VTuberなんだけど百合営業することになった。   作:kattern@GCN文庫5/20新刊

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第35話 負けたら絶対許さないから(後編)

 耐久配信の終わりから半日ほど経って18時。

 私はずんだ先輩のアパートを訪れていた。

 

 うみとの耐久配信のあと「話があるから家に来て」と、ずんだ先輩に誘われたのだ。もちろん「午後からでいいから。ちゃんと寝てね」と、体調を気遣ってくれた。

 

 エレベーターの扉が開くと302号室の前にずんだ先輩が立っていた。

 長い髪をシュシュでまとめてデニムパンツにタンクトップ姿。

 彼女にしては珍しいラフな格好だ。

 

「……おはよ」

 

「お、おはようございます」

 

「とりあえず中に入って」

 

 その顔には昨日の夜に私を拒絶した影はない。

 彼女に導かれるままに私は302号室へ足を踏み入れた。

 

 きっとまた、ダイニングキッチンに通されるのだと思っていた。しかし、彼女が私を招き入れたのは、今まで入ったことがない部屋だった。

 

 彼女の私室兼寝室。

 

「……うわぁ、すごい」

 

「ひいちゃったかしら?」

 

「そんなことないです。素敵な、お部屋だと、思います」

 

 白と黒のモノトーンで統一された部屋。

 

 ローベッドとシルバーフレームの姿見。

 ガラス張りのローテーブルにビーズクッション。

 床には白と黒の水玉模様のカーペットが敷かれている。

 

 そんなカーペットの上にはぬいぐるみとクッションが転がっていた。

 全てDStarsがコラボしたクレーンゲームの景品だ。私のものもある。

 それだけではない。2段になったウォールシェルフの上には、DStarsのフィギュアがずらりと陳列されていた。

 

 クールさとオタク特有の濃さが混ざった部屋の空気に目を瞬かせる。

 苦笑いを浮かべると、ずんだ先輩はローベッドに腰掛けた。

 

「最初はね、集める気なんてなかったんだ。けど、この仕事を続けているうちに、目に入るとつい買っちゃうようになって」

 

「分かります。私も、置く所ないので、タンスにしまってますけれど。目についたらつい買っちゃっいますよね」

 

「私、ここまでVTuberなんて本気でやる気なかったのにね」

 

 ぽんぽんとずんだ先輩の手がベッドを叩く。

 彼女の隣。人一人分、余裕で空いたスペース。

 

 何を求められたのかなんて私でも分かった。

 

「き、汚いですよ。私が座っちゃ」

 

「そんなことないわよ。アンタは十分綺麗よ」

 

「変なお世辞言わないでくださいよ!」

 

「ほらっ! 観念しなさい! 先輩の言うことは絶対でしょ!」

 

 強引に私の手を掴んでずんだ先輩が私をベッドへと引きずり込んだ。

 ただ――思いのほか彼女の力が強く、隣に座るどころか押し倒す格好になった。

 

 控えめな彼女の胸に埋まった顔をゆっくり動かす。

 鼻先をおそるおそる上げるとやさしい笑みを浮かべる先輩と目が合った。

 言いわけをする隙も与えず、先輩に抱きしめられる。

 

「……捕まえた」

 

「……捕まえ、られちゃい、ました」

 

「昨日の話の続き、しよっか?」

 

 私を胸に抱いたまま、ずんだ先輩は「彼女の過去」を話してくれた。

 

 VTuberをはじめる前に女優をしていたこと。

 はじめての主演映画で、映画監督から肉体関係を迫られて拒絶したこと。

 次の日。彼女が暴言を吐いたというデマを流されたこと。

 

 デマを取り下げ主演映画を続けるために、もう一度その監督から肉体関係を迫られたこと。それを会社側が受けるようにと命令したこと。

 

 女優mimiという彼女の夢はそうして壊された。

 

 残されたのは契約違反による多額の借金。

 そして、デマにより社会的信用を失った何者でもない女の子。

 

「風俗か、アダルトビデオか、金持ちと結婚するか。所属していた事務所から迫られたわ。どれも嫌だった。だから一発逆転できる仕事を選んだ」

 

「……VTuber」

 

「1日で手にしたことのないような額を稼げる。私みたいに表社会に居場所を失った人間でもできる。なにより、また何かを演じることができるのが嬉しかった」

 

「でも、どうしてコラボを避けて……」

 

 言いかけて私は咄嗟に口を噤んだ。

 

 そんなの分かりきったことじゃないか。

 

 彼女は「青葉ずんだ」の正体が、女優の「mimi」だと誰にも知られたくなかった。また、心ないデマで「青葉ずんだ」を殺されるのが嫌だった。

 共演NGも、コラボNGも、企業案件NGも全て「青葉ずんだ」を守るため。

 だかこそ、私が正体に突き止めた時、彼女はあそこまで狼狽えたのだ。

 

