ガイア連合の覚醒済み転生者ならほぼ必ず連れているのがシキガミだ。
外見も性格もお望み通りなので、その形は個々人によって千差万別だが、人型かつ美形の異性であることが多い。
そしてその完成度といったら、精密検査を行わねば人外と判明しないほど。
日常生活で触れ合う範囲では、もはや本物の人間と同じと言ってよいだろう。
実際、依頼で地方へ行くと、初めてシキガミを見る現地組織の人は高確率で人間と勘違いする。
そして真実を知るとその美しさと実力を称賛し、それを連れている請負人に羨望の目を向ける。
特に自分は結構自慢したがる方であり、『どうだ羨ましいだろう』とばかりにシキガミに活躍の場を譲ることもあるので、そういった視線をなおさら感じる。
それで優越感に浸っているのだから、良い性格ではないだろうと自分でも思う。
さて、そんな高性能シキガミであるが、二体目以降を所有するのはかなり手間だったりする。
シキガミは転生者の身を守る盾でもあるので、初回注文は様々な優遇がされており、ローンを利用するなどで懐に余裕がなくとも、とりあえずは手に入れられる。
しかし二体目となるとそういった優遇はなく、基本的に一括払いだ。
まあそうでなくば一体目の返済も終わってないのに、二体目を注文する輩も出てくるだろうし、これは仕方ないとも思う。
自分は痛いのは嫌だし、危険なことはしたくないし、面倒も嫌いだ。
しかし安全を重視しすぎて、稼ぎの効率が悪い浅層ばかりでは二体目を手に入れるのは時間がかかりすぎる。
それにろくに痛みを知らないようでは、地方からの依頼で悪魔と戦ったとき、ダメージで無様な悲鳴を上げてしまう可能性だってある。
現地の人の前でそんな姿を見せれば、口では称賛されても『ガイア連合の霊能者様(笑)』と内心で馬鹿にされるかもしれない。
自分は『おお、流石はガイア連合から来た方だ!』とちやほやされたいので、ある程度は強くなりたいのだ。
なので、特に依頼を受けていない本日も修行用異界でLV上げと金稼ぎを兼ねて悪魔を狩るのである。
「ご主人! 感づかれたよ!」
赤い瞳に白い長髪、さらに白いフード付きローブという、RPGの白魔導士のようにも見える自分のシキガミが、不意打ち失敗を告げる。
林というには密度が低いが、その代わりに高く伸びた木々。
腰かけていた枝を飛び降り、髪と一体化したような翼を羽ばたかせ向かってくるのは、悪魔が二体。
なかなか動きが素早いが【アナライズ】に支障が出るような速さではない。
「【アナライズ】完了、LV15のモー・ショボーが二体だ。どちらも【電撃弱点】【衝撃耐性】で、【ザン】【マハザン】【ひっかき】持ち。【マハザン】を使われたらボクでも庇い切れないよ。気を付けてねご主人」
気を付けろと言われても、自分にできる事は撃たせる前に倒すことぐらいしかないのだが、まあ覚悟ぐらいはできるだろう。
ただそれでも撃たれたくはないので、シキガミに【マカジャマ】を使わせて封じようと試みる。
白い彼女が手にした杖の先端を先行している方の悪魔に向けると、そこから能動的スキル全般を封じる封魔の魔法が放たれた。
相手の方も魔法を放とうとしていたようだが、こちらの魔法が先に着弾し効果を発揮したようで、悪魔の魔法は不発に終わる。
しかし後から来た方の妨害はできず【ザン】を放ってきた。
「……っ! ご主人!」
魔法を放った悪魔と自分の間にシキガミが割り込み、その身で【ザン】を受け止めた。
彼女に弱点はないし、LVからしても重傷には程遠いが、やはり痛みはあり顔をしかめる。
その表情を見て罪悪感を感じることはもう無くなったが、代わりに感謝の念と悪魔への殺意が湧く。
見た目は美しい少女の姿をしたモー・ショボーだが、この場にいたのが一般人なら慈悲など無く頭蓋骨に穴をあけて中身を啜っただろう。
『悪魔を殺して平気なの?』と問われれば答えはYESだ。
自分は【マハジオ】を使用し広範囲に雷光を解き放つ。
封魔状態でスキルが使えず、掴みかかってやろうと接近してきた一体は、電撃の直撃を受けると失速し地面に墜落。
【ザン】を放ってきたもう一方も地面に落ちたが、そちらは憎々し気にこちらを睨むと恐れていた【マハザン】を使ってきた。
とっさに両腕を上げてガードするがその効果は薄い。
キャブオーバーのトラックに正面衝突されたら、こんな感じになるだろうか。
全身をドン! と強い衝撃が襲い、骨にも内蔵にもその重さと痛みが浸透。
息が詰まって苦しくなり、消化器への衝撃で吐き気がこみ上げ、全身に打撲傷の痛みが発生する。
そして脳内が苦痛で占有され何も考えられなくなり、ただ本能に従ってその場から逃げ出そうとする……のは最初の頃の話だ。
以前に前衛を務めている仲間から受けたアドバイス、『殴られたら怯んで腰を引くのではなく、ムカッ腹を立てて殴り返せ』の通りに【ジオンガ】を叩き込んでやる。
ややオーバーキルだったかもしれないが、確実に息の根を止めるという点で間違った選択ではないと思いたい。
相方の肉体がMAGへと還っていくのを見たもう一体のモー・ショボーは、圧倒的に形勢不利と見て、羽ばたいて逃げようとした。
しかしそれをシキガミが見逃すわけもなく、彼女が放った【シバブー】で身動きが取れなくなり、またもや地面に落ちる。
白い彼女はスタスタと死刑執行人のように歩み寄ると、杖を振り上げて言う。
「あの世……とは違うけど、まあMAGになってもお友達と仲良くね」
見た目は純魔法使いだが、別に【魔】特化というわけでもないシキガミの全力振り下ろし。
それを受けた悪魔は断末魔を上げて消滅した。
「いたた……ご主人は大丈夫かい? 【ディア】する?」
