VTuberなんだけど百合営業することになった。   作:kattern@GCN文庫5/20新刊

45 / 805
第44話 DStars 夢のVTuberタッグバトル(後編)

 阿佐ヶ谷駅に着いたのは午前11時過ぎだった。

 

 運転手さんにお礼を言い、うみと近々コラボをする約束を交すと、阿佐ヶ谷駅前のロータリーに降りる。そのまま愛しのばにーらハウスに――すぐには戻らず、北口正面の商業ビル地下の『YORK FOODS』に入った。

 

 朝ご飯を食べる余裕がなかったのでここで調達。

 寝起きに優しいこんぶのおにぎりと、特売のペットボトル入りのお茶を買う。

 エコバックにそれを放り込むと、今度こそ家を目指して歩き出した。

 

 タクシー内で足を伸ばしたおかげだろう疲労感は言うほどない。

 

 ただ、まだまだ残暑の厳しい季節。

 歩いているだけなのに汗が止まらなかった。

 

「あ、そういえば、ネコのエサを買うの忘れてた……」

 

 ふと、ばにーらハウスの裏庭に住む、ノラ猫のご飯がないことに気がつく。

 三匹の顔を思い描き「どうしよう。猫のためにご飯を炊こうか。けど、夕食はカップ麺の気分なんだよなぁ……」なんて思い悩むうちに、私は自宅に到着した。

 

 阿佐ヶ谷駅から徒歩15分(不動産屋調べ)。

 光回線開通済み。個室トイレあり。お風呂なし。

 入居者一名のみ(VTuber)。

 

 木造2階建築五十年アパート「コーポ八郷」。

 

 鉄筋の階段をスニーカーで踏みならし、私は自室の202号室へと向かう。

 玄関の鍵を開けて部屋に入ると、靴を脱ぎながら台所の小窓を開けた。入り口正面の遮光カーテンを引くと、磨りガラスの窓を開いて部屋の中に風を通す。

 

 荷物を座卓に置き、私はその横のパソコンの電源を入れる。

 ボロアパートに場違いな高性能ゲーミングPCは、ボタンを押すとすぐに立ち上がり、Discordを液晶モニタに表示した。

 

 特に緊急のメッセージは来ていない。

 うーちゃんからの「ライブおつかれさま♪」のメッセージが地味に嬉しかった。

 

「さて、今日も今日とてトレンドチェックと参りましょうか……」

 

 誕生祭ライブの翌日ではあるが、短い枠で配信をしようとは思っている。

 何かあった時のためにと、Twitterでの配信告知こそしていないが――この調子なら、夕方から夜にかけて配信できそうだ。

 

 登録チャンネルの新着動画を流し見して傾向を確認する。

 すると、美月さん――ずんだ先輩のチャンネルに「りんずんオフコラボデート♥」というサムネイルを見つけ、また胸が痛んだ。

 

 どうやら今日のデートをネタにするらしい。

 

「別に、私を連れて行ってくれてもいいのに……」

 

 ビジネス百合の「ずんばに」に、燃料を投下してどうするんだ。

 無意識の自分の発言に、私はうんざりとした気分になる。

 

 私と美月さんの百合はあくまでビジネス。

 会社から言われて仕方なくやっている。

 

 だからオフコラボデートもしないし、お泊まりしない。旅行配信もしない。

 やったらやったで、良い数字が出るのは分かっているけど――。

 

「ライブ終わって疲れてるんだから、今日は休めばいいのに。ほんと美月さんて、タフだなぁ。やっぱり元芸能人だけあって、私たちとは基礎体力が違うのかも……」

 

 前に「アンタもジム通って身体を鍛えなさい!」と言われたのを私は思い出す。

 

 ジムでコラボ配信なんて、斬新で面白いかもしれない。

 ちょっとエッチな声が入ってもセンシティブにならなさそうだし。

 

 ぼんやりと私は美月さんとのトレーニング配信を妄想する。

 すると、エコバックと共に座卓に置いた手提げ鞄でスマホが鳴った。

 この着信音はDiscordじゃない。

 

 あわてて鞄からスマホを引きずり出す。

 スマホにはLINEの通話画面と『美月さん』の文字が表示されている。

 すぐに「通話」のボタンをタップして、耳にスマホを押し当てた。

 

 はたして私の耳に聞こえたのは――。

 

「もしもし、美月さんですか? どうしました?」

 

『ハローハロー! 僕だよばにらちゃん、元気ぃー?』

 

