ガイア連合の転生者というのは、一種の成長チート持ちだ。
LVアップの早さは現地民と比べて驚異的だし、個人によって傾向が違うもののステータスの伸びだって段違い。
異界探索の仲間としてはシキガミやアガシオンなどがいるが、最も優れているのは転生者同士が組んだパーティであるのは間違いないだろう。
しかし、誰しもがそのようなパーティを組めるわけではない。
単純に好感を持たれない人格だったり、能力や性格が戦闘向きでなく足を引っ張ったりすれば、組んでくれる仲間はいなくなる。
そして自分もそういった他人と組めないタイプの人間だ。
自分が他人に嫌われる性格である……とはあまり意識したくないが、まあ実際にそうなのだからしょうがない。
なにしろ自分は他人と会話をするのが苦痛な人間であるからだ。
もちろん『山田さんにこのことを伝えてくれ』などと頼まれれば普通に役目を果たすが、それ以外の自分が必要と感じない雑談などは全くもって嫌になる。
コミュ強と呼ばれる人たちは、なぜ興味がない話題を振られて会話を続けられるのかと不思議で仕方ない。
まあとにかく自分はそんな人間なので、学生時代から友人など全くおらず、同じ転生者であっても私的な付き合いを持つことはなるべく避けるようにしている。
悪魔と戦うにしても、手間暇かけて信頼のおける仲間を作って戦うぐらいなら、自分一人で戦った方がまだ気が楽という考えなのだ。
人間的にも能力的にもそういう考えはよろしくないと分かってはいるのだが、一念発起して改善しようという気にもなれない。
そんなわけで日常でも戦闘でも、絶対的に自分上位でいられるシキガミの存在は重宝している。
『こっちの都合が良い時には話しかけるし、相手をしてやる。だがそうでない時は話しかけてくるな。黙れと言ったら口を閉じろ』だなんて自分勝手な人間、普通の感性を持っているなら仲良くしたいだなんて全く思わないだろう。
だが性格も外見もオーダーメイドの人型シキガミなら、そういった問題は一切クリアできる。
性格をうまく設定すれば、コミュ障かつ傲慢な自分が相手であってもにこやかに対応してくれるし、こっちも気を使わず話しかけられるのだ。
……まあ、そんな都合のいい使い魔がいるおかげで、より人付き合いが面倒に感じられるようになり、ますます他人と話さなくなってしまったのだが。
「ご主人さま、ソナーに感あり。右の通路を行った先に、一体いるね」
濃い茶色の瞳に同じ色の髪を腰まで伸ばした少女型のシキガミが、四叉路の交差点で立ち止まり、こちらに警告を発する。
自分たちが今いる修行用異界第9層は、坑道を模したどこか息苦しい地中の姿を見せていた。
壁も天井も岩盤むき出しで、無数のランプで照らされており、床には本当にトロッコが通ったことがあるのか怪しいレールが敷設されている。
悪魔がいるという右の通路に目を向けてみれば緩やかなカーブを描いていて、その先は見通せない。
だが、この階層にいるなら自分たちにとって脅威となることは無く、アイテムも使えば負けることはまずないので、自分はそちらへ向かおうと思考する。
「ん、オッケー。じゃあこっそり行こうね」
左手の人差し指を口の前に持ってきて『シーッ』というジェスチャーをするシキガミ。
彼女は右手で日本刀を鞘から抜き、足音を殺しながら左右のレールの間を歩いていく。
その後ろを軍用ライフルを両手に携えて付いて行くと、やがて彼女はピタリと足を止め、右の壁に背を当てて張り付くような姿勢になった。
「【アナライズ】完了、LV8の【地霊】ドワーフが一体。【物理耐性】【衝撃弱点】、スキルは【突撃】と【脳天割り】の二つ。うーん、どうしようかご主人さま。私は【ザン】使えないし、ご主人さまじゃ……ねえ?」
シキガミはカーブの向こうをのぞき込んで【アナライズ】すると、『困ったな……』という顔になり、挑むかどうか訊いてきた。
彼女が使えるスキルに衝撃属性はないので、悪魔の弱点を突くことができない。
そして自分はLV11にもなっておきながらノースキルで、ライフルによる【たたかう】しかできない有様だ。
このまま戦っても負けることは無いだろうが、面倒な相手ではあるだろう。
だが、自分は腰のポーチから【衝撃弾】を取り出してシキガミに見せてやる。
これをライフルにセットすれば、あの【地霊】が相手でも苦労せずに倒せるはずだ。
「えっ!? ご主人さまいつの間にそんなの買ったの!?」
彼女は知らない間に主が新兵器を手に入れていたことに驚くが、そんな反応示さなくてもいいだろうと思う。
別に24時間張り付いているわけではないのだから一人になる時間はあるし、事務的で短い会話なら苦痛でもないのだ。
普通に売っている所まで出向いて『属性弾ください』『はいどうぞ』とやり取りするだけで簡単に手に入れられる。
「えー、そうかもしれないけどさー、そこは私がご主人さまの代わりに話すところでしょ?」
確かに自分は依頼などで他人と交渉せねばならない時は、【読心】スキルを持たせたシキガミに意向を伝えて彼女に話させている。
だが日常での些細なやり取りまで任せようとは思わないし、その程度の事をわざわざ代行してくれなくてもいいと思うのだ。
まあ、必要なくても役立とうとしてくれるところは、とても可愛いと思うし嬉しいけど。
「あ……うん、ありがと。でも私としてはもっと頼って欲しいかなーって」
自分の好意を読み取ったシキガミは笑顔をこぼし『さらに依存しろ』と伝えてくる。
ここがシェルターの居間ならそのままイチャイチャしてもいいのだが、生憎とすぐ近くに悪魔がいるので、そうも惚気てはいられない。
「おっと、そうだったね。じゃあ、ちゃっちゃと片付けちゃおう!」
ご機嫌だったシキガミが緊張感を取り戻し【ブフ】を放つ準備をする。
自分はそれを確認するとバッ! とカーブの陰から飛び出し、銃口を悪魔に向けた。
ドワーフらしく採掘でもしようとしていたのか、こちらに背を向け壁を眺めていたその背中に【衝撃弾】を一発撃ち込んでやる。
ちっぽけな弾丸一発をくらったとは思えないような勢いで、顔面から壁に叩きつけられる悪魔。
