隻腕の狼、ダートに駆ける。【SEKIRO×ウマ娘】   作:hynobius

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ヒロイン集合回。


9.

 レースまでの短い時間は飛ぶように過ぎてゆく。普段より長い休養に加え、更に密度を増したトレーニングはあっという間に残り時間を食いつくして、気が付けば次なる舞台、葦名グランプリは目前に迫っていた。

 

 残り僅か4日。レースに向けたコンディション調整の為、全力を使い切るトレーニングは明日が最後となる。所謂追い切りと呼ばれるものだ。予定より早い時間ながら、この日も十二分に身体を追い込み終わった狼は家の門を潜る。ふと、馴染みのない音が狼の耳を叩いた。

 九郎と使用人。それに加えて、子供が二人。九郎と同じ年頃の一人と、それよりはいくらか年上の一人。そして、最後に大男が一人。狼は、やや警戒しながら歩みを進め、玄関戸を引き開ける。廊下を歩んでくるのは、大男の気配だ。すぐ動けるように、靴を脱がないまま待ち構える。

 

 果たして。ぱちり、と電気がつけられた玄関に現れたのは、随分と懐かしい顔であった。

「……小太郎か」

「あれ?セキロさんだ。おら、前に会ったことあったっけなあ?」

「……いや、初めてだ」

 懐かしい、というのは狼だけの話だ。仙峯寺の道中で途方に暮れていた彼に出会ったのは、前世の話。今世ではまだ、顔を合わせたこともない。しばらくうんうんと首を捻っていた小太郎であったが、納得したのか忘れることにしたのか、緩慢な動きで台所の方を向き大声で呼ばわる。

「おおい、九郎さん、お姉さんが帰ってこられましたよう」

 

 ばたばたと騒がしい音がする。どうも残りは全員台所に集まっているらしく、なにやら話し合う声が聞こえたと思えば、小さな足で廊下を鳴らしながら九郎が顔を見せた。

「良く帰った、セキロ!その、少しだけ居間で待っていてくれぬか?少しだけ、な?」

 それだけ言うとまたぱたぱたと足音を響かせて台所へと戻ってしまう。首をかしげながらも、狼は居間に移って待つことにした。

 

「いやあ、九郎さんのお姉さんって、セキロさんだったんだなあ」

 狼と九郎の関係は、他人に説明するにはいささかややこしいため、対外的には姉弟で通すことが多い。小太郎もそう聞いていたらしかった。そこには特段不思議はない。謎は、何故小太郎がここにいるのか、ということだった。

 しかし、その疑問はすぐに狼の脳裏から吹き飛ぶこととなった。襖を引き開けて、もう一人の来訪者が顔を見せたからである。やはり懐かしい姿のその人物は、狼の姿を認めるや否や、特大の衝撃を投げてきた。

「お邪魔しております。久しぶりですね、()()()()()よ」

「……変若の、御子」

 艶やかな黒髪を靡かせた少女。年の頃は、今世で言うところの中学生ほどであろうか。かつて仙峯寺の奥の院に座していた、変若の御子であった。

「やはり、貴方は覚えているのですね。……小太郎さん、貴方は、台所の方を見てきてくれますか?家政婦さんが見てくれてはいますが、やはり一人では不安ですから」

 涼やかな顔に笑みを浮かべて、変若の御子は小太郎にそう告げる。素直に頷いて台所に向かう小太郎を見送って、狼はようやく口を開いた。

「何故、ここに」

「弟が呼ばれまして、その付き添いで参りました。九郎君には、随分と仲良くしてもらっているようです」

「弟、か」

「……ええ。此度はみな、ちゃんと育ってくれています」

 

 今世で変若の御子が身を寄せているのは、所謂児童養護施設であるらしい。かつては長じることの出来なかった、多くの御子達。彼らもまた、同じ施設の()()として暮らしているそうだ。小太郎も、その職員の一人であるらしい。

