、ゴーゴートを繰り出す。

 

「ドクガ、サザメケ」

「気合い入れて、ゴーゴート。ビルドアップ!」

 

 ドクガのさざめきが、空気を轟かせてサケブシッポを攻撃する。

 緑の波動となったさざめきは、奴にとってはかなりの痛手なようで、直撃を避ける動きが見られた。

 

 ゴーゴートは筋肉を盛り上がらせ、力と防御を高める。

 

 サケブシッポは、甲高い声で叫び、名に相応しい攻撃を繰り出した。

 

 しかし、そんな攻撃はゴーゴートには効かない。

 

 そのまま、反撃の一手を叩き込む。

 

「ゴーゴート、ウッドホーン!!」

 

 漆黒の角が翡翠の輝きを帯び、鈍く光る地面に突き刺さる。

 大地を抉り取りながら、ゴーゴートは凄まじい勢いで突進。

 浴びせられたハイパーボイスを諸共せず、サケブシッポを突き上げた。

 

 打ち上げられたシッポは空中で体勢を整えようとした。

 

「ドクガ、オーバー」

 

 しかし、灼熱の焔がそれを包み込み、短い断末魔の後、黒い塊が降ってきた。

 

「……シディア、復讐のつもりか?」

「どうだろう……でも、躊躇がなくなってきた。それは確かね」

 

 ぷすぷすと、今もなお足搔こうとする黒い塊を見下ろしながら、シディアは言った。

 

 黒い睫毛が、洞窟の奥から放たれる光に晒されて、不思議な輝きを宿していた。

 

 

 




『何を思ってか、ブリトールと呼ばれる者に自らの過去を明かした。
ああ、師匠の事を思い出すと、胸が痛くなってくる。
運命の調査に赴く前日、師匠は体調が悪そうだった。きっと万全なあの人なら、ミガルーサの群れを退けることくらいできた。
……ああ、師匠の事を思い出すと、胸が痛くなってくる』
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