「まぁ、社長とゲームチームには話してるけれどね。あとゆきちにも」

 

「うぇええぇっ⁉」

 

 という、わけでもなさそうだった。

 バツが悪そうにずんだ先輩が笑う。

 

「あそこらへんはほら、DStarsに入る前からのつき合いだから。私が苦しい時に、力になってくれた人たちだから信頼してる。だってさ、一ヶ月で100万円稼がなくちゃいけなかったのよ。無名のVTuberが、誰かの力を借りずに厳しい配信業の世界を駆け上がれるわけないじゃない。それはアンタも分かるでしょ」

 

「それは……確かに、そうですね」

 

「ゆきとすず、ぽめらにりんご。技術的な面では起業前の社長に助けられたわ。みんなのおかげで私は『青葉ずんだ』として生きる道を手に入れた」

 

「……そうだったんですか」

 

「すずと社長から『DStarsに入って!』と頼まれたら私は断れなかった。けれど、他のメンバーを信じる勇気をやっぱり持てなかったの」

 

「それで――『氷の女王』に?」

 

「誰が言い出したのか分からないけれどね。けど、それでいいと思ってた。もう借金は返し終えてた。あとはすずと社長への義理を果たすだけだから」

 

 けど、それじゃ済まなくなった。

 部屋の中にあふれるDStarsのグッズはゲームチームだけじゃない。

 私だけじゃない。

 

 そこには同じ事務所の全てのVTuberたちがいた。

 

「そしたらさ、気づいたら思っていた以上に熱くなってた。クールなフリして、真剣にVTuberしちゃってた」

 

「……ずんだ先輩」

 

「バカみたいでしょ?」

 

 私は黙って首を振った。

 彼女の背中に手を回す。

 

 ずっと孤独と戦ってきたずんだ先輩。

 世の中の悪意に身動きが取れなくなってしまった彼女の身体。

 砂糖菓子のような女の子を、私は砕くように強く抱きしめた。

 

 ずんだ先輩は黙って私の頬を撫でた。

 

「3期生が入った時になんとなく分かったんだ。この娘たちは何か違うって。きっとこの娘たちが、DStarsの中心になって引っ張って行くって」

 

「……そんなことないですよ」

 

「特にアンタ。ひと目見た時から気になってた」

 

「……私が?」

 

「オドオドとしていつも視線をうかがって、喋りかけたらどもって萎縮しちゃうし。こんな奴にVTuberなんてできるのかって。けど、マイクとカメラを前にした瞬間、まるで別人のようによどみなく喋りだす」

 

「それは、私がニコ生をやってたからで」

 

「それもあると思う。けど、アンタは最初から『川崎ばにら』を演じてた。自分がこれから演じるキャラクターになりきってた。演劇の世界にいたから分かる。アンタはきっと、この世界の誰よりも自分のキャラを愛してる。だからアンタが演じる『川崎ばにら』は、誰にも負けないVTuberになる――って」

 

「……意味、分かんないですよ」

 

「けど、事実そうなったでしょ?」

 

 私の頬を撫でながらずんだ先輩が目を閉じた。

 それで、彼女の話は終わり。

 

 彼女は「青葉ずんだの過去」を語り終えると私を抱いたまま身体を起こした。

 

「私の目に、狂いはなかったわ。アンタはトップVTuberになった」

 

「……どうなんですかね? まだ、分かんないですよ?」

 

「この、クソみたいな中身さえなければ、文句はないんだけどね」

 

「そんなぁ。ひどいバニです、ずんだ先輩」

 

「ばにらちゃん! 自分がトップVTuberだって自信を持って! ほら、併走配信で言ったでしょ! ここは頑張る所じゃないって! 本当に頑張る所はそこよ!」

 

「そこでその話に繋げるのは卑怯でしょバニ!」 

 

 つい「青葉ずんだ」と「川崎ばにら」になってはしゃぐ私たち。

 おかしくって、ほっとして、なんだか安心して。また、私は甘えるように先輩の身体を抱きしめた。

 

 今度はやさしく。包み込むように。

 そうやって、しばらく彼女の体温を私は感じた。

 彼女もまた私を感じてくれていたのかもしれない。

 

 すれ違った心が再び重なるのを感じながら、私は先輩との幸せな時間を楽しんだ。

 これがもし「百合営業」だというのならそれでもいい。

 今、腕に抱く人のことを、心から愛しく思った。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 ようやくお互いについて分かり合った二人。
 けど、まだ二人は「最高に画になる百合配信」をやっていない。

 それが何なのか、伏線から推理しつつ本作最後のコラボ配信をお待ちください!

 そして、面白いなと思った方は、どうか評価をお願いいたします。m(__)m
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