地域の霊的防衛を担っている組織の面々は、異界など潰せるものならそうしてしまいたいと考えているところが多いらしい。
確かに精鋭でもLVが1~2ぐらいしかなく、多大な代償を払って悪魔に対処しているような人々ではそう考えるのも当然だろう。
しかしガイア連合の転生者、それも覚醒し悪魔と対等に戦える層にとっては、異界は貴重なLV上げの場であり、マッカや各種ドロップアイテムを得る稼ぎ場でもある。
特に地方の異界、例えば積雪地帯である我が地元であれば【ユキジョロウ】や【ジャックフロスト】など、出現する悪魔の弱点や攻撃手段などが似通っていることが多く、メタを張ってさえしまえば、さしたる危険を冒すことなく稼ぎを行うことができるのである。
なので【氷結耐性】の防具を装備したLV1のシキガミが、同LVのユキジョロウ二体を相手にすることもさほど問題ではないのだ。
「痛い痛い痛い! おい、早く【ディア】してくれよ! オレ死んじまうよ!」
青い瞳に長く伸ばした白髪をポニーテールにした、身長やや高めの美しい女性型シキガミ……の肉体を持つ男は、両手で握りしめた棍でその身に受ける悪魔の攻撃をどうにか減らしながらこちらを振り向くと、涙目で助けを求めてくる。
MAGを横取りしてレベリングの邪魔にならないよう、やや離れた場所でそれを見守っている自分は黙って【アナライズ】。
分析結果を見ると確かに生命力は削られているが、重傷に至るまではまだずいぶんと余裕があった。
ユキジョロウたちは【ブフ】が効き辛いと見てすでに【ひっかき】に攻撃を切り替え彼を嬲っているが、実はシキガミには【物理耐性】も備わっている。
それに加えてシキガミの各能力は同LV帯の悪魔と比べても高い水準として設計されているのだ。
結論として現在の状況は危機でも何でもなく、戦闘素人の単なる甘えであると自分は判断。
腕を×印に組み、ブンブンと首を横に振って『援護はナシ』と意思表示する。
「ひでぇよ! オレが死んじまってもいいの「そうも泣き言を吐いて役に立たないのなら、その体を返してもらってもよいのだぞ」
自分の隣に立って護衛している宇宙人型シキガミが、『フォフォフォ』と独特の笑い声をあげ彼の弱音を遮り一蹴。
シキガミ改造した人間から体を返してもらうというのは殺すことと同義だし、そんなことをしても素体が初期化されるわけでもない。
なのでそこまでするつもりはないが、外見が人外であるシキガミの脅しは『本当にやりかねない』と捉えられたのか、彼は涙目のまま棍を構え直して悪魔に立ち向かう。
「チクショウが! くたばれ! とっとと死ねってんだよこの悪魔!」
今まで腰が引けて雑な防御しかできていなかった彼だが、もう後がないと腹をくくれば少しはマシになる。
さらに【ひっかき】をしてこようとする悪魔の一体を棍の先端で突き、ひるんだところに【アギ】。
白い和服を着込んだ、見た目はそれなりに良い女が火炎に包まれ、甲高い悲鳴と共にMAGへと還る。
防戦一方だった獲物が反撃に転じたのを見て警戒心を高めたのか、もう一体の悪魔は攻撃の手を止め隙をうかがい始めた。
僅かばかりの間、互いの隙を狙ってにらみ合う両者。
先に動いたのは彼の方で、何度も踏まれてすっかり汚れた足元の雪を蹴って踏み込むと、握りを短くした棍を横にフルスイング。
素人がやりがちな、当たれば威力は大きいが外した時の隙も大きい一撃を、ユキジョロウは身をかがめてやり過ごす。
そして攻撃を外し態勢を崩した彼に悪魔は飛び掛かり、密着距離で【ひっかき】。
おそらくこれほど近ければ棍も【アギ】も使えないと判断したのだろう。
その判断は決して間違いではなかったと思うが、追い詰められた素人が何をするかは流石に予想できなかったようだ。
「くっ……! この……! 死ねこのアマ!」
彼はユキジョロウを口汚く罵ると棍から右手を放し、ガシッ! とその手で悪魔の顔面を鷲掴みにした。
そして握ったままの右手から【アギ】を放つ。
こんな技使うマンガのキャラいたな……と思う自分をよそに、顔面を焼かれた悪魔は顔を抑えて彼から後退し身をよじる。
その大きな隙に彼は左腕一本でもう一度フルスイングを放ち、今度は側頭部に見事命中。
相方より長く生き延びた方のユキジョロウも雪の上に倒れ、ついにMAGとなって消滅した。
「ううっ、痛っ……! なあ、もういいだろ!? 悪魔を倒したんだから治してくれよ!」
落ちてるマッカも放置して、タッタッタッと彼はこちらへ駆け寄ってくる。
【火炎耐性】もなく密着距離で【アギ】を放った右手は肌が全て溶け落ちて少し焦げているほどの火傷状態だ。
これでは満足に棍を振るうこともできないだろうし、流石に治療してやっても良いだろう。
自分は隣のシキガミに『治してやれ』と命令する。
