隻腕の狼、ダートに駆ける。【SEKIRO×ウマ娘】   作:hynobius

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急:SHADOWS DIE TWICE
19.


『――番ホームに電車が参ります。黄色い線までお下がりください――』

 ごった返した、とまでは行かずとも、気を抜いて歩けば人に当たる程度には賑わったホームを、小柄な少年が大きなキャリーケースを引きずって歩いていた。親らしき大人の姿はない。通りすがる人々から好奇と心配とが等量で配合された視線を受けつつ、少年――九郎はメモ書きを頼りに駅構内を横断していく。次に乗るのは35分後に来る新幹線だ。中途半端な時間を潰すべく目に付いた適当な椅子に腰かけ、ペットボトルの茶を一口飲む。行きかう人の数も、其処此処の掲示物たちも、電光掲示板の大きさも、生まれて初めて……否、()()()()()を含めても、初めて葦名の外に出た九郎にとっては物珍しいものだった。

 

 

 

 自分の胸に滑り込んだ刃の熱さを、今も憶えている。黒の不死斬り。諸刃造りの異形の刀を、炎を湛えた義手で握りしめた狼が真っ先に行ったのは、目の前の人間の小さな胸にそれを突き立てることであった。痛みは無かった。己をただの死体として見下ろす瞳に、ただ何故、と疑問を浮かべて、九郎の生はそこで一度終わった。葦名の地から、一歩も踏み出すことのないまま。

 修羅、という存在については聞き及んでいた。一心とエマから断片的に伝えられた、人斬りの愉悦に心囚われた存在。狼が、そのようなものに堕ち果てたなどとは、エマが、一心が、そしてそれを命じたはずの梟までもが斬り殺されて尚、九郎は認められなかった。認められたのは結局、新たな生を享けて暫くしてからのことであった。

 何故?

 己の死に際に浮かべた思いを、九郎は嘲う。そんなものは決まっている。(わたし)が、そう望んだからだ。命じたからだ。主を取り戻せ。不死を断て。そのために殺せと。そう命じたからだ。

 狼は忍びだ。主に従うが定めの存在だ。己が命じたままに、一体何人を殺したろうか。すべて、自分の所為なのだ。竜胤などに果たしてどれほどの責を負わせられようか。あの夜、呪いに囚うことを知りながら契りを結んだのは、紛れもなく己の意思なのだから。

 

 

 

 耳に滑り込んだアナウンスが、乗るべき列車が間もなく到着すると知らせている。在来線と比べれば売店の類も少なく些か閑散としたホームを抜けて、指定の車両へと辿り着く。九郎の固辞にも関わらず、一心は長距離になるからとわざわざ指定席を用意してくれた。この日の手引きだけでなく、前世から世話をかけてばかりの一心には頭が上がらない。ケースを足元に押し込んで、九郎は背もたれに身体を預ける。窓の外の景色が高速で過ぎ去るのを目の端で追いながら、九郎の意識はまた過去へと遡っていく。

 

 

 

 九郎が両親を喪ったのは、まだ物心ついて僅かの頃であった。幼い脳に、前世も含めた己を正しく思い出した九郎は、到底歳に見合わぬほどに落ち着いた、賢い子供であったはずだ。だが、それらの特質が必ずしも良い方向に作用するとは限らない。引き取られた親類の家で、九郎はそう実感することとなった。年の近い子供を抱えた家庭の中で、従順で大人受けがよく、気味の悪いほどに己を出さない少年の存在は、結局のところ歪みと不和の種にしかならなかった。

 面倒を嫌った大人は、法律上の後見人の立場をそのままに九郎を引き受けてくれる(おしつけられる)相手を求めた。彼らを悪人と罵ろうとは、九郎は思わない。子供を引き取る労苦を一時でも引き受けようとしたのはきっと彼らの良心ではあっただろうし、いざとなったとき、ちゃんと自分たちの子供を優先するというのもきっと正しいことだ。ただ、九郎にとって都合が悪いだけ。

 そうして、名乗りを上げたのが弦一郎であった。配偶者はいないが世話人をつけられる財力があり、遠縁ながら血縁関係もある。地元の名士として知られており人格面でも瑕疵はない。なぜわざわざ、という疑問こそあれ、彼らは歓迎した。