 通知された人物とは別人の声だった。

 頭がついていけず、液晶モニタを眺めてぽかんとする私。

 

 そんな私の耳元で――泥棒ネコが愉快に笑う。

 

『ずんさんがスマホのロック外したままおトイレに行っちゃって。あ、そうだ。今、ずんさんたちとレストランでご飯食べてる最中なんだ。ここ、オムライスがとっても美味しいんだよ。今度、ばにらちゃんも一緒に食べようよ』

 

「なんの用ですかりんご先輩」

 

『用って? 用がないと電話しちゃダメ?』

 

「ていうか、それずんだ先輩のスマホですよね! 勝手に弄っていいんですか⁉」

 

「いいよ~。僕とズンさんの仲だもの~、笑って許してくれるって~」

 

 電話をかけてきたのはりんご先輩だった。

 

 というか、よくかけてこれたな?

 私、LINEのIDは本名で登録しているのに。

 

 本当に勘の鋭い人だ。

 

「それでさぁ、ばにらちゃんの大事な美月さんのことなんだけれど?」

 

「……ッ!」

 

 そしてどうやら、私たちが本名でやりとりしているのも勘づいたらしい。

 

 そりゃそうだ。

 電話に出るときに私が「美月さん」って呼んだんだから。

 

 美月さんとの浅はかならぬ関係がバレたことに私は焦る。

 そんな私と裏腹、りんご先輩はマイペースに話を進める。

 まるで彼女の配信のような口ぶりで――。

 

「今日さ、どうしても配信するって、ずんさんが聞かないんだよね。ライブの後で、疲れているハズなのに、無茶しようとしてる。僕も、『デート報告はまた今度にしようよ』って言ってるんだけど、聞いてくれなくて」

 

「へぇ、そうなんですか、幸せそうでよかったですね(棒)」

 

「ぜんぜん! そんなんじゃないって! こっちは本気で困ってるんだよ~!」

 

「それで、美月さんのスマホを使って私に電話までかけてきて、いったい何をしたいんです? 私から美月さんに配信するのを止めるように言えと? 美月さんが素直に、私の話を聞くと思います?」

 

「思わないねぇ。そもそも、ばにらちゃんてば交渉が下手くそだし」

 

「そうですね。今も話しててイライラしてます」

 

 りんご先輩が美月さんを心配しているのは分かった。

 私も、正直に言って同じ気持ちだ。

 

 ライブの後くらい、ゆっくり休んでいただきたい。

 

 ライブに来てくれたファンと交流したい気持ちも分かる。

 けど、無理をしてまですることじゃない。

 ファンだって心配してしまう。

 

 美月さんは配信にストイックすぎる。

 そこが良い所でもあるが、行きすぎたらやはり周りが止めてあげないと。

 

 先に言った通り、私にはできないけれど。

 

「でさ。ずんさんの配信を止める方法を、僕も考えてみたんだよ」

 

「あるんですか、そんな方法が?」

 

「あるある。ずばり――『デート報告配信』より、重要な配信の予定があればいいんだよ。そしたら、ずんさん真面目だから、素直に休んでくれると思うんだよね」

 

 それはつまり――。

 

「コラボ配信をしろってことですか?」

 

「そういうこと!」

 

 りんご先輩プレゼンツ『ずんばに百合営業』。

 それをしろという脅しだった。

 

 断わる理由はない。

 彼女の思い通りに動くのは癪だ。

 けど、それで美月さんが休んでくれるなら、私のプライドなんて安いものだ。

 

「……構いませんよ。いつにします。明日、それとも、明後日」

 

 だから、私はうっかり約束していたしまった。

 そしてまんまとハメられた。

 

「明後日かな。それなら僕も都合がいいし」

 

「……僕?」

 

 

「うん、僕とずんさん、ばにらちゃんとうみちゃん! 四人でコラボしよう! 初代大乱闘スマッシュブラザーズで――チーム対決だ!」

 

 

 美月さんとのコラボではなく、りんご先輩とのコラボの約束を。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 泥棒猫『津軽りんご』に翻弄されっぱなしのばにら。

 まさかタイマンコラボではなくグループコラボのお誘いとは。本当に、人を転がすのが上手い。こんな先輩にはたしてコミュ障のばにらは敵うのか――。

 

 はやくも直接対決、四人の『初代スマブラ対決』が気になる方は、ぜひぜひ評価のほどよろしくお願いいたします。m(__)m

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。