隻腕の狼、ダートに駆ける。【SEKIRO×ウマ娘】   作:hynobius

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序:葦名の新星
1.


 一面の山であった。険しい緑がまずあって、その隙間にしがみつくようにして家々がある。深い谷に沿って橋と隧道(トンネル)が辛うじて鉄路を繋ぎ、狭い隙間たちの中では一番()()なところに駅と建物とが居並ぶ。視野のほとんどを埋めている緑は短い夏が過ぎれば灰茶けた姿に変わり、そしてすぐに真白い景色に埋もれていくことになる。数百年前と比べれば人の領域は僅かに増えたものの、変わらない葦名の姿であった。

 

 聳え立つ石垣の上、簡素な東屋上の展望台から男が一人、それを見下ろしていた。国指定史跡・葦名城跡、その天守跡。かつて威容を誇った天守建造物は内府の襲来と維新の動乱の二度にわたって打ち壊され、彼が眺めるこの景色も随分と低い場所からのものとなってしまった。申し訳程度のベンチと展望台が設置された、公園という名の只の草地の中で、男は……葦名弦一郎は溜息を漏らした。

 

 かつて、弦一郎はこの城の主であった。故国葦名の滅びを逃れるために足掻き、足掻いたその果てに死を迎えたのだ。何故か再びの生を得た時、弦一郎はそれ自体にさほどの驚きを持たなかった。竜胤の不死に黄泉帰りと、かつての葦名は不可思議に事欠かなかったためだ。むしろこの奇貨を如何に扱うかなどと考えている程であった。

 

 しかし、常人であればようやく物心がつく程度に育った彼を待っていたのは困惑であった。前世(かつて)と同じ土地、全く異なる時代。それだけならばまだよい。史書を漁っても、己の名前どころか祖父の名前すら見当たらないのもまだいい。近しい人々が悉く前世と酷似しているのも、誰も彼と同じ記憶を持っていないというのも、仕方のないことだ。彼を困惑させたのは、それ以上に世界の常識が全く異なっていることだった。

 

「おい」

 いつの間に現れたのか。僅かな足音も立てぬまま、一人の少女が弦一郎の背後に佇んでいた。年相応以上に低めの上背に、後ろでくくっただけの簡素な髪形。骨を組み合わせたような奇妙な外観の左腕。そして愛想の無い仏頂面を備えた彼女は、頭上で己の()()()を揺らしながら弦一郎に話しかけていた。

 

 彼女こそ、この世界が葦名弦一郎にとって異世界であることの証左たる『ウマ娘』。人に似通った姿に馬の耳と尾を持ち、常人では及びもつかない脚力をもって駆ける、女性のみの異種族。前世では四つ足の獣である『馬』の占めていた地位に、人によく似た生き物がなり替わっているという異常。

 ……ましてや、かつての敵が()()となっているなどとは。

 

「終わったか、()()()

「ああ」

「ならストレッチをしておけ。明日のレースもある。今日はこれで終いだ」

「分かった」

 

 言葉少なに告げた少女こそ、前世で弦一郎の望みを幾度も打ち砕いた怨敵、竜胤の御子の忍びであった狼。現世(いま)の名前はセキロ。現在9戦9勝、葦名ウマ娘レースに現れた、新進気鋭の競走ウマ娘である。

 

 

 

『まもなく本日のメインレース、第9レース、うずくも賞A1の発走です――』

 場内のやや古びたスピーカーから流れる実況を聴きながら、狼は目を開けた。パドックを終えたウマ娘達がゲートの後方で枠入りを待っている。今日もスタンドの人影はまばらだが、以前と比べれば僅かに増えたように思える。思い思いのウマ娘の名や頑張れ、勝てなどの声援が流れてくる中に、セキロの名を呼ぶものもあった。