さらに間髪入れずシキガミが【ブフ】を放ち、冷気と氷塊でダメージを追加する。
不意打ちをくらった悪魔はこちらを振り向くと、歯をむいて怒りを露わにし、ハンマー片手に走ってきた。
しかし残念ながら彼には遠距離攻撃がなく、もう一発撃ちこむとその衝撃で後ろに吹っ飛び、ゴロゴロと転がって距離が開いてしまう。
そこにシキガミがまたもや【ブフ】を撃つとかなり弱ったようで、ハンマーを杖代わりにヨロヨロと立ち上がる。
自分が三発目の【衝撃弾】を撃ち込むとそれがクリティカルとなったのか、マッカと宝玉を残して悪魔は消え去った。
「おお、宝玉落としたね。これはラッキー……ん? どうかしたご主人さま?」
ドロップ品を回収するシキガミがこちらを見て怪訝な顔をする。
自分はそれに『LVが上がったようだ』と答え、【アナライズ】をしてもらう。
「はいよー」と軽く言ってこちらをじっと見ると、彼女は解析結果を口にした。
「LVは12になったね。能力は平均的に伸びて、特に大きく成長したものは無し。スキルは……残念だけど覚えなかったみたい」
スキルを習得した感覚はなかったので分かっていたが、あらためて言われると少しガックリくる。
LV1のころから銃を使い続けてきたのに射撃関係のスキルが一つも生えないというのは、やはりこの方向には適性がないということなのだろうか。
自分はため息を一つ吐くと、手を差し伸べるように腕を伸ばし、少し意識する。
すると手のひらの上に一枚のカードが現われ、クルクルと回転を始めた。
背面と思われる方には模様が描かれているが、もう一面は真っ白で、知らない人が見れば何のカードかも分からないだろう。
『LVアップすれば何か変化があるかも』なんて期待を捨てきれない自分は、白紙であることを確認すると握り潰し消滅させる。
こちらの内心を分かっているシキガミは何も言わず、慰めるようにそっと寄り添ってきた。
自分は異界で得た戦利品は、全てマッカに変換して受け取ることにしている。
日本円は依頼を受けても手に入るが、マッカは悪魔を倒す以外ではガイア連合でドロップ品を売却するしか入手手段がないからだ。
また円を稼ぐにしても、依頼を受ける方が一度に稼げる額が大きい。
生活費は依頼で稼ぎ、装備費は異界で稼ぐというのが自分のやり方である。
『そろそろ依頼を受けないとかな……』なんて考えながら、シキガミと一緒にシェルターへの帰路を進み、ついに到着。
玄関扉を開けると、下駄箱の上の水槽で飼っている金魚がスーッと寄ってくる。
エサ置きから少し取り出して水面にまいてやると、金魚はパクパクと口を開けてそれを食べだした。
自分はカードを顕現させて確認するが変化は何もなし。
さほど期待してないから落ち込みもしないが。
「ご主人さま、金魚相手にコミュ構築するのは流石に無理だと思うよ」
シキガミが靴を脱ぎながら呆れた声でそう言ってくるが、物は試しだろう。
これが成功しようものなら、人間と関わらずに大きくパワーアップできるのだし。
「もし成功したら、この部屋が動物園になっちゃうと思う……。っていうか、試すならせめて犬とか猫にしようよ」
パタパタと廊下を歩きながらシキガミは『ちゃんとしたペットを飼おう』と提案してくるが、自分はそれにはノー。
今世の両親は犬を飼っていて、自分も可愛がっていたが、それだけに寿命を迎えたときは辛かった。
そういう思いは二度としたくないので、犬猫といった寿命が長い大型動物はコミュ対象から除外だ。
「でも、犬なら死んでもイヌガミ化できるし、少しぐらい考えてもいいんじゃない?」
シキガミは自分と別れてキッチンへ入りながらそう言う。
それを聞いて『そういえば、そんなのあったな』と思い出しながら、自室へ入りノートPCの電源を入れた。
ガイア連合とは無関係のオカルト掲示板にアクセスし、いつも通りのコテハンで霊能初心者なんかにアドバイスをしてやる。
業界人になかなか相手してもらえない初心者たちは、『教えてくれてありがとうございます!』『マジ感謝!』とレスを返してくれることくれること。
そして自分が答えられそうな質問にだいたい答えた後、カードを確認。
……うん、この程度でどうにかなるなんて思ってはいないよ。
居間のテーブルでシキガミが作った料理を口に運びながら、TVのニュースを眺める。
死人や行方不明が毎日出ているが、そのうち悪魔の仕業によるものはどれほどあるのだろうか。
きっと表沙汰にできず、報道されないような例もあるのだろう。
人々のために何かするわけでもないが、世の中を憂う気持ちが湧いてくる。
「ねー、ご主人さまー。世を憂うのもいいけどさ、私との関係も少しは憂えてよ。ずっと一緒にいるのにコミュ構築できてないんだからさあ」
『むー』といった顔でシチューを口に運びながら、シキガミは自分たちの関係について口にする。
そう、今の自分にとって最も身近な人物である彼女なのだが、まるでコミュが発生しないのである。
対話が不足しているなどということはあり得ない。
そこらの人間相手なら会話が面倒だと思う自分がそう思わず、普通に雑談できるのだから。
さらに言うと雑談どころか、かなりの頻度で床を共にする仲なのだし、もはや家族、妻と呼んでも過言ではない関係のはずだ。
だというのに、どういうことなのだろう。
「うあ、妻って、そこまで想われると恥ずかしくなっちゃうなあ……」
こちらの思考を読んだ彼女は頬を染め、ニマニマと笑う。
その姿を見ていると、コミュ未発生とかどうでもいいとか思えてくるのだから、我ながらダメな奴だと思う。
とりあえず今夜は彼女とのコミュ構築のために頑張ると決めた。
前回の依頼で得た円も随分と減ってきたため、自分は地方からの依頼を受けることとした。
自分の性格を知っている事務員からは『コミュ障が依頼なんて受けて大丈夫?』などと心配されたことがあるが、仕事なら事務的会話だけで十分だし、雑談を振られても『自分は談話するために来たのではない』という態度を取れば、必要以上に話しかけられたりはしない。