人間のように首を動かせない宇宙人は上半身全体を少し傾けて頷くと、すぐ傍までやってきた彼に【ディア】をかけてやった。
またたく間に傷が癒えた彼はグーパーと指を動かして治ったことを確認すると、こちらの機嫌を伺うように口を開く。
「な、なあ、あんたらの手を借りずオレ一人で悪魔を倒せたよな? だからもういいだろ? 今日は帰ろうぜ?」
上目遣いでオドオドと言うその姿は、元ネタのキャラならやりそうにない言動だが、とても可愛らしい。
だがその中身は強盗を働くクズ野郎だと知っている自分は『ダメだ』と切って捨てる。
これが罪のない一般市民だったならもっと違う対応をするが、こういう奴に優しさや甘さを見せてもつけ上がるだけだ。
望みが断たれ泣きそうな顔になる彼に『10分ぐらいは休んでいい』と僅かばかりの慈悲をくれてやり、自分も周囲を警戒し始めた。
自分がその気配に気づいたのは単なる偶然だった。
すっかり日が落ちた後、秋も終わりに近づき、冷たくなり始めた風を感じながら川沿いの道路を散歩していたら、悪魔の気配を感じたのだ。
一般人では全く気が付けないであろう、空気に含まれる微かな悪魔のMAG。
この地域にある異界は悪魔が漏れ出ないよう封印されているはずだが、何かあって這い出してきたのだろうか。
あるいは新しく異界が発生し、そこから出没したか。
別に正義の味方を気取るわけではないが、自分が住んでいる家の近くを悪魔がうろついているというのは気分が良いものではない。
この地域の異界に出てくる悪魔は最大でもLV5で、今の自分はLV17と3倍以上の差がある。
たとえ新しい異界と悪魔だったとしても、地脈から得られるMAGの関係上大きく差が出ることはない。
このぐらいのLV差があれば装備などなくとも、素の実力で悪魔を圧倒できる。
自分は胸元のポケットにシキガミを符の状態で待機させていることを確認すると、MAGが濃くなる方へ足を進めた。
濃密というには程遠いが、たしかに濃度が上がっていくMAG。
川沿いのガードレールを乗り越え、のびた雑草が生い茂る河川敷を自分は進んでいく。
この周辺は人目も無い場所なので『もうそろそろいいか』と符の状態のシキガミを取り出しMAGを込めた。
すると符が宙に浮いて固定され、それを核としてMAGが肉体を形作り、数秒の内に自分の相棒たるシキガミが姿を顕現した。
「出番か、我が主よ」
『フォフォフォ』と独特な笑い声をあげて語り掛けるその姿は、前世も今世も有名なとある特撮の宇宙人が元ネタだ。
ペーパークラフトによる鋳型なしで呼ぶと、呼び出すごとに姿が太くなったり細くなったりとブレが出るが、性能は変わらないので自分はあまり気にしない。
制作に携わった仲間は特撮好きらしく「初代と二代目は全然違うだろ!」と熱をあげて語ってくれたが、正直話にはついていけなかった。
というのも、自分は別に特撮好きというわけでもないからだ。
自分の性癖をさらして女性型シキガミを注文することに羞恥心を覚えてしまったため『特撮のあの宇宙人モデルで』と頼んでしまったのである。
今になって思えばもっとよく検討して、せめて銀色の巨人モデルで頼んでおけばよかったと後悔している。
このシキガミは両手がハサミなので武器の類は一切持てないし、体型が微妙に人間とも違うので防具を着ることも難しい。
直立二足歩行こそしているが、運用としては獣型シキガミと同じなのだ。
「ム、ここは異界ではないようだが……何があったのだ?」
自分がシキガミを呼び出すのは異界に潜って悪魔と戦うときか、さもなくばガイア連合の敷地内、もしくは自宅だけだ。
どれでもないこの河川敷で呼ばれたことに宇宙人は疑問を呈した。
それに対しこの場所に至るまでの経過を自分は説明し、宇宙人は「フムフム」と頷く。
「わかった、では私が先に行こう。主は周囲を浅く広く警戒してくれ」
異界探索と同じように前がシキガミ、後ろが自分という隊形で雑草をかき分け進む。
そして橋脚の下に差し掛かった辺りで、宇宙人がMAGの発生源を発見した。
「いたぞ主。おそらくこれが元凶だ」
そう言ってシキガミはハサミの先端でそれを指し示す。
腰ほどまで伸びた雑草の合間に倒れている人物は、若者向けのスニーカーにダメージジーンズ、薄い長袖ポロシャツという何の変哲もない服装。
ただし首から上は皮膚が腐り落ち、筋肉やあご骨がむき出しになっているゾンビそのものの容貌だった。
自分は一瞬悪魔かと思ったが、それにしては様子がおかしい。
まるで今にも死にそうな重病人のように苦しそうな呼吸でときおり呻くだけだ。
不審に感じた自分は【アナライズ】を使い、目の前の存在を解析する。
すると驚くべきことに種族が【屍鬼】と【人間】の間でブレており、生命力も健常と瀕死の間を行き来していた。
これは素人考えだが……もしかするとこの人物は人間から悪魔になりかけているのではないだろうか?
