ある転生者たちの話   作:松宮

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低レベル異界に潜る、ある転生者の一日

 過去を夢で見るというのは多くの人間が体験することだろうが、生まれる前の過去から追想する者はそこらにはいないだろう。

 不慮の事態で若くして死んだ前世時代。その前世を思い出した幼稚園時代。

 数は少なく付き合いも浅い友人と過ごした、特に印象に残る出来事もない小中高時代。

 他にも転生した者たちがいると知り、その集まりに加わった大学時代。

 大手企業ガイア連合に就職が決まり、20年以上育ててくれた親と生家を離れた去年。

 そして自分に割り当てられた山梨支部シェルターの一室に足を踏み入れた日……と場所が現在に追いついたところで目が覚めた。

 

 もぞもぞと体をよじり枕元の目覚まし時計を手に取ってみると、時刻は5:35。

 閉めた遮光カーテンの隙間から漏れる光はとても弱く、おそらく昨日の天気予報通りの雨が降りそうな曇天だろう。

 眠気も相まって異界探索が面倒になり、昨日に続けて今日も休んでしまおうか……との誘惑が鎌をもたげるが、それをねじ伏せて身を起こす。

 気分次第で働くもサボるも自由ならば、スケジュール通りに動かないと自分は際限なく堕落してしまうだろう。

 ボケっとした頭で目をゴシゴシこすっていると、コンコンとドアがノックされ一人の人物が顔を出す。

 

「おはよう、マスター。もうすぐ朝食できるから、早く着替えて来なよ」

 朝の挨拶をしてきたのは、スレンダーな体に碧眼と伸ばした赤毛を併せ持った、目を見張るような美少女。

 当然ながら人間としては平々凡々な自分が、こんな少女と普通に同棲できるほどの関係になれるわけがない。

 彼女はガイア連合技術部が粋を結集して作った使い魔、それも転生者専用にオーダーメイドで作られる人型シキガミだ。

 その外見や性格はとある創作キャラをモデルにして作ってもらったが、出来上がって動いている姿を初めて見たときはキャラ本人が現実に飛び出してきたのかと錯覚するほどだった。

 

 自分はシキガミに『すぐ行くよ』と返し、ベッドから床に降り立つ。

 彼女はパタンと扉を閉めると、パタパタとスリッパの音を立てながら台所へ戻っていった。

 廊下と混ざり合った部屋の空気が、もうすぐ出来上がる料理の香りを自分の鼻孔へと送り込む。

 元ネタの彼女は料理はさほど得意ではないが、自分のシキガミは一度やったガチャで当てた【料理】スキルを挿しているので並み以上にできる。

 自分は原作再現よりも実利を取る主義なのだ。

 

『次のニュースです。アメリカ国内で起きている内乱の情勢は……』

 日本国内では不可解な事件が増え、海外では各国で戦争が激化しているという、いつものニュースを垂れ流すTVをよそに自分たちは食事を摂る。

 特に話す話題もないのでお互い黙々と口に料理を運ぶだけだが、気まずい雰囲気も何もない。

 自分が口下手で雑談が好きではないというのを彼女は知っているし、それを不満と感じて態度に現すような性格でもないからだ。

 もちろんこちらからお喋りに誘えば、いくらでも楽しげに会話してくれるだろうが。

 

 朝食を終えてシキガミが後片付けをし、湯飲み片手に一息つくと時間は丁度7:00。

『そろそろ出ようか』と口にすると彼女も頷き、二人そろって玄関を出る。

 扉を閉めると彼女は「えーと、カギカギ……」とスカートのポケットに手を入れ、金属製のカギを取り出し施錠した。

 このシェルターには盗みに入るような人はまずいないし、自分の部屋にも盗むほど価値のある物はないが、それでも常識と習慣として戸締りは大事だ。

 

 シェルターを出て20分ほども歩けば、修行用異界に入るための受付用建物が見えてくる。

 透水アスファルトで舗装され、いくつかの商店が並ぶ道を歩いていると信じ難いが、この場所は数年前までは樹木生い茂る辺境の地だったと聞く。

 霊峰富士の森林を切り開いて、アスファルトとコンクリートで固めるなんてバチが当たるんじゃないか……などと思ってしまうのは、まだ自分に一般人だったころの感性が残っているからだろう。