 今世では初めての顔合わせ。じろりと九郎を上から下まで見まわして、弦一郎は自嘲するような息を零した。

「は。竜胤なぞ、あるはずもないか」 

「まだ、探しているのですか」

 九郎の問い。かつての記憶の存在を言外に示したそれに、弦一郎は微かに驚きを浮かべつつも、鼻で笑って応えた。

「まさか。戦もない世では下らぬ力だ。用などない」

「ではなぜ、私を引き取るのですか」

「戯れだ。貴様一人養う程度ならさしたる負担でもない」

 そう言い捨てて。その日から、弦一郎の邸宅が九郎の住まいとなった。

 

 

 

 東京駅。今度こそはごった返した、と表現するに相応しい人並みの中を揉まれるようにして、小さな体が流れていく。道行く人の視線も、この街にあってはわざわざ少年に注がれることもない。身体がぶつかった瞬間にだけ僅かな好奇の感情を向けられながら、乗り換え路線のホームへとなんとか泳ぎ着く。偶々隣り合った親切な青年に壁際の空間を確保して貰って、人を過剰に詰め込んだ車両は新宿に向けて動き出す。

 

 

 

「おお、そなたがセキロだな。弦一郎殿から話は聞いているぞ。私は九郎だ。これからよろしく頼む」

「九郎、様。……お初に、お目にかかりまする」

 憶えているのだろうとは、一目見て分かった。狼は、あれで存外表情がわかりやすい。セキロと呼んだ瞬間の微かな落胆の色に、覚えた胸の痛みを押し込める。己の記憶について明かすつもりはなかった。竜胤の呪いなどどこにもない今世で、主などに囚われて生きる必要などないのだ。

 狼がレースの道を歩んでいたのは、驚きであるとともに喜ばしいことでもあった。主命などなくとも、歩む道を見つけてくれたのだと思った。未だに彼女からは主に対するような態度が抜けきらないが、少しずつ少しずつ、只人らしい柔らかさを感じるようになったと思っていた。姉弟として扱われ、そのように暮らす。前世では決して叶わなかったその幸せに惑わされて、弦一郎と狼、二人の間の溝から目を逸らし続けていた。

 気づけた筈なのだ。弦一郎が葦名のためと駆けまわっていたことは知っていた。狼は何がしたい、何を走りたいなどと口にすることも、面に表すこともなかった。己の立場と繋ぎ合わせれば、出てくる絵図は明白だった。あの日のレースで、魂の奥底に恐怖を刻み付けたあの炎の欠片を見るまで、そんなことさえ考えられていなかった。

 夢を問うて、確信する。今世での日々。己が感じた幸福のすべては、あの不器用な忍びを縛り続ける枷でしかなかったのだと。

 

 頼れる伝手など、一人しか思い浮かばなかった。孫思いではあるが、あの老人は何かと九郎にも甘い。望みを伝えれば、葦名一心は寂寥を顔に浮かべながらも手を配ってくれた。弦一郎の庇護を離れ、狼に何かを強いる札として使われないように。弦一郎が、法的には九郎の何でもないことが、ここでは幸いした。一心が宛がってくれた新たな保護者は、葦名をはるか離れた東京に住んでいるらしい。

 

 葦名から二百数十キロの彼方。乗り換えを一つ挟んで、さらに二十数駅。定刻通りに、九郎は駅の改札から吐き出された。散り散りになる人波をすり抜けて、指定の待ち合わせ場所へと急ぐ。果たして、待ち人はすぐに見つかった。中身の入っていないコートの左袖を揺らしながら立っている、壮年のウマ娘。蓬髪に覆われて窺いにくい顔には、不愛想極まりない表情が張り付いている。

「……来たか」

「そなたが、()()殿()か。これから、世話になります」

 頭を下げる九郎を見下ろして、彼女はふん、と鼻を鳴らす。

「本当に憶えているとはな。互いに、因果なものじゃ」

 九郎の引いていたキャリーケースを軽々と片手で担ぎ上げて、彼女は特別声もかけず早足に歩き始める。九郎は小走りにその背を追った。

「儂のことは猩々と呼べばいい。今の仕事場じゃ、それで通しておる」

「わかりました、猩々殿」

「……口調は楽にしな。元々主筋じゃ、歳なぞ気にせんでいい」

 かつては顔を合わせることもなかった二人は、夕刻の街を住まいに向かう。目指す先には、大きな門を構えた巨大施設の姿。日本ウマ娘トレーニングセンター学園が、聳えていた。

 

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