隻腕の狼、ダートに駆ける。【SEKIRO×ウマ娘】   作:hynobius

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 いっけなーい!遅刻遅刻!あたし、アグネスデジタル!トレセン学園に通う、どこにでもいる至って普通のウマ娘!でもある時ひょんなことから、遠く離れた葦名レース場でのレースに出ることになっちゃって……?あたし、どうなっちゃうの~!?次回、葦名グランプリ!お楽しみに!

「なんて!言ってる場合じゃ!ない!!!」

「おっ戻ってきたな、デジタル」

 嘘だらけの次回予告はさておき、あたしの名前はアグネスデジタル。中央トレセン学園所属のウマ娘で、今は葦名レース場で行われるJpnⅡのダートグレード競走、葦名グランプリのパドックを待っているところです。今回のレースは南部杯マイルチャンピオンシップに向けた叩きではありますが、とんでもない強敵が出走してくる油断ならないレースでもあります。

 

 まあ、出走を希望したのはあたし自身なんですけどね……。全てのウマ娘ちゃんLOVE!なあたしですが、その中でもイチ推しの()とかCP(カップリング)とかもいるわけでして。会いたい、見たい、吸いたい、その他諸々の欲望の赴くままに出走するレースを選んでいるわけです。そして走るからには勝つ……つまり、負かす覚悟もして来たつもりだったのですが。

 

「やっぱり本物を前に耐えられる気がしません!」

「大丈夫、イメージトレーニングだって十分にやったじゃないか」

「うう~……イメトレとは全然違いますよ!まさか……まさかこんなことになるなんて思わないじゃないですかあ」

「そうは言っても抽選だからどうしようもないしなあ。どのみち走ってればいつかは来る事態だったと思って諦めよう」

 トレーナーさんはあっさりとそんなことを言って手元に視線を落とします。そこにあるのは今回のレースに関する資料たち。コースやレース相手の特徴に過去のレースデータ等々、トレーナーさんが纏めてくれた諸々が書き込まれています。その中には当然、昨日発表されたレースの枠順も入っていて。

 

 7枠10番、オニカゲさん。

 8枠12番、セキロちゃん。

 

 そして――8枠11番、アグネスデジタル。

 

「あたしがッ……百合の間に挟まる男になってしまうなんてッ……!」

「いや、男じゃないでしょ」

「あのー、アグネスデジタルさんそろそろご準備を」

「はい……今行きましゅ……」

 くすん。……それでも走りたいなんて、あたしはなんて業の深いオタクなんでしょうか。

 

 

 

 アグネスデジタル。昨年のマイルチャンピオンシップを制した芝レースのGⅠウマ娘であり、ダートレースにおいても既にダートグレード競走を三度も勝利した、類稀なる強者である。あるのだが。

「オマエがアグネスデジタルだな!楽しみにしていたぞ、今日はいい勝負にしよう!」

「ここここちらこそ!もうこの右手洗えませぇん……」

 事前に弦一郎から最大の警戒対象として伝えられていたそのウマ娘は、目の前でオニカゲに握手を求められ蕩けていた。前走のパドックでも、似たような光景を見たな、と狼は思い返す。もっとも、その時彼女は観客席側にいたのだが。

 セキロとさして変わらない矮躯に、細い手足。物腰の落ち着きのなさも相俟って、とても強豪と呼ぶにふさわしいウマ娘には、外見上思えない。だが、弦一郎が伝手を頼って手に入れた映像には、他のウマ娘を走りで圧倒する彼女の姿があった。侮ってよい相手では、到底ない。

 

 ではな、と手を振って、オニカゲがステージ上へお披露目に向かう。その背を見送ったアグネスデジタルが、不意に狼の方を振り向いた。ほぼ同じ高さの、訝し気な視線が真正面でぶつかる。どうも、じっと見すぎていたらしい。しばらくそのままでいると、口を何度かわたわたと開閉させたのちに、顔を真っ赤に染めたデジタルが会話の口火を切った。