 もちろん実際には管理者であるところの神主が許可を出しているので、バチも何もないわけだけど。

 

「あ、おはようございます! いつもながらお早いですね!」

 両開きのガラスの自動ドアを抜けて受付に進むと、自分たちに気が付いた受付担当者が挨拶をしてくる。

 彼は朝早めの時間帯に出勤していることが多いので自分と会うことが多く、すっかり顔を覚えられてしまった。

 友人というほどの付き合いはないが、他に人がいないときは受付で少し話をすることもあるぐらいの仲だ。

 自分は『早出早帰りの方が好きなので』と彼に返し、装備を預けているロッカールームへと進む。

 

 ロッカールームは男女別に分かれているので、ここはシキガミでも別行動だ。

 一般に使われている薄く安っぽいものとはまるで異なる、一目で頑丈さを感じさせるロッカーの扉にカギを差し込み開錠。

 少しばかり力を込めて重い扉を開くと、そこには全身を覆うプロテクターと、警官に見られたら間違いなく緊急逮捕な軍用アサルトライフルが鎮座している。

 プロテクターは一般人が見れば何かのコスプレに見えなくもないが、霊的防御も含まれ市販の防弾チョッキとは比にならない防御性能。

 ライフル銃はいくつか種類があったが、説明を聞いた後AK-101という製品を選んで購入した。

 この銃を選んだ理由は単純で、壊れにくく整備が楽だからである。

 構造が複雑で整備が大変な銃は面倒だし、少し乱暴に扱うと故障や暴発を起こすような繊細な銃は不安で仕方ない。

 特に後者は重要で、異界内で銃が使用不能になろうものなら、自分はろくな攻撃手段が無くなってしまう。

 もちろんシキガミが健在なら彼女が守ってくれるし、【トラエストジェム】を使えば時間もかからず帰還できるわけだが、それでも心配しながら探索するのは嫌なのだ。

 

 前回の終わりにライフルを整備したことをしっかり確認し、次にプロテクターのポケットや腰のポーチに各種ストーンなどの消費アイテムを収納したことを確認。

 あとは動きを妨げない中型のザックを背負って男子用のロッカールームを出る。

 廊下を歩き待合室へ向かうと、女性用のプロテクターを纏い、両手持ちの戦鎚を腰に下げたシキガミが待っていた。

 人型シキガミにはデフォで【物理耐性】が備わっているが、だからといって丈夫な衣服程度の防具で戦わせようなどとは思わない。

 元ネタではどう見ても普通の布地の服で戦っていたが、あれはフィクションならではの演出だ。

 技術部に金を積んで頼み込めば、原作と同じデザインのまま防御性能を付与した服を用意できるだろうが、残念ながら自分にはそんなコネはない。

 それに目の前の彼女に相談してみたところで「そんなん注文する金あるなら、マスターの装備につぎ込みなよ」と言って辞退するだろう。

 彼女を元ネタの服で戦闘させたいなら、サプライズプレゼントでもしなければなるまい。

 

 シキガミと合流し、異界入り口に立った時点で時間は7:55。

 修行用異界とは言うが、実態は入るたびにランダムで中身が変容する不思議なダンジョンだ。

 果たして今回はどんな塩梅になるか……と思いながら自分は異界へと突入した。

 

 

 深呼吸をすればむせそうな湿った草の香りに、作り物の太陽を遮る高く伸びた木々の枝葉。

 本日の異界第一層は森林を模した様相らしい。

 何も知らない人間が迷い込めばただの森と思うだろうが、ここは人食い熊なんかよりずっと恐ろしい悪魔がうろつく危険地帯だ。

 自分は念のため自分とシキガミ双方に【ラクカジャ】をかけて守りを固める。

 

「あたしを心配してくれるのはありがたいんだけどさー、こんなとこで悪魔を発見する前から【ラクカジャ】使わなくてもいいと思うんだけど」

 自分を先導しながら歩いている彼女は、クルッと振り向くと苦笑いしながらそう言ってくる。

 人型シキガミには【エネミーソナー】があり、こんな浅い場所でソナーをステルスして奇襲してくるような悪魔はまず出てこない。

 彼女の言う通り敵を発見してから強化しても十分間に合うだろう。

 しかし元から軽度とはいえダメージを減らせるに越したことはないと思うし、シキガミ任せではなく自分も働いているというつまらないプライドのため使わせてもらっている。

 彼女もそれを分かっているから、このやり取りはいつものお約束だ。

 