もちろん詳しいことは医術の心得がある知人に診せなければ分からないだろうが、自分の目にはそう見える。
彼を見下ろしながらそんなことを考えていると、すぐ傍に誰かいると気が付いたのか、瞼もなく白く目立つ眼球が動いてこちらを見た。そしてボソッと何かを口にする。
よく聞き取れなかったが、言ったセリフはおそらく「助けて」だろう。
そうなると良いな……と自分は思いながら尻ポケットからスマホを取り出し、ガイア連合医術部の一員でもある知人に連絡を取った。
自分の連絡を受けた知人は救急車と同じタイプのバンで現場に駆け付けると、彼をそのまま支部に運び込んだ。
当然第一発見者である自分もバンに同乗し、支部へと向かう。
そして医務室のベッドに寝かされた患者を、自分より高度でさらに詳細が解る【アナライズ】を用いて診た知人は首を振ると開口一言こう言った。
「残念だが彼の体を治すことは不可能だ。呪いの深度が深すぎる」
自分が見立てた通り、彼は何者によって人間から悪魔へと変化する呪いをかけられていたらしい。
初期の段階なら魔法でさほど苦労せず治せたし、中程度まで進行してもここの設備と知人の技術なら治せたそうだ。
しかし今の彼は時間が経ちすぎて、もはや【屍鬼】の肉体に人間の魂がへばりついているような状態なのだとか。
もう一日ぐらい経って人間の魂が失われれば、完全に【屍鬼】ゾンビへと変貌するだろうと知人は結論をまとめた。
自分は医務室の白い天井を見上げて重い息を吐く。
彼はどこの誰か分からず悲しいわけでもないが、目の前で人が死ぬというのは楽しいことではない。
せめて悪魔に変わるその時まで生かしてやるべきか、それとも今すぐ楽にしてやるべきか。
腕を組んでそんなことを考え始めた自分に知人はあっさりと別の道を示す。
「ああ、なんか悩んでるようだけど、命を救うだけなら十分可能だよ」
『は?』と抜けた声を漏らした自分に知人は言葉を続ける。
「シキガミ手術って知ってるかい? 不具になった肉体を代用する技術なんだけど……」
知人のその話はどこかで自分も聞いたことのある話だった。
悪魔によって治療できないほど肉体を破壊された転生者が、人形素体を利用した後期型シキガミのボディパーツを使って復活したという話だ。
なるほど、確かにそれと同じことをすれば目の前の彼も命を繋ぐことはできるかもしれない。
だが素体となるシキガミはどうするのか。
無関係の一般人を救うためにシキガミ素体一式を無償提供してくれるほどガイア連合は優しくは無いと思うのだが。
「悪いけど僕は金も素体も出さないよ。時間と技術は出してもいいけどね。この患者を救いたいのなら、君の私財を投入してくれ」
医師として人の死にはドライになっているのか『お前が助けないならこいつは見殺しにする』と言い放つ知人。
それを非難する気はないし、そもそもお門違いだろう。
自分と同じように彼と知人にも何の関係もないのだから。
「確か君は差し替え用に後期型シキガミを注文していただろう? 山梨支部からそれを送ってもらえばここでも処置はできるよ。君にはいろいろ世話になっているから、やるというなら今回の診察含め手術代はタダにしておこう」
元々の自分たちは同じ地域で暮らしているというだけの他人だったが、単純に距離が近いということもあって、助っ人としてLV上げに同行したり、特定の悪魔を狩る依頼を受けたりしているうちにそれなりに親しくなった。
なので自分が二度と同じ過ちを犯さないとの意志で、今度こそ美少女型シキガミを注文したということを知人は知っている。
「っていっても、今すぐには決断できないよね。まあ、完全にゾンビになるまで猶予はあるから、少し時間をあげるよ。この部屋を出るまで考えて、それから返答して」
知人はそう言うと自分と彼を残し、パタンと扉を閉じて医務室を出て行った。
カチ……カチ……と時計の秒針が回る中、椅子に腰かけ自分は考える。
『フォフォフォ』と笑う宇宙人型シキガミを受け取って以来、自分ずっとそれを相棒としてきた。
他の仲間たちが性癖全開の美女型シキガミを連れ歩くのを見て、何度羨ましいと思ったか分からない。
『本当は女性型にしたかった』とシキガミに愚痴をこぼして落ち込ませてしまい、自己嫌悪に陥ったこともある。