本人は【ザン】と【マハザン】両方を受けているというのに、一方しか受けていないこちらを気遣うシキガミ。
正直痛みは残っているが、動くことに支障はないので、この程度で回復魔法を使ってもらうつもりはない。
もちろん使えば失われる消費アイテムで治療するつもりもない。
痛みが消えるのは万々歳だが、さらに下の階層へ進んでいくならある程度は慣れなくてはいけないのだ。
そう答えると、彼女は好ましそうにフフッと笑みをこぼす。
「うん、成長したねご主人。ボクも嬉しいよ」
傷を癒してもらっても、彼女は蔑んだりはしないだろう。
しかしこういう顔を見せられると、もう少しだけ頑張ろうという気になるのだから全く自分は単純だ。
……そして二体目のシキガミを購入しようとしていることに、少しばかり負い目を感じもするのである。
人型シキガミは高価な物であるため、自分はきっちり出納帳を付けて資産を管理している。
別にドンブリ勘定でやっていけないわけでもないが、やはり着実に金が貯まっていき目標金額に到達するのは気分が良い。
『もうそろそろいいかな……』というレベルまで貯まったある休日、居間にて新たな仲間をどうするか彼女と共に検討することとした。
「……別にダメだなんて言わないよ。ただボクとしては、その金を装備やスキルにつぎ込めば十分強くなれると思うんだけど」
そう言って白い彼女はすねた顔でコーヒーカップを傾ける。
以前から二体目のシキガミを導入したいと打診してはいたが、彼女は乗り気でなかった。
そして導入の現実味が強くなった今、増員以外でも強くなれると反対意見を表明してくる。
もちろん『これは決定事項だ』と強引に押し切ってしまうことも可能だ。
だがそんなことをすれば彼女には強い不満が残るだろうし、新しいシキガミとの間に不和が生まれないとも限らない。
なによりLV1の頃から付き合ってきた大事な彼女には、納得してもらった上で仲間を迎えたいのだ。
自分はテーブルに両手をついて頭を下げ、『絶対に蔑ろにはしない』『装備なども格差はつけない』『新しいシキガミを抱いたら同じ回数だけ抱く』など、言葉を尽くして説得する。
客観的に見たら妻に愛人の存在を許してもらう亭主のようだな……なんて考えが浮かんできて、どこか滑稽に思えてきた。
いやまあ、本妻に妾を持つ許可をもらうのと同じようなものなので、そう間違ってもいないのだが。
そうしているうちに彼女も『大人げない』と思ったのか、ため息を一つ吐いて口を開いた。
「わかったよ、ご主人がそこまで言うなら反対するのはやめる。でも、二人目が来てもちゃんとボクを愛してよ? 約束を破ったら恨むからね?」
ついに妥協してくれて、許可が出た自分は頭を上げる。
そこにあったのはシキガミの『仕方ないなあ』という苦笑い。
やはり何だかんだ言っても、最終的に彼女は自分を受け入れてくれる。
そんなことを考えたら、愛しさが湧いてきてつい唇を奪ってしまった。
「……コホン。それでどんなシキガミにするか、ある程度固まっているのかい?」
少し頬を赤らめ表情を柔らかくしたシキガミがそう訊いてくる。
外見や性格の候補は多数あるのだが、能力面に関しては相談しながら決めようと考えていたので実は白紙。
それを伝えると呆れた目で見られたが、キャラメイクの楽しみの前ではさほど気にならない。
「えーとまず、ご主人のスキルはものすごい偏ってたよね」
彼女の言う通り、自分の習得スキルは偏りがひどい。
【ジオ】【ジオンガ】【マハジオ】【電撃耐性】【電撃貫通】と見事に電撃属性ばかりだ。
自分のスキルの起源となった悪魔はどこかの雷神だったのかと疑いたくなる。
【電撃貫通】のおかげで耐性持ちに歯が立たないということはないが、他の弱点を突くこともできず、汎用性は低いと言わざるを得ない。
「そしてボクの方は多数のスキルを乱雑に所持……と」
自分が偏っているため、彼女には対応力を求めて色々と詰め込んでしまった。
【アギ】【ザン】といった属性魔法、【シバブー】【マカジャマ】など状態異常、【ディア】による回復、ろくに使ってないが物理スキルもある。
ただスキル容量の問題でランクの低いスキルが多くなってしまい、整理する必要があるとも思っていた。
二体目のシキガミを導入するなら、うまく役割分担してもっと強力なスキルに入れ替えるべきだろう。
「ご主人が【魔】型で、ボクが平均的だから、やっぱり【体】型の前衛かな?」
彼女の提案に自分も頷いた。
これで二体目も【魔】型だったら、前衛をやる彼女への負担が大きくなりすぎる。
「スキルは物理系は当然として、属性魔法も多少は……」
ここからが本題で、シキガミ本体に費やす予算と初期スキルに使う予算、さらにスキル容量も考えながら、最適なオーダーをしなければならない。
あっちを立てればこっちが立たずで、強いスキルに金を回すと容量オーバー、かといってそちらにも金を注ぎ込んで容量を上げると本体のステータスを削らざるを得ない、そしてステータスと容量に資金投入すると肝心の初期スキルが弱めのものしか買えない……。
普通なら制約だらけの計画立案などストレスが溜まるだけだろうが、キャラメイクとなると何故こうも楽しくなるのだろうか。
いつの間にか前衛にするという前提条件も無視して『こういうビルドはどうか』なんていう話に脱線するし、彼女もそれに乗って「こういうのもアリじゃない?」とこれまたあさって方向の設計を提案してくる。
討論は昼食休憩をはさんで続き、どうにかまとまったのは午後の四時ごろ。
何度か話題のループを繰り返したせいもあるが、ほぼ一日を費やしてしまった。
「あ、もうこんな時間だ。ボクは夕食の準備をするよ。ご主人はなにがいい?」
シキガミが居間の壁掛け時計に目をやると、イスから立ち上がりキッチンの方へと歩いていく。