「マスター、ソナーに感あり。前方に二体いるけど、やっちゃう?」

 一見すれば呑気に散歩しているように見えるシキガミが【エネミーソナー】で悪魔を感知し警告を発する。

 これがダンジョンに潜ってドラゴンのお宝を狙う古典RPGだったなら不要な戦いは避けるべきなのだろうが、生憎と自分はここに悪魔狩りに来ているのだ。

 こちらに気付いていない格下の相手を見逃してやる道理などない。

 自分は二体の悪魔を狩ることを伝え、木の陰に隠れながらシキガミと共に忍び寄る。

 そして樹木の隙間から相手を視認できる距離まで近づいたところで、シキガミが【アナライズ】を行い結果を告げた。

 

「アナライズ完了、どちらもLV2のノッカーだな。んで範囲攻撃はナシ。あたしたちには危ない相手でもなんでもないね」

 分析結果を聞いて頷くとシキガミは戦鎚を構え、いつでも飛び出せるように体勢を整える。

 自分は肩に下げていたライフルをしっかり構え、木々の合間からノッカーの胸に狙いをつけた。

 呼吸を止めて引き金を引くと発砲音が響き、雑談していたノッカーの一体が力なく崩れ落ちる。

 残る一体が何者かに奇襲を受けたと気付き臨戦態勢になるがもう遅い。

 ヒュッと音を立てんばかりに彼女は木々の隙間を素早く駆け抜け、「おらぁっ!」と加速と重さと力が見事に嚙み合った鎚の一撃をノッカーにお見舞いする。

 ろくに防ぐこともできず頭に槌をくらった悪魔はブチャッ! と水の詰まった風船が割れるような音をあげ、首なし死体となって地面に倒れた。

 

「ラッキーだな、いきなり魔石二つもゲットしたよ。バッグに入れるから背中向けて」

 MAGとなって霧散した二体のノッカーの死体跡には、マッカのみならず低級ながらドロップアイテムが残されていた。

 彼女はそれらを拾って回収すると、自分が背負っているザックに収納する。

 ガイア連合内では魔石は別に貴重なものではないが、一般的な日本人の感覚からすれば十分高額で買い取って貰える物品だ。

 とりあえずこれで今日の分の生活費は稼げたな……と思いながら、下の階層へ通ずる道を求め探索を続けた。

 

 ややこしい地形で道に迷ったり、察知した悪魔の数が多いので遭遇を回避したり、後からやってきた探索者とすれ違ったりしつつ、自分たちは下層へ降りていく。

 今の自分とシキガミのLVは12だ。

 最上層の悪魔ならば鎧袖一触であるが、7層ぐらいからは不意を突いても倒しきれず反撃を受けたり、敵側も事前にこちらを察知して正面戦闘になったりするようになる。

 もちろん悪魔の攻撃は全て彼女が庇ってくれるため自分には傷一つつかないし、【ラクカジャ】と【スクカジャ】を絶やさないようにしているので、彼女自身の受けるダメージも援護無しよりは軽いだろう。

 だがそれでも戦い続けているとダメージは蓄積していくもので、それを癒すために【ディア】も使うようになり、傷が付かなくとも自分は精神力を消耗していく。

 精神力を回復するチャクラドロップはダメージを直す回復薬と比べると高価なので、あまり使いたくはない。

 なので『使うかどうするか……』と迷い始めたあたりで回復スポットにたどり着けたのは幸運だった。

 