人形素体を利用した後期型シキガミが作られ始めて、初期の呪符型シキガミをそれに差し替えることができると知ったときは嬉しかった。
苦労して【人変化】を手に入れなくても、強さと記憶を保ったまま美少女にできるのだと。
そして転生者が美しい人型シキガミを連れ歩くのは普通という風潮になり、ついに恥じることなくお気に入りキャラの外見をしたシキガミ素体を注文できた。
シキガミを宇宙人型にしてから自分はずっと後悔し続けてきたのだから、もういいだろう。
それに宇宙人の方も美少女型になれば主である自分が喜んでくれるということで、抵抗感など一切示さず差し替えに同意してくれた。
ここで見ず知らずの人間を救うのに素体を消費してしまうのは、自分のシキガミに対しての裏切りにもなるだろう。
だから彼を見捨ててしまっても許される……はず……たぶん……そう思いたい……。
人命を取るか己の欲望を取るかで、思考がグルグルして定まらない。
悩んだ末に自分は符を取り出し、シキガミを呼び出して事情を話す。
自分一人だけではなく、シキガミ本人の意見も聞いてみようと考えたのだ。
「フム、それならば私は彼を救う方に賛同する。私の知る主の性格からすれば、後で気に病む可能性が高いと判断するのでね」
なんとシキガミは無関係の彼を助けることに票を投じた。
『本当に素体を使ってしまっても良いのか』と訊き返す自分に「構わない。彼に私の体を譲ってくれ」とライバルの巨人のようなセリフを口にする宇宙人。
正直、ここでシキガミが「素体は私が使う」と拒否するようだったら、それを口実にして見捨てることができた。
だが責任をシキガミに押し付けるという卑怯な逃げ道が封鎖された以上、自分に残された道は彼を救うことしかない。
自分は後ろ髪を強く引かれる感覚を感じながら扉を開いて出ると、『素体を提供するから救ってくれ』と知人に告げた。
支部を後にし、家に帰っても気は晴れない。
様々な負の思いがごちゃごちゃ混ざって、心が平静にならないのだ。
その中でふと思いつき、自分はシキガミを呼び出す。
宇宙人も後悔し直しているかもしれないし、『やっぱり止めときゃよかったよな……』と愚痴り合いたいのだ。
「先も言ったが、素体を譲ると決断したのは私だ。何も後悔はしていない。主はそんなに後悔しているのか?」
どうやら我がシキガミは主人である自分よりもよっぽどできた人格だったようで、愚痴一つ漏らさなかった。
それに対して後悔に苛まれている自分の人品が、ひどく低劣に感じられる。
そして低劣な自分は己の卑しい願望を口からボロボロとこぼしてしまった。
お前を美少女型にしてデートしたり、料理を作ってもらったり、朝に目が覚めた時に隣で『おはよう』と言って欲しかったりした、と。
自分は以前も似たような愚痴をこぼしたことがあり、そのときはシキガミがずいぶんと落ち込んでいたのを覚えている。
また同じ轍を踏んでしまったと、自己嫌悪が襲ってきた。
『悪かった』と謝るが、吐いた言葉はもう戻せない。
宇宙人が自分に対して怒ったりするとは思わないが、気には病むだろうと後悔する。
しかし意外なことに宇宙人に気落ちする様子はなかった。
それどころか『ポクポクポク……チーン』とでも擬音がしそうな間をおいて、一つの提案を口にしてきたのである。
色々やっているうちに夜は更け、もう12時。
そろそろ寝ようか……と火の元を確認し、家中の電灯を落とす。
そして寝室へ足を踏み入れてみれば、いつものベッドに横たわっている我がシキガミ。
何故そういう結論に至ったのかは不明であるが『私は人型ではないが、できることでもやってみてはどうか』というシキガミの提案により、一緒に寝て『おはよう』をやることにしたのである。
ただ添い寝するだけで別にナニをするわけでもないが、あの宇宙人が『カマーン』といわんばかりにベッドに寝転がっている絵面は何ともシュールだ。
とはいえ嫌と言うわけではないし、罪悪感もあるので自分はおとなしくシキガミの隣へと潜り込む。
カチカチッと電灯のヒモを二度引っ張って部屋を暗くし、瞼を閉じるとそうも経たないうちに眠りへと落ちていった。
目が覚めてすぐ横に有名なあの宇宙人の顔があるというのは、あまり心臓に良くないと判明した翌日の朝。
起き掛けにスマホを確認していたら、シキガミ素体が山梨支部から届いたというメールがあった。