『一日中話して疲れたし、簡単なもので』と自分は言い、まだ外見と性格の相談が残っていると伝える。
しかし彼女は「それはご主人の好みでいいよ」と返すだけで、それ以上議論をしようとはしない。
「ボクと反目するのでなければどんな性格でも気にしないし、見た目はいくらでも趣味に走ってくれて構わない。だって、どんなシキガミでもご主人はボクを愛すると約束してくれたんだからね」
『信じているよ』と言われてしまえば、彼女を裏切ることなど自分にはできない。
ならばどのような外見で性格であろうと、心配するようなことではないということなのだろう。
その信頼を裏切らないようにしなくては……と思いながら、自分は脳内でお気に入りの創作キャラをいくつも思い浮かべた。
昨日は夜遅くまで悩み抜き、次の朝になってようやく自分は注文書を完成させた。
能力傾向は【体】が高めの前衛型だが【魔】も低くはないので、パーティとして攻撃属性を増やすことができる。
外見と性格は創作キャラほぼそのままで、製造部に元ネタを知っている人がいるから細かい説明は必要なし。
この辺が既存キャラモデルのシキガミを注文するときに楽なところだ。
提供する材料はかなり迷ったが左腕一本。麻酔はするが痛みを弱める程度に抑える。
完全に無痛にしたり、髪や爪程度にしたり、あるいは全く肉体を提供しなくてもシキガミは作れるが、こうした方がより性能が上がるらしい。
麻酔無しだとさらに良いそうだが、さすがにそこまではやりたくない。
午前10時ごろに自分は白いシキガミと連れ立って、シキガミ製造を行っている建物へ向かった。
シキガミ本体を注文する人はそうはいないが、素体の調整やスキルの入れ替えなどで用事がある人は結構多いので、この辺はそれなりに賑わっている。
開き戸のノブを回して中へ入ると受付があり『どんなご用件で?』と事務担当が訊いてきた。
自分はそれに新しいシキガミの注文であることを伝え注文書を渡す。
その紙を受け取った担当は一度裏方へ引っ込むと、材料採取のための医務室の空きを確認しに行った。
彼はそうもしないうちに戻ってくると、30分ほど待てるかと訊いてきて、そのぐらいなら待っていようと自分は首肯する。
待合室のソファに腰かけ、壁にかかっているアナログ時計の針を眺める。
あと30分もすれば、生まれた時から付き合ってきたこの左腕ともオサラバだ。
もちろん魔法で治療するから、この建物を出ていくときは五体満足で出ていける。
しかし麻酔ありとはいえ片腕をぶった切るとなると、やはり怖気づいてきてしまう。
今ごろになって『やっぱ指ぐらいにしとけばよかったかな……』と後悔してしまうが、『やっぱり止めます』とは言い辛い。
そんな感じで悶々としていたら、シキガミが指の細い両手でこちらの左手を握ってきた。
自分はリラックスする一言でもくれるのかと思ったが、彼女はその期待とは違うことを口にする。
「はぁ……これがもうすぐ新しいシキガミの材料になるんだね。今からでもどうにかしてボクの方に入れられないかな?」
自分が彼女を作る時には、完全無痛の上で指数本を提供した。
同じLV1なら、これから作るシキガミの方が間違いなく彼女よりも高性能だろう。
LVが上がるほど性能差は小さくなり、気にするようなことではなくなるのだが、彼女は羨むようにこちらの左手をさわさわと撫でる。
その様に苦痛への恐怖とはまた違った種類の怖さを感じてしまい、左手を振って彼女の手から解放した。
「ああ、ごめん。ご主人の左腕を独占できる後輩がつい羨ましくなってしまってね。……ねえご主人、せっかくだから右腕も切り落としてボクに入れないかい?」
『焼き鳥一本オマケしてくれ』なんて調子で右腕をねだるシキガミだが、そんなお願いに頷く気はない。
最初から大量投入するならともかく、ずいぶん成長した彼女に与えても意味などたいしてないのだ。
それに腕ではないが肉体の一部なら結構な頻度で与えているので、それでどうにか留飲を下げてもらいたい。
「あ……うん、そうだったね。腕ほどじゃないけど、そういえばボクもたくさんもらってた」
彼女は『材料摂取』のことを思い出したのか、今度は優しくこちらの左手に右手を重ねてきた。
その態度に安心感を得た自分はふいに待合室の光景を見渡す。
街中でやっていたら衆人の目を集めるようなイチャつきっぷりだが、シキガミ愛にあふれる仲間が多いこの場所では誰も気にしていない。
主とシキガミが人目をはばからずイチャつくのはよくあることなので、他人がそうしていようと気に留める必要は無いのも当然なのだが。
そうして心が落ち着いたら自分の名が呼ばれ、付き添いの彼女を連れて医務室へと向かった。
麻酔を使えば痛みは弱まるという話のわりにかなり痛かった材料提供が終わり、シキガミ製造部の建物を出る。
左肩には新しい左腕がくっついているが、治したばかりなのでどうも感覚がおかしく、動きも鈍い感じだ。
施術した人は『一日もすれば違和感は消える』と言っていたので、明日も休日にしよう。
そんなことを考えながらシェルターへの道を歩いていると、道の向かいから見知った顔がやってきた。
自分の隣を歩く白い彼女に負けず劣らず美しいシキガミを従えた彼は、友人と呼ぶには付き合いが薄いが、ただの知人というには深い相手。
明確に名前があるわけではないが、あえて名付けるなら『ガイア連合、承認欲求部』とでも呼ぶべきグループの仲間だ。
前世知識で幼いころ天才だ神童だと周囲から褒めそやされた経験が忘れられず、大きくなっても称賛されたいという、大っぴらには言えない欲望で集まった同好の士である。
自分は落ち込んでいるというほどではないが、あまり浮いてない面持ちの彼に挨拶をする。