「仙峯寺の上人様も、本当に良くしてくださっています。不死(しなず)に取り憑かれていた時のことなど、まるで嘘のようで」

 仙峯寺が、施設に支援をしているのだという。前世では不死の探求に囚われた狂気の巣窟も、今世では志篤いただの宗教施設であるらしかった。

 ふと、かつて経文を渡した時の、熱を孕んだ言葉が思い浮かぶ。

「憎くは、ないのか」

「今は、もう。今のあの方たちが、何をしたというわけではありませんから」

「……そうか」

 そう言いつつも、きっと完全に呑み込めたわけではないのだろう。色々なものが綯交ぜになって、御子の面に浮かんでいる。

「それに……随分と長く旅をしました。あの寺であったことも、遠く昔の事になってしまって。今は、ただみなに逢えて嬉しいと思うばかりです」

 旅。変若の御子はそう言ったが、狼の知る限り、変若の御子が奥の院を離れたことはない。偽りの竜胤、それを秘匿せねばならない故に。或いは、己の死んだ後の話であろうか。

「旅、とは」

「ああ……それは、覚えておられぬのですね」

 忘れて下さい、と言って目を伏せる御子の顔には、先程よりも色濃い寂寥の色が滲んでいた。

 

 

 

 やや気まずい沈黙を破ったのは、四人分の足音であった。元気よく進んでくる一人と、それに追随する一人。遅れてくる大きな足音は小太郎、その後ろは使用人のものであろう。

「待たせたな、セキロ!」

 襖を元気よく引き開けたのは九郎だった。その後ろから、やや遠慮がちに幼い顔が覗く。彼が変若の御子の言う弟だろう。人見知りの気があるのか、狼と視線を合わせたかと思うと耳を赤くしてそっぽを向いてしまう。そんな彼の様子に苦笑しつつ、九郎は持ってきた大皿を机の上に突き出した。鼻に届く甘い、懐かしい匂い。

 

「……これは」

「おはぎじゃ!色々と手伝ってもらってな。さあ、食うてみよ」

 促されるままに、一つを手に取り頬張る。

「……うまい」

 思わず溢れた言葉に、九郎は満面の笑みを浮かべる。変若の御子もその弟も、小太郎も使用人も、皆くすりと笑みを溢した。

「さあ、どんどん食べていいぞ。セキロの分はまだ四つある。なにせウマ娘だからな」

「私たちの分もありますから、遠慮なく」

「セキロさん、お茶もどうぞ。おらも、さっそくもらうよ」

 「……ありがたく」

 二つ、三つと口に放り込めば、十分に腹を空かせたウマ娘の胃は容易くそれを飲み込んでいく。周りの皆もそれぞれ一つずつ——小太郎は二つ手に取ると、お茶と共に舌を楽しませた。

 

「九郎君を労ってあげて下さいね。貴方が頑張っているからと、張り切って作っていましたから」

 小声で変若の御子が囁く。聞こえていたのか、小太郎もうんうんと大きく頷いた。

「本当に、九郎さんは優しい、いい子だなあ」

「ああ」

 短く肯定した狼の顔を見て、変若の御子と小太郎は小さく吹き出す。

「……どうした」

「ふふ、なんでもありません」

 狼の訝しげな視線を御子は軽く受け流す。……狼の目元が、見たことがないほどに柔らかかったなどと、口に出すだけ野暮であろう。

 

 

 

「では、そろそろお暇しましょうか。ああ、迎えはお願いしていますから大丈夫ですよ」

「では、門までは送ろう」

 申し出て、狼は変若の御子達と共に玄関戸を潜る。暗い前庭を歩きながら、変若の御子が口を開いた。

「ふふ。私のお米は、美味しゅうございましたか?」

「私の、だと。だが、あのお米は」

 かつて、変若の御子が狼に授けたお米。あれは、偽りの竜胤の力により生み出されたものであったはずだ。どう言うことか、と問う狼の視線に、御子はくすりと笑う。

「ええ。ただのお米です。私が、この手で作ったのですよ」

 そういってひらりと振って見せた手は、門灯の元でよく見れば少しばかりかさつき、ひび割れていた。偽りの不死であった頃の、常に(すべ)らかであった手とは違う。変若の御子は、その手を愛おしげに胸に引き寄せた。

「みなで、近くの農家さんを手伝わせてもらってるんだ。それで、お米をいくらか分けてもらう」

「お米は大事、ですから。本物も、自分で作ってみたかったのです」

「そうか。……とても、甘かった。礼を言う」

「ありがとうございます。セキロさんも、レース、頑張ってくださいね」

 微笑んで、変若の御子が言う。

「うん、おらも応援するよ」

 丸い顔一面に屈託のない笑みを浮かべて、小太郎が言う。

「あの、僕も、ずっと応援してます」

 はにかみながら、御子の弟が言う。

「ああ。きっと、勝つ」

 そう、言葉少なに約して。狼は、三人を乗せた車を見送った。

 

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