宅配便なんかで送っていたのでは時間がかかりすぎるし、安全面も考慮して【トラポート】を使える仲間がすぐに持ってきてくれたのだそうだ。
そして午前9時にはシキガミ移植手術が開始。
施術時間自体は一時間もかからないとのことで、暫定の保護者として自分は支部内で待機していた。
技術としては確立しているので、失敗することはまずないと知人は言っていた。
しかし万が一でそうなったら、彼の命や自分のシキガミ素体はどうなるのかと思うと心配が湧いてくる。
やがて時計の長針が一周もしないうちに医務室の扉から知人が出てくると「無事成功したよ」とコメント。
とりあえず一安心と自分は軽く息を吐き「それともう意識は戻ってるから、保護者の君がいろいろ説明してあげてね」と心の準備もなくいきなり対面することとなった。
知人と入れ替わりに医務室の扉を開いて中へ入ると、ベッドの上には入院着を着て上半身を起こした美しい少女が一人。
元ネタではポニーテールにされている長い白髪はそのまま背中に流されていたが、見た目は間違いなくあのキャラで感動さえ感じてきた。
だが目の前にいるのは誕生したての自分のシキガミではなく、己の人生を生きてきた一人の人間だ。
きちんと応対しなければなるまい。
「ええと……さっきまでオレ診てた医者が言ったんだけど、あんたがオレを助けてくれたってことでいいのか?」
死にかけたと思ったら女の姿になってベッドに寝ていたという、一般的な常識ではありえない事態。
戸惑い混乱するのは当然だが、なるべく落ち着いた声色で自分なりに分かりやすいよう説明していく。
悪魔の存在、その身に受けた呪い、ガイア連合という組織による治療……と一度に多くを話しても理解し辛いと思うので、細かい情報は切り落とし必要そうな部分のみを話した。
その甲斐あってか、半信半疑でありながらもどうにか彼は今の状況を呑み込めたようだった。
そして次は自分の番だ。
なぜ彼が呪いを受けあんな場所で倒れていたのか、詳しい話を聞きださねば。
「───っていうわけで、あんなとこにいたんだよ」
まだ17歳であった彼の説明はいまいち余分な部分があって少し長引いたが、とりあえずは把握できた。
そしてなんてひどい話だと思った。
彼は素行不良で高校を退学になったあと家出して、不良仲間と呼ぶには生温い犯罪グループの一員として生活していたらしい。
ある日、彼らは一人で街をぶらついている外国人を見つけ、カツアゲという名の強盗行為を働こうとした。
しかしその外国人はダークサマナーで、グループの仲間は全員返り討ち。
さらに襲われた腹いせか、何かの実験か、それともただの愉悦か、時間をかけて体が腐り【屍鬼】になる呪詛をかけられた。
生きながらにして皮膚が剥がれ落ち、肉が露出していく非現実的な現象。
まるで理解不能な事態に混乱した彼は助けを求めて、この地域に居住している両親の元へ県境を跨いで帰ってきたのである。
当初の両親は厄介者扱いではあったが、とりあえずは受け入れてくれた。
だが、呪いが進んで腐敗が隠せなくなったら怪物呼ばわりされ家を追い出されてしまう。
首から上まで腐敗が進んだ体では、もはや人目のある所に出ることはできない。
どこにも行く場所がなくなり、橋脚の下でどうにか雨露を凌いでいたが、ついに動くこともできなくなり死にかけていた所を自分が発見したのだという。
全てを聞いた自分は両手で顔を覆ってしまった。
まったくなんてことだ。
こんな奴を救うために、自分は待ち望んでいたシキガミ素体を犠牲にしたというのか。
二度目の人生でかつてないほどの後悔が押し寄せてくる。
また襲われたダークサマナーにも暗い怒りが湧いた。
呪詛などかけず、その場できっちり息の根を止めておいてくれれば、こんなことにはならなかったというのに、と。
自分はもう、ベッドの上にいる見た目だけは良いゴミに同情する気持ちなど微塵も消えてしまった。
しかし彼はその姿を被害者への嘆きとダークサマナーへの義憤と受け取ったらしく、少し馴れ馴れしいこちらに口調で語りかける。
「あー、オレを助けてくれたことには感謝してるよホント。でもこんな姿じゃ親ん所には帰れないし、そっちにもオレをこうした責任って物が少しぐらいはあるんじゃないか? それにオレはまだ未成年だし、これからの生活は……」