すると彼の方も挨拶を返し、少しばかり足を止めて雑談になった。
いきなりだが、自分は『何かあったのか』と彼に訊ねる。
すると彼は頭をかくと恥ずかしそうな、言い辛そうな顔で話をした。
「いやな、恥ずかしい話なんだが、依頼に失敗しちまってさ。得意な奴にヘルプを頼んだんだが、どうにも後を引いちまってよ」
そういって語る所によると、彼はある地方組織からの依頼を受けて異界平定に向かったらしい。
しかしその異界に跋扈する悪魔はLVが高めな上に彼とは相性が悪く、いくらか間引きした程度で脱出せざるを得なかった。
もちろん依頼主は文句など言わなかったが、彼の認識では不完全燃焼であり失敗だ。
結局、相性の良い仲間に話を通して平定してもらったのだが、うまくいかなかったせいで気分が鬱々しているのだとか。
事情を聴いた自分は彼に同情した。
自分だって同じ立場だったら、同じように落ち込むだろう。
鮮やかに異界を平定し、地元組織の人たちに頭を下げて感謝される。
その機会を逃してしまったのだから。
「主よ、過ぎたことをいつまでも後悔しても仕方ないぞ。ここは同士に活躍の場を譲ってやったと考えたらどうだ」
見た目は美しい女性だが、武人のような硬い口調で話す彼のシキガミ。
承認欲求が特に強い仲間の中には、全肯定シキガミと形容できる物を連れ歩く奴もいるが、彼はそうではない。
それどころか現地民の前ではハードボイルドを気取り、渋い実力者を演じてるのだとか。
自分はそういったロールプレイをする気はないので、素のままで行くが。
「んー、まあそうだよなあ。いつまでもクヨクヨしててもしょうがねえ。そんで、そっちは何かあったのか? 左腕をずいぶん気にしてるみたいだけど」
彼の方も今現在慣らし運転中である左腕が気になったのか訊いてきた。
自分はそれに二体目のシキガミを注文してきたこと、その素材として左腕を肩からバッサリ落としたことを話す。
すると彼は『うぇっ』といった表情になって少し身を引いた。
「左腕を肩からって……いくら麻酔ありで完全に治るっても、普通はドン引きだぞそれ?」
そんな反応をされて、正直ちょっと傷ついた。
自分だって平気で切り落としたわけではなく、迷った末に決断したのだ。
それをスルーされるならともかく、ドン引きと言われるとは……。
「それを抜きにしても、お前って修行異界の10階層以降に挑んでしょっちゅう怪我してるだろ。正直、気軽にキャーキャー声援浴びたい俺からすると、ちょっと付いて行けねえなって思うわやっぱ」
この腰抜けめ……と悪口を言うのは簡単だが、自分だって痛いのは嫌なわけだし、彼を非難したり見下したりするのは筋違いだ。
より深い異界に潜るのは、万が一にも現地民の前でみっともない姿を見せたくないという、個人的な見栄でやっていることなのだから。
「そういう所は俺も尊敬できるけど、マネはできない、したくないって感じ。悪いけどさ」
なにも謝る必要はないので『個人にあったスタイルでやればいい』と自分は返す。
そうして10分ほど彼と雑談してから別れた。
注文したシキガミが完成するまで約二週間。
その間自分たちは地方依頼を受けることもなく、ただ異界に潜って稼いでいた。
範囲攻撃に痛い思いをしながら戦い続けた甲斐あってLVも上がり、なんとか第20層まで安定して到達できるようになった。
ここから先に進むかどうかは正直迷うところだし、進むとしても二体目のシキガミが十分に成長してからにするべきだろう。
そんな考えで新たな仲間が来る日を一日千秋と待っていたのだが、ついにシキガミの引き渡し日がきた。
自分はもう朝一でシキガミ製造部へと向かい、一番最初に調整室へ通される。
医務室にある白いベッドのような台に横たわった二体目のシキガミ。
薄茶色の長い髪をツーテールにしたスタイルの良いその姿は、紛れもなくあのキャラを再現したものだ。
今は閉じている瞼の下には、金色に近い茶の瞳が収まっていることだろう。
製作担当者が起動すると茶の彼女はパチッと目を開いて、キョロキョロと瞳を動かす。
そして所有者である自分を見定めると身を起こし、トンと台から降りて口を開いた。
《初めまして! あなたが私のマスターね! これからよろしくっ!》
笑顔を浮かべながら初対面の挨拶をしてくる茶のシキガミ。
その声色は機械的に再生された音声という風で、中身は空っぽだというのが感じられる。
当然ながら浮かべている表情も『何もないなら所有者の前では笑顔でいる事』というプログラムによるものだ。
一体目の時もそうだったので、自分はいまさら驚いたりはしない。
しかし白い彼女は興味深げに後輩を眺めて話しかける。
「やあ、初めまして。ボクはキミの先輩で、彼の最初のシキガミだ。よろしく頼むね」
『彼の最初のシキガミ』という辺りでポンとこちらの肩を叩いて、白い彼女も挨拶をした。
それに対し茶のシキガミは《初めまして! よろしくね!》とあまり出来の良くない人工知能のように答える。
所有者は判別が容易く、特別な対応をするよう細かくプログラムされているが、それ以外の者は区別しづらいので無難で一般的な反応をするのだ。
おそらく白い彼女が言ったセリフの意味もほとんど理解しておらず、『目前の人物は所有者の仲間である』程度の認識しかしていないだろう。
「……ボクもこうだったっけ? 記憶はあるんだけど、いまいち実感がないや」
白い彼女は首をかしげて『うーん……』と不思議がる。
以前気になって訊いたことがあるが、シキガミの自我は気が付くと発生しているものらしい。
起動直後からの記憶は持っているものの、明確に『我』を意識した瞬間は本人にも分からないとか。