「ふぃ~、気持ちいい~。マスターも顔洗ったら?」

 岩肌むき出しの天然洞窟を模した異界第7層。

 その探索中に発見できた、清らかな泉という形で用意された回復スポット。

 本物の洞窟なら衛生面が心配になるその水を両手ですくい、バシャバシャと顔を洗ってシキガミは言う。

 自分もそれに頷き、水をすくって飲んだ後、顔を洗って汗を落とした。

 汗が落ちただけでもサッパリするが、水に含まれるMAGが消耗していた自分の体に取り込まれていく感覚はさらに心地良い。

 さらにこの周辺は悪魔が侵入してこない安全地帯となれば、緊張していた精神も緩むというものだ。

 左手首に巻いた腕時計で時刻を確認すると今は11:35。

『少し早いけど昼食にしよう』と自分は伝えるとザックを下ろし、地面にシートを敷いて弁当箱を取り出す。

 彼女に【料理】スキルを挿す前はパッケージングされた保存食や軍用食糧を持ち込んでいたが、一度手作りの味を知ってしまうと、もうそれでは物足りなくなってしまった。

 場合によっては激しく動く必要があるため繊細に詰め込まれているわけではないが、それでも開いた箱の中でおかずが混ざり合ったりはしていない。

『いただきます』と手を合わせて食前の儀礼をすませると、自分は右手の箸でおかずを挟み込んだ。

 

 昼食を取り終わって、一息ついていると時間は12:30。

 もう少ししたら探索を再開しよう……と考えていたら、自分が来た道とは違う方面から雑談する声が近づいてきた。

 

「私のマスターちゃん心配よぉ。ちゃんと一人でお昼用意できてるかなぁって」

「流石にレトルト食品を温めるぐらいはできるだろう。心配しすぎではないか?」

「うちのご主人様はラーメン作ろうとお湯沸かしたら、こぼして大火傷したことあるよ。だから絶対火は使わせない」

「わたしが不在の間に面倒を見てくれるシキガミがいれば安心ですけど、それはそれで嫌ですよねー」

 苔がまばらに生えた通路を曲がって姿を現した人影は4人。

 その全員が全員ともごく稀にしか目にかかれない美女たちで、その中の3人はゲームキャラの衣装を着ている。

 もちろん、彼女らはコスプレ趣味で集まっただけの普通の転生者たちだ……などと思ったりはしない。

 聞こえた会話の内容からして、主人を安全な異界の外に残し、シキガミだけのパーティで異界を探索する、シキガミ遠征と呼ばれるスタイルの者たちだろう。

 

 先に休憩していた自分たちに気付いた一人が「ご一緒しても?」と訊いてくるが、自分はそれに『もう出るのでどうぞ』と返した。

 そして言った通りにシキガミを連れて回復スポットを出立する。

 休憩に入った彼女たちの話し声を後ろに、安全地帯を出るまでの道を歩きながら自分は思考に没頭してしまう。

 

 自分はシキガミ遠征というスタイルがあまり好きではない。

 口に出して非難するつもりはないし、露骨に態度に出るほど嫌悪感を感じるわけではないが、それでも好きではないのだ。

 自分より強いであろうシキガミを朝見送ったあとは自由時間。

 二度寝するもよし、積んでる漫画を読むもよし、高難度ゲーの縛りプレイに挑戦するもよしと、やっていることはまるでニートだ。

 しかし活動内容はともかく、一日のほぼ全てが自由時間な生活が羨ましくないと言ったら嘘になってしまう。

 そしてやろうと思えば自分もたやすく仲間入りできるというのに、ちんけなプライドのためにそれを蹴って異界に潜っている。

 隣人が送っている自堕落な生活に溺れたくとも溺れられないことが、ときおり苦痛に感じられたりもするのだ。

 

 またその羨む気持ちとは反対に、みっともない優越感を彼らに対して抱いてもいる。

 シキガミ遠征している奴らと違って、自分はきちんと訓練して異界で稼いでいるのだ。

 大事なシキガミを危険な目に合わせて、毎日遊び惚けている底辺連中より自分はずっとマシである、と。

 ……まったくもって、傲慢で独善的な考えだ。

 遠征させているからといって、その行為が他人への迷惑になるのか? 

 主人とシキガミ双方が納得して行っているのに、無関係の第三者が『奴らはクズニート』『恥ずかしいと思わないのか』などと責め立てる権利がどこにある? 