細かい説明を省いたせいか、彼はガイア連合を警察や消防のような公的機関、あるいはそれに準ずる組織と思っているようだ。
確かにそういった組織なら身寄りのない少年に無体な扱いはしないだろう。
だが実際は全く違い、今後の彼の運命は自分の胸先三寸にかかっている。
その辺は誤解されないようにきっちり説明しておかねばなるまい。
自分は素体のことについて説明するため、シキガミを呼び出す。
「え? え? なに? 宇宙人? マジでいたの?」
有名な特撮キャラだけあって、彼もシキガミの姿を知っていたようだ。
もっとも本物の宇宙人と誤解しかかっているようなので、その姿を模した使い魔であると説明するが。
「ふーん、シキガミねえ……。そんで、それがどうかしたの?」
いったい何の関係があるのか、といった顔で彼はそう言う。
さて、重要なのははここからだ。
自分はその女性の肉体はシキガミのために用意されたものであること、その素体を得るために多額の費用が掛かっていることを教え、彼にはその債務を返済するために、自分の下で働く義務があると通告する。
するとホントの感謝はどこへ行ったのか、彼は顔を歪めて怒鳴りつけてきた。
「ハァ!? ふざけんなよ! なんでオレがそんなことしなきゃなんねえんだよ! テメェが勝手に治しただけだろ!? オレはそんなこと一言も頼んじゃいねーよ!」
……まあ、彼の行いを知った時点で、こういう展開になることはある程度予想はしていた。
もちろん彼がただの被害者だったなら、こちらも一方的かつ高圧的に伝えたりはせず『できれば手伝ってほしい』程度にやんわりと言ったはずだ。
だが、こんな奴にそんな思いやりなど不要と自分は考える。
こういう手合いには己の立場を思い知らせ、鞭打って働かせるべきだ。
『そちらが何を言おうと免責はしない、働いてもらう』と自分は冷酷に告げる。
それで怒りが閾値を超えたのか、右の拳が振り上げられた。
おそらく彼は何かあるたびにそれで解決してきたのだろう。
だが、それが通じるのは己より弱い者に対してだけだ。
上げた拳が振り下ろされようとする寸前、シキガミがそのハサミを広げ前腕をつかむ。
彼は憎々しげに宇宙人をにらむが、少し力を込められただけで右腕を押さえ情けない悲鳴をあげた。
「痛い痛い! わかったよ、暴れない! だから放してくれ! 腕が折れるっ!」
その懇願を受けてもシキガミは腕を締め付けたまま放さない。
代わりに『どうする?』と訊くようにこちらに顔を向けた。
自分的には折れてしまっても構わないが、殴って躾けるのは趣味ではないし、治すために【ディア】を使ってやるのも馬鹿馬鹿しい。
『放してやれ』と口に出すと宇宙人は腕を開放し、彼は腕がまだ無事であることを確認するようにそっと撫でる。
これで彼も少しは力関係というものを理解しただろう。
自分はスマホで事務担当の人に連絡を取ると、呪的効力のある契約書を用意してもらう。
こういう類の契約書はテンプレートがいくつかあり、それに沿って作れば初心者でも製作できるのでかなりの量が用意されているのだ。
そして自分が選んだテンプレートは、犯罪者向けのガチガチに拘束が効いているタイプの物。
複雑な文面、誤解しやすい表現、難解な単語があえて多量に使われ、契約相手があまり理解せず都合の良いように解釈してサインするよう仕向けられている。
彼はどうせ拒否権が無いからと、内容にまるで目を通さず『債務を完済した時点でこの契約は終了し解除される』と一番下に大きめの文字で書いてる書類に署名した。
よく内容を読んでいたら『未許可での他者への殺傷禁止』『犯罪行為の厳禁』『特定状況下における絶対命令』など、行動を制限しまくってる項目が多数あることに気付けただろう。
まあ、それに気づいてひと悶着あるのも面倒なので、結果としては良かったのだが。
契約を交わした以上、彼が自分に危害を加えることはもはや不可能だ。
なので寝首をかかれる心配なく自宅へと連れて帰ることができる……が、問題が一つ発生した。
自分は一人暮らしで、交際相手が家にやって来るというようなこともない。
つまり女性用の衣服が全くないのである。
入院着のまま外に出すわけにはいかないので一着だけは用意してくれたが、着たきり雀というわけにもいかない。