所有者の方からしても、一緒に過ごしているうちに段々と言葉や表情が豊かになっていき、ふと気づいたら自我を得ていたという感じだ。
「まあいいや。彼女がはっきり目覚めるまでの間は、まだご主人を独占させてもらうよ」
そういって白いシキガミはこちらの左腕に両腕を絡めてしなだれかかる。
逆の立場だったら白い彼女は楽しい顔はしなかっただろうが、誕生したばかりである茶のシキガミは何の反応も見せなかった。
自分のLVは20で、白いシキガミも19ある。
二体目のシキガミの初期LVは当然ながら1であり、この強さでいつもの階層に連れて行こうものなら、容易く破壊されてしまうだろう。
もっと浅い階層でパワーレベリングしようにも、ここまでLV差があると自分たちの方が多くのMAGを奪ってしまい成長が非常に遅くなる。
効率を考えるなら自分たちはいつもの階層、茶の彼女は浅い階層と別れて潜るのが良いのだが、自我に目覚めてないシキガミに単独で異界探索をさせるなど自殺行為だ。
シキガミ遠征のメンバーに混ぜてもらおうにも、それをやってる知り合いはいないし、LV1の上自我なしでは足手まといにしかならない。
なので戦いは単独で行ってもらうが、離れたところで自分たちが後ろから付いて行くという、『初めてのおつかい』的なスタイルで育てることとなった。
もう全く訪れることがなくなった修行異界の第1層。
今回は石板型の墓石が立ち並び、ところどころに不気味にねじくれた樹木が生えている西洋風墓地といった様相だ。
気味悪い風景とは裏腹に10階層以降と比べてMAG濃度の薄さを感じられるのは、ここをうろついていた頃よりLVが上がったからだろう。
自分は両手持ちのハンマーを右手に下げた茶のシキガミにレベリング内容を細かく説明する。
人間ならLV1で単独戦闘など不安に感じてしょうがないだろうが、シキガミである彼女は恐れ一つ見せず頷いて理解を示す。
《それじゃあ行くね。頑張るから見ててね、マスター!》
茶の彼女は空いてる左手をブンブンと横に振ると、背を向けて一人墓石の合間を進んでいった。
自分と白いシキガミはそれを離れた後方から見守りつつ追っていく。
もっと下の階層なら他人を見守っている余裕などないが、LV20の身にとってはここで出る悪魔など完全にザコであり、さほど警戒する必要もない。
もちろん油断しすぎて不意打ちくらうのは嫌なので、白い彼女が【エネミーソナー】をONにはしているが。
「ご主人、ソナーに感あり。近くに悪魔が一体いるね」
LV1の彼女を尾行していると、すぐ隣の白いシキガミが悪魔の存在を感知した。
少し遅れたものの茶のシキガミも感知したらしく、ハンマーを構えて悪魔の方へ向かって行く。
墓石の陰に隠れつつ接近していくと、やがて宙に浮いた無数の人面を持つ悪魔が視認できた。
「【アナライズ】完了、LV1の【悪霊】レギオンだ。【電撃弱点】【破魔弱点】【呪殺耐性】で、スキルは【突撃】だけ。大した敵じゃないし、彼女一人で十分に倒せるだろうね」
白い彼女は興味なさげに分析結果を告げて口を閉じる。
自分からしてもその程度の悪魔に苦戦するとは思えないので、気楽に観戦することにした。
無数の顔についてる目玉はただの飾りなのか、墓石の陰から姿を現し奇襲してきた茶のシキガミによる攻撃を悪霊は躱すこともできずにくらった。
ハンマーの先端が顔の一つにめり込み、別の顔が口を広げて叫びをあげる。
LV1の自分だったらその悲鳴にビビッて怯んだであろうが、茶の彼女は平然とした顔でそれを聞き流し【グラム・カット】。
刃物でなくとも使えるそのスキルによりめった打ちにされた悪霊は、顔の一つをろくろ首のように伸ばし、反撃として噛みついてきた。
しかし茶の彼女は軽やかにそれを避けると、深く踏み込んでゴルフスイングのように下から一撃。
悪霊はアッパーカットを受けたボクサーのように正面の顔が上を向き、MAGとなって霧散した。
まるでお手本のように綺麗に倒された悪魔の跡には、いくばくかのマッカと魔石らしきものが落ちていた。
茶の彼女は無言でそれを拾うと空いている腰のポーチに収納し、また索敵しながら歩いていく。
戦闘が終わった直後だというのに休むどころか独り言さえ漏らさないその姿を見て、『やっぱり出来たてはただの人形なんだな……』と自分は少し感慨にふける。
そして自我に目覚めてないのによく話しかけてくれた当時の白いシキガミを思い起こし、所有者相手のプログラムを組んだ人の熱意と技術はすごかったんだなと、敬意を抱いた。
精神的疲労を感じない茶のシキガミは高い時間効率で異界探索をし、夕方になる前にLV2となった。
そして尾行している自分の方が疲れてきたので、もう探索は切り上げとし、帰還することとした。
《はい、今日の収穫よ。どうかしらマスター》
茶の彼女は異界から出るとそう言って、腰のポーチを外し渡してきた。
普段の狩場に比べるとマッカはずっと少なく、ドロップ品の質も低い。
しかし普通に生活していくには十分な量だし、そもそも一人で戦って稼いでくれたのだ。
自分は『ありがとう』と感謝を述べて受け取り、そっと髪を撫でてやる。
すると彼女は《えへへ》と笑い、その無邪気な顔につい見惚れてしまった。
新しいシキガミのLV上げはする必要があるが、それにかまけて自分たちのLV上げを怠るわけにはいかない。
ゲームと違ってサボっているとLVが落ちるし、一度戦いの感覚を忘れてしまったら、取り戻すために大変な精神的労力がいる。
なので新入りに留守番を任せるという形で二人だけの異界探索も続行し、その合間に浅層で茶のシキガミのLV上げという生活ルーチンになった。
そうしてある程度経ち、茶の彼女もLV5になったころ、自分の中の承認欲求がいい加減うずき始めたので、そろそろ地方依頼を受ける事にした。