 そもそもにして、自分だって戦闘の大半をシキガミに任せているではないか。

 悪魔相手の盾として彼女に前衛で切った張ったさせて傷を負わせ、自分は安全な後方からときおり援護するだけ。

 そんな自分が遠征組の主人とどれほど違うのかと思うと、己が卑しい人間に感じられて仕方ない。

 

「マスター、そろそろ安全地帯を抜けるよ。注意して」

 シキガミの声に自分はハッと我を取り戻す。

 そうだ、ここは悪魔うろつく異界の中。

 自己嫌悪に陥るのは安全なシェルターに帰ってからでいい。

 自分はしっかりライフルを握り直して意識を引き締めると、彼女の後に続いた。

 

 時刻14:00頃、自分たちにとっての最下層である第10層に到達した。

 これより下は範囲攻撃を使う悪魔がかなり高い確率で出没するようになるので、自分たちは進まない。

 最初に来たときはそれを侮り先に進んでしまったが、LV10の壁による洗礼を受けて逃げ帰ることとなった。

 この階層でもまれに範囲攻撃を使う悪魔が出没することはあるが、その類の悪魔とは遭遇を避けるか、アイテムを惜しまず使い初手から全力で息の根を止めると決めている。

 

 

「うーん、回復スポットがなかなか見つかんないねえ……」

【エネミーソナー】をすり抜けての奇襲を警戒し、戦鎚を握りながら歩くシキガミは困ったように言う。

 それに『困ったものだな……』と自分も同意し、ライフルを携えたまま後ろを歩く。

 

 今回の第10層は日没後のように空が暗く、廃村のように朽ちた建造物が立ち並ぶ中を【悪霊】や【屍鬼】がうろついているという、ホラーゲーっぽい様相だった。

 幸いダークゾーンというほど暗くはなく、戦闘に支障はさほどないが、それでも距離を取っての射撃は難度が少し上がる。

 そしてなにより、こういう雰囲気は自分は苦手なので精神的にあまりよろしくない。

 早いところ安全地帯を発見し、そこを拠点として狩りを行いたいのだが、運が悪いのかなかなか発見できない。

 

「前方に悪魔の反応一体。あたしは大丈夫だけど、マスターはいける?」

 何度も魔法を使用して疲労したこちらを心配し、ややネガティブな感じで問うてくるシキガミ。

『実はけっこう疲れている』とでも答えれば彼女は回避して違うルートを進むだろう。

 しかし相手は一体だし、各種リソースも戦いを避けねばならぬほど消耗しているわけではない。

『まだまだ大丈夫だ』と彼女に告げ、自分たちは予定通りのルートを探索していく。

 

【エネミーソナー】で見つけた件の悪魔は崩れかけたブロック塀の陰から、ひび割れたアスファルト道路をボーッ……と眺めていた。

 それに何の意味があるのかは分からないが、さして知能の高くない悪霊の行動に意味を求めてもしょうがないだろう。

 塀の内側には窓ガラスの割れた廃屋があるので、ここが現世なら『家の住人だったのかな……』と思いを馳せたかもしれないが。

 

「アナライズ完了、LV9のピシャーチャだ。【火炎弱点】【破魔弱点】だからあたしは【アギ】で攻めるよ。マスターは……さすがにやらないよな?」

 少し冗談ぽく言うシキガミに、自分は苦笑を浮かべながら首肯する。

 自分が使える魔法は【ラクカジャ】【スクカジャ】【ディア】そして【アギ】の四つだ。

 攻撃魔法を自然習得できなかったので、苦心の修行の末に覚えたのだが、適性がマイナスに突入しているのか、威力は雀の涙のクセに精神力はドカ食いという産廃。

 この【アギ】で悪魔と戦おうものなら、戦闘が長引いて反撃を受けまくる上に、あっという間にガス欠を起こしてしまう。

 結局、弾薬費を考慮しても銃を使った方が遥かにマシということで、自分の【アギ】は封印状態だ。

 

 無防備に突っ立っている人型の悪霊に狙いをつけ、トリガーを引き絞る。

 暗くて少し心配だったが、放たれた弾丸は悪魔の胸に命中し、悪霊は苦痛の叫びをあげた。

 しかしLV2のノッカーなどとは違い、痛手ではあるがそれで消滅するようなことはなく、顔に怒りを浮かべこちらへ駆け寄ってくる。

 その足の速さといったら、学生時代に見た陸上部の選手などとは比べ物にならない。

 