面倒ではあるが、彼を連れて最寄りのショッピングモールへと向かう。
土曜日の午後という時間帯のあるためか、モールの中はかなり混雑していた。
自分は人口密度が高いその中を彼を後ろに連れて進む。
外見は良いせいか多くの男性、時には女性の視線を受けて彼はどこか居心地が悪そうにしている。
元の顔など知らないが、少なくとも振り向いたりされるほどの容貌ではなかったようだ。
そして目的地であるモール内の洋品店に入ると『安めの奴を適当に選べ』と言っていくばくかの金を渡してやる。
彼は「これも借金に入るんじゃないだろうな?」と警戒して訊いてきたが、日常の生活費まで加算するのはこちらが面倒臭い。
あくまでも債務は素体の分だけだと伝えて買いに行かせる。
自分自身は服が必要というわけではないので、彼が選びに行っている間適当に店内を物色する。
ファッションにうとい身には、同じ色で同じようなデザインの服が、なぜブランドタグが付いただけでこんなに値段が変わるのかと不思議に思う。
違いが分かる人には分かるのだろうが、そうでない人には「なあ、ちょっといいか?」と買い物カゴを片手に下げた彼がやってきた。
カゴの中をチラリと見ると入っているのは男女共用デザインの服ばかりで、スカートなどは一切ない。
まあ、今朝までは男性の肉体だったのだからそれが当たり前だろうが、いったい何があったのか。
「ズボンやシャツならともかく、こういうのってどういうのを選べばいいのかオレ分かんねーんだけど」
そう言って彼がカゴからつまんで見せたのは女性用下着数点であった。
男性用に対して女性用はやたら種類が多いというのがファッションの常識、選択に困って訊いてきたのも仕方ない。
だが、自分だって女性用下着に詳しいわけではないのだ。
『とりあえず動きやすそうなので』とだけ答えて、最終決定は彼に任せた。
自分のLVは17でシキガミも16はある。
こんな中にLV1のシキガミ人間が混ざったところで、役に立つどころか足手まといになるだけだ。
なのでまずは彼のLV上げをするべく、日曜日には早速地元の低LVな異界へと向かうことにした。
「へー、本当に別世界みたいだなあ……」
外はまだ雪の気配などないのに、スキーシーズン真っ只中のような雪に覆われた森林異界。
オカルト初心者な彼はとても興味深そうにキョロキョロと辺りを見回す。
その右手には支部で購入したお値段リーズナブルな棍が握られていた。
彼に武術の心得があればそれに合った武器を用意したのだが、生憎とそういう経験はなかったらしい。
なので『喧嘩の時に鉄パイプを使ったことがある』という発言を元に、棒状武器である棍を持たせたのだ。
「呑気に眺めている余裕はないぞ。これからお前は命がけの戦いをするのだからな」
すでに出してあるシキガミが【エネミーソナー】で悪魔をサーチしながら平和ボケしている彼にくぎを刺す。
『解ってるよ』と忌々しげに彼は言うが、その言葉に張りはない。
『死ぬ前に助けはするが、基本的に自分たちは手を出さない』と伝えてあるためだろうか。
「いたぞ主。左前方に悪魔が一体だ」
異界の中を歩いて五分ほど経ったころ、シキガミが悪魔を探知し自分はその方向へと向かう。
やがて影を見つけこっそりと覗いてみれば、一体のコダマがそよ風に乗るように宙を泳いでいた。
この異界にいるのでLVはお察しだが、自分は一応【アナライズ】をする。
解析結果はLV1で【ザン】のスキルを所持し【火炎弱点】。
シキガミ人間のスペックなら物理攻撃だけで問題なく勝てる相手だろう。
自分は『行ってこい』と命令し、彼は緊張しながらも頷きコダマへと向かっていった。
「ムリ! ムリだよ! 悪魔と戦うなんてオレにはできねえ!」
彼は積もった雪の上に膝をついてうずくまり、頭を抱えながら喚き声をあげる。
初戦闘で単独勝利を収めるとは自分も思ってはいなかったが、まさかわずか数分で戦意喪失して助けることになるとは思わなかった。
鉄パイプで喧嘩していたんじゃないのかと問い詰めると、少人数の相手を仲間全員で袋叩きにしていただけだったと白状。
いやはや、クズだとは思っていたが、まともな喧嘩をする度胸さえなかったとは自分の見込みが甘すぎた。