《依頼はたくさんあるみたいだけど、どれにするのマスター?》
まだ作り物っぽい感じがするが、ずいぶんと表情が柔らかくなり言葉も増えた茶のシキガミ。
事務所に設置されている端末で依頼を検索していると、彼女は肩越しにのぞき込んで自ら話しかけてきた。
それに白いシキガミが答える。
「ご主人が受けるのは、なるべく困窮している組織からの依頼だよ。依頼主が追い詰められているほど解決した時の恩は強く感じるし、比較的低い報酬で働いてくれるとなれば感謝もより大きくなる」
そう言われると自分が依頼主の弱みに付け込んでいるようで悪人ぽく思えてくるが、相手側だって頭を下げるだけで安く問題解決してくれるならその方が良いだろう。
茶の彼女は《ふーん》と納得したように漏らし、後ろから端末の画面をのぞき続ける。
「前回は南の方に行ったから、今度は北の方、雪国のあたりでも行ってみるかい?」
観光旅行の行き先を選ぶかのような口調で提案してくる白いシキガミ。
そこまで軽く決めるのはどうかとも思うが、依頼の難度がさほど変わらないなら、どこでもいいというのは自分も同じだ。
自分は困っている人々を救いたいから行くのではなく、感謝されて良い気分になりたいから行くのだし。
白い彼女の意見を受けて地域別で検索し、北方の依頼一覧を自分は眺める。
『どうしたものか……』と考えていると、以前グループ仲間からもらった土産物のことを思い出した。
あの土産はなかなか美味しく、機会があったらまた食べたいとは思っていたのだ。
その地域の依頼内容を調べてみれば、新しく発生した異界の調査もしくは平定。
茶の彼女はLVが離れているが、悪魔が強いようだったら安全な外で待機してもらえばいい。
せっかくだからここへ行こうと思い、自分は土産のためにその依頼を受けることにした。
「依頼を引き受けていただいて、真に感謝しております」
畳の上に正座しこちらに深く頭を下げるのは、老年に差し掛かった地元霊能一族の当主。
自分より遥かに年上で社会的地位も高い彼が伏して感謝の意を述べると、うずいていた承認欲求が少し満たされたのを感じる。
しかし自分は傲慢と見られたくはないので、こちらも頭を下げて一礼し、きちんと向き合ってもらう。
そして彼に異界発生からの詳しい経過を訊ねるが、特に役立ちそうな情報は得られず、全ては異界に入って調べるしかないという結論に達した。
新しく異界が発生したのは、とある神社の敷地内。
古い石作りの階段を上がって見てみると、参拝客なんて誰も来ないだろうと思えるほどに鳥居も拝殿もボロかった。
しかし覚醒者の目で見れば、異界から漏れた瘴気が境内を霧のようにうっすらと漂っているのが分かり、危険性は一目瞭然だ。
地域の霊的治安を維持しなければならない立場の者にとっては、これは速やかに解決せねばならない事案だろう。
「いかがでしょう、これでも異界に入ると仰られますか?」
案内役兼見届け人として神社まで付いてきたのは、20代前半と思われる若い男性だ。
彼は同年代である自分が『異界に突入する』と大言を吐いたのが気に入らないのか、美しい使い魔を二体も引き連れているのが気に食わないのか、言葉は丁寧ながらもあまり好意的でない様子。
先のセリフも『どうせ何だかんだ言って引き返すんだろ?』というニュアンスを感じられた。
そういう奴の鼻を明かしてやるのも嫌いではないので、瘴気の防波堤となっている鳥居をくぐって中へと踏み込んでいく。
「……っ! お待ちください! 本当に入るのですか!?」
自分が異界に突入するとなれば、見届け人である彼も入らなくてはならない。
おそらくLV1以下であろう彼からすれば、自ら地獄へ足を踏み入れるようなものだ。
自分は『これも仕事なので』と何でもないように口にし、瘴気が濃くなる方へ歩いていく。
共に付いてくる白いシキガミが「キミは外で待っていてもいいよ」と何も期待してない口ぶりで言い、茶のシキガミも《じゃあねー》と馬鹿にしたようにヒラヒラ片手を振る。
そこまでされては彼もプライドが収まらないのか「私も入ります!」と意気を上げて後を追ってきた。
神社の敷地を囲うように広がる林。その隅に異界の入り口はあった。
ひどく緊張した面持ちの見届け人を連れて自分たちはその内部へと入る。
異界の中は木々の密度はそのままだったが、どこか粘着質な不快感を感じるようになり、さらに微かな生臭さまで漂っている様子。
二体のシキガミに【エネミーソナー】で警戒してもらいつつ、異界をうろついている悪魔を調査しようと先へ進んだ。
「ご主人、ソナーに感あり。右前方に一体いるよ。こっそり覗いてみよう」
悪魔を感知した白いシキガミが言葉を発し、その方向へ進路を変える。
すると見届け人の彼が「悪魔の居場所が分かるのですか?」と不審げに訊いてきた。
スキル持ちなどほとんどいないであろう彼の一族からすれば信じ難いのだろうが、ガイア連合の覚醒者からすれば人型シキガミに索敵能力を持たせるのは常識だ。
だがそんなこといちいち説明するつもりはないので、『優秀な使い魔なので』とだけ返し、白い彼女の後を付いていく。
そうしてついに発見した悪魔だが、その姿はドロドロとした粘液が盛り上がっているような形で、一体何なのかは【アナライズ】するまでもなく丸わかり。
まあ、侮りすぎて後れを取りたくはないので、一応調べてもらうけど。
「【アナライズ】完了、LV2の【外道】スライムだね。耐性は呪殺以外、全部弱点。一応【吸血】持ってるけど、ボクたちの敵じゃないね」
同じ悪魔であっても、LVやスキル、耐性は微妙に異なる。
なので【アナライズ】をしてもらったのだが、この個体は下方向に大きく振れていたようだ。