 長さは1200m、コースをほぼ1周する長さ。天候は曇りがちだが足元の砂は乾いた良馬場。枠はフルゲート12人立ての5番、中ほどで有利不利は薄い。警戒に値する強敵、無し。これから走るレースの概要を再確認した狼は、さり、と音を立てる砂を踏みしめて、係員に促されながらゲートへと入る。ゲート内では左右の視界が遮られ、正面に聳える葦名城跡が嫌でも目に入った。

 

 果たして、何故己はこのような姿でこの場所に立っているのか。それも、かつての仇敵をトレーナーなどと仰ぎながら。そんな狼の胸中など斟酌するはずもなく、スターターが合図を構えた。

『ゲートイン完了、全ウマ娘態勢整って……スタートしました!』

 

 刹那、狼は他の誰よりも早くゲートを飛び出していた。直前までの思索は全て置き捨てて、即座に戦闘時に近い精神状態へと己を鎮める。素早い足捌きは忍びとしての必須技能、全く新しい身体であってもそれは健在である。スッと先行した狼はしかし、外から切れ込んできたウマ娘に軽く先を譲った。前とは1バ身程離した2番手に息をひそめた狼を警戒してか、ペースはやや早く流れる。限界近くで飛ばす先頭を狼は呼吸も乱さず追走。隊列は大きく動かないまま最終コーナーへと飛び込んだ。

 

 良馬場の軽い砂がコーナーを回ろうとするウマ娘たちの足を奪う。僅かに体幹を揺らがせた先頭のウマ娘を目の端で捉えながら、やや外目につけた狼の足捌きが変わった。直線の立ち上がり、さながら浮舟を渡るが如き足取りでするりと抜け出した狼は悠々とスタンド前を駆け抜ける。少ないながらも熱を帯びた観客の声を背中に受け、狼はそのまま他を寄せ付けず、危なげない距離を保ってゴール板を駆け抜けた。

 

『――5番セキロ圧勝ゴールイン!デビュー以来破竹の10連勝、誰もこの娘を止められないのか!』

 常にないほどの興奮を見せる実況に呼応するように、スタンドからも歓声が上がった。葦名の上位クラスで抜けた力を見せるようなウマ娘は、ほとんどが中央からの移籍組だ。更に言えば、余りに勝つウマ娘は早々に中央なり、別の地方レースなりに去ってしまうことも多い。そんな中で現れたセキロというウマ娘は、彼らにしてみれば久々の地元の星といったところ。応援に熱が入るのも無理からぬところだ。

 しかし、それを受けた狼の方は表情の一つも緩めることはなかった。2着や3着の娘たちが観客に手を振り返す中、狼は一人コースを後にする。

 

「まだ余力はあるか」

「ああ」

「脚には異常あるまいな」

「ああ」

「ならばよい。まだ次もある」

 

 控室への道中で現れた弦一郎に、狼は眉間の皴を微かに深くしながら端的に過ぎる言葉を交わした。トレーナーと呼んではいるが、必要以上に馴れ合うつもりもない、というのが態度に現れている。生来の気質でもあるが。――見ての通り、この二人は一般的なトレーナーとウマ娘に見られるような関係ではなかった。本能的に走りたいと願うウマ娘と、己が手でウマ娘を育てたいという夢を持つトレーナーとが出会ったわけではない。

 狼が、セキロが走ることを望んでいるのは弦一郎の側だけだ。そして、弦一郎の側も、セキロが勝つことそのものを望んでいるわけではなかった。この歪な関係を生み出しているのも、前世より続く因縁に他ならない。

 

「客の入りは前年より明らかに好転した。だが、見ての通りまだ足りぬ」

「ああ。次も勝てというのだろう」

「分かっているならば良い。約定通り走る限り、御子の処遇は保証される」

 

 弦一郎は、黙り込む狼の額を軽く指で突いた。

「それと。その仏頂面はなしだ。この後はライブもある。そもそもレース後、観客に愛想の一つも見せんというのも問題だ。多少は客受けの良い振舞いを覚えたらどうだ」

「……努力する」

 

 眉間の皴は、深くなるばかりだった。

 

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