初戦闘の一部始終だが、まず彼はコダマ相手に雄たけびをあげながら向かって行き、棍の一撃を叩き込んだ。
うまくやれば不意打ちができたのだが、素人だしそれはいいとしよう。
当然一撃でコダマを倒すことはできず、反撃の【ザン】をモロに食らって吹っ飛ばされてしまったのも許容範囲だ。
だが、重傷でもないのに痛みと恐怖で固まってしまい、【ザン】の連発でサッカーボールのように地面を転がされまくるのはいただけない。
結局、生命力が大きく減ってきたことと、一方的にやられる様が見苦しくて助けてしまったが、根性が無さすぎだ。
「主よ、彼を擁護するわけではないが、素人が耐性もなく攻撃魔法を受けたならその苦痛は相当なものだぞ」
自分はシキガミにそう言われてみて『ああそうかも……』と覚醒前の感覚を思い出した。
一般人なら骨折や内臓の損傷は重傷で、死の恐怖を感じることもあるだろうが、自分たちにとっては回復魔法を使えばすぐに治ってしまう程度の物でしかない。
確かに痛いものは痛いし、傷つくのは嫌だが、悪魔と戦ってきた今の自分の認識はもう『致命傷でなければ痛いだけ』だ。
いずれは慣れてもらうとしても、今の状態でこの感覚のズレを放置したままでは、彼のLV上げは捗らないだろう。
耐性付きの防具を与えるなどして、何らかの対策を練らねばなるまい。
とりあえず今日はもう帰るということで、自分は地面に崩れたままの彼を立ち上がらせた。
そして異界を出ると、林沿いの道路に駐車してある乗用車に乗って発進させる。
運転中にバックミラー越しに覗いた彼の顔はひどく重々しく、帰宅したらどんな折檻を受けるのかと内心慄いているようだ。
しかし自分はサディストというわけではない。
よほどのことが無ければ、憎々しい奴だからといって自らの手で暴力を振るう気はないのだ。
事故に遭うこともなく無事帰宅し、リビングで反省会。
これはわざわざ語ったりしないが、自分の怪我に対する感覚は一般人とはかなり乖離しているということを再認識し、心しようと自省する。
そして彼に対しては各種ダメ出しをして精神を地べたへ叩き落してやったあと、異界の悪魔の弱点を突ける【アギ】をスキルカードで習得させるということと【氷結耐性】のある防具を装備させてやるという希望を与えて、どうにか前を向かせてやった。
【アギ】のスキルカードは支部でも手に入るし、【氷結耐性】のある防具は製造部の新入りが習作として作ったものが、無料貸出用として保管されている。
習作というだけあってダメージ減少は半減ではなく、四割減といったところだが、それでも充分だろう。
逃げ帰った翌日、自分は支部で各種準備を整えると、早速彼に異界リベンジをさせることにした。
「や……やった……。LV……上がったよ……。もう、いいよな……?」
午前11時ごろから断続的に回復時間を挟みつつ戦い続け、今はもう午後4時。
どうにか彼のLVは上がって2となった。
精魂尽き果てた風情の彼を【アナライズ】してみれば、実際に精神力は底を尽き、生命力もずいぶんと消耗していた。
LVアップもした事だし、ここまで頑張ったなら今日はもう引き上げても良いだろう。
「あ、そう……。よかった……」
彼はもはや喜ぶ気力もないのか、口で『よかった』とこぼすだけ。
おそらく帰宅したら食事も摂らず、すぐ布団に倒れてしまうだろう。
棍を杖代わりにフラフラと異界の出口へ向かう進む彼の姿を見ながら、足手まといにならないLVになるのはずいぶん先だろうな……と自分は考える。
さらにそこまでのLVを得ても終わりではなく、むしろそこからが彼の債務返済の始まりなのだ。
新しい素体を手に入れてシキガミを少女型にする日は一体いつ来るのだろうか。
自分はため息を一つ吐くと『先は長いみたいだな……』と隣のシキガミに話しかける。
しかし宇宙人は自分とはまるで違う考えを持っていたようで『そう落ち込むな』とこちらをフォローしてきた。
「私は全く急いでいないし、何ならずっとこのままでもよいのだよ。なぜなら呪符の姿でいれば、常に主の傍にあって、望むときにその力となることができるのだからね」
宇宙人型のシキガミはそう言って『フォフォフォ』と笑う。
そのセリフを女の子の姿で口にしてくれれば最高なんだけどな……と思っていたら、何故か苦くない笑いが浮かんできた。