これなら茶のシキガミの通常攻撃でも一撃で倒せる。
さらにMAG不足で誕生するスライムがうろついている以上、この異界全体のLVもお察し。
この仕事はもう茶の彼女のLV上げと考えて、自分たちは手を出さないようにしよう。
茶のシキガミをその場に残して距離を取ったら、見届け人は案の定、苦言を呈してきた。
『使い魔一体に任せて大丈夫なのか』と。
きっと彼は一体の悪魔相手に三人がかりで総攻撃するのを想定していたのだろう。
自分はそれに『問題ない』と答え、茶の彼女に突撃させる。
【物理弱点】であるスライムにハンマーの重みはよく効いた様で、脳天に振り下ろしをくらうとそのままグシャッと潰れてしまった。
「なっ……! 一撃で……!?」
驚愕を顔に浮かべた見届け人はゴシゴシと目をこすり、見間違いではないかと数回確認する。
そうしている間にスライムは霧散してしまったが、そこにいた悪魔が消えたのは間違いない。
事実を認識した彼がこちらに向けた視線からは侮りが完全に抜けていて、胸がすっとした。
LV5である茶のシキガミが容易く悪魔を倒せるのだから、自分がいれば異界平定はもう確実だ。
なので異界の主を探してどんどん探索していったのだが、遭遇する悪魔はスライムとスライムとスライム。
どいつもこいつもMAG不足の悪魔ばかりで、最高LVの悪魔でさえLV4スライム。
加えて茶の彼女は早い段階でLVが一つ上がってLV6となり、力の差はさらに開いた。
何かもう、初心者用の修行異界として残した方が良いんじゃないかとさえ思えてきたが、流石にそれは依頼主が許さないだろう。
そして後ろから付いてきている彼を見てみれば、ずいぶんと暗い顔をしていた。
何を考えているのかは分からないが、己の非力さに打ちひしがれているのだろうか。
嫌な印象しかない相手なので、落ち込んでいてもザマミロとしか思わないが。
あちらこちらを探し回って、ようやく異界の主らしき悪魔を感知できた。
ソナーでは三体で群れていたので直接肉眼で確認してみると、一体だけやや大きめで色の違う粘液塊がいた。
通常のスライムを腰巾着のように侍らせた、あの色違いが異界の主だろう。
念のため茶のシキガミをこちらへ戻し、全員で様子を見る。
「【アナライズ】完了。二体いるのはLV3のスライムで、道中の悪魔とさして変わらないね。色違いはLV6の【外道】ブラックウーズで異界の主だ。耐性は【物理耐性】【火炎弱点】【電撃弱点】【破魔耐性】【呪殺無効】、スキルは【吸血】【突撃】【毒ガスブレス】の三つだよ」
《ごめんなさい、マスター。今の私じゃ荷が重いみたい》
LV3スライム二体だけなら茶のシキガミでも勝てるだろうが、そこに同じLV6である異界の主が加われば勝ち目はほぼ無い。
茶の彼女は頭を下げて申し訳なさそうに謝るが、自分に責める気は全くない。
むしろ自己保身を考えるぐらいに育ってくれたことを喜ばしく思った。
自我が全く育っていなかったら、勝算度外視で命じられたまま戦いに向かって行っただろうから。
自分は茶の彼女のツーテールをそっと撫で、『大切なシキガミに特攻させる気は無い』と口に出す。
《あはっ、大切かあ……うん、ありがとうマスター。私、とっても嬉しいよ!」
いつも以上に喜びの反応を見せる茶の彼女をその場に残し、異界の主の方へ自分は向かう。
白い彼女が後から付いてくるが、おそらく出番はない。
堂々と歩いて近づく自分に悪魔たちは気付いた様で、異界の主が『ウボァー』と一声上げると、三体揃ってズザザザッとキモいスライド移動で高速接近してきた。
自分はその三体に最新の習得スキル【マハジオンガ】を叩き込んでやる。
異界の主を中心として広範囲を稲光が奔り回り、轟音が鳴り響く。
その後には雷が荒れ狂った痕跡といくばくかのマッカしか残らなかった。
【電撃プレロマ】で強化されたLV20【魔】型の【マハジオンガ】。
異界の主として少しばかり強化されていようが、LV6の【電撃弱点】がそれを受けて耐え切れるわけがない。
見届け人である彼の方を振り向いてみると、驚きを通り越し、ポカンと口を開けて放心状態になっていた。
まあ、異界の主だなんて仰々しく呼ばれていた悪魔が魔法一発で消し飛んでしまったのだから、それも仕方ないかもしれないが。
その後異界が崩壊し、すっかり清浄になった神社の境内に戻ってきた所でようやく彼は我に返った。
「流石はガイア連合より派遣された方! もはや感謝の気持ちは言葉にできませぬ!」
異界が平定されたというのに、ものすごく重い雰囲気を纏った見届け人は屋敷へ戻ると全てを報告した。
それを聴いた当主や分家の重鎮たちは、大喜びで自分を褒め称え賛美する。
自分の中の承認欲求がグングン満たされていくのを感じ、『この瞬間のために依頼を受けたんだ』との思いにふける。
そして一通り称賛を受けた後は、地方組織お決まりの宴会接待。
この家の羽振りはそこまで良くないようで、自分が受けてきた接待の中では質素な方だが、豪華なもてなしを受けたいわけではないので気にはならない。
酒は好きな方ではないので『どうぞどうぞお飲みください』と注ぎに来る人たちが少し鬱陶しいが、それも感謝の現れと思えば良い気分のままやんわりといなせる。
そうこうしているうちに、やがて宴会もお開きの時間。
一人につき一部屋与えられた客間に戻り、後はもう寝るだけとなった自分は、ここからが面倒だと少し気分を陰らせる。
今回の件は我ながら鮮やかに解決できたと思うし、依頼主もそう感じただろう。
ならば心の底から感謝されて『はい、おしまい』なわけがなく、確実に甘い罠を仕掛けてくる。
自分は地元組織の女を抱くつもりなど欠片もないが、必死で頼み込んでくる相手を袖にするのも良い気分にはならない。