「ええと、あたしになにか御用でしょうか……?」

「いや。そういうわけではない」

「あっしゅみません……」

 しゅん、と擬音が聞こえるほどに落ち込んだ様子のアグネスデジタル。狼も、流石に今の答えは不味かったと悟る。咄嗟に言葉を脳内で探り、ようやく探り当てたそれを口に出す。

「お主のレースを見た。強いと、思った」

 些か唐突な切り出しに目を白黒させているデジタルに、狼は不器用に言葉を重ねる。

「今日はいいレースにしよう」

「ふぐっ……優しいぃ……」

 狼が差し出した右手を前に、胸を抑えて呻くデジタル。その背を、いつの間にかお披露目を終えて帰ってきていたオニカゲが叩く。

「おい、オマエの番だぞデジタル。しゃんとしな」

「あはい、行ってきます」

 その前に、とアグネスデジタルは左手を差し出す。何故、と戸惑う狼であったが、隣で苦笑するオニカゲを見て理由を察した。そう言えば、先ほどの握手は右手だったか。少しだけ躊躇って、左手を差し出す。レース時や公開練習時には、常に長手袋で覆われた左手を。

 慣れぬであろう硬い感触に、一瞬戸惑いを見せたアグネスデジタルは、しかし何も言うことなくステージへと向かっていった。

 

 

 

 パドックを終えて、出走間近。狼は一番最後にバ場に入り、足元を確かめた。田んぼと俗称されるほどの不良バ場でこそないが、じっとりと降り続いた雨が散々にコースに浸み込んでいる。アナウンスで流れた直前のバ場状態は重。コース整備担当職員の奮闘も虚しく、コース内側は中々に荒れ切っていた。

 今日のレースは1800m。スタート地点は向こう正面、カーブまでほど近い地点のため、狼を含む三人が配された外枠は不利になりやすい。直線の短い葦名レース場では基本的には先行有利。アグネスデジタルはマイルチャンピオンシップこそ大追い込みで制したが、基本的には先行策を得意とする優等生型だ。ハナを叩くであろう逃げウマ娘は別にいるが、外の三人が揃って先団にとりつこうとする以上、スタート直後の激しい先行争いが予想された。

 返しウマで軽く脚のコンディションを確かめて、ちらりとスタンドを見やる。こちらに手を振る小さな影。九郎だ。今日は学校も休みのため、こうして見に来ている。期待に輝いているその瞳を一度見返して、狼は向こう正面へと向かった。

 大丈夫だ。状態は良好。この日のための備えもある。一心に伝えられた葦名流、その出番は間近に迫っていた。

 

『各ウマ娘、ゲート入りが進んでいます——』

 さて。この後に起こったことについて、原因は幾つかある。まず、オニカゲとセキロは同じレースを走っており、共に練習したこともある。ある程度は互いを知った仲であり、より警戒すべきは未知であるアグネスデジタルだった。故に、ここまで二人の注目はもっぱらアグネスデジタルに向かっている。それらを受けながらも意識を飛ばさぬよう、アグネスデジタルが既に必死に奮闘していたこと。ゲートに入るその時まで、オニカゲとセキロの二人がデジタルの前で言葉を交わしていなかったこと。そして、三人がゲート入りを済ませてから僅かの間、ゲート入りを渋った娘がいたこと。これら全てが揃って、とある状況が生まれてしまった。

 

 ゲート入りからスタートまで、いつもより少し長い空白が生じた。その空いた間に、オニカゲとセキロ、二人の視線がゲートの金網越しに衝突した。頭上で交錯したそれに、アグネスデジタルは目敏く気づいた。気づいてしまった。そして悲しきオタクの性はそこに、ありとあらゆる意味(ぶんみゃく)を見出してしまった。

 

「――あっ」

 

 

 

尊死。

 

 

 

「なにっ?」

「……なんだと」

 

『——スタートしました!揃って、いやこれは11番、アグネスデジタル大きく出遅れた——!』

 




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