もちろん嫌な奴だと思われて後で陰口を叩かれるかもしれないが、次に会うことがあるのかさえ分からないのだから、そんなのどうでもいいと思う。
ご近所暮らしで険悪な関係になるわけにはいかない転生者仲間と比べて、気を使う必要がない分その方が楽でさえある。
まあ、シキガミが自我を得て【読心】スキルを持たせてからは、面倒なこともあって対応はほとんど彼女に任せてしまっているのだが。
自分はちょうど良さそうな依頼は無いかと端末で検索する。
リスト化されて縦にズラリと並んでいる依頼一覧を見ると、もはや適当に選んでしまいたくなるが、そういうのは良くない。
きちんと内容を吟味して……と思っていたら、一つの依頼が目に入った。
場所はとある地方都市。内容はそこに潜伏している悪魔の発見と討伐。
既に犠牲者が数人出ており、依頼主は早急な解決を希望しているとのこと。
別に依頼内容は特に気になることはない、よくある物だ。
だがその地域は自分の故郷で、今も両親が住んでいる場所。
『幸運を呼ぶお札』という名目で結界を張る呪符などは送ってあるから、家の中にいる分には安全だろう。
しかし万が一外を出歩いている間に直接襲われようものなら、ひとたまりもない。
悪魔との戦い以外で血の気が引いたのは久しぶりだ。
自分はシキガミに急いでこの依頼を受けることを伝え、手続きをさせた。
自分も依頼主も急いでいるということで、次の日にはもう故郷である現地へと向かった。
新幹線を降りて数年ぶりに見たターミナル駅の前は、ずいぶんと様変わりしている。
あのテナントには全く違う店が入っているし、少し離れたところにあるビルや陸橋は建っていなかった。
懐かしさと寂しさが胸にこみあげてくるが、そんなものに浸っている場合ではない。
自分は先に到着し待機していた送迎役の人を探し、請負人であることを伝える。
しかし、スーツを着た目の前の彼は不審な目を向けてきた。
「確かに請負の方をお待ちしておりましたが、話では一人と聞いております。そちらの方は一体……?」
どこかで情報が欠落したのか、使い魔である彼女のことは伝わっていなかったようだ。
確かに請負人は自分一人であるのだから間違ってはいないし、こんな人間そっくりの使い魔だなんて完全に想定外だろう。
だが、不審に思われて良い気分はしない。例え彼個人に落ち度はなくとも。
自分は頭の中で彼女に説得するように頼む。
「私は請負人の使い魔です。ガイア連合を詐称する者ではありませんので、どうぞご安心を」
彼女はそう言って右手を差し出すとMAGを遮断し、人形素体の手を露わにした。
それを見た送迎役は目を見開いて、人間の顔と人形の手を何度も交互に見たが、どうにか納得してくれたらしい。
『これが使い魔とは……』と独り言つと、疑ったことを謝罪し、車の扉を開いた。
「申し訳ないが、我らではどこに潜んでいるかも分からないのです。ただ占術によりこの地域にいるということしか……」
依頼主である霊能一族の当主に会い、悪魔の潜伏先に心当たりはないかと訊ねてみたが、返答はなんとも頼りない物。
当主本人も『情けないことに』と恥をさらして謝罪するあたり、本当に困っているのだろう。
残念ながら自分たちは占術関係のスキルを持っていないので、こうなると周辺の霊地や瘴気のたまり場を片っ端から当たっていくしかない。
手間がかかりそうだな……と小さく息を吐くと、襖の向こう側から複数人の足音が聞こえ、スパンと勢いよく開かれた。
「父上! 外部の者に役目を任せるとは何事ですか!」
当主を父と呼んだのは自分より少し年下、20才になるかどうかという年頃の男性だった。
彼は当主を非難すると、どう見ても好意的ではない目をこちらに向けて口を開く。
「お前たち、少しばかり霊能に自信があるのかもしれないが、所詮は在野の者であるということを弁えろ」
『野良犬がデカい面してんじゃねーよ』とマウントを取ろうとしてくる男。
イラッとくるが『じゃあ何か凄いことできんの?』と訊かれても、自分は銃を撃つ事ぐらいしかできないので何も言えない。
シキガミに反論させたところで、余計面倒なことになるだろう。
なのでピキッときている彼女に内心で語りかけて抑えつつ、黙って事の推移を見守る。
「おまえ! 我らを救ってくださる方々に何と無礼な!」
「貴方こそ! ガイア連合などという怪しい新興組織に望みを託すなど、一族の誇りはどこへ行ったのです!」
自分たちそっちのけで父と息子は口論を繰り広げる。
当主の方はそれなりに歳を重ねているが、親子だけあって頭に血が上ると周りが見えなくなるのかもしれない。
親子喧嘩は後でやってくれと思うが、勝手に客間を探して休むわけにもいかないだろう。
『早く終わらないかな……』なんて考えていると、シキガミが耳打ちしてきた。
「なんかクーデター? ってほどじゃないけど、息子の方が信奉者集めて強硬な抗議に来たみたいだね」
【読心】で彼らの内心を読んだ彼女が囁くところによると、当主の方はまだ現実が見えていて、外部の手を借りても役目を果たそうとする程度には使命感があるらしい。
それに対し息子の方は、名家の跡取りというプライドだけが肥大化し、霊能者であることを一種の特権であるかのように捉えている、家の評判を落とすタイプの人間だそうだ。
それを教えられた自分は頭に手を当て溜息を吐く。
これがどこか別地方の一族ならよかったのに、故郷の霊的治安を維持するのがよりによってこんな奴らとは。
どうにか両親を説得して、山梨支部に移り住んでもらった方がいいかもしれない。
そんなことを考えていたら、息子の取り巻きらしき男がシキガミをジロジロ見ながら話しかけてきた。
「家の者から聞きましたが、これが使い魔だと。いや、すごい出来ですねえ。本当に人間にしか見えませんよ」
連れているシキガミを褒められて悪い気はしないが、その視線に情欲が含まれていれば話は別だ。
自分は『お前の物じゃない』との意志を込めて睨む。
しかしその男はこちらのガンつけなど意にも止めず、彼女に触れようと手を伸ばしてきた。
彼女は自分から身を離して、肩に近づけられていた手をかわす。