まあこれも欲望充足の代償と思えば仕方な「失礼します、少しよろしいでしょうか」と襖を隔てた向こう側から人の声。
『早速来たか……』と身構えながら襖を開くと、廊下に正座していたのは昼間一緒に異界に潜った見届け人の彼だった。
『自分がそういう趣味だと誤解されたのか? それともこいつにそういう趣味でもあるのか?』と頭の中が混乱したが、座ったままこちらを見上げる彼の視線は真剣そのものであり、どうもハニトラとは関係なさそうだ。
彼は土下座同然に頭を下げ『どうか話を聞いていただきたい』と頼んでくる。
このまま廊下に放置するのも何なのでとりあえず部屋に入ってもらい、事情を聞くことにした。
客間に入った彼が平身低頭で説明した事情とは、ある種の悲劇だった。
当然のことながらよほど特殊な性癖の持ち主でない限り、男性相手のハニトラ要員になるのは若く美しい女性だ。
当主はガイア連合の請負人を迎えるにあたって、一族の中から条件に当てはまる女性を集めて選考し、その結果ある分家の女性に白羽の矢が立った。
しかし知る者こそ少ないが、その女性にはすでに恋仲の男性がいたのである。まあ、目の前の彼なのだが。
当主の決定に彼が逆らえるわけがなく、その女性も『一族と男一人どちらを取るのか』と詰められて後者を選ぶことなどできない。
これで請負人に大きな失点があれば、それを理由にまだ抗弁できたかもしれないが、見事に事態を解決してしまった。
ただ強いだけで縁も情もない相手に相思相愛の恋人を奪われる。
それが耐え難かった彼は、こうして一族と地元を救った英雄様に直談判しにきたとのだと語った。
「昼間の態度は謝罪いたします。恥知らずで情けない男だと罵ってくれて構いません。どうか彼女に目こぼしを……」
彼は畳に額を押し付けてひたすら懇願する。
そんな姿を見て自分が思ったのは『あー、良かった』だった。
ハニトラ要員に思い人がいるのなら遠慮も容赦もなく袖にしてやれるし、失敗して当主に散々責められたとしても目の前の彼がアフターケアをしてくれるだろう。
それに昼間の彼の態度には嫌な気分にされたが、事情を知ってみれば納得もできるし、恋人のために土下座しに来た姿勢には好感さえ持てる。
互いに利害が一致したということで『その女性に手は出さないが、後のことは全て責任を持て』と自分は言った。
頭を上げた彼は『そんな簡単に?』という顔をするが、自分は改めて手を出さないことを約束する。
すると報告を聞いた時の当主のように喜びを浮かべ、これまた当主のように何度も感謝した。
こんな形で頭を下げられても承認欲求は満たされないが、悪い気分にはならなかったので良しとしよう。
夜半にハニトラにやってきた女性を約束通りに追い返した次の日。
自分たちは当主や重鎮に見送られながら屋敷を出立する。
ハニトラ失敗の報は届いてるであろう当主はそれをおくびにも出さず、誠実さ100%な顔で別れの挨拶をしてきた。
その程度では不快にならないが、面の皮の厚さは年の功ということか。
ターミナル駅まで送り届ける運転手は来た時とは違い、見届け人を務めた彼だった。
わだかまりなど無くなった彼は丁重な態度でドアを開き「どうぞお乗りください」と言う。
自分は勧められるまま腰かけ……る前に目的の一つを思い出し『土産物屋に寄ってもらえないか』と口にする。
すると彼は賓客へ向ける微笑を浮かべ「良い店を知っておりますので、先にそちらに立ち寄りましょう」と返してくれた。
つつがなく土産を購入した自分はターミナル駅に到着すると、新幹線ホームのベンチに腰掛けた。
三人で座って列車を待っていると、右隣に座っている茶のシキガミが声をかけてくる。
「ねえマスター。今回の仕事、私ってちゃんと役に立ったのかな?」
異界の主を前に引かざるを得なかった茶の彼女は、どこか不安そうな面持ちでそう訊いてきた。
確かに主と戦えるほどの強さはなかったが、探索中に遭遇した悪魔は全て彼女が倒したのだ。
これを役立たずと言うのは、いくら何でも貢献を無視しているだろう。
自分は『使い魔として十分役に立った』と口に出して言い、お決まりの髪撫でをしてやる。
可愛らしい茶の彼女は「んふふ」と幸せそうに目を細めた。
「ボクの方からも訊きたいな。ご主人はこの依頼は楽しめたのかい?」
今度は左隣に座っている白いシキガミがそう問うてきた。
自分はその問いかけに一連の出来事を思い返す。
異界平定は大した苦労もなく終了。
地元組織の人たちは諸手を上げて称賛し、敬う態度を見せた。
見届け人の彼は最初こそ態度が悪かったものの、事情を知れば悪感情もわいてこない。
企みが失敗した当主も最後までその件には触れず、気分良く送り出してくれた。
そして紹介を受けた店で、そこらの売店とは質が違う土産物を買うことができた。
総合的に見れば、二重丸の評価を付けられる結果だったと言えるだろう。
それを聞いた白い彼女は「それなら良かったよ」と我が事のように喜び微笑む。
「マスター、シェルターに帰ったらまたしばらく異界潜り?」
「そりゃそうだよ。キミのLVはまだまだボクたちに及ばないんだから」
今後の予定を訊いてきた茶の彼女に。白い彼女が代わって答える。
実際、今回の依頼で承認欲求は十分に満たされたので、自分はしばらくパーティの強化に励むつもりだ。
茶のシキガミのLV上げは必須で、白いシキガミのスキル交換も必要だし、自分の装備だってより良い物に更新せねばならない。
そしてパーティ全員がある程度強化されるころには、また欲望が鎌をもたげて地方からの依頼を受けることとなるだろう。
終末が訪れる時までこれをずっと繰り返すかと思うと、『全く救えないよな……』と自嘲の笑みがこぼれた。