VTuberなんだけど百合営業することになった。   作:kattern@GCN文庫5/20新刊

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第12話 百合営業」じゃなくても、またコラボしてくれますか?(前編)

 グラスのオレンジジュースを飲み干すと時刻は20時を回っていた。

 

 厚いカーテンをよけて掃き出し窓から空を見上げる。

 東京はもうすっかり夜闇の中だった。

 

「遅くなったし、家まで送るわ」

 

 ずんだ先輩が言った。

 タクシーを呼ぶのだと思ったが「準備をするから、ちょっと待って」と彼女は続ける。そのまま、先輩はダイニングキッチンから殺風景な廊下に出て行った。

 

 残された私は「待て」という先輩の言いつけを愚直に守る。

 ただ、スマホを弄るくらいの自由は認めてもらいたかった。

 

 確認したのは自分のチャンネル。

 突発コラボの配信動画は既に10万再生に差し掛かろうとしていた。調べると、併走配信のハイライトを切り出した動画まで出回っている。

 

 たいした反響だ。

 

「ずんだ先輩とのコラボ、やっぱり需要があるんだな」

 

 気づくと私は笑っていた。

 あんなに「百合営業」を嫌っていたのに。

 もちろん、今もやるつもりはない。

 

 けど、これだけ数字が出るなら――と考えるのがVTuberの悲しい性だ。

 

 そんな私の気の緩みを狙ったように、ダイニングキッチンの扉が開く。

 

「おまたせ。それじゃ行きましょうか」

 

 帰ってきたずんだ先輩はぴちっとしたライダースーツに着替えていた。

 峰不二子(胸は除く)みたいな格好に口を開けて私は固まる。

 

 どういうことなの?

 

 放心する私の腕を引っ張ってずんだ先輩が歩きだす。

 向かうは家の玄関――。

 

「タクシーで帰るんじゃないんですか?」

 

「アンタね、自分が有名人だって自覚してる? 今やへたなアイドルより知られてるくせに、ほいほいタクシーなんて乗っちゃダメよ!」

 

「けど、東京で他にどうやって移動すれば?」

 

「ちょっとは頭を使いなさいよ」

 

 そう言って、玄関の横に置かれていたヘルメットをずんだ先輩は私に被せた。

 あごひもタイプ。萌えバイク漫画でヒロインが被ってそう。

 

 理解の追いつかない私の前で、ずんだ先輩が髪をくるりと巻いてお団子にする。

 手慣れたその様子からようやく私はこの先の展開を察した。

 

「もしかして、バイクで行くんですか?」

 

「そうよ」

 

「ずんだ先輩が、運転するんですか?」

 

「当たり前じゃない」

 

「免許持ってるんですか?」

 

「大型二輪。イメージ崩れるから配信じゃ言ってないけど」

 

「いや、割とイメージ通りです」

 

「あら、そう?」

 

「なんにしてもふたり乗りはダメですよ! 犯罪! 犯罪です!」

 

「失礼ね。条件を満たせばバイクのふたり乗りは合法よ」

 

「けど! けど!」

 

「ほら、さっさと行くわよ!」

 

 あわてふためく私のお尻を叩いてずんだ先輩が急かす。

 連れてきた時と同じように、彼女は私を家から強引に追い出した。

 

 部屋を出てそのままエレベーターに。

 1階のエントランスの横を抜け、例の中庭を臨む駐車場へと入る。

 高そうな外国車が並ぶ中、スカイブルーのレーシングバイクが置かれていた。

 

 たぶんも何もアレだろう。

 

「バイク、乗った経験はある?」

 

「じ、自動車教習所で!」

 

「それは原付。まぁ、なくて当然か」

 

「ど、どど、どうしたらいいでしょうか?」

 

「しっかり私のお腹に手を回して、しがみついてればいいから。あぁそれと、家の住所を教えて欲しいんだけれど?」

 

「いえ! 近くの駅で大丈夫です!」

 

「なんのためにバイク出すと思ってんの!」

 

 胸ポケットから出したスマホをずんだ先輩が私に渡す。表示されているのは地図アプリ。住所を入れろということだろう。

 展開についていけていない私をよそに、バイクに近づいたずんだ先輩が、シート下からフルフェイスのヘルメットを取り出した。

 

 重低音が駐車場に響く。

 

 エンジンのかかったバイクに跨がるずんだ先輩。

 フルフェイスマスクの下からじっと見つめる――やさしい視線に根負けして、私はしぶしぶ地図アプリに自宅の住所を入力した。

 

 胸ポケットにスマホをしまうとずんだ先輩がシートの後ろを叩く。

 そこには一人分のスペースが空いていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 夜の東京をずんだ先輩のバイクで駆けて私は自宅に帰宅した。

 

 ワイルドなずんだ先輩だ。

 その運転もきっと荒っぽいに違いない。

 なんて身構えていたのに――まさかの法定速度遵守の慎重運転。

 

 風を切ることもなければ、地面すれすれを脚がチップしそうになることもなく、私はとても丁重に自宅に送り届けられた。

 

 ちょっと複雑な気分。

 

「……ここがアンタの家?」

 

「そうです! すみません、わざわざ送っていただいて!」

 

「いや、別にそれはいいけど」

 

「そうだ! よかったら上がっていってください!」

 

「いや、それも別にいいけど」

 

 フルフェイスのヘルメットを外してずんだ先輩が私の住むアパートを仰ぎ見る。

 ブロック塀の前に停めたバイクに背中を預け、彼女は今日一番と言っていいほど難しい顔をして腕を組んだ。

 

 場所は杉並区阿佐ヶ谷。

 駅から徒歩15分。

 木造2階建築五十年アパート「コーポ八郷」。

 

 その2階。

 202号室が私の住居だ。

 

 コンクリートブロックの塀に囲まれた昭和の香りが色濃く残るアパート。

 間取りはワンルーム四畳半(キッチンスペースを除く)。トイレはあるがお風呂は別。「近くの銭湯をご利用ください」と、入居前に不動産屋さんから念を押された。

 

 ちなみに、家賃はこれで5万円。

 ちょっと強気な値段設定。おかげで私以外に住人は一人もいない。

 それが逆に配信業にはありがたくて入居を決めた物件だ。

 

 おかげで夜中に配信しても誰にも咎められない――。

 

「5万円で都内に住みながら配信できるんですよ! すごいと思いません⁉」

 

「思わない」

 

「なんで⁉」

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