「主の許可なく私に触れるな、下衆が」
【ブフダイン】もかくやという冷たい目で側近を見るシキガミ。
男は『三流野良霊能者の寄合所帯』から派遣された『下っ端』に従う『使い魔』に袖にされたことで、憤りを目に浮かべる。
だがこの場で何かをするつもりはないようで、「無礼をしました」と口先だけの謝罪を放った。
当主と息子の口論は一方がもう一方を論破して終わりとはならなかった。
菩薩のように寛容である息子様が『最低限の実力があるなら今回は使ってやる』と妥協して下さったおかげで、どうにか停戦を迎えることができたのだ。
そして腕前を披露してみろということで、田舎屋敷特有の広い広い中庭へ通されたのである。
「使い魔にやらせて、主は高みの見物か。後で『自分の実力はこんなものではない』と言っても二度目の機会は与えんからな」
ひたすら恐縮する当主を横目に、息子殿はこれでもかと軽んじ、見下した態度をみせる。
シキガミはイライラが限界を越しそうだが、そこは腕試しで開放してもらおう。
中庭の隅に立てられた巻き藁。
それを悪魔と見立てて倒してみろと息子殿は言った。
彼女は冷めた瞳で彼をチラリと見ると、右手で標的を指し【アギ】を放つ。
動くこともない巻き藁に命中した火炎魔法は一瞬で炎上させ焼き尽くし、後は僅かな灰が地面に残るだけとなった。
「おお、何という火炎術! これほどの威力ならば悪魔にも打ち勝てるでしょう!」
当主は興奮して歓声を上げ、側近たちも『見事』『素晴らしい』と実力を認め称えた。
それに対し息子殿の取り巻きは予想外の腕前に驚き、目を見開く。
息子本人はそこまで表情を変えはしなかったが、驚いたのは確かなようであり、目を大きくした後すぐ渋い顔に移った。
その日は屋敷付近の根城候補を回ってみたが、悪魔のMAGが残留した痕跡も発見できず、収穫無しとなった。
当主は屋敷に宿泊することを勧めたが、あんな息子や取り巻き共と同じ屋根の下だなんて、安心して眠れるわけがない。
自分たちは近場にあるビジネスホテルの部屋を借り、そこで休息をとることにした。
明日になればまた息子がしゃしゃり出てくるだろうが、今日はもう顔を見ずにすむ。
……と、思っていたのだが。
夜も更けた11時前。
そろそろ寝ようかと思っていたらインターフォンが鳴り、来客があることを告げる。
心当たりがない自分は不審者を警戒しながら扉を開けた。
するとどうやって部屋番号を調べたのか、その向こうに立っていたのは息子殿。
彼は『話がある』と口にすると、招いてもいないのにドアを押しのけて入ってきた。
「単刀直入に言おう。そちらの望む額を出す、あの使い魔を私に譲れ」
あまりの無知厚顔さに眠気も一発で吹っ飛ぶ発言。
その話を飲むつもりなど毛頭ないが、『どういうことなのか』と経緯と真意を訊ねる。
すると彼は『あれほどの使い魔は在野の個人でなく名家の元で管理されるべき』『我々が所有すれば地域の霊的治安は盤石となる』『衆生のために身を切るぐらいは霊能者として当然』『人々を救うために依頼を受けたのだからお前も本望だろう』などと、傲慢かつ独善的な持論を展開し、取引と呼べるのかも怪しい一方的な要求を押し付けてきた。
……正直、これが他所からの依頼なら、どんな苦情が来ようと依頼放棄して帰っていた。
だがここが生まれ育った故郷で両親が住んでいる以上、それはしたくない。
かといって、いいかげん昼間から溜めてきたこのムカつきを我慢するのも限界だ。
自分は広げていた右手を拳にすると、手加減しつつクソ息子のボディーに打ち込む。
ペルソナの出せないペルソナ使いな自分だが、それでもLV10越え覚醒者として最低限の【力】はある。
シキガミがLV1だと言っていた彼は弱めのパンチを受けただけで奇怪な悲鳴をあげ、腹を抑えてカーペットの上にうずくまる。
自分は高級そうなスーツの襟をつかむと『お断りだ』とだけ返答し、ホテルの廊下へ投げ捨ててやった。
次の日も痕跡探しで地域中の霊的スポットを車で回る。
ここは何もない、ここも何もない、そしてここも……と昼近くまで探し回り、自分はようやく尻尾を掴んだ。
比較的人里から離れた、山に近い墓地。
その場所で、悪魔の残したMAGを感知したのである。
「んー、周りに人はいないみたいだね」
自分たちの装備は通報されれば銃刀法違反で逮捕されるような代物だ。
なので取り出す前には周囲の人目を気にしなければならない。
幸いなことに今は人がいないようなので、速やかにトランクから装備を取り出し装着する
そして『こんな時に墓参りとか来ないでくれよ……』と祈りながら、墓場へと足を踏み入れた。
MAGが濃くなる方へと自分たちは墓地の中を歩いていたが、さして広くもないのですぐに端へぶつかってしまう。
そこには木製の朽ちかけた塀が立っていて、人が通れそうなほど大きな穴が開いていた。というか一部崩れていた。
穴の向こう側は手入れのされていない林となっており、MAGの痕跡はそちらへと続いている。
異界の林と違い、現世の林は虫などの小動物がいるのであまり入りたくない。
が、ここまで来ておいて手がかりを放棄するなどあり得ないので、高く伸びた草を踏みつけながら自分たちは先へと進んだ。
「む、ソナーに感あり、前方に悪魔が一体。十中八九、討伐対象の悪魔だね」
林の中を進んで20分は経たないころ、シキガミが悪魔の気配を感知した。
異界の中と同じようにこそこそと忍び寄り、猿に似た悪魔を確認したところで彼女が【アナライズ】をする。
「【アナライズ】完了、LV2【妖獣】カクエンが一体。【火炎耐性】【衝撃弱点】、スキルは【ポイズンクロー】を持ってるよ」
【火炎耐性】というのはついてないが、彼女は【ブフ】も使えるし、自分には【衝撃弾】がある。
まず問題なく始末できるだろう。
自分は木々の隙間から枝の上にいるカクエンを狙撃。
知らない人が聞いたら猟銃だと思うであろう発射音が林の中に響き、弾丸が命中した悪魔は衝撃で大きく吹っ飛び地面に落下する。
シキガミがそこに追撃しようとしたが、生えた木が障害物になってしまい、【ブフ】は撃てなかった。