「通すわけねぇだろ、バカ!」

 高速接近する悪霊を迎え撃つために、シキガミも接敵し戦鎚の一撃を振るう……と見せかけて数mほどの距離に来たところで彼女は【アギ】を使った。

 彼女の左手から放たれた弱点である火炎。

 それに身を焼かれた悪霊は駆ける足を止めて、その場でもだえ苦しむ。

 自ら距離を詰めておきながら移動を止めている相手などただの的だ。

 さらに一発銃弾を撃ち込み、続けて彼女が槌の一撃を叩き込むとMAGとなって消滅した。

 

「お、ドロップアイテム発見。宝玉だよ、やったね」

 ピシャーチャの足跡の上に残っていたのは宝玉。

 自分たちが狩れる悪魔が落とす物としては最上級の部類だ。

 彼女は屈んでそれを手にすると、こちらのザックへ入れようと近づ……こうとしたところで、自らのポケットに収納し警戒を顔に浮かべた。

 

「ソナーに感あり。後方から二体接近中。今の戦いに気付いて混ざりに来たっぽいな。どうする? 逃げる?」

 今の戦いで消費したのは自分が弾丸2発、彼女が【アギ】一発分の精神力。

 大した消耗ではないが、戦闘直後の一息もつかず連戦するのかと彼女は問い、こちらを気に掛けて逃走も提案してくる。

 その気配りはありがたいが、今の戦いでの疲労を感じてない自分は留まって戦うことを選ぶ。

 

「オッケー、それじゃそこの塀に隠れよっか」

 近づいている敵を倒すと決めたが、わざわざ道路のど真ん中に突っ立って迎え撃つ理由はない。

 悪霊がいた廃屋の敷地に踏み込み、自分たちは悪魔二体が姿を現すのを待つことにする。

 すると間もなくカツカツと軍靴の音をたてながら、腐り崩れた顔に都市迷彩の軍服を着こみ、ライフル銃を携えたゾンビが丁字路の角を曲がってやってきた。

 当然ながら向こうも警戒しているので、不意を突くことは難しい。

 それにブロック塀の形状からしても射撃のために身を乗り出せば、すぐにばれて対応されるだろう。これは正面戦闘になる。

 

「アナライズ完了、LV8とLV10のゾンビアーミーだね。【火炎弱点】【破魔弱点】で範囲攻撃は持ってない」

 範囲攻撃を持っていないことに一安心だが、連中は二人組の上にライフル銃という遠距離攻撃がある。

 チマチマ射撃するより、一撃で確殺する方が良いだろうと自分は考え、両手で保持していた銃を左手に持ち替える。

 そして腰のポーチに右手を伸ばして、一つ取り出したるは【ハマストーン】。

 このLV帯で【破魔弱点】なら自分が使えば一撃だ。

 

「準備はいいな? そんじゃ……行くよ!」

 シキガミは塀の陰からバッ! と姿を現し、自分もその後ろに続く。

 ゾンビどもも即座に気付き銃口を向けてくるが、こちらの方が早い。

 まずはシキガミがLV8のゾンビに【アギ】。

 炎に包まれたゾンビの射撃はあさっての方向へ放たれ、ダメージのあまり地に膝をついて憎々しげな唸りをあげる。

 もう一体のLV10ゾンビは相方を攻撃したシキガミへ狙いをつけ発砲するが、プロテクターと【ラクカジャ】そして【物理耐性】の三重防御で守られた彼女は弾丸の直撃を受けても少し顔をしかめる程度のダメージしか受けていない。

 そして自分はそのLV10ゾンビの方に【ハマストーン】を投げつけた。

 プロ野球選手を超える速度で投げつけられた石はゾンビの至近距離で炸裂し、破魔の光を浴びた悪魔は一撃で消滅──―しない!? 

