VTuberなんだけど百合営業することになった。   作:kattern@GCN文庫5/20新刊

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第28話 VTuberの触れてはいけない部分(前編)

 ずんだ先輩と共演する機会はすぐやってきた。

 

「君たちが『百合営業』を拒むというなら、会社が君たちに『百合営業』をさせる。公式企画や、CM案件で、ガンガンコラボさせるから」

 

 と、うちの社長は私たちを「百合営業」させる気満々。

 今日もうみとすず先輩の「ネットラジオ」に、スペシャルゲストとしてふたりで呼ばれることになってしまった。

 

「こんばに! DStars3期生の川崎ばにらと!」

 

「おあよー! DStars特待生の青葉ずんだだよ!」

 

「うぉーっ! ばにらぁーっ! ついに来てくれたぁーっ! ずっとずっと、お前が来てくれるの待ってたぞぉーっ!」

 

「近いバニ! 暑苦しいバニ!」

 

 うみに抱きつかれ頬ずりされたかと思えばすず先輩に質問攻めにされる。

 前にやったレトロゲーム企画より、濃くて熱くてカロリーを使う収録。終わる頃には私とずんだ先輩は、すっかりとグロッキーになっていた。

 

 ちなみに、うみとすず先輩はこれから次週の収録だそうな。

 

「体力お化けだわ、あのふたり」

 

「ですね。私はトークについてくだけでせいいっぱいでした」

 

「「疲れたァ……!」」

 

 事務所5階の配信スタジオ。

 部屋から出ると壁にもたれてふたり同時に息を吐いた。

 

 黒のワンピースにカーディガン姿。いつもより気の抜けた格好のずんだ先輩。

 そんな彼女と視線が合えば、どちらともなく笑いだす。

 

 配信をやりきった満足感が籠もった笑い。

 それが自然に出たことがなんだことのほか嬉しかった。

 

「ちょっと、下の事務所で休んでいこっか」

 

「そうですね。もう、夜も遅いですし」

 

「そういや、今日は家までどうやって帰るつもり? タクシー? 電車?」

 

 腕時計を確認すると時刻は22時を回っている。

 事務所から御茶ノ水駅まで歩くのも、阿佐ヶ谷駅から自宅まで歩くのも、女の子が一人では怖い時間帯だ。

 

 ラジオの収録が終わるのを待ってうみと相乗りタクシーか。

 はたまたスタッフさんに送ってもらおうか。

 それとも――。

 

 ちらりと私はずんだ先輩の顔色をうかがう。

 

「……なに?」

 

「いえ、ずんだ先輩は、今日はどうやって来たのかなと思って」

 

「この服装見て分からない?」

 

「あぁ、そっか、確かに……」

 

「まぁ、更衣室でライダースーツから着替えたんだけれどね」

 

「なんで嘘ついたんですか⁉」

 

 完全にずんだ先輩にからかわれた。コラボ配信で弄られるのには慣れてきたけれど、まさか素の時にからかってくるだなんて。

 

 ひどいですよと抗議しながら私たちは4階へと階段を下りていく。

 ちょうど、Bちゃんが上の配信スタジオに行こうとしている所で、彼女と入れ替わる形で私たちは事務所へ入った。

 

 技術スタッフが残業をしている中を横切って休憩室へ。

 オフィスグリコでプリッツを1箱だけ購入する。自販機でオレンジジュースと炭酸水をそれぞれ買った私たちは、4人掛けのテーブルにはす向かいに座った。

 ペットボトルの蓋を開けて健全な乾杯をする。

 

 よく喋ったあとのオレンジジュースはやっぱり甘い。

 

 けど――。

 

「前にずんだ先輩の家で飲んだオレンジジュースの方がおいしいです」

 

「高かったからね。本当はミモザにして飲もうと思ってたの」

 

「ミモザ?」

 

「オレンジジュースのカクテルよ。スパークリングワインを割るの」

 

「飲んだことないです。私、炭酸飲めませんから」

 

「あぁ、そっか。そうだったね」

 

 箱に2袋入ったプリッツ。

 その一つを取り出して口を開く。背の方を裂いてテーブルの上へ。

 

 一本ずつ私たちはそれを手に取った。

 

 甘さで満たされた口の中に今度は塩気が満ちていく。

 幸せと罪の味がする夜のおやつタイムだった。

 

「そう言えば、アンタ、同期と突発コラボしたのね」

 

「あ、見てたんですか?」

 

「うん。アンタ負けすぎよ、腹筋大丈夫だった?」

 

「大丈夫じゃなかったです。次の日、笑うのも難しかったです」

 

「容赦ないね、あの――うさぎちゃん、だっけ?」

 

「名前、覚えてないんですか?」

 

「接点ないから。私ってばほら『氷の女王』だから。ゲームチームとゆきち、あとはうみくらいしか話す相手はいないんだ」

 

「じゃあ、私の名前は?」

 

「……なんだっけ?」

 

 もう一本、プリッツを手に取ってずんだ先輩が銀紙の上で踊らせる。

 平仮名で「ばにら」と書くと、彼女はその筆先を口の中へと放り込んだ。

 

 ずんだ先輩の小振りな唇が、木の枝のような焼き菓子をポリポリと折っていく。

 思わせぶりな仕草に同性相手にもかかわらず私の胸が高鳴った。

 

 ふと、名前で思い出す。

 

 彼女が「青葉ずんだ」になる前の「名前」のことを。

 

「あの、ずんだ先輩?」

 

「うん?」

 

「一つ、質問してもいいですか?」

 

「んー、ダメ」

 

「なんで! そこは良いって言う所でしょ!」

 

 半分ほど食べたプリッツを唇の端に咥えてずんだ先輩がいたずらに笑う。

 

「だって、私に何もメリットがないもの。教える義理なんてないわ」

 

「それは……その通りですね」

 

「そういうこと。相手に何かを期待するならそれなりの対価を自分も払わなくちゃ。でないと失礼でしょ?」

 

 3本目のプリッツにかかる前にずんだ先輩が炭酸水を口に含む。

 渇いた口を潤した彼女は、3本目のプリッツの先端を私の唇に向けて、くりくりと回してみせた。

 

 まるでトンボの目でも回すように。

 

「じゃあ、こうしましょう。私も貴方に質問させて」

 

「ずんだ先輩が、私に?」

 

「そう。お互いに聞きたいことを聞くなら、フェアでしょ?」

 

「……そうかもしれません」

 

 ずんだ先輩が回していたプリッツを止める。

 先端を私の唇に近づけると、彼女は少し強引に口の中にそれを滑りこませた。

 

 口内に侵入した焼き菓子をカリカリとかみ砕く。

 まるで、ずんだ先輩に餌づけされているような気分だ。

 

(あっ、もうすぐ食べ終る……)

 

 いつまで持っているつもりだろうと見守っていた彼女の指先が、私の唇にやさしく触れた。誰にも触れさせたことのないそこを、ずんだ先輩の細く白い指先がなぞる。

 冷たいその感触になぜか頬が火照った。

 

 満足そうに笑うずんだ先輩。

 彼女は手を引くと私の唇を撫でた指先をちろりと舐めた。

 指についた塩気をねぶるように。

 なんでもない感じに。

 

「先に、私から質問してもいいかしら?」

 

「……ど、どうぞ!」

 

「……ねぇ、どうしてゆきちとの『百合営業』を解消したの?」

 

 どこか挑発するようなずんだ先輩の顔つきが一瞬にして変わった。

 冷たく、そして真剣なものに。

 

 同じように私の頬からも火照りが消えた。

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