かなりのダメージを負った悪魔はこちらに視線をやると、二対一で不利と見たか尻を向けて逃げ出す。
「おっと、逃がさないよ!」
シキガミは刀を抜くと悪魔を追って駆け出す。
木々の間を逃げ回る相手に遠距離攻撃を中てられる様な腕前は自分も彼女もないので、こうなると接近戦でカタを付けざるを得ないのだ。
もちろんLV11の彼女とLV2の悪魔では【速】が全く違う。
あっという間に追い付いた彼女は刀を横薙ぎにし、スパッとカクエンの首を刎ねた。
ゴロンと毛むくじゃらのボールが地に落ち、MAGへ還ると後に残るはマッカだけ。
これで依頼は達成、とりあえず両親とこの地域の安全は保たれたと、自分は内心でホッとした。
屋敷に戻り討伐したことを伝えると、当主は非常に雑で精度が低い占術を行い、もはやこの地に悪魔が存在しないことを確認した。
すると側近たちまで揃って一斉に頭を下げて自分に感謝し、さあ宴の準備だなんだと騒がしくなる。
しかし自分は最初からそんなものに参加するつもりはない。
宴会となると多人数が自分一人に押しかけてくるからシキガミだけではさばき切れなくなるし、
今日は姿を見せていないとはいえ、あのクソ息子がいつ顔を出してゲロより劣る言葉を吐き出すかと思うと、一刻も早くお暇したかったからだ。
シキガミは「私たちは次の依頼もあって忙しいので、お気持ちだけいただきます」とお決まりの方便を口にし、宴に参加しないことを伝える。
最大の功労者がいなくなると知って当主たちの意気が落ちるが、彼らはすぐに気を取り直しこちらを見送ろうと「待ってもらおうか」と聞きたくなかった声が襖の向こうから響いた。
初対面の時のようにスパンと襖を開いて姿を現したのはクソ息子で、その後ろに取り巻き共がいるのも同じだ。
しかし取り巻き共の人数が前よりも多く、剣呑な雰囲気を漂わせている。
シキガミが自分を守ろうと傍に「全員動くな!」とクソが一喝すると、言葉通りに皆が皆動きを止めた。
後ろにいる取り巻きが気絶していると思しき人間を二人引きずってきて、拳銃とナイフをそれぞれに突き付けたからだ。
「お、おい! おまえ何のつもりだ!?」
当主からすればまるで意味が分からない光景だろう。
己の息子が武装させた取り巻きたちをぞろぞろ引き連れてやってきたかと思うと、面識のない中年男女を畳に放り出し、男の後頭部に銃、女の喉元にナイフを押し当てたのだから。
「何と言われても我が一族のため、ひいてはこの地域の霊的治安のためですよ。どうか父上は口を挟まないでいただきたい」
ナイフや刀のみならず、拳銃や猟銃で武装した取り巻きたちの前に側近たちも口をつぐむ。
そしてクソ野郎はこちらを睨むと、もはや何も飾り立てず要求を突き付けてきた。
「見て分かるだろうがこいつらはお前の両親だ。二人が大切なら、使い魔の所有権をこちらに譲渡しろ」
後ろにいるシキガミが怒りに息を飲む音が聞こえた。
自分もはらわたが煮えくり返っているが、衝動的に拒否するわけにもいかない。
クソ野郎がただ武装蜂起しただけなら、彼女一人でどうにでもできたが、離れたところに二人も人質がいては、圧倒的な強さがあっても救出するのは無理だ。
どうするべきかと考えていると、彼女がクソ野郎に話しかける。
「一応訊くけど、断ったらどうなるわけ?」
「そこの二人は死ぬし、お前の大切なご主人さまも死ぬな。そして使い魔のお前は消滅して、私は何も手に入らない。誰一人得をしないだろう」
奴の認識にはいくつもの齟齬がある。
人質がいなくなれば、彼女は自分を傷一つ付けずに守り切るだろう。
また自分は死んでも終わりではなく、ガイア連合が蘇生させてくれる。
それこそ灰になるまで死体を燃やし尽くしたとしても、魂さえ無事ならシキガミ素体を使って復活できるのだ。
そして今回の件を仲間たちが知ったら、クソ野郎は何も手に入らないどころか、全てを失うだろう。
いや、命だけは失った方がましな状態にされるかもしれないな。
自分はシキガミとは逆に『従ったらどうなるのか』とクソに訊ねる。
「二人は開放するし、所有権を渡したならお前だって無事に帰してやる。使い魔は名家の守護者として栄誉を得られるだろうし、私はこの地の安定に寄与出来て満足だ」
吐いた言葉に真実は一片もないと確信できる顔でクソ野郎は語る。
おそらくこいつの頭の中ではシキガミを奪った後、悪魔に返り討ちにされたことにして自分を殺し、不要になった両親も始末して、当主を座敷牢にでも押し込め、若き当主としてこの家を隆盛させるという、都合の良い未来が展開されているのだろう。
理想的にことが運んだとしても、そんな未来は決して来ないというのに。
「質問には答えてやった。それで返答は?」
断ると言ってやりたいがそれはできない。
かといって従うわけにもいかないし、そもそもシキガミ譲渡の方法など自分は知らないのだ。
何か打開策は無いかと頭を巡らせるが『詰み』という回答しか弾き出されない。
クソ野郎は自分が悩み焦燥する様を見て気分良さげにしていたが、ふと思い出したような顔をすると手招きをした。
シキガミが「ご主人さま……!」と制止する声を上げるが、招かれるままに進み彼女から離れる。
そして目の前まで近づいたら、クソは大きく振りかぶり腹に膝蹴りをかましてきた。
みぞおちに勢いの乗った硬い膝がめり込むと、息が詰まって吐き気がし、自分は畳に片膝をつく。
「お前は一発だったから、私も一発だ。公平だろう?」
自分を見下ろし降ってくる嘲りの声。
もし自分が普通の異能者だったらLV1の攻撃一発でダウンするなどありえないが、ペルソナ使いの肉体は脆い。
MAGで体が構成された悪魔の一撃より、生身の人間による攻撃の方がダメージが大きいのだ。
まさかペルソナ使いであることがこんな場面で足を引っ張るとは思わなかった。
「さあ、いい加減お前に選択肢がないことは分かっただろう。さっさと私によこせ」
そろそろ通告が面倒になってきたのか、声に愉悦さが感じられなくなってきた。
痺れを切らすのも時間の問題だろう。