 

 相手のクリティカルか自分のファンブルか。

 たぐいまれな幸運を持つLV10ゾンビは浄化を免れると、石を投げつけたこちらへと狙いを変更し銃口を向けた。

 今まで一度も失敗せず、一撃確殺だと思っていた自分は予想外の事態に思考が停止し体は硬直。

『あっ……!』と思ったときにはもう遅「マスター!」と横から飛び込んで自分をかばうシキガミ。

 LVが少しばかり上がろうと、物理属性の攻撃は彼女への痛打にはならない。

 しかしLV8ゾンビの方も全身を黒焦げにしながら立ち上がり、そっちの方も自分を狙って撃ってきた。

 連携攻撃というわけではないが、続けて射撃されると彼女のカバーも間に合わない。

 人間の本能なのか『せめて頭は守ろう』と自分は反射的に腕を上げて顔を覆う。

 弾丸は左の二の腕に着弾、直後に骨の芯まで響くような痛みが襲ってきて、その痛みと攻撃を受けたショックで握っていた銃は手を離れ、ガシャリと地面に落下した。

 

「……っ! テメェら!」

 怒りを含ませた声と共にシキガミが放つのは【マハジオ】。

 ゾンビたちに効きが良いわけではないが、彼女が持つ範囲攻撃で奴らに有効なものは特に無いのである。

 しかしそれでも既に限界ギリギリだったLV8の方は電撃を受けると地面に倒れ伏して消滅し、残るLV10の方もダメージを受け少しはひるんだ。

 敵が一体となってしまえば、自分を庇いながらでも彼女に負ける目はない。

 敗北濃厚と見てヤケクソになったのか、突進して噛みつこうとしたゾンビを彼女の【アギ】が焼き尽くして、自分が無様をさらした戦いは終わった。

 

 戦闘が終わってしまえば頭は冷え、判断力も戻ってくる。

 撃たれた腕は変わらず痛かったが、プロテクターを貫通しているわけでもなく、【ディア】を使えば噓のように痛みは消えた。

 主人に傷を負わせて「ごめんなさい……」と謝るシキガミに『怒っていないし何も悪くない』と自分は返す。

 今回の失態は、低LVなら確実に【ハマストーン】で倒せると思い込んでいた自分の油断と侮りが原因だ。

 初めてのケースとはいえ、もし思考停止せず対処できていたならば、もう少しはマシな戦闘を展開できていただろう。

 と、そんな考察を進めるほどに、自分に戦闘適性が無いということを思い知らされる。

 

「どうするマスター? 今日はもう帰る?」

 腕時計を見ると時間は15:20で、帰還するには普段よりも早い。

 しかし直にダメージを負わされた精神的動揺が抜けていないまま探索を続けるのは、さらなる危険を呼び込むだろう。

 自分は『もう帰ろう』とシキガミに賛同すると、【トラエストジェム】を取り出し地面へ放り投げた。

 アスファルトの上に魔法陣が展開され、自分たちはその中に入って効果が発動するまで10秒ほど待つ。

 前世では【トラエスト】と【トラフーリ】の設定上の違いなど分からなかったが、実際に使ってみれば明らかだった。

 10秒も突っ立って待機しないといけないのでは、戦闘中に使用することなど不可能だろう。

 

【トラエストジェム】が効果を発揮すると、目の前には異界の入り口。

 今朝侵入した場所へと無事戻ってくることができた。

 完全に気を抜いていい安全な場所ということで、フゥ……と吐いた息も軽い。

 これから探索に行くため異界へ入る人たちを後に、自分は換金用のカウンターへ向かうため廊下を進んだ。

 

「お疲れさまでした。査定が終了するまで少々時間がかかりますので、そちらの番号札を取って都合の良い時間にお越しください」

 自分は出発した時と比べて少しは重くなったザックを渡し、ロッカールームに併設されているシャワールームへと向かう。

 その最中、自分より高LVでより深い深度に潜っているであろう重装備の人とすれ違った。

 彼はシキガミのみならず、アガシオンやイヌガミまで連れてパーティを組んでいる。

 別に目が合ったわけでも何でもないのに、微かに刺激される自分の中の劣等感。

 

 転生者である以上、努力が全く実らないということはなく、苦労は何かしらの形で報われるという保証がある。

 自分だって“やればできる”人間なのだ。その気になって鍛えれば。

 ただその気になって、それを維持できるほどの意志力や根性が無いというだけ。

 気にしない人は気にしないのだろうが、こうして“やってできている”人間を目にすると、自分の情けなさを否応なしに感じてしまう事がある。

 もっとも、それを気に病んでどうこうするほど思い詰めているわけでもないのだが。

 自分は天井の蛍光灯を見上げて、ため息と共に少し鬱になった気分を吐き出した。

 