ますます焦ってくるが『どうすれば……』と思っていたら、取り巻きの一人が意見を出した。
「御当主、正式でなくても、とりあえず使い魔に忠誠を誓わせるってのはどうですかね? 例えば裸で土下座して“私は貴方様の使い魔です”って言わせるとか」
既にクソ野郎を当主扱いしている男の顔には見覚えがあった。
初対面の時、彼女に好色な視線を向けて体に触れようとしてきた下衆だ。
シキガミがクソの物になってしまえば触れることができるか分からないから、裸姿だけでも目に焼き付けておきたいということだろうか。
全くクソの部下もクソだ。
「……そうだな、そのくらいはさせてもいいだろう。おい、命令しろ。“お前の命令で”私に跪かせるんだ」
声に悦の色が戻りタイムリミットが少し伸びた……わけがない。
そんな命令を出すなど死んでもごめんだ。
しかしクソ野郎はそんな内心など分かっているのか、両親の方を向いて命令を下す。
「私が合図したら、母親の方をそれなりに壊してやれ。人質はもう一人いるが、なるべく殺すなよ」
『最悪死んでも構わない』というニュアンスでクソは言う。
蘇生魔法はあるが一般人では生き返れるという保証はない。
何としても止めなければならないだろう。
しかし、だからといって彼女に最低の屈辱を味合わせるのかというと……。
「5」
クソ野郎がカウントを始める。もう本当に時間がない。
「4」
「ご主人さま、私は別に───」
『黙れ』と心の中で命令し、それ以上は話させない。
だが別の道も思い浮かばない。
「3」
脳に血流が集中し、かつてないほどに熱くなる。
時間がやけに遅く感じられ、まるで一秒が一分のようだ。
「2」
走馬灯のように、過去のことが蘇る。
全く他人と付き合ってこなかった自分。
もし誰か一人とでも付き合いを持ってペルソナ能力を得ていたら、きっと今この場所にはいなかっただろう。
だとしたらこれは自業自得なのか?
コミュを構築してこなかったツケが今ここで清算されるというのか?
「1」
ペルソナ。悪魔の姿を取った人の心。
だがこの世界には本物の悪魔がいる。
誰が何と言おうと、ペルソナもシャドウも本物の悪魔ではない。
もし自分の中に何かのペルソナがあったとしても、それはやはり見た目を似せただけの偽物。
だから、もし真にその名を名乗りたいのなら、現世に現れて悪魔らしく暴虐を起こしてみせろ。
「0」
ビリッ、と一枚のカードを千切る幻聴がした。
「ご主人さま!」というシキガミの鋭い声。
それは自分が悪魔に狙われたときに発する切羽詰まったものだ。
血が集中しすぎて眩む頭を押さえながら顔を上げると、ビチャッと壁に赤色が広がったのが目に入った。
次いで『うわぁぁっ!』という取り巻きたちの叫び声が部屋に響く。
奴らの視線が向く先を見てみれば、そこには白い背中に赤い腹、蛇のような胴体に無数の手とも足ともつかない物を生やした目無しの悪魔がいた。
クソ野郎もその部下も他に構っている余裕はないと見た彼女は、こちらを後ろから抱えると、後方へ飛び跳ねて悪魔から距離を取る。
「なっ、何だこの悪魔!? どこから来た!?」
クソの部下の好色男は手にした拳銃を悪魔に乱射する。
しかし耐性があるのかLVが高いのか、うざったそうに身を振るだけ。
目無しの悪魔は『誰からいただこうか』というかのように頭を回らせると、両親に武器を押し付けていた二人に飛び掛かった。
二人は両親を床に捨てて避けようとするが動きが遅すぎる。
一人は頭をマルカジリにされ首なし死体となり、もう一人は無数にある手足の一本でひっかかれ肩から斜めに分割された。
「【アナライズ】完了、LV12【邪龍】ニーズホッグ。耐性は【物理耐性】【氷結無効】【電撃弱点】【破魔弱点】、スキルは【吸血】【バウンスクロー】【毒ガスブレス】。【破魔弱点】だから、私の【ハマ】で対処できるよ。でも、なんでこんな悪魔が……?」
主人である自分は取り戻せ、悪魔は対処可能な相手であると分かったからか、シキガミは冷静に疑問を口にする。
だが自分はそうも落ち着いてはいられない。悪魔のすぐ傍には気絶している両親がいるのだ。
奴がほんの少し動くだけで、二人の命は容易く奪われる。
「おい! なんとかしろ!」
さっきまでの行いをすっかり棚上げにし、クソ野郎は邪龍を退治しろと叫んだ。
もちろんそうする必要はあるが『貴様に命令される筋合いはない』と自分は言い返す。
その無意味なやり取りをしている間に悪魔は喉を膨らませ、ゴバァ! と【毒ガスブレス】を吐き出した。
毒性を含んだ煙が周囲に広がり、それを浴びた未覚醒と思われる取り巻きはバタバタと倒れ、覚醒者と思われる者も膝をついてもがき苦しむ。
幸運なことに近すぎるせいで死角に入っていたのか、両親は毒を浴びずに無事だったが。
「……後にあらゆる償いと謝罪をいたします。どうかあの悪魔を退治していただきたい」
言葉にまるで力のない当主が悪魔討伐を頼んできた。
彼からの依頼だというなら断る理由はない。
自分はシキガミに【ハマ】を使わせ……ようとしたら、少し慌てた感じで悪魔が話しかけてきた。
「オイ、ちょっと待て! 仲魔を攻撃すんなよ!」
シキガミはその言葉にピタリと動きを止め、自分は眉をひそめる。
こいつは今何と言った?
「もう一回言ってくれない? 誰が仲魔だって?」
「オレとオマエは仲魔同士だろ。なあ、サマナー」
悪魔はそう言うとこちらに視線を……まあ、目はないがそれに相当する動作をした。
だが自分はこんな悪魔を召喚した覚えはないし、そもそもCOMPなど持ってないのだから召喚できるわけがない。
そう言って否定するが、悪魔は無数の手足を動かしてトテトテと数歩近寄ると、指でクソ野郎を示す。
「サマナーはそいつや手下どもを皆殺しにしたいって思ったろ? だからその願いに応えてオレが召喚されたんだ。分からないか、MAGがオレに流れているのが」
悪魔を召喚するなんて初めてだが、そう言われてみると自分の中のMAGが目の前の悪魔に流れ込み、消費されているのを感じる。
だとすると、本当に自分がこいつを召喚したのだろうか? COMPも無しに?
にわかには信じがたいが、MAGの流れが存在する以上それが正しいとしか考えられない。
「えーと、当主さん、どうもこの悪魔は私たちの敵じゃなかったみたいです。なので、さっきの依頼はキャンセルということで」
シキガミが戸惑いながら、当主に言葉をかける。
彼の方も友好的に会話している悪魔に困惑しつつ、それを受け入れた。
一方、状況が一転してしまったクソ野郎は、納得いかないようにヒステリックな声をあげる。
「ふっ、ふざけるな! 私の部下を散々殺しておいてヒッ!」
邪龍は思い出したようにクソ野郎に接近すると、あり余る手足で奴を吊り上げた。
クソはバタバタ暴れるが、そんなもので拘束が解けるわけもなく、逆に逃げられないよう強く握りしめられる。
「いっ、痛い! 折る気かこの悪魔! 放せ! 放せっ!」
「どうするサマナー。もう殺すか?」
痛がるクソ野郎に一片の慈悲も見せず、悪魔は訊いてくる。
自分の中で答えは決まっているが、父親である当主にも意見を聞いた方がいいだろう。
「父上! とっ、父さんっ! 助けて! こいつから放させてくれよ!」
どこか退行した言葉づかいになって肉親に救いを求めるクソ野郎。
当主が奴を見る目には深い哀しみの色が見えたが、やがて目を閉じると首を横に振った。
「ご、ごめんなさい! 許してっ! ちゃんと謝るから! 反省してるから!」
父親が助けにならないと理解すると今度は、自分に命乞いをしてきた。
涙も鼻水もたらして懇願する姿は酷く無様であり、もう痛めつけてやろうという気さえ起きない。
ただ見苦しく不快でさっさと消したいと思うだけだ。
「残念だったな、オマエを助けたいという人間はこの場には一人もいないようだ。それでサマナー、どんな風に殺せばいい? オレとしては丸呑みなんかオススメだけど」
オススメと言いつつ、どう考えても己の欲望を通そうとしている悪魔。
正直、丸呑みでこの世から跡形もなく消してしまってもいいと思うが、当主のために死体ぐらいは残しておくべきだろう。
自分は『首を刎ねろ』と命令し、悪魔がそれを実行すると喚く声はなくなった。
「ああそうだ、奴らはどうするサマナー? ついでに片付けちまうか?」
悪魔は事を終えると吊っていたクソの体を畳の上に放り投げ、生き残っている取り巻きどもを指さす。
しかし奴らは次の標的にされると気付くや否や、そろいもそろって武器を投げ捨て降伏の意を示してきた。
その表情は完全に恐怖に屈しており、背を向けたからといって襲ってくる気概など無いだろう。
『放置でいい』と自分は言い、役目を終えたなら還れと悪魔に伝える。
「いや、還れって言われても、還すのはサマナーの役割だろ?」
『なに言ってんだオマエ』という態度で言う悪魔。
確かに言われてみれば召喚された悪魔が勝手に還ったら困るわけで、召還はサマナーでないと行えないのが筋だろう。
しかし自分はCOMPなど持っていないので、どうやって還したらいいのか分からない。
「ハァ!? 最初どうやってオレを呼んだのか覚えてないのかよ!?」
悪魔は声のトーンを上げて呆れる。
だがそう言われても最初に召喚した時のことなど、焦りすぎていてまるで記憶にないのだ。
「マジかよ……。サマナーが思い出さなきゃ、オレはこのままずっと付いて行くしかないんだが?」
それは困る。非常に困る。
シキガミならともかく、こんな悪魔を連れて外を出歩けるわけがない。
自分はどうにか記憶を絞り出そうと、腕を組んで頭を傾ける。
そんな自分にシキガミが乱暴な解決法を提示してきた。
「じゃあさ、生命力がなくなるまで殴るってのはどう? そうすればこいつも消えるでしょ」
「冗談じゃねえよ! サマナーに助力したってのに、何でボコられなきゃなんねえんだ!?」
誰だって嫌であろう召還方法に邪龍は抗議の声を上げる。
自分も役に立ってくれた仲魔を意図的に攻撃などしたくはない。
目を閉じ、思い出せ……思い出せ……思い出せ……と自己暗示をするように繰り返す。
するといつもやっているカード確認のイメージが思い浮かんだ。
自分は目を開くと意識も何もせず、カードを握りつぶすように拳を握る。
それが正解だったのか、悪魔はフッ……と姿を消し、MAGの流出が停止した。
次はカードを顕現させる時のように手を広げてみる。
そうするとMAGが流れ出す感覚が発生し、消えた悪魔が再び目の前に現れた。
「ああ良かった。召喚法は思い出したみたいだな」
悪魔は安心したように大きい口から息を吐くと、身を正すようにこちらと向かい合う。
そしてゲームで何度も目にしたメッセージを口にした。
「オレは【邪龍】ニーズホッグ、今後ともよろしく」
今回の依頼はそれ自体はさほど苦労もなく終わったが、それ以外の余分な出来事があまりに面倒過ぎた。
依頼主は跡継ぎが死んで、政治力学が混沌とした一族をまとめなければならず、賠償には時間がかかるらしい。
両親は取り巻きたちに突然襲われたと思ったら気絶させられ、目が覚めたら病院のベッドの上。
この状況をうまく説明するシナリオ構築には手間がかかったと後始末をした仲間が言っていた。
そして最大の問題が。
「カードが出ない?」
帰りの列車の中、向かい合わせのシートに座った彼女は不可解そうにそう訊き返す。
自分はそれに深刻な顔で頷く。
邪龍を召喚できるようになった自分はカードに変化が無いか確認しようとした。
しかし、いつもなら簡単に現れる無地のカードが出てこない。
強く意識し続けたら何とか出てきたが、半透明な儚げなもので、瞬く間に消えてしまった。
今まで一度も起きたことがない謎の現象。
これはもしや自分からペルソナ能力が消失しようとしているのではないか。
もし本当にそうだったとき、自分はいったいどうなってしまうのか。
彼女はそれを理解すると同じように深刻な顔となった。
山梨支部に帰った自分たちは依頼報告もせず、真っ先に神主の元へと向かった。