 シャワーで汗と汚れを落とし、自分と同じく身支度を整えたシキガミと合流したころには査定は終わっている。

 本日の収入は一般的な日雇いフリーターと比べれば破格と言ってよいだろう。

 自分は売却した対価をマッカとガイアポイント、そして日本円に分割して受け取る。

 この三者の変換レートを見ていると、円が紙くずになる日もそこまで遠くはないのかな……などと思えてくる。

 果たしてそうなったときにこの日本は、いや世界はどうなっているのかと思うと不安になるが、自分ごときが気にしてもしょうがない。

 両親の分も含めてシェルターの部屋は確保してあるのだから、大丈夫だと思っておこう。

 

 朝は雨が降りそうな雲に空が覆われていたが、今は雲の隙間から青空が見える程度には回復していた。

 結局使わなかった傘を折り畳んだまま持って家に帰ると、時刻は16:10。

 シキガミが玄関扉のカギを開錠すると、彼女は先に中へ上がり「おかえり!」と自分を迎える。

 いつものように『ただいま』と返し、扉を閉じると自分も靴を脱いでスリッパを履いた。

 

 シキガミが夕食の準備をしている間、自分はノートパソコンで支出入の帳簿をつける。

 別にそんなものつけずドンブリ勘定でやっていても生活していける程度には稼げているのだが、親の躾で癖になっているのだ。

 支出は撃った銃弾、投げつけたストーン、精神力回復に使ったチャクラドロップ、他にも……。

 収入は純粋に悪魔が落としたマッカと他のドロップアイテム……。

 これらを日本円やマッカでそれぞれ分けて入力すれば、ソフトが現在の流動資産を自動計算。

 いつもと比べて大きく増えも減りもせず、少しばかり黒字になったという結果を確認して自分はソフトを終了した。

 

 夕食を終えてリビングで二人してほうじ茶を飲んでいると、湯船に水が満ちたというアラームが鳴った。

 シキガミがイスから立ってそれを止めに行き、パタパタと足音を立ててまた戻ってくる。

 

「マスター、風呂沸いたよー。……せっかくだから、一緒に入る?」

 冗談ぽく笑い、シキガミは挑発してくる。

 その誘いに乗れば彼女は喜んでご一緒してくれるだろうが、自分はそういうことをするのは休みの日と決めている。

 いちおう明日も異界に潜る予定なので『先に一人で入ってくれ』と袖にした。

 

「なんだよー。初めのころはあんなにがっついてたのに、あたしには飽きたってのかよー」

 これも一つの冗談なのだろうが、シキガミはジト目で拗ねてみせる。

 たしかに彼女を手に入れた最初のころは、とてもよくできたロボットのように扱って彼女の体をオモチャにしてしまったし、明確な自我に目覚めたら目覚めたで、自分を好いてくれる美少女ということで猿のようになってしまった。

 今では回数は減ったが、それは彼女に飽きたからではなく節度を保てるようになったと言うべきだろう。

 そもそも一年程度で飽きるようなら、今のような姿や性格で注文などしていない。

 そう彼女に伝えると「そっか、それならいいよ」と手のひら返しに機嫌を良くして、脱衣所の方へと歩いていった。

 

 入浴を終え、気になる情報をネットで漁ったりしていたら、不意にあくびが一つ。

 モニター画面の片隅にある小さな時計表示を見てみれば、時刻は20:45。

 就寝するにはまだまだ早い時間だが、どうも眠気が出てきた。

 今日は予想外のトラブルがあったから、精神が疲れているのだろうか。

 熱中して画面にかじりつくほどの物もないし、今日はもう寝ることにしよう。

 自分はそう思うとノートパソコンの電源を落とし、パタリとモニターを折り畳んだ。

 

 夜はまだ寒いこの季節、ベッドに横たわり羽毛布団をかぶると【ドルミナー】をかけられたように意識が薄くなっていく。

 そして消えそうになる自我の中、『世界が終末へ向かう中、こんな日々はいつまで続けられるのだろうか……』と思いながら自分は眠りについた。

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