彼は多忙であるのに、異常事態であると聞いたら他の案件より優先してこちらに来てくれる。
普段はほとんど意識しないくせに、こういうときだけ頼って悪いと思う。
しかしこの現象を説明解決してくれそうなのは、彼しか思いつかないのだ。
自分はCOMPも介さず悪魔が召喚された部分から、カードが顕現しなくなった所まで神主に全て説明した。
彼は『ふむ』と少し考えると、思い当たることがあったのか口を開く。
何でも『サマナーの才ある者が、自らの精神内に悪魔を召喚することで、ペルソナ能力を得た』例があるらしい。
そして今回の場合、その反対が起きた可能性があると語った。
つまり、自分の内にあった未発現のペルソナだかシャドウだかがMAGを得たことで肉体を構築し、元の精神から分離独立して、一個の悪魔として外部に召喚されたのではないかということだ。
カードが出てこなくなったというのも、ペルソナ使いからサマナーに能力が変化したため、集合無意識との繋がりが薄れたからではとのこと。
今後も経過観察する必要はあるが、覚醒者であることに変わりはないし、LVが下がったりしたわけでもないから、普通に過ごしていいと彼はまとめた。
ピチョン、ピチョンと天井の鍾乳石から水滴が滴る、天然洞窟風の修行用異界第8層。
今まではシキガミと二人だけで探索していたこの異界を、召喚した悪魔も加えて三人で探索する。
いずれ二体目のシキガミを購入してパーティ人数を増やしたいと思ってはいたが、まさかこんな形で増えるとは思わなかった。
いや、別に不満があるわけでもないからいいのだが。
「その不満がないってのは、オレがオマエらの盾になるからって意味かよ、ええ?」
先頭を歩く邪龍が振り向くと、こちらに皮肉ってくる。
確かに彼がいるのは、矢面に立たされて最もダメージを受けるポジションだ。
拒否するほどでもないのだろうが、嫌がるのは理解できないでもない。
「いいじゃない。私とあんた、ご主人さまがどっちが傷つくのを嫌うかっていったら、一目瞭然でしょ?」
「少しは代われって言ってんだよ! 弱点突いてくる敵以外は、全部オレが痛い目見てんじぇねえか!」
悪魔の言うように盾要員が二人いるなら、消耗に合わせて適宜交代するのが常道だろう。
しかし嫁と見た目がキモい邪龍とでは、前者の方を無事に温存したいと思うのが人情という物ではなかろうか?
パーティの仲間ということもあって、気安くそう軽口を叩く。
「あー……まあ分からないでもないけどよ、少しぐらいは他の仲魔のことを気遣ってくれても良くねえか?」
そこで腹を立てて文句を連発してくるなら、こっちも割り切れるが、逆に理解を示されると罪悪感を感じてしまう。
まあ、さらに仲魔が増えたなら彼の負担を減らすことも「ご主人さま、ソナーに感あり。この先に2体いるよ」
シキガミの【エネミーソナー】に反応があったことでお喋りは止め、三人そろって警戒態勢に入る。
【アナライズ】を持っている彼女が邪龍の横に並んで進み、岩陰から通路の先を覗き見た。
「【アナライズ】完了、LV8【地霊】スダマが二体。両方とも【火炎弱点】で、【ジオ】を持ってるね」
「おっと、相手が【ジオ】持ちならオレは下がらせてもらうぜ。オマエが盾役やれよ」
【電撃弱点】の悪魔はそう言うと無数の手足で器用に後退し、シキガミをアゴでしゃくる。
彼女もそれが当たり前のことだからか、下がる悪魔に特に文句も言わない。
だが自分は彼女を傷つけたくないので、ようやく習得できたスキルを使用し、手早くかつ手堅く戦闘を終わらせようと思う。
「オッケー、それじゃあ先にご主人さまがお願いね」
自分は頷くと、岩陰から飛び出して一体の方に【麻痺針】を使用した射撃を行う。
不意を突かれたスダマは弾丸の直撃を食らうと、薄っぺらい体を地面に横たえ、ビクンビクンと震える。
もう一体のスダマはシキガミの【アギ】を受けて、燃える紙のように宙でヒラヒラと暴れ苦しむ。
そこに【ニードルショット】を撃ち込めば、スダマの生命力はもうゼロだ。
後は地面に倒れたままで抵抗できないもう一体を、邪龍が数回ひっかいて頭からかぶりつけば終わり。
いやはや、二人だけだった時と比べて、何とスムーズに戦闘が終わることか。
「いやー、それはやっぱご主人さまがスキルを習得したのが大きいでしょ」
シキガミがここぞとばかりに、自分をよいしょしてくるが、悪い気分はしない。
ペルソナ能力をほぼ失った自分だが、少し戦ったらその代わりと言わんばかりに、銃撃に関するスキルがいくつも生えてきた。
さらに、肉体の頑強さも通常の異能者と同程度になり、LV1にちょっとやそっと殴られたぐらいではビクともしなくなった。
以前の自分を知らない人間なら、ペルソナ能力があったなどとは、夢にも思わないだろう。
個人的には『最初からこうであってくれたらなあ』と思わないでもないが。
「そこは残念だったよね。最初っからこうだったら、今も私たちだけで異界探索できてたのに」
「そこはオレに出会えなくて残念っていう場面じゃないのかよ……」
ヤレヤレという感じで毒素の含まれてない息を吐き出すと、悪魔はまた先頭に立って歩きだす。
その背を眺めていたら、神主の言っていたことをふと思い出した。
この邪龍が自分から分離した精神の一部だというなら、元々自分にはこういう部分があったのだろうか?
だとしたらそれが別たれてしまった今の自分は、本当に前と同じ自分なのだろうか?
別にそのことが恐ろしいというわけではないが「オイ、サマナー」と不意に悪魔が目のない顔で振り向いた。
「言っておくがオレはオレだ、オマエじゃない。だが、契約で繋がっている。それを忘れるな」
『いきなりなに言ってんだこいつ?』という顔をシキガミがするが、悪魔は気にせず再び前を向いて進む。
邪龍のその言葉に、不安というほどでもない小さな気がかりが消え失